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FE二次小説 偽りのアルタイル ~アステリズム編その1~ [リプレイ系記事]

アステリズム編





住人の おかのん に執筆・投下していただいた「ファイヤーエムブレム~新・暗黒竜と光の剣~」の二次創作小説の続きです。

小説の元となったリプレイは既に完結。
その話を追って、コチラではリプレイの第9章終了後(幕間~)部分を掲載させてもらってます。

(アイル編)
・序章~第6章外伝まではコチラ。
http://pomura-zatudan.blog.so-net.ne.jp/2011-10-19

・第7章~第9章まではコチラ。
http://pomura-zatudan.blog.so-net.ne.jp/2011-10-20

(ベガ編)
幕間~第12章外伝まではコチラ
http://pomura-zatudan.blog.so-net.ne.jp/2011-10-23

幕間その3~第14章その5まではコチラ
http://pomura-zatudan.blog.so-net.ne.jp/2012-03-25

第14章その6~幕間その8まではコチラ
http://pomura-zatudan.blog.so-net.ne.jp/2012-09-18-1


(カペラ編)
幕間その9~幕間その13
http://pomura-zatudan.blog.so-net.ne.jp/2012-09-18


(デネブ編その1)
第18章その1~幕間その19
http://pomura-zatudan.blog.so-net.ne.jp/2013-07-14


(デネブ編その2)
幕間その20~幕間その23
http://pomura-zatudan.blog.so-net.ne.jp/2014-01-09

話の元になったリプレイはコチラ
・「不遇の新キャラに愛を! 役立たずだらけの40人ぶっ殺しサーガ ポロリは多分無い(大嘘!!ww)」(「ファイヤーエムブレム~新・暗黒竜と光の剣~」縛りプレイ)
http://pomura-zatudan.blog.so-net.ne.jp/2011-10-17

ファイヤーエムブレムを知ってる人も、知らない人もどうぞお楽しみください。
第21章 惨戦マケドニア


その1 知将と黒豹


マケドニア城。

それはマケドニアのシンボルともいえる大山に、町に近い規模の城壁を備えた、天然と人工の見事なまでの融合を果たした要害。
飛竜の産地として名高いマケドニアが、その優位性を存分に生かした戦い方の出来るように作られた城塞は難攻不落といってよかった。

まさに、覇王の城。


陽光さすマケドニア城玉座。

そこに足を組んでどかりと座るミシェイルは、知将オーダインを呼びつけ、決戦時の方針を下知していた。

「な・・・」
「不服か?」

不敵な笑みを絶やさぬまま、ミシェイルは返す。

「い、いえ・・・ しかしそれならば、私のほかに適任のものはいる筈です。マケドニアの将はそのほとんどが勇猛果敢。私は恐れながら、策略や軍備の充実などをはかって、マケドニア将の末席を飾る者。なれば・・・」
「そう。お前は知将と言える能力を持っている。なればこそ、あの・・・
『マルス王子』にお前をぶつける意味は分かろう」

『マルス王子』は、稀代の策略家だ。戦場の詐欺師といっても過言でないだろう。装備の充実どころか、数々の新兵器や聞いた事もない策略、敵の隙を突く判断力で、滅亡寸前だったオレルアンとその身だけでアカネイアを体現していたニーナを盛り立て、アカネイア王国を復興してしまった。

彼は策略家だ。その上で、及ばぬ知将を擁して、『こんな方針』を言い渡すという事は・・・

「策のない事が、策である。と?」
「然り」

ミシェイルは満足そうに笑った。



 ・



ウルスタとユミルの初陣は、マケドニアとの決戦となりそうだった。

グルニアの洞窟での一件は、残党狩りの最終段階だった。となればそこで仲間となった二人の初戦は、対マケドニアとなるのは自明の理だった。

「ウルスタ、大丈夫だか?」
「ええ、体調はいいわ。それより・・・
マルス王子、ほんとに私達を将として使ってくれるのね・・・」

新参者だというのに、破格の厚遇である。
もっとも、将の殆どが余所者やかつての敵というアカネイア同盟軍で、とりたてて騒ぐ事でもないのかもしれない。

勿論、ここで能力を見せつけなければ、すぐに引きずり降ろされるだろう。
ウルスタはそんな風に終わる気はさらさらない。

配置についた森の中。
背中にきっちりと縛られておぶさったウルスタは、ユミルの頭脳がわりにここにいる。
逆にいえば、ユミルはウルスタの手足の代わりにここにいる。
なにより。
命に代えても守る者を文字通り背にして、ユミルの気合は十二分だった。


 ・


ユミルの件だが。

厚遇もされるが容赦なく前線に出されるのも解っているので、同等の才を持つ者でもない限り、不満を漏らすものもいない。
見ようによっては捨て石に使っているようにも取れるのだ。

その上で、戦後の褒章をどうするかはアイルは実は考えていない。

譜代をひいきするのか。
平等に見てとり立てるのか。

それはマルスにやらせればいいと考えていた。

(俺は、王になりたいわけじゃない)

マルスもそうだった。
彼は英雄の系譜なだけで、野心などなかった。

だが、アイルはマルスほどにないわけでもなかったが、逆にマルスこそふさわしいと考えていた。
あいつは、生まれついての王なのだ。
自分がやりたいのではなくても、人に任せて世が乱れるくらいなら、自分でやろうとするだろう。ならば最初からやらせた方がいい。

抱え込み、苦しむだろう。苛まれて、傷つくだろう。
それでも、『僕がやっておきさえすれば』と後悔するよりマシな筈だ。


(まあ、そんな先の事は良いとして)


マケドニア・・・
警備の手薄な海岸線を見つけ出し、上陸したものの。

「・・・やはり、待ち伏せか」

多大な犠牲を予測しながら、無理に他の場所から行くよりは、誘いに乗る形を取って、正面からの方がまし・・・
アイルはそう判断したが、ここはまさに待ち伏せのための地形だった。

東西それぞれに、南北に延びる山脈がある。
つまり、南西の海岸から上陸した同盟軍は、その山々にそって北上するしかない。
左右に森を望む道。
どう見ても迎撃用の盆地だ。

「申し上げまーす」
「ああ」

馬上のアイルの隣にペガサスが降り立つ。
エストである。

「敵将はオーダイン将軍、東西にずらりと並ぶ砦には相当数の竜騎士、以下天馬騎馬同等数集結してます。森の中の伏兵に関しては見うる限りはなさそうでーす。勿論見逃された可能性はありありですけどー・・・」

それは無かった。
ノルンに地上からも斥候を出させているが、敵兵は全く発見できなかったらしい。

「城門前にジェネラル級、聖騎士の配置。大隊がこれみよがしですー」
「・・・・・・オーダインというのは知ってる男か?」
「マケドニアには珍しい知将ですねぃ。
もっともミシェイル王子が覇王を名乗るだけに、マケドニアの戦術は突貫蹂躙っ!! あの人は使いどころがなくて、残党狩りや輸送隊などの仕事が多かった将っすよー。
兵站を自己でも管理する、こまめに随将とコミュニケートするタイプで、実は重宝されてもいい人なんですけどー、失敗しない代わりに大手柄も立てないですなー。
それは本人も分かってるみたいで、処遇に文句を言ってる話は聞きませんよぅ?
今回はまあ、大抜擢なんじゃないんですかにゃー」
「ふうむ」

そんな人物がこの待ち伏せるだけの布陣で、本当にただ正面からぶつかるだけの迎撃戦をするだろうか。
そもそもアイルは、『マルス王子』は、『策略家』のイメージを持たれている筈だ。そこにこの人選で来たのなら。

「・・・・・・」

(いや、それならば・・・)

アイルはしばし考え込む。
そして。

「エスト、ご苦労だった。今回もマリア姫のフォローにまわってくれ。
中央林道をつっきって、ジェネラル級にぶつかってもらう」
「あいさー。
今回チキちゃんはどーすんの?」
「今回は戦略兵器はマリア姫だけで足りるだろう。『シーダ』も出たがるだろうし、十分だ」
「え?」

エストは不思議に思った。
オーダインは目立った功績は無いが、しかし怠りのない戦術師だ。
何らかの策があるとするなら、兵力の出し惜しみや低く見積もった油断は致命的な間違いを犯すきっかけになりかねない。

そんな様子を見てとったのか、アイルは言う。

「心配はいらん。いざという時は、マリアだけ逃がしてもかまわんぞ。一筆書こうか?」
「あ、そんじゃあ、はい」

エストは、許可なく敵前逃亡しても咎めない、という意味の文を書いてよこす。
確認後、アイルはマルスの判をおす。

(ほんとに要求するとは思わなかったが・・・)

まあいい。

(さあて、覇王ミシェイル。これが策だというなら、程度が知れたというものだ。
アイディアは悪くないが、役者不足にも程がある)

ただ出てきたところで、叩き潰しただけだが・・・
こちらの土俵で勝負しようなどと、呆れかえる。

(ミネルバ王女やマリア姫には悪いが、あの男の存在は、後々マルスにとって邪魔だ)

アイルはミシェイルに容赦する気は無かった。
ニーナの時同様、助けるポーズだけはするにしても。


 ・


「・・・いつまでついてくる気かしら?」
「俺がどういうつもりでも、お前に拒む権利は無い」

そのとおりだった。

オレルアンでの大敗。これはそのままそっ首落とされても文句の言えない大失態だった。詳しい経緯を聞けば、敗北の原因はパオラが無能だったというのではなく、運が悪かっただけだ。
だからこそ首の皮一枚つながっている。そして・・・
罰として、パオラはこの男の物にされた。

「汚名をそそぐ機会は考えてやる。それまではそいつの物にでもなっていろ」

否も応もなかった。

そういわれたこの男の第一声は。


「・・・俺がですか」

なんとも困惑した声色だった。


その後、今行きたい場所(城内に限る)に行けというので、足を向けると、ついてきたというわけである。
フルヘルムをつけているので、顔は分からない。
向こうから話しかけてくることもない。
なので、話しかけるしかない。立場的に、聞いておきたいことは多い。すなわち、自分の処遇。

「私はどういう扱いを受けるのかしら」
「それを今判断しているところだ。俺の目があるとはいえ、『自由にしろ』と言われて、どういう行動を取るか・・・
それ如何で、どの程度俺が手綱を緩めておけるかを決める」
「・・・それを言っちゃっていいの?」
「それを聞いた上でどれだけ態度を変えるかでも決める。とりあえず好きにしていろ」
「わかったわよ」

面倒くさいなら、牢に入れて放っておいても、慰みモノとして自室に監禁しても良い筈だ。それを『どの程度自由にさせるか』を見極める為に時間を割こうというのだから、硬い態度や閉ざした外見と違って、情のある男なのかもしれない。
そう思うと、少し気が抜けた。


着いたのは、牢である。

「・・・奴らか」
「そうよ」

これからどうなるのかは知らないが、彼らはまた牢暮らしだ。

そもそも。

オレルアンの戦いが終わった後、アカネイア同盟軍に囚われの身となった、パオラを筆頭とする、オグマ、シーザ、ラディ、サジ、マジ、バーツ・・・
『ノイエ残党』の幹部クラスを脱獄させたのは、この黒い騎士であった。

「パオラ!! どうなった」

オグマが二人に気づき、問いかけた。

「・・・私は、この男のものという事になったわ。
汚名をそそぐ機会は考えてもらえるそうよ。なら、あんた達もそう悪いようにはならないでしょう」
「ああ、言っておくが、お前らまとめて俺の所有物だ」
「「「「「「「は!?」」」」」」」

寝耳に水である。

「そもそも順番が逆だ。お前らは俺がミシェイルの命令で脱獄の手引きをしたと思っているだろう。違う。俺が『まだあいつらは使えるのではないか』と言ったら、『ならお前が連れてこい』と言われたのでそうしたまでだ。
その時に『パオラだけは俺が直々に仕置きをする』と言うので別になっていたが、『無事に連れだせたなら、あいつらはお前にやろう』と言う話だった。結局、全部俺に寄越してきたがな」

パオラは、チッ、と舌打ちをする。

仕置きは昨夜、十二分に受けた。
我らが王ながら、あの女泣かせぶりは何とかならないのだろうか。
尻や太ももは真っ赤にはれてしまっているし、三つ穴すべて奥の方まで違物感が消えない。湯浴みはしたというのに、目や鼻までまだネトネトする。
それでも嫌悪感が湧かないというのだから、タチが悪すぎる。

その上であっさりと下賜された。

「・・・面倒だ。パオラ、お前にこいつらをやる。好きにしろ。
勿論、不始末でもあれば貴様の責任になるからしっかりと管理しろよ」
「・・・いいわけ?」
「汚名をそそぐ機会が欲しいのは同じだろう。牢では鍛錬も難しかろうしな。
今マケドニアは踏ん張り時だ。手はあって困る事もあるまい」

夜には俺の部屋に来いよ、と言い残して、黒い騎士は去ろうとする。

「まって」
「・・・なんだ」
「いくらなんでも緩すぎやしない? そりゃあ今更行くところもないし、逃げる気なんかないけど・・・
牢に来て少し会話して・・・それで判断したっていうの?」

パオラの感覚では少しおかしかった。
が。

「・・・オグマ殿の反応が、信を置いている風だったのでな。なら、それでいいだろうと思ったのさ」
「は?」

パオラはきょとんとした。
しかし、その言葉でオグマがピンときた。

「お前、まさか・・・!」
「はは、気が付いておられなかったか。まあ、久方ぶりですしね」

黒い鎧の騎士は兜を取った。
鎧の黒さは、カミュの代わりの片腕という意味では無く。

『黒豹』

「アベルっ・・・!!!!」

死んだと思われた者達が生きているのは、今更驚く事でもない。
そもそもここにいる殆どが、何らかの形で一度死んだと言っていい目にあっている。


アベルの部隊はこの後、特殊部隊が創設される。
それはマケドニア内部として、一つの勢力だった。


その2 マケドニア史上最大の戦い


パオラは去っていくアベルを呆然と見送った。
かつて『黒豹』と呼ばれた騎士を知らぬでもなかった。
オグマにそれまでの経緯・・・
今の『マルス王子』に対する不信を抱き、マリク、ハーディンなどと共に行動した揚句、ワーレンで行方不明になっていた。

「ミシェイル王子の下にいたとはな・・・」

ぼそりとオグマがつぶやく。

カペラに連れ去られた者の殆どは、彼女の私兵のようなものだったが、ガーネフやカミュに贈られた者もいた。
アベルはミシェイル王子だった、という事なわけだが・・・

「・・・あいつは、操られてはいないようだったな」
「そうね・・・」

ナバールやドーガ、ボア司祭のように、闇の波動に操られている者も多かったのだが、アベルはそうではないようだった。
カペラの意図は読めないが、ことここに至っては、あまり意味のない事かもしれない。彼女の思惑など、もう取り戻せない程に外れてしまっているだろう。
さすがに今のパオラやアベルらに、そもそもの目的がひっくり返ってしまった事・・・
カペラの兄であるエッツェルが生きていた事によって、この世を破滅させる思いが無意味になった事を知る方法は無いのだが・・・
いや、そもそもの目的も知らなかった彼らには、どっちでも同じことだったかもしれない。

「とにかく、これからの事を考える為に、情報を集めないと」
「そうだな」

しばらくしてやってきた牢番がカギを開け、オグマやシーザらは自由の身となった。
パオラは早速、情報収集に乗り出した。

そして。


汚名をそそぐ機会となる筈の、マケドニア本土決戦が、今まさに起こっている事実を知って、愕然とするのだった。


 ・


聳え立つ巨城としたがえるような砦。
鬱蒼と広がる森。

「黒騎士団との戦いを思い出すな」

アイルは腕組みして顎を引き、不敵な笑みを浮かべる。
そんなアイルに、フレイが問いかける。

「今度はこちらが攻め手。いかがします?
マルス様」
「知れたことよ。踏み潰してくれるッ!!!!
全軍、かかれっ!!!!!」

ばっ・・・ と、手のひらを前に掲げると。


おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!


鬨の声と共に、中央の広い街道を進むアカネイア同盟軍。
その両脇に広がる森さえ覆い尽くさんばかりに広がる、竜騎士の群れ。
中央街道を塞ぐジェネラル級重騎士部隊。


マケドニアとの決戦。

その火蓋が切って落とされる。


 ・



中央街道はすぐに行き詰る。
ジェネラル級重騎士部隊が、完全に防いでしまっているのだ。

マケドニアは竜騎士の国だ。しかしその他の部隊が脆弱というわけではない。むしろいざという使われどころで十全の仕事をしようと日夜訓練に励んでいて、その錬度は他国にひけなどとらない。

竜騎士部隊が中央街道めがけて殺到する。

足止めを食らって塊になってしまった歩兵達に、手斧手槍を投げつけるのだ。

空を覆い尽くさんばかりの竜騎士達。


「者共、久しぶりの狩りだっ!!
好きなように嬲れっ!!!!!!!」

竜騎士達は、絶大な防御力と、空からというアドバンテージを持っている。
常に蹂躙する戦いをしてきた歴戦の兵達であり、この戦においてもその士気は十全だった。
総大将が、勇将とは言えぬオーダインである事が引っかかっている者もいたが、少なくとも戦いの場に臨んでそんな事は忘れていた。オーダインから姑息な策の一つも命じられていたなら違ったかもしれないが、オーダインもやはりマケドニアの丈夫、この大軍を擁して、策など必要ないと、いや、実は彼もこういう戦いをこそしたかったのだろうと理解した。

森にかかり、袋小路にわらわらと閉じ込められたままの敵兵に向かって、その爪をかけようとした瞬間。


ヒュガッ・・・!!!!!!!


『それ』は。


一匹の竜の翼を吹き飛ばした。


「な・・・・・・!?」


『それ』は。

『連弩』・・・バリスタと呼ばれるものだった。

人の手では届かない高さまで槍のような矢を打ち上げる弩(いしゆみ)。それを連ねたものだ。

竜騎士の部隊長は、すぐにそれに思い至った。

「怯むなッ!! 連弩は、次に打つまでに時間がかかる。第一波を凌げば、後はなんの力も持たん蟻共を叩くだけだっ!!」

その言葉は通常なら正しかった。

城壁に備え付けた物ならまだしも、野戦に持ち出したものではそこまで数をそろえられない筈だ。

だが。

彼らの相手は、『マルス王子』だった。

戦場の詐欺師と誰かが言った、アイルだった。


 ・



後世の人間がそれを表す時、『カートリッジ』という言葉を使ったかもしれない。木枠で二か所を固定されて、竹ひごの筏のようなものが並べられている。
そのまま連弩にセットすると、ぴったりはまるようになっていて、ついている紐を引くと、するりとほどける。

次弾装填に5秒とかからない。

本番でその速さが手に入るなら、それまでの手間など何ほどの事もない。船旅の間、内職よろしく兵達にやらせていたそれば、千枚にも上るだろう。

中央街道で自分達の思惑通りに、重騎士部隊に足止めさせられた歩兵に襲いかかろうとする瞬間。
これほど格好の的は無い。

「くく。くははは。くはははははっ!!!」

女を抱いている時に無防備でない男はいない。

餌を取ろうとする瞬間というのは、どんな動物も隙だらけだ。


本当に、滑稽だ。
面白いように竜が落とされてゆく。
アイルは笑い続けた。


「ふははははははははははははは!!!!!!
いいだろういいだろういいだろう!! せいぜいまだまだ嘗めてかかってこい!! 取り返しがつかなくなるほど死に尽くしてから、せいぜい青ざめて逃げ惑え!!!!!」


オーダインも無能ではない。
相手が森に兵をいかに忍ばせてくるかが鍵になるのは分かっていた。
だからその迎撃部隊として、そちらに向ける傭兵や天馬騎士は割いてある。

しかし。


 ・

ー西側の森。

バリスタそのものを極力隠すために、何もない平原を長く輸送するわけにいかず、殆どのバリスタは西側と、中央にある。

森の中のバリスタは重要であるし、特に西側は必然的に数が多い。
それを守るのは、森の中の戦いに慣れた、斧使いの傭兵達だ。

「だらああああああああああああああっ!!!!」
「があああああああああああああああっ!!!!」

ダロスと、ユミル。

ベックのバリスタ・シューター部隊を守る二中隊は、この作戦の要の一つだ。
バリスタは直接戦闘力は皆無だ。当然襲われない事が前提。

敵は逆に全力で潰しに来る。
対空兵器さえなければ、単純に竜騎士は無敵に近いのだ。

だからこそ。

森の中では、地獄のような戦いが繰り広げられた。


ダロスも勿論だが、ユミルとウルスタはここで力を示さねばならなかった。特にユミルは文字通りウルスタを『背負って』いる為、死ぬわけにさえいかないのだ。鬼気迫るものがあった。

「があああああああああああああああっ!!!!」

ウルスタが妖精のような少女であるのも意味があった。
ユミルは魔物か巨人かというていなのに、ウルスタの姿を見てしまうと、皆、己が娘や妹、妻や恋人を連想してしまう。
ウルスタだけならともかく、それを守ろうとするユミルに己を重ねてしまう。
そんな一瞬は、頭をかち割られるのに十分な時間であるというのに、人である以上無視が出来ない。

生に対しての未練、死ぬ事の出来ない理由。
そんなものに気づいてしまった上で、目の当たりにする、死の象徴のような、絶対的な力。
野獣のような巨人。修羅のような丈夫。
怖気づいた兵は、兵などではない。
おじけづいたへいは、つわものなどではない。

同じ、『死ねない』者達同士なら。
強い方が生き残るのは道理だった。

ベック率いるシューター部隊、バリスタ部隊は、被害はほぼゼロ。
この戦いが終わるまで、一騎当千の筈の竜騎士を、カトンボのように撃ち落とし続けたのであった。


 ・



東の方は大乱戦となっていた。
そこには主兵力は互いに置かれていない。
むしろこちらは、西から入って向きを変えている本隊を側面から攻撃するための部隊が放たれた格好だ。

正面対正面での決戦をするというのなら、いかにその側面を突くかというのは重要なのだが、それを知らないアイルではない。

きっちりと備えをしておいた。
迎え撃つのは、タリスで旗揚げをした時から理解者であった、今や右腕と言えるあの男だった。

「空の『大陸最強』、マケドニア竜騎士団っ!!
相手にとって、不足なし!!!
いざぁぁぁああああああああああっ!!!!!!!!!」

言わずもがな、フレイである。

『大陸最強』を相手に不足なしなどとは驕りにも程があるが、フレイは全く引けを取らぬ指揮ぶり、勇将ぶりを見せた。
長く共に駆った、手間かけて育てた、戦場で苦楽を共にした・・・
騎士が竜に示すものはいろいろあるが、もっとも大きなものは一つ。

『強さ』

その竜が随うしかない力を見せつける事。これは何より重要であった。その意味でフレイはまごうことなく強く、竜はよく従った。
今やその飛竜は完全にフレイの手足であった。ここまで極める者は、マケドニア竜騎士団においても数えるほどだろう。

軍としての規模では全く敵わない。マケドニア竜騎士団の、左翼・・・ 東側に割り振られた竜騎士の数は、フレイの隊の3倍はあろうか。

だが。

「我に臆する理由なし、我に退く道理なし、我に返り見る意味はなしっ!!!!!!!
目の前の敵は全て我が獲物!! 
グリンブルスティよ、許すぞ、食い散らかすがいいっ!!!」

竜騎士は竜をとても大切にする。
それは竜騎士同士の戦いでも、竜を攻撃せずに騎士の方をなるべく狙うほどだ。
良い竜は友であると思っているからだ。
竜であるというだけで、戦場で敵として出会っても刃を向ける対象から外れる。


竜が喜んで戦場に出るのは、人を食らえるからだ。
戦場は餌場であり、狩りを楽しむ場所なのだ。

しかし。

フレイの部隊は、フレイの隊の飛竜達は、共食いをする。
敵であるならではあるが、主人の許しがあれば、人肉も竜もかまわず食らう。
竜騎士の方も、人も竜も気にしない。打ち倒せるのなら竜も騎士も区別しない。


・・・リュキャアアアアアアアアアッ!!!!!!


異変が起きた。

マケドニア竜騎士団の竜達がぐずり始めたのだ。


馬鹿な。話が違う。
ここには菓子をもらいに来たのだ。ネズミをいたぶって遊ぶために来たのだ。

切られるなんて聞いてない。食われるなんて聞いてない。殺されるなんて聞いてない!!!!


・・・リュキャアアアアアアアアアッ!!!!!!



・・・そもそも竜騎士はこれまで、一騎当千の戦術兵器に近い扱いを受けている。
空から高速で近づき、巨大な斧や長大な槍をふりまわす。飛竜の吐き出すブレスで戦場を引っ掻き回した。

負けた経験が少なすぎた。
それがここでは悪い方に出る。

殺される恐怖に・・・・・・初めて晒された。


その恐怖さえ高揚に変えて襲い来る修羅に、立ち向かえる道理もなかった。


「・・・ふははははははははっ!!! マルス様の仰る通りっ!!
竜の方を叩けば、隊列も統率も瓦解する!!
蜘蛛の子でも踏みつぶしているかのようっ!!!!!!」

しかもホースメンに鞍替えしたロジャーの弓騎馬隊が、森の中から狙撃までしてくる。
リフのリブローが、たまさか負った怪我を瞬く間に回復させる。

待ち伏せつつ突撃してくる上、さらに本土決戦の筈なのに地の利さえ向こうの物では、いかに音に聞こえたマケドニア竜騎士団とて戦いようがなかった。

大乱戦ではあった。

しかし、それはフレイがあえて乱し、より恐怖を与える為の舞台として。

良い竜は殺さず捕らえれば、大きな戦力になる。
竜を愛し、竜に乗るのを心待ちにし、続く後輩達が次の竜を同じ思いで待っているのを知っている竜騎士が、竜を殺す道理は無かった。
だからこそ、竜は安心して戦場という餌場に出てくる。

その常識が壊された。

「結局『竜が大切』というその意識は、空の『大陸最強』マケドニア竜騎士団に都合のいい物になってしまう。
アカネイア同盟軍に必要なのは、竜ではない。それらさえ食らい尽くす勝利そのものだ」

アイルが授けた『竜殺し』の策。
それは、マケドニア竜騎士団の存在そのものを根底から踏みにじるものだった。


東側に展開したマケドニア竜騎士団は、結局最後まで側面を突くどころか、無事帰還できた竜の数を数えたほうが早いという有様な上に、かろうじて帰ってきた騎竜も、竜騎士共々精神を病んで使い物にならなくなったという事である。


 ・


中央の街道は、アイルが直接指揮する。

地獄絵図、だった。


「撃(て)っ!!!!!!」

ドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!!

ジェイクのシューター部隊の『弾幕』。
『線』ではなく『面』に固まった・・・ 奇しくもオレルアンでパオラの使った方法と同じだった。
ピンポイントで潰したい敵部隊がいる場合、これはあまりに有用だった。
回復用の僧兵部隊。その全滅を確認してから、アカネイア同盟軍はジェネラルクラス重騎士部隊を潰しにかかる。


物理的な防御力で右に出る者のいないジェネラルクラスに対抗するとなれば、手っ取り早いのは魔法である。
そして、魔導士はエッツェルが加入している。

「至高の暗剣、エクスカリバァァァァァアッ!!!!」

風の聖剣と呼ばれるエクスカリバー。前列の重騎士達の膝をつかせ、押し包む力を完全に封じる。

そして。


大地に、方陣が走る。
重騎士隊を丸ごと抱えるような魔法陣が、血のような光を醸し出す。

手を掲げて文言を唱えるのは。


かつて、その身を捧げても守ろうとしたその少女が、姫が。

自分達を葬りに来るなど、彼らはは思いもしなかったのに。


「大罪七つすべて刻みて、煉獄の海で悶えて狂えッ!!!!!! 

ヘルフレアァァァアッ!!!!」


ご ば あ


それは。
アリティア城の悪夢の再現だった。

その時に溶岩にのまれたのは、屍兵士であった。

今回は、マケドニアの盾達。


「ぎゃあああああああああああああああっ!!!」
「馬鹿・・・な・・・」
「何故・・・何故なのです姫ぇぇええっ!!!!!」

何故も何も。

今マケドニアの覇王であるミシェイルと袂をわかったミネルバを裏切り者ととるか。
ミシェイルがしたこと・・・親殺しをこそ裏切りととるか。

それはそれぞれの価値観だろう。

そして、ミネルバと共にアカネイア同盟に属するマリアに何故という事があるだろうか。


しかし。

この光景を本当は彼女が望んでいない事は確かだった。


「・・・・・・」


無言でそれを見下ろすマリアの顔は憔悴していた。

思い出すのは、父が死んだ日。
ミシェイルが、王を殺した日。

(貴様はドル―アに行け)

それは、虜囚の身であろうとも。
死んでしまっては人質にならない。

それは、彼の精いっぱいの優しさだったと分かっている。
それを、忘れられない。

幾ら利を見る事が出来ようと。
彼女は・・・


(けんかしないで。わたしは、おねえさまもおにいさまもすき。
だから、ふたりがけんかしてるのは、とってもかなしいの)


かつてその言葉を耳にした三人。今は誰一人、思い起こせていない。
いや、目をそらしているのだろうか。



・・・重騎士団の全滅で、まるで栓が抜けたようになった戦列に、アリティア軍が殺到する。



その3 レンブラン落城


「くふはははははははははははははっ!!!
オール・ハイル・アルターイルッ!!!!!!」
「そういうセリフを叫ぶな馬鹿ッ!!!!!」

『マケドニアの鉄壁』である、ジェネラル級重騎士部隊。
それがまとめてボルガノン強化版戦略魔法『ヘルフレア』に文字通り飲み込まれ、各前線で不利な状況であったマケドニア竜騎士団は、完全に押し返され始めた。

(短期決戦でなければ)

・・・マリアにとって、この戦は悪夢だった。
自分を牢獄から救い出してくれた、恩人たちと。
幼い頃、ずっとずっと守ってくれた、大事な人たちが。

殺し合う。

彼女の愛した、マケドニアの大地で。

(短期決戦でなければ!!!)

ここで、圧倒的に勝つのだ。
マケドニアが、紙屑のように負けねばならないのだ。
地方の豪族など、その圧倒的な差を知れば、全面降伏をしてくるだろう。それなら、民達の被害は0ですむ。
畑も荒れずにすむ。臨時の徴兵もない。

(短期決戦で!!!!!!)


・・・出来れば、ミシェイルが戦わずに白旗を上げるのが理想だが、兄の気性を知っているマリアは、それが河から雨が昇って雲になるくらいあり得ない事だと知っている。
そして、情勢的には、マケドニアが勝利する事は無いと確信している。
ならばもう、これしかない。

ミシェイルが父を殺した事を理由に、その正当性の無さを盾に、ミネルバこそがマケドニアの王であると唱え、今のマケドニアを滅ぼすしかない。



なればこそ、マリアの、彼女の存在は効果的だった。

この国で、誰にも愛された姫君。
彼女が最前線で、マケドニアの鉄壁を崩壊させたという事実。

それは、ミシェイルに従い、マケドニアの再隆を求める兵達に絶望を味あわせる。
心を折るのに、もっとも効果的だった。


そんな事を、したい筈もない。
しかしマリアは、自ら志願した。
それをしなければ、その分長引く。
戦が終わった後、『こうだったら勝てたかもしれない』『アレさえなければ』という、希望が生まれてしまうかもしれない。
・・・それは、無駄な戦がまた生まれる原因となる。



だから。



(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・っ)

足りるわけはない。
許せとは言わない。

だけど。


こうするしか、なかったのだ。


デネブが脇を通り過ぎる。
両手を胸にあてて、俯くマリアの頬に輝きが伝う。

この思いを、彼らが知る時があるなら。

それが慰めとなるのだろうか。


 ・


「遠からん者は音にも聞けぇっ!!、近くば寄って目にも見よ!!! 聖魔騎士シーダ、突貫するっ!!!!」

おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!!!


「・・・・・・・・・」


デネブが嬉々として潰しにかかる。
マケドニア側は、完全に敗走状態。

計画通り、であった。


(ミシェイル・・・ここまでの阿呆だったか)


確かに、アイルのような策士にとって、正攻法というのは悪くはない。
しかしそれが有効なのは、あくまで『正攻法のみを使う』と言う原則において、戦いにくくなるというだけである。アイルの才の使い所を無くすという意味ではいいが、別にアイルは正面対決が不得手なわけではない。


ミシェイルは生まれついての覇王だ。
攻めの姿勢でこそ圧倒的に強くある。
そういう意味では本土決戦になったこの場面でも、攻勢を貫くと言うのは、ある意味自分を分かっているわけだが・・・

「・・・本土決戦という状況に追い詰められた時点で、既に見る影もない、か」

本土決戦となった時、基本は『守り』だ。
城が何のために城であるか。守るためだ。ここでの地の利があるのなら、利用しない理由がない。
数倍の兵力で来られたとしても、守りきる事が可能・・・
だからこそ、城は存在意義がある。

勿論アイルもその場合の攻め方は心得ている。
しかし、結果が見て明らかなように、野戦にしてしまっては、圧倒的に楽だった。

すでに散ってしまった者も、ジェイクのシューターで。
なお向かってくる者も、ホルスが押しとどめる。

アイルはもう、する事がなかった。


 ・


「馬鹿・・・な・・・」

もうすでに勝敗の決定した戦の本丸である、城の作戦会議室。
アイルに関わった者として、彼もまたそのセリフをつぶやいた。

負ける筈などなかった。それは自ずからもそう思ったからこそそうした。

『マルス王子』は、戦場の詐欺師と言われるほどの策士である。
であるからこそ、この状況で、見えぬ『敵の策』という幻影を見る・・・ それは、己の身に照らし合わせても、頷けることだった。

海岸から上陸し、東西にそれぞれ険しい山。
そのすそ野にある深き森。
その中心をとおる街道。
街道の奥に並び立つ重騎士部隊。

森の中には伏兵がおらぬわけは無く、山の方からも何があるか分からない。砦に兵力が満載されているのは当然で、何より。

マケドニア唯一の策師と呼ばれる、己が、ここにいて。


『にもかかわらず』マケドニアのほまれである、横列突貫。


それは、読める筈もなく。

『ただ突っ込んでくるだけな筈はない。森には伏兵があって、それらと共に来られてはかなわない』と判断した奴等は、森を飛び越える竜騎士達をやすやすと通してしまう。

何もないと分かったところで後の祭り、海岸線からの街道沿いに進軍して側面を見せてしまっている上、伸びきった格好のアカネイア同盟軍はなすすべもなく、次々に襲いかかる竜騎士達に全滅させられる・・・

そういう、策も何もないからこそ、それ自体が策であるという、痛快なシナリオだったのだ。

実際は。

街道を進みきったところで攻勢をかけたら、もうすでに森の中には同盟軍の半分が伏せていて。
西の森では『バリスタ』の連射による対空砲火、それを潰しに行った部隊も巨人の逆襲にあう。
東の森では敵の竜騎士部隊に阻まれ、竜を狙われるという、竜騎士の風上にも置けぬ戦い方をされ、追い立てられ。
街道の重騎士部隊は、事もあろうに、マリア姫の戦略魔法に飲まれて、まさに灰燼に帰した。
残りの部隊はあの悪魔のような女聖騎士に蹂躙されて全滅した。

なんだこれは。一体どういう事なのだ。

そもそも・・・


「あの男は、この状況で、『策を使わない』という策を・・・
読んだというのか」

あり得ない。

しかし、そうとしか思えない。

ならば、どうしてそれが読めたのかが分からなかった。


そして。



ルキャオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!



竜の咆哮が聞こえた。
竜である事は分かるのに、女神の歌のように澄んだ、美しい声。
ドル―アと並ぶ竜の国であるマケドニアで、神の声とも言えたろう。
実際にそうだとは思わなかっただろうが。

その会議室からふと窓を見ると。
正面にいたのは、真っ白でふわりとした、愛らしい獣のような竜。

「神竜・・・!? お怒りになられておるのか・・・」

ルキャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ・・・


キィィィィーーーーーーーー・・・・・・ン


白銀の吐息が城そのものを覆い。
オーダインの居た会議室は、その区画ごと吹き飛んだ。



そして、この戦いの最中・・・

見る者が見れば、『マルス王子』の手元にあるオーブが、まっ黒に光り続けているのを感じたかもしれない。


 ・


種を明かせば。


アイルが『彼らには策がない』・・・ より正確にいえば、『策を使わぬという策』を使ってきた事は、はなからバレバレであった。

なぜなら。
『伏兵がいなかった』からである。

海岸線が見えた時から、先遣隊の上陸、エストの数回に及ぶ偵察、何度か行った夜間偵察・・・
そのいずれにも伏兵の姿は、影も形もなかった。

見つかるようではそれは伏兵とは言わない。
しかし、こう言ってはなんだが、砦にいくらか伏せさせる、後方から船などで来させるならともかく、その痕跡や気配さえうかがわせないというのは無理だ。
アイルの情報収集にかける執念は、この時代としては少々異常なほどで、アイル自身その自覚と、それが必要だという自負がある。
その偵察で全く見つからなかったというなら、・・・勿論相手の潜伏能力が並はずれていることもあり得るが、考慮に入れるべき見方がもう一つある。

『本当に伏兵がいない』という場合だ。

この地形で、兵を伏せさせないというのは、あり得ない。
しかし、どうも本当にいない。
なら、伏兵を使わない場合というのはどういう時か。

勿論いろんな場合を想定した。森ごと焼き払う火計や、散々カペラにやられた戦術級魔法陣、地竜召喚等々。しかし、そのいずれも、若干の準備や才ある魔導士など、条件が必要で、今のマケドニアが用意できる条件と当てはまりそうにない。

となれば。

『全軍横列で突っ込むつもりだからむしろ伏兵なんか邪魔』

だと思ったのではないか、という選択肢が出てくるのである。


正直、アイルは思いついた時点では危険な思考だと思った。アイルに都合がよすぎるからだ。何より相手はマケドニア唯一の(不名誉な意味であろうが)知将といわれるオーダインである。
しかし、調べれば調べるほど、そうだとしか思えなかったのだ。

ここでオーダインは、伏兵をしておくべきだった。
戦略的にでは無く、『アイルに疑念を植え付ける為の伏兵』を。
それさえあれば、アイルは最後の所で思い切りをつける事が出来ず、マケドニアはこの戦、勝てないまでも、ここまで圧倒的な敗北となる事は無かったかもしれないのだ。

まさに『生兵法は大敗の元』というわけである。


・・・一方、そんな大勝利を収めたアイルはさぞ悦に入っているだろうと思えば・・・

そんな事は無かった。


「・・・はぁっ・・・ ・・・ヴぁあ・・・」

息も絶え絶えだった。


「アイル・・・」
「大丈夫・・・ノルン姉ちゃん。
少し休めば、・・・かは・・・ ちょっとは楽になるから・・・」

吹き飛んだのは三階部分が主なので、城は拠点として十分使えた。
その中の一室で、アイルはうつ伏せるように休んでいた。

もう随分長く、アイルは疲れ切った顔をしていた。
目のくまがとれた事は無かった。

『死のオーブ』を使えば使うほど、それは酷くなっていった。

しかし、瀕死の者の魂を集める事は、デネブがマルスを還す為の条件として出してきたことだ。やめるわけにはいかない。

ベッドに横たえられているアイルを、ノルンは泣きそうな顔で看病していた。特に何も感じていない顔で腕を組んで見下ろしているデネブとは対照的である。

「・・・マリア姫の様子は・・・?」
「塞ぎこんでいるな。まあ自国の民を自ら溶岩流の中に引きずり込んで、そうならん方が変だろう」
「・・・・・・」

それでも、彼女自身が望んだ事でもある。
慰めにも行けないのが現状であった。

 
 ・


その夜。

「・・・こんばんは。王子様」
「・・・・・・

おう。あんたかよ」

警備の意味が全くない。

「バリスタ、サンキュな。竜騎士団相手に反則気味の戦いだったぜ。笑いが止まんなかった」
「・・・のわりに、お疲れみたいね?」
「・・・あー、夜遊びが過ぎたかね。ちとヤベ―わ。
まあなんとかなんだろ」

アンナの前ではアイルはベガのキャラでないといけない。
これはこれで精神的にきついものがある。

・・・どうしても、心の中を彼が大きく支配する。
いつもは、忘れることなど出来なくても、心の底に沈めて考えないようにしている、あいつの事を。

今、どうしているのか。

意識を無くしているならいい。けど。

ガーネフの下にいるのなら。


「で、用件はなんだ? 代金の件なら昼間でもいいんじゃねーのか」
「リカードの件よ。
やはり、私の網には引っ掛からなかった。貴方の予想通り、彼もガーネフのとこにいるんでしょうね。
私の情報網にかからないという事は、ドル―ア側しか可能性は無いわけだから」

カペラがガーネフの下を追われて、今現在こちら・・・マケドニアにミネルバと共に向かっている事さえ掴んでいる。その情報収集能力を持ってして追跡できないのならその可能性しかない。

「そかそか。サンキュな。今度渡す代金に今回の話の分を上乗せしとくぜ」
「ええ」

そう言って、アンナは姿を消した。

体の異常も、ベガやマルスの事も、する事は山積みである。
マケドニアの事がとりあえず目の前にあり、気が重い。

(まあ・・・ ミシェイルの阿呆のおかげで、随分やりやすくはなった筈だが・・・な)

アイルは、体を再び横たえた。


 ・


{マルスよ・・・}
(!?)

心の中に声がする。

(その声は、ガトー・・・様?)

{そうじゃ。よく来られた。
わしのいるところはマケドニア城の北の村じゃ。

光と星のオーブを手に入れたのなら、そなた自身が手に持って訪ねてまいられよ}
(・・・そのことなのですが・・・)

アイルは、ガーネフの手下らしき者に光のオーブを奪われたことを話す。

{なんと・・・ それではガーネフを倒す事が出来ぬではないか}
(どうすればよいでしょうか)

予想外であったのかもしれない。ガトーはしばらく黙りこんでしまった。

{・・・わかった。こちらでも考えておこう。しかしお主も光のオーブを取り戻す事を考えるのじゃ。
マフーに対抗する手段は他にはない。
こうなれば、マフーを使えるガーネフごと封印する等の考え方をするなり、何か手段を講じねば・・・}
(そうですか・・・ 分かりました)

面目ない話である。

{それから1つ、良い知らせじゃ。
そなたの姉エリスは無事息災じゃぞ}
(えっ! 本当ですか!!)

マルスの姉エリスと言えば、アリティア城陥落の際に、マルスの身代わりとなってドル―アに捕まった淑女である。
マルスの父であるコーネリアス王は、グラの裏切りで戦死している。マルスの母であるリーザも、アリティア城奪還時に、モーゼスが自ら殺したことを宣言していた。しかし・・・

姉であるエリス王女は生きていたのだ。マルスは天涯孤独となったわけではなかった。

(今、どこにいらっしゃるのですか?)
{幻の都テーベじゃ。
そこにガーネフがエリスを連れていった事が分かった。
早く行って救い出してやりなされ}
(はい!)
(しかし・・・ どうしたものか。
スターライト・エクスプロージョン・・・
あの魔法がなければ、ガーネフからエリスやファルシオンを取り戻すのは困難となろう}
(・・・・・・)

結局そこに戻るのである。

(とにかく、魔導士と話してみるなりして考えてみます)
{うむ、私の方でも何か良い方法が見つかれば教えよう。光のオーブの奪還なり、マフーの対策なり・・・な}

その言葉の後、心に響く声は遠ざかっていった。

(・・・だるい・・・)

叩き起こされた上に、課題と心配事を増やされた格好である。
心身ともに疲れきってしまった。

{やっほー}
(っ!!?)

いや、誰なのかはすぐに認識した。したが・・・

{シルエちゃんだよ?}
(・・・ええどうも。お久しぶりですね)

立て続けに来るとは思わなかった。

(今日は何の御用ですか・・・)
{んー、ちょっと応援に来たというか。
頑張ってくれてるみたいだからさ。

アイルんがやってる事は、実はモロあたしにとって利益って言うか、助かるんだよねー、文字通り。
だからあたしも出来る事はしようと思って}
(・・・はあ)

何を言っているのかよく分からなかったが。
何をしようとしているのかはすぐに感じた。

(・・・!?)

体が、心が、軽くなった気がした。
冷水に横たえられて気絶しそうになっていた中、その水が少しずつ温まってきたような感じだった。

(これ、は・・・)
{随分楽になる筈だよ。それでも完全に回復とはいかないけど・・・}

その後もシルエは何か言っていたようだったが、アイルは聞いていなかった。
久しぶりに心地よく睡魔が襲い、アイルは抵抗できずに意識の底へ沈んでいった。



第22章 天空に消えた覇王


その1 限界と郷愁


マケドニア上陸直後に行われた一戦。
そこでアカネイア同盟軍は大勝利を収めた。
そしてそれは、マケドニアの運命をほぼ決めたと言ってよかった。

この一戦の結果如何で、マケドニア側で同盟軍と戦うか、もしくは同盟軍におもねって、マケドニアを裏切るか。地方領主はそれを決めるつもりでいた。

結果は前述の通り。となれば、後は言うまでもない。

地方領主達は我先にと降伏し、恭順した。
元々、ミシェイルを恐れてか、覇王道を邁進しようとするミシェイルについてきた者達である。彼よりも強い者が現れ、劣勢に立たされた時に、共に死のうとする者はほぼいなかった。

勿論、ミシェイルとて手をこまねいて見ていたわけではない。即座に竜騎士を飛ばし、それぞれの領主に脅しをかけようとした。
しかし、いくつかの領主には既にアカネイア同盟軍からバリスタが送られており、竜騎士自体を返り討ちにされる事まであった。

近しい血族や、近衛軍をかき集め、マケドニア城に集結させるだけで精一杯となってしまった・・・。

対するアカネイア同盟軍は、降伏してくる各地の領主達を受け入れるだけでよかった。
結果、一兵も失うことなく、マケドニア城・・・ 王城の攻略を残すのみとなったのである。


 ・


「・・・で、どうする気なのだ?」
「ミシェイル王子は野心家だ。マルスがどんな風に生きていくにせよ、邪魔なだけだ。なら、舞台から完全に降りてもらう。その魂ごと、消し去る」
「ほう。具体的には?」
「チキのブレスで塵にする」

レンブラン城・・・マケドニア城を望む事の出来る、マケドニア第二の都市を守る砦で、アイルとデネブは言を交わしていた。

「くっくっく。くふふふふふ」
「・・・なにがおかしい」
「いや、マリアやミネルバにとっては、酷ではないか?」
「それでも、だ。
いや・・・

そうだな・・・」
「私としては、半死人がゴロゴロ出て来て、『死のオーブ』の使い所がありさえすれば、ミシェイル王子の生死などどうでもいいのでな」
「・・・・・・」

そのセリフは、『お墨付き』のようなものだった。

(ばれているわけではないだろう。だがこいつは、感づいてはいる・・・)

それならそれでかまわなかった。
『その形にしてしまえば』、もういい筈だ。
そして、牙や爪を抜いてしまえさえすれば。
心さえも折ってしまいさえすれば。

アイルはじっとデネブを見た。

「・・・どうした?」
「『何も聞かない』条件を出せ」

デネブは渋い顔をした。
仲間外れにするつもりだ、と言われたようなものだ。

少し考えていたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
スカートの中に手を突っ込み、下着をするりと下ろす。

大机の上で股を開き、どっかと座る。

「嘗めろ」


デネブは、アイルの困る姿を見たかった。
アイルはデネブが戻ってこのかた、デネブから距離を置き続けてきた。
デネブはアイルに操をたてる気でいたわけではない。しかし、デネブは他の男では何か気分が乗らなかった。

夜中に自分で慰めようにも、すぐに虚しさだけが来て、最近は食って寝るだけの日々だ。暴れようにも、マケドニア攻略は、最初の一戦以外、まともな戦いは起きていない。


アイルは目を見開いたが。


次の瞬間には、デネブの股ぐらにむしゃぶりついた。

「・・・ ちょ・・・」

デネブの方が驚かされた。

マルスに対して申し訳が立たないと理由をつけて、全く乗ってこなかったのに、ここに来て、これである。

「あ、や・・・ ん・・・」

デネブの反応は生娘のようだった。
そんな自分に気づいて、デネブは赤面する。
今更なんなのだ。

それほどまでに、企みを聞かせたくないのか。
・・・などとは、思わなかった。

デネブにとっては、混乱するばかりでもあった。
アイルも、そんなつもりはなかった。

が。

要するに、アイルも溜まっていたのである.
お互い、我慢の限界だった。


求めあう異性がそこにいて。
それを自ずから禁ずる事の、限界。

身体こそシーダのものだが、アイルが求めるのは『デネブ』だ。
強く、美しく妖艶で、どこまでも奔放で自儘でありながら、どこか自由でない。
彼女を満たす事が出来るのは、彼女を開放せしめる、彼女と同等の『悪魔』。
マルスを救う傍らで、何としてもアイルが成し遂げたいことがそれだ。

きっと後悔するだろう。
アイルは、今、『完全に』マルスを裏切っている。

「くんぅっ・・・!! あ・くふぅ!!!」

それでも。

今、『デネブ』を満たす事は、何よりアイルが望む事でもあり。
だからこそ、どんな事よりも『アイル』を満たすのだ。

指で秘部をかき混ぜながら、先を舌で転がし続ける。

後悔すると分かっているけれど。

血を絶えず満たしてミチミチと勃つアイルのそれ。
デネブは『嘗めろ』と言っただけだ。だからこれはアイルがもう止まらないというだけだ。

「・・・アイ、ルぅ?」

もう、指と舌だけで二回絶頂を迎えている。もう何の抵抗も出来ない状態でくたりとしているデネブに、アイルは挿入れる。

されるがままのデネブの尻が波打ち、揉みしだかれる乳が卑猥に歪む。

「あ・あ・あ・・・ あ!・・あ!・・あっあっ・・!」

『自分』を貪るように求められる事と、望む者に触れられる事が、混ざり合うように悦楽へと変わる。


・・・今までは、『死のオーブ』の使いすぎなのか、アイルは朽ち果てそうな状態だった。
グルニア攻略初めの頃は、自ずから禁じたばかりだったし、終盤はもう、体がボロボロだった。

その反動があるのだろう。

シルエがいくらかでも癒やしたせいで、止まらなくなってしまったのである。


振り返るのなら、ここだった。


この時、嘘だと思われると思っても、アイルは気持ちを伝えるべきだった。
デネブは、今の彼を受け止めて、彼の気持ちを察するべきだった。

これほどにまで求められても、それを愛だと思うより性欲でしかないと思ってしまうデネブと。
心からの言葉を疑われるくらいならと、本心をけして言葉にしようとしなかったアイル。

それがこの二人だ。

詰んでいるとしかいいようがない。


こんなにもどうしようもなく、結ばれているというのに。


・・・次の日、この部屋の絨毯は、処分することになってしまった。
インクを二瓶ひっくり返した事にしなければならない程、盛大に汚してしまったからである。



 ・


アイルとデネブが勢いで逢瀬に興じている頃。
マリアは沈んでいた。悩んでいた。

初戦が圧倒的過ぎた。短期決戦にも程があった。

マリアは確かに、マケドニア自体を荒らさないために、現王家とミシェイルは一度倒されねばならないと思った。
権力を集約する王権制度と言う物には、交代の際のけじめが必要だからだ。

だが、ここまで圧倒的に負けてしまうと、アカネイア同盟軍側に止まらない勢いがついてしまう。

「兄様・・・」

死なねば、おさまらない。
ミシェイルが、死ななければ。

でも、それならば。

「わたしは、何のために・・・!」

どんな形でもいい。
もう一度。
大好きな兄と、姉と、一緒に。
今度こそ、ずっと・・・

そのはず、だったのに・・・!

「うううーっ・・・!!!」

連合に対する恨み事と、地方領主の恭順の知らせを聞くたびに。
同盟軍の盛り上がりを見るたびに。
断頭台に引きずられるミシェイルばかり夢に見る。

アカネイア同盟軍が歓迎されるのに比例して、マケドニア各地では、ドル―アに加担し、民に塗炭の苦しみを強いて、、その上で圧倒的に負けたミシェイルに対する恨みの声が上がっていた。

当然望まれるだろう、現王家消滅の象徴としての、ミシェイルの処刑。
回避する方法があるとは思えなかった。

どうすればいいのだろう。
どうすれば、これ以上家族を失わずにすむのだろう。
マリアが『姫』という立場である事は。
そんなささやかな望みさえも文字通り絶望的な願いにしてしまう。


・・・どう、すれば。


「・・・様子をうかがいに来たのは、正解だったようですわね」

はっ、と、顔を上げると、いつの間にかそこには・・・

カペラがいた。


マリアにとってカペラは、シンデレラに出てくる魔法使いだった。
何でも何とかしてくれそうな、本当にいるサンタクロースみたいなものだった。

「カペラ、さんっ・・・!」

マリアの瞳に光が戻る。

「・・・見事なものですわね。同盟軍・・・『マルス王子』は。
多少は手助けになるかと思って、おっとりがたなで来てみたものの・・・
する事が大してなくて、びっくりしましたわ」

窓にもたれて自嘲気味にそう言ったカペラに、マリアは抱きついた。

「カペラさんっ・・・ 助けて・・・!」
「・・・・・・

ミネルバさまも、本音はそうでしょうね。
問題は、ミシェイル王子自身がどう出るかなのですけど・・・

ま、やってみますわ。
これが償いになるわけでなくても、ええ、やりますとも」

『もうすでに筋書きは出来ている』のだ。


 ・


マケドニア城の北に位置する庵。
そこには大賢者といわれるガトー司祭が居を構えている。

必ずここに居るというわけでは勿論ない。
氷竜神殿と呼ばれる北の果ての奥地に居る事が殆どであるとも、常に諸国を旅しているとも言われているが・・・

ミシェイルが訪ねた時、はたしてガトーはそこにいた。
まるでこの日にミシェイルが訪ねてくると知っていたかのように。

「ガトー司祭、同盟軍が攻めてきた。
ここは、じき戦場になる。安全な場所へ移ってもらいたい」

ガトーは、少しだけ目を細めて、ミシェイルを見返す。

「ふむ。心づかいには感謝する。だが、ここを動くつもりはない。
やらねばならぬことがあるからのう」
「…なら、勝手になされよ。
ただし、敵対するなら司祭といえど容赦はせぬ」

ガトーの分け隔てなさは、ミシェイルとて知っている。
ミシェイルを気にかけると同時に、同盟軍の者達とも、交流がある事くらいは予想のうちだ。
しかし、ガトーはそれは否定しなくとも、ミシェイルの敵であるつもりもなかった。

「そのようなつもりはない。
…しかし、ミシェイルよ。そなたもおろかじゃな」
「俺が愚者だと? なぜだ」
「・・・あれほど可愛がっておったミネルバたちと、事をかまえておるではないか。
そなたとミネルバ・・・ アイオテの再来と赤い竜騎士の2人が力を合わせれば、マケドニアは、いずれアカネイアをもしのぐ大国になれたであろうに。
それが、ガーネフにだまされ、つまらぬ野望に取りつかれたばかりに・・・
父子、兄妹が相争い、滅亡の危機をむかえるとはな」

そこには嘲りの響きは無かった。
ただ、憂いと惜しみがあった。

「…もう、すんだことだ。

俺は、父王を殺して王になり、ミネルバは俺と国を裏切った。
それだけのことだ。

だが、まだ俺は負けたわけではない。
俺にはマケドニア王家の至宝、『アイオテの盾』がある。
いかに敵が弓部隊をそろえて来ようと恐るるに足らぬ」

その言葉に、後悔の響きは無かった。
あるべくしてその道を選んだ。それが覇王というものだ。

そもそも・・・

ならばマケドニアは、どうすればよかったというのだ。

ガトーが言っているのは、ドル―ア帝国というファクターをまるっきり無視した上での机上の空論だ。
ドル―アが建国当時、隣国であるマケドニアにつきつけてきたのは、服従か死かだ。
・・・ミシェイルの父、マケドニア王が選んだのは、徹底抗戦という読み方をする『死』だった。
アカネイアの・・・アカネイア貴族が無心してくる貢物や権利のせいで、その当時のマケドニアは逼迫していた。平和が続く事を前提として、ギリギリまでその要求に従っていたマケドニアは、戦う余裕などなかったのだ。

するべき事は、アカネイアと縁を切る事と、国力の回復。
そして、その当時はまるで歯の立たなかった『マムクート火竜』に対抗する手段の確立。
ほぼ同じ立場のグルニアと協力関係を密に築き、ドル―アという名の竜共の王国の駆逐の計画を作り上げる事だった。

この判断は、その当時最良にして唯一であった。

まさか、連合三国が組んで、これほど手こずるなど。
王族が・・・ ニーナが逃げおおせ、オレルアンが数年も持つなどと。
コーネリアスを失ったアリティアが、たかだか15、6の小僧の下にまとまり、アカネイア再興の中心となって、同盟軍を率い、無敵の快進撃をここまで続けるなど。

あの当時それを判断出来た者はいない。
いや、もし居たとしたらそれは物狂いか本物の預言者だ。


問題は。

誰が判断出来ようと出来なかろうと、現実に今、歴史はそんな筋書きをたどり今に至るという事だ。

「…勝てたとしてその後、どうするのじゃ?」
「今は、先の事などどうでもいい。
ただ、同盟軍を率いるあの小僧・・・・・・
アリティアのマルスだけは必ずこの手で仕とめてみせる。
それが、おれのマケドニア王としての意地だ」
「そうか…ならばもう何も言うまい」

ガトーとて、ミシェイルの言わんとする事が分からないではない。
ミシェイルの判断はいささか父子の情にかけているきらいはあるが、妹達の事を考えれば、マケドニア王の判断の方があり得ないとも言える。
その上で彼自身の野心ももちろんあったろうが、アカネイアから今まで受けてきた仕打ちを思えば、彼の野心は当然だろう。

「では、さらばだ、司祭。
命あらばまたお会いすることもあろう」

竜に跨り、ミシェイルは去ろうとする。

「父を殺した罪を自らあがなおうと言うのか。
おろか、いや、あわれな奴よ……
だがな、ミシェイルよ。お前も曲がりなりにも『父親』であるなら、罪をあがなってそれで終わりとはいくまい。
事実そうなってしまうかもしれぬ事を思えば、どのみちお前はそれを看過できまい」

それは。

老婆心から出たような言葉であったろうが、耳に入れば、ミシェイルの心を引き裂くような言葉でもあった。


 ・



「・・・久しぶり、ですかしら」
「まあな」

そこは、マリアの部屋であった。
マケドニア城で一番奥の方にある部屋である。

「・・・一部の者しか知らない事だが、それでも俺ぐらいの人間は知っているぜ。カペラ・ヴィーナスキュラート。あんたが・・・
裏切った、とな」

どこまで広がっているのかというのが判断しにくい。
そもそもカペラの存在自体を知らない者も多かろう。
そしてガーネフは、知れれば自分の恥になるような事を吹聴するわけもない。となると、本当に幹部クラス以上しか知るまいが・・・

「連合の中でそもそも信頼というものが存在したのかという事はともかく。私はどのみち私自身の都合で動きますわ。それは、貴方も同じでしょう?

『黒豹』アベルさん」
「まあ、たしかに」

天蓋付きのベッドに腰掛けて話すカペラには、ナイフのような刺々しさが抜けていた。代わりに、鞘に納められた名剣のような、ゆったりとした美しさが滲んでいた。
裏切った事実は知っていてもその理由までは知らないアベルは、彼女の変化に少し戸惑いがあった。

「・・・あんたの策にかかって、もしくは命だけは助けられ・・・
あんたの手駒にされた奴は多い。が、その中でも俺は別格扱いなのは何故だ?
ジェイガン殿やオグマ殿でも、あんたの企みの芯の部分は知らなかった。後々・・・ オレルアンとワーレンの戦いの時に明かしたのは知っているが・・・」
「『ミシェイル王子の手綱が欲しかった』と言ったではないですの」
「・・・・・・」
「あの戦いを・・・『ドラッヘン』を起こした時点で、どれだけ油断のならない人物かは分かるでしょう? まあ、私の耳に入るのが遅すぎた時点で、貴方は役には立ってないんですけど、今こうやって使える分無駄ではなかったわけですわね」

策というのは裏目に出る事も、効果をなさない事も多々ある。
歴史の表側に出なかった一手というのも多いのだ。

「貴方は、『あの時』、何と言ったか覚えているという意味では唯一の人間ですわね。それが答えです。
死の淵から蘇り、気がついたら全裸で拘束されている状態で、貴方が答えた、あの一言です」

蘇生後、カペラは全員に問うた。
貴方の命は自分のものだ。その上で何か望む事はあるか、と。

戯れだった。

アリティアへの忠誠、エリスの無事、ただ命乞いをする者、色々だったが・・・

『マケドニアを、何とかしてくれ』

そう言ったのは、アベルだけであった。

その気もちが本音である事も感じた。
ならばこそ、ミシェイルに近付かせるのに最適な駒だった。

「・・・じつは、疑問だったのですよね。何故、貴方が・・・
『黒豹』アベルが、マケドニアを憂うのです?」

アリティアを、というのなら分かる。
しかしアベルが口にしたのはマケドニアだった。

「・・・俺は、元々はマケドニアの弱小貴族の出なんだよ」
「!」

・・・分かりやす過ぎる話だった。
縁がある。
それは、自分の思いの一部がそっくりそこにあるという事だ。
勿論個人差はあるだろう。どんな思いを残してきたかは、本人しか知るまいが・・・

「・・・で、一度は全く役に立たなかったスパイともう一度こうして会って、何をさせようって?」

たしかにまあ、本題はそちらだ。
世界を荒らしつくして、ガーネフごと滅ぼすという目的が意味を失った今、カペラの戦いは180度意味を変えていた。

その戦いの次の一手として、ミシェイルにある意味戦略級兵器をぶつける。

「マリア姫とミシェイル王子・・・ 二人の『真実』を知る、元婚約者、レナ様。

彼女とミシェイル王子を再会させます」


『ミシェイルのマケドニア』が、滅びかけている今・・・

それは紛れもなく、破城槌だった。



その2 アルベルトとパオラ、ミシェイルとマリア


「さよなら」
「・・・もう、あえないの?」

彼の父親が、山脈の裾野の弱小貴族である事。
そしてその父が、山間の村が冬を越す為の燃料として、林の一部をマケドニア王の許しなしに伐採許可を出した事。
・・・そのせいで、山間の飛竜の営巣地が一つ駄目になった事。

飛竜の繁殖は、マケドニアの主要産業とも言える。飛竜を駆って飼いならし、人と一体となった竜騎士は、マケドニアの守護の象徴だ。
村の一つがどうでもいいとは言わない。
しかし、営巣地を一つ駄目にした事の責任は、取らざるを得なかった。
家は取り潰し。
処刑されなかっただけでも、温情だったのである。

それでも。

パオラにとって、幼馴染のその少年の存在は大きく、別れのその時、涙を湛えずにはおれなかった。


彼は、困ったような顔をして、微笑んだ。


いつもそうだった。
彼はどんな場面でも冷静で、客観的だ。
あんなに仲の良かった自分と別れるというのに、少し寂しげなだけで、涙も見せない。

自分が感じている程には、彼には悲しい事ではないのだ。そうおもうと、悲しかった。

「きっと、また会えるよ。
俺は、パオラの事、忘れないから」

嘘だ。
また会えるという言葉に、何の保証もない事は、パオラはよく分かっていた。

「だから、パオラも俺の事忘れないでくれよ。
もしもう一度あった時に俺の事忘れてたら、その時は・・・」
「その時は?」
「嫁に貰ってやんない」
「バーカ」

憎まれ口を叩いたけれど、微笑む事は出来なかった。
今その時の強い思いを感じていたから、どうせ忘れられないだろうと思っていた。

けれど、忘れていた。

遠い未来、パオラは忘れることになる。

『いつかあたしのこと、およめさんにしてね』
『うん。だいじにするよ』

さらに幼いその時の約束を、既にこの時忘れていた事に気が付いていない。
加えて、彼が、嘘を時々つくのは確かだが、約束を違えた事は無いという事実にも気がついてはいなかった。

だから、彼女は。
本当に忘れていた。

「・・・さよなら、アルベルト」

彼に再会したその時には、かつてそんな風に別れた、大切な幼馴染の事を、すっかり忘れていたのである。


 ・


いつも必ずする事がある。
愛馬の世話だ。

ペガサスナイトであるパオラにとって、自らのアイディンティティでもあり、従える事が力を持つ証である天馬。
その世話は欠かす事の出来ない習慣でも義務でもあり、安らぎの時間でもある。だから、彼女と話をしたければ、馬房で待てばいい。

アベルはいつから待っていたのか、パオラの天馬の傍らにいた。

「・・・話って、何?」
「そうつんけんするなよ」
「そんなつもりはないわ。私は今、貴方の部下なんだし。
人当たりが良いようで、その実どことなくドライな男だと思ってたけど・・・
割と馴れ馴れしいのね」
「そうか?」
「そうよ」

近い。

アベルは何故か、パオラと話す時には距離が近い。パオラが『馴れ馴れしい』と言い出すほどに。
その事について、アベル自身は自覚がないようなそぶりさえある。そのため遠まわしに拒んでみたのだが・・・

「わかった。気をつけよう。
それでも部下である以上、話は聞いてもらうぜ。

というか、聞きたい事がある。教えてくれ」

分かっているのかいないのか、距離をおこうとはしないアベルだった。

(言っても無駄なのかしら)

体を触ったりするわけでもなし、殊更不快というわけでもなかった。慣れてしまえばどうという事もないだろう。
ただ、これはどうもパオラにとってだけのようだった。それが不思議といえば不思議だった。

ただ・・・


アベルと話をしておきたかったのは、こちらもだった。
汚名をそそぐ機会になる筈だった、アカネイア同盟軍との正面衝突は、まさに自分達があっていたあの時におこっていたことで、完全に出遅れた。準備が整った頃には、大敗戦の報告が来ていて、その後の後始末に奔走させられたのだ。このままではこの城での防衛戦が最後の機会になる。その舞台でアベルがどうする気なのか聞いておきたかった。


まずは用件を片付けようと思った。
話とはその事かも知れないと思ったから。

が、話はとんでもない方向にそれるのを、パオラは知らなかった。


「聞きたいことって・・・何?」
「レナさんがミシェイル王子の元婚約者というのは本当なのか」

・・・何かと思えば。

「そうね、本当の事よ」

覇王なだけに、側室を大勢抱えるのかと思えば、孤児院を兼ねた教会のシスターの下に足しげく通ったという素朴な話である。
彼女自身が実は貴族の娘であるというのは偶然だった。
政略結婚の道具になる予定であったのだが、反発してシスターとなり、その結果、第一皇子の心を射止めたというのだから、めでたいのか皮肉なのか。

「その後戦争が始まると同時に婚約を破棄して国外逃亡。
何があったのかは私の知るところじゃあないけど・・・

でも、なんでそんな事を?」
「・・・実は、人を通してだが・・・
レナさんが、ミシェイル王子に逢いたがっているそうだ」
「!? ・・・レナさん、が?」

青天の霹靂である。

「パイプ役に、俺が選ばれてな。今連絡を取っている。
だが・・・ ミシェイル王子の耳に入れる前に、身近な人間に情報を聞いておきたかった。判断そのものも、な。

・・・彼女を・・・ レナさんを、ミシェイル王子に逢わせてもいいものだろうか」

そういえば。

彼女はアリティア軍に居た。

ガーネフとカダインで相対した時に、全滅しかけたパオラの部隊を庇うようにして戦場に立ち、マジックシールドで文字通り自分を盾にしたのだ。
その時現れた闇の司祭の言伝がなければ、あの時点でアリティア軍は全滅していたかもしれない。

あの後、彼女がどうしたのかは知らない。が・・・
パオラは、借りがある。

元々、同盟軍に対しては協力していただけなのだとしたら、今、アリティアがマケドニアを攻めるこの状況で、どんな思惑でどうしていようと不思議はない。

だとして。

思惑とは何か。
ミシェイルの心を一度は射止め、各地を放浪しただろう彼女は・・・
今、この時のミシェイルに、何を語ろうというのか。

・・・ひとつ、確かな事がある。
このままでは、マケドニアは滅びる。

レンブラン要塞の戦いで完敗したあの時から、2週間とたっていないというのに、マケドニアの領土といえるのは、もうすでにこのマケドニア城周辺だけだ。

連合はすでに崩壊していると言っていいだろう。
ドル―アはそもそも、『人が殺し合う』事を望んでいるだけだ。
今までドル―アから援軍が派遣された事は一度もない。
つまり、今回もないだろう。

そして、パオラが望む事は、いくつもある。
それは、生き残る事。
自分だけでなく、己の周りに居る・・・愛する人すべて。
今や敵味方に分かれてバラバラの、マケドニアのみんな。
ミネルバ、マリア、カチュア、エスト、ミシェイルやレナ・・・

そして。

「・・・どうした?」
「別に」

・・・自分の尻軽加減にあきれる。
自覚があるからこそ、パオラは自らを律してきた。すぐに人を愛する癖を押さえてきた。カチュアやエストの姉たろう、マリアの世話役、ミネルバの懐刀、その責務を全うしつつ、快い存在でいようとしてきた。

そんな力など、得られるわけがないと分かっているのに。
全てを、守りたくなってしまうのだ。

でもだからこそ、ミシェイルの誘いに乗ってしまった。
全てを手に入れれば、せめてめて大きな力をその手にすれば、守る事の出来る範囲は広がるのだから。


・・・そんな事をぼんやりと考えていたら。


ちゅ。


「っ!!?」


ついばむような、キスをされた。


「何をするのよっ!!!」

平手打ちが飛ぶが、予測していたのかあっさり止められる。
手首を掴まれて、迫られる。

「あんたねえ・・・!!」
「・・・ミシェイル王子とレナさんもこんな感じなのかね」
「はあ!!?」
「いやよいやよもなんとやら、ってさ」
「このっ・・・!」

まずい。

アベルは、魅力的だ。
整っているのに、その切れ長の・・・野心を感じさせる顔立ち。ミシェイル王子をもう少し優しそうな眼もとにした感じなのだ。
加えて、女好きがありありと出ている。態度も、振る舞いは上品なのに、手が早い。

流行りものの詩や舞台などを知ると良く分かる。男も女も、魅力的な異性に迫られるというのは大好きなのだ。押さえているだけで、その例に漏れないパオラは、一瞬で酔ってしまう。そんな自分が分かっているからこそ、己を律してきたのに。

「・・・そうだよな。誰だって、きっと・・・
失いたくない筈なんだ。

けれど・・・

消えちゃったものって、どうすればいいんだろうな。


なぞれば浮き上がってくるものかもしれないけど、その程度のものだったんだって思っちゃうと、やっぱきついしな」
「・・・・・・?」

パオラには意味が分からなかった。
そして、その顔を見て、アベルはさらに寂しそうな顔をした。
それを隠すように、もう一度だけ唇を寄せる。
今度は、もう少し深い口づけ。

パオラは求め返す事はしないが、舌をかんだりはしない。
むずがるように身じろいで、押さえられた両腕に目をそらした。

「俺は、この閉塞状況で、何かを変えるきっかけになるなら、逢ってもらってもいいと思ってる。
パオラはどう思う?」
「・・・・・・ええ。どのみちこのままじゃあって言うなら、アリかしらね」
「サンキュ、意見が聞けて、良かったよ」

そう言うと、手を放して、行ってしまった。

いや。
少しだけ振り向いて、ぼそりとつぶやいた。

「とっとと思い出せよ?」
「・・・はあ? 何をよ」

パオラは本当に分からなかった。
そんな事を言われたのは初めてだ。

「でないと、嫁に貰ってやんないぜ」
「だから何を言ってんのよ。バーカ」

本当に分からなかった。けれど。
『バーカ』なんて、子供っぽく人を罵ったのなんていつ以来だろう。
何だか、とても懐かしいような気分になった。


そして結局。
本城決戦のおりには、アベルはどうするつもりか・・・ つまり自分は何をさせられるのかを聞くのをすっかり忘れていた。


  ・



十年前。

ミシェイルは、少年と呼ばれる時代を終えるくらいにはなっていた頃。

マケドニア王家には、ミシェイルとミネルバの兄妹がいて。
それから子は生まれていなかった。
母親は数年前だが、亡くなっていた。

マケドニア王は老いてなお盛んではあった。
正室を新たに迎え、側室も数人迎えていた。
いずれも若く美しく、趣味の知れる華美な娘達を抱えた。

ミシェイルはそれをどうとも思っていなかった。
その頃のミシェイルは、浮名を流すような青年ではなかったが、それは別に父への反発ではない。

ただ、父の命令ならともかく、肩書を取り払った・・・ つまり王子としての自分ではなく、『ミシェイル個人』を見てくれるのなら別だが・・・
『王子の嫁』となり、贅の限りを尽くしたいと思っているだけ、『王の子』をいずれ授かり、家の繁栄を狙うだけの娘に目を向ける気はなかった。

そして、いずれ自分がこれと決めた相手に、肩書ではなく自分自身を好ましく思ってもらうために、努力を惜しまなかった。・・・いや、自分を高める事、そのことそのものにたのしさを感じていた、そんな頃。


・・・目が覚めた。
ある夜の、日が変わるかどうかという頃。

勝手に自分の体をまさぐられているのが分かって、動転する。


(なっ、なんだ!?)

そう思わず口にしようとして、声が出ない事に気がつく。

「・・・あら、起きたのかしら。
まあ、いいわ。その方が面白いし」

それは、新しく正室に迎えられた女性だった。
マケドニア王からすれば娘のような、ミシェイルからすれば姉くらいの年の女だった。
関係上は、ミシェイルにとっては母・・・
義理の、母だった。

その女は、ミシェイルのモノを口に含んでいた。
涎でべとべとにしたそれを、飴細工でも嘗めるようにしていた。
ミシェイルは自分が何をされているのか悟る。

犯されようとしているのだ。

(・・・・・・っ!!!!)

声が出ない。
いや、全身に力が入らない。

「ふふふ。抵抗は出来ないわよ。遅効性のしびれ薬。証拠も残らないようにしてあるわ。銀の匙にも反応しなかったでしょ?
・・・今日の夕餉に、混ぜてあったのよ」

弛緩性のもので、感覚はある。勿論ミシェイルはそんな事は知らないが、刺激や寒暖は感じるのに体が動かないのは分かった。

大きく巻かれて波打つ、マケドニア貴族に多い真紅の髪。
マケドニア王好みの、大き過ぎるほどのたわわで張りのある乳と、ミシェイルの腹を埋め尽くすような尻。
真っ赤な口紅のついた唇をべろりと嘗め、鍛えられたミシェイルの胸に這わせる。

気持ち、悪い。

「んふふふ。いいわ、いいわあ! 久しぶりの若いオトコ!! この引き締まった体、端正な顔立ち、なのにまだすれてない、余裕のないその目、許しを乞うようなその目・・・!
なのにあたしのおっぱいやお尻についつい目をやって、ぎちぎちに硬くしてるおちんちん!!
うふ、ふうふふ。うひふふふふ。嫌らしい子ね。気持ちいいの? もっと触って欲しい!?

そう、これよこれ!!
この数年、枯れきった爺の勃ちもしないチンポを夜中じゅう嘗めさせられて、モノの手入れから動くのまで全部人任せの野郎のお世話を毎晩毎晩・・・!!
自分の腰さえ振れないのに、先細りにも足らねえザーメン出したと思ったらすぐ萎ませやがって!!
ああ、いいっ!! もっと、もっとよ。もっとチンポ硬くしなさい。ほら、いつでもイっていいのよ。お義母さんのおまOこにザーメンびゅるびゅる出してイっちゃいなさい!! あ、イク、イク!イクぅ!!」

何が何だか分からなかった。
まだ、本当に恋をした事もなかった。

これがどういうことか、分からない程初心ではなかったけれど。
自分の心に決めた相手と、きちんと心を通わせ合って、夢のように愛しあうのだと思っていたのだ。

最低の『初めて』が終わった後、女は満足そうに笑って、告げる。

「・・・言っておくわ。この城の中はね。もうあたしのモノなのよ。下働きの者たちには、全て私の息がかかっているの。
貴方の部屋も、貴方の口にするすべての物も、貴方の着る物も浴びる湯にも、あたしの一言で証拠の残らない毒が混ぜれるのよ。
貴方はあの役に立たなくなった父親に泣きつく事も出来ないわ。貴方が何か調べようとしたらすぐに分かるわよ。

もし、変なそぶりがあったら、妹が・・・ミネルバちゃんが死ぬわ。

出来ないと思う? 思わないわよね。


ああ~・・・ そういえば、貴方の『本当のお母さん』。
・・・残念だったわねえ? いくら体の弱い人とはいえ、まだ若いのにあんなに急に。

ふひひひひひひひひひひひひっ!!!!」

いつ彼女が出て行ったのか覚えていない。
動かない身体と、ぐちゃぐちゃになった心。
シーツは剥がされたまま、下半身を出したまま放置された。
脳の片隅には、このまま朝まで放っておかれたら、後始末が大変だと、そんな惨めな考えがあった。



その女は、味をしめたのか、何度もミシェイルの部屋に来た。
逆らう事は出来なかった。そのうちしびれ薬も使わずそのままやって来て、ミシェイルに腰を振らせた。
全て中で生で出させられた。そして・・・

『マケドニア王の子』を孕んだとして、彼女は妊娠する。
献身の夜伽のたまものだとくちさがもなく話すが、ミシェイルとその女だけは真相を知っている。

その子が、ミシェイルの種であると。


そして生まれたその子は、世継ぎでなく姫であった。

名を、『マリア』。
マケドニア王がつけた名である。

姫であったその時点で女はマリアに興味を無くし、乳母に預けっぱなしだった。
ミシェイルを慰めたのは、マリアを産んだ後、その女が子宮を壊して子がもう産めないこと。
そして。

「にいさま」
「どうした? マリア」
「庭の隅でこっそり育てていた、野イチゴが実ったのです。ほら、こんなに!!」

てとてとと走り寄ってくるマリア。
層のあるドレスの裾の一枚目をエプロンのようにして器を作り、そこにミシェイルが一つかみ出来る程度の野イチゴを乗せている。
彼女の浮かべる笑顔は心からのもので、陰りも歪みも一片たりとてない。少し聡過ぎる所があるが、普段それを見せない所まで聡い。さりとて演じていることに後ろめたさを覚えているわけではないだろう。重荷になっている事もないだろう。父であるマケドニア王や、兄ミシェイル、姉のミネルバの前では、年相応の甘えを見せる事も、こまっしゃくれた背伸びを見せる事もある。

「ほう、わざわざ持ってきたというのは、食えということか」
「はい! ぜひどうぞ」

よく実っていて、酸味の中に自然でかすかな甘みがあった。

軽く褒めて、髪をなでてやると、マリアはとろけた様な照れ笑いを浮かべた。


彼女が生まれた時。

あの女と自分の種など、その場で殺してやろうと思った。

やんちゃな王子が手を滑らせて落とした形なら、どうとでもなるだろうとも。


けれど。


きれいだった。

赤ん坊は、マリアは、 ・・・きれいだった。


あの女の下卑た欲望も醜さも、父の間抜けさも自分の見下げ果てた弱さも小ささも、何も映していなかった。

まっさらな、命だった。

きれい、だったのだ。


・・・ミシェイルはその時心に決めた。
兄として寄り添い、父として守ると。

それを死んでも明かすまいと。



その3 庵での逢瀬


ヴァサッ・・・


翼の音。

姿勢を整えた後は滑空するように山を下りてゆく。
マケドニア城は山頂にある要害である。連絡用の飛竜は、戦となればそこらじゅうに飛ばされる。
珍しくもないものであった。

ただ、その夜飛んでいたのは・・・

これまた、気まぐれの遠乗りなど珍しくもない、ミシェイルであった。

いつもならば、天を仰ぐも地を見下ろすも、自信に満ちた微笑を浮かべているのだが、今日は違った。
食べなれぬ魚の骨を喉に引っかけたままのような、何ともいえぬ困惑した表情を浮かべていた。

「・・・・・・」

竜石の欠片のようなものと共に部屋にいつの間にか置いてあった手紙には。

確か庵が一つあるのみの小さな山の名と・・・


レナのサインがあった。


 ・



もう、何年も前の事だ。

遠乗りの最中に、とある教会によった。竜が腹を減らしたので、何か食わせようと思ったのだ。

「誰かある!」
「・・・何か、御用でしょうか」

出てきたのは、シスターだった。まだ年若い。
少し驚いたが、近づいてみると教会はボロボロだった。ならばこの娘が、責任者なのかもしれなかった。

飛竜の餌が欲しいと言ってはみるが、

「・・・申し訳ありませんが、ここに居るのはやせ細ったヤギが2匹いるだけ。孤児院を兼ねたこの教会では、多くの子供達がおりますが、お腹をすかせていない日は無いという有様です。
満足におもてなしも出来ないのは心苦しいのですが、お許しいただけませんか」
「・・・・・・ふん」

言葉は選んでいるが、卑屈な態度も臆する様子もなかった。
それは、悪く言えば虚勢、良く言えば矜持に生きる、貴族のそれだった。

「・・・貴様、尼になる前は貴族だったか?」
「神の娘となったからには、それは無いのと同じ過去です」

肯定ととる。
毛筋も動揺は見えない。

「・・・俺が誰か知っているか?」
「社交の席に初めてお邪魔させていただいた時に、ご挨拶を一度だけ。ミシェイル殿下、再びお逢い出来ました事、光栄の至りにございます。
お忘れならばその御心煩わす事もなきにと思い、ご挨拶が遅れましたことご容赦を・・・」
「かまわぬ。言う通り覚えがない」

竜の首に手をやり、袋を下ろす。

「竜の餌がないのなら、ここよりは城に戻らねばならぬ。
拵えてもらった弁当が無駄にするのはつまらぬ。皆で食え」
「あ・・・ありがとうございます・・・!」

形のない肉を塩で煮詰めた物を、パンに詰めたものである。
何よりの御馳走だったろう事を、その時のミシェイルは知らなかった。
ミシェイルを前にその笑顔は、彼に媚びたものでなく、子供らを思い、それを食わせてやれることを心から嬉しがったものであった。

彼に繋がる事によって、あらん限りの利を得ようとするための仮面でなく。
賜った何でもない物を、底から感じ入っているその微笑み。

まだ未熟な自分でも、肩書のない己でも、喜びを表してくれる彼女・・・


ミシェイルは、そのまま飛び去った。
空の上で振り向くと、子供らと一緒に手を振っていた。

レナの事を・・・ 彼女が『レナ』という名である事を思い出した。
どこかつまらなそうな、憂鬱そうな顔をしていた娘だったような気がする。いかにも三流貴族な兄に連れられて、露骨に嫁にどうかと薦めるそいつをたしなめていた。その一度しか、社交の席では見かけていない気がする。

その当時のミシェイルは、女の顔はあまり覚えないのだが、レナはかろうじて覚えていた。
その、少し他の娘と違う態度と・・・

素朴な美しさが、なんとなく心に残っていたのだ。



 ・



その庵には、明りがついていた。
この時期に山に入る者はいない筈だ。ならば、そういう事だろう。
彼女はもう、中にいた。

「・・・久しいな、レナ。息災だったか」
「ええ、素直にうなずくのもおかしいのだけれど、生きてはいるわ。
本当に・・・久しぶりね。ミシェイル」

部屋に入ってすぐ、ミシェイルは一瞬固まった。
姿は間違いなくレナなのだが、雰囲気が変わっていた。意志の強そうな瞳と、素朴な美しさを湛えた佇まいは影をひそめている。代わりに瞳は潤んで陰り、折れてしまいそうな華奢さと、形容しがたい艶があった。

今の彼女に欲望を芽生えさせたら、稀代の悪女が出来上がるだろう。しかし、彼女は今空っぽのように見えた。その心を埋める気もないほどに空に見えた。
まるで冬の山のように、大地と雪で命の源を湛えながらも、実る果実や芽吹く花のあてもない・・・


あの後、何度か教会に通った後、ミシェイルはレナにプロポーズをした。
子供達の機嫌取りに焼き菓子を差し入れたり、金品の類は喜ばない・・・というか、彼女自身の望みでないと分かるので、湖や花の群生地に連れていったりと、手を尽くした。
その割には、いざその時は感謝しろだの光栄に思えだのと、気の利いた事のいえた覚えは無いのだが・・・

子供達がもう少し育つまで待って、と微笑み。
差し出した目立たぬ装飾の指輪を、その場で付けてくれたのだ。
たまらず抱き寄せた時の身じろぎは、衣擦れの音まで思い出せた。

「・・・戦争が始まって、貴方は戦う事を選んで・・・
戦えば、全て失ってしまうかもしれない。孤児たちを見てきた私は、それしか頭になかった」
「・・・そうだな」
「だから私は、貴方と袂を分かった。けれど。
私達はお互いに、足らな過ぎた。世界さえ、正しき流れにないその時代で、どうしようもなく力を持たなかった」
「そういう、事なのだろうな」

マケドニアには良質の鉄鉱山があるが、土地が痩せすぎていて作物が上手く育たない。
それをいいことにアカネイア貴族と彼らに通じる商人たちは余りものの食料を法外な値で買わせ、竜以外の唯一の特産、鉄を二束三文で買い叩く。
この関係に辟易していたミシェイルは、ドルーアと手を組むふりをし、グルニアのカミュと通じ、アカネイアを奪った後ドルーアを滅ぼし、この大陸を手に入れる計画を立てる。
反対した父王を殺し、末の妹マリアを人質としてドルーアに貢ぎ、同時にその事実を楯にミネルバを縛りつけた。
このことがレナの知るところとなり、婚約破棄の要因となった。

たとえアカネイア貴族が間違っていたのであっても、アカネイアの人々は、帝国と手を結び祖国を滅ぼした、マケドニアという国を許さないだろう。
少なくとも二人の命ある間に、ミシェイルの理想とした国は作れまい。
レナは今を見抜けていないが、未来を見据えていないのはミシェイルのほうだった。
理不尽なモノに対する怒りから親殺しまでしたミシェイルだが、滅ぼされた国の人々の憤怒を無視している。

そして、レナは。
兄をなぶり殺しにされながら犯されるという地獄の中で、ミシェイルが何を思って戦おうとしたかを知る。
戦えば全てを失ってしまうかもしれない。それは確かだ。
だが、戦わなければ何もかもを奪われてしまうかもしれないのだ。

命も。
矜持も。
連なる全ても。
踏みつぶされて、食い散らかされた後に。

「ねえ、ミシェイル。私達はどうしなければいけなかったのかしら」
「・・・強くあらねばならなかった。
それだけだろうが」

「・・・うん・・・そうだね。
本当は、そうなんだろうね。 それだけじゃあないけれど・・・
まず、そうでなければ、何も守れない」

強い事で、全てを守れるわけでも、救えるわけでもない。
けれど、強くなければ、何をする事も出来ない。

『弱かった』事が、世をよりよく治める為の指針になる事もあろう。民の心を良く理解し、忠臣の言葉に耳を傾け、けして驕らぬ賢君を産む事は多かろう。
しかし。

弱き者が、覇を成した事など、一度たりとてないのだ。

その王自身が武芸を嗜まずとも、人の心を惹きつけるなり、軍略をよく修めるなり、なにがしかの『力』を持って覇を成したのだ。


元はこの大陸を支配し、人自身神と崇めた竜達を相手にするには。
竜より賜った超自然の力と、それに魂を食われ、嫉妬と復讐の権化となった闇の魔導士と戦うには。
運命に導かれつつ、世を先んじた卑劣とも言える策も織り交ぜ、常にその場で的確な指揮をとろうとする麒麟児と交えるには。

二人は、力不足だったという他ない。


「・・・それでも、私は・・・ ううん。
今だからこそ、言うの。

逃げよう?

貴方がいてもいなくても、もうこの国に望みなんてないのなら、私は・・・

貴方を失うなんて、意味がわからない。


私の手の届かない所でであっても、幸せでいてくれるなら、貴方が思うように生きていけているなら、それでも良かった。でも・・・

貴方は、国に押しつぶされて、死のうとしている。
それは、耐えられない・・・」

湛えた悲しみは、涙となって零れ落ちた。
頬を伝い、枯れた庵の床を濡らした。

「それでも、俺が死なねば収まらぬ事がある。
お前がそう言ってくれるのは嬉しいがな、俺が殺した敵も味方も、それによって未来の狂った者も、俺の骸にでも一太刀入れねばすまぬ者が多過ぎる」
「分かってるわ。その上で・・・」
「俺が生きながらえれば、またいたずらに世を乱す」
「それでもあなたは、このまま死ねないでしょう!?
自分の全てを懸けてでも、守らなければならないものは、国や野心のほかにもあるんでしょう!?」

つきささる、言葉だった。

レナが知っている事は、あの女に聞かされていた。

そう。


「マリアちゃんの事は、どうする気なの・・・

たとえ母が、母親である事を何の葛藤もなく捨てた人であっても。
父だと思っていた人もろとも殺されたあの子を!!
実の父である事を隠し続ける、兄だと信じている人に、両親を殺されたあの子を!!

守り続けなきゃならないんじゃなかったの!?」

死を覚悟した事を。

叱ってくれる人がいる。
怒り、泣いてくれる女が。

そして、言う通り。守らねばならない、血を分けた娘がいて。

それでも、自分の命は、違う意味でも・・・殺したいほど恨む者がいるという意味でも自分だけのものではなくて。

留まることなく溢れる涙と、悲しみと怒りのないまぜのレナの表情。
目をそらす事こそしないが、同じく怒りと悲しみと、そして決意を湛えているミシェイル。

「・・・死ぬつもりでいるわけではない。当然だろう。
死ぬかもしれぬからと、逃げるわけにいかないのは分かるだろうが」
「分かってるわよ。分かってるの・・・
でも、ミシェイル・・・!!」

ミシェイルはそのまま、レナの唇を塞いだ。

「んっ・・・」

愛しさを確かめ合い、それでも二人は、永遠とは、なれない。

永遠と限りなく近い、わずかな接吻を終えた後、ミシェイルは背中を向けた。

「お願い・・・」

その背に抱きついて放そうとしないレナ。

それは、ジュリアンに対する明らかな裏切りであった。
それでも。



結果的な事を言えば、その日は排卵日と多少ずれていた。
ミシェイルは、レナによって紡がれる事は無かった。
それが分かるのには、今しばらくの時が必要だった。


 ・



部屋には、『黒豹』がいた。

「おかえりなさいませ、主よ」
「・・・貴様の差し金か。いらぬ気を使いおって」

今となっては、その男の使い所も見いだせない。
『もう一人の指揮官』としての位置にいて欲しかったものだが、籠城戦では意味が薄い。
独自に何かしている節があるが、ミシェイルはもう気にもしていない。裏切るのなら勝手にしろと言えば言える。知らぬうちに自暴自棄的な心境になっているのかもしれなかった。

(それでも)

いらぬ気を、などと言いながらも、ある意味もう一段吹っ切れたのは確かであった。マリアの事はもう自分が何かしてやれる状況でもない。ミネルバの事も同様だ。そして、レナとも、とにもかくにも言葉を交わす事が出来たのである。


「さがれ」
「御意」

アベルは表情を崩さないまま、部屋を出て行った。




 ・


その数日前の事となる。

とんぼ返りしたカペラは、ミネルバに送られてレンブラン城・・・ つまりアイルのもとに居た。
互いに複雑な心境もないではなかったが、二人には共通する思いがある。

ミシェイルの事は置いておいて。

マリアとミネルバに、変に情があるところだ。


「・・・ああも、信用されてしまいますと、どうもね」
「ふん。所詮人の子だな。互いに」
「では、手筈通りに。・・・それで、デネブには言わないままにしますの?」
「いや・・・ お前を協力者として引き入れられた時点で、確実性が増した。となれば、知らせておいた方がいいだろう。
弱みも・・・ある。結局の所、傷口を広げるよりマシだという判断になるが・・・」

デネブが『シーダ』の体を使っている以上、マルスへの義理だてとして睦みあうのはやめたいと言いながら、少し揺さぶられただけでアイルはあっさりと堕ちた。
その事はアイルの中で、どうしても落とし所をつけれていない。
我慢しろと、自分から言っておいて。
からかわれただけで、一晩中貪る事となった。

後かたづけをしながら、何とも言えない空気の中、妙にしおらしいデネブの視線が、可愛らしくて仕方がなかった。

(あいつは、徹頭徹尾、魔女だな・・・)

妖艶なだけなら、純なだけなら、いくらでもあしらいようがある。
押さえきれない程にかきたたせながら、罪悪感を抱かせる。
保護欲を刺激しつつ、矜持をくすぐってくる。

「貴方、もしかしてまた彼女を・・・」
「貴様に咎められる云われは無いぞ」

反射的にそう言ってしまって、しまったと思った。
後ろめたいと叫んだようなものだ。

その辺りも含めて見透かした上で、心底呆れた、というように小さくカペラは嘆息した。

「御馳走さまです事」

状況は違えど、流されてしまっているという意味では、カペラも人の事を言えた義理ではない。義理の兄が生きていることが分かった途端、カペラの立ち位置は無茶苦茶になってしまっている。

カペラは何も言わずに消えた。


・・・あれからはデネブには手を出していない。

すれ違うたびにちらちらと期待のこもった視線を投げてくる。余裕のある、淫猥な視線なら受け流しようもあるが・・・
あれは、反則だ。

(・・・やり過ごすたびにしゅんとしたのが分かる、感じてしまうというのは・・・)

誘惑には打ち勝てよう。だが。

愛おしさを無視する事は、人には出来ない。


その4 マケドニア城攻略戦


・・・その日。


「アカネイア同盟軍、現れましたっ!!」
「ああ」

マケドニア山のマケドニア城への入口は、北側にある。
南側から来たアカネイア同盟軍は、西側か、東側か、あるいは二手に分かれるか・・・
どちらにしても、入口もなく、傾斜は北側からよりはるかにある南側から攻められる事は無い。

「・・・様子を見る。別命あるまで待機だ」
「はっ!!!!」

(さて、どう来るか)

アイルと、ミシェイル。
直接対決するのは、これが初めてである。


(貴様の知謀とやら、どれほどのものか見せてもらおう)

どちらにしても、今出てきた行動のどれかをとるだろう。
南側からは無い。仮にやってこれば、竜騎士に手槍を投げさせ、岩や煮え湯、油を捲いて火をつける・・・
対処の方法はいくらでもある。

いくつもの想定をした。
そのどれもに対処できるようにしてある。

いざとなればミシェイルは自ら出るつもりだった。
それでなんとでもなると思っていた。


愚の極み、である。


アイルは大軍師でも策士でもない。

戦場の詐欺師だ。


隊列を整えるように、軍を展開する。
それをマケドニア軍はただ見ていた。
その時点で、この戦いは決した。


 ・



「・・・もう一時だぜ」


アカネイア同盟軍は、早朝現れた。
その後、南側の裾野で軍を展開し、隊列を整え・・・

それから、微動だにしなかった。


ここで進撃を止める事に意味はない。それでもそうするのなら、何かあるのかと思い、皆身構えた。
なにしろ相手は、『戦場の詐欺師』マルス王子だ。
今まで思いもしなかった事をやってきかねない。


・・・しかし、限界だった。
朝からずっと、動きもしない相手に緊張しっぱなしである。

「ミシェイル殿下・・・」
「・・・もういい。交代で休息を取れ。
どのみち北側に回り込まねばならないのなら余裕はある。
同盟軍は我らのように天馬白騎士団や竜騎士団を多く抱えているわけでもない」

・・・取り囲み、兵糧攻めにでもする気か。
それとも心理戦のつもりか。

小賢しい。

(この程度か)

ただの山頂の城だというだけならそれもいいだろう。しかし、ここはマケドニア城・・・ 航空戦力である竜騎士を擁する、天空城だ。

(今夜にでも竜騎士で夜襲をかけ、輸送部隊を略奪、放火。全滅させてやる。空の重騎士が闇夜でどういう力を発揮するかとくと見るがいい)

今日は月が見えにくい曇り空になるだろう。
矢をあてにくい闇夜で、竜騎士はほぼ無敵となる。
遠征先で補給部隊と軍船を焼かれれば、それで終わりだ。


それぞれの部隊の4割が休息に入り始め。
鍋の実が煮え始めた頃・・・

1時17分。


 ・



前兆は、全くなかった。

シューターが準備されたままになってはいたが、他に何一つ動きは無かった。
信号弾やラッパ、『撃(て)っ!!』の号令の一つさえなかった。

1時17分。


どどどどどどどどどどどどどどどどどどどっ!!


「しゅ、シューターが一斉にとうせ・・・」

投石を! の部分を叫ぶ前に、彼の頭蓋は砕け、脳漿を塀の下の部隊にぶちまけた。鍋の実には新たな食材と泥と埃が投下され、煉瓦が端にあたって、鍋がひっくり返る。

そして。

天空に巨大な歪みが生まれた。
一点から放射状に広がる、闇の閃光としか表せないうねり。

バヂュンッ……

何かが焼き切れるような不快な音と共に、

キインッ!!!!!!

桃色がかった光が環を描く。
紫炎と共に2重3重にかさなり、紋様が浮かぶ。

ばしゃあああああああっ!!!!!

その混乱から立ち直る間もなく、今度は油がぶち込まれた。
始末出来ていない竈の火から次々に燃え移る。

「なんだこれは!! 見張りは何をしていたっ!!」

見張りはきちんと見ていた。
報告もした。
前兆があれば即報告しろと言われ、前兆がなかったので投石が行われたのを視認した瞬間即報告した。

間にあわなかった。


そもそも、ここは山の上だ。
山脈の崖に作った要塞だというなら、シューターに警戒もする。
しかし。

『ここに届いた』。

1000m級の山頂にあるマケドニア城に、最大射程400m前後の筈のシューターの投石が届いたことになる。


不幸な事に。
この騒ぎで最大の被害を受けた・・・いや、『全滅した』のは、リザーブ等々を使いこなす、戦術の要ともなりえる僧兵たちだった。



 ・


勿論、兵力の摩耗を0に近づける『杖』魔法を、『戦場の詐欺師』が疎かにする筈もない。敵としてみても味方として見ても、だ。
アイルが真っ先に叩こうとするのは当然僧兵であった。

彼らは狙われたのだ。

そして、シューターの投石がどうして届いたかだが・・・

これは、『ワープ』の杖である。


『ワープ』は、A地点とB地点を繋ぐ空間を作るものだ。
Aのゲートに『投げ込んだ』物は、力量保存の法則に従ったままBのゲートから『飛び出して』届くのである。
つまり。
シューターの威力を殺さないまま、軌道のショートカットをする・・・という使い方が出来るのである。

さらに。

第二陣の油については、もっと簡単である。
大量の油を池のような物にためておく。または池そのものでいい。油は水に浮くので、薄く広がってゆく。

後は、一陣目の投石が終わったら、城の上空あたりに、上澄みの部分をワープさせればいい。
ワープは、どういう理屈か知らないが、人であればせいぜい数人しか送れない。しかし、岩や水、油など、構造があまり複雑でない物に限って送るのなら、かなり大量に送れるという裏技があるのだ。

アイルは、こういう事は徹底的に検証した。
リブローやリザーブは、どれぐらい離れた所からかけられるのか。リカバーは、どれだけ瀕死の状況からでも回復するのか。多少貴重な杖でも、時には人体実験となっても、いざ使う時に落とし穴がないか、またどういう応用が利くのか、出来うる限り調べてある。

「さあ、仕上げだ。
悶えて息絶えろ、死につくせ」

ビッ!!!!!

白い手袋が真横にないで、それを合図に最後のワープの光が煌めく。
光の中に消えていったのは、聖女のような騎士と、年端もいかぬ、妖精のような愛らしい少女だった。


 ・


(チキ。

あそこにいるのは、ガーネフの・・・
君を怖い夢の中に放りこんだやつの仲間だ。

僕やシーダやマリアやニーナ・・・ 君と仲良くしてくれるみんなを殺そうとする奴らだ)

(うん)

(この宝石を無くさないようにしながら、チキを殺そうとする奴に向かって息を吐くんだ。後はシーダのお姉ちゃんの事をよく聞くんだよ。気をつけてね)

その時渡されたのが、竜石の力の減少を0にする『星のオーブ』であることすら、チキは知らない。

チキは、アイルの・・・『マルスのお兄ちゃん』が言っていた事をよく思い出し、己を奮い立たす。

ここは、マケドニア城の城門だ。
閉まったままの門扉を背に、魔法陣のゲートの光が解けていく。

「チキ、がんばる!!」
「おう!!」

掛け声にこれまた可愛らしく追随したのはデネブである。
マリアは無き伏している、アイルは疲れ切って寝てばかりという中で、デネブは最近はチキにつきっきりであった。
バヌトゥもいない中で、『マルスのお兄ちゃん』も『マリアちゃん』も相手をしてくれない状況。チキもデネブといる事が当たり前になってきて、少しベタベタし過ぎとはいえ、不快と感じる事はしないようにしているデネブに、だんだんチキも警戒心を消していった。今では二人は、年は少々離れているとはいえ、実の姉妹のようであった。
いや、実の姉妹ならこうも仲好くは無いだろう。暇を持て余した叔母と姪の方が近いか。どちらも何の責任も不安も感じないままに、爛れたとまで言えるお互いの愛情に漬かっているようなものだ。

食事を食べさせあう、風呂で洗いあいをする、一緒に寝ると、事の他ベタベタしていた。

そのせいもあってか、戦場だというのに、チキには何の不安もなかった。ましてや、周りは二人以外すべて敵・・・ 自分に意地悪をしてきた奴らの仲間だと言われ、怒りさえ抱いていた。

幼い残酷さは、命の重みを知らない。
いや、自分の大切なものは大切であるだろう。何物にも代えがたいものだと、失われれば取り戻せないものなのは分かっているだろう。
だが、それが等価値だという、建前の理屈に理解を示さない。
よくも知らない、自分と関係ない、いや、『嫌いな命』が、他の誰かにとって大切かもしれないという想像にまで意識がいかない。

ここに居るのは、『マリアの大切な人達』でもあるとは、聞かされていない。


何のためらいもなく、チキは竜石の力を開放した。


ーーールキャォォォォォォオオオオオオオオオオッ!!!


ふわふわとした、銀糸の毛並みを持つ、美しい竜。

キィィーーーーーーー・・・・・・ン


ゴッ!!


顎を大きく開け、光を集めるように咥え込み・・・
そして吐かれた霧のような冷気は、絶対零度と呼ばれる、全てを灰よりも細かい粒子に砕いてしまう、絶対の死の吐息。

離れれば離れるほど、その威力は和らぐ。だがそれは、その方が悲惨だ。中途半端な弱まり方をした霧の吐息は、一瞬ではその命を奪わない。
身体の部分部分を粉に変え、抉り取る吐息。それは、触れた部分を腐らせる瘴気と、恐ろしさに・・・ 違いはあっても、差は無い。共に最悪という意味で。

「ぎゃああああああああああああああああああっ!!」
「腕が、崩れ・・・!!」「ひぎゃああああぅあ!?」
「あ、足が、足が消えて・・・!!」

阿鼻叫喚。
そんな言葉がぴったりくる・・・ そんな地獄が出現する。

その中で、その竜の隣にいた女は・・・
口が裂けているのかと思うほどに、口の端をつり上げた。


 ・


神竜の出現は、即座にミシェイルの下に報告された。
もっとも、出現した時点で手遅れなのだが。

「ミシェイル様!!! りゅ、竜ですっ!!!
見た事もないような、白銀の・・・
こ、攻撃が通じませんッ!!!!」
「なんだとっ!?」

アイルがチキを使った事は少ない。
彼女の信頼を得る為に、でもあったが、こういう時のためでもあった。

『切り札』は、知られていないからこそのものだ。

彼女を使った時は、ほぼ皆殺しにしている。

そして・・・

「傍らにいる魔女も同様です!! まさに一騎当千・・・
城内は崩壊しています!!!」
「命令系統が働いていません!!
城壁から飛び降りる兵まで出ていますっ!!!」
「・・・・・・」

本丸からその光景を目にした。

城門に近づく者を、片端から霧に変えている。
その毛並みの美しい、獣のような竜は、己の周り以外さえもその体毛と同じ白銀に変えていた。

さらに。

それでも城門から逃げようと、わずかな隙間に向けて突貫する者、逃げ惑う者、または隠れようとする者を見つけ出してでも切りつける、悪魔か鬼のような聖騎士。

「これ、は・・・」

ミシェイルは茫然とした。

これは。

「そらそら出口はこちらにしかないぞ!?
生きたいヤツも逝きたいヤツも、まとめてかかって来るがいい!!!
長く苦しみたいヤツは、存分に踊り狂えッ!!!!!!!!!!

くふはははははははははははははははは!!!
はーっはっはっはっはっはっはっはっはぁ!!!!!!」

魔女の嘲りが聞こえてくる。
涼やかで美しい声なだけに、愛らしい笑顔なだけに、帰り血に染まったその蒼穹のような髪と真っ白な肌が、ヴァンパイアに出会ったような恐怖を誘う。

唐竹に割った人間から吹き出す血を浴びた籠手を、何の逡巡もなくねぶる舌。
凪いだ穂先が首を飛ばすたびに、愉悦に満ちた表情で尻をくねらせる仕草。淫靡な溜め息。


こんなものを。

使ってくるのか。

それは、城攻めに毒を使うようなものだ。
街に、疫病もちをまぎれさせるようなものだ。

城に居る者が、民草の一人まで死に絶えてもかまわない、城そのものが、使えなくなろうと知った事ではない。という意味で。


それは確かに、人の上に立つ者の・・・王族のすることではない。いや、『詐欺師』どころか・・・
人のする事ではない。

だが、ミシェイルは知らない。

これが、『戦場』だ。


王族が知らされもしない。
末端の。
民が実際にさらされる・・・

本物の、『戦場』。

人が生み出すものでありながら、理の・・・ 『理想』のまったき外にある。

思いも言葉も通じない、何が起こっても許される場所・・・

ですら、ない。

思いも言葉も、交わす事に意味を求められない、何が起こっても咎める思いを持つ者がいない、または止める力を持つ者がいない、狂気のみがほとばしる場所。

そう。

「マルス・・・王子・・・あぁんの小僧っ・・・!!!

これが貴様のやり方かッ・・・・!!!!
これは戦などではない・・・

ただの『虐殺』だッ!!!!」


そう。

戦場とは、『殺し合う』場所。
『殺さねば殺される』場所。

その者のすべてである筈の『命』を賭けさせる、狂う事を咎めぬ場所。いや、咎める言葉に意味が生まれない地獄。


ミシェイルの、糾弾の言葉を。
まるでどうやってか聞いたように、アイルは笑う。

ニタァ・・・ としか擬音をつけられぬような、陰惨な笑みで。

「くははは。馬鹿が。
そもそも戦というのは虐殺ごっこだ。
正しさを叫べるのは勝った者だけだ。
負ける方が悪いんだよカス王子ッ!!!!!!」


このままチキとデネブが日暮れまで暴れれば、いくら巨大なマケドニア城でも、落城どころか崩壊する。

それまでに、ついでに済ませておきたい用事もあった。


 ・


キィンッ!!!


「・・・ガーネフの手の者か」

背に突き出した杖でナイフを防ぎ、はじいた。

「ということは、わしを大賢者ガトーと知っての事よな。
しかもその体より染み出ている瘴気・・・ 操られておるのか」
「・・・ガアアアアアアアア・・・・・・」

赤く血走った眼、獣のような唸り。
完全に操られている。

マケドニア城から見て北の方角にある山中、そこにひっそりと建っている小さな庵。

ガトーの隠れ家である。

そこにいきなり現れたのは、例えるならコマネズミのような小柄な少年だった。

窓のさんや、天井との間にあるはりなどをましらのごとく飛びうつり、ガトーを襲ってくる。

「ガアァッ!!」

二、三度杖とナイフが合わさる。

「ふむ・・・」

しかし。

「ハァッ!!!」
「ガァアッ!?」

そこに乱入してくる者がいた。
アテナである。

「おとなしくする。リカード!!」
「ガアアアアッ!!!」

あっという間に縛りあげ、転がされる。
そこへ。

「ガトー様・・・」
「ああ、マルス殿か。助かった」

庵にアイルが入ってくる。
何かあったのを察して、アテナを使ったのだろう。いや、アテナが闇の波動を感じて進言したのかもしれないが。

そしてアイルは、そこにつなげて本題に入る。

「・・・彼です。光のオーブを盗んだのは」
「そうか。 ・・・しかし、今持ってはいないようじゃな」
「はい。申し訳ない。取り戻す事は出来ませんでした・・・」

ここに光のオーブと星のオーブを持ってきて、マフーを破る究極魔法、『スターライト・エクスプロージョン』を受け取る予定であった。しかし、光のオーブが奪回できなかった以上、スターライトは手に入らない。

どうせ光のオーブがないならと、星のオーブはチキに渡してある。えんえんと神竜の暴れるマケドニア城は、今頃地獄絵図であろう。

「む・・・、しかたあるまい。わしはカダインで、闇魔法に対抗する方法を探してみるとしよう。
わしの隠し部屋や、竜の伝説の中にヒントがあるやもしれぬ。わしも大賢者などと呼ばれておるが、全ての事を分かっておるわけではない」
「・・・間にあうのでしょうか」
「分からぬよ。まあどちらにしろ、マケドニアの事を片づけてからでないと動けまい。そして、メディウスと対峙する前にガーネフはなんとかせねばならぬ。さりとてドル―アを目の前に、この同盟軍の大軍勢をテーベまで進めるというのも無茶な話。
その辺りもわしが何とかせねばならぬだろうしな」
「お世話をかけます」

ガトーは軽くうなずくと、庵を静かに出て行って、そのまま消えた。


(さて)


『彼女』のほうはどうなっているか。


(まあ、どうなろうと俺にはどうでもいいことなのだが・・・)

しかし、成功すればうまみはある。

刹那的に生きるゴミ共に対しては、恐怖や支配、脅しは有効だ。
しかし、王族貴族のように、矜持を持つ者に対しては、そうでもない時がある。

むしろ彼らには、『恩』の方が、意のままにするのに有効な事があるのだ。


(くく。せいぜい働いてもらおうか。悔恨の道化娘)


『もう一人の魔女』さえも手駒となっている現状は、アイルにとって愉快なものと言えた


その5 覇王消滅


アベルの命令に交じって、部隊長達も声を張り上げている。

「神竜に構うなっ!! どうせどうにもならん、あの騎士を封じろっ!!
遠巻きに射かけろ、効かなくてもいい、馬の脚を止めろっ!!」
「手槍を落としなさいっ!! 進路を邪魔すればそれでいいの!!」

(考えろ、考えろ、考えろ)

空中庭園さながらのマケドニア城の唯一の入口である城門を塞ぐ神竜。触れれば氷の粉になって吹き飛ぶブレスを吐き続け、打つ手がない。
今に至るまで傷の一つも負わずに暴れまわる聖魔騎士も同様だ。
聖魔騎士などという位は無いが、剛槍を振り回しつつ魔術を放つその戦いぶりをどのように例えればいいのか。
禍々しくも美しいとしか言いようのないそれは、まさに聖魔。
正直、こんな化け物共とどう戦えばいいのか。

何度でも『どうしようもない』としか結論が出ないのだが、それでもアベル達は戦いを続ける。
切り立った崖の上に建つようなマケドニア城だ。籠城にこれほど適した城はアカネイア大陸に他にあるまい。しかし・・・

ここに閉じ込められたとなれば、ここほど逃げにくい場所は無い。
アベルとパオラは、オグマやバーツ達と応戦しているが、全く反撃の糸口がつかめない。



天空の城とまで言われるこの城に続く、数千、いや数万の階段。他にこの城と地上を繋ぐ道は無い。その攻め難さは他に類を見ない。

奴隷達の反乱に始まったマケドニアの歴史は、自分達で国を勝ち取ったという誇りと、強烈な愛国心を産んだ。

通常、攻め難い城の欠点は、補給の難しさにある。籠城したのなら閉じ込めてしまえば、いずれは根をあげる。

だが。

マケドニアはそうならない。ならなかった。


領民に愛されるマケドニア王家と、一騎当千の航空戦力であるドラゴンナイト、そしてペガサスナイト。空を行くという補給路、領民の惜しみない援助とゲリラ戦術、その指揮をとる将校の移動が可能な事・・・
マケドニア城が持ちこたえている間に、国そのもの、人そのものを敵に回す事になる敵軍は、辛酸を嘗めさせられる事となる。
取り囲んだまではいいが、その時点で近郊の村人は財産や食糧ごと逃亡する。いくらかは川をせき止めに行き、輸送隊を襲う山賊海賊となって、陣を焼き払いに来る。軍船も同様の目に会うし、護衛を残せば兵力の分散、補給路の間延びを招く。
マケドニアを攻めるという事は、そういう事だ。


・・・これまでは。



マケドニア王は領民に愛されていた。時勢の読めない男ではあったが、その分人情に理解があった。
ドル―アの支配を、その力も持たないにもかかわらず跳ねのけた所からもうかがい知れる。
その後あっさり支配され、唯一の希望としてミシェイルが立ち上がった・・・というなら、領民はミシェイルも支持したろう。
だが・・・

ミシェイルは優し過ぎた。
野心もいくらかはあったろう。しかし、ドル―アの軍門に下った一番の理由は・・・
『徹底抗戦をした場合、支配されるまでに出る犠牲』に耐えられなかった事。

戦えば負けるのは分かっていた。

アカネイアの捨て石・・・どころか、時間稼ぎにもならぬ無駄死にになると。

だからこそ、父王を殺し、ドル―アの支配を間接的なものに抑え、アカネイアの体質を変えつつドル―ア以上の力を持つ、もしくは竜共の倒し方を見つけ、グルニアのカミュと手を結んで、この大陸を人の手に取り戻そうとしたのだ。


そんな思いを、領民は理解できなかった。知る事は出来なかった。
野心に取りつかれて、かつて自分達を奴隷として扱った竜共にしっぽを振り、自分達が愛した王を殺した狂った魔物だと思った。

今。

二週間という短い間に地方領主達にそっぽを向かれたというのも、貴族の日和見主義だけが原因ではない。
領民の心が、既に離れきってしまっていたのだ。
なおかつ、アイルの、『王としての物欲、支配欲』が根本にない政策は、税率の徹底した引き下げや、兵の狼藉の管理、徴発行為の禁止など、随所に古き良きマケドニアを感じさせ、民の心を掴んでしまっていた。


始める前から決まっていた。ミシェイルは最初から『孤立』していたのである。


その上で神竜に出口を塞がれ、火の海の中を暴れまわる魔女に蹂躙されている。
マケドニア城は、既に終わっていた。


「アベル!! 第六と第十四隊が消滅した!!」
「ドラゴンランスはまだそろわんか!!」
(一本二本あっても神竜のそばに行くまでにあの魔女に叩き殺されては意味がない・・・)


そして最悪の報が届く。


「ア、アベル隊長!! 武器庫が何者かに荒らされていました!! 全ての武器の金属部が腐食していて、使い物になりません・・・!!」
「何だとっ!?」

神竜の恐ろしさは、その弱点の無さにもある。

完全無効化する魔竜ほどではないが、火竜や氷竜になら通用する魔法が、神竜には殆ど効果を表さない。
頼みの綱であった対竜用武装が失われていたと分かった今、一縷の希望もなくなったのであった。


 ・


「またれよ、シーダ姫!!」

そう声をかけるのも一瞬躊躇った。しかし、この機会を逃してはならなかった。

「んん? ・・・オグマか」

その姿は確かにシーダであった。が、シーダであるとは思えなかった。
マケドニア城を蹂躙する豪傑は、かつての優美にして繊細なシーダ姫を伺えない。


オグマとシーダの物語は、シーダの幼少期まで遡る。


オグマが剣闘士であった頃。
仲間と共に脱走を企てた事があった。
成功はしたが、しんがりを引き受けたオグマのみが捕まり、逃げた者をおびき出す為に、数日にわたって鞭打たれたのだ。

その時助けに入ったのがシーダである。

その時の彼女は、自分の立場の大きさをきちんと知らなかった。
身分を明かせば、それだけで興行主は平伏したろう。だがそれを知らないシーダは、その身を広げてオグマを庇った。

そこにいたのは、ただの女の子。
ただの、女の子。

だからこそ。

オグマは、己の全てをかけて守ろうと誓った。


「くふ。久しいな。ワーレンで消し炭となったのかと思っていた頃からだから、本当に暫くぶりだ。
他の者共同様、カペラの手駒にされて、ミシェイルに買われていたわけか」

・・・ああ。

・・・ああ、違う。
シーダ姫ではない。

その魔女のような見下した薄ら笑いは、世界の善意を欠片も疑わないあの微笑みと似ても似つかない。
返り血を浴びておらぬ部分がない鎧、血まみれの超重槍、先ほどまでの猛将ぶり・・・
何一つオグマの記憶にあるシーダと結びつかない。

「・・・貴様がシーダ姫にとりついた悪魔だというのは真実か」

その言葉に、彼女は心底嫌そうな顔をした。
そのまま、自嘲気味な溜め息と共に口元を笑ったように歪める。

「カペラあたりに吹き込まれたか? あいつのどこを信用するのかは知らんし、私がどういえば貴様の気が済むのかも知った事ではないが・・・
ああ、そうだ。この体はまごうことなく貴様の愛しの姫のもので、今貴様と言を交わすこの人格は、その姫を乗っ取った魔女のものよ。

満足か?」

それは、目の前にいる女がシーダの真の姿であるとは信じていないし、もしそうならそれ以上の絶望は無いであろうオグマにとって喜ばしい物であり、同時に彼女の本物の魂が今どうなっているのか分からぬという意味で、底知れぬほどの不安をオグマに与える返答であった。

「ああ、ああ。他にもどうせ聞きたい事は山とあるのだろう。
シーダの魂自体はまあ無事だ。私が出て行きさえすれば元のお姫様に戻るだろうよ。
・・・まだまだ出て行く気はないが。

私を追い出す方法を私から聞けるとは思っていまい? まあせいぜい御機嫌を取る事だな。無事だとはいったが、いつでもシーダ姫の精神を消す事は出来るというのは覚えておくがいい。信じるかどうかはこれまた勝手だが」

オグマの相手より、まだ暴れたいデネブは、さっさと話を切り上げたがる。

「姫の言葉を、聞かせてくれ。
・・・一言だけでいい」

この言葉は、オグマにとっては切実な願いだったろう。
しかし、結果的に・・・
デネブに面白がらせたという意味で、最悪だった。

「・・・いい度胸だ。興が乗った。
よぉぉおおおく聞いておけ」

そう言って、ブレストアーマーのベルトを少し引いた。
その瞬間、彼女の顔は青ざめ、羞恥に歪んで朱に染まる。

「オグマ、見ないでぇぇぇええええっ!!!!!」

間違いなく、それは。
シーダの心からの、一言ではあったろう。

ブレストアーマーごと、下の布地やサラシが引きちぎられる。
形の良い双丘があらわになる。鱒の切り身のような橙色の突起は、つんと上を向いていて、大きさも中々のものであった。

見てはいけない、そう思いながらも、意味が分からず混乱しているオグマはそれを実行できないまま、茫然と彼女の乳房に目を奪われ続けた。

「いやああああああああっ!!!!」

数瞬の後、やっと胸を隠した彼女は、すぐに何もなかったかのように、ブレストアーマーをつけなおした。

「くふふふふっ。二言目はサービスだ。今夜はたっぷり自分を慰めるといい。生きて帰れればな」

オグマはやっと理解がいった。今起きた出来事が何か。

シーダはさらしものにされたのだ。


 ・


「誰かあるっ!!」

ミシェイルは竜を引かせる。
戦局もここまで来ると武勇も軍略もへったくれもない。降伏するか玉砕するかくらいしかなかった。

ミシェイルは、兵達の命は無駄にする気はないが、捨てる時は捨てる事を選べる将だ。それは自分自身に対してもそうだ。
ミシェイルさえ死ねば、兵達の戦う理由は無くなるだろう。どのみちドル―アからは見はなされている。兵達は降伏するしかあるまい。

しかしミシェイルは降伏する気はない。特にこの場面では絶対に嫌だった。
自分が存在していれば、火種になるのは分かっていた。
ミネルバもマリアもアカネイア同盟軍内で居場所を得ている。自分はむしろ邪魔だと。

ならばこそ。

覇王としての姿を。
全てに立ち向かう姿を残さねばならないと思った。


ヴァサッ・・・


飛竜の翼がはためき、マケドニア城のそばを滑空する。
英雄の血筋と、それにまつわる栄枯盛衰、苦しみの連鎖。
再来と言われたアイオテの再びの死によって、この国にも一つキリがつくのだろうか。

(すまない)

ミネルバにもレナにもマリアにも。
自分を愛してくれた女達には、何も残せていない。
仮にレナに子が出来た所で、それが彼女にとって良いことかどうか分かりはしない。

「・・・何を感傷に浸ってるんですの。全く覇王らしくもない」
「っ!?」

膝を組んで肘をつき、ねめつけるように見ているのは、カペラであった。

「貴様、どうしてっ・・・!!」
「姿を消してました」

これだから魔導士は油断ならない。

「どういうつもりだ・・・」

敵なのか、味方なのか。
何をするつもりなのか。
・・・ミシェイルは知らないが、対竜装備であるドラゴンランス等々を処分したのは彼女である。まあそれも、アイルに依頼された、事のついでだ。アイルがそうしろといったのは、チキのためであることは明白である。

「別に、したいようにして下さいな。私は私の頼まれた事をするだけですわ。お気になさらず」

そう言って、カペラはミシェイルの背中から手をまわし、抱きついた。

「・・・貴様も、死ぬぞ」
「お気になさらず、と言いましたわよ」
「・・・・・・」

ミシェイルはもうカペラを無視し、そして。
神竜のいる城門裏でも、聖魔騎士の暴れる中庭でもなく。

アカネイア同盟軍の本隊のある、北東の山のふもとに突っ込んだ。


 ・


「りゅ、竜騎士が突っ込んできます!!」
「慌てるな! 弓隊、構え!!」

ノルンの弓騎士隊が、一斉にその鏃を天空に向ける。
いうまでもなく、天馬騎士、竜騎士の弱点は弓だ。獲物を天空から襲う彼らは、その襲う瞬間は無防備だし、天空での防御も出来ない。大きく広げたその翼はよろう事も出来ず、いい的になるのに、翼を失えば墜落するしかない。すればほぼ即死なのだ。

「シューター、撃(て)っ!!」

まさに『弾幕』といった形の、航空戦力用連弩、『バリスタ』。前回の戦いで配置したものを持ってきてあった。
弓騎士隊とシューター部隊の弾幕と矢の雨。それを、たった一人の竜騎士に向けた。
彼がマケドニアの覇王、ミシェイルだと知っていたからだ。

しかし。

「小賢しいわぁぁああああっ!!!」

竜の理力が込められた石が、飛竜丸ごと包む結界を産み出す『アイオテの盾』。
マケドニアの至宝が、覇王を覇王たらしめ、無謀にしか思えぬ突貫を、一つの戦術たらしめる。

どうにもならない程の『力』を、『頭』にぶつけてそれで終わる。

ギガガガガガガガガガガガガガッ!!!!

シューターから放たれた槍のような矢も、弓隊の閃光のような一撃の集中も、全てが弾かれる。

二撃目をつがえる暇など与えない。

もう、止まらない。

「マルス・・・貴様ァアッ!!!!!
よくも・・・よくもっ!!!!
殺してやるッ・・・殺してやるぞッ!!!!!!」

マルス(アイル)を殺せたとしても、城は神竜が現れた時点でもう駄目であったし、早いか遅いかだった。
だからこそ、ミシェイルにはもうこれしかなかった。

万一つがえる事の出来た場合も狙いがつけにくいように、低空から高速で、丘を登るように強襲する。

だが。


「くく」

アイルは、笑っていた。

・・・キインッ!!!!!!

耳をつんざくような金属音。

桃色がかった光が環を描く。
紫炎と共に2重3重にかさなり、アイルの背あたりに紋様が浮かぶ。


それは。

ワープの杖の光。


見下ろすようにして腕を組み、アイルは嘲笑するように言った。

「骨も残さず融けるがいい」

ワープの光が消え去ると、そこには。
マケドニア城を破滅に追いやった、神竜の姿があった。


キャオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!


その咆哮と共に浴びせられた絶対零度の霧の吐息。
方向転換も出来ずに、ミシェイルは直撃を受ける。

そして。

その霧が晴れた時、ミシェイルの姿は消滅していた。文字通り、霧のように。
アイオテの盾さえ、意味がなかった。


蒼穹に、ミシェイルは消えた。
覇王は、天空に消えたのだ


その6 この世に一人しかいないあなた



それは、突然だった。

神竜が、消えたのだ。


一瞬、時が止まったようだった。唯一の出口である城門を塞ぐ、怪物が、忽然と・・・

それまでこのマケドニア城を、凍てつく息を吹きかけ、魔女と共に蹂躙していたそれが、だ。

「おや、さっきのアレが『そう』か。ふふん。では失礼するかな」

神竜が消えたその意味を知っている聖魔騎士は、帰り血まみれのその身とマントを翻した。
その城門から、悠々と出て行った。

皆が、ふと我に返る。


今ならもう、逃げ道を塞ぐ敵はいない。

「だ、脱出だ!! 脱出するぞ!!!」

わあああああああああっ・・・・・・


生き残った兵達は、城門に殺到した。
皆疲れ切っていたためか、殺到といってもその歩みは力なく、それが幸いして、パニックによる事故などは無かった。

アベルも、疲れ切った体に鞭打って、立ち上がる。

「・・・おい、行くぞ。
もう終わった」

最初からどうしようもなかったが、とにかく終わりはした。
ここから逃げねばならなかった。

「おい!!」

呆けているパオラに、アベルはもう一度喝を入れる。
虚ろな目に、僅かにだけ光が宿り、囁くようにその唇が音を紡ぐ。

「なんだったの・・・」
「・・・これが『あいつ』のやり方なんだろうよ」

油を捲き、火をつけて。
閉じ込めて、嬲り殺す。

「なんて、奴・・・!」
「いや・・・ アリだ」
「っ!?」

何故。

「どうしてっ!!? こんな、こんな・・・
私達は、戦う事もまともに出来ずに・・・ これが戦争だとでもいうの!?」
「ああ、それも極めて理想的だと言える」
「どこが、どんな風に!?」
「あいつの味方の・・・ 同盟軍の損害はほぼ0だ。こっちは完膚なきまでに叩き潰された。
加えて、マケドニアの民の心は、すでにもうほぼ同盟軍側に傾いている。今後ゲリラ戦をしかけようにも、民の助けなしにはその戦法は成り立たん。ゲリラ戦とは、抵抗勢力であり民の先導だ。満ち足りた民に助力を請う事は無理だろう」

もう本当にどうしようもない。

「この後ミネルバ将軍あたりにこの地を任せてみろ。もう文句のつけようもない。
問題の種だったオウジサマと、そいつの側近を失っただけで、後はマケドニア城の修理くらい。民達はなぁんにも失っちゃいない。同盟からかけられる賠償金その他の額次第では、これほどの終わり方は無い。
・・・割を食って恨みがあるのは俺達だけだ」
「・・・!!!」

パオラにしてみれば、納得いかない。
自分達が己自身を磨いてきたのは、ただただ自分の国と王の為、民のためだ。なのに。

全てに見放されて、辛酸を舐めるだけで終わるというのか。

「こんなのって、ない・・・」
「けれど、マケドニアは。こんなにもマケドニアのまま、負ける事が出来た。これでもうドル―アともアカネイアとも戦わずに、次の為に、歩きだせる」

それは、本当にいい事なのだ。
大陸の全てが巻き込まれ、多くの国がそれぞれに傷つく中で、同盟軍としては、まだ戦い続けなければならない中で・・・
マケドニアは、その中からいち早く抜ける事が出来るかもしれない。

「う、うあ、うああああああああああああああっ!!!」

パオラは、アベルの腕の中で泣きじゃくった。
敵にいいようにされた揚句、最良の結果を突き付けられる。
死力を尽くしてきた挙句に、何でもないようにあしらわれた。
くやしい。

絶望でも、慙愧でも、怨みでもなく。


自分の中だけで終わるような、生温かい苛立ちだけ。


まともにアベルの顔を見れないままそうしていると、馬にのせられて抱きすくめられた。
馬の背の揺れが気持ちよくて、パオラは少しだけ長い眠りに落ちた。


 ・


城門の陰で、すくんでいる人影が二人分。

城内が無人となった所で、一人が顔を出した。

「・・・もういいみたいだ。俺達も戻ろうぜ、レナさん」
「・・・うん」

アイルをミシェイルが強襲してくるタイミングでの、神竜の『ワープ』による本陣帰還。
それがレナの役目だった。

・・・それは、ミシェイルを無き者にする決定打である。

それをレナがになったのは、当然それ相応の理由があったからである。

「これで・・・」
「ああ、これで、レナさんの願ったようになるよ。
だって、カペラちゃんが動いてくれたんだろ?」
「ええ・・・」

そう。
これで、マリアもミネルバもレナも。ミシェイルを失いたくない、しかしマケドニアも失えない者達が。
救われる。
だって、ミシェイルはこれで『死ぬ事』が出来るのだから。
だったら。

すべてが。


もう、レナはミシェイルに会う気は無かった。
そして、ジュリアンの手をとった。

「レ、レナさん?」
「ごめんね、今まで」

まだ、ミシェイルの事は愛している。
けれど、自分はもう、ジュリアンと共にいようと思った。

「まだ、あたしがいい?」

ジュリアンが、そう望む限りは。
そうしようと、思ったのだ。

「レナさん・・・」

ジュリアンは、はっきりと答えることはできなかった。

傷ついた彼女を見捨てないという選択と。
彼女が何を愛してきたかの片鱗を見た上でまだ残る彼女への憧憬。
さすがにそれを同じものと捉えてしまえるほど、ジュリアンも純粋ではない。


 ・


ほかにどんなことをされたら、『彼女』だと・・・
シーダだとはっきり分かっただろう。
あの魔女ならどんな演技でもしそうだ。さっきのが演技でない保証がどこにあるのか。

なのに。

信じてしまった。


この上なく納得し、信じたい自分がいた。

自分の意のままに動かぬ己の手が、目の前の男に乳房をさらさせた事へのどうにもならない拒絶と恥辱。『それ』から目をそらそうとしない彼からどんな思いを抱いたかまでひっくるめ、本物のシーダだと、そう思った。


オグマにしてみれば、彼女はなんだろう。

主君であり、恩人であり、想い人でもあり、妹や娘、姪のようでもあり。
およそ男が異性に抱く好意の種の半分以上を、彼女一人でまかなっていたろう。


自分は彼女のために生まれてきた、そうでないなら自分が死ぬとき、自分は彼女が幸せになるための力の一端であった。そのための研鑽を惜しむことはない・・・ いや、惜しむ意味がない。自分が生きる意味を持たせてくれたのが彼女である以上、それを惜しむことはただの自己否定だ。

そうとさえ思ったのに。


『それ』を目にしたとき、オグマは目を離すことはできず。
彼のものはいきり立った。
その双丘にむしゃぶりつきたいとはっきりと思ったし、閨で彼女を押し倒して嬌声を上げさせる場面を詳細に浮かべていた。

生気が抜けたようにほうけていつつも、オグマのそれは萎えそうにない。目を開けたまま夢精をしそうだった。

底のない自己嫌悪が己を苛みながら、思い残すことなく昇天するような幸福感と浮遊感も同時に感じていた。
大切な人を晒し者にされた怒りと同時に、それを両の眼に写してくれたあの魔女に心よりの感謝をしていた。


オグマは、戦場のど真ん中で思考停止していた。
幸運は、そのすぐ後にミシェイルが同盟軍に突っ込んだ・・・ つまり神竜も消え、皆逃げ始める段階であったということだ。


幸いというのはもうひとつあった。


あの時、周りには誰もいなかった。

シーダの乳房を目撃したのは、この場ではオグマのみである事。
それは、オグマがシーダの乳房を見たという事実を、ほかに誰も知らないということだ。

そして。


なんとか難を逃れていた、サジ、マジ、バーツが倒れているオグマを見つけた。

オグマはうつ伏せになっていて、譫言を言うこともなかった。バーツが周りを警戒しつつ先導し、サジとマジが肩を貸して引きずったため、彼の萎えていないモノに気づくことも、彼の淫らな妄想に気づくこともなかった。


(・・・俺は、どこまで下劣な男なんだっ・・・!!)


男が美しい女に懸想するのは当然のことだ。そこにどんな感情があろうと、それは起こりうる。である以上、オグマのそれはそこまで否定されるものではない。

だが。


彼自身の誓いとその克己的な感情が、その劣情を断じて許さなかった。


 ・


『うしろ』のほう。どこがどうまではっきりとは分からないが、あつい。
『みぎ』がしびれるようで、こごえるよう。

くらやみのあいだからぼんやりとさすひかり。
かすれたふえのような、おと。

その暗闇が自分の瞼である事も意識出来ずに。
それでも、いくつかは届いている。

頬に落ちるそれが涙である事も、かすれた笛の音というのが、しゃくりあげつつ自分を呼ぶ声なのだとも分からなくても。

届いたのだ。


それがどういうことか分かるのは、彼でなく、涙と声の主。


『・・いさっ・ ・・・ぁいでっ・・・・!』


ミシェイルは、右わき腹をやられていた。
槍の持ち手である為、アイオテの盾の反対側だったのだ。
盾の側にカペラがいたのは、カペラがそう動いたのか、ミシェイルがそうしたのかは二人だけが知っている。どちらにしてもその結果、ミシェイルはアイオテの盾の結界が消滅する瞬間に、霧のブレスの対流の余波を部分的に受けてしまった。


その事を、今ミシェイルは理解できるような容態ではなかった。


 ・


キャオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!


その咆哮と共に浴びせられた絶対零度の霧の吐息。
方向転換も出来ずに、ミシェイルは直撃を受ける。

その霧の中に、アイオテの盾の結界が押し負ける瞬間。


『発動(ガーフィル)』


その光は。
ミシェイルの背に姿を消して隠れていたデネブが、指輪を・・・
『時渡りの指輪』を発動させた閃光。
かつて、カペラを十数年前に送った、小さな竜からの贈り物。
対になった指輪を重ね合わせる事によって発動するが、『時間』と『空間』を司る石のうち、割れていたのは『時間』の石の方だけであった。

つまり。

カペラの持っていたその片割れの指輪は、一度だけ瞬間移動をする事の出来る指輪なのだ。


次の瞬間。


カペラとミシェイルは、マリアの待っている庵にまで転移する。

無事とはいえぬまでも。


そして、はたから見れば、ミシェイルはここで完全に死んでいた。
チキの霧のブレスを疑う者もいない。
死体がないのは至極当然。
灰になりかけて崩れているような飛竜の翼と、その結界との力に振り回されて花びらのように舞い落ちるアイオテの盾が、確かにそこにミシェイルがいた事と、姿がない事を同時に証としていた。


 ・



そうして表向きは死んだミシェイルであったが。
どちらにしろ死にかけていた。

アイオテの盾の結界が破れ、一瞬霧に包まれねば微妙な不自然さが残りかねない。タイミングはギリギリの所を要求された。
しかし、練習も出来ない・・・ 一度しか使えない魔法具の発動所要時間。一瞬のタイムラグと、結界の破れる瞬間のミシェイルの姿勢。それが、予定以上のダメージをミシェイルの体に負わせる事となった。


「リカバー!!!!! りっ、リカバーーー!!」

マリアのリカバーが、ありとあらゆる場所を十全の状態に治していく。しかし・・・

切り傷が「治癒」すれば、あとが残るか残らないか程度まで回復するだろう。
しかし、吹き飛んだ腕や足が「治癒」した場合、「手足のなくなった体」が生命活動を取り戻すに留まる。
治癒は治癒であって、「再生」ではないのだ。

そして、不可欠な臓器が失われていた場合。
「もたせる」事くらいしか出来ない。

これは、マリアがかつてイサトライヒで似た様な目に会っている。

・・・となれば。

当然、同じ解決法が使える可能性があった。


「カペラさんっ・・・ 治らない、治らないですっ・・・!」

マリアは混乱していた。
マリアは聡い娘だ。助からないのは見て分かる。知識としても、前述の、『治癒は治癒であって再生ではない』事は頭にあるのだ。

それでも、彼女は泣きながらリカバーをかけ続けていた。


「・・・方法は、あります」
「お願いします!! なんだってします、なんだって渡します!! にいさまを、死なせないでっ・・・!!

勝手な事言ってるのわかってる、でも。
当たり前の事だけど、どんな人でもそうだろうけど!!

にいさまは、にいさましかいないのっ!!!」


だれにとって、どんな風に大切であるかは、それぞれだろう。
けれど、その人が、その人しかいないのも間違いない。
マリアにとって、本当は父で、彼女の中では・・・
最愛の兄であるミシェイルは、ミシェイルだけだ。


レナが彼女のために、竜石を譲ったのは。
ミシェイルが自分の命より大事にしているものが、マリアだと知っていたからだ。

マリアを愛するミシェイルが、好きだったからだ。


カペラは、この三人の、誰の思いも知っていた。
それはかつて、苛立ちながら見つめ、いずれこの世界ごと自分がこそ屠るものの一部として目をそらしていた。

姉の死と、義兄の生存と。
浅ましい自分の希望と絶望から逃げられない今だからこそ、再びやらなければならない。

「・・・分かりました」

マリアのワンピースを首の部分から少し破る。
そこには、竜石を胸元に埋め込まれた、少女の首筋があった。赤く鈍く、炎のように煌めいて揺れるそれの出っ張っている部分を、カペラの手が撫でる。
皮膚と竜石の継ぎ目の部分にそって、僅かに光るカペラの手が動く。指で尺を測るように、つつつと境に触れてゆく。

と。

まるでゼリーでも切り取ったかのように、かぱりと半円がとれた。

「!!!!!」


目を丸くするマリアにカペラは構わず、そのまま、抉られているミシェイルの右の胸に押し当て、呪文詠唱が始まる。
失われつつある命を補う、欠損部分を代替するなどというのは、並の術ではない。しかし・・・

『竜石』は、かつては人がそれぞれを悪魔や神として恐れ崇めた者の『力の結晶』。世界を滅ぼしかねない、均衡を崩しかねないとして封印した『竜の本質』。
『星の力』の単位として使えるほどそれは。

その『並でない』ことをやってのけるだけの力を秘めるのだ。


「・・・心配はいりませんわ。以前のマリアさんの方が危険だったくらいです。ミシェイル殿下は胸が『抉れて』いる程度ですんでいますもの。胸元に『風穴のあいていた』貴方より全然軽傷ですわよ」

油断出来るわけではないだろう。
しかし嘘でもない。
少なくともその言葉は、マリアを少しだけ落ち着かせた。


 ・



一体どれくらい朦朧としていたのだろう。
痛みもしびれも焼けるような熱さも、感じているのに届かないような、はっきりとしつつもまるで他人事のような感覚。
それが、痛みも熱さも和らいでいくのと同じスピードで自分のものに戻っていくようだった。

「・・・・・・」

音にならない。声が出ない。
それでも、十分だった。

それは、マリアにとって。

「にい、さま」

ああ。

目は真っ赤になっている。泣きはらしただろうその目には、それでもまだ涙が浮かぶ。

「まい、あ」

舌が上あごまで届かず、『り』の音を震わす事が出来ない。
でも、名を呼んだのが伝わる。


「にいさま。  ミシェイルにいさま」

にいさま。


それだけの音に、どれだけの愛おしさが詰まっているのだろう。
自分を呼ぶその音に、彼女の何処までが込められているのだろう。

何を伝えたいのだろう。
何を言いたいのだろう。
分かるわけではないのに。
名を呼びあうだけで、分かりあえるわけでもないのに。
何も届いていない筈なのに。

響き合っているのは、分かりあっていて。


(・・・ああ)


まだおれは、いる。

いる、んだ。



乳母はマリアを本当に可愛がっていた。
ミシェイルもミネルバも、本当は祖父である父王も。
しかし、実母は全く省みようとはしていなかった。

マリアはその立場ゆえに、周りの目を気にし、可愛らしく振舞いつつ、聡くもあった。
気にかけてもらえぬ母と、気にかけてもらえる誰かがあまりにも差があったからか、『無視される寂しさ』と、『愛される幸せ』をよりはっきり自覚していたのだろう。見知っただけの者や通りかかる人々までにも、出来うる限り心を砕いていた。
どんなに愛そうとも、興味を持とうとしない実の母がいたからこそ。
その寂しさを他の誰にも、自分の配慮の足りなさで、欠片ほども味あわせたくなくて。

ミシェイルは、いつだって応えた。
その罪悪感から、目をそらす事も出来ないという部分は無いとはいえなかったが、冷たくした事は一度もない。

マリアが悲しむのを承知でした事は。
連合に与して戦を始めた事と、そのために父と義母を殺した事。
人質とした事。

それも全ては、彼女の為でもあった。



恨まれるかも、とは思った。
いや、だろうと思っていた。


けれど。



マリアは、ミシェイルがまだここにいる今、彼に触れて微笑みながら。
愛しさをこめて、呼んでいる。


にいさま




にいさま







にいさま

にい、さま







握る手のぬくもりに安堵しながら、寝息を立て始めるその時まで呼び続けていた。
マリアの涙の跡が乾き始めた頃、よどみなく刻む心の音に身をゆだねて、ミシェイルもまどろみに落ちた。

その寝息の安らかさを聞いて、花の綻ぶように笑顔を見せるマリアは、幼きながら全き聖母であった。


幕間 その24 マケドニアの英雄達 


「・・・それではガトー様、よろしくお願いいたします」
「にいさまを、お頼みします」

カペラとマリアは、二人で深々と頭を下げる。
一命を取り留めたミシェイルだが、ガトーが預かってくれることとなったのだ。

カペラは他にもやることがあるし、マリアは同盟軍の要の一人でもある。
今回のマケドニア城攻略戦では、どうしてもやらねばならないことがあると言って、前線から外してもらったのだ。この上実はこっそり助けていたミシェイルと同行するなどというわがままは言えない。

そもそもマケドニアを攻める作戦中にマケドニアの姫君に内容を明かせない別行動を許可するというのは、信頼とか度量の問題ではない。常識的に考えれば指揮官は頭がおかしい。

にもかかわらず、『別任務である』と言って、味方にもフォローをしてくれているアイルには、マリアとしては本気で頭が上がらない。そしてカペラにもだ。彼女のおかげで、兄が一命を取り留めた・・・ それどころか、世間的には死んだこととなって、マケドニアの敗戦の責任から逃れることもできる形になったのである。
これから、彼は・・・ミシェイルは生きていても良くなったのだ。

もっとも、カペラの存在やそのフォロー、世間的に死んだことも含めて全てアイルの手の内である。
代わりにがんじがらめになったのは、竜石術士であるマリア自身だ。チキに次ぐ局地戦略兵器として運用できるマリアに、返しようのない借りを作った今回の件・・・ アイルにしてみれば、マリア本人が思っている以上のメリットである。

もっとも、この事はアイルは知らないことになっている。ミシェイルが実は生きているということを知れば、立場上せねばならない事が出来てくるし、『そうしなくてもいい理由』を、マリアの納得するかたちで伝えられない、とアイルが思ったからだ。マリア自身が納得できない理由では、いらぬ疑心暗鬼を生む。ならば知らないことにしたほうが簡単だ。

勿論、アイルが影武者で、さらわれたマルスの代わりをしていると思っているマリアにとって、ある程度は持ちつ持たれつが成立するという目算はあるだろう。それでも、『今回の一連のことが全てアイルの手の内』とまでは知らない以上、彼女が抱くのは感謝ばかりで、その上で隠し事をしなくてはならない罪悪感からは逃れられない。

それはともかく。

マケドニアの問題は、それなりに片付いたと言えた。
それはガトーの機嫌の良さからもわかる。

「うむ、任せておけ。
ミシェイルのした事は良くないことも多いが・・・
わしはあやつの純粋さも知っている。罪を犯したとて、それでも救ってやりたいと思うのじゃ」

実際、ガトーはマルス(アイル)に感心していた。この結果はかなり偶然も手伝っているとはいえ、ガトーも出来ないと思っていた、かなり良い結末に収めてみせたからである。

余談であるが、ミシェイルと一緒に、バヌトゥもガトーの治療を受けている。グルニアでの傷を癒すためだ。
レナやジュリアンと共に来た時に、頼んだことである。
やはり傷は深く、何より高齢なこともあり、しばらくは安静だそうだ。
まあこれはそれだけの話ではある。
チキはそれなりに心配したが、ガトーの下にいると聞いて、それ以上は気にしていなかった。

「さて・・・

いよいよじゃな」
「ええ・・・」

ガトーの大転移魔法陣が完成すれば。
いよいよガーネフとの決戦である。

ファルシオンを手に入れねば、メディウスを倒すことは難しい。ドルーア攻略の前に成さねばならぬ事であった。
そして、カペラにとってはそれは、今までの・・・
二十年近くの復讐の人生の決着でもあった。


 ・


西日の差す廊下。書類の束の待つ執務室への道のりの途中に、多分頃合を見て歩いてきている『彼女』と目が合う。

「・・・アイル」
「デネブか」

頬を僅かに染めながら、上目遣いで手を後ろに組んで、落ち着きなさそうにしている。

「・・・・・・」
(相変わらずだな・・・・・・)

残虐で奔放なくせに、いじましい。
魔法の知識や武芸の腕は反則級な分、扱いにくさは筆舌に尽くし難く、根本が阿呆なのでどうしようもない。

ついでに絶世の美少女で、おまけに妖艶だ。

「カ、カペラのやつからいろいろ聞いているぞ。カダインのはるか北、砂漠の中にあるテーベ・・・
いにしえの魔道により作られた強力な器械が数多くあり、ガーネフがあれほど巨大な力を大陸各地におよぼせるのは、それらの力を借りてのことだろう、とな」
「ああ」

これは大切な話であった。
その魔導機器をなんとかすれば、そもそもガーネフはマフーを使いこなせなくなる可能性が高いのだ。
スターライトを完成させられなかった現状、それは唯一の希望だった。

「何か考えはあるのか?」
「まあな」

カペラはかなり力を失っているとはいえ、そばにいるアランやカチュア、ミネルバやリンダという、使える手駒を抱えている。彼女とコンタクトの取れる現状・・・特に今回の戦場であるテーベは、彼女の庭であったことを利用しない手はない。

アイルはうまくやる自信があった。
その後についても、神々である竜に対して行う戦争である以上、十分以上の準備をしたつもりだった。

だが・・・


それをあざ笑うかのような、予期せぬ出来事が、すでに起こってしまっていた。


 ・



「くくくくくくくく・・・・・・・・・・・」

ここは、くだんのテーベ。

かつては、高度な文明を誇ったと思われるその街も、今は死に絶え、動くものすらない。

その中央にあるテーベの神殿。

そこに司祭を装う魔王ガーネフがいた。


「く、くく、くはははははははははははははははは!!!!!!!!!!!
ぐはははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!!!!!!!!!!」

その醜い顔をさらに歪め、笑い続けるガーネフ。

「完成した。ついに完成したぞっ!!!!!
これで、これで・・・ あのどうにもならなかった力が、意のままになる!!!
そうだ、そうだ!!!
あの暗黒竜の力を借りずとも、わし自らが直々に、いや、わし一人でもって世界の征服を成し遂げるっ!!!!!!!!」

それは、夢だった。
自分を愛さなかった世界を、自分の思うように作り替える。
すべてを、自分のものとする。

誰も信用できない、しかし自分一人では成し遂げられない。だからこそ、利用するという形をとってきた。

しかし。

自分ひとりで出来るのなら、それが最上だ。


「くくくくくくくく。
検体名『ベガ』よ。貴様はわしのしもべだ。いや、わしの命令を『あれら』に伝えるつなぎの役でしかないわけだが・・・
喜べ!!! 偉大なる魔王の走狗となれることをな!!!!!!

ぐははははははははははははははははっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


『レギオン計画』。

『軍団』と『悪霊』を内包するこの言葉に成る程則した計画名である。
カペラは復讐と同時に、自分の作り上げたこの研究をガーネフが完成させる前に白紙に戻させるのも目的だった。

・・・完成してしまった。

その事が、ドルーア帝国の運命さえ変えかねなかった。

いくつもの運命があろうと、残っていく過去だけが『運命だった』と断じられてゆくならば・・・

この先のそれは。

未来とは何か。


 ・


少し大きめに開けた平地の中心。雲一つない空の下、アカネイア同盟軍よりすぐりの猛者達が寄り集まっていた。
不安を隠せずに彼らを見送るのは、彼らの縁者や友人達。そして誰あろう同盟軍の旗印、ニーナ姫だった。

「・・・気をつけてください。マルス王子。
そして、必ずやガーネフを倒してきてください・・・」
「お任せ下さい、ニーナ様」
(そして、くれぐれも余計なことはするなよ・・・)

ニーナは、昨日まで自分も行くと言って聞かなかったのである。気概があるのは結構だが、純粋に邪魔だ。いや、何かあればアイルは同盟軍ごと破滅であった。

目下にあるのは、空間を繋げる・・・しかも数十人の人間を一瞬で目的地に送る大転移魔法陣。ガトーに描いてもらったものだが、十数人が限界であるとして、余計な数どころか、中隊規模の軍隊も送れない。となれば、精鋭をよりすぐる必要があった。

アイルが選んだのは、いつもの・・・ というか、子飼いのメンバーたちだ。
一騎当千のシーダ。(デネブ)
まんま戦略兵器のチキとマリア。
秘書や用心棒的な意味合いでノルンとアテナ。
偵察用のフレイ、ニーナからの目付け役としてホルス、攻城戦用のユミルとウルスタ、ダロス、シューターにも同様の役として、ベックとジェイク。回復用員としてエッツェルあたりにも出てもらう。

今回、ロジャーやリフは留守番だ。
一騎当千とは言い難い上、面倒事を起こしかねない部分がある。
・・・特に女絡みで。

ともかく揃えたメンツを前に、ガトーが術式の開放をはじめる。

「それでは、勝ってくるのだぞ。
スターライトなしでは、かなり厳しい戦いとなろうが、策はあるという、お主の言葉を信じよう」
「はい」

キィンッッ!!!!!!!

音叉が砕けるような音と共に、描かれた陣を沿うように光が漏れ始める。
それらがアイルの選んだ勇士と、その勇士達に許された数名の共を包む。

シュウオオオオオオオン・・・・・・

光が消える頃には、彼らの姿は消えていた。


 ・



アイル達がガーネフとの戦いに向かった頃、パオラはアベルに別れを告げていた。

「・・・もうここでいいわ。ここまでくればペガサスを呼んでもあまり目立たないと思う」
「・・・そうか」

アベルはずっとついて行くつもりだった。
戦が終わって、泣き叫んだ後、止めにミシェイルが死んだらしいことを聞いたパオラはしばらく放心していた。
マケドニアという国がこれからどうなるのかは分からないが、彼女に出来ることが今はない事も明白だった。
アベルにだってない。
だったら、いずれマケドニアに必要になるだろう彼女の支えになる事も、アベルには意味のあることだ。

いや。

それこそが彼のしたい事だった。
例え、幼馴染のアルベルトだと思い出してもらえないとしても。
あるいはただ今の自分と重ならないだけだとしても。
彼女を守ること。それはアベルにとって意味のあることだ。
いや、彼の中にそれ以上に意味のあることなどないのだ。

・・・それでも。

「・・・ごめんね。『一緒にいてやる』って言ってくれた事、嬉しかった。でも今は・・・
一人に、なりたい」
「・・・わかったって。

・・・じゃあ、な」

パオラはそのまま行ってしまう。

・・・この選択を。
彼女は後に悔いることになる。

なぜなら、この時『誰かがそばにいるべき』だったのは、アベルの方だったのだ。
戻ってくるべき主のもとに戻ってきたはずのマケドニアで、騎士たる彼は何も守れずに終わってしまった。
彼の心は実は誰よりも傷ついていたのだ。
パオラを送ってしまった後、彼は抜け殻のようになった。それは、パオラの比ではないほどに。

彼女が後悔するのは、そんな彼に不幸な出来事があったからではない。
出会いがあったことだった。


(・・・これから、どうしたもんかな)

うまく働かない頭で、アベルは考える。
・・・結論は出ている。何もないという結論が。
繰り返しになるが、何も守れなかった騎士はもう守るものがなかった。己のもつ能力すべてをかけて守るものは、自分の手からこぼれ落ちてしまっていたのだ。

あてもなく、彷徨った。
本当に本当に、なんのあてもなく。


 ・


・・・どれくらいそうしたろうか。
さまよっていたのだろうか。

それでもそれは、その出会いは。
その日のうちだった。

(・・・・・・ん?)

馬の、嘶きが聞こえた。
それは、聞き慣れていれば多少区別のつく、ペガサスのものだった。

(・・・パオラが戻ってきたのか? それとも別の・・・)

そう思って近づくと、天馬だけがそこにいた。
周りに目をやると・・・

(あ・・・)

そこにいたのは、パオラではなかった。桃色の髪をした、別の騎士であった。

彼女は、水浴びをしていた。

・・・関わる意味はなかった。そっと離れようと思ったのだが、アベルは思うより焦っていたようだった。

パキぃッ!

(げ)

誤って柴を踏んだ。

「誰かいるですか!?」

しかも気づかれた。

・・・正直、そのことでアベルは変に肝が座った。
どうでも良くなったのかもしれない。

「・・・すまない。しかし誤解しないでくれ、覗きをしていたわけじゃない」
「痴漢はみぃんな認めはしませんよ」
「これもまさに痴漢のセリフだろうが、証拠はないだろう? 俺が紳士だという確率も考慮してはくれないかな」
「姿を見せた時にどういう向きかで決めてあげます」
(?)

一瞬わからなかったが、すぐ得心がいった。
アベルは彼女に背を向けて立ち上がり、姿を見せる。

「・・・ふむ。 わかりました。そのままでいてください。服を着ますから」

覗きであるなら、やましさがあるなら、報復を受けることを恐れて、背を向けはしないだろう。誠意と信頼と常識がなければ、出来ない。

アベルが多少やけになっている部分もあった。自分の命がまず大事なら、一目散に逃げれば済むことだ。

「もう、いいですよ」
「そりゃどうも」

手を挙げたまま振り向くと、後姿からも見た桃色の、短めの髪があった。
すっかり兵装を整えたその少女は、マケドニア白騎士団の装いだった。

「すまないね。仲間の天馬騎士を見送ったばかりだったから、馬のいななきに、戻ってきたのかと思ってしまってな」
「まあ、信用しましょう」
「ありがたい」
「しかし、許すかどうかは別問題ですにゃー」
「おい」

頬が引きつる。

「不可抗力はあっても、見られた方は割に合わないっす。
大体、こんな美少女のお尻を見たからには、あなたはこれから数ヶ月、下手すれば一生、私のお尻を思い出して夜中にシコシコするんでしょう? いやいや、妄想の中で私の大事な所にどぷどぷ注ぐかもしれないし、夜の街で遊ぶ時にまでそうするかも」
「ちょっと待てい」
「となると私の心理的被害は相当なものです。その分くらいは償ってもらわないと」
「言いがかりにも限度というものがだな」
「とりあえず下僕決定です。私が飽きるまでぐらいは覚悟してくださいのー。ああ大丈夫、これまでこんな感じに私の下僕になった人は多いですけど、その男の底が見えた時点で、私の中でそのへんの虫と同列になるんで、その時には私の言う心理的被害という理由そのものごとポイ捨てますから」
「・・・・・・」

とてもとても変な女と厄介なことになってしまった。
だが、パオラに結局思い出してもらえず、同行すらも許されずに別れた上、マケドニアのことは自分の手の内から外れてしまった今、アベルは目的がなくなっていた。そのせいで、彼女の命令に全力で背く気概を持てなかった。

「・・・わかったよ。主を失った騎士なんぞ文字通り虫以下だ、せいぜいこき使ってさっさと飽きてくれ。
それで新しいご主人様、御名をお聞かせ願えますか?」
「エストだよー。お見知りおきれ」

これが、アベルとエストの出会いだった。

なんだかんだで影のある、優秀な騎士アベルをエストは気に入っていき、飽きることはなかった。
後に二人が結ばれることは、さすがにこの時点ではうかがい知れないが。


 ・


「兄貴、大丈夫なのか」
「ああ、何か、憑き物が落ちたような感覚だ。

シーダ姫の事はまだ心配だが、俺に出来る事は他にある。
・・・ひと月も経たないうちに、ドルーア帝国とアカネイア同盟軍の最終決戦が始まるだろう。その時までに、ドルーア内でのレジスタンスの結成を行わなければ」

元々奴隷剣士であり、その上でタリスの傭兵団を一手に引き受けていたオグマである。水面下での裏工作は、其の辺の間諜よりも手馴れていた。

「サジ、マジ。そしてバーツ。お前らも協力してくれ。何も命懸けで戦えとか、反乱を起こせと煽らなくていい。
アカネイア同盟軍がドルーアに攻めて来た時、ドルーアにいる人々に、その機会を逃さず、巻き添えを喰らわないよう逃げる・・・そういう心構えをそれぞれにしてもらえればいいんだ」

それこそがシーダやマルスの望む事だと、オグマは確信していた。実際、その意味合いは違うが、アイルも望んでいることだった。
混乱した味方ほど、戦場で鬱陶しいものはない。機に臨んで即座に退場してくれれば、アイルの策は即座に使えるだろう。

オグマは、『マルス』が偽物だろうがなんだろうが、そばにいるシーダが本物である以上、それを守るために、『アカネイア同盟軍』の勝利の助けになることをしようと割り切ることがやっとできた。
自分の思いを自分自身が認められない、そんなことに思い悩んでいたが、シーダの乳房を目にしたことで、オグマの中で、叶うはずのない願望がひとつ叶ってしまった。その事が、部分的にオグマを開放したのである。

代わりに、自分自身を許せない感情は残ってしまったが、いつまでも引きずって成すべきことを見失うほどオグマは惰弱ではない。

ドルーアとの決戦の時、彼のした事は確かにシーダとアイルの助けとなることになる。


・・・勿論、デネブ自身を許せぬ感情は、より深くなった。
しかし、シーダと文字通り一心同体である今、どうすることも出来ないというのもよく理解したのである。



 ・



その頃。
カペラはミネルバ以下、アラン、カチュア、リンダ、ビィレと共に、テーベを目指していた。
ガトーの魔法は瞬間移動のため、彼らに合わせて事を成すには、先んじて動く必要があった。そのため、もう数日で付く範囲まで来ていた。

「西へ東へと大変だな、カペラ殿」
「仕方ありませんわ。単体の移動さえ距離が限られ、私も神出鬼没とは行かなくなりましたもの・・・
手勢を引き連れてとなると、ミネルバ様のお力を借りねばなりません」
「いやいや、お役に立てて嬉しい限りだ」
「カペラ、私たちも頑張るからね」
「・・・ええ」

皮肉なものだ。
すべてを恨んで生きてきた筈なのに、死ねない理由ができた途端、今までしてきたことの意味が反転した。
リンダやカチュアの純粋な友情が、胸に痛い。
それはあるいは幸運な事なのは分かっているが、今までの自分がどこまで愚かであったかを、いやがおうにも突きつけられる。

そんな物思いの最中。


空中に・・・


キィンッッ!!!!!!!

音叉が砕けるような音と共に、描かれる陣を沿うように光が漏れ始める。

「な・・・ 『ワープ』・・・?!
いえ、瞬間移動系の別の術か何か・・・!?」

そこから飛竜とともに出てきたのは、なんとガトー。
そしてレナとジュリアンであった。

「ガトー様・・・!?」
「おお、驚かせてしまったかな。
ドルーアの事、とりわけ此度のガーネフに関する事は、儂の責も多い。聞けばこの者達もガーネフとは因縁あさからぬようでな。マルス殿とともに言っても良かったが、蛇の道はなんとやら。こちらに手を貸したほうが良いかもと思って、カペラ殿を追った次第よ」
「は、はあ・・・」

かなり自由なことを言っている。
どうも賢人の心を動かす何事かがあったようである。

「・・・俺が頼んだんだ。レナさんはガーネフとの決着をつけなきゃなんない。レナさんには以前みたいな力はないって聞いたけど、それならどうやって決着がついたかくらい見届けないと、レナさんもすっきりしねえと思って・・・」

これか。
と、カペラは思った。

元々は小悪党ながら、ジュリアンはどうにも純朴だ。
レナに出会って心を入れ替えたというが、どちらかというと、慈母愛に満ちていた頃のレナと響き合ったというのが本当のところだろう。そうあろうとするというより、そうせずにいられない・・・ そういう善意としての性根を持っているのだ。
それが証左か、ベガの危害が自分に及ぶや修羅になったレナとは違い、軍の中で言われぬ謗りもうけただろうに、今まだ同盟軍やレナのために、自分が道化たろうと、そして何かしら成そうとしている。
手柄や金でなく、誰かを喜ばそうと、悲しみから助けようと、いつも働いているのだ。

そして、人の事の見えすぎる賢人というのは、自分と位の変わらぬ知を湛えた相手を求めながら、愛するのは大抵こういう、滑稽なほどの善人だ。

(ま、大賢者が手を貸してくれるというのを拒む理由もありませんわね)

表面を繕って、礼を言っておく。


・・・カペラは気づいていない。

勿論ジュリアンのことも当たっているのだが、もう半分は、自分の不器用な立ち回りをこそ、ガトーに愛でられているということに。


第23章 絶望の魔王ガーネフ


その1 神竜の死



マルス達は、大賢者ガトーの強力な移動の魔法(ワープ)によって、古代都市テーベに運ばれた。

かつては、高度な文明を誇ったと思われるその街も、今は死に絶え、動くものすらない。

その中央にあるテーベの神殿。そこに司祭を装う魔王ガーネフがいるという。

アイル達はアカネイア同盟軍は、失われた神剣ファルシオン、そして、エリス王女を取り戻す為、そしてなにより、幾多の因縁を抱えるガーネフとの決着をつけるため、テーベに向かったのであった。


 ・


到着するなり、アイルは外連に過ぎる歓迎を受けた。
急に霧が立ち込めたと思ったら、森の中だというのに、まるで洞窟で反響しているような声が・・・

そしてその声は、間違いなくガーネフのものだった。

「くくく…マルスよ。
ようやく、ここまで来たか」

自尊と虚栄の塊であるガーネフのことだ。
その自己顕示欲を鑑みれば、この程度の外連はアイルの予想の範疇を超えていない。

「その声は、ガーネフか」

かろうじて嘆息を飲み込む。
呆れにも似た響きを感づかれて怒られては、予測がしにくくなる。

「その通り。
わしこそは魔王ガーネフだ。

くくく……
待っておったぞ、マルス。

おまえが大陸の各地で勝利し、厄介な連中を倒して貴重な武器を持ってくるのをな。

おまえのおかげでカミュもミシェイルもわが前から姿を消した。

感謝しておるぞ。くくく…」

虚勢なのは解りきっていた。

そもそもそれが目的だというなら、どこにでも一瞬にして移動でき、どんな攻撃も通じない『マフー』を持つガーネフが、さっさとそうしない理由はないのだ。
ならばなぜ、そうしなかったか。
彼らをある程度は利用したい腹積もりがあったからだ。

そもそも世界征服というのは、一人で出来るものではない。仮に出来たとしても、体制の維持にどうしても手駒は必要なのだ。
そもそも帝国というのは、爵位を持つ者達の公国を束ねることで成り立つ。皇帝といえど、そのシステムの頂点にいるというだけで、直轄領以外は運営しない、というか無理だ。

しかし、そこを指摘して鼻で笑ったところで、アイルに益はない。この三文芝居に付き合うしかなかった。


「おのれ…なんという…」

「かわいそうだがそろそろ、おまえには消えてもらわねばならぬ。

メディウスはわが手にファルシオンとマフーがあるかぎり逆らわぬ。
ガトーは俗世に顔を出す気はない…
となればジャマなのはお前だけだ。

そう、世界を我がものとするためにお前はジャマなのだよ!
くくく……!」
「そうはいかんぞ。
お前の思い通りになどさせるものか!」
「くくく…
さて、できるかな?
お前にはわしの本当の姿すら見ることができまい!」
「…どういうことだ?」

そこへ、闇の気配を探るようにと言われていたアテナと、その手伝いをしていたノルンが駆け込んでくる。

「マ、マルス様!!!
神殿のあちこちにガーネフとおぼしきソーサラーがあらわれたとの報告が!!」
「なんだとッ!?」

探るまでもなく、姿を現したまではいい。
しかし、複数とはどういうことか。

「くくく…
さあ、戦え戦え!

わしの分身どもと精魂つきはてるまで戦うがよい。

本物のわしを倒さぬ限りファルシオンは手に入らん。
戦うしかないが、いつまでそんなことが続けられるものかな!?
ハーッハッハッハッハッ!!」

声が遠ざかっていく。

「アイル・・・ どうする?」

アイルは、実はまだガーネフがそこにいる確率も考慮に入れて、言葉を紡ぐ。

「・・・なに。『打ち合わせ』は済んでいる。
今すぐ全力で、幻影共に血眼になる必要はない。

まさか『マフー』という魔道書まで複製できるわけではあるまいよ」

そう言ってほくそ笑んだ。


 ・


『テーベは、結界が張られていますわ。それを解かないことには内部に侵入することはできませんの。
解く事自体は、マリア姫ほどの能力があれば可能なレベルですが・・・』

とはカペラの言だ。
つまりそれは、どうとでもなるということだ。技量だけなら、エッツェルあたりでも十分だろうし、力ずくならチキあたりのブレスで十分だろう。

『ただ、結界自体が警報装置の役割を果たしているでしょうから、気付かれずにの侵入は諦めざるを得ないかと。
・・・で、どのような手を使うんですの?』

そう聞いたカペラに、アイルは言った。

『秘密だ』
『は!?』
『役割だけは決めておこう。俺達は囮を兼ねて、正面から入る。お前らは、別働隊として入って、速やかに目的を達成するか、もしくは後から引っ掻き回す。
お互いの進行状況はわかるように、《エリス姫救出》《魔導機器破壊もしくは停止》《ガーネフ殺害もしくは逃亡》が連絡できるようにしておく。
あとはそれぞれの策を好きなように立てて、臨機応変に対処する』
『・・・それで大丈夫ですの?』

アイルはニタリと笑う。

『オレ達の関係は以前が以前だけに、何らかのアクシデントで足並みが揃わない時にまず疑惑がつきまとう。
互いに搦手、ペテンが得意なだけにな。
だからこそ、目的だけ同じにしてそれぞれ動いたほうがいいんだよ。そしてお前側にはミネルバ以下のこちらにも重要な人物、こちらにはお前の義兄がいる。互いに人質がいるていだ。せっかく差し出した人質が有効だと安心できるように、お互いの作戦を知らせないほうがいいと思わないか?』

作戦を決めてしまえば、人質の位置も大体わかる。
つまり、裏切りやすくなる。救出と作戦決行を同時に始められるからだ。
それでは連携が取れない。
しかし、お互いに利用したいと思うほどには、互いに認め合うだけの技量を持っている同士なのも確か。

『・・・今更ですけど、敵に回したくないですわ、アイル様は。
か弱くなってしまった分、本当にそう思います』
『それこそお互い様だ。魔法の重複起動と火竜の膂力、理力を持つ、残虐魔道士だぞ? お前は。
一騎当千という言葉も色褪せる。一人で国取りの出来る女なんぞどうしろと言うんだ。あの頃、貴様がどれだけ驚異だったか』

そう告げて、アイルはカペラを送り出した。


・・・そして現在。

テーベの塔を取り囲むようにして、アカネイア同盟軍の精鋭・・・というか特殊部隊が展開していた。

結界を解いたまま、ゆるゆると展開し、慎重な作業を続けている。

「・・・アイル、結界を解いて随分経つけど・・・
というか、解くと同時に突っ込むのかと思ってたけど、どうしてそうしなかったの?」

ノルンにしてみれば、不思議でならない。
不意を付くのは、常套手段のはずだ。

「大雑把な三下将校相手ならそれは効果的だろう。
しかし、相手はガーネフだ。その小物っぷり、小心さ、周到さにかけては俺も侮れん。
・・・認めるのも嫌だが、やつの思考は俺に似通るところがある。
力を手に入れた時の増長加減までな。
となると・・・

テーベの内部にあるだろう罠は、『結界を破られた直後に突貫』されても大丈夫なようにしてある。
これは確信に近い」
「そ、そうなの?」
「俺が思いつく限りでも、入口そのものに高圧電流、ドアノッカーに猛毒、開いた直後の槍衾、踏み入れた直後の釣天井、ホールに常駐する暴れ龍、瘴気の吹き付け、毒バチの巣、奈落・・・ これに魔法を使えるとなれば、いくらでも思いつくぞ」
「・・・・・・」

無理矢理よく言えば戦略に対する頓着がない、必要とあらば取り入れる自由な発想とも言えるが、普通に断じれば陰険で邪悪、卑怯千万だ。

「そこまで確信できるからこそ、一番やられて嫌な攻略法も分かる。
普通なら尊ぶはずの『速度』を無視し、丁寧に丁寧に攻略するんだ。解く最中の敵襲にさえきちんと対応しつつ、一つ一つ。
パズルをやっている時に一番腹の立つ邪魔はなんだろうな? 上手に手伝われることか? 完成間近にひっくり返されることか?
ガーネフのような奴は、要になる部分を抜き取られ処分されることだろうよ。自分がずっと努力してきたものが、他人の横槍で一度も完成せずに終わるのがな」
「・・・・・・」

ああ、きっとガーネフとアイルは誰よりも共感でき、だからこそ絶対に相容れないだろう。同族嫌悪も甚だしい。
さすがにノルンは呆れた。

そのまま作業は半日近く続けられ・・・
一階と、二階の一部を安全にしたところでその日は終わった。

複数確認されたガーネフは徹底的に無視の方向だった。
数回襲ってきた者もいたが、魔力の大きさはともかく、マフーの一番の脅威である『絶対防御』は発動が確認されず、ただの魔導司祭として片付いた。
それ以後『ガーネフから仕掛けてくる』ということはなかった。


 ・



「・・・本っっっ当にもう二度と敵にしたくないですわ」
「・・・・・・」

数日遅れて到着したカペラ一行は、テーベの塔の有様を見た。

簡単に崩れないように壁の補強をしつつ、別の壁に穴を開けていく。魔法生物を先行させてのローラー・・・
これまでの作業でトラップにかかって命を落としたものは0という徹底ぶり。
アイル達が瞬間移動でここに来た関係上、カペラが到着するだろう時まで余裕があるだろうということで、過ぎるほどに慎重な作業が行われているのだ。
古代の大帝国の象徴たる塔を、そっくりそのまま作り変えるかのような作業。
今までガーネフが侵入者を迎え撃つために作り続けてきたそれを、無駄にするために行われる丁寧な丁寧なちまちまちまちまちまちまちまちました作業。

これはガーネフは嫌だろう。
心の底からムカつくだろう。
しかしそれに対して、ガーネフはこの塔の『魔王』として、出向いて邪魔するということが出来ない。

カッコ悪すぎるからだ。

その間、アイルは充分に過ぎるほど体を休めた。
何しろすることなどないのだ。少なくとももう数日も、軽い運動と食っちゃ寝しかしていない。
それなりに血色も戻ってきていた。

塔には、かなり上の階の方にもいくつもの穴があいている。
そこを絶えずペガサスや飛竜で人員をピストン輸送している。

「・・・成る程」
「何がなるほどなのだ?」

ミネルバが問う。

「あれは、階層を同時攻略しつつ、私達のサポートも兼ねての行動ですわ。
例えば、一気に人員を送り込めば、ガーネフは反応する。それと同時に私達が侵入したらどうなります?」
「・・・うまく隙をついて侵入が成功するんじゃないのか?」
「いいえ。
ガーネフは絶対に読んできます。というか、可能性を考慮に入れます。『あれは、陽動部隊で、本命の侵入部隊は他にあるのでは?』と」
「ほ、ほう」
「でも、ああやってちまちまちまちま何度も何度も出たり入ったりしてくるのでは、とても全部対処出来ません。いくつかは無視するしかない。あれに紛れ込めば、私達は何も作戦を立てなくても、『何度も何度も出たり入ったりしている雑兵』と同じようにやすやすと侵入できます」
「・・・あ」
「手頃な階層から入って、ちょっと効率良く動くだけ。流石に重要な区画に入ったら、もうガーネフも黙っていませんが・・・
その場合はそれ用の備えをしておくだけです」

結局、ガーネフの力が象徴するように、ガーネフは単体での恐ろしさがあるだけで、他は何も怖くない。
仲間もおらず、挟撃も出来ない以上、罠を山ほど詰め込んだ住処さえ、こういうやり方で攻略出来る。

(ま、ここまでは流石としましょうか。アイル様)

カペラ一行は遠慮なく、作業を続ける雑兵に紛れて侵入した。


 ・


その実、ガーネフはどうしていたかというと。
アイルの狙い通り、イラついていた。

元々、カダインで見せたように、マフーは単身敵陣に切り込む時に一番効果的だ。
逆に言えば、守りの姿勢の時には、無敵ではあるものの前述の場合ほどの効果はない。
それでもテーベの塔にて待ち構えたのには、これまでにこしらえた幾多の罠が作動するところを見たかったからだ。なのに・・・

じっくりと解除に掛かられるとは。

だが、アイルの詰めは甘かった。
自分で言っていたように、そうされるのが一番嫌だとまで解っているのならば・・・
その時にガーネフが陥る思考に、嗜好に気づいてしかるべきであった。
何より、単体の攻撃力、瘴気を操るという絶対防御込のカウンター、その無敵さ加減・・・
そんな奴がなりふり構わなくなった時の恐ろしさに気づくべきだったのだ。

いや、考慮には入れていたが、なまじ自分と似ていると感じてしまったがために・・・

意外とガーネフが短気であるところまで読めなかった。

「・・・ここでは全て纏めての破壊も出来ぬ・・・
『レギオン計画』をドルーアに移してしまった今・・・
いや、どのみちここで発動させても意味はなかったが・・・
くそ、くそうっ!!

ならば、ならば。根源に立ち返ってやる。
自らを高めるよりも、他人を蹴落すことによって生きてきた儂に立ち返ってやる。
目的のためならば手段を選ばぬのがそもそもの儂だ!!
見ておれ。見ておれよ!!

戦場に趣いて弦を緩める愚か者は、今は貴様こそがそうだったと思い知るがいい!!」

とても簡単な方法があった。

それは、神の力を持つ餓鬼を再度誑かす事。


 ・


そこは、チキのいるテントだった。

アイル以外の誰も近づけるなと言い渡してある。
番をしているのはアテナだ。

そこへ、当のアイルが姿を現した。

「アイル」
「・・・入らせてもらうぞ」
「わかった」

アイルは少し血色が悪いようだった。
態度もなんとなく、いつもより冷たい気がした。

(アイル、疲れている?)

ここのところはゆっくり休んでいるはずなのだが。

少し訝しんだが、それ以上は気にしなかった。
勿論、偽物の可能性も考えたが、闇の魔力が感じられない。ならば幻影魔法ではないだろう。
神竜の力か闇の幻影魔法しか、姿を変える魔法はない。
ガーネフや闇司祭は神竜の力は使えない。

チキはいつ使うことになるかわからないため、同行させていた。勿論機嫌を損ねないために、アイルは足繁く通っていた。
普段はデネブが入り浸りだが、今日はチキが『果物が食べたい』と言い出したので、少し遠出をして取りに行っているので、気にしたのだろう。アテナはそう思った。


 ・


「あ、マルスのお兄ちゃん!」
「・・・元気そうだな、チキ」
「えへへ、さっきまで退屈であんまり元気じゃなかったんだよ。でも、マルスのお兄ちゃんが来てくれたから元気になったの!」
「ああ、そうか」

どうでもよさそうに、しかしアイルは会話を途切れさせようとしなかった。

「みんなはよくしてくれるか?」
「? うん。ご飯も持ってきてくれるし、優しくしてくれるよ。
デネブのお姉ちゃんは大好き!! いつもチキのこと好き好きって言ってくれるの。今日はチキが食べたいって言った果物を持ってきてくれるって言ってたよ。
マルスのお兄ちゃんも一緒に・・・」
「・・・よし」
「・・・・・・?」

気がつくと、アイルはチキの座っているベッドを含む四方に、真っ黒でいびつな石を置き終えていた。天井から吊るしてある燭台に、ことりと同じような石を最後に置いた。

「・・・・・・お兄ちゃん?」
「『エルクヌ・ヴァラーグ』!!!!!!!」

ゴウフッ!!!!


その荒れ狂う風は、真っ赤に燃える石炭のように光る、さっきまで歪で黒い石だったそれの結ぶ四角錐の中だけで吹き、テントをピクリとも揺らさなかった。
その風の出した音も、四角錐の中でだけ響いた。

「あ・・・」
「死ね。今となっては邪魔だ。神竜の餓鬼」

アイルがチキの首を絞め始める。

「うがっ・・・! やめ・・・ おにいちゃ・・・」
「くくく。竜石をいかに手元から離させるかも考えてきたが、そもそも持たずに寝ていたとはな。この危機感のなさ・・・ 餓鬼というのは度し難い。まあ、楽だがな」

チキの拒絶はあまりにも弱々しく、アイルの手を止められない。
その呻きに、アイルの心は動いた様子がない。

「くくく、神そのものである一族の最後の姫が、儂の手で潰えるというのもなかなかくるものがあるわ」

(い・・・や・・・)

真っ黒な炎が揺れる、小さな四角錐の中で。
瘴気そのもののような手に、チキは殺された。


 ・


{アイルッ!!!!!!}
「!?」
{チキちゃんが!!!}
(なんだと!?)

塔攻略の指揮をとっている最中、いきなり頭の中で響いた女の声。
すぐにシルエと判断したが、そんな場合ではない。
チキ。
彼女はアイルの切り札にして最大の懸案事項だ。彼女をいつまで手元に置いておけるかで、すべての計画が変化せざるを得ないほどの。

そのチキの事ならば。

「ここは任せるッ!!」
「あ、アイ・・・ マルス様!?」

言うが早いか駆け出した。残されたノルンは呆然とするしかない。


チキのテントに向かうと、表向きには何も起こっていないようだった。
しかし。

「アイルッ!?」
「どうした!?」
「アイル、中にいる!! どういうこと!?」

つまり。

アイル以外の『アイル』が?

ならばその目的は。


ゴォウッ!!!!!!!

まるでアイルが来るのを待っていたようなタイミングで、テントが突如竜巻を起こしつつ潰れる。

転移魔法の魔法陣のゆらめきと、闇の波動の残滓、そして・・・

「チキッ!!!」

そこには、絞殺されて、見る影もなくなったチキがいた。
涙と涎と、苦悶の表情と、いくつか剥がれ落ちた爪。
乱れた髪と噛み切った唇から流れる血、腹の辺りに滴る黄みがかった白濁液。

宝石のようだった瞳はほとんど見えず、血走った眼球の白さがあるだけで。

心の蔵の止まったその体からは、容赦なく体温が消え続けていた。


その2 テーベ崩壊


「すまないっ・・・!!」

アテナは何度も繰り返したその言葉をまた言った。

あの後は散々な騒ぎだった。
蘇生も回復魔法も失敗で、チキの意識は戻らなかった。

デネブは戻るやいなや半狂乱になり、その分の被害も馬鹿にならない。

幸運だったのは、ガトーが来ていたことだった。
事情を聞いて天幕に。チキの佇まいを整えた後、落ち着くようにと語る。

「数多の竜もそうだが、寿命ならばともかく、殺されて死ぬということはない。竜は世界と繋がっておる。生命の理とは違う次元で生きているのだ。故に・・・」
「申し訳ないがガトー様、結論だけお願いできないだろうか」
「・・・うむ。チキは眠りについただけじゃ。かなり長い眠りになるだろうがな」

この一言はデネブをほんの少し落ち着かせた。

「かなり長い眠りというのは、どのくらい・・・」
「こうなった以上、お主らに対する態度も我らは考えねばならぬ。その上でお主らの希望を聞くと仮定して無理矢理にチキをもう一度目覚めさせたとしても・・・
一年後かのう」
「でもチキは・・・死んではいないのだな!?」
「うむ、うむ」

朗報だが最悪であった。
『邪竜共の国』ドルーアとの決戦を控えて、要となる神竜がここで使えなくなるなどと。
溺愛していたデネブの希望の表情とは逆しまに、最強の手駒を失ったアイルの落胆は大きかった。

「『マルス』様」
「ああ、マリア」
「残留魔素の系統からすると、四素・・・ 火水地風の複合系かと思えます」

つまり普通の魔法だ。

(そういうことか・・・)

闇司祭であるから、闇の波動に気をつけていればいいと思っていたアイルの失策である。
四素系統の魔法であれば、魔術に関わる者は誰であれ使える。光魔法は修道士や光司祭、闇魔法は闇魔道士や闇司祭と限られた者のみが使うことが多いが、四素魔法は魔術の基本だからだ。
その上で、『変身魔法』というのは『神竜族の秘術』である。姿を完全に別人に変えるというのはそれだけ難しい。しかし・・・

「『こちらに見える姿を変化させる』というのであれば、限定した術式の複合でも可能かと」
「ああ」

まさか、『新しく開発した魔法』で姿を変えてくるとは。

例えば、光の透過率を変化させて、より強く顕現した蜃気楼のようなものを体に纏わせる、または脳神経に届く映像を変化させる類の治癒魔法の応用・・・
もちろんそれとて並みの魔術師には不可能な話だ。若輩のマリクやエッツェルは勿論、ボアやウェンデルのような熟達した司祭などでも容易なことではなかろう。が・・・
ガーネフはなんだかんだ言っても、実力を持つ・・・ いや、天才といって差し支えない魔導師なのだ。
そして、ならばアイルがこれを予測できなかった事は、恥ではないだろう。

(しかし、責任の所在は俺だ。というかそれさえどうでもいい。問題は、チキ・・・ 神竜抜きでこの先の決戦に向かう羽目になった。この事実は覆らん。
である以上、草案の練り直しが必要だ)

そして。

(こんなことまでやってのけるガーネフを・・・
奴を、絶対に逃すわけには行かない。ここで必ず潰すっ!!!)


してやられたという他ない。

ここが盤上遊戯と本物の戦の違うところだ。
『新しい戦術』の他に『新しい駒』、『新しい有り様(ルール)』のようなものが、突如敵の手によって作られることがある。

逆に言えばアイルはそういう部分もその才の限り利用して今まで勝利してきた。
シューターの運用の仕方や渡河作戦などがそれだ。

その流れでいえば、魔導に関しては流石に本職には及ばなかった・・・ということだ。
アイル自身、魔導のこと自体は学んではいるが、やはり極の域までに至らない。実際かつての『トロンを掌にとどめて鞭のように使う』『魔法の重複起動を行う』カペラに、何度となく遅れをとっている。

新しい発想の戦術を盛り込んだ戦法に備えることは本当に難しい。

(いいだろう。認めよう。
この手番までは遅れを取った。

そして、俺の戦略は潰えてはいない。
である以上、このままでは済まさんっ!!!!!!)


その夜。
『手鏡』が光った。

『探し物』の場所が確定したのだ。

(・・・よし)

もう一日早ければと思ってしまうが、アイルは既に切り替えていた。

「・・・今夜、日没とともに計画を実行する!!」

アイルは全員にそう告げた。


 ・


黄昏。

『準備』は整っているが、『同機』させるために待つ。
予め決められた合図だけでのやり取り。

(被害は大きすぎたが、進め方は大きく変えなくても良かったのは不幸中の幸いと言えるか)

もうすぐはじめるという段になって、アテナが思いつめた顔で近づいてくる。

「アイル・・・」
「気にするなアテナ。これは俺の読みの浅さが招いたことだ。それでも何か償いたいというなら、役に立ってくれ」
「わかった」
「・・・ここにベガが捕まっているかもしれないんだ。そういう意味でもな」
「わかった!!」

さあ。
時間である。

日が沈むと同時に、アイルは懐からオーブを取り出した。


「大地のオーブよ、その力を示せ。この地のガイアとの共鳴を成し、神の怒りを顕現せよ!!」

ズズズズズズズズズズズズズズズズンッ!!!!

地鳴り、である。
大地のオーブの力、それは大地震を起こし、広範囲の『霊力』を一律に吸い取る能力だ。

「アテナ、どこだ!!」
「・・・・・・ !! すぐ、そこっ!!」
「!?」

アテナが差した、十数メートルと離れていないその丘には、何もなかった。
しかし、皆何も疑わずに、その方向に攻撃を浴びせた。
マリアのヘルフレアを始め、手斧手槍に矢の雨、エッツェルのエクスカリバーやノルンのパルティアまでぶち込んだ。

そこには。

「ぬぐおおおおおおおっ!?」

部分的に走る砂嵐が散るように人影が浮かぶ。
ガーネフが居た。

ダメージは皆無のようだったが、幻影魔法は解除されていた。
アイルの口の端が吊り上がる。
ガーネフは狼狽した。

「・・・な、何故解った・・・!!」
「大地のオーブは『ありとあらゆるもの』から霊力を徴収する。しかし、ただ一つそれが出来ないことがある。『マフー』という、瘴気を操る魔導からの徴収だ。
つまり逆に、『霊力の徴収が出来なかった場所』に、マフーの使い手がいるということだ。闇の巫女であるアテナがいれば、その場所は容易に察知出来る!!」
「ちぃっ!!!」
「逃すかぁっ!!」

身を翻すガーネフだが、取り囲む形はとっくに作ってある。

『全く攻撃が通じない』瘴気の壁を持っていても、圧倒的なまでの物量で攻め続ければ足止めは出来る。

そして。
アイルの持つ手鏡が小さく二度光る。

(来た・・・!)

アイルは間髪入れずに次の一手を見せる。
ここからは本当に、速度が物を言う。

「大地のオーブよ!!」

今度は範囲を限定して、二回目。

ズズズズズズズズズズズズズズズズンッ!!!


「な!?」

テーベの塔が、大きく揺れる。

「今だっ!!!!!!!!!!」

シューター部隊のベックとジェイクが、指定されたところに爆弾を打ち込む。
ダロスやユミルなどの怪力持ちが、支柱を破壊する。

グッ・・・シャアアアアアアアアアッ!!!

崩壊。

テーベの塔が、ガーネフの根城が、まさに『崩れ落ち』た。
一瞬の出来事だった。

「貴様らああああああああああああっ!!!!?」

悲鳴に近かった。

それはそうだろう。あそこには、テーベには。
ガーネフのこれまでの研究の成果が詰まっている。

その殆どが灰燼に帰したのだ。

まるで天空との架け橋となろうかというほどに高く高くそびえ立っていた塔は、見る影もなく粉々になった。
自重と位置エネルギーの途方もない物理力。
魔術とは関係ない、しかし通常の世界観では触れることのない破壊力。

内部にあったものは、何一つ無事ではないだろう。

そして、テーベの崩壊の意味するところはそれだけではない。


「殺してやるっ、殺してやる殺してやるっ!!
あそこには、あそこには儂のっ・・・!!」
「お互い様だ。よくもチキをやってくれたな。
貴様がどれだけのものを隠しておいたのか知らんが、俺にとって価値がない物に俺が拘泥する理由があるか」
「があああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!」

「リザーブ!!」

二度の大地のオーブによる地震のダメージは、同盟軍内にも広がっていたが、それをマリアのリザーブで回復。
そして。

「殺し・・・ぐぉっ!!?」
「・・・来たか!!」
「あ、あぐあああああああああああっ!!!」

テーベを崩壊させたもう一つの意味とは、これだ。
瘴気がみるみる萎み、ガーネフの体まで萎んでいく。

「ガーネフ・・・ 暗黒竜メディウスとさえ肩を並べるほどの意味を持つ『絶対防御』マフーを使いこなすには、『無限』である魔力が不可欠だ。そして、元々世界と繋がっている『竜』と違い、魔法によって断片的につながるだけの人間がその恩恵を得るために、貴様自身が『魔導機器』を作り上げていたことも聞いているぞ。

それが今し方崩れ去った、テーベの塔の中にあったこともな!!

厳重に保護はしていたんだろうが、それでも限界はある。保管場所ごと崩壊しては、流石に無事とはいかなかったようだな!!!」
「うぐるあああああああああああっ!!!!」

ガーネフは怒りで頭が回らなくなっていた。

マフーはもう使えない。使えば使うほどガーネフの生命力を削る諸刃の剣となり果てている。
そして、逃げ場はない。全方位からの物量攻撃は続行中なのだ。



 ・



ここで時間は遡る。
黄昏時を前にして、しかしそこはまだ明るくもあった。

大地は球体である。
それが実感出来る程の高度に身を置けば、日の完全に沈む位置は変わってくる。
『アイル側』が開始する合図を送ってくるまで、カペラ達はその場で身を伏せていた。

そして。

小さく小刻みに三度光る合図。

「・・・行きますわ!!」

リンダ、アラン、ミネルバ、カチュア、ジュリアン。
自分を含めた六人での、テーベ攻略。

戦闘力を持つジュリアン以外のメンバーが飛び出したのは、とある扉を守る闇司祭の前だ。

「『ボ・ル・ガ・ノ・ン・!!!!』」
「ちっ!!!」

欠片ほどの動揺も見せず、闇司祭は応戦してきた。
荒れ狂う火柱がカペラ達を襲う。しかし、聖騎士の神の加護と聖水のおかげで、炎系最強であるはずのボルガノンを受け止めきる。

闇司祭たちはそれすらにも動揺はない。彼らは命じられたことをこなすだけの駒だ。

「はああああああっ!!!!!」

カチュアの勇者の槍による双龍閃・・・ あまりの速さの二段突きに、二匹の龍が同時に襲ったとしか見えぬという、高速刺突術だ・・・ による攻撃で、闇司祭は完全に沈黙した。

「・・・急所は外して貰えたようですわね」
「ええ、指示通りです」

そのフードを取ると、やはり中身は見知った顔であった。アランも見覚えがあった。ミネルバも縁なきわけではなかったようだった。

「「ウェンデル司祭!!!!!!?」」
「ま、そんなとこでしょう」

アランがそっとおぶる。
一番縁が深かったのはリンダあたりだろうが、動揺を見せる暇もなく、次の作業になだれ込む。
今、ガーネフをアカネイア同盟軍が押しとどめているはずだ。その間になんとしてでもなさねばならないことがある。

バチュッ!!!!!!!

扉を探っていたリンダが、雷撃にはじかれたような音と共に頷いた。

「封印は解いたわ」
「よし、次は俺だ」

キリキリ、キ、カチャ・・・ キ・・・


カチャリ

ジュリアンはものの数秒で、鍵を解除してしまう。

ギ・ギ・ギ・ギ・ギ・ギ・ギ・ギ・ギ・ギ

軋んだ音を立てて、扉が開く。


「・・・助けに参りましたわ。エリス様」

その場所に佇んでいるのは、マルスの実の姉であり、ガーネフに攫われていたアリティアの姫君。

エリスであった。




その3 ガーネフの最後


エリス王女。

アリティア城陥落の際、マルス王子をタリスに逃がすために、単身城に残り時間を稼いだ。
魔導の才があるにせよ、戦闘に長けるわけではない。身を呈しはしたが、何が出来た訳でもない。

王女である事。それのみが彼女の力であった。

・・・はずなのだが。


外交カードの一つ程度の存在であるにもかかわらず、しかしガーネフは彼女を害そうとはしなかった。

それは、何故か。


 ・


「あ、カペラちゃんね?」
「!?」

封じられた扉の向こうにいたエリス王女と相対するなり、名前を言い当てられた。

「どうして・・・」
「聞いてた話に出てたから。

話は後にしましょうか。
ガーネフの魔導機器を破壊するんでしょう?」

聞いた? 誰から?

わけがわからない。
どうして何も知ることの出来ないはずの人質王女が、極秘作戦の概要に沿った会話が出来るのか。
しかし確かに混乱している場合ではない。
貴方たちは誰ですだのマルス様の使いの者ですだのその証拠はだのと、余計な問答なしでこちらを信用してくれるのなら好都合なのだ。

「破壊の必要はありません。私達は逃げるだけで良いですわ」
「あら、そうなの? じゃあ行きましょう」

・・・本当に話が早い。

カペラ達6人と救い出したウェンデルとエリス。
彼女らは早々に脱出した。
ミネルバの飛竜を呼び出し、そのまま乗り込んで塔から離れる。
連絡用の手鏡を2回光らせて合図を送る。

「それは何?」
「貴方の弟君への合図ですわ」

間髪入れず。


ズズズズズズズズズズズズズズズズンッ!!!




「・・・・・・!!」

テーベの塔が、大きく揺れる。
・・・かと思ったら、一瞬で崩れ落ちた。

グッ・・・シャアアアアアアアアアッ!!!

まるで天空との架け橋となろうかというほどに高く高くそびえ立っていた塔は、見る影もなく粉々になった。
重ねに重ねた白墨を押さえつけて、耐え切れずに粉々になりながら潰れるのを、ゆっくりと見るような。

内部にあったものは、何一つ無事ではないだろう。
つまり、マフーを使い続けるための魔力を供給する魔導機器も。

その光景に、エリスはしばらくポカンとしていた。


「呆れた。あの子ったら塔ごと壊しちゃった・・・
乱暴なんだから」
「・・・・・・」

どうも彼女の言動は要領を得ない。

まるで『自分が近々救出される』事や、『カペラという個人』の事は知っているのに、『どういう作戦になるか』は全く知らなかったようだ。
どういう情報が彼女に伝わっているのか、よくわからないのである。

(特殊な情報収集能力でもあるんですの?)

ともかく、作戦は完了だ。
最重要人物を救出し、確認するまでもなく、マフーを封じることが出来た。


「このまま様子を探りつつ、アカネイア同盟軍に合流します。そこでお別れですわ、エリス様」
「ん? うんうん了解。ありがとね、助けてくれて」
「・・・・・・」

この王女様自身に聞きたいことは多々あったが、自分にはせねばならないことがあった。


 ・


『マフー』とは、単に瘴気を操る闇魔法だと言って差し支えない。
瘴気とは、『全てを朽ち果てさせる霧』であるとして間違いないだろう。
マフーとは、体の周りに(直接体に触れないよう)瘴気を纏いつつ、いくらかの瘴気を相手にぶつける、防御兼攻撃魔法だ。

魔力を消費するのは、瘴気の放出時に限る。
つまり、纏うだけなら・・・『絶対防御』のみなら、魔導器との接続が断たれた今でも可能である。
これは誤算だった。

「ちいっ・・・!」
「ぬ、ぬぐううううう・・・!!」

今もガーネフには、一秒の間もなくどこからか矢が突き刺さろうと飛んでくる。
地水火風の通常魔法で囲みの突破をしようとするが、うまくはいかない。
そもそもガーネフはカペラと違って、体力は見たままの引きこもり老人だ。取り囲むまでは意外と容易だったし、そこまではアイルの目論見通りだったが・・・

マフーの『絶対防御』が、魔力消費が少量であることと、闇魔法以外も予想以上に巧みな分、手こずっていた。

逆に、ガーネフはこの囲みから脱出する手段を見いだせず、消耗戦を強いられていて、その焦燥は今までに味わったとのないものだった。

「ぐぬおおおおおおおっ!! 貴様ら、貴様らあっ!!
ワシは魔王ガーネフだぞ!! 虫ケラどもが、クズ共がァっ!!!!」

そう喚き散らした時。

8つの光る小さな球体が、法則を持ってガーネフの周りに散開し・・・

「なぁっ!? こ、これは・・・」

隣り合う星と同じ距離で結びついた辺が面を形成し、立方体がガーネフを閉じ込める。

「なんだっ・・・!?」

アイルにもわけが分からない。

しかし、その立方体は、瘴気をまとうガーネフを完全に制御していると言えた。

「・・・すまぬな、マルス王子。
この魔王の始末は、わしに任せてはもらえまいか」

ガトーであった。

ガーネフはガトーにとってみれば、かつての弟子である。道理は通っているとも言えた。
少し逡巡するアイルであったが、ガーネフを見下ろすように鼻で笑い、

「ふん、いいでしょう、お任せしますよ。
俺にとってみれば、邪魔ではあるが、この手で殺さねば気がすまんというほど思い入れもない」

嘘である。

アイルの持ち得る、メディウスに対する唯一の切り札であるチキを使い物に出来なくされた事は、殺しても飽き足らないほどの怒りを覚えたものだ。
しかし、そんな憂さを晴らすだけの行動より、ここでガトーに貸しを作るほうが建設的だ。どうせこのまま続けても、殺せはするだろうが、いくらか犠牲は出てしまうだろう。ガトーに任せられるなら、一石二鳥なのだ。

「感謝する」

ヒュンッ・・・!


立方体の牢獄とともに、ガトーは何処かに去った。

「・・・全員、囲みを解け。戦闘は終了した」

煮え切らない感情を隠さぬ者もいたが、大半はホッとした顔をした。
部隊長がそれぞれに指示を出し、戦場の後始末にかかる。

(・・・成る程。ガトーはカペラあたりと接触があったな。おせっかいなジジイだ)


流れに気づきつつ、アイルは次のことを考えはじめていた。

そう。


ドルーアを、消す。



 ・



そこは。

出口も入口もない、遥かなる地下。
大地の魔法で削り出した、そろそろマントルの熱が感じられるほどの、土の牢獄。

「ぐ、ぐぐぐ・・・」

その場でガーネフに相対しているのは、レナ、カペラ、ガトー、リンダ・・・
レナについているジュリアンと、カペラとリンダを守るつもりか、アランもいる。

「ガーネフよ。お前も闇のオーブに魅入られているのは否めまい。おまえのしでかしたことであるとしても、その歪んだ欲望に油を注いだのは、闇のオーブの禍々しい魔力だ。
今すぐ闇のオーブを我が手に戻せ。さすれば贖罪の機会くらいは作ってやろう」
「ふざけたことをぬかすな!!!!」

若干食い気味に放たれた返答はにべもない。一瞬の逡巡さえも聞き取れなかった。

ガトーにしてみれば、最後の警告だったのだろう。

寂しそうな顔をした後、ガトーはジュリアンに合図をする。

ジュリアンの手には、アイルがチキに預けていた『星のオーブ』と、ガーネフがテーベの塔の内部に隠しておいた『光のオーブ』があった。

「なぁっ!!!!? そ、それは!!」

驚くガーネフを無視し、ガトーが二つのオーブを合わせる。

「ぬんっ・・・!」

と、そこには一冊の魔道書が出来上がった。
究極魔法、『スターライト・エクスプロージョン』である。

「ば、馬鹿な・・・ オーブを、どうやって」
「マルス王子はチキが殺された時点で、この星のオーブはどうでもよかったのかな、放置も同然だった。
テーベの光のオーブは少し苦労したけど、オレに言わせればあんたは隠し方に関しちゃ素人だ。てなわけで・・・ 不思議がるほど難しい仕事でもなかったぜ」
「ぐ・ぐ・ぐ・・・」

そして、その魔道書は、レナに手渡される。

呪文の詠唱が、ゆっくりと始まる。

「・・・幾億の星の光よ。暗黒を払う無限の時の灯火よ。
とこしえにたゆたう闇の中の、輪廻の営みよ!!
生まれる星の奇跡もて、我が掌に降りて光を示せっ!!!!!!

スターライト・エクスプロージョンッ!!!!!!!!!!!!!!」
「ぐがああああああああっ!!!!!!?」

その爆光は。

纏うだけとなって絶対防御としたマフーの『瘴気』を一瞬吹き飛ばす。
そして。

「神竜の息吹、天空より集え。束ねて注ぎ、魔を撃ち滅ぼせっ!!!!
聖光衝烈ッ!!!!!!!!!!!!!
オーーラッ!!!!!!!!!」

リンダの放つ『オーラ』が、ガーネフの四肢を引き裂く。

「雷蛇の顎(あぎと)よ、乱れて狂え。
贄殿の刃よ、散りて引き裂け!!!
紫・電・滅・殺!!!! トロニーケインッ!!」

自警団が使う警棒のような光にまとわりつく様な雷撃を鞭のようにしならせ、カペラは叩き切るようにガーネフに打ち下ろす。

「おぐおあああああっ!!
ぎゃあああああああああっ!!!?」

熱と稲妻と収束した光の中で、ガーネフは体中を焼き焦がし、血を蒸発させた。
瘴気の絶対防御を無くした時点で、ガーネフに勝ち目はなかった。

世界を混沌に陥れた元凶という意味では、メディウス以上の悪と言えるガーネフの最後であったが・・・
瘴気による絶対防御と触れるものを削ぎ喰らう闇魔法『マフー』を封じた時点で、そこにいるのは魔王ではなく、ただの魂の捻じ曲がった老魔道士でしかなかったということであろう。

闇のオーブに溶かし込んであったガーネフの意識の残滓が、捨て台詞を吐く。

(お・・・のれ・・・

だが、儂の・・・ 残した『あれ』は・・・
世界を・・・滅ぼして あまりある・・・!!

『レギオン計画』の・・・完成は・・・十分に・・・世界に意味を・・・!!! 傷跡を残すっ!!
カペラ・・・ 貴様がかつて・・・ 願ったそのままを・・・!! 顕現っ させる・・・!!)

その意味に、瞬時に気がついたのは、当のカペラだけだった。

「ガァァァアアアーネフゥゥゥゥウウッ!!!!
貴様はッ・・・!!」
(ぐはははははは・・・・・・っ!!!!

儂が死ねば、二日と待たずに!
『レギオン』は制御を失うっ!!!
わしはあれを操ることによって支配をするつもりだったが・・・
こうなれば、貴様の当初の計画通り、制御できぬ暴走が始まる!!!

悔やめ。恥入ろ!! かつての己を!!
お前はどこまで行っても、わしと同じ穴の狢だと!!痛感しながら狂って死ね!!
己が望んだそのものが、狂った神々がこの大陸を消し飛ばすのを!!! 見ているがいいっ・・・!!!!)


ふっ・・・と。

闇の残滓が。
そこで消えた。



カペラは、自分が雷に打たれたように立ちすくんだ。


「・・・カペラ、奴の言っていたのは・・・?」

父の敵を討ったと言えるリンダだったが、その気持ちに浸る暇もない。あの、魔王ガーネフが死の際に言ったことだ。世界に傷跡を残す『計画』・・・ ただの負け惜しみとも思えなかった。


「『レギオン計画』とは、なんだ?」

確信をつくガトーの問い。
・・・事ここに至って、隠すのは無理だろう。カペラは意を決して、言った。

「『死した竜の大陸単位での擬似蘇生』と・・・
『意識構成の単一化による統制及び恣意的暴走』。

・・・早い話が。

『《今まで死んだ竜》全部をゾンビ化復活して、いっぺんに暴走させて世界を滅ぼす』計画ですわ」

かつて。

世界のすべてが自分以上に不幸であることを願って。


死の大地に唾を吐くことだけを夢見た事への因果。




その途方もない闇に。

場にいた全員が感じたほんの僅かな沈黙は、どれだけ長いと形容しても表せないくらいに長かった。



幕間 その25 神剣ファルシオン



「・・・『マルス』!!」
「ああ、良かった。無事だったのですね姉上!!
ガーネフの根城奥深くに連れて行かれたと聞き、その身を案じておりました・・・」
「あなたこそ・・・よく頑張りましたね。
己の運命に挫けることなく、志を共にする盟友を募り・・・ここまで、数多の国を救ってきた・・・
亡き父も亡き母も、きっと喜んで・・・」
「はい・・・!!」

秘密裏に動いていた別働隊に無事救出されたとして、二人は皆の前で感動の再会を果たす。

ノルンやマリア、ミネルバなどは、『マルス』がアイルなのを知っているため、エリス王女が偽物と気づいてしまわないかと若干ハラハラしていたが・・・
その再会の様子からは、疑っている様子はなかった。

だが。

アイルはエリスに抱き寄せられ、頬をすり寄せられた時に、硬直しかけた。
耳元で、こう囁かれたからだ。

(・・・ご苦労さま。アルタイル=ドライツェン)
(・・・な!?)

どういうことだろうか。
偽物だと看破されただけなら、まだいい。マリアの時のように、事実に沿った虚言を吐けば誤魔化しはきく。
しかし、アイルのことを知られているというのは。

(カペラあたりが喋ったか・・・!?
いや、奴がバラす意味がない。しかし、ならばどうやってこの女が俺のことを知った・・・!?)

「たくさん話したいことがあるわ。私は天幕で休んでいるから、あなたも時間が出来たら、来てちょうだい」
「・・・はい」

動揺だけは見せなかったものの、完全に向こうのペースだった。

(くそ、あの女何者だ!?
エリス王女本人なのはさすがに間違いないだろうが・・・)

ここでカペラがアイルに疑いを持たれるような真似をするのは、全く意味がない。エリス王女の偽物をあてがう意味もない。ならば本人でありながら、カペラとは関係なく、この女がカードを持っているということになる。

(ええい、厄介な・・・ 今更だが本当に休まらんな)


ガトーの転移魔法で翌日にはマケドニアに戻る。その準備をしつつ、アイルは今の状況を整理し、天幕に行くときにどう対処すればいいか決めねばならなかった。


 ・


テーベの塔攻略にアイルが時間を費やしていた頃・・・

オレルアンの方でも動きがあった。

「・・・つまり貴殿の個人的な意地だというのか?」
「ええ。でも、貴方にだってあるでしょう。
・・・野心の一つや二つ。手に入れたい何かが」

玉座に肘をついているのは、オレルアン王弟ハーディンである。
膝もつかずに彼を見据えるのは、パオラであった。

「・・・確かに、ドルーアとの戦いは激しいものとなろうな。どちらが勝とうが、その戦力は互いに削りに削られているだろう。
我らはニーナ王女の要請で、ドルーアとの決戦の折に、援軍として馳せ参じる用意をし終えたところだ・・・」
「その軍を一部だけ送り、残りと・・・
オレルアンが動かせる全軍を秘密裏に動かしておき、アカネイア同盟軍とドルーア帝国軍・・・どちらが残ろうと、そのオレルアン王国軍総力でそれを潰す。
簡単でしょ?」

とても明快である。
ドルーアが残ったなら、指定された日に間に合わなかった追加の援軍で仇をとったと世に喧伝すればいい。
アカネイア同盟軍が残れば、マルス王子を騙る一味を成敗すると言えばいい。ほとんど本当のことである。どさくさにニーナだけ助け出し、残りは皆殺しで構わない。オレルアンに連なる者はほとんどいないし、他国の王族など、死んだほうが揉め事の種にならずに済む。

皇帝は、ニーナの夫は、一人いれば良いのだ。

「・・・・・・」

この女・・・パオラは、主君の・・・
マケドニアの無念を晴らすためにといった。
しかし、意地であるとも認めた。

そもそもミネルバやマリアも存命なのだから、マケドニアは如何様にもなるはずだ。
にもかかわらず、彼女らさえ巻き込みかねないこの策をハーディンに進言するあたり、確かにこれは意地なのだろう。何しろかつて『狼の牙』を相手取って『ノイエ・ドラッへン』を率いたのはパオラなのだ。本当になりふり構っていない。

しかし、この策はハーディンも考えないではなかった。

ハーディンが忠誠を誓うのは、ニーナのみ。
逆に言えば、ニーナの為になるとさえ思えば、ハーディンは、ニーナの意思に背くことさえ厭う気はなかった。
その上で自分が全てを手に入れるこの策は、確かに魅力的かつ、そうなるしかない未来を見越しての一手。

アカネイア同盟軍とドルーア帝国の決戦。
それは長く続いたこの戦乱の集大成だ。

つまり、これでニーナの名のもと、大陸が統一されれば、今後大きな戦は起こらないかもしれない。ならばハーディンは、今全てを手に入れておかねばならないのである。
王族としても、武人としても・・・

一人の男としても。


ニーナを手に入れる、最後のチャンスと言えた。


あまりに義を欠いているのでないかと思い、思い悩んでいたが・・・
パオラの進言で、ハーディンは意を決した。

「誰かあるっ!!!」


その声に、パオラは黒く笑った。
これで、あの詐欺師に一泡吹かせて・・・
いや、奴から、『マルス王子』から、全てを奪えると。


しかし、ハーディンもパオラも忘れていた。
いや、目をそらしていたか、あるいは、勝敗など兵家の常と気にもしなかったか。
パオラは、『狼の牙』との戦い・・・ 勝てるはずの戦いでも負けた。
己の無能でなく、偶然によって。
かつての主が『たまたまそこに一軍を進めていた』という理由だけで。
遠距離から身動きできない軍を袋叩きにするという策を、ミネルバ率いる竜騎士団とマリクの大魔法によって、千台のシューター部隊を壊滅させられるという大敗で終えた。

そう。
パオラの、戦場での運のなさは、最悪であるということを。


 ・


ガーネフを倒した直後。


『レギオン計画』の全容が、カペラの口から語られ、その場にいた皆は呆然としていた。

「『《今まで死んだ竜》全部をゾンビ化復活して、いっぺんに暴走させて世界を滅ぼす』計画・・・?」

リンダが震える声で繰り返す。

「マジかよ!? カペラちゃん、なんでそんなこと・・・!」

この計画はカペラが始めたとガーネフは言っていた。
ジュリアンにとってカペラは少し素直でないところはあるが、根は優しいいい子という印象だ。彼の頭の中ではどうやっても結びつかないのだろう。

しかし、この場にいるその他の者達には、彼女の絶望は既に知るところだった。
レナにそれとなく黙るようにサインを送られ、それ以上はジュリアンは口を開かなかった。

「・・・その計画、防ぐ方法はあるのかの?」

カペラが後悔しているのはもう分かりきっている。ならばまずは止めるところからだ。根掘り葉掘り聞くのはあとでもいい。

「・・・とにかく、『司令塔』となった存在を封じている場所を突き止めないことには・・・」
「司令塔?」

ここでもカペラは逡巡せざるを得なかった。
彼女が母体としたのは、『あれ』だからだ。
しかし、ためらってはいられない。自分で向き合い、非難も受け入れるしかないのだ。

「『素体』としたのは・・・ 『アレ』です」
「・・・ッ!!」

レナにだけわかるように目配せする。

「まあその・・・ 捨て子を使いました」

ベガに孕まされた子のことだと、すぐに気づいた。
喚き散らしたかったが、ジュリアンはまだ知らないのだ。
昔の男・・・ ミシェイルと先日一夜を共にしたところまでは、ジュリアンも、自分が脛に傷を持つ負い目で押さえ込むかもしれない。
しかし強姦されて産んだ子がいるというのはどうとるだろうか。それを確かめる勇気はレナにはなかった。

「・・・その魂に『ベガ』様を使っています。
本来なら、復活させて暴走させるだけなら・・・ 『司令塔』などいらないのですが・・・
竜が死んだ場所というのは、大陸に均等に広がっているわけではありませんから、効率良く破滅させるため、ある程度操れるように、作っておいたのです。
ガーネフは戦力として利用するつもりでこの計画を続けたのですから、そこはさらなる手を入れているでしょうけど・・・」

しかし、捨て台詞をそのままとるのなら、ほうっておけば暴走状態に移行するようにはしてあるのだろう。そうでなくてもカペラにしてみればほうっておくことのできない案件だ。

「ならば、『ベガの魂』を探ることができぬかどうか、後はガーネフの魔力痕などから、計画の移動先・・・ カダインあたりと、ドルーアの拠点などを調べるか。
急がねばならんな」


その時。


ガーネフのいた場所に闇の派動が蠢き、ゲートを形作り・・・

そこから。
一本の剣がまろび出て来た。

カラン・・・と、小さな音を立てたその剣は、ガトーには見覚えのあるものだった。

「ファルシオンか・・・」
「! これが・・・」

神竜の牙や爪を削り出して作った剣は、竜に必殺の威力を持つ剣となる。
ただしその力を手にするには、神竜から許しを得た者でなければならないという。そしてその資格は、血の近しいものに受け継がれてゆくとも。

「・・・マルス王子に渡さねばな」

それは当然のことだ。
しかし。

「あの・・・ガトー様。これは預かっておいてください。『マルス王子』に渡すわけにはいきませんわ」
「・・・どういう事だ?」
「・・・・・・」

・・・よく考えたら、ガトーは知らないのだ。
マルス王子がアイルという名の偽物であることを。

勝手にばらしてしまうのもどうかと思ったが、このやり取りで何か疑念を抱いたのなら、ガトーは真相をつきとめてしまうだろう。話すしかなかった。

「実は・・・マルス王子なのですが、彼は・・・」

カペラとて詳しい話を聞いたわけではない。
わかる部分だけを話した。

・・・今の『マルス』は、彼を騙る『アイル』という名の少年だと。

ある程度ぼかせば、ガトーが足りぬ部分を善意で解釈するだろうことまで見越して、だ。
アイルの所業の中には、不自然だったり、いくらか非道であったりするものもガトーの耳に入っているだろう。
が、残虐な餓鬼であったベガや、魔女デネブに首根っこを掴まれていたことまで聞かせておけば、アイルを悪くは取るまい。
なんだかんだ言っても、アイルはドルーアに対抗しアカネイア同盟軍をまとめ上げ、ここまで戦ってきた英雄だ。なおかつ、草の根的な協力者や世論の必要性から、ある程度の善政を敷こうとしていたこともあり、ガトーの目から見れば印象は良いはずである。

事実、全てを聞き終えたガトーは、若干感動さえ覚えているように見えた。

「そうか・・・ 彼は『マルス』の身代わりに、今まで戦ってきたのだな。
全て事実かどうかもわからぬとのことだったが、概ねそのとおりなのであろう。そう聞かされれば辻褄が合う部分も多い」
「いま、ここで重要な点は一つですわ」
「・・・わかっておる。アリティア王家の血を継がぬ『アイル』では、暗黒竜メディウスを倒す、この必殺の武器、『神剣ファルシオン』の力を引き出せぬということじゃな」

さすがガトーである。話が早い。

「そういうことです。ですから、これはガトー様にお預けしておいたほうがと思うのですが」
「わかった。わしが封じておこう」
「・・・少し、よろしいか?」

話がまとまりかけた時に、アランが口を挟む。

「・・・ファルシオンを扱う資格というのは、『血』であるのは相違ないのか?」
「・・・どういうことですの?」
「私は『アルテミスのさだめ』という逸話を知っている。
『ファイアーエムブレム』を行使する王は、全てを王家に捧げるという誓いを立てねばならない。それが故に、100年前の時の王妃アルテミスは、当時のファルシオンの使い手にして初代アリティア王アンリとの愛を実らすことができなかった。
それは、アンリがアリティアという片田舎の青年に過ぎないということが理由になった」
「周りの重臣が、アンリとの結婚によって王家の血が汚れることを、『王家に全てを捧げる』事の放棄につながると言い出したのですわよね」

『ファイアーエムブレムによって王家が回復できた時、その代償としてもっとも愛する者を失う』というのが、『アルテミスのさだめ』の内容である。
馬鹿な話である。
もし二人が結ばれていれば、世界を救った神剣の継承権が、アカネイア王家のものとなったのだ。
逆に、世界を統べる者と世界を救う者が別であるから、今日に至り、ドルーアに付け込まれる隙が生まれた面もあるのだ。
だが今重要なのはそこではなかった。

「その後、アンリ王は・・・ アルテミスと結ばれなかったことに落胆し、『生涯婚姻をしなかった』と聞く。
今の系譜は彼の弟であるマルセレス公のものだと。
『血』が資格ならば、なぜ『受け継がれている』?」
「!!」

言われてみればその通りである。
というか今までなぜそのことが取り沙汰されていないのか。

「・・・ああ、そのことか・・・
確かその話は、アンリを哀れに思ったナーガが、血を紡ぐことを放棄したアンリを特別に許し、弟であるマルセレスに継がせることを許した・・・という話に『なったはず』じゃな」
「・・・『なったはず』??」

聞き捨てならない言い回しである。

「・・・それ、どういう意味ですの」

ガトーは若干顔を歪めたが、話し出す。

「・・・実はそのマルセレスの子マリウス・・・ マルスの祖父にあたる者は・・・

アンリの子なのじゃよ」
「「は!?」」

それは、今更世界を揺るがすような話ではない。それ故にガトーも話したのだろう。
しかしそれは、アランがしめした希望を・・・

『血』は実は絶対条件ではないのでは・・・ 転じて、アイルももしかするとファルシオンを扱えるのでは? という考えを打ち砕くものだった。


続く
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ぽ村

~偽りのアルタイル~

第21章 惨戦マケドニア

その1 知将と黒豹


マケドニア城。

それはマケドニアのシンボルともいえる大山に、町に近い規模の城壁を備えた、天然と人工の見事なまでの融合を果たした要害。
飛竜の産地として名高いマケドニアが、その優位性を存分に生かした戦い方の出来るように作られた城塞は難攻不落といってよかった。

まさに、覇王の城。


陽光さすマケドニア城玉座。

そこに足を組んでどかりと座るミシェイルは、知将オーダインを呼びつけ、決戦時の方針を下知していた。

「な・・・」
「不服か?」

不敵な笑みを絶やさぬまま、ミシェイルは返す。

「い、いえ・・・ しかしそれならば、私のほかに適任のものはいる筈です。マケドニアの将はそのほとんどが勇猛果敢。私は恐れながら、策略や軍備の充実などをはかって、マケドニア将の末席を飾る者。なれば・・・」
「そう。お前は知将と言える能力を持っている。なればこそ、あの・・・
『マルス王子』にお前をぶつける意味は分かろう」

『マルス王子』は、稀代の策略家だ。戦場の詐欺師といっても過言でないだろう。装備の充実どころか、数々の新兵器や聞いた事もない策略、敵の隙を突く判断力で、滅亡寸前だったオレルアンとその身だけでアカネイアを体現していたニーナを盛り立て、アカネイア王国を復興してしまった。

彼は策略家だ。その上で、及ばぬ知将を擁して、『こんな方針』を言い渡すという事は・・・

「策のない事が、策である。と?」
「然り」

ミシェイルは満足そうに笑った。



 ・



ウルスタとユミルの初陣は、マケドニアとの決戦となりそうだった。

グルニアの洞窟での一件は、残党狩りの最終段階だった。となればそこで仲間となった二人の初戦は、対マケドニアとなるのは自明の理だった。

「ウルスタ、大丈夫だか?」
「ええ、体調はいいわ。それより・・・
マルス王子、ほんとに私達を将として使ってくれるのね・・・」

新参者だというのに、破格の厚遇である。
もっとも、将の殆どが余所者やかつての敵というアカネイア同盟軍で、とりたてて騒ぐ事でもないのかもしれない。

勿論、ここで能力を見せつけなければ、すぐに引きずり降ろされるだろう。
ウルスタはそんな風に終わる気はさらさらない。

配置についた森の中。
背中にきっちりと縛られておぶさったウルスタは、ユミルの頭脳がわりにここにいる。
逆にいえば、ユミルはウルスタの手足の代わりにここにいる。
なにより。
命に代えても守る者を文字通り背にして、ユミルの気合は十二分だった。


 ・


ユミルの件だが。

厚遇もされるが容赦なく前線に出されるのも解っているので、同等の才を持つ者でもない限り、不満を漏らすものもいない。
見ようによっては捨て石に使っているようにも取れるのだ。

その上で、戦後の褒章をどうするかはアイルは実は考えていない。

譜代をひいきするのか。
平等に見てとり立てるのか。

それはマルスにやらせればいいと考えていた。

(俺は、王になりたいわけじゃない)

マルスもそうだった。
彼は英雄の系譜なだけで、野心などなかった。

だが、アイルはマルスほどにないわけでもなかったが、逆にマルスこそふさわしいと考えていた。
あいつは、生まれついての王なのだ。
自分がやりたいのではなくても、人に任せて世が乱れるくらいなら、自分でやろうとするだろう。ならば最初からやらせた方がいい。

抱え込み、苦しむだろう。苛まれて、傷つくだろう。
それでも、『僕がやっておきさえすれば』と後悔するよりマシな筈だ。


(まあ、そんな先の事は良いとして)


マケドニア・・・
警備の手薄な海岸線を見つけ出し、上陸したものの。

「・・・やはり、待ち伏せか」

多大な犠牲を予測しながら、無理に他の場所から行くよりは、誘いに乗る形を取って、正面からの方がまし・・・
アイルはそう判断したが、ここはまさに待ち伏せのための地形だった。

東西それぞれに、南北に延びる山脈がある。
つまり、南西の海岸から上陸した同盟軍は、その山々にそって北上するしかない。
左右に森を望む道。
どう見ても迎撃用の盆地だ。

「申し上げまーす」
「ああ」

馬上のアイルの隣にペガサスが降り立つ。
エストである。

「敵将はオーダイン将軍、東西にずらりと並ぶ砦には相当数の竜騎士、以下天馬騎馬同等数集結してます。森の中の伏兵に関しては見うる限りはなさそうでーす。勿論見逃された可能性はありありですけどー・・・」

それは無かった。
ノルンに地上からも斥候を出させているが、敵兵は全く発見できなかったらしい。

「城門前にジェネラル級、聖騎士の配置。大隊がこれみよがしですー」
「・・・・・・オーダインというのは知ってる男か?」
「マケドニアには珍しい知将ですねぃ。
もっともミシェイル王子が覇王を名乗るだけに、マケドニアの戦術は突貫蹂躙っ!! あの人は使いどころがなくて、残党狩りや輸送隊などの仕事が多かった将っすよー。
兵站を自己でも管理する、こまめに随将とコミュニケートするタイプで、実は重宝されてもいい人なんですけどー、失敗しない代わりに大手柄も立てないですなー。
それは本人も分かってるみたいで、処遇に文句を言ってる話は聞きませんよぅ?
今回はまあ、大抜擢なんじゃないんですかにゃー」
「ふうむ」

そんな人物がこの待ち伏せるだけの布陣で、本当にただ正面からぶつかるだけの迎撃戦をするだろうか。
そもそもアイルは、『マルス王子』は、『策略家』のイメージを持たれている筈だ。そこにこの人選で来たのなら。

「・・・・・・」

(いや、それならば・・・)

アイルはしばし考え込む。
そして。

「エスト、ご苦労だった。今回もマリア姫のフォローにまわってくれ。
中央林道をつっきって、ジェネラル級にぶつかってもらう」
「あいさー。
今回チキちゃんはどーすんの?」
「今回は戦略兵器はマリア姫だけで足りるだろう。『シーダ』も出たがるだろうし、十分だ」
「え?」

エストは不思議に思った。
オーダインは目立った功績は無いが、しかし怠りのない戦術師だ。
何らかの策があるとするなら、兵力の出し惜しみや低く見積もった油断は致命的な間違いを犯すきっかけになりかねない。

そんな様子を見てとったのか、アイルは言う。

「心配はいらん。いざという時は、マリアだけ逃がしてもかまわんぞ。一筆書こうか?」
「あ、そんじゃあ、はい」

エストは、許可なく敵前逃亡しても咎めない、という意味の文を書いてよこす。
確認後、アイルはマルスの判をおす。

(ほんとに要求するとは思わなかったが・・・)

まあいい。

(さあて、覇王ミシェイル。これが策だというなら、程度が知れたというものだ。
アイディアは悪くないが、役者不足にも程がある)

ただ出てきたところで、叩き潰しただけだが・・・
こちらの土俵で勝負しようなどと、呆れかえる。

(ミネルバ王女やマリア姫には悪いが、あの男の存在は、後々マルスにとって邪魔だ)

アイルはミシェイルに容赦する気は無かった。
ニーナの時同様、助けるポーズだけはするにしても。


 ・


「・・・いつまでついてくる気かしら?」
「俺がどういうつもりでも、お前に拒む権利は無い」

そのとおりだった。

オレルアンでの大敗。これはそのままそっ首落とされても文句の言えない大失態だった。詳しい経緯を聞けば、敗北の原因はパオラが無能だったというのではなく、運が悪かっただけだ。
だからこそ首の皮一枚つながっている。そして・・・
罰として、パオラはこの男の物にされた。

「汚名をそそぐ機会は考えてやる。それまではそいつの物にでもなっていろ」

否も応もなかった。

そういわれたこの男の第一声は。


「・・・俺がですか」

なんとも困惑した声色だった。


その後、今行きたい場所(城内に限る)に行けというので、足を向けると、ついてきたというわけである。
フルヘルムをつけているので、顔は分からない。
向こうから話しかけてくることもない。
なので、話しかけるしかない。立場的に、聞いておきたいことは多い。すなわち、自分の処遇。

「私はどういう扱いを受けるのかしら」
「それを今判断しているところだ。俺の目があるとはいえ、『自由にしろ』と言われて、どういう行動を取るか・・・
それ如何で、どの程度俺が手綱を緩めておけるかを決める」
「・・・それを言っちゃっていいの?」
「それを聞いた上でどれだけ態度を変えるかでも決める。とりあえず好きにしていろ」
「わかったわよ」

面倒くさいなら、牢に入れて放っておいても、慰みモノとして自室に監禁しても良い筈だ。それを『どの程度自由にさせるか』を見極める為に時間を割こうというのだから、硬い態度や閉ざした外見と違って、情のある男なのかもしれない。
そう思うと、少し気が抜けた。


着いたのは、牢である。

「・・・奴らか」
「そうよ」

これからどうなるのかは知らないが、彼らはまた牢暮らしだ。

そもそも。

オレルアンの戦いが終わった後、アカネイア同盟軍に囚われの身となった、パオラを筆頭とする、オグマ、シーザ、ラディ、サジ、マジ、バーツ・・・
『ノイエ残党』の幹部クラスを脱獄させたのは、この黒い騎士であった。

「パオラ!! どうなった」

オグマが二人に気づき、問いかけた。

「・・・私は、この男のものという事になったわ。
汚名をそそぐ機会は考えてもらえるそうよ。なら、あんた達もそう悪いようにはならないでしょう」
「ああ、言っておくが、お前らまとめて俺の所有物だ」
「「「「「「「は!?」」」」」」」

寝耳に水である。

「そもそも順番が逆だ。お前らは俺がミシェイルの命令で脱獄の手引きをしたと思っているだろう。違う。俺が『まだあいつらは使えるのではないか』と言ったら、『ならお前が連れてこい』と言われたのでそうしたまでだ。
その時に『パオラだけは俺が直々に仕置きをする』と言うので別になっていたが、『無事に連れだせたなら、あいつらはお前にやろう』と言う話だった。結局、全部俺に寄越してきたがな」

パオラは、チッ、と舌打ちをする。

仕置きは昨夜、十二分に受けた。
我らが王ながら、あの女泣かせぶりは何とかならないのだろうか。
尻や太ももは真っ赤にはれてしまっているし、三つ穴すべて奥の方まで違物感が消えない。湯浴みはしたというのに、目や鼻までまだネトネトする。
それでも嫌悪感が湧かないというのだから、タチが悪すぎる。

その上であっさりと下賜された。

「・・・面倒だ。パオラ、お前にこいつらをやる。好きにしろ。
勿論、不始末でもあれば貴様の責任になるからしっかりと管理しろよ」
「・・・いいわけ?」
「汚名をそそぐ機会が欲しいのは同じだろう。牢では鍛錬も難しかろうしな。
今マケドニアは踏ん張り時だ。手はあって困る事もあるまい」

夜には俺の部屋に来いよ、と言い残して、黒い騎士は去ろうとする。

「まって」
「・・・なんだ」
「いくらなんでも緩すぎやしない? そりゃあ今更行くところもないし、逃げる気なんかないけど・・・
牢に来て少し会話して・・・それで判断したっていうの?」

パオラの感覚では少しおかしかった。
が。

「・・・オグマ殿の反応が、信を置いている風だったのでな。なら、それでいいだろうと思ったのさ」
「は?」

パオラはきょとんとした。
しかし、その言葉でオグマがピンときた。

「お前、まさか・・・!」
「はは、気が付いておられなかったか。まあ、久方ぶりですしね」

黒い鎧の騎士は兜を取った。
鎧の黒さは、カミュの代わりの片腕という意味では無く。

『黒豹』

「アベルっ・・・!!!!」

死んだと思われた者達が生きているのは、今更驚く事でもない。
そもそもここにいる殆どが、何らかの形で一度死んだと言っていい目にあっている。


アベルの部隊はこの後、特殊部隊が創設される。
それはマケドニア内部として、一つの勢力だった。

続く
by おかのん
by ぽ村 (2014-01-09 15:10) 

ぽ村

というわけで、アルタイルのほうもうpただ。

コレで年末年始予定の記事は完了?
by ぽ村 (2014-01-09 15:11) 

おかのん

ありがとうございました!
勝手なお願いの上面倒かけたみたいでスミマセンw;

では続きを。



~偽りのアルタイル~

第21章 惨戦マケドニア

その2 マケドニア史上最大の戦い


パオラは去っていくアベルを呆然と見送った。
かつて『黒豹』と呼ばれた騎士を知らぬでもなかった。
オグマにそれまでの経緯・・・
今の『マルス王子』に対する不信を抱き、マリク、ハーディンなどと共に行動した揚句、ワーレンで行方不明になっていた。

「ミシェイル王子の下にいたとはな・・・」

ぼそりとオグマがつぶやく。

カペラに連れ去られた者の殆どは、彼女の私兵のようなものだったが、ガーネフやカミュに贈られた者もいた。
アベルはミシェイル王子だった、という事なわけだが・・・

「・・・あいつは、操られてはいないようだったな」
「そうね・・・」

ナバールやドーガ、ボア司祭のように、闇の波動に操られている者も多かったのだが、アベルはそうではないようだった。
カペラの意図は読めないが、ことここに至っては、あまり意味のない事かもしれない。彼女の思惑など、もう取り戻せない程に外れてしまっているだろう。
さすがに今のパオラやアベルらに、そもそもの目的がひっくり返ってしまった事・・・
カペラの兄であるエッツェルが生きていた事によって、この世を破滅させる思いが無意味になった事を知る方法は無いのだが・・・
いや、そもそもの目的も知らなかった彼らには、どっちでも同じことだったかもしれない。

「とにかく、これからの事を考える為に、情報を集めないと」
「そうだな」

しばらくしてやってきた牢番がカギを開け、オグマやシーザらは自由の身となった。
パオラは早速、情報収集に乗り出した。

そして。


汚名をそそぐ機会となる筈の、マケドニア本土決戦が、今まさに起こっている事実を知って、愕然とするのだった。


 ・


聳え立つ巨城としたがえるような砦。
鬱蒼と広がる森。

「黒騎士団との戦いを思い出すな」

アイルは腕組みして顎を引き、不敵な笑みを浮かべる。
そんなアイルに、フレイが問いかける。

「今度はこちらが攻め手。いかがします?
マルス様」
「知れたことよ。踏み潰してくれるッ!!!!
全軍、かかれっ!!!!!」

ばっ・・・ と、手のひらを前に掲げると。


おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!


鬨の声と共に、中央の広い街道を進むアカネイア同盟軍。
その両脇に広がる森さえ覆い尽くさんばかりに広がる、竜騎士の群れ。
中央街道を塞ぐジェネラル級重騎士部隊。


マケドニアとの決戦。

その火蓋が切って落とされる。


 ・



中央街道はすぐに行き詰る。
ジェネラル級重騎士部隊が、完全に防いでしまっているのだ。

マケドニアは竜騎士の国だ。しかしその他の部隊が脆弱というわけではない。むしろいざという使われどころで十全の仕事をしようと日夜訓練に励んでいて、その錬度は他国にひけなどとらない。

竜騎士部隊が中央街道めがけて殺到する。

足止めを食らって塊になってしまった歩兵達に、手斧手槍を投げつけるのだ。

空を覆い尽くさんばかりの竜騎士達。


「者共、久しぶりの狩りだっ!!
好きなように嬲れっ!!!!!!!」

竜騎士達は、絶大な防御力と、空からというアドバンテージを持っている。
常に蹂躙する戦いをしてきた歴戦の兵達であり、この戦においてもその士気は十全だった。
総大将が、勇将とは言えぬオーダインである事が引っかかっている者もいたが、少なくとも戦いの場に臨んでそんな事は忘れていた。オーダインから姑息な策の一つも命じられていたなら違ったかもしれないが、オーダインもやはりマケドニアの丈夫、この大軍を擁して、策など必要ないと、いや、実は彼もこういう戦いをこそしたかったのだろうと理解した。

森にかかり、袋小路にわらわらと閉じ込められたままの敵兵に向かって、その爪をかけようとした瞬間。


ヒュガッ・・・!!!!!!!


『それ』は。


一匹の竜の翼を吹き飛ばした。


「な・・・・・・!?」


『それ』は。

『連弩』・・・バリスタと呼ばれるものだった。

人の手では届かない高さまで槍のような矢を打ち上げる弩(いしゆみ)。それを連ねたものだ。

竜騎士の部隊長は、すぐにそれに思い至った。

「怯むなッ!! 連弩は、次に打つまでに時間がかかる。第一波を凌げば、後はなんの力も持たん蟻共を叩くだけだっ!!」

その言葉は通常なら正しかった。

城壁に備え付けた物ならまだしも、野戦に持ち出したものではそこまで数をそろえられない筈だ。

だが。

彼らの相手は、『マルス王子』だった。

戦場の詐欺師と誰かが言った、アイルだった。


 ・



後世の人間がそれを表す時、『カートリッジ』という言葉を使ったかもしれない。木枠で二か所を固定されて、竹ひごの筏のようなものが並べられている。
そのまま連弩にセットすると、ぴったりはまるようになっていて、ついている紐を引くと、するりとほどける。

次弾装填に5秒とかからない。

本番でその速さが手に入るなら、それまでの手間など何ほどの事もない。船旅の間、内職よろしく兵達にやらせていたそれば、千枚にも上るだろう。

中央街道で自分達の思惑通りに、重騎士部隊に足止めさせられた歩兵に襲いかかろうとする瞬間。
これほど格好の的は無い。

「くく。くははは。くはははははっ!!!」

女を抱いている時に無防備でない男はいない。

餌を取ろうとする瞬間というのは、どんな動物も隙だらけだ。


本当に、滑稽だ。
面白いように竜が落とされてゆく。
アイルは笑い続けた。


「ふははははははははははははは!!!!!!
いいだろういいだろういいだろう!! せいぜいまだまだ嘗めてかかってこい!! 取り返しがつかなくなるほど死に尽くしてから、せいぜい青ざめて逃げ惑え!!!!!」


オーダインも無能ではない。
相手が森に兵をいかに忍ばせてくるかが鍵になるのは分かっていた。
だからその迎撃部隊として、そちらに向ける傭兵や天馬騎士は割いてある。

しかし。


 ・

ー西側の森。

バリスタそのものを極力隠すために、何もない平原を長く輸送するわけにいかず、殆どのバリスタは西側と、中央にある。

森の中のバリスタは重要であるし、特に西側は必然的に数が多い。
それを守るのは、森の中の戦いに慣れた、斧使いの傭兵達だ。

「だらああああああああああああああっ!!!!」
「があああああああああああああああっ!!!!」

ダロスと、ユミル。

ベックのバリスタ・シューター部隊を守る二中隊は、この作戦の要の一つだ。
バリスタは直接戦闘力は皆無だ。当然襲われない事が前提。

敵は逆に全力で潰しに来る。
対空兵器さえなければ、単純に竜騎士は無敵に近いのだ。

だからこそ。

森の中では、地獄のような戦いが繰り広げられた。


ダロスも勿論だが、ユミルとウルスタはここで力を示さねばならなかった。特にユミルは文字通りウルスタを『背負って』いる為、死ぬわけにさえいかないのだ。鬼気迫るものがあった。

「があああああああああああああああっ!!!!」

ウルスタが妖精のような少女であるのも意味があった。
ユミルは魔物か巨人かというていなのに、ウルスタの姿を見てしまうと、皆、己が娘や妹、妻や恋人を連想してしまう。
ウルスタだけならともかく、それを守ろうとするユミルに己を重ねてしまう。
そんな一瞬は、頭をかち割られるのに十分な時間であるというのに、人である以上無視が出来ない。

生に対しての未練、死ぬ事の出来ない理由。
そんなものに気づいてしまった上で、目の当たりにする、死の象徴のような、絶対的な力。
野獣のような巨人。修羅のような丈夫。
怖気づいた兵は、兵などではない。
おじけづいたへいは、つわものなどではない。

同じ、『死ねない』者達同士なら。
強い方が生き残るのは道理だった。

ベック率いるシューター部隊、バリスタ部隊は、被害はほぼゼロ。
この戦いが終わるまで、一騎当千の筈の竜騎士を、カトンボのように撃ち落とし続けたのであった。


 ・



東の方は大乱戦となっていた。
そこには主兵力は互いに置かれていない。
むしろこちらは、西から入って向きを変えている本隊を側面から攻撃するための部隊が放たれた格好だ。

正面対正面での決戦をするというのなら、いかにその側面を突くかというのは重要なのだが、それを知らないアイルではない。

きっちりと備えをしておいた。
迎え撃つのは、タリスで旗揚げをした時から理解者であった、今や右腕と言えるあの男だった。

「空の『大陸最強』、マケドニア竜騎士団っ!!
相手にとって、不足なし!!!
いざぁぁぁああああああああああっ!!!!!!!!!」

言わずもがな、フレイである。

『大陸最強』を相手に不足なしなどとは驕りにも程があるが、フレイは全く引けを取らぬ指揮ぶり、勇将ぶりを見せた。
長く共に駆った、手間かけて育てた、戦場で苦楽を共にした・・・
騎士が竜に示すものはいろいろあるが、もっとも大きなものは一つ。

『強さ』

その竜が随うしかない力を見せつける事。これは何より重要であった。その意味でフレイはまごうことなく強く、竜はよく従った。
今やその飛竜は完全にフレイの手足であった。ここまで極める者は、マケドニア竜騎士団においても数えるほどだろう。

軍としての規模では全く敵わない。マケドニア竜騎士団の、左翼・・・ 東側に割り振られた竜騎士の数は、フレイの隊の3倍はあろうか。

だが。

「我に臆する理由なし、我に退く道理なし、我に返り見る意味はなしっ!!!!!!!
目の前の敵は全て我が獲物!! 
グリンブルスティよ、許すぞ、食い散らかすがいいっ!!!」

竜騎士は竜をとても大切にする。
それは竜騎士同士の戦いでも、竜を攻撃せずに騎士の方をなるべく狙うほどだ。
良い竜は友であると思っているからだ。
竜であるというだけで、戦場で敵として出会っても刃を向ける対象から外れる。


竜が喜んで戦場に出るのは、人を食らえるからだ。
戦場は餌場であり、狩りを楽しむ場所なのだ。

しかし。

フレイの部隊は、フレイの隊の飛竜達は、共食いをする。
敵であるならではあるが、主人の許しがあれば、人肉も竜もかまわず食らう。
竜騎士の方も、人も竜も気にしない。打ち倒せるのなら竜も騎士も区別しない。


・・・リュキャアアアアアアアアアッ!!!!!!


異変が起きた。

マケドニア竜騎士団の竜達がぐずり始めたのだ。


馬鹿な。話が違う。
ここには菓子をもらいに来たのだ。ネズミをいたぶって遊ぶために来たのだ。

切られるなんて聞いてない。食われるなんて聞いてない。殺されるなんて聞いてない!!!!


・・・リュキャアアアアアアアアアッ!!!!!!



・・・そもそも竜騎士はこれまで、一騎当千の戦術兵器に近い扱いを受けている。
空から高速で近づき、巨大な斧や長大な槍をふりまわす。飛竜の吐き出すブレスで戦場を引っ掻き回した。

負けた経験が少なすぎた。
それがここでは悪い方に出る。

殺される恐怖に・・・・・・初めて晒された。


その恐怖さえ高揚に変えて襲い来る修羅に、立ち向かえる道理もなかった。


「・・・ふははははははははっ!!! マルス様の仰る通りっ!!
竜の方を叩けば、隊列も統率も瓦解する!!
蜘蛛の子でも踏みつぶしているかのようっ!!!!!!」

しかもホースメンに鞍替えしたロジャーの弓騎馬隊が、森の中から狙撃までしてくる。
リフのリブローが、たまさか負った怪我を瞬く間に回復させる。

待ち伏せつつ突撃してくる上、さらに本土決戦の筈なのに地の利さえ向こうの物では、いかに音に聞こえたマケドニア竜騎士団とて戦いようがなかった。

大乱戦ではあった。

しかし、それはフレイがあえて乱し、より恐怖を与える為の舞台として。

良い竜は殺さず捕らえれば、大きな戦力になる。
竜を愛し、竜に乗るのを心待ちにし、続く後輩達が次の竜を同じ思いで待っているのを知っている竜騎士が、竜を殺す道理は無かった。
だからこそ、竜は安心して戦場という餌場に出てくる。

その常識が壊された。

「結局『竜が大切』というその意識は、空の『大陸最強』マケドニア竜騎士団に都合のいい物になってしまう。
アカネイア同盟軍に必要なのは、竜ではない。それらさえ食らい尽くす勝利そのものだ」

アイルが授けた『竜殺し』の策。
それは、マケドニア竜騎士団の存在そのものを根底から踏みにじるものだった。


東側に展開したマケドニア竜騎士団は、結局最後まで側面を突くどころか、無事帰還できた竜の数を数えたほうが早いという有様な上に、かろうじて帰ってきた騎竜も、竜騎士共々精神を病んで使い物にならなくなったという事である。


 ・


中央の街道は、アイルが直接指揮する。

地獄絵図、だった。


「撃(て)っ!!!!!!」

ドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!!

ジェイクのシューター部隊の『弾幕』。
『線』ではなく『面』に固まった・・・ 奇しくもオレルアンでパオラの使った方法と同じだった。
ピンポイントで潰したい敵部隊がいる場合、これはあまりに有用だった。
回復用の僧兵部隊。その全滅を確認してから、アカネイア同盟軍はジェネラルクラス重騎士部隊を潰しにかかる。


物理的な防御力で右に出る者のいないジェネラルクラスに対抗するとなれば、手っ取り早いのは魔法である。
そして、魔導士はエッツェルが加入している。

「至高の暗剣、エクスカリバァァァァァアッ!!!!」

風の聖剣と呼ばれるエクスカリバー。前列の重騎士達の膝をつかせ、押し包む力を完全に封じる。

そして。


大地に、方陣が走る。
重騎士隊を丸ごと抱えるような魔法陣が、血のような光を醸し出す。

手を掲げて文言を唱えるのは。


かつて、その身を捧げても守ろうとしたその少女が、姫が。

自分達を葬りに来るなど、彼らはは思いもしなかったのに。


「大罪七つすべて刻みて、煉獄の海で悶えて狂えッ!!!!!! 

ヘルフレアァァァアッ!!!!」


ご ば あ


それは。
アリティア城の悪夢の再現だった。

その時に溶岩にのまれたのは、屍兵士であった。

今回は、マケドニアの盾達。


「ぎゃあああああああああああああああっ!!!」
「馬鹿・・・な・・・」
「何故・・・何故なのです姫ぇぇええっ!!!!!」

何故も何も。

今マケドニアの覇王であるミシェイルと袂をわかったミネルバを裏切り者ととるか。
ミシェイルがしたこと・・・親殺しをこそ裏切りととるか。

それはそれぞれの価値観だろう。

そして、ミネルバと共にアカネイア同盟に属するマリアに何故という事があるだろうか。


しかし。

この光景を本当は彼女が望んでいない事は確かだった。


「・・・・・・」


無言でそれを見下ろすマリアの顔は憔悴していた。

思い出すのは、父が死んだ日。
ミシェイルが、王を殺した日。

(貴様はドル―アに行け)

それは、虜囚の身であろうとも。
死んでしまっては人質にならない。

それは、彼の精いっぱいの優しさだったと分かっている。
それを、忘れられない。

幾ら利を見る事が出来ようと。
彼女は・・・


(けんかしないで。わたしは、おねえさまもおにいさまもすき。
だから、ふたりがけんかしてるのは、とってもかなしいの)


かつてその言葉を耳にした三人。今は誰一人、思い起こせていない。
いや、目をそらしているのだろうか。



・・・重騎士団の全滅で、まるで栓が抜けたようになった戦列に、アリティア軍が殺到する。

続く

by おかのん (2014-01-10 09:08) 

ぽ村

>>おかのん
イエイエ
投下してもらってますのでコレくらい楽勝w

そして投下乙

途切れ途切れなので時々失念するが、無印プレイの時の一線級英雄たちが各陣営に違う立場で居るってのは面白いな
各陣営同士の小競り合いの時とか英雄同士の対決も見れそうだ

そして今回は戦いの価値観が出てたのが面白いと感じた
飛竜の扱いのほうね
その差が戦局に影響あるなんて百年戦争の英仏みたいでステキ。
明帝国VS豊臣JAPANみたくお互い戸惑いまくりながらの戦場もまた面白いけどw


次回はアレだな
ゲームしてるヤツならヒャッハー状態だが、仇敵でもある連中にリベンジした自軍兵士達がどんなヒャッハーをしてくれるかもちょっと楽しみ(どんだけ黒いねんwww)
by ぽ村 (2014-01-10 14:42) 

おかのん

>仇敵ヒャッハ―
あー・・・ええと。
アリティアに恨みかってたのは主にグルニアなんでその辺の話は終わってますね。マケドニアにいちもつあるのはオレルアンの面々なんですが、現在ワーレンとオレルアン地域あたりにいる人たち・・・
御期待の所申し訳ありませんが、略奪放火復讐私刑等々の行動の描写は特に出てこないのであしからず。


では今回の分です。


~偽りのアルタイル~

第21章 惨戦マケドニア

その3 レンブラン落城


「くふはははははははははははははっ!!!
オール・ハイル・アルターイルッ!!!!!!」
「そういうセリフを叫ぶな馬鹿ッ!!!!!」

『マケドニアの鉄壁』である、ジェネラル級重騎士部隊。
それがまとめてボルガノン強化版戦略魔法『ヘルフレア』に文字通り飲み込まれ、各前線で不利な状況であったマケドニア竜騎士団は、完全に押し返され始めた。

(短期決戦でなければ)

・・・マリアにとって、この戦は悪夢だった。
自分を牢獄から救い出してくれた、恩人たちと。
幼い頃、ずっとずっと守ってくれた、大事な人たちが。

殺し合う。

彼女の愛した、マケドニアの大地で。

(短期決戦でなければ!!!)

ここで、圧倒的に勝つのだ。
マケドニアが、紙屑のように負けねばならないのだ。
地方の豪族など、その圧倒的な差を知れば、全面降伏をしてくるだろう。それなら、民達の被害は0ですむ。
畑も荒れずにすむ。臨時の徴兵もない。

(短期決戦で!!!!!!)


・・・出来れば、ミシェイルが戦わずに白旗を上げるのが理想だが、兄の気性を知っているマリアは、それが河から雨が昇って雲になるくらいあり得ない事だと知っている。
そして、情勢的には、マケドニアが勝利する事は無いと確信している。
ならばもう、これしかない。

ミシェイルが父を殺した事を理由に、その正当性の無さを盾に、ミネルバこそがマケドニアの王であると唱え、今のマケドニアを滅ぼすしかない。



なればこそ、マリアの、彼女の存在は効果的だった。

この国で、誰にも愛された姫君。
彼女が最前線で、マケドニアの鉄壁を崩壊させたという事実。

それは、ミシェイルに従い、マケドニアの再隆を求める兵達に絶望を味あわせる。
心を折るのに、もっとも効果的だった。


そんな事を、したい筈もない。
しかしマリアは、自ら志願した。
それをしなければ、その分長引く。
戦が終わった後、『こうだったら勝てたかもしれない』『アレさえなければ』という、希望が生まれてしまうかもしれない。
・・・それは、無駄な戦がまた生まれる原因となる。



だから。



(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・っ)

足りるわけはない。
許せとは言わない。

だけど。


こうするしか、なかったのだ。


デネブが脇を通り過ぎる。
両手を胸にあてて、俯くマリアの頬に輝きが伝う。

この思いを、彼らが知る時があるなら。

それが慰めとなるのだろうか。


 ・


「遠からん者は音にも聞けぇっ!!、近くば寄って目にも見よ!!! 聖魔騎士シーダ、突貫するっ!!!!」

おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!!!


「・・・・・・・・・」


デネブが嬉々として潰しにかかる。
マケドニア側は、完全に敗走状態。

計画通り、であった。


(ミシェイル・・・ここまでの阿呆だったか)


確かに、アイルのような策士にとって、正攻法というのは悪くはない。
しかしそれが有効なのは、あくまで『正攻法のみを使う』と言う原則において、戦いにくくなるというだけである。アイルの才の使い所を無くすという意味ではいいが、別にアイルは正面対決が不得手なわけではない。


ミシェイルは生まれついての覇王だ。
攻めの姿勢でこそ圧倒的に強くある。
そういう意味では本土決戦になったこの場面でも、攻勢を貫くと言うのは、ある意味自分を分かっているわけだが・・・

「・・・本土決戦という状況に追い詰められた時点で、既に見る影もない、か」

本土決戦となった時、基本は『守り』だ。
城が何のために城であるか。守るためだ。ここでの地の利があるのなら、利用しない理由がない。
数倍の兵力で来られたとしても、守りきる事が可能・・・
だからこそ、城は存在意義がある。

勿論アイルもその場合の攻め方は心得ている。
しかし、結果が見て明らかなように、野戦にしてしまっては、圧倒的に楽だった。

すでに散ってしまった者も、ジェイクのシューターで。
なお向かってくる者も、ホルスが押しとどめる。

アイルはもう、する事がなかった。


 ・


「馬鹿・・・な・・・」

もうすでに勝敗の決定した戦の本丸である、城の作戦会議室。
アイルに関わった者として、彼もまたそのセリフをつぶやいた。

負ける筈などなかった。それは自ずからもそう思ったからこそそうした。

『マルス王子』は、戦場の詐欺師と言われるほどの策士である。
であるからこそ、この状況で、見えぬ『敵の策』という幻影を見る・・・ それは、己の身に照らし合わせても、頷けることだった。

海岸から上陸し、東西にそれぞれ険しい山。
そのすそ野にある深き森。
その中心をとおる街道。
街道の奥に並び立つ重騎士部隊。

森の中には伏兵がおらぬわけは無く、山の方からも何があるか分からない。砦に兵力が満載されているのは当然で、何より。

マケドニア唯一の策師と呼ばれる、己が、ここにいて。


『にもかかわらず』マケドニアのほまれである、横列突貫。


それは、読める筈もなく。

『ただ突っ込んでくるだけな筈はない。森には伏兵があって、それらと共に来られてはかなわない』と判断した奴等は、森を飛び越える竜騎士達をやすやすと通してしまう。

何もないと分かったところで後の祭り、海岸線からの街道沿いに進軍して側面を見せてしまっている上、伸びきった格好のアカネイア同盟軍はなすすべもなく、次々に襲いかかる竜騎士達に全滅させられる・・・

そういう、策も何もないからこそ、それ自体が策であるという、痛快なシナリオだったのだ。

実際は。

街道を進みきったところで攻勢をかけたら、もうすでに森の中には同盟軍の半分が伏せていて。
西の森では『バリスタ』の連射による対空砲火、それを潰しに行った部隊も巨人の逆襲にあう。
東の森では敵の竜騎士部隊に阻まれ、竜を狙われるという、竜騎士の風上にも置けぬ戦い方をされ、追い立てられ。
街道の重騎士部隊は、事もあろうに、マリア姫の戦略魔法に飲まれて、まさに灰燼に帰した。
残りの部隊はあの悪魔のような女聖騎士に蹂躙されて全滅した。

なんだこれは。一体どういう事なのだ。

そもそも・・・


「あの男は、この状況で、『策を使わない』という策を・・・
読んだというのか」

あり得ない。

しかし、そうとしか思えない。

ならば、どうしてそれが読めたのかが分からなかった。


そして。



ルキャオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!



竜の咆哮が聞こえた。
竜である事は分かるのに、女神の歌のように澄んだ、美しい声。
ドル―アと並ぶ竜の国であるマケドニアで、神の声とも言えたろう。
実際にそうだとは思わなかっただろうが。

その会議室からふと窓を見ると。
正面にいたのは、真っ白でふわりとした、愛らしい獣のような竜。

「神竜・・・!? お怒りになられておるのか・・・」

ルキャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ・・・


キィィィィーーーーーーーー・・・・・・ン


白銀の吐息が城そのものを覆い。
オーダインの居た会議室は、その区画ごと吹き飛んだ。



そして、この戦いの最中・・・

見る者が見れば、『マルス王子』の手元にあるオーブが、まっ黒に光り続けているのを感じたかもしれない。


 ・


種を明かせば。


アイルが『彼らには策がない』・・・ より正確にいえば、『策を使わぬという策』を使ってきた事は、はなからバレバレであった。

なぜなら。
『伏兵がいなかった』からである。

海岸線が見えた時から、先遣隊の上陸、エストの数回に及ぶ偵察、何度か行った夜間偵察・・・
そのいずれにも伏兵の姿は、影も形もなかった。

見つかるようではそれは伏兵とは言わない。
しかし、こう言ってはなんだが、砦にいくらか伏せさせる、後方から船などで来させるならともかく、その痕跡や気配さえうかがわせないというのは無理だ。
アイルの情報収集にかける執念は、この時代としては少々異常なほどで、アイル自身その自覚と、それが必要だという自負がある。
その偵察で全く見つからなかったというなら、・・・勿論相手の潜伏能力が並はずれていることもあり得るが、考慮に入れるべき見方がもう一つある。

『本当に伏兵がいない』という場合だ。

この地形で、兵を伏せさせないというのは、あり得ない。
しかし、どうも本当にいない。
なら、伏兵を使わない場合というのはどういう時か。

勿論いろんな場合を想定した。森ごと焼き払う火計や、散々カペラにやられた戦術級魔法陣、地竜召喚等々。しかし、そのいずれも、若干の準備や才ある魔導士など、条件が必要で、今のマケドニアが用意できる条件と当てはまりそうにない。

となれば。

『全軍横列で突っ込むつもりだからむしろ伏兵なんか邪魔』

だと思ったのではないか、という選択肢が出てくるのである。


正直、アイルは思いついた時点では危険な思考だと思った。アイルに都合がよすぎるからだ。何より相手はマケドニア唯一の(不名誉な意味であろうが)知将といわれるオーダインである。
しかし、調べれば調べるほど、そうだとしか思えなかったのだ。

ここでオーダインは、伏兵をしておくべきだった。
戦略的にでは無く、『アイルに疑念を植え付ける為の伏兵』を。
それさえあれば、アイルは最後の所で思い切りをつける事が出来ず、マケドニアはこの戦、勝てないまでも、ここまで圧倒的な敗北となる事は無かったかもしれないのだ。

まさに『生兵法は大敗の元』というわけである。


・・・一方、そんな大勝利を収めたアイルはさぞ悦に入っているだろうと思えば・・・

そんな事は無かった。


「・・・はぁっ・・・ ・・・ヴぁあ・・・」

息も絶え絶えだった。


「アイル・・・」
「大丈夫・・・ノルン姉ちゃん。
少し休めば、・・・かは・・・ ちょっとは楽になるから・・・」

吹き飛んだのは三階部分が主なので、城は拠点として十分使えた。
その中の一室で、アイルはうつ伏せるように休んでいた。

もう随分長く、アイルは疲れ切った顔をしていた。
目のくまがとれた事は無かった。

『死のオーブ』を使えば使うほど、それは酷くなっていった。

しかし、瀕死の者の魂を集める事は、デネブがマルスを還す為の条件として出してきたことだ。やめるわけにはいかない。

ベッドに横たえられているアイルを、ノルンは泣きそうな顔で看病していた。特に何も感じていない顔で腕を組んで見下ろしているデネブとは対照的である。

「・・・マリア姫の様子は・・・?」
「塞ぎこんでいるな。まあ自国の民を自ら溶岩流の中に引きずり込んで、そうならん方が変だろう」
「・・・・・・」

それでも、彼女自身が望んだ事でもある。
慰めにも行けないのが現状であった。

 
 ・


その夜。

「・・・こんばんは。王子様」
「・・・・・・

おう。あんたかよ」

警備の意味が全くない。

「バリスタ、サンキュな。竜騎士団相手に反則気味の戦いだったぜ。笑いが止まんなかった」
「・・・のわりに、お疲れみたいね?」
「・・・あー、夜遊びが過ぎたかね。ちとヤベ―わ。
まあなんとかなんだろ」

アンナの前ではアイルはベガのキャラでないといけない。
これはこれで精神的にきついものがある。

・・・どうしても、心の中を彼が大きく支配する。
いつもは、忘れることなど出来なくても、心の底に沈めて考えないようにしている、あいつの事を。

今、どうしているのか。

意識を無くしているならいい。けど。

ガーネフの下にいるのなら。


「で、用件はなんだ? 代金の件なら昼間でもいいんじゃねーのか」
「リカードの件よ。
やはり、私の網には引っ掛からなかった。貴方の予想通り、彼もガーネフのとこにいるんでしょうね。
私の情報網にかからないという事は、ドル―ア側しか可能性は無いわけだから」

カペラがガーネフの下を追われて、今現在こちら・・・マケドニアにミネルバと共に向かっている事さえ掴んでいる。その情報収集能力を持ってして追跡できないのならその可能性しかない。

「そかそか。サンキュな。今度渡す代金に今回の話の分を上乗せしとくぜ」
「ええ」

そう言って、アンナは姿を消した。

体の異常も、ベガやマルスの事も、する事は山積みである。
マケドニアの事がとりあえず目の前にあり、気が重い。

(まあ・・・ ミシェイルの阿呆のおかげで、随分やりやすくはなった筈だが・・・な)

アイルは、体を再び横たえた。


 ・


{マルスよ・・・}
(!?)

心の中に声がする。

(その声は、ガトー・・・様?)

{そうじゃ。よく来られた。
わしのいるところはマケドニア城の北の村じゃ。

光と星のオーブを手に入れたのなら、そなた自身が手に持って訪ねてまいられよ}
(・・・そのことなのですが・・・)

アイルは、ガーネフの手下らしき者に光のオーブを奪われたことを話す。

{なんと・・・ それではガーネフを倒す事が出来ぬではないか}
(どうすればよいでしょうか)

予想外であったのかもしれない。ガトーはしばらく黙りこんでしまった。

{・・・わかった。こちらでも考えておこう。しかしお主も光のオーブを取り戻す事を考えるのじゃ。
マフーに対抗する手段は他にはない。
こうなれば、マフーを使えるガーネフごと封印する等の考え方をするなり、何か手段を講じねば・・・}
(そうですか・・・ 分かりました)

面目ない話である。

{それから1つ、良い知らせじゃ。
そなたの姉エリスは無事息災じゃぞ}
(えっ! 本当ですか!!)

マルスの姉エリスと言えば、アリティア城陥落の際に、マルスの身代わりとなってドル―アに捕まった淑女である。
マルスの父であるコーネリアス王は、グラの裏切りで戦死している。マルスの母であるリーザも、アリティア城奪還時に、モーゼスが自ら殺したことを宣言していた。しかし・・・

姉であるエリス王女は生きていたのだ。マルスは天涯孤独となったわけではなかった。

(今、どこにいらっしゃるのですか?)
{幻の都テーベじゃ。
そこにガーネフがエリスを連れていった事が分かった。
早く行って救い出してやりなされ}
(はい!)
(しかし・・・ どうしたものか。
スターライト・エクスプロージョン・・・
あの魔法がなければ、ガーネフからエリスやファルシオンを取り戻すのは困難となろう}
(・・・・・・)

結局そこに戻るのである。

(とにかく、魔導士と話してみるなりして考えてみます)
{うむ、私の方でも何か良い方法が見つかれば教えよう。光のオーブの奪還なり、マフーの対策なり・・・な}

その言葉の後、心に響く声は遠ざかっていった。

(・・・だるい・・・)

叩き起こされた上に、課題と心配事を増やされた格好である。
心身ともに疲れきってしまった。

{やっほー}
(っ!!?)

いや、誰なのかはすぐに認識した。したが・・・

{シルエちゃんだよ?}
(・・・ええどうも。お久しぶりですね)

立て続けに来るとは思わなかった。

(今日は何の御用ですか・・・)
{んー、ちょっと応援に来たというか。
頑張ってくれてるみたいだからさ。

アイルんがやってる事は、実はモロあたしにとって利益って言うか、助かるんだよねー、文字通り。
だからあたしも出来る事はしようと思って}
(・・・はあ)

何を言っているのかよく分からなかったが。
何をしようとしているのかはすぐに感じた。

(・・・!?)

体が、心が、軽くなった気がした。
冷水に横たえられて気絶しそうになっていた中、その水が少しずつ温まってきたような感じだった。

(これ、は・・・)
{随分楽になる筈だよ。それでも完全に回復とはいかないけど・・・}

その後もシルエは何か言っていたようだったが、アイルは聞いていなかった。
久しぶりに心地よく睡魔が襲い、アイルは抵抗できずに意識の底へ沈んでいった。


続く

by おかのん (2014-01-19 22:32) 

ぽ村

>>おかのん

投下乙
そうかそうだったか・・・
そして居ないヒャッハーできる連中・・・
仇敵っぽい設定があるならソレが活きればよかったにゃー・・・
(主にヲレ得だけど)


マリア・ミネルバはねぇ・・・
アレだ
王家の血筋を守るために分けたと割り切るしか無いのか
続編ではミシェイルは生きているけど、この作品ではどうなるんじゃろ
カミュの辺りから見ると・・・おっとっと・・・
by ぽ村 (2014-01-20 00:12) 

おかのん

~偽りのアルタイル~

第22章 天空に消えた覇王

その1 限界と郷愁


マケドニア上陸直後に行われた一戦。
そこでアカネイア同盟軍は大勝利を収めた。
そしてそれは、マケドニアの運命をほぼ決めたと言ってよかった。

この一戦の結果如何で、マケドニア側で同盟軍と戦うか、もしくは同盟軍におもねって、マケドニアを裏切るか。地方領主はそれを決めるつもりでいた。

結果は前述の通り。となれば、後は言うまでもない。

地方領主達は我先にと降伏し、恭順した。
元々、ミシェイルを恐れてか、覇王道を邁進しようとするミシェイルについてきた者達である。彼よりも強い者が現れ、劣勢に立たされた時に、共に死のうとする者はほぼいなかった。

勿論、ミシェイルとて手をこまねいて見ていたわけではない。即座に竜騎士を飛ばし、それぞれの領主に脅しをかけようとした。
しかし、いくつかの領主には既にアカネイア同盟軍からバリスタが送られており、竜騎士自体を返り討ちにされる事まであった。

近しい血族や、近衛軍をかき集め、マケドニア城に集結させるだけで精一杯となってしまった・・・。

対するアカネイア同盟軍は、降伏してくる各地の領主達を受け入れるだけでよかった。
結果、一兵も失うことなく、マケドニア城・・・ 王城の攻略を残すのみとなったのである。


 ・


「・・・で、どうする気なのだ?」
「ミシェイル王子は野心家だ。マルスがどんな風に生きていくにせよ、邪魔なだけだ。なら、舞台から完全に降りてもらう。その魂ごと、消し去る」
「ほう。具体的には?」
「チキのブレスで塵にする」

レンブラン城・・・マケドニア城を望む事の出来る、マケドニア第二の都市を守る砦で、アイルとデネブは言を交わしていた。

「くっくっく。くふふふふふ」
「・・・なにがおかしい」
「いや、マリアやミネルバにとっては、酷ではないか?」
「それでも、だ。
いや・・・

そうだな・・・」
「私としては、半死人がゴロゴロ出て来て、『死のオーブ』の使い所がありさえすれば、ミシェイル王子の生死などどうでもいいのでな」
「・・・・・・」

そのセリフは、『お墨付き』のようなものだった。

(ばれているわけではないだろう。だがこいつは、感づいてはいる・・・)

それならそれでかまわなかった。
『その形にしてしまえば』、もういい筈だ。
そして、牙や爪を抜いてしまえさえすれば。
心さえも折ってしまいさえすれば。

アイルはじっとデネブを見た。

「・・・どうした?」
「『何も聞かない』条件を出せ」

デネブは渋い顔をした。
仲間外れにするつもりだ、と言われたようなものだ。

少し考えていたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
スカートの中に手を突っ込み、下着をするりと下ろす。

大机の上で股を開き、どっかと座る。

「嘗めろ」


デネブは、アイルの困る姿を見たかった。
アイルはデネブが戻ってこのかた、デネブから距離を置き続けてきた。
デネブはアイルに操をたてる気でいたわけではない。しかし、デネブは他の男では何か気分が乗らなかった。

夜中に自分で慰めようにも、すぐに虚しさだけが来て、最近は食って寝るだけの日々だ。暴れようにも、マケドニア攻略は、最初の一戦以外、まともな戦いは起きていない。


アイルは目を見開いたが。


次の瞬間には、デネブの股ぐらにむしゃぶりついた。

「・・・ ちょ・・・」

デネブの方が驚かされた。

マルスに対して申し訳が立たないと理由をつけて、全く乗ってこなかったのに、ここに来て、これである。

「あ、や・・・ ん・・・」

デネブの反応は生娘のようだった。
そんな自分に気づいて、デネブは赤面する。
今更なんなのだ。

それほどまでに、企みを聞かせたくないのか。
・・・などとは、思わなかった。

デネブにとっては、混乱するばかりでもあった。
アイルも、そんなつもりはなかった。

が。

要するに、アイルも溜まっていたのである.
お互い、我慢の限界だった。


求めあう異性がそこにいて。
それを自ずから禁ずる事の、限界。

身体こそシーダのものだが、アイルが求めるのは『デネブ』だ。
強く、美しく妖艶で、どこまでも奔放で自儘でありながら、どこか自由でない。
彼女を満たす事が出来るのは、彼女を開放せしめる、彼女と同等の『悪魔』。
マルスを救う傍らで、何としてもアイルが成し遂げたいことがそれだ。

きっと後悔するだろう。
アイルは、今、『完全に』マルスを裏切っている。

「くんぅっ・・・!! あ・くふぅ!!!」

それでも。

今、『デネブ』を満たす事は、何よりアイルが望む事でもあり。
だからこそ、どんな事よりも『アイル』を満たすのだ。

指で秘部をかき混ぜながら、先を舌で転がし続ける。

後悔すると分かっているけれど。

血を絶えず満たしてミチミチと勃つアイルのそれ。
デネブは『嘗めろ』と言っただけだ。だからこれはアイルがもう止まらないというだけだ。

「・・・アイ、ルぅ?」

もう、指と舌だけで二回絶頂を迎えている。もう何の抵抗も出来ない状態でくたりとしているデネブに、アイルは挿入れる。

されるがままのデネブの尻が波打ち、揉みしだかれる乳が卑猥に歪む。

「あ・あ・あ・・・ あ!・・あ!・・あっあっ・・!」

『自分』を貪るように求められる事と、望む者に触れられる事が、混ざり合うように悦楽へと変わる。


・・・今までは、『死のオーブ』の使いすぎなのか、アイルは朽ち果てそうな状態だった。
グルニア攻略初めの頃は、自ずから禁じたばかりだったし、終盤はもう、体がボロボロだった。

その反動があるのだろう。

シルエがいくらかでも癒やしたせいで、止まらなくなってしまったのである。


振り返るのなら、ここだった。


この時、嘘だと思われると思っても、アイルは気持ちを伝えるべきだった。
デネブは、今の彼を受け止めて、彼の気持ちを察するべきだった。

これほどにまで求められても、それを愛だと思うより性欲でしかないと思ってしまうデネブと。
心からの言葉を疑われるくらいならと、本心をけして言葉にしようとしなかったアイル。

それがこの二人だ。

詰んでいるとしかいいようがない。


こんなにもどうしようもなく、結ばれているというのに。


・・・次の日、この部屋の絨毯は、処分することになってしまった。
インクを二瓶ひっくり返した事にしなければならない程、盛大に汚してしまったからである。



 ・


アイルとデネブが勢いで逢瀬に興じている頃。
マリアは沈んでいた。悩んでいた。

初戦が圧倒的過ぎた。短期決戦にも程があった。

マリアは確かに、マケドニア自体を荒らさないために、現王家とミシェイルは一度倒されねばならないと思った。
権力を集約する王権制度と言う物には、交代の際のけじめが必要だからだ。

だが、ここまで圧倒的に負けてしまうと、アカネイア同盟軍側に止まらない勢いがついてしまう。

「兄様・・・」

死なねば、おさまらない。
ミシェイルが、死ななければ。

でも、それならば。

「わたしは、何のために・・・!」

どんな形でもいい。
もう一度。
大好きな兄と、姉と、一緒に。
今度こそ、ずっと・・・

そのはず、だったのに・・・!

「うううーっ・・・!!!」

連合に対する恨み事と、地方領主の恭順の知らせを聞くたびに。
同盟軍の盛り上がりを見るたびに。
断頭台に引きずられるミシェイルばかり夢に見る。

アカネイア同盟軍が歓迎されるのに比例して、マケドニア各地では、ドル―アに加担し、民に塗炭の苦しみを強いて、、その上で圧倒的に負けたミシェイルに対する恨みの声が上がっていた。

当然望まれるだろう、現王家消滅の象徴としての、ミシェイルの処刑。
回避する方法があるとは思えなかった。

どうすればいいのだろう。
どうすれば、これ以上家族を失わずにすむのだろう。
マリアが『姫』という立場である事は。
そんなささやかな望みさえも文字通り絶望的な願いにしてしまう。


・・・どう、すれば。


「・・・様子をうかがいに来たのは、正解だったようですわね」

はっ、と、顔を上げると、いつの間にかそこには・・・

カペラがいた。


マリアにとってカペラは、シンデレラに出てくる魔法使いだった。
何でも何とかしてくれそうな、本当にいるサンタクロースみたいなものだった。

「カペラ、さんっ・・・!」

マリアの瞳に光が戻る。

「・・・見事なものですわね。同盟軍・・・『マルス王子』は。
多少は手助けになるかと思って、おっとりがたなで来てみたものの・・・
する事が大してなくて、びっくりしましたわ」

窓にもたれて自嘲気味にそう言ったカペラに、マリアは抱きついた。

「カペラさんっ・・・ 助けて・・・!」
「・・・・・・

ミネルバさまも、本音はそうでしょうね。
問題は、ミシェイル王子自身がどう出るかなのですけど・・・

ま、やってみますわ。
これが償いになるわけでなくても、ええ、やりますとも」

『もうすでに筋書きは出来ている』のだ。


 ・


マケドニア城の北に位置する庵。
そこには大賢者といわれるガトー司祭が居を構えている。

必ずここに居るというわけでは勿論ない。
氷竜神殿と呼ばれる北の果ての奥地に居る事が殆どであるとも、常に諸国を旅しているとも言われているが・・・

ミシェイルが訪ねた時、はたしてガトーはそこにいた。
まるでこの日にミシェイルが訪ねてくると知っていたかのように。

「ガトー司祭、同盟軍が攻めてきた。
ここは、じき戦場になる。安全な場所へ移ってもらいたい」

ガトーは、少しだけ目を細めて、ミシェイルを見返す。

「ふむ。心づかいには感謝する。だが、ここを動くつもりはない。
やらねばならぬことがあるからのう」
「…なら、勝手になされよ。
ただし、敵対するなら司祭といえど容赦はせぬ」

ガトーの分け隔てなさは、ミシェイルとて知っている。
ミシェイルを気にかけると同時に、同盟軍の者達とも、交流がある事くらいは予想のうちだ。
しかし、ガトーはそれは否定しなくとも、ミシェイルの敵であるつもりもなかった。

「そのようなつもりはない。
…しかし、ミシェイルよ。そなたもおろかじゃな」
「俺が愚者だと? なぜだ」
「・・・あれほど可愛がっておったミネルバたちと、事をかまえておるではないか。
そなたとミネルバ・・・ アイオテの再来と赤い竜騎士の2人が力を合わせれば、マケドニアは、いずれアカネイアをもしのぐ大国になれたであろうに。
それが、ガーネフにだまされ、つまらぬ野望に取りつかれたばかりに・・・
父子、兄妹が相争い、滅亡の危機をむかえるとはな」

そこには嘲りの響きは無かった。
ただ、憂いと惜しみがあった。

「…もう、すんだことだ。

俺は、父王を殺して王になり、ミネルバは俺と国を裏切った。
それだけのことだ。

だが、まだ俺は負けたわけではない。
俺にはマケドニア王家の至宝、『アイオテの盾』がある。
いかに敵が弓部隊をそろえて来ようと恐るるに足らぬ」

その言葉に、後悔の響きは無かった。
あるべくしてその道を選んだ。それが覇王というものだ。

そもそも・・・

ならばマケドニアは、どうすればよかったというのだ。

ガトーが言っているのは、ドル―ア帝国というファクターをまるっきり無視した上での机上の空論だ。
ドル―アが建国当時、隣国であるマケドニアにつきつけてきたのは、服従か死かだ。
・・・ミシェイルの父、マケドニア王が選んだのは、徹底抗戦という読み方をする『死』だった。
アカネイアの・・・アカネイア貴族が無心してくる貢物や権利のせいで、その当時のマケドニアは逼迫していた。平和が続く事を前提として、ギリギリまでその要求に従っていたマケドニアは、戦う余裕などなかったのだ。

するべき事は、アカネイアと縁を切る事と、国力の回復。
そして、その当時はまるで歯の立たなかった『マムクート火竜』に対抗する手段の確立。
ほぼ同じ立場のグルニアと協力関係を密に築き、ドル―アという名の竜共の王国の駆逐の計画を作り上げる事だった。

この判断は、その当時最良にして唯一であった。

まさか、連合三国が組んで、これほど手こずるなど。
王族が・・・ ニーナが逃げおおせ、オレルアンが数年も持つなどと。
コーネリアスを失ったアリティアが、たかだか15、6の小僧の下にまとまり、アカネイア再興の中心となって、同盟軍を率い、無敵の快進撃をここまで続けるなど。

あの当時それを判断出来た者はいない。
いや、もし居たとしたらそれは物狂いか本物の預言者だ。


問題は。

誰が判断出来ようと出来なかろうと、現実に今、歴史はそんな筋書きをたどり今に至るという事だ。

「…勝てたとしてその後、どうするのじゃ?」
「今は、先の事などどうでもいい。
ただ、同盟軍を率いるあの小僧・・・・・・
アリティアのマルスだけは必ずこの手で仕とめてみせる。
それが、おれのマケドニア王としての意地だ」
「そうか…ならばもう何も言うまい」

ガトーとて、ミシェイルの言わんとする事が分からないではない。
ミシェイルの判断はいささか父子の情にかけているきらいはあるが、妹達の事を考えれば、マケドニア王の判断の方があり得ないとも言える。
その上で彼自身の野心ももちろんあったろうが、アカネイアから今まで受けてきた仕打ちを思えば、彼の野心は当然だろう。

「では、さらばだ、司祭。
命あらばまたお会いすることもあろう」

竜に跨り、ミシェイルは去ろうとする。

「父を殺した罪を自らあがなおうと言うのか。
おろか、いや、あわれな奴よ……
だがな、ミシェイルよ。お前も曲がりなりにも『父親』であるなら、罪をあがなってそれで終わりとはいくまい。
事実そうなってしまうかもしれぬ事を思えば、どのみちお前はそれを看過できまい」

それは。

老婆心から出たような言葉であったろうが、耳に入れば、ミシェイルの心を引き裂くような言葉でもあった。


 ・



「・・・久しぶり、ですかしら」
「まあな」

そこは、マリアの部屋であった。
マケドニア城で一番奥の方にある部屋である。

「・・・一部の者しか知らない事だが、それでも俺ぐらいの人間は知っているぜ。カペラ・ヴィーナスキュラート。あんたが・・・
裏切った、とな」

どこまで広がっているのかというのが判断しにくい。
そもそもカペラの存在自体を知らない者も多かろう。
そしてガーネフは、知れれば自分の恥になるような事を吹聴するわけもない。となると、本当に幹部クラス以上しか知るまいが・・・

「連合の中でそもそも信頼というものが存在したのかという事はともかく。私はどのみち私自身の都合で動きますわ。それは、貴方も同じでしょう?

『黒豹』アベルさん」
「まあ、たしかに」

天蓋付きのベッドに腰掛けて話すカペラには、ナイフのような刺々しさが抜けていた。代わりに、鞘に納められた名剣のような、ゆったりとした美しさが滲んでいた。
裏切った事実は知っていてもその理由までは知らないアベルは、彼女の変化に少し戸惑いがあった。

「・・・あんたの策にかかって、もしくは命だけは助けられ・・・
あんたの手駒にされた奴は多い。が、その中でも俺は別格扱いなのは何故だ?
ジェイガン殿やオグマ殿でも、あんたの企みの芯の部分は知らなかった。後々・・・ オレルアンとワーレンの戦いの時に明かしたのは知っているが・・・」
「『ミシェイル王子の手綱が欲しかった』と言ったではないですの」
「・・・・・・」
「あの戦いを・・・『ドラッヘン』を起こした時点で、どれだけ油断のならない人物かは分かるでしょう? まあ、私の耳に入るのが遅すぎた時点で、貴方は役には立ってないんですけど、今こうやって使える分無駄ではなかったわけですわね」

策というのは裏目に出る事も、効果をなさない事も多々ある。
歴史の表側に出なかった一手というのも多いのだ。

「貴方は、『あの時』、何と言ったか覚えているという意味では唯一の人間ですわね。それが答えです。
死の淵から蘇り、気がついたら全裸で拘束されている状態で、貴方が答えた、あの一言です」

蘇生後、カペラは全員に問うた。
貴方の命は自分のものだ。その上で何か望む事はあるか、と。

戯れだった。

アリティアへの忠誠、エリスの無事、ただ命乞いをする者、色々だったが・・・

『マケドニアを、何とかしてくれ』

そう言ったのは、アベルだけであった。

その気もちが本音である事も感じた。
ならばこそ、ミシェイルに近付かせるのに最適な駒だった。

「・・・じつは、疑問だったのですよね。何故、貴方が・・・
『黒豹』アベルが、マケドニアを憂うのです?」

アリティアを、というのなら分かる。
しかしアベルが口にしたのはマケドニアだった。

「・・・俺は、元々はマケドニアの弱小貴族の出なんだよ」
「!」

・・・分かりやす過ぎる話だった。
縁がある。
それは、自分の思いの一部がそっくりそこにあるという事だ。
勿論個人差はあるだろう。どんな思いを残してきたかは、本人しか知るまいが・・・

「・・・で、一度は全く役に立たなかったスパイともう一度こうして会って、何をさせようって?」

たしかにまあ、本題はそちらだ。
世界を荒らしつくして、ガーネフごと滅ぼすという目的が意味を失った今、カペラの戦いは180度意味を変えていた。

その戦いの次の一手として、ミシェイルにある意味戦略級兵器をぶつける。

「マリア姫とミシェイル王子・・・ 二人の『真実』を知る、元婚約者、レナ様。

彼女とミシェイル王子を再会させます」


『ミシェイルのマケドニア』が、滅びかけている今・・・

それは紛れもなく、破城槌だった。


続く

by おかのん (2014-01-31 23:17) 

ぽ村

>>おかのん
投下乙。
向こうでも結構好評のようだね
一通り終わったら名乗って感想投下するわいな(ヲレの選択のチョイスの不味さでそっちがブーイングされることがちょっと心苦しいんである;)

マケドニアの惨状たるや俗説のほうの長篠の戦いでの武田側みたいだな・・・あっちはその後もかなり粘るけど

地方領主に見限られて詰むところもかなり似てるわ合掌

・・・・
うちのリプレイででマケドニアキラーだったアベルにそんな設定があったとは(公式かい?)

公式ならわしゃーエラい罪深いことさせてしまったもんじゃ;
by ぽ村 (2014-02-02 01:15) 

おかのん

>マケドニアの惨状
・・・ミシェイル王子はもうちょっとかっこよく描きたいんですけどね・・・
このあたりになるとこっちの兵力がかなりのものになってるんで、ゲーム的に楽勝で、『苦戦させられた。名将、英雄だ!!』って印象がないんですよ。
戦法も、もし実際にやったら『あんたそれ立てた時点で詰んでる作戦やん』って感じですし・・・
メディウスやガーネフの作戦失敗の描写を、どうやって辻褄合わせるか考えただけで頭痛い。

>アベルの過去
『流れ者の騎士』ってとこは公式だったと思います。冷静沈着でどこか飄々としたところがあり。
昔からアリティアに仕えた家系で、猪突猛進の体育会系であるカインとは、正反対ながらも何か通じるものがあった・・・という感じ。

ただ、『どこから流れてきたか』というのは設定がなかったはず。可能性はありますが、公式ではないですね。

>ルオサーガ
今月の半ばには終わるかと思います。
コメントまってますねー。

by おかのん (2014-02-02 23:43) 

ぽ村

>>おかのん
どっちにしても血筋が残るように、敵味方に肉親分けておいて
「妹たちが勝った!マケドニア王家はこれで安泰じゃー!」
と、自分一派の者達率いて玉砕したかもな(あの特攻は好意的にそうとしか思えん;)


>アベル
そうだったのか・・・個人的にカインとは幼い頃からの凸凹コンビかと思ってた;

>サーガ
・・・終わり方がとても難しいんだが、あの結末がどういう風に評価されるかがちょっとハラハラだったりする;
by ぽ村 (2014-02-03 12:38) 

おかのん

~偽りのアルタイル~

第22章 天空に消えた覇王

その2 アルベルトとパオラ、ミシェイルとマリア


「さよなら」
「・・・もう、あえないの?」

彼の父親が、山脈の裾野の弱小貴族である事。
そしてその父が、山間の村が冬を越す為の燃料として、林の一部をマケドニア王の許しなしに伐採許可を出した事。
・・・そのせいで、山間の飛竜の営巣地が一つ駄目になった事。

飛竜の繁殖は、マケドニアの主要産業とも言える。飛竜を駆って飼いならし、人と一体となった竜騎士は、マケドニアの守護の象徴だ。
村の一つがどうでもいいとは言わない。
しかし、営巣地を一つ駄目にした事の責任は、取らざるを得なかった。
家は取り潰し。
処刑されなかっただけでも、温情だったのである。

それでも。

パオラにとって、幼馴染のその少年の存在は大きく、別れのその時、涙を湛えずにはおれなかった。


彼は、困ったような顔をして、微笑んだ。


いつもそうだった。
彼はどんな場面でも冷静で、客観的だ。
あんなに仲の良かった自分と別れるというのに、少し寂しげなだけで、涙も見せない。

自分が感じている程には、彼には悲しい事ではないのだ。そうおもうと、悲しかった。

「きっと、また会えるよ。
俺は、パオラの事、忘れないから」

嘘だ。
また会えるという言葉に、何の保証もない事は、パオラはよく分かっていた。

「だから、パオラも俺の事忘れないでくれよ。
もしもう一度あった時に俺の事忘れてたら、その時は・・・」
「その時は?」
「嫁に貰ってやんない」
「バーカ」

憎まれ口を叩いたけれど、微笑む事は出来なかった。
今その時の強い思いを感じていたから、どうせ忘れられないだろうと思っていた。

けれど、忘れていた。

遠い未来、パオラは忘れることになる。

『いつかあたしのこと、およめさんにしてね』
『うん。だいじにするよ』

さらに幼いその時の約束を、既にこの時忘れていた事に気が付いていない。
加えて、彼が、嘘を時々つくのは確かだが、約束を違えた事は無いという事実にも気がついてはいなかった。

だから、彼女は。
本当に忘れていた。

「・・・さよなら、アルベルト」

彼に再会したその時には、かつてそんな風に別れた、大切な幼馴染の事を、すっかり忘れていたのである。


 ・


いつも必ずする事がある。
愛馬の世話だ。

ペガサスナイトであるパオラにとって、自らのアイディンティティでもあり、従える事が力を持つ証である天馬。
その世話は欠かす事の出来ない習慣でも義務でもあり、安らぎの時間でもある。だから、彼女と話をしたければ、馬房で待てばいい。

アベルはいつから待っていたのか、パオラの天馬の傍らにいた。

「・・・話って、何?」
「そうつんけんするなよ」
「そんなつもりはないわ。私は今、貴方の部下なんだし。
人当たりが良いようで、その実どことなくドライな男だと思ってたけど・・・
割と馴れ馴れしいのね」
「そうか?」
「そうよ」

近い。

アベルは何故か、パオラと話す時には距離が近い。パオラが『馴れ馴れしい』と言い出すほどに。
その事について、アベル自身は自覚がないようなそぶりさえある。そのため遠まわしに拒んでみたのだが・・・

「わかった。気をつけよう。
それでも部下である以上、話は聞いてもらうぜ。

というか、聞きたい事がある。教えてくれ」

分かっているのかいないのか、距離をおこうとはしないアベルだった。

(言っても無駄なのかしら)

体を触ったりするわけでもなし、殊更不快というわけでもなかった。慣れてしまえばどうという事もないだろう。
ただ、これはどうもパオラにとってだけのようだった。それが不思議といえば不思議だった。

ただ・・・


アベルと話をしておきたかったのは、こちらもだった。
汚名をそそぐ機会になる筈だった、アカネイア同盟軍との正面衝突は、まさに自分達があっていたあの時におこっていたことで、完全に出遅れた。準備が整った頃には、大敗戦の報告が来ていて、その後の後始末に奔走させられたのだ。このままではこの城での防衛戦が最後の機会になる。その舞台でアベルがどうする気なのか聞いておきたかった。


まずは用件を片付けようと思った。
話とはその事かも知れないと思ったから。

が、話はとんでもない方向にそれるのを、パオラは知らなかった。


「聞きたいことって・・・何?」
「レナさんがミシェイル王子の元婚約者というのは本当なのか」

・・・何かと思えば。

「そうね、本当の事よ」

覇王なだけに、側室を大勢抱えるのかと思えば、孤児院を兼ねた教会のシスターの下に足しげく通ったという素朴な話である。
彼女自身が実は貴族の娘であるというのは偶然だった。
政略結婚の道具になる予定であったのだが、反発してシスターとなり、その結果、第一皇子の心を射止めたというのだから、めでたいのか皮肉なのか。

「その後戦争が始まると同時に婚約を破棄して国外逃亡。
何があったのかは私の知るところじゃあないけど・・・

でも、なんでそんな事を?」
「・・・実は、人を通してだが・・・
レナさんが、ミシェイル王子に逢いたがっているそうだ」
「!? ・・・レナさん、が?」

青天の霹靂である。

「パイプ役に、俺が選ばれてな。今連絡を取っている。
だが・・・ ミシェイル王子の耳に入れる前に、身近な人間に情報を聞いておきたかった。判断そのものも、な。

・・・彼女を・・・ レナさんを、ミシェイル王子に逢わせてもいいものだろうか」

そういえば。

彼女はアリティア軍に居た。

ガーネフとカダインで相対した時に、全滅しかけたパオラの部隊を庇うようにして戦場に立ち、マジックシールドで文字通り自分を盾にしたのだ。
その時現れた闇の司祭の言伝がなければ、あの時点でアリティア軍は全滅していたかもしれない。

あの後、彼女がどうしたのかは知らない。が・・・
パオラは、借りがある。

元々、同盟軍に対しては協力していただけなのだとしたら、今、アリティアがマケドニアを攻めるこの状況で、どんな思惑でどうしていようと不思議はない。

だとして。

思惑とは何か。
ミシェイルの心を一度は射止め、各地を放浪しただろう彼女は・・・
今、この時のミシェイルに、何を語ろうというのか。

・・・ひとつ、確かな事がある。
このままでは、マケドニアは滅びる。

レンブラン要塞の戦いで完敗したあの時から、2週間とたっていないというのに、マケドニアの領土といえるのは、もうすでにこのマケドニア城周辺だけだ。

連合はすでに崩壊していると言っていいだろう。
ドル―アはそもそも、『人が殺し合う』事を望んでいるだけだ。
今までドル―アから援軍が派遣された事は一度もない。
つまり、今回もないだろう。

そして、パオラが望む事は、いくつもある。
それは、生き残る事。
自分だけでなく、己の周りに居る・・・愛する人すべて。
今や敵味方に分かれてバラバラの、マケドニアのみんな。
ミネルバ、マリア、カチュア、エスト、ミシェイルやレナ・・・

そして。

「・・・どうした?」
「別に」

・・・自分の尻軽加減にあきれる。
自覚があるからこそ、パオラは自らを律してきた。すぐに人を愛する癖を押さえてきた。カチュアやエストの姉たろう、マリアの世話役、ミネルバの懐刀、その責務を全うしつつ、快い存在でいようとしてきた。

そんな力など、得られるわけがないと分かっているのに。
全てを、守りたくなってしまうのだ。

でもだからこそ、ミシェイルの誘いに乗ってしまった。
全てを手に入れれば、せめてめて大きな力をその手にすれば、守る事の出来る範囲は広がるのだから。


・・・そんな事をぼんやりと考えていたら。


ちゅ。


「っ!!?」


ついばむような、キスをされた。


「何をするのよっ!!!」

平手打ちが飛ぶが、予測していたのかあっさり止められる。
手首を掴まれて、迫られる。

「あんたねえ・・・!!」
「・・・ミシェイル王子とレナさんもこんな感じなのかね」
「はあ!!?」
「いやよいやよもなんとやら、ってさ」
「このっ・・・!」

まずい。

アベルは、魅力的だ。
整っているのに、その切れ長の・・・野心を感じさせる顔立ち。ミシェイル王子をもう少し優しそうな眼もとにした感じなのだ。
加えて、女好きがありありと出ている。態度も、振る舞いは上品なのに、手が早い。

流行りものの詩や舞台などを知ると良く分かる。男も女も、魅力的な異性に迫られるというのは大好きなのだ。押さえているだけで、その例に漏れないパオラは、一瞬で酔ってしまう。そんな自分が分かっているからこそ、己を律してきたのに。

「・・・そうだよな。誰だって、きっと・・・
失いたくない筈なんだ。

けれど・・・

消えちゃったものって、どうすればいいんだろうな。


なぞれば浮き上がってくるものかもしれないけど、その程度のものだったんだって思っちゃうと、やっぱきついしな」
「・・・・・・?」

パオラには意味が分からなかった。
そして、その顔を見て、アベルはさらに寂しそうな顔をした。
それを隠すように、もう一度だけ唇を寄せる。
今度は、もう少し深い口づけ。

パオラは求め返す事はしないが、舌をかんだりはしない。
むずがるように身じろいで、押さえられた両腕に目をそらした。

「俺は、この閉塞状況で、何かを変えるきっかけになるなら、逢ってもらってもいいと思ってる。
パオラはどう思う?」
「・・・・・・ええ。どのみちこのままじゃあって言うなら、アリかしらね」
「サンキュ、意見が聞けて、良かったよ」

そう言うと、手を放して、行ってしまった。

いや。
少しだけ振り向いて、ぼそりとつぶやいた。

「とっとと思い出せよ?」
「・・・はあ? 何をよ」

パオラは本当に分からなかった。
そんな事を言われたのは初めてだ。

「でないと、嫁に貰ってやんないぜ」
「だから何を言ってんのよ。バーカ」

本当に分からなかった。けれど。
『バーカ』なんて、子供っぽく人を罵ったのなんていつ以来だろう。
何だか、とても懐かしいような気分になった。


そして結局。
本城決戦のおりには、アベルはどうするつもりか・・・ つまり自分は何をさせられるのかを聞くのをすっかり忘れていた。


  ・



十年前。

ミシェイルは、少年と呼ばれる時代を終えるくらいにはなっていた頃。

マケドニア王家には、ミシェイルとミネルバの兄妹がいて。
それから子は生まれていなかった。
母親は数年前だが、亡くなっていた。

マケドニア王は老いてなお盛んではあった。
正室を新たに迎え、側室も数人迎えていた。
いずれも若く美しく、趣味の知れる華美な娘達を抱えた。

ミシェイルはそれをどうとも思っていなかった。
その頃のミシェイルは、浮名を流すような青年ではなかったが、それは別に父への反発ではない。

ただ、父の命令ならともかく、肩書を取り払った・・・ つまり王子としての自分ではなく、『ミシェイル個人』を見てくれるのなら別だが・・・
『王子の嫁』となり、贅の限りを尽くしたいと思っているだけ、『王の子』をいずれ授かり、家の繁栄を狙うだけの娘に目を向ける気はなかった。

そして、いずれ自分がこれと決めた相手に、肩書ではなく自分自身を好ましく思ってもらうために、努力を惜しまなかった。・・・いや、自分を高める事、そのことそのものにたのしさを感じていた、そんな頃。


・・・目が覚めた。
ある夜の、日が変わるかどうかという頃。

勝手に自分の体をまさぐられているのが分かって、動転する。


(なっ、なんだ!?)

そう思わず口にしようとして、声が出ない事に気がつく。

「・・・あら、起きたのかしら。
まあ、いいわ。その方が面白いし」

それは、新しく正室に迎えられた女性だった。
マケドニア王からすれば娘のような、ミシェイルからすれば姉くらいの年の女だった。
関係上は、ミシェイルにとっては母・・・
義理の、母だった。

その女は、ミシェイルのモノを口に含んでいた。
涎でべとべとにしたそれを、飴細工でも嘗めるようにしていた。
ミシェイルは自分が何をされているのか悟る。

犯されようとしているのだ。

(・・・・・・っ!!!!)

声が出ない。
いや、全身に力が入らない。

「ふふふ。抵抗は出来ないわよ。遅効性のしびれ薬。証拠も残らないようにしてあるわ。銀の匙にも反応しなかったでしょ?
・・・今日の夕餉に、混ぜてあったのよ」

弛緩性のもので、感覚はある。勿論ミシェイルはそんな事は知らないが、刺激や寒暖は感じるのに体が動かないのは分かった。

大きく巻かれて波打つ、マケドニア貴族に多い真紅の髪。
マケドニア王好みの、大き過ぎるほどのたわわで張りのある乳と、ミシェイルの腹を埋め尽くすような尻。
真っ赤な口紅のついた唇をべろりと嘗め、鍛えられたミシェイルの胸に這わせる。

気持ち、悪い。

「んふふふ。いいわ、いいわあ! 久しぶりの若いオトコ!! この引き締まった体、端正な顔立ち、なのにまだすれてない、余裕のないその目、許しを乞うようなその目・・・!
なのにあたしのおっぱいやお尻についつい目をやって、ぎちぎちに硬くしてるおちんちん!!
うふ、ふうふふ。うひふふふふ。嫌らしい子ね。気持ちいいの? もっと触って欲しい!?

そう、これよこれ!!
この数年、枯れきった爺の勃ちもしないチンポを夜中じゅう嘗めさせられて、モノの手入れから動くのまで全部人任せの野郎のお世話を毎晩毎晩・・・!!
自分の腰さえ振れないのに、先細りにも足らねえザーメン出したと思ったらすぐ萎ませやがって!!
ああ、いいっ!! もっと、もっとよ。もっとチンポ硬くしなさい。ほら、いつでもイっていいのよ。お義母さんのおまOこにザーメンびゅるびゅる出してイっちゃいなさい!! あ、イク、イク!イクぅ!!」

何が何だか分からなかった。
まだ、本当に恋をした事もなかった。

これがどういうことか、分からない程初心ではなかったけれど。
自分の心に決めた相手と、きちんと心を通わせ合って、夢のように愛しあうのだと思っていたのだ。

最低の『初めて』が終わった後、女は満足そうに笑って、告げる。

「・・・言っておくわ。この城の中はね。もうあたしのモノなのよ。下働きの者たちには、全て私の息がかかっているの。
貴方の部屋も、貴方の口にするすべての物も、貴方の着る物も浴びる湯にも、あたしの一言で証拠の残らない毒が混ぜれるのよ。
貴方はあの役に立たなくなった父親に泣きつく事も出来ないわ。貴方が何か調べようとしたらすぐに分かるわよ。

もし、変なそぶりがあったら、妹が・・・ミネルバちゃんが死ぬわ。

出来ないと思う? 思わないわよね。


ああ~・・・ そういえば、貴方の『本当のお母さん』。
・・・残念だったわねえ? いくら体の弱い人とはいえ、まだ若いのにあんなに急に。

ふひひひひひひひひひひひひっ!!!!」

いつ彼女が出て行ったのか覚えていない。
動かない身体と、ぐちゃぐちゃになった心。
シーツは剥がされたまま、下半身を出したまま放置された。
脳の片隅には、このまま朝まで放っておかれたら、後始末が大変だと、そんな惨めな考えがあった。



その女は、味をしめたのか、何度もミシェイルの部屋に来た。
逆らう事は出来なかった。そのうちしびれ薬も使わずそのままやって来て、ミシェイルに腰を振らせた。
全て中で生で出させられた。そして・・・

『マケドニア王の子』を孕んだとして、彼女は妊娠する。
献身の夜伽のたまものだとくちさがもなく話すが、ミシェイルとその女だけは真相を知っている。

その子が、ミシェイルの種であると。


そして生まれたその子は、世継ぎでなく姫であった。

名を、『マリア』。
マケドニア王がつけた名である。

姫であったその時点で女はマリアに興味を無くし、乳母に預けっぱなしだった。
ミシェイルを慰めたのは、マリアを産んだ後、その女が子宮を壊して子がもう産めないこと。
そして。

「にいさま」
「どうした? マリア」
「庭の隅でこっそり育てていた、野イチゴが実ったのです。ほら、こんなに!!」

てとてとと走り寄ってくるマリア。
層のあるドレスの裾の一枚目をエプロンのようにして器を作り、そこにミシェイルが一つかみ出来る程度の野イチゴを乗せている。
彼女の浮かべる笑顔は心からのもので、陰りも歪みも一片たりとてない。少し聡過ぎる所があるが、普段それを見せない所まで聡い。さりとて演じていることに後ろめたさを覚えているわけではないだろう。重荷になっている事もないだろう。父であるマケドニア王や、兄ミシェイル、姉のミネルバの前では、年相応の甘えを見せる事も、こまっしゃくれた背伸びを見せる事もある。

「ほう、わざわざ持ってきたというのは、食えということか」
「はい! ぜひどうぞ」

よく実っていて、酸味の中に自然でかすかな甘みがあった。

軽く褒めて、髪をなでてやると、マリアはとろけた様な照れ笑いを浮かべた。


彼女が生まれた時。

あの女と自分の種など、その場で殺してやろうと思った。

やんちゃな王子が手を滑らせて落とした形なら、どうとでもなるだろうとも。


けれど。


きれいだった。

赤ん坊は、マリアは、 ・・・きれいだった。


あの女の下卑た欲望も醜さも、父の間抜けさも自分の見下げ果てた弱さも小ささも、何も映していなかった。

まっさらな、命だった。

きれい、だったのだ。


・・・ミシェイルはその時心に決めた。
兄として寄り添い、父として守ると。

それを死んでも明かすまいと。

続く

by おかのん (2014-02-24 19:44) 

ぽ村

>>おかのん
あちらの投稿が一段落語な本業(?)復帰乙

前半・・・あらまぁそんな切ない話が。公式でもいいんじゃないかしら(ホロリ)

後半・・・マリア「し、信じられないことを言いますわ・・・『父と思っていたけど祖父だった』『兄と思っていたが父だった』『姉と慕ってたが叔母だった』何を言ってるかわからねーと思いますが(ry」

まぁ
(; ・`д・´) ナ、ナンダッテー!! (`・д´・ ;)
だったw
by ぽ村 (2014-02-25 12:04) 

おかのん

やっとここまできました・・・ 
ちなみにレナやカペラはこの事を知っています。伏線も張ってあったりします。
以前、『恋人と妹と娘、いずれかしか救えないなら誰にする?』と、カペラがミシェイルに聞いた事がありますが、これは『レナとミネルバとマリア』の事なんですね。
種が違うと関係が実はこうも変わる。そしてあり得なくもない話ですよね、これ。

パオラとアベルは伏線は無いけれど、昔考えてたカップルですね。マルスとシーダのカップルがすごく好きだった昔、二人がそうだという理由で、『髪の色が同じだと中がいい』『お似合い』と思っていた・・・

次はレナとの再会です。
by おかのん (2014-02-27 08:30) 

ぽ村

>>おかのん

そういえばそんあこと聞いてましたな
あの伏線が回収のターンにきますたかw

>髪の色が同じ
ヽ(・ω・)/ズコー
では・・・仲がいいという話も公式じゃ無いんじゃな;
信じてしもたw
by ぽ村 (2014-02-28 06:55) 

おかのん

>公式
公式だと、パオラはアベルにひそかに思いを寄せていたのですが、アベルは暗黒戦争後に、エストとよろず屋をアリティアに開くという話になってます。
アベルがどう思っていたかは特に記述ナシ。
つまり全く根拠のないストーリーでもありません。
by おかのん (2014-02-28 13:35) 

ぽ村

>>おかのん
若いのは正義・・・ということか

いや、そういう思い通りにいかない話とか嫌いじゃないぜwww
by ぽ村 (2014-02-28 23:31) 

おかのん

~偽りのアルタイル~

第22章 天空に消えた覇王

その3 庵での逢瀬


ヴァサッ・・・


翼の音。

姿勢を整えた後は滑空するように山を下りてゆく。
マケドニア城は山頂にある要害である。連絡用の飛竜は、戦となればそこらじゅうに飛ばされる。
珍しくもないものであった。

ただ、その夜飛んでいたのは・・・

これまた、気まぐれの遠乗りなど珍しくもない、ミシェイルであった。

いつもならば、天を仰ぐも地を見下ろすも、自信に満ちた微笑を浮かべているのだが、今日は違った。
食べなれぬ魚の骨を喉に引っかけたままのような、何ともいえぬ困惑した表情を浮かべていた。

「・・・・・・」

竜石の欠片のようなものと共に部屋にいつの間にか置いてあった手紙には。

確か庵が一つあるのみの小さな山の名と・・・


レナのサインがあった。


 ・



もう、何年も前の事だ。

遠乗りの最中に、とある教会によった。竜が腹を減らしたので、何か食わせようと思ったのだ。

「誰かある!」
「・・・何か、御用でしょうか」

出てきたのは、シスターだった。まだ年若い。
少し驚いたが、近づいてみると教会はボロボロだった。ならばこの娘が、責任者なのかもしれなかった。

飛竜の餌が欲しいと言ってはみるが、

「・・・申し訳ありませんが、ここに居るのはやせ細ったヤギが2匹いるだけ。孤児院を兼ねたこの教会では、多くの子供達がおりますが、お腹をすかせていない日は無いという有様です。
満足におもてなしも出来ないのは心苦しいのですが、お許しいただけませんか」
「・・・・・・ふん」

言葉は選んでいるが、卑屈な態度も臆する様子もなかった。
それは、悪く言えば虚勢、良く言えば矜持に生きる、貴族のそれだった。

「・・・貴様、尼になる前は貴族だったか?」
「神の娘となったからには、それは無いのと同じ過去です」

肯定ととる。
毛筋も動揺は見えない。

「・・・俺が誰か知っているか?」
「社交の席に初めてお邪魔させていただいた時に、ご挨拶を一度だけ。ミシェイル殿下、再びお逢い出来ました事、光栄の至りにございます。
お忘れならばその御心煩わす事もなきにと思い、ご挨拶が遅れましたことご容赦を・・・」
「かまわぬ。言う通り覚えがない」

竜の首に手をやり、袋を下ろす。

「竜の餌がないのなら、ここよりは城に戻らねばならぬ。
拵えてもらった弁当が無駄にするのはつまらぬ。皆で食え」
「あ・・・ありがとうございます・・・!」

形のない肉を塩で煮詰めた物を、パンに詰めたものである。
何よりの御馳走だったろう事を、その時のミシェイルは知らなかった。
ミシェイルを前にその笑顔は、彼に媚びたものでなく、子供らを思い、それを食わせてやれることを心から嬉しがったものであった。

彼に繋がる事によって、あらん限りの利を得ようとするための仮面でなく。
賜った何でもない物を、底から感じ入っているその微笑み。

まだ未熟な自分でも、肩書のない己でも、喜びを表してくれる彼女・・・


ミシェイルは、そのまま飛び去った。
空の上で振り向くと、子供らと一緒に手を振っていた。

レナの事を・・・ 彼女が『レナ』という名である事を思い出した。
どこかつまらなそうな、憂鬱そうな顔をしていた娘だったような気がする。いかにも三流貴族な兄に連れられて、露骨に嫁にどうかと薦めるそいつをたしなめていた。その一度しか、社交の席では見かけていない気がする。

その当時のミシェイルは、女の顔はあまり覚えないのだが、レナはかろうじて覚えていた。
その、少し他の娘と違う態度と・・・

素朴な美しさが、なんとなく心に残っていたのだ。



 ・



その庵には、明りがついていた。
この時期に山に入る者はいない筈だ。ならば、そういう事だろう。
彼女はもう、中にいた。

「・・・久しいな、レナ。息災だったか」
「ええ、素直にうなずくのもおかしいのだけれど、生きてはいるわ。
本当に・・・久しぶりね。ミシェイル」

部屋に入ってすぐ、ミシェイルは一瞬固まった。
姿は間違いなくレナなのだが、雰囲気が変わっていた。意志の強そうな瞳と、素朴な美しさを湛えた佇まいは影をひそめている。代わりに瞳は潤んで陰り、折れてしまいそうな華奢さと、形容しがたい艶があった。

今の彼女に欲望を芽生えさせたら、稀代の悪女が出来上がるだろう。しかし、彼女は今空っぽのように見えた。その心を埋める気もないほどに空に見えた。
まるで冬の山のように、大地と雪で命の源を湛えながらも、実る果実や芽吹く花のあてもない・・・


あの後、何度か教会に通った後、ミシェイルはレナにプロポーズをした。
子供達の機嫌取りに焼き菓子を差し入れたり、金品の類は喜ばない・・・というか、彼女自身の望みでないと分かるので、湖や花の群生地に連れていったりと、手を尽くした。
その割には、いざその時は感謝しろだの光栄に思えだのと、気の利いた事のいえた覚えは無いのだが・・・

子供達がもう少し育つまで待って、と微笑み。
差し出した目立たぬ装飾の指輪を、その場で付けてくれたのだ。
たまらず抱き寄せた時の身じろぎは、衣擦れの音まで思い出せた。

「・・・戦争が始まって、貴方は戦う事を選んで・・・
戦えば、全て失ってしまうかもしれない。孤児たちを見てきた私は、それしか頭になかった」
「・・・そうだな」
「だから私は、貴方と袂を分かった。けれど。
私達はお互いに、足らな過ぎた。世界さえ、正しき流れにないその時代で、どうしようもなく力を持たなかった」
「そういう、事なのだろうな」

マケドニアには良質の鉄鉱山があるが、土地が痩せすぎていて作物が上手く育たない。
それをいいことにアカネイア貴族と彼らに通じる商人たちは余りものの食料を法外な値で買わせ、竜以外の唯一の特産、鉄を二束三文で買い叩く。
この関係に辟易していたミシェイルは、ドルーアと手を組むふりをし、グルニアのカミュと通じ、アカネイアを奪った後ドルーアを滅ぼし、この大陸を手に入れる計画を立てる。
反対した父王を殺し、末の妹マリアを人質としてドルーアに貢ぎ、同時にその事実を楯にミネルバを縛りつけた。
このことがレナの知るところとなり、婚約破棄の要因となった。

たとえアカネイア貴族が間違っていたのであっても、アカネイアの人々は、帝国と手を結び祖国を滅ぼした、マケドニアという国を許さないだろう。
少なくとも二人の命ある間に、ミシェイルの理想とした国は作れまい。
レナは今を見抜けていないが、未来を見据えていないのはミシェイルのほうだった。
理不尽なモノに対する怒りから親殺しまでしたミシェイルだが、滅ぼされた国の人々の憤怒を無視している。

そして、レナは。
兄をなぶり殺しにされながら犯されるという地獄の中で、ミシェイルが何を思って戦おうとしたかを知る。
戦えば全てを失ってしまうかもしれない。それは確かだ。
だが、戦わなければ何もかもを奪われてしまうかもしれないのだ。

命も。
矜持も。
連なる全ても。
踏みつぶされて、食い散らかされた後に。

「ねえ、ミシェイル。私達はどうしなければいけなかったのかしら」
「・・・強くあらねばならなかった。
それだけだろうが」

「・・・うん・・・そうだね。
本当は、そうなんだろうね。 それだけじゃあないけれど・・・
まず、そうでなければ、何も守れない」

強い事で、全てを守れるわけでも、救えるわけでもない。
けれど、強くなければ、何をする事も出来ない。

『弱かった』事が、世をよりよく治める為の指針になる事もあろう。民の心を良く理解し、忠臣の言葉に耳を傾け、けして驕らぬ賢君を産む事は多かろう。
しかし。

弱き者が、覇を成した事など、一度たりとてないのだ。

その王自身が武芸を嗜まずとも、人の心を惹きつけるなり、軍略をよく修めるなり、なにがしかの『力』を持って覇を成したのだ。


元はこの大陸を支配し、人自身神と崇めた竜達を相手にするには。
竜より賜った超自然の力と、それに魂を食われ、嫉妬と復讐の権化となった闇の魔導士と戦うには。
運命に導かれつつ、世を先んじた卑劣とも言える策も織り交ぜ、常にその場で的確な指揮をとろうとする麒麟児と交えるには。

二人は、力不足だったという他ない。


「・・・それでも、私は・・・ ううん。
今だからこそ、言うの。

逃げよう?

貴方がいてもいなくても、もうこの国に望みなんてないのなら、私は・・・

貴方を失うなんて、意味がわからない。


私の手の届かない所でであっても、幸せでいてくれるなら、貴方が思うように生きていけているなら、それでも良かった。でも・・・

貴方は、国に押しつぶされて、死のうとしている。
それは、耐えられない・・・」

湛えた悲しみは、涙となって零れ落ちた。
頬を伝い、枯れた庵の床を濡らした。

「それでも、俺が死なねば収まらぬ事がある。
お前がそう言ってくれるのは嬉しいがな、俺が殺した敵も味方も、それによって未来の狂った者も、俺の骸にでも一太刀入れねばすまぬ者が多過ぎる」
「分かってるわ。その上で・・・」
「俺が生きながらえれば、またいたずらに世を乱す」
「それでもあなたは、このまま死ねないでしょう!?
自分の全てを懸けてでも、守らなければならないものは、国や野心のほかにもあるんでしょう!?」

つきささる、言葉だった。

レナが知っている事は、あの女に聞かされていた。

そう。


「マリアちゃんの事は、どうする気なの・・・

たとえ母が、母親である事を何の葛藤もなく捨てた人であっても。
父だと思っていた人もろとも殺されたあの子を!!
実の父である事を隠し続ける、兄だと信じている人に、両親を殺されたあの子を!!

守り続けなきゃならないんじゃなかったの!?」

死を覚悟した事を。

叱ってくれる人がいる。
怒り、泣いてくれる女が。

そして、言う通り。守らねばならない、血を分けた娘がいて。

それでも、自分の命は、違う意味でも・・・殺したいほど恨む者がいるという意味でも自分だけのものではなくて。

留まることなく溢れる涙と、悲しみと怒りのないまぜのレナの表情。
目をそらす事こそしないが、同じく怒りと悲しみと、そして決意を湛えているミシェイル。

「・・・死ぬつもりでいるわけではない。当然だろう。
死ぬかもしれぬからと、逃げるわけにいかないのは分かるだろうが」
「分かってるわよ。分かってるの・・・
でも、ミシェイル・・・!!」

ミシェイルはそのまま、レナの唇を塞いだ。

「んっ・・・」

愛しさを確かめ合い、それでも二人は、永遠とは、なれない。

永遠と限りなく近い、わずかな接吻を終えた後、ミシェイルは背中を向けた。

「お願い・・・」

その背に抱きついて放そうとしないレナ。

それは、ジュリアンに対する明らかな裏切りであった。
それでも。



結果的な事を言えば、その日は排卵日と多少ずれていた。
ミシェイルは、レナによって紡がれる事は無かった。
それが分かるのには、今しばらくの時が必要だった。


 ・



部屋には、『黒豹』がいた。

「おかえりなさいませ、主よ」
「・・・貴様の差し金か。いらぬ気を使いおって」

今となっては、その男の使い所も見いだせない。
『もう一人の指揮官』としての位置にいて欲しかったものだが、籠城戦では意味が薄い。
独自に何かしている節があるが、ミシェイルはもう気にもしていない。裏切るのなら勝手にしろと言えば言える。知らぬうちに自暴自棄的な心境になっているのかもしれなかった。

(それでも)

いらぬ気を、などと言いながらも、ある意味もう一段吹っ切れたのは確かであった。マリアの事はもう自分が何かしてやれる状況でもない。ミネルバの事も同様だ。そして、レナとも、とにもかくにも言葉を交わす事が出来たのである。


「さがれ」
「御意」

アベルは表情を崩さないまま、部屋を出て行った。




 ・


その数日前の事となる。

とんぼ返りしたカペラは、ミネルバに送られてレンブラン城・・・ つまりアイルのもとに居た。
互いに複雑な心境もないではなかったが、二人には共通する思いがある。

ミシェイルの事は置いておいて。

マリアとミネルバに、変に情があるところだ。


「・・・ああも、信用されてしまいますと、どうもね」
「ふん。所詮人の子だな。互いに」
「では、手筈通りに。・・・それで、デネブには言わないままにしますの?」
「いや・・・ お前を協力者として引き入れられた時点で、確実性が増した。となれば、知らせておいた方がいいだろう。
弱みも・・・ある。結局の所、傷口を広げるよりマシだという判断になるが・・・」

デネブが『シーダ』の体を使っている以上、マルスへの義理だてとして睦みあうのはやめたいと言いながら、少し揺さぶられただけでアイルはあっさりと堕ちた。
その事はアイルの中で、どうしても落とし所をつけれていない。
我慢しろと、自分から言っておいて。
からかわれただけで、一晩中貪る事となった。

後かたづけをしながら、何とも言えない空気の中、妙にしおらしいデネブの視線が、可愛らしくて仕方がなかった。

(あいつは、徹頭徹尾、魔女だな・・・)

妖艶なだけなら、純なだけなら、いくらでもあしらいようがある。
押さえきれない程にかきたたせながら、罪悪感を抱かせる。
保護欲を刺激しつつ、矜持をくすぐってくる。

「貴方、もしかしてまた彼女を・・・」
「貴様に咎められる云われは無いぞ」

反射的にそう言ってしまって、しまったと思った。
後ろめたいと叫んだようなものだ。

その辺りも含めて見透かした上で、心底呆れた、というように小さくカペラは嘆息した。

「御馳走さまです事」

状況は違えど、流されてしまっているという意味では、カペラも人の事を言えた義理ではない。義理の兄が生きていることが分かった途端、カペラの立ち位置は無茶苦茶になってしまっている。

カペラは何も言わずに消えた。


・・・あれからはデネブには手を出していない。

すれ違うたびにちらちらと期待のこもった視線を投げてくる。余裕のある、淫猥な視線なら受け流しようもあるが・・・
あれは、反則だ。

(・・・やり過ごすたびにしゅんとしたのが分かる、感じてしまうというのは・・・)

誘惑には打ち勝てよう。だが。

愛おしさを無視する事は、人には出来ない。


続く
by おかのん (2014-03-12 10:07) 

ぽ村

>>おかのん

投下乙。
んー
何だろうこのモヤモヤ
アレだ。
ジュリアンはその後レナ孕ませて、「この子はマケドニアの王子で、オレはその養父だぜwwww」とか下衆コース行って欲しいなって思った。
いやほんと。
その位しても(ry


シーダの体云々はあれだ。
アイルがどんなに親友想いなアレでも、本物に手打ちにされてもおかしくないなと。


あと、レナの台詞で「マリアちゃん」よか「マリアさん」でも良いような気がしたんじゃ・・・
身分とか、妙に大人びてるマリアのポジション的に

どうかにょー
by ぽ村 (2014-03-12 16:04) 

おかのん

>ジュリアン
彼はほんとにねえ。
元盗賊の負い目があるから、独占欲をあらわに出来ないのですね。今回実はこっそり外にいた?

>シーダの体云々
アイルにも言い分はあるにしても、逆の事やられたらアイルも怒るだろうしなあ・・・ううむ。

>マリアちゃん
『さん』よりは『姫』をつける感じかなあ。ミシェイルに『子供』である事を意識させるために『ちゃん』づけをしたんでしょうけど・・・
by おかのん (2014-03-14 09:40) 

ぽ村

>>おかのん
他所のブログでも話題になったNTRですねわかりますw
今のままだと聖人過ぎるんだよね彼

>怒る
逆にやられたらという思考をすればやむをえん話かなと

>さん
レナはミシェイルの子供であることを把握していること前提ならありかにゃー

読解不足で失礼;
by ぽ村 (2014-03-14 10:54) 

おかのん

~偽りのアルタイル~

第22章 天空に消えた覇王

その4 マケドニア城攻略戦


・・・その日。


「アカネイア同盟軍、現れましたっ!!」
「ああ」

マケドニア山のマケドニア城への入口は、北側にある。
南側から来たアカネイア同盟軍は、西側か、東側か、あるいは二手に分かれるか・・・
どちらにしても、入口もなく、傾斜は北側からよりはるかにある南側から攻められる事は無い。

「・・・様子を見る。別命あるまで待機だ」
「はっ!!!!」

(さて、どう来るか)

アイルと、ミシェイル。
直接対決するのは、これが初めてである。


(貴様の知謀とやら、どれほどのものか見せてもらおう)

どちらにしても、今出てきた行動のどれかをとるだろう。
南側からは無い。仮にやってこれば、竜騎士に手槍を投げさせ、岩や煮え湯、油を捲いて火をつける・・・
対処の方法はいくらでもある。

いくつもの想定をした。
そのどれもに対処できるようにしてある。

いざとなればミシェイルは自ら出るつもりだった。
それでなんとでもなると思っていた。


愚の極み、である。


アイルは大軍師でも策士でもない。

戦場の詐欺師だ。


隊列を整えるように、軍を展開する。
それをマケドニア軍はただ見ていた。
その時点で、この戦いは決した。


 ・



「・・・もう一時だぜ」


アカネイア同盟軍は、早朝現れた。
その後、南側の裾野で軍を展開し、隊列を整え・・・

それから、微動だにしなかった。


ここで進撃を止める事に意味はない。それでもそうするのなら、何かあるのかと思い、皆身構えた。
なにしろ相手は、『戦場の詐欺師』マルス王子だ。
今まで思いもしなかった事をやってきかねない。


・・・しかし、限界だった。
朝からずっと、動きもしない相手に緊張しっぱなしである。

「ミシェイル殿下・・・」
「・・・もういい。交代で休息を取れ。
どのみち北側に回り込まねばならないのなら余裕はある。
同盟軍は我らのように天馬白騎士団や竜騎士団を多く抱えているわけでもない」

・・・取り囲み、兵糧攻めにでもする気か。
それとも心理戦のつもりか。

小賢しい。

(この程度か)

ただの山頂の城だというだけならそれもいいだろう。しかし、ここはマケドニア城・・・ 航空戦力である竜騎士を擁する、天空城だ。

(今夜にでも竜騎士で夜襲をかけ、輸送部隊を略奪、放火。全滅させてやる。空の重騎士が闇夜でどういう力を発揮するかとくと見るがいい)

今日は月が見えにくい曇り空になるだろう。
矢をあてにくい闇夜で、竜騎士はほぼ無敵となる。
遠征先で補給部隊と軍船を焼かれれば、それで終わりだ。


それぞれの部隊の4割が休息に入り始め。
鍋の実が煮え始めた頃・・・

1時17分。


 ・



前兆は、全くなかった。

シューターが準備されたままになってはいたが、他に何一つ動きは無かった。
信号弾やラッパ、『撃(て)っ!!』の号令の一つさえなかった。

1時17分。


どどどどどどどどどどどどどどどどどどどっ!!


「しゅ、シューターが一斉にとうせ・・・」

投石を! の部分を叫ぶ前に、彼の頭蓋は砕け、脳漿を塀の下の部隊にぶちまけた。鍋の実には新たな食材と泥と埃が投下され、煉瓦が端にあたって、鍋がひっくり返る。

そして。

天空に巨大な歪みが生まれた。
一点から放射状に広がる、闇の閃光としか表せないうねり。

バヂュンッ……

何かが焼き切れるような不快な音と共に、

キインッ!!!!!!

桃色がかった光が環を描く。
紫炎と共に2重3重にかさなり、紋様が浮かぶ。

ばしゃあああああああっ!!!!!

その混乱から立ち直る間もなく、今度は油がぶち込まれた。
始末出来ていない竈の火から次々に燃え移る。

「なんだこれは!! 見張りは何をしていたっ!!」

見張りはきちんと見ていた。
報告もした。
前兆があれば即報告しろと言われ、前兆がなかったので投石が行われたのを視認した瞬間即報告した。

間にあわなかった。


そもそも、ここは山の上だ。
山脈の崖に作った要塞だというなら、シューターに警戒もする。
しかし。

『ここに届いた』。

1000m級の山頂にあるマケドニア城に、最大射程400m前後の筈のシューターの投石が届いたことになる。


不幸な事に。
この騒ぎで最大の被害を受けた・・・いや、『全滅した』のは、リザーブ等々を使いこなす、戦術の要ともなりえる僧兵たちだった。



 ・


勿論、兵力の摩耗を0に近づける『杖』魔法を、『戦場の詐欺師』が疎かにする筈もない。敵としてみても味方として見ても、だ。
アイルが真っ先に叩こうとするのは当然僧兵であった。

彼らは狙われたのだ。

そして、シューターの投石がどうして届いたかだが・・・

これは、『ワープ』の杖である。


『ワープ』は、A地点とB地点を繋ぐ空間を作るものだ。
Aのゲートに『投げ込んだ』物は、力量保存の法則に従ったままBのゲートから『飛び出して』届くのである。
つまり。
シューターの威力を殺さないまま、軌道のショートカットをする・・・という使い方が出来るのである。

さらに。

第二陣の油については、もっと簡単である。
大量の油を池のような物にためておく。または池そのものでいい。油は水に浮くので、薄く広がってゆく。

後は、一陣目の投石が終わったら、城の上空あたりに、上澄みの部分をワープさせればいい。
ワープは、どういう理屈か知らないが、人であればせいぜい数人しか送れない。しかし、岩や水、油など、構造があまり複雑でない物に限って送るのなら、かなり大量に送れるという裏技があるのだ。

アイルは、こういう事は徹底的に検証した。
リブローやリザーブは、どれぐらい離れた所からかけられるのか。リカバーは、どれだけ瀕死の状況からでも回復するのか。多少貴重な杖でも、時には人体実験となっても、いざ使う時に落とし穴がないか、またどういう応用が利くのか、出来うる限り調べてある。

「さあ、仕上げだ。
悶えて息絶えろ、死につくせ」

ビッ!!!!!

白い手袋が真横にないで、それを合図に最後のワープの光が煌めく。
光の中に消えていったのは、聖女のような騎士と、年端もいかぬ、妖精のような愛らしい少女だった。


 ・


(チキ。

あそこにいるのは、ガーネフの・・・
君を怖い夢の中に放りこんだやつの仲間だ。

僕やシーダやマリアやニーナ・・・ 君と仲良くしてくれるみんなを殺そうとする奴らだ)

(うん)

(この宝石を無くさないようにしながら、チキを殺そうとする奴に向かって息を吐くんだ。後はシーダのお姉ちゃんの事をよく聞くんだよ。気をつけてね)

その時渡されたのが、竜石の力の減少を0にする『星のオーブ』であることすら、チキは知らない。

チキは、アイルの・・・『マルスのお兄ちゃん』が言っていた事をよく思い出し、己を奮い立たす。

ここは、マケドニア城の城門だ。
閉まったままの門扉を背に、魔法陣のゲートの光が解けていく。

「チキ、がんばる!!」
「おう!!」

掛け声にこれまた可愛らしく追随したのはデネブである。
マリアは無き伏している、アイルは疲れ切って寝てばかりという中で、デネブは最近はチキにつきっきりであった。
バヌトゥもいない中で、『マルスのお兄ちゃん』も『マリアちゃん』も相手をしてくれない状況。チキもデネブといる事が当たり前になってきて、少しベタベタし過ぎとはいえ、不快と感じる事はしないようにしているデネブに、だんだんチキも警戒心を消していった。今では二人は、年は少々離れているとはいえ、実の姉妹のようであった。
いや、実の姉妹ならこうも仲好くは無いだろう。暇を持て余した叔母と姪の方が近いか。どちらも何の責任も不安も感じないままに、爛れたとまで言えるお互いの愛情に漬かっているようなものだ。

食事を食べさせあう、風呂で洗いあいをする、一緒に寝ると、事の他ベタベタしていた。

そのせいもあってか、戦場だというのに、チキには何の不安もなかった。ましてや、周りは二人以外すべて敵・・・ 自分に意地悪をしてきた奴らの仲間だと言われ、怒りさえ抱いていた。

幼い残酷さは、命の重みを知らない。
いや、自分の大切なものは大切であるだろう。何物にも代えがたいものだと、失われれば取り戻せないものなのは分かっているだろう。
だが、それが等価値だという、建前の理屈に理解を示さない。
よくも知らない、自分と関係ない、いや、『嫌いな命』が、他の誰かにとって大切かもしれないという想像にまで意識がいかない。

ここに居るのは、『マリアの大切な人達』でもあるとは、聞かされていない。


何のためらいもなく、チキは竜石の力を開放した。


ーーールキャォォォォォォオオオオオオオオオオッ!!!


ふわふわとした、銀糸の毛並みを持つ、美しい竜。

キィィーーーーーーー・・・・・・ン


ゴッ!!


顎を大きく開け、光を集めるように咥え込み・・・
そして吐かれた霧のような冷気は、絶対零度と呼ばれる、全てを灰よりも細かい粒子に砕いてしまう、絶対の死の吐息。

離れれば離れるほど、その威力は和らぐ。だがそれは、その方が悲惨だ。中途半端な弱まり方をした霧の吐息は、一瞬ではその命を奪わない。
身体の部分部分を粉に変え、抉り取る吐息。それは、触れた部分を腐らせる瘴気と、恐ろしさに・・・ 違いはあっても、差は無い。共に最悪という意味で。

「ぎゃああああああああああああああああああっ!!」
「腕が、崩れ・・・!!」「ひぎゃああああぅあ!?」
「あ、足が、足が消えて・・・!!」

阿鼻叫喚。
そんな言葉がぴったりくる・・・ そんな地獄が出現する。

その中で、その竜の隣にいた女は・・・
口が裂けているのかと思うほどに、口の端をつり上げた。


 ・


神竜の出現は、即座にミシェイルの下に報告された。
もっとも、出現した時点で手遅れなのだが。

「ミシェイル様!!! りゅ、竜ですっ!!!
見た事もないような、白銀の・・・
こ、攻撃が通じませんッ!!!!」
「なんだとっ!?」

アイルがチキを使った事は少ない。
彼女の信頼を得る為に、でもあったが、こういう時のためでもあった。

『切り札』は、知られていないからこそのものだ。

彼女を使った時は、ほぼ皆殺しにしている。

そして・・・

「傍らにいる魔女も同様です!! まさに一騎当千・・・
城内は崩壊しています!!!」
「命令系統が働いていません!!
城壁から飛び降りる兵まで出ていますっ!!!」
「・・・・・・」

本丸からその光景を目にした。

城門に近づく者を、片端から霧に変えている。
その毛並みの美しい、獣のような竜は、己の周り以外さえもその体毛と同じ白銀に変えていた。

さらに。

それでも城門から逃げようと、わずかな隙間に向けて突貫する者、逃げ惑う者、または隠れようとする者を見つけ出してでも切りつける、悪魔か鬼のような聖騎士。

「これ、は・・・」

ミシェイルは茫然とした。

これは。

「そらそら出口はこちらにしかないぞ!?
生きたいヤツも逝きたいヤツも、まとめてかかって来るがいい!!!
長く苦しみたいヤツは、存分に踊り狂えッ!!!!!!!!!!

くふはははははははははははははははは!!!
はーっはっはっはっはっはっはっはっはぁ!!!!!!」

魔女の嘲りが聞こえてくる。
涼やかで美しい声なだけに、愛らしい笑顔なだけに、帰り血に染まったその蒼穹のような髪と真っ白な肌が、ヴァンパイアに出会ったような恐怖を誘う。

唐竹に割った人間から吹き出す血を浴びた籠手を、何の逡巡もなくねぶる舌。
凪いだ穂先が首を飛ばすたびに、愉悦に満ちた表情で尻をくねらせる仕草。淫靡な溜め息。


こんなものを。

使ってくるのか。

それは、城攻めに毒を使うようなものだ。
街に、疫病もちをまぎれさせるようなものだ。

城に居る者が、民草の一人まで死に絶えてもかまわない、城そのものが、使えなくなろうと知った事ではない。という意味で。


それは確かに、人の上に立つ者の・・・王族のすることではない。いや、『詐欺師』どころか・・・
人のする事ではない。

だが、ミシェイルは知らない。

これが、『戦場』だ。


王族が知らされもしない。
末端の。
民が実際にさらされる・・・

本物の、『戦場』。

人が生み出すものでありながら、理の・・・ 『理想』のまったき外にある。

思いも言葉も通じない、何が起こっても許される場所・・・

ですら、ない。

思いも言葉も、交わす事に意味を求められない、何が起こっても咎める思いを持つ者がいない、または止める力を持つ者がいない、狂気のみがほとばしる場所。

そう。

「マルス・・・王子・・・あぁんの小僧っ・・・!!!

これが貴様のやり方かッ・・・・!!!!
これは戦などではない・・・

ただの『虐殺』だッ!!!!」


そう。

戦場とは、『殺し合う』場所。
『殺さねば殺される』場所。

その者のすべてである筈の『命』を賭けさせる、狂う事を咎めぬ場所。いや、咎める言葉に意味が生まれない地獄。


ミシェイルの、糾弾の言葉を。
まるでどうやってか聞いたように、アイルは笑う。

ニタァ・・・ としか擬音をつけられぬような、陰惨な笑みで。

「くははは。馬鹿が。
そもそも戦というのは虐殺ごっこだ。
正しさを叫べるのは勝った者だけだ。
負ける方が悪いんだよカス王子ッ!!!!!!」


このままチキとデネブが日暮れまで暴れれば、いくら巨大なマケドニア城でも、落城どころか崩壊する。

それまでに、ついでに済ませておきたい用事もあった。


 ・


キィンッ!!!


「・・・ガーネフの手の者か」

背に突き出した杖でナイフを防ぎ、はじいた。

「ということは、わしを大賢者ガトーと知っての事よな。
しかもその体より染み出ている瘴気・・・ 操られておるのか」
「・・・ガアアアアアアアア・・・・・・」

赤く血走った眼、獣のような唸り。
完全に操られている。

マケドニア城から見て北の方角にある山中、そこにひっそりと建っている小さな庵。

ガトーの隠れ家である。

そこにいきなり現れたのは、例えるならコマネズミのような小柄な少年だった。

窓のさんや、天井との間にあるはりなどをましらのごとく飛びうつり、ガトーを襲ってくる。

「ガアァッ!!」

二、三度杖とナイフが合わさる。

「ふむ・・・」

しかし。

「ハァッ!!!」
「ガァアッ!?」

そこに乱入してくる者がいた。
アテナである。

「おとなしくする。リカード!!」
「ガアアアアッ!!!」

あっという間に縛りあげ、転がされる。
そこへ。

「ガトー様・・・」
「ああ、マルス殿か。助かった」

庵にアイルが入ってくる。
何かあったのを察して、アテナを使ったのだろう。いや、アテナが闇の波動を感じて進言したのかもしれないが。

そしてアイルは、そこにつなげて本題に入る。

「・・・彼です。光のオーブを盗んだのは」
「そうか。 ・・・しかし、今持ってはいないようじゃな」
「はい。申し訳ない。取り戻す事は出来ませんでした・・・」

ここに光のオーブと星のオーブを持ってきて、マフーを破る究極魔法、『スターライト・エクスプロージョン』を受け取る予定であった。しかし、光のオーブが奪回できなかった以上、スターライトは手に入らない。

どうせ光のオーブがないならと、星のオーブはチキに渡してある。えんえんと神竜の暴れるマケドニア城は、今頃地獄絵図であろう。

「む・・・、しかたあるまい。わしはカダインで、闇魔法に対抗する方法を探してみるとしよう。
わしの隠し部屋や、竜の伝説の中にヒントがあるやもしれぬ。わしも大賢者などと呼ばれておるが、全ての事を分かっておるわけではない」
「・・・間にあうのでしょうか」
「分からぬよ。まあどちらにしろ、マケドニアの事を片づけてからでないと動けまい。そして、メディウスと対峙する前にガーネフはなんとかせねばならぬ。さりとてドル―アを目の前に、この同盟軍の大軍勢をテーベまで進めるというのも無茶な話。
その辺りもわしが何とかせねばならぬだろうしな」
「お世話をかけます」

ガトーは軽くうなずくと、庵を静かに出て行って、そのまま消えた。


(さて)


『彼女』のほうはどうなっているか。


(まあ、どうなろうと俺にはどうでもいいことなのだが・・・)

しかし、成功すればうまみはある。

刹那的に生きるゴミ共に対しては、恐怖や支配、脅しは有効だ。
しかし、王族貴族のように、矜持を持つ者に対しては、そうでもない時がある。

むしろ彼らには、『恩』の方が、意のままにするのに有効な事があるのだ。


(くく。せいぜい働いてもらおうか。悔恨の道化娘)


『もう一人の魔女』さえも手駒となっている現状は、アイルにとって愉快なものと言えた。


続く

by おかのん (2014-03-30 09:01) 

ぽ村

>>おかのん
アイルが
どんどん
怖い人になって
偽者であることも手伝って
かなり魔王っぽくなってるよーな


ミシェイルは…アレだ。
小競り合い程度の戦闘経験が無かったでおk?
馬上試合のつもりが、ガチ殺し合いでチビッたかのような稚拙さを感じる
…覇王ならやる側だろ…

あとはチキが「よくも利用しやがって」とこっちに牙を剥く展開とか希望
無邪気は裏切られると死ぬほど怒るけんの・・・・
by ぽ村 (2014-03-31 14:39) 

おかのん

>アイル怖い
ええとその・・・ ミシェイルはなんだかんだでおぼっちゃま(てゆーか王子様)でもあるから、アイル的に嫌いな人なんですよね・・・ これでもマリアやミネルバに配慮して遠慮しています。・・・というか実は・・・
おっとネタバレ禁。

>小競り合いくらいしか経験ない
・・・というか、竜騎士団が強過ぎて、自分が出た戦では勝ち戦しか知らないんですよね。トータルで追い詰められてるのは、周りが無能(アイルに比べてだけど)なせいだったので・・・ 
正直籠城戦とか攻められる立場だとか、竜騎士団対策をここまでされた戦い、『逃げ道さえ塞がれる戦い』なんて初めてなんです。(囲まれても飛べるゆえに、逃げ道確保しつつ戦うことさえ考えた事がない)
情け容赦はミシェイルもないんですが、策略とかじゃなく、進むとこすべて蹂躙してきただけでして…

というか、元になった 久遠 のプレイが一方的過ぎて、ミシェイルを強そうに書けないんですよ・・・
実質何もできずに砂にされてますし・・・

しくしく。
 
by おかのん (2014-03-31 19:22) 

久遠

>牙をむく
オレのプレイがもとだしなあ。読み返してもそんな展開に出来るかは微妙なんじゃね?


by 久遠 (2014-03-31 22:22) 

ぽ村

アルタイル返信二つ♪
>>おかのん
数少ない退却も
騎兵「オレ達どうすれば・・・?」
ミシェイル「良きに計らえ。生きて帰ったら褒美を取らせる」
とか突き放してそうだな
常勝集団は敗け方が下手というが・・・


>>久遠
そうなんですよねぇ・・・
リプレイに出ない箇所は一つ捏造で・・・と思いたいんだが・・・
あ、あとなんかオヒサ☆^v(*´Д`)人(´Д`*)v^☆オヒサ
by ぽ村 (2014-04-01 11:41) 

おかのん

~偽りのアルタイル~

第22章 天空に消えた覇王

その5 覇王消滅


アベルの命令に交じって、部隊長達も声を張り上げている。

「神竜に構うなっ!! どうせどうにもならん、あの騎士を封じろっ!!
遠巻きに射かけろ、効かなくてもいい、馬の脚を止めろっ!!」
「手槍を落としなさいっ!! 進路を邪魔すればそれでいいの!!」

(考えろ、考えろ、考えろ)

空中庭園さながらのマケドニア城の唯一の入口である城門を塞ぐ神竜。触れれば氷の粉になって吹き飛ぶブレスを吐き続け、打つ手がない。
今に至るまで傷の一つも負わずに暴れまわる聖魔騎士も同様だ。
聖魔騎士などという位は無いが、剛槍を振り回しつつ魔術を放つその戦いぶりをどのように例えればいいのか。
禍々しくも美しいとしか言いようのないそれは、まさに聖魔。
正直、こんな化け物共とどう戦えばいいのか。

何度でも『どうしようもない』としか結論が出ないのだが、それでもアベル達は戦いを続ける。
切り立った崖の上に建つようなマケドニア城だ。籠城にこれほど適した城はアカネイア大陸に他にあるまい。しかし・・・

ここに閉じ込められたとなれば、ここほど逃げにくい場所は無い。
アベルとパオラは、オグマやバーツ達と応戦しているが、全く反撃の糸口がつかめない。



天空の城とまで言われるこの城に続く、数千、いや数万の階段。他にこの城と地上を繋ぐ道は無い。その攻め難さは他に類を見ない。

奴隷達の反乱に始まったマケドニアの歴史は、自分達で国を勝ち取ったという誇りと、強烈な愛国心を産んだ。

通常、攻め難い城の欠点は、補給の難しさにある。籠城したのなら閉じ込めてしまえば、いずれは根をあげる。

だが。

マケドニアはそうならない。ならなかった。


領民に愛されるマケドニア王家と、一騎当千の航空戦力であるドラゴンナイト、そしてペガサスナイト。空を行くという補給路、領民の惜しみない援助とゲリラ戦術、その指揮をとる将校の移動が可能な事・・・
マケドニア城が持ちこたえている間に、国そのもの、人そのものを敵に回す事になる敵軍は、辛酸を嘗めさせられる事となる。
取り囲んだまではいいが、その時点で近郊の村人は財産や食糧ごと逃亡する。いくらかは川をせき止めに行き、輸送隊を襲う山賊海賊となって、陣を焼き払いに来る。軍船も同様の目に会うし、護衛を残せば兵力の分散、補給路の間延びを招く。
マケドニアを攻めるという事は、そういう事だ。


・・・これまでは。



マケドニア王は領民に愛されていた。時勢の読めない男ではあったが、その分人情に理解があった。
ドル―アの支配を、その力も持たないにもかかわらず跳ねのけた所からもうかがい知れる。
その後あっさり支配され、唯一の希望としてミシェイルが立ち上がった・・・というなら、領民はミシェイルも支持したろう。
だが・・・

ミシェイルは優し過ぎた。
野心もいくらかはあったろう。しかし、ドル―アの軍門に下った一番の理由は・・・
『徹底抗戦をした場合、支配されるまでに出る犠牲』に耐えられなかった事。

戦えば負けるのは分かっていた。

アカネイアの捨て石・・・どころか、時間稼ぎにもならぬ無駄死にになると。

だからこそ、父王を殺し、ドル―アの支配を間接的なものに抑え、アカネイアの体質を変えつつドル―ア以上の力を持つ、もしくは竜共の倒し方を見つけ、グルニアのカミュと手を結んで、この大陸を人の手に取り戻そうとしたのだ。


そんな思いを、領民は理解できなかった。知る事は出来なかった。
野心に取りつかれて、かつて自分達を奴隷として扱った竜共にしっぽを振り、自分達が愛した王を殺した狂った魔物だと思った。

今。

二週間という短い間に地方領主達にそっぽを向かれたというのも、貴族の日和見主義だけが原因ではない。
領民の心が、既に離れきってしまっていたのだ。
なおかつ、アイルの、『王としての物欲、支配欲』が根本にない政策は、税率の徹底した引き下げや、兵の狼藉の管理、徴発行為の禁止など、随所に古き良きマケドニアを感じさせ、民の心を掴んでしまっていた。


始める前から決まっていた。ミシェイルは最初から『孤立』していたのである。


その上で神竜に出口を塞がれ、火の海の中を暴れまわる魔女に蹂躙されている。
マケドニア城は、既に終わっていた。


「アベル!! 第六と第十四隊が消滅した!!」
「ドラゴンランスはまだそろわんか!!」
(一本二本あっても神竜のそばに行くまでにあの魔女に叩き殺されては意味がない・・・)


そして最悪の報が届く。


「ア、アベル隊長!! 武器庫が何者かに荒らされていました!! 全ての武器の金属部が腐食していて、使い物になりません・・・!!」
「何だとっ!?」

神竜の恐ろしさは、その弱点の無さにもある。

完全無効化する魔竜ほどではないが、火竜や氷竜になら通用する魔法が、神竜には殆ど効果を表さない。
頼みの綱であった対竜用武装が失われていたと分かった今、一縷の希望もなくなったのであった。


 ・


「またれよ、シーダ姫!!」

そう声をかけるのも一瞬躊躇った。しかし、この機会を逃してはならなかった。

「んん? ・・・オグマか」

その姿は確かにシーダであった。が、シーダであるとは思えなかった。
マケドニア城を蹂躙する豪傑は、かつての優美にして繊細なシーダ姫を伺えない。


オグマとシーダの物語は、シーダの幼少期まで遡る。


オグマが剣闘士であった頃。
仲間と共に脱走を企てた事があった。
成功はしたが、しんがりを引き受けたオグマのみが捕まり、逃げた者をおびき出す為に、数日にわたって鞭打たれたのだ。

その時助けに入ったのがシーダである。

その時の彼女は、自分の立場の大きさをきちんと知らなかった。
身分を明かせば、それだけで興行主は平伏したろう。だがそれを知らないシーダは、その身を広げてオグマを庇った。

そこにいたのは、ただの女の子。
ただの、女の子。

だからこそ。

オグマは、己の全てをかけて守ろうと誓った。


「くふ。久しいな。ワーレンで消し炭となったのかと思っていた頃からだから、本当に暫くぶりだ。
他の者共同様、カペラの手駒にされて、ミシェイルに買われていたわけか」

・・・ああ。

・・・ああ、違う。
シーダ姫ではない。

その魔女のような見下した薄ら笑いは、世界の善意を欠片も疑わないあの微笑みと似ても似つかない。
返り血を浴びておらぬ部分がない鎧、血まみれの超重槍、先ほどまでの猛将ぶり・・・
何一つオグマの記憶にあるシーダと結びつかない。

「・・・貴様がシーダ姫にとりついた悪魔だというのは真実か」

その言葉に、彼女は心底嫌そうな顔をした。
そのまま、自嘲気味な溜め息と共に口元を笑ったように歪める。

「カペラあたりに吹き込まれたか? あいつのどこを信用するのかは知らんし、私がどういえば貴様の気が済むのかも知った事ではないが・・・
ああ、そうだ。この体はまごうことなく貴様の愛しの姫のもので、今貴様と言を交わすこの人格は、その姫を乗っ取った魔女のものよ。

満足か?」

それは、目の前にいる女がシーダの真の姿であるとは信じていないし、もしそうならそれ以上の絶望は無いであろうオグマにとって喜ばしい物であり、同時に彼女の本物の魂が今どうなっているのか分からぬという意味で、底知れぬほどの不安をオグマに与える返答であった。

「ああ、ああ。他にもどうせ聞きたい事は山とあるのだろう。
シーダの魂自体はまあ無事だ。私が出て行きさえすれば元のお姫様に戻るだろうよ。
・・・まだまだ出て行く気はないが。

私を追い出す方法を私から聞けるとは思っていまい? まあせいぜい御機嫌を取る事だな。無事だとはいったが、いつでもシーダ姫の精神を消す事は出来るというのは覚えておくがいい。信じるかどうかはこれまた勝手だが」

オグマの相手より、まだ暴れたいデネブは、さっさと話を切り上げたがる。

「姫の言葉を、聞かせてくれ。
・・・一言だけでいい」

この言葉は、オグマにとっては切実な願いだったろう。
しかし、結果的に・・・
デネブに面白がらせたという意味で、最悪だった。

「・・・いい度胸だ。興が乗った。
よぉぉおおおく聞いておけ」

そう言って、ブレストアーマーのベルトを少し引いた。
その瞬間、彼女の顔は青ざめ、羞恥に歪んで朱に染まる。

「オグマ、見ないでぇぇぇええええっ!!!!!」

間違いなく、それは。
シーダの心からの、一言ではあったろう。

ブレストアーマーごと、下の布地やサラシが引きちぎられる。
形の良い双丘があらわになる。鱒の切り身のような橙色の突起は、つんと上を向いていて、大きさも中々のものであった。

見てはいけない、そう思いながらも、意味が分からず混乱しているオグマはそれを実行できないまま、茫然と彼女の乳房に目を奪われ続けた。

「いやああああああああっ!!!!」

数瞬の後、やっと胸を隠した彼女は、すぐに何もなかったかのように、ブレストアーマーをつけなおした。

「くふふふふっ。二言目はサービスだ。今夜はたっぷり自分を慰めるといい。生きて帰れればな」

オグマはやっと理解がいった。今起きた出来事が何か。

シーダはさらしものにされたのだ。


 ・


「誰かあるっ!!」

ミシェイルは竜を引かせる。
戦局もここまで来ると武勇も軍略もへったくれもない。降伏するか玉砕するかくらいしかなかった。

ミシェイルは、兵達の命は無駄にする気はないが、捨てる時は捨てる事を選べる将だ。それは自分自身に対してもそうだ。
ミシェイルさえ死ねば、兵達の戦う理由は無くなるだろう。どのみちドル―アからは見はなされている。兵達は降伏するしかあるまい。

しかしミシェイルは降伏する気はない。特にこの場面では絶対に嫌だった。
自分が存在していれば、火種になるのは分かっていた。
ミネルバもマリアもアカネイア同盟軍内で居場所を得ている。自分はむしろ邪魔だと。

ならばこそ。

覇王としての姿を。
全てに立ち向かう姿を残さねばならないと思った。


ヴァサッ・・・


飛竜の翼がはためき、マケドニア城のそばを滑空する。
英雄の血筋と、それにまつわる栄枯盛衰、苦しみの連鎖。
再来と言われたアイオテの再びの死によって、この国にも一つキリがつくのだろうか。

(すまない)

ミネルバにもレナにもマリアにも。
自分を愛してくれた女達には、何も残せていない。
仮にレナに子が出来た所で、それが彼女にとって良いことかどうか分かりはしない。

「・・・何を感傷に浸ってるんですの。全く覇王らしくもない」
「っ!?」

膝を組んで肘をつき、ねめつけるように見ているのは、カペラであった。

「貴様、どうしてっ・・・!!」
「姿を消してました」

これだから魔導士は油断ならない。

「どういうつもりだ・・・」

敵なのか、味方なのか。
何をするつもりなのか。
・・・ミシェイルは知らないが、対竜装備であるドラゴンランス等々を処分したのは彼女である。まあそれも、アイルに依頼された、事のついでだ。アイルがそうしろといったのは、チキのためであることは明白である。

「別に、したいようにして下さいな。私は私の頼まれた事をするだけですわ。お気になさらず」

そう言って、カペラはミシェイルの背中から手をまわし、抱きついた。

「・・・貴様も、死ぬぞ」
「お気になさらず、と言いましたわよ」
「・・・・・・」

ミシェイルはもうカペラを無視し、そして。
神竜のいる城門裏でも、聖魔騎士の暴れる中庭でもなく。

アカネイア同盟軍の本隊のある、北東の山のふもとに突っ込んだ。


 ・


「りゅ、竜騎士が突っ込んできます!!」
「慌てるな! 弓隊、構え!!」

ノルンの弓騎士隊が、一斉にその鏃を天空に向ける。
いうまでもなく、天馬騎士、竜騎士の弱点は弓だ。獲物を天空から襲う彼らは、その襲う瞬間は無防備だし、天空での防御も出来ない。大きく広げたその翼はよろう事も出来ず、いい的になるのに、翼を失えば墜落するしかない。すればほぼ即死なのだ。

「シューター、撃(て)っ!!」

まさに『弾幕』といった形の、航空戦力用連弩、『バリスタ』。前回の戦いで配置したものを持ってきてあった。
弓騎士隊とシューター部隊の弾幕と矢の雨。それを、たった一人の竜騎士に向けた。
彼がマケドニアの覇王、ミシェイルだと知っていたからだ。

しかし。

「小賢しいわぁぁああああっ!!!」

竜の理力が込められた石が、飛竜丸ごと包む結界を産み出す『アイオテの盾』。
マケドニアの至宝が、覇王を覇王たらしめ、無謀にしか思えぬ突貫を、一つの戦術たらしめる。

どうにもならない程の『力』を、『頭』にぶつけてそれで終わる。

ギガガガガガガガガガガガガガッ!!!!

シューターから放たれた槍のような矢も、弓隊の閃光のような一撃の集中も、全てが弾かれる。

二撃目をつがえる暇など与えない。

もう、止まらない。

「マルス・・・貴様ァアッ!!!!!
よくも・・・よくもっ!!!!
殺してやるッ・・・殺してやるぞッ!!!!!!」

マルス(アイル)を殺せたとしても、城は神竜が現れた時点でもう駄目であったし、早いか遅いかだった。
だからこそ、ミシェイルにはもうこれしかなかった。

万一つがえる事の出来た場合も狙いがつけにくいように、低空から高速で、丘を登るように強襲する。

だが。


「くく」

アイルは、笑っていた。

・・・キインッ!!!!!!

耳をつんざくような金属音。

桃色がかった光が環を描く。
紫炎と共に2重3重にかさなり、アイルの背あたりに紋様が浮かぶ。


それは。

ワープの杖の光。


見下ろすようにして腕を組み、アイルは嘲笑するように言った。

「骨も残さず融けるがいい」

ワープの光が消え去ると、そこには。
マケドニア城を破滅に追いやった、神竜の姿があった。


キャオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!


その咆哮と共に浴びせられた絶対零度の霧の吐息。
方向転換も出来ずに、ミシェイルは直撃を受ける。

そして。

その霧が晴れた時、ミシェイルの姿は消滅していた。文字通り、霧のように。
アイオテの盾さえ、意味がなかった。


蒼穹に、ミシェイルは消えた。
覇王は、天空に消えたのだ。


続く

by おかのん (2014-04-13 13:28) 

ぽ村

>>おかのん
投下さんきゅ♪
そういやオグマはシーダ(っつかデネヴ)とアレコレかまう前に消えていたなぁ

この後、大半のプレイヤーがA級戦力として扱ってるオグマをちょっと見くびっていたデネヴが痛い目見ると面白いかも・・・


>ミシェイルのトドメ
うちはエクスカリバーだったなぁ・・・
しかし大将撃破しても戦闘は終わらなかったよね?
by ぽ村 (2014-04-15 02:59) 

おかのん

>デネブが痛い目
・・・そもそも元ネタでいないも同然の扱いですからねえ。
デネブに一矢報いようにも、シーダの体でもある事を鑑みればちょっと無理?

>戦闘終わらない
制圧が勝利条件ですからね。他のゲームだと全滅が条件なパターンが多いけど、初期FEは頑なに制圧だった。

>エクスカリバー
全ての特攻を無効化する『アイオテの盾』ですが、純粋に強い場合や必殺が出るともろいですよね・・・

さて、長かったマケドニア編ですが・・・
まだ残ってます。(おい)
by おかのん (2014-04-15 17:53) 

ぽ村

>>おかのん
結局アイオテはプレイヤー側が手にして猛威を振るうよねw

>制圧
条件そろえないと倒せない敵が居る中、救済策と思っておる・・・
選択肢があることはいいことじゃ
by ぽ村 (2014-04-16 18:05) 

おかのん

~偽りのアルタイル~

第22章 天空に消えた覇王

その6 この世に一人しかいないあなた



それは、突然だった。

神竜が、消えたのだ。


一瞬、時が止まったようだった。唯一の出口である城門を塞ぐ、怪物が、忽然と・・・

それまでこのマケドニア城を、凍てつく息を吹きかけ、魔女と共に蹂躙していたそれが、だ。

「おや、さっきのアレが『そう』か。ふふん。では失礼するかな」

神竜が消えたその意味を知っている聖魔騎士は、帰り血まみれのその身とマントを翻した。
その城門から、悠々と出て行った。

皆が、ふと我に返る。


今ならもう、逃げ道を塞ぐ敵はいない。

「だ、脱出だ!! 脱出するぞ!!!」

わあああああああああっ・・・・・・


生き残った兵達は、城門に殺到した。
皆疲れ切っていたためか、殺到といってもその歩みは力なく、それが幸いして、パニックによる事故などは無かった。

アベルも、疲れ切った体に鞭打って、立ち上がる。

「・・・おい、行くぞ。
もう終わった」

最初からどうしようもなかったが、とにかく終わりはした。
ここから逃げねばならなかった。

「おい!!」

呆けているパオラに、アベルはもう一度喝を入れる。
虚ろな目に、僅かにだけ光が宿り、囁くようにその唇が音を紡ぐ。

「なんだったの・・・」
「・・・これが『あいつ』のやり方なんだろうよ」

油を捲き、火をつけて。
閉じ込めて、嬲り殺す。

「なんて、奴・・・!」
「いや・・・ アリだ」
「っ!?」

何故。

「どうしてっ!!? こんな、こんな・・・
私達は、戦う事もまともに出来ずに・・・ これが戦争だとでもいうの!?」
「ああ、それも極めて理想的だと言える」
「どこが、どんな風に!?」
「あいつの味方の・・・ 同盟軍の損害はほぼ0だ。こっちは完膚なきまでに叩き潰された。
加えて、マケドニアの民の心は、すでにもうほぼ同盟軍側に傾いている。今後ゲリラ戦をしかけようにも、民の助けなしにはその戦法は成り立たん。ゲリラ戦とは、抵抗勢力であり民の先導だ。満ち足りた民に助力を請う事は無理だろう」

もう本当にどうしようもない。

「この後ミネルバ将軍あたりにこの地を任せてみろ。もう文句のつけようもない。
問題の種だったオウジサマと、そいつの側近を失っただけで、後はマケドニア城の修理くらい。民達はなぁんにも失っちゃいない。同盟からかけられる賠償金その他の額次第では、これほどの終わり方は無い。
・・・割を食って恨みがあるのは俺達だけだ」
「・・・!!!」

パオラにしてみれば、納得いかない。
自分達が己自身を磨いてきたのは、ただただ自分の国と王の為、民のためだ。なのに。

全てに見放されて、辛酸を舐めるだけで終わるというのか。

「こんなのって、ない・・・」
「けれど、マケドニアは。こんなにもマケドニアのまま、負ける事が出来た。これでもうドル―アともアカネイアとも戦わずに、次の為に、歩きだせる」

それは、本当にいい事なのだ。
大陸の全てが巻き込まれ、多くの国がそれぞれに傷つく中で、同盟軍としては、まだ戦い続けなければならない中で・・・
マケドニアは、その中からいち早く抜ける事が出来るかもしれない。

「う、うあ、うああああああああああああああっ!!!」

パオラは、アベルの腕の中で泣きじゃくった。
敵にいいようにされた揚句、最良の結果を突き付けられる。
死力を尽くしてきた挙句に、何でもないようにあしらわれた。
くやしい。

絶望でも、慙愧でも、怨みでもなく。


自分の中だけで終わるような、生温かい苛立ちだけ。


まともにアベルの顔を見れないままそうしていると、馬にのせられて抱きすくめられた。
馬の背の揺れが気持ちよくて、パオラは少しだけ長い眠りに落ちた。


 ・


城門の陰で、すくんでいる人影が二人分。

城内が無人となった所で、一人が顔を出した。

「・・・もういいみたいだ。俺達も戻ろうぜ、レナさん」
「・・・うん」

アイルをミシェイルが強襲してくるタイミングでの、神竜の『ワープ』による本陣帰還。
それがレナの役目だった。

・・・それは、ミシェイルを無き者にする決定打である。

それをレナがになったのは、当然それ相応の理由があったからである。

「これで・・・」
「ああ、これで、レナさんの願ったようになるよ。
だって、カペラちゃんが動いてくれたんだろ?」
「ええ・・・」

そう。
これで、マリアもミネルバもレナも。ミシェイルを失いたくない、しかしマケドニアも失えない者達が。
救われる。
だって、ミシェイルはこれで『死ぬ事』が出来るのだから。
だったら。

すべてが。


もう、レナはミシェイルに会う気は無かった。
そして、ジュリアンの手をとった。

「レ、レナさん?」
「ごめんね、今まで」

まだ、ミシェイルの事は愛している。
けれど、自分はもう、ジュリアンと共にいようと思った。

「まだ、あたしがいい?」

ジュリアンが、そう望む限りは。
そうしようと、思ったのだ。

「レナさん・・・」

ジュリアンは、はっきりと答えることはできなかった。

傷ついた彼女を見捨てないという選択と。
彼女が何を愛してきたかの片鱗を見た上でまだ残る彼女への憧憬。
さすがにそれを同じものと捉えてしまえるほど、ジュリアンも純粋ではない。


 ・


ほかにどんなことをされたら、『彼女』だと・・・
シーダだとはっきり分かっただろう。
あの魔女ならどんな演技でもしそうだ。さっきのが演技でない保証がどこにあるのか。

なのに。

信じてしまった。


この上なく納得し、信じたい自分がいた。

自分の意のままに動かぬ己の手が、目の前の男に乳房をさらさせた事へのどうにもならない拒絶と恥辱。『それ』から目をそらそうとしない彼からどんな思いを抱いたかまでひっくるめ、本物のシーダだと、そう思った。


オグマにしてみれば、彼女はなんだろう。

主君であり、恩人であり、想い人でもあり、妹や娘、姪のようでもあり。
およそ男が異性に抱く好意の種の半分以上を、彼女一人でまかなっていたろう。


自分は彼女のために生まれてきた、そうでないなら自分が死ぬとき、自分は彼女が幸せになるための力の一端であった。そのための研鑽を惜しむことはない・・・ いや、惜しむ意味がない。自分が生きる意味を持たせてくれたのが彼女である以上、それを惜しむことはただの自己否定だ。

そうとさえ思ったのに。


『それ』を目にしたとき、オグマは目を離すことはできず。
彼のものはいきり立った。
その双丘にむしゃぶりつきたいとはっきりと思ったし、閨で彼女を押し倒して嬌声を上げさせる場面を詳細に浮かべていた。

生気が抜けたようにほうけていつつも、オグマのそれは萎えそうにない。目を開けたまま夢精をしそうだった。

底のない自己嫌悪が己を苛みながら、思い残すことなく昇天するような幸福感と浮遊感も同時に感じていた。
大切な人を晒し者にされた怒りと同時に、それを両の眼に写してくれたあの魔女に心よりの感謝をしていた。


オグマは、戦場のど真ん中で思考停止していた。
幸運は、そのすぐ後にミシェイルが同盟軍に突っ込んだ・・・ つまり神竜も消え、皆逃げ始める段階であったということだ。


幸いというのはもうひとつあった。


あの時、周りには誰もいなかった。

シーダの乳房を目撃したのは、この場ではオグマのみである事。
それは、オグマがシーダの乳房を見たという事実を、ほかに誰も知らないということだ。

そして。


なんとか難を逃れていた、サジ、マジ、バーツが倒れているオグマを見つけた。

オグマはうつ伏せになっていて、譫言を言うこともなかった。バーツが周りを警戒しつつ先導し、サジとマジが肩を貸して引きずったため、彼の萎えていないモノに気づくことも、彼の淫らな妄想に気づくこともなかった。


(・・・俺は、どこまで下劣な男なんだっ・・・!!)


男が美しい女に懸想するのは当然のことだ。そこにどんな感情があろうと、それは起こりうる。である以上、オグマのそれはそこまで否定されるものではない。

だが。


彼自身の誓いとその克己的な感情が、その劣情を断じて許さなかった。


 ・


『うしろ』のほう。どこがどうまではっきりとは分からないが、あつい。
『みぎ』がしびれるようで、こごえるよう。

くらやみのあいだからぼんやりとさすひかり。
かすれたふえのような、おと。

その暗闇が自分の瞼である事も意識出来ずに。
それでも、いくつかは届いている。

頬に落ちるそれが涙である事も、かすれた笛の音というのが、しゃくりあげつつ自分を呼ぶ声なのだとも分からなくても。

届いたのだ。


それがどういうことか分かるのは、彼でなく、涙と声の主。


『・・いさっ・ ・・・ぁいでっ・・・・!』


ミシェイルは、右わき腹をやられていた。
槍の持ち手である為、アイオテの盾の反対側だったのだ。
盾の側にカペラがいたのは、カペラがそう動いたのか、ミシェイルがそうしたのかは二人だけが知っている。どちらにしてもその結果、ミシェイルはアイオテの盾の結界が消滅する瞬間に、霧のブレスの対流の余波を部分的に受けてしまった。


その事を、今ミシェイルは理解できるような容態ではなかった。


 ・


キャオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!


その咆哮と共に浴びせられた絶対零度の霧の吐息。
方向転換も出来ずに、ミシェイルは直撃を受ける。

その霧の中に、アイオテの盾の結界が押し負ける瞬間。


『発動(ガーフィル)』


その光は。
ミシェイルの背に姿を消して隠れていたデネブが、指輪を・・・
『時渡りの指輪』を発動させた閃光。
かつて、カペラを十数年前に送った、小さな竜からの贈り物。
対になった指輪を重ね合わせる事によって発動するが、『時間』と『空間』を司る石のうち、割れていたのは『時間』の石の方だけであった。

つまり。

カペラの持っていたその片割れの指輪は、一度だけ瞬間移動をする事の出来る指輪なのだ。


次の瞬間。


カペラとミシェイルは、マリアの待っている庵にまで転移する。

無事とはいえぬまでも。


そして、はたから見れば、ミシェイルはここで完全に死んでいた。
チキの霧のブレスを疑う者もいない。
死体がないのは至極当然。
灰になりかけて崩れているような飛竜の翼と、その結界との力に振り回されて花びらのように舞い落ちるアイオテの盾が、確かにそこにミシェイルがいた事と、姿がない事を同時に証としていた。


 ・



そうして表向きは死んだミシェイルであったが。
どちらにしろ死にかけていた。

アイオテの盾の結界が破れ、一瞬霧に包まれねば微妙な不自然さが残りかねない。タイミングはギリギリの所を要求された。
しかし、練習も出来ない・・・ 一度しか使えない魔法具の発動所要時間。一瞬のタイムラグと、結界の破れる瞬間のミシェイルの姿勢。それが、予定以上のダメージをミシェイルの体に負わせる事となった。


「リカバー!!!!! りっ、リカバーーー!!」

マリアのリカバーが、ありとあらゆる場所を十全の状態に治していく。しかし・・・

切り傷が「治癒」すれば、あとが残るか残らないか程度まで回復するだろう。
しかし、吹き飛んだ腕や足が「治癒」した場合、「手足のなくなった体」が生命活動を取り戻すに留まる。
治癒は治癒であって、「再生」ではないのだ。

そして、不可欠な臓器が失われていた場合。
「もたせる」事くらいしか出来ない。

これは、マリアがかつてイサトライヒで似た様な目に会っている。

・・・となれば。

当然、同じ解決法が使える可能性があった。


「カペラさんっ・・・ 治らない、治らないですっ・・・!」

マリアは混乱していた。
マリアは聡い娘だ。助からないのは見て分かる。知識としても、前述の、『治癒は治癒であって再生ではない』事は頭にあるのだ。

それでも、彼女は泣きながらリカバーをかけ続けていた。


「・・・方法は、あります」
「お願いします!! なんだってします、なんだって渡します!! にいさまを、死なせないでっ・・・!!

勝手な事言ってるのわかってる、でも。
当たり前の事だけど、どんな人でもそうだろうけど!!

にいさまは、にいさましかいないのっ!!!」


だれにとって、どんな風に大切であるかは、それぞれだろう。
けれど、その人が、その人しかいないのも間違いない。
マリアにとって、本当は父で、彼女の中では・・・
最愛の兄であるミシェイルは、ミシェイルだけだ。


レナが彼女のために、竜石を譲ったのは。
ミシェイルが自分の命より大事にしているものが、マリアだと知っていたからだ。

マリアを愛するミシェイルが、好きだったからだ。


カペラは、この三人の、誰の思いも知っていた。
それはかつて、苛立ちながら見つめ、いずれこの世界ごと自分がこそ屠るものの一部として目をそらしていた。

姉の死と、義兄の生存と。
浅ましい自分の希望と絶望から逃げられない今だからこそ、再びやらなければならない。

「・・・分かりました」

マリアのワンピースを首の部分から少し破る。
そこには、竜石を胸元に埋め込まれた、少女の首筋があった。赤く鈍く、炎のように煌めいて揺れるそれの出っ張っている部分を、カペラの手が撫でる。
皮膚と竜石の継ぎ目の部分にそって、僅かに光るカペラの手が動く。指で尺を測るように、つつつと境に触れてゆく。

と。

まるでゼリーでも切り取ったかのように、かぱりと半円がとれた。

「!!!!!」


目を丸くするマリアにカペラは構わず、そのまま、抉られているミシェイルの右の胸に押し当て、呪文詠唱が始まる。
失われつつある命を補う、欠損部分を代替するなどというのは、並の術ではない。しかし・・・

『竜石』は、かつては人がそれぞれを悪魔や神として恐れ崇めた者の『力の結晶』。世界を滅ぼしかねない、均衡を崩しかねないとして封印した『竜の本質』。
『星の力』の単位として使えるほどそれは。

その『並でない』ことをやってのけるだけの力を秘めるのだ。


「・・・心配はいりませんわ。以前のマリアさんの方が危険だったくらいです。ミシェイル殿下は胸が『抉れて』いる程度ですんでいますもの。胸元に『風穴のあいていた』貴方より全然軽傷ですわよ」

油断出来るわけではないだろう。
しかし嘘でもない。
少なくともその言葉は、マリアを少しだけ落ち着かせた。


 ・



一体どれくらい朦朧としていたのだろう。
痛みもしびれも焼けるような熱さも、感じているのに届かないような、はっきりとしつつもまるで他人事のような感覚。
それが、痛みも熱さも和らいでいくのと同じスピードで自分のものに戻っていくようだった。

「・・・・・・」

音にならない。声が出ない。
それでも、十分だった。

それは、マリアにとって。

「にい、さま」

ああ。

目は真っ赤になっている。泣きはらしただろうその目には、それでもまだ涙が浮かぶ。

「まい、あ」

舌が上あごまで届かず、『り』の音を震わす事が出来ない。
でも、名を呼んだのが伝わる。


「にいさま。  ミシェイルにいさま」

にいさま。


それだけの音に、どれだけの愛おしさが詰まっているのだろう。
自分を呼ぶその音に、彼女の何処までが込められているのだろう。

何を伝えたいのだろう。
何を言いたいのだろう。
分かるわけではないのに。
名を呼びあうだけで、分かりあえるわけでもないのに。
何も届いていない筈なのに。

響き合っているのは、分かりあっていて。


(・・・ああ)


まだおれは、いる。

いる、んだ。



乳母はマリアを本当に可愛がっていた。
ミシェイルもミネルバも、本当は祖父である父王も。
しかし、実母は全く省みようとはしていなかった。

マリアはその立場ゆえに、周りの目を気にし、可愛らしく振舞いつつ、聡くもあった。
気にかけてもらえぬ母と、気にかけてもらえる誰かがあまりにも差があったからか、『無視される寂しさ』と、『愛される幸せ』をよりはっきり自覚していたのだろう。見知っただけの者や通りかかる人々までにも、出来うる限り心を砕いていた。
どんなに愛そうとも、興味を持とうとしない実の母がいたからこそ。
その寂しさを他の誰にも、自分の配慮の足りなさで、欠片ほども味あわせたくなくて。

ミシェイルは、いつだって応えた。
その罪悪感から、目をそらす事も出来ないという部分は無いとはいえなかったが、冷たくした事は一度もない。

マリアが悲しむのを承知でした事は。
連合に与して戦を始めた事と、そのために父と義母を殺した事。
人質とした事。

それも全ては、彼女の為でもあった。



恨まれるかも、とは思った。
いや、だろうと思っていた。


けれど。



マリアは、ミシェイルがまだここにいる今、彼に触れて微笑みながら。
愛しさをこめて、呼んでいる。


にいさま




にいさま







にいさま

にい、さま







握る手のぬくもりに安堵しながら、寝息を立て始めるその時まで呼び続けていた。
マリアの涙の跡が乾き始めた頃、よどみなく刻む心の音に身をゆだねて、ミシェイルもまどろみに落ちた。

その寝息の安らかさを聞いて、花の綻ぶように笑顔を見せるマリアは、幼きながら全き聖母であった。

続く


by おかのん (2014-04-29 15:26) 

ぽ村

>>おかのん
とうか(゚д゚ )乙 これは乙じゃなくてポニーテールなんたらかんたら

・・・最近使ってないはずなのに一発変換で出るなこの絵文字;

かなり気になってたジュリアン話なんだが、引っ張りやがったなぁああ(笑)

というか、その後のオグマの話への区切りがちょっと不明瞭だったので、ジュリアン話の延長かと思って混乱したでござる

次回作が無い(?)ならミシェイルの出番はココで戦死するくらいしか無いと思うが、生かしていたのならそれなりの役目があるのかしらん?
by ぽ村 (2014-04-30 11:52) 

おかのん

>ジュリアン話
彼は昔盗賊だった後ろめたさを抱いてるので、積極性や独占欲に欠けるんですよね・・・
彼女自身のためには献身的で一所懸命なんですが。

>繋がり不明瞭
むう。未熟。

>ミシェイルの出番
さすがにないんですが、殺しちゃうとマリアが使い物にならなくなるでしょうので。カペラの贖罪の形というのもありますし、何より・・・

潰すだけだと今のアイルたちには簡単すぎてドラマにならなかったというのもありまして・・・

不憫すぎるわ覇王(´;ω;`)

by おかのん (2014-05-01 09:17) 

ぽ村

>>おかのん
話上の都合で生かさせてもらうとは・・・うm、不憫ナリw

ジュリアンは盗賊の割に言葉遣いが丁寧よな…
改心の成果?
by ぽ村 (2014-05-01 12:20) 

おかのん

~偽りのアルタイル~

幕間 その24 マケドニアの英雄達 


「・・・それではガトー様、よろしくお願いいたします」
「にいさまを、お頼みします」

カペラとマリアは、二人で深々と頭を下げる。
一命を取り留めたミシェイルだが、ガトーが預かってくれることとなったのだ。

カペラは他にもやることがあるし、マリアは同盟軍の要の一人でもある。
今回のマケドニア城攻略戦では、どうしてもやらねばならないことがあると言って、前線から外してもらったのだ。この上実はこっそり助けていたミシェイルと同行するなどというわがままは言えない。

そもそもマケドニアを攻める作戦中にマケドニアの姫君に内容を明かせない別行動を許可するというのは、信頼とか度量の問題ではない。常識的に考えれば指揮官は頭がおかしい。

にもかかわらず、『別任務である』と言って、味方にもフォローをしてくれているアイルには、マリアとしては本気で頭が上がらない。そしてカペラにもだ。彼女のおかげで、兄が一命を取り留めた・・・ それどころか、世間的には死んだこととなって、マケドニアの敗戦の責任から逃れることもできる形になったのである。
これから、彼は・・・ミシェイルは生きていても良くなったのだ。

もっとも、カペラの存在やそのフォロー、世間的に死んだことも含めて全てアイルの手の内である。
代わりにがんじがらめになったのは、竜石術士であるマリア自身だ。チキに次ぐ局地戦略兵器として運用できるマリアに、返しようのない借りを作った今回の件・・・ アイルにしてみれば、マリア本人が思っている以上のメリットである。

もっとも、この事はアイルは知らないことになっている。ミシェイルが実は生きているということを知れば、立場上せねばならない事が出来てくるし、『そうしなくてもいい理由』を、マリアの納得するかたちで伝えられない、とアイルが思ったからだ。マリア自身が納得できない理由では、いらぬ疑心暗鬼を生む。ならば知らないことにしたほうが簡単だ。

勿論、アイルが影武者で、さらわれたマルスの代わりをしていると思っているマリアにとって、ある程度は持ちつ持たれつが成立するという目算はあるだろう。それでも、『今回の一連のことが全てアイルの手の内』とまでは知らない以上、彼女が抱くのは感謝ばかりで、その上で隠し事をしなくてはならない罪悪感からは逃れられない。

それはともかく。

マケドニアの問題は、それなりに片付いたと言えた。
それはガトーの機嫌の良さからもわかる。

「うむ、任せておけ。
ミシェイルのした事は良くないことも多いが・・・
わしはあやつの純粋さも知っている。罪を犯したとて、それでも救ってやりたいと思うのじゃ」

実際、ガトーはマルス(アイル)に感心していた。この結果はかなり偶然も手伝っているとはいえ、ガトーも出来ないと思っていた、かなり良い結末に収めてみせたからである。

余談であるが、ミシェイルと一緒に、バヌトゥもガトーの治療を受けている。グルニアでの傷を癒すためだ。
レナやジュリアンと共に来た時に、頼んだことである。
やはり傷は深く、何より高齢なこともあり、しばらくは安静だそうだ。
まあこれはそれだけの話ではある。
チキはそれなりに心配したが、ガトーの下にいると聞いて、それ以上は気にしていなかった。

「さて・・・

いよいよじゃな」
「ええ・・・」

ガトーの大転移魔法陣が完成すれば。
いよいよガーネフとの決戦である。

ファルシオンを手に入れねば、メディウスを倒すことは難しい。ドルーア攻略の前に成さねばならぬ事であった。
そして、カペラにとってはそれは、今までの・・・
二十年近くの復讐の人生の決着でもあった。


 ・


西日の差す廊下。書類の束の待つ執務室への道のりの途中に、多分頃合を見て歩いてきている『彼女』と目が合う。

「・・・アイル」
「デネブか」

頬を僅かに染めながら、上目遣いで手を後ろに組んで、落ち着きなさそうにしている。

「・・・・・・」
(相変わらずだな・・・・・・)

残虐で奔放なくせに、いじましい。
魔法の知識や武芸の腕は反則級な分、扱いにくさは筆舌に尽くし難く、根本が阿呆なのでどうしようもない。

ついでに絶世の美少女で、おまけに妖艶だ。

「カ、カペラのやつからいろいろ聞いているぞ。カダインのはるか北、砂漠の中にあるテーベ・・・
いにしえの魔道により作られた強力な器械が数多くあり、ガーネフがあれほど巨大な力を大陸各地におよぼせるのは、それらの力を借りてのことだろう、とな」
「ああ」

これは大切な話であった。
その魔導機器をなんとかすれば、そもそもガーネフはマフーを使いこなせなくなる可能性が高いのだ。
スターライトを完成させられなかった現状、それは唯一の希望だった。

「何か考えはあるのか?」
「まあな」

カペラはかなり力を失っているとはいえ、そばにいるアランやカチュア、ミネルバやリンダという、使える手駒を抱えている。彼女とコンタクトの取れる現状・・・特に今回の戦場であるテーベは、彼女の庭であったことを利用しない手はない。

アイルはうまくやる自信があった。
その後についても、神々である竜に対して行う戦争である以上、十分以上の準備をしたつもりだった。

だが・・・


それをあざ笑うかのような、予期せぬ出来事が、すでに起こってしまっていた。


 ・



「くくくくくくくく・・・・・・・・・・・」

ここは、くだんのテーベ。

かつては、高度な文明を誇ったと思われるその街も、今は死に絶え、動くものすらない。

その中央にあるテーベの神殿。

そこに司祭を装う魔王ガーネフがいた。


「く、くく、くはははははははははははははははは!!!!!!!!!!!
ぐはははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!!!!!!!!!!」

その醜い顔をさらに歪め、笑い続けるガーネフ。

「完成した。ついに完成したぞっ!!!!!
これで、これで・・・ あのどうにもならなかった力が、意のままになる!!!
そうだ、そうだ!!!
あの暗黒竜の力を借りずとも、わし自らが直々に、いや、わし一人でもって世界の征服を成し遂げるっ!!!!!!!!」

それは、夢だった。
自分を愛さなかった世界を、自分の思うように作り替える。
すべてを、自分のものとする。

誰も信用できない、しかし自分一人では成し遂げられない。だからこそ、利用するという形をとってきた。

しかし。

自分ひとりで出来るのなら、それが最上だ。


「くくくくくくくく。
検体名『ベガ』よ。貴様はわしのしもべだ。いや、わしの命令を『あれら』に伝えるつなぎの役でしかないわけだが・・・
喜べ!!! 偉大なる魔王の走狗となれることをな!!!!!!

ぐははははははははははははははははっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


『レギオン計画』。

『軍団』と『悪霊』を内包するこの言葉に成る程則した計画名である。
カペラは復讐と同時に、自分の作り上げたこの研究をガーネフが完成させる前に白紙に戻させるのも目的だった。

・・・完成してしまった。

その事が、ドルーア帝国の運命さえ変えかねなかった。

いくつもの運命があろうと、残っていく過去だけが『運命だった』と断じられてゆくならば・・・

この先のそれは。

未来とは何か。


 ・


少し大きめに開けた平地の中心。雲一つない空の下、アカネイア同盟軍よりすぐりの猛者達が寄り集まっていた。
不安を隠せずに彼らを見送るのは、彼らの縁者や友人達。そして誰あろう同盟軍の旗印、ニーナ姫だった。

「・・・気をつけてください。マルス王子。
そして、必ずやガーネフを倒してきてください・・・」
「お任せ下さい、ニーナ様」
(そして、くれぐれも余計なことはするなよ・・・)

ニーナは、昨日まで自分も行くと言って聞かなかったのである。気概があるのは結構だが、純粋に邪魔だ。いや、何かあればアイルは同盟軍ごと破滅であった。

目下にあるのは、空間を繋げる・・・しかも数十人の人間を一瞬で目的地に送る大転移魔法陣。ガトーに描いてもらったものだが、十数人が限界であるとして、余計な数どころか、中隊規模の軍隊も送れない。となれば、精鋭をよりすぐる必要があった。

アイルが選んだのは、いつもの・・・ というか、子飼いのメンバーたちだ。
一騎当千のシーダ。(デネブ)
まんま戦略兵器のチキとマリア。
秘書や用心棒的な意味合いでノルンとアテナ。
偵察用のフレイ、ニーナからの目付け役としてホルス、攻城戦用のユミルとウルスタ、ダロス、シューターにも同様の役として、ベックとジェイク。回復用員としてエッツェルあたりにも出てもらう。

今回、ロジャーやリフは留守番だ。
一騎当千とは言い難い上、面倒事を起こしかねない部分がある。
・・・特に女絡みで。

ともかく揃えたメンツを前に、ガトーが術式の開放をはじめる。

「それでは、勝ってくるのだぞ。
スターライトなしでは、かなり厳しい戦いとなろうが、策はあるという、お主の言葉を信じよう」
「はい」

キィンッッ!!!!!!!

音叉が砕けるような音と共に、描かれた陣を沿うように光が漏れ始める。
それらがアイルの選んだ勇士と、その勇士達に許された数名の共を包む。

シュウオオオオオオオン・・・・・・

光が消える頃には、彼らの姿は消えていた。


 ・



アイル達がガーネフとの戦いに向かった頃、パオラはアベルに別れを告げていた。

「・・・もうここでいいわ。ここまでくればペガサスを呼んでもあまり目立たないと思う」
「・・・そうか」

アベルはずっとついて行くつもりだった。
戦が終わって、泣き叫んだ後、止めにミシェイルが死んだらしいことを聞いたパオラはしばらく放心していた。
マケドニアという国がこれからどうなるのかは分からないが、彼女に出来ることが今はない事も明白だった。
アベルにだってない。
だったら、いずれマケドニアに必要になるだろう彼女の支えになる事も、アベルには意味のあることだ。

いや。

それこそが彼のしたい事だった。
例え、幼馴染のアルベルトだと思い出してもらえないとしても。
あるいはただ今の自分と重ならないだけだとしても。
彼女を守ること。それはアベルにとって意味のあることだ。
いや、彼の中にそれ以上に意味のあることなどないのだ。

・・・それでも。

「・・・ごめんね。『一緒にいてやる』って言ってくれた事、嬉しかった。でも今は・・・
一人に、なりたい」
「・・・わかったって。

・・・じゃあ、な」

パオラはそのまま行ってしまう。

・・・この選択を。
彼女は後に悔いることになる。

なぜなら、この時『誰かがそばにいるべき』だったのは、アベルの方だったのだ。
戻ってくるべき主のもとに戻ってきたはずのマケドニアで、騎士たる彼は何も守れずに終わってしまった。
彼の心は実は誰よりも傷ついていたのだ。
パオラを送ってしまった後、彼は抜け殻のようになった。それは、パオラの比ではないほどに。

彼女が後悔するのは、そんな彼に不幸な出来事があったからではない。
出会いがあったことだった。


(・・・これから、どうしたもんかな)

うまく働かない頭で、アベルは考える。
・・・結論は出ている。何もないという結論が。
繰り返しになるが、何も守れなかった騎士はもう守るものがなかった。己のもつ能力すべてをかけて守るものは、自分の手からこぼれ落ちてしまっていたのだ。

あてもなく、彷徨った。
本当に本当に、なんのあてもなく。


 ・


・・・どれくらいそうしたろうか。
さまよっていたのだろうか。

それでもそれは、その出会いは。
その日のうちだった。

(・・・・・・ん?)

馬の、嘶きが聞こえた。
それは、聞き慣れていれば多少区別のつく、ペガサスのものだった。

(・・・パオラが戻ってきたのか? それとも別の・・・)

そう思って近づくと、天馬だけがそこにいた。
周りに目をやると・・・

(あ・・・)

そこにいたのは、パオラではなかった。桃色の髪をした、別の騎士であった。

彼女は、水浴びをしていた。

・・・関わる意味はなかった。そっと離れようと思ったのだが、アベルは思うより焦っていたようだった。

パキぃッ!

(げ)

誤って柴を踏んだ。

「誰かいるですか!?」

しかも気づかれた。

・・・正直、そのことでアベルは変に肝が座った。
どうでも良くなったのかもしれない。

「・・・すまない。しかし誤解しないでくれ、覗きをしていたわけじゃない」
「痴漢はみぃんな認めはしませんよ」
「これもまさに痴漢のセリフだろうが、証拠はないだろう? 俺が紳士だという確率も考慮してはくれないかな」
「姿を見せた時にどういう向きかで決めてあげます」
(?)

一瞬わからなかったが、すぐ得心がいった。
アベルは彼女に背を向けて立ち上がり、姿を見せる。

「・・・ふむ。 わかりました。そのままでいてください。服を着ますから」

覗きであるなら、やましさがあるなら、報復を受けることを恐れて、背を向けはしないだろう。誠意と信頼と常識がなければ、出来ない。

アベルが多少やけになっている部分もあった。自分の命がまず大事なら、一目散に逃げれば済むことだ。

「もう、いいですよ」
「そりゃどうも」

手を挙げたまま振り向くと、後姿からも見た桃色の、短めの髪があった。
すっかり兵装を整えたその少女は、マケドニア白騎士団の装いだった。

「すまないね。仲間の天馬騎士を見送ったばかりだったから、馬のいななきに、戻ってきたのかと思ってしまってな」
「まあ、信用しましょう」
「ありがたい」
「しかし、許すかどうかは別問題ですにゃー」
「おい」

頬が引きつる。

「不可抗力はあっても、見られた方は割に合わないっす。
大体、こんな美少女のお尻を見たからには、あなたはこれから数ヶ月、下手すれば一生、私のお尻を思い出して夜中にシコシコするんでしょう? いやいや、妄想の中で私の大事な所にどぷどぷ注ぐかもしれないし、夜の街で遊ぶ時にまでそうするかも」
「ちょっと待てい」
「となると私の心理的被害は相当なものです。その分くらいは償ってもらわないと」
「言いがかりにも限度というものがだな」
「とりあえず下僕決定です。私が飽きるまでぐらいは覚悟してくださいのー。ああ大丈夫、これまでこんな感じに私の下僕になった人は多いですけど、その男の底が見えた時点で、私の中でそのへんの虫と同列になるんで、その時には私の言う心理的被害という理由そのものごとポイ捨てますから」
「・・・・・・」

とてもとても変な女と厄介なことになってしまった。
だが、パオラに結局思い出してもらえず、同行すらも許されずに別れた上、マケドニアのことは自分の手の内から外れてしまった今、アベルは目的がなくなっていた。そのせいで、彼女の命令に全力で背く気概を持てなかった。

「・・・わかったよ。主を失った騎士なんぞ文字通り虫以下だ、せいぜいこき使ってさっさと飽きてくれ。
それで新しいご主人様、御名をお聞かせ願えますか?」
「エストだよー。お見知りおきれ」

これが、アベルとエストの出会いだった。

なんだかんだで影のある、優秀な騎士アベルをエストは気に入っていき、飽きることはなかった。
後に二人が結ばれることは、さすがにこの時点ではうかがい知れないが。


 ・


「兄貴、大丈夫なのか」
「ああ、何か、憑き物が落ちたような感覚だ。

シーダ姫の事はまだ心配だが、俺に出来る事は他にある。
・・・ひと月も経たないうちに、ドルーア帝国とアカネイア同盟軍の最終決戦が始まるだろう。その時までに、ドルーア内でのレジスタンスの結成を行わなければ」

元々奴隷剣士であり、その上でタリスの傭兵団を一手に引き受けていたオグマである。水面下での裏工作は、其の辺の間諜よりも手馴れていた。

「サジ、マジ。そしてバーツ。お前らも協力してくれ。何も命懸けで戦えとか、反乱を起こせと煽らなくていい。
アカネイア同盟軍がドルーアに攻めて来た時、ドルーアにいる人々に、その機会を逃さず、巻き添えを喰らわないよう逃げる・・・そういう心構えをそれぞれにしてもらえればいいんだ」

それこそがシーダやマルスの望む事だと、オグマは確信していた。実際、その意味合いは違うが、アイルも望んでいることだった。
混乱した味方ほど、戦場で鬱陶しいものはない。機に臨んで即座に退場してくれれば、アイルの策は即座に使えるだろう。

オグマは、『マルス』が偽物だろうがなんだろうが、そばにいるシーダが本物である以上、それを守るために、『アカネイア同盟軍』の勝利の助けになることをしようと割り切ることがやっとできた。
自分の思いを自分自身が認められない、そんなことに思い悩んでいたが、シーダの乳房を目にしたことで、オグマの中で、叶うはずのない願望がひとつ叶ってしまった。その事が、部分的にオグマを開放したのである。

代わりに、自分自身を許せない感情は残ってしまったが、いつまでも引きずって成すべきことを見失うほどオグマは惰弱ではない。

ドルーアとの決戦の時、彼のした事は確かにシーダとアイルの助けとなることになる。


・・・勿論、デネブ自身を許せぬ感情は、より深くなった。
しかし、シーダと文字通り一心同体である今、どうすることも出来ないというのもよく理解したのである。



 ・



その頃。
カペラはミネルバ以下、アラン、カチュア、リンダ、ビィレと共に、テーベを目指していた。
ガトーの魔法は瞬間移動のため、彼らに合わせて事を成すには、先んじて動く必要があった。そのため、もう数日で付く範囲まで来ていた。

「西へ東へと大変だな、カペラ殿」
「仕方ありませんわ。単体の移動さえ距離が限られ、私も神出鬼没とは行かなくなりましたもの・・・
手勢を引き連れてとなると、ミネルバ様のお力を借りねばなりません」
「いやいや、お役に立てて嬉しい限りだ」
「カペラ、私たちも頑張るからね」
「・・・ええ」

皮肉なものだ。
すべてを恨んで生きてきた筈なのに、死ねない理由ができた途端、今までしてきたことの意味が反転した。
リンダやカチュアの純粋な友情が、胸に痛い。
それはあるいは幸運な事なのは分かっているが、今までの自分がどこまで愚かであったかを、いやがおうにも突きつけられる。

そんな物思いの最中。


空中に・・・


キィンッッ!!!!!!!

音叉が砕けるような音と共に、描かれる陣を沿うように光が漏れ始める。

「な・・・ 『ワープ』・・・?!
いえ、瞬間移動系の別の術か何か・・・!?」

そこから飛竜とともに出てきたのは、なんとガトー。
そしてレナとジュリアンであった。

「ガトー様・・・!?」
「おお、驚かせてしまったかな。
ドルーアの事、とりわけ此度のガーネフに関する事は、儂の責も多い。聞けばこの者達もガーネフとは因縁あさからぬようでな。マルス殿とともに言っても良かったが、蛇の道はなんとやら。こちらに手を貸したほうが良いかもと思って、カペラ殿を追った次第よ」
「は、はあ・・・」

かなり自由なことを言っている。
どうも賢人の心を動かす何事かがあったようである。

「・・・俺が頼んだんだ。レナさんはガーネフとの決着をつけなきゃなんない。レナさんには以前みたいな力はないって聞いたけど、それならどうやって決着がついたかくらい見届けないと、レナさんもすっきりしねえと思って・・・」

これか。
と、カペラは思った。

元々は小悪党ながら、ジュリアンはどうにも純朴だ。
レナに出会って心を入れ替えたというが、どちらかというと、慈母愛に満ちていた頃のレナと響き合ったというのが本当のところだろう。そうあろうとするというより、そうせずにいられない・・・ そういう善意としての性根を持っているのだ。
それが証左か、ベガの危害が自分に及ぶや修羅になったレナとは違い、軍の中で言われぬ謗りもうけただろうに、今まだ同盟軍やレナのために、自分が道化たろうと、そして何かしら成そうとしている。
手柄や金でなく、誰かを喜ばそうと、悲しみから助けようと、いつも働いているのだ。

そして、人の事の見えすぎる賢人というのは、自分と位の変わらぬ知を湛えた相手を求めながら、愛するのは大抵こういう、滑稽なほどの善人だ。

(ま、大賢者が手を貸してくれるというのを拒む理由もありませんわね)

表面を繕って、礼を言っておく。


・・・カペラは気づいていない。

勿論ジュリアンのことも当たっているのだが、もう半分は、自分の不器用な立ち回りをこそ、ガトーに愛でられているということに。


続く
by おかのん (2014-05-15 21:49) 

ぽ村

>>おかのん
投下乙

そうかようやく最終決戦が見えてきたか・・・
長かった・・・が、話ってのは畳むのが難しいので気合入れて臨んで欲しいところ


>マリア
戦後(というか、終戦直前でも)ドサクサに紛れてどっちかがどっちかを最速で暗殺しないとイカンくらい弱みを握られ同士と思う
や。
でもアイツが来たら全て丸くお(久々の先読み脳失礼)

>パオラ
フラグ消滅ww

>オグマ
今回リアルだなと感じたのがコイツの行動原理
コイツにとってマルスはあくまで外様だし、なおかつ恋敵だからのぅ
もっと排撃的な性格を出しても不思議じゃないけど、敵を包囲してるてるアイルは戦後味方(のハズの連中)にh(これまた先読み脳失礼;)


イカン・・・脳味噌が元気すぎる・・・;
by ぽ村 (2014-05-16 20:12) 

おかのん

>ようやく最終決戦
・・・の、影が見えてきただけでね。
ここからガーネフとの決着、ドルーア編そのもの、そして外伝的な異次元シナリオ、ドルーア城突入編と・・・

まだまだ長そうだあ・・・

>マリア
確かに・・・
何しろマリアとミネルバはアイルが偽物って知ってるし、アイルはアイルで(マリアは一応隠し通したつもりだけど)ミシェイル生存を知ってるし・・・

一応考えてる流れはあるんですがね。

>フラグ消滅w

どうにも自業自得で不幸ですねパオラさんは。
原作では単に『妹思いの切ない慈母系のお姉ちゃん』なのに。どこをどうしてこんなキャラに(←おまいう)

>オグマの行動原理

意中の姫は体乗っ取られて、恋敵はそもそも偽物で・・・
この話で振り回されてないキャラなんて数える程という有様だけど、オグマは上位に入りますね・・・
合掌 =人=

>戦後
一応無意味にハメたりしたことはないんですが、カペラやベガの所業の一部もアイルの仕業になってしまってますしね・・・
カペラの懺悔で口をつぐんでくれた人も多いですが、マルスが戻って来さえすれば、アイルははっきり言ってめっちゃ邪魔ですから・・・
戦国時代怖すぎる(゜´Д`゜)

by おかのん (2014-05-18 20:18) 

ぽ村

>>おかのん
 そ し て 始 ま る 粛 清 
ですねw

ハーディンももっと早くそうしておけば良かったんじゃ・・・
って、紋章の謎の始まりこそが粛清劇かw

そうかまだまだ続くか
・・・今年中という目標にはたどり着けるかしら
by ぽ村 (2014-05-19 02:14) 

ぽ村

>>おかのん
投下乙

で、だ
本邦初の一線級キャラ死亡一番乗りはチキなのかね?!
しかもチミが愛してやまないキャラをかね!

まぁだからこそなのかもしれんが
サジマジだって生きてるのにアレよな


ところでろで
久々に誤字発見ぬ

>去勢なのは解りきっていた。

虚勢?
チンポ切られたガーネフさんを想像してここまでの描写的に似合いすぎて吹いたw
by ぽ村 (2014-06-01 01:46) 

おかのん

>去勢
うわああああああああああああああああ
恥ずかしすぎる・・・OR2
ご指摘どうもです~

>初一線級キャラ死亡
ええとこれはですね。
原作のリプレイでも死んでるので。というか『チキが死なないと出現しないシナリオ』があるので。
つまり愛がないのは私よりむしろ制作サイドですよこんちくしょうめ。

そしてリプレイになぞってあっさり復活します。
(どっちらけやん)
by おかのん (2014-06-01 08:43) 

ぽ村

>>おかのん
>あっさり復活
ああああ・・・・そういえば・・・・;

で、一応直しとこうかこの投下

当の制作者サイドの 久遠 はこの作品どう思ってるのかのう・・・
by ぽ村 (2014-06-01 12:16) 

ぽ村

~偽りのアルタイル~

第23章 絶望の魔王ガーネフ

その1 神竜の死



マルス達は、大賢者ガトーの強力な移動の魔法(ワープ)によって、古代都市テーベに運ばれた。

かつては、高度な文明を誇ったと思われるその街も、今は死に絶え、動くものすらない。

その中央にあるテーベの神殿。そこに司祭を装う魔王ガーネフがいるという。

アイル達はアカネイア同盟軍は、失われた神剣ファルシオン、そして、エリス王女を取り戻す為、そしてなにより、幾多の因縁を抱えるガーネフとの決着をつけるため、テーベに向かったのであった。


 ・


到着するなり、アイルは外連に過ぎる歓迎を受けた。
急に霧が立ち込めたと思ったら、森の中だというのに、まるで洞窟で反響しているような声が・・・

そしてその声は、間違いなくガーネフのものだった。

「くくく…マルスよ。
ようやく、ここまで来たか」

自尊と虚栄の塊であるガーネフのことだ。
その自己顕示欲を鑑みれば、この程度の外連はアイルの予想の範疇を超えていない。

「その声は、ガーネフか」

かろうじて嘆息を飲み込む。
呆れにも似た響きを感づかれて怒られては、予測がしにくくなる。

「その通り。
わしこそは魔王ガーネフだ。

くくく……
待っておったぞ、マルス。

おまえが大陸の各地で勝利し、厄介な連中を倒して貴重な武器を持ってくるのをな。

おまえのおかげでカミュもミシェイルもわが前から姿を消した。

感謝しておるぞ。くくく…」

虚勢なのは解りきっていた。

そもそもそれが目的だというなら、どこにでも一瞬にして移動でき、どんな攻撃も通じない『マフー』を持つガーネフが、さっさとそうしない理由はないのだ。
ならばなぜ、そうしなかったか。
彼らをある程度は利用したい腹積もりがあったからだ。

そもそも世界征服というのは、一人で出来るものではない。仮に出来たとしても、体制の維持にどうしても手駒は必要なのだ。
そもそも帝国というのは、爵位を持つ者達の公国を束ねることで成り立つ。皇帝といえど、そのシステムの頂点にいるというだけで、直轄領以外は運営しない、というか無理だ。

しかし、そこを指摘して鼻で笑ったところで、アイルに益はない。この三文芝居に付き合うしかなかった。


「おのれ…なんという…」

「かわいそうだがそろそろ、おまえには消えてもらわねばならぬ。

メディウスはわが手にファルシオンとマフーがあるかぎり逆らわぬ。
ガトーは俗世に顔を出す気はない…
となればジャマなのはお前だけだ。

そう、世界を我がものとするためにお前はジャマなのだよ!
くくく……!」
「そうはいかんぞ。
お前の思い通りになどさせるものか!」
「くくく…
さて、できるかな?
お前にはわしの本当の姿すら見ることができまい!」
「…どういうことだ?」

そこへ、闇の気配を探るようにと言われていたアテナと、その手伝いをしていたノルンが駆け込んでくる。

「マ、マルス様!!!
神殿のあちこちにガーネフとおぼしきソーサラーがあらわれたとの報告が!!」
「なんだとッ!?」

探るまでもなく、姿を現したまではいい。
しかし、複数とはどういうことか。

「くくく…
さあ、戦え戦え!

わしの分身どもと精魂つきはてるまで戦うがよい。

本物のわしを倒さぬ限りファルシオンは手に入らん。
戦うしかないが、いつまでそんなことが続けられるものかな!?
ハーッハッハッハッハッ!!」

声が遠ざかっていく。

「アイル・・・ どうする?」

アイルは、実はまだガーネフがそこにいる確率も考慮に入れて、言葉を紡ぐ。

「・・・なに。『打ち合わせ』は済んでいる。
今すぐ全力で、幻影共に血眼になる必要はない。

まさか『マフー』という魔道書まで複製できるわけではあるまいよ」

そう言ってほくそ笑んだ。


 ・


『テーベは、結界が張られていますわ。それを解かないことには内部に侵入することはできませんの。
解く事自体は、マリア姫ほどの能力があれば可能なレベルですが・・・』

とはカペラの言だ。
つまりそれは、どうとでもなるということだ。技量だけなら、エッツェルあたりでも十分だろうし、力ずくならチキあたりのブレスで十分だろう。

『ただ、結界自体が警報装置の役割を果たしているでしょうから、気付かれずにの侵入は諦めざるを得ないかと。
・・・で、どのような手を使うんですの?』

そう聞いたカペラに、アイルは言った。

『秘密だ』
『は!?』
『役割だけは決めておこう。俺達は囮を兼ねて、正面から入る。お前らは、別働隊として入って、速やかに目的を達成するか、もしくは後から引っ掻き回す。
お互いの進行状況はわかるように、《エリス姫救出》《魔導機器破壊もしくは停止》《ガーネフ殺害もしくは逃亡》が連絡できるようにしておく。
あとはそれぞれの策を好きなように立てて、臨機応変に対処する』
『・・・それで大丈夫ですの?』

アイルはニタリと笑う。

『オレ達の関係は以前が以前だけに、何らかのアクシデントで足並みが揃わない時にまず疑惑がつきまとう。
互いに搦手、ペテンが得意なだけにな。
だからこそ、目的だけ同じにしてそれぞれ動いたほうがいいんだよ。そしてお前側にはミネルバ以下のこちらにも重要な人物、こちらにはお前の義兄がいる。互いに人質がいるていだ。せっかく差し出した人質が有効だと安心できるように、お互いの作戦を知らせないほうがいいと思わないか?』

作戦を決めてしまえば、人質の位置も大体わかる。
つまり、裏切りやすくなる。救出と作戦決行を同時に始められるからだ。
それでは連携が取れない。
しかし、お互いに利用したいと思うほどには、互いに認め合うだけの技量を持っている同士なのも確か。

『・・・今更ですけど、敵に回したくないですわ、アイル様は。
か弱くなってしまった分、本当にそう思います』
『それこそお互い様だ。魔法の重複起動と火竜の膂力、理力を持つ、残虐魔道士だぞ? お前は。
一騎当千という言葉も色褪せる。一人で国取りの出来る女なんぞどうしろと言うんだ。あの頃、貴様がどれだけ驚異だったか』

そう告げて、アイルはカペラを送り出した。


・・・そして現在。

テーベの塔を取り囲むようにして、アカネイア同盟軍の精鋭・・・というか特殊部隊が展開していた。

結界を解いたまま、ゆるゆると展開し、慎重な作業を続けている。

「・・・アイル、結界を解いて随分経つけど・・・
というか、解くと同時に突っ込むのかと思ってたけど、どうしてそうしなかったの?」

ノルンにしてみれば、不思議でならない。
不意を付くのは、常套手段のはずだ。

「大雑把な三下将校相手ならそれは効果的だろう。
しかし、相手はガーネフだ。その小物っぷり、小心さ、周到さにかけては俺も侮れん。
・・・認めるのも嫌だが、やつの思考は俺に似通るところがある。
力を手に入れた時の増長加減までな。
となると・・・

テーベの内部にあるだろう罠は、『結界を破られた直後に突貫』されても大丈夫なようにしてある。
これは確信に近い」
「そ、そうなの?」
「俺が思いつく限りでも、入口そのものに高圧電流、ドアノッカーに猛毒、開いた直後の槍衾、踏み入れた直後の釣天井、ホールに常駐する暴れ龍、瘴気の吹き付け、毒バチの巣、奈落・・・ これに魔法を使えるとなれば、いくらでも思いつくぞ」
「・・・・・・」

無理矢理よく言えば戦略に対する頓着がない、必要とあらば取り入れる自由な発想とも言えるが、普通に断じれば陰険で邪悪、卑怯千万だ。

「そこまで確信できるからこそ、一番やられて嫌な攻略法も分かる。
普通なら尊ぶはずの『速度』を無視し、丁寧に丁寧に攻略するんだ。解く最中の敵襲にさえきちんと対応しつつ、一つ一つ。
パズルをやっている時に一番腹の立つ邪魔はなんだろうな? 上手に手伝われることか? 完成間近にひっくり返されることか?
ガーネフのような奴は、要になる部分を抜き取られ処分されることだろうよ。自分がずっと努力してきたものが、他人の横槍で一度も完成せずに終わるのがな」
「・・・・・・」

ああ、きっとガーネフとアイルは誰よりも共感でき、だからこそ絶対に相容れないだろう。同族嫌悪も甚だしい。
さすがにノルンは呆れた。

そのまま作業は半日近く続けられ・・・
一階と、二階の一部を安全にしたところでその日は終わった。

複数確認されたガーネフは徹底的に無視の方向だった。
数回襲ってきた者もいたが、魔力の大きさはともかく、マフーの一番の脅威である『絶対防御』は発動が確認されず、ただの魔導司祭として片付いた。
それ以後『ガーネフから仕掛けてくる』ということはなかった。


 ・



「・・・本っっっ当にもう二度と敵にしたくないですわ」
「・・・・・・」

数日遅れて到着したカペラ一行は、テーベの塔の有様を見た。

簡単に崩れないように壁の補強をしつつ、別の壁に穴を開けていく。魔法生物を先行させてのローラー・・・
これまでの作業でトラップにかかって命を落としたものは0という徹底ぶり。
アイル達が瞬間移動でここに来た関係上、カペラが到着するだろう時まで余裕があるだろうということで、過ぎるほどに慎重な作業が行われているのだ。
古代の大帝国の象徴たる塔を、そっくりそのまま作り変えるかのような作業。
今までガーネフが侵入者を迎え撃つために作り続けてきたそれを、無駄にするために行われる丁寧な丁寧なちまちまちまちまちまちまちまちました作業。

これはガーネフは嫌だろう。
心の底からムカつくだろう。
しかしそれに対して、ガーネフはこの塔の『魔王』として、出向いて邪魔するということが出来ない。

カッコ悪すぎるからだ。

その間、アイルは充分に過ぎるほど体を休めた。
何しろすることなどないのだ。少なくとももう数日も、軽い運動と食っちゃ寝しかしていない。
それなりに血色も戻ってきていた。

塔には、かなり上の階の方にもいくつもの穴があいている。
そこを絶えずペガサスや飛竜で人員をピストン輸送している。

「・・・成る程」
「何がなるほどなのだ?」

ミネルバが問う。

「あれは、階層を同時攻略しつつ、私達のサポートも兼ねての行動ですわ。
例えば、一気に人員を送り込めば、ガーネフは反応する。それと同時に私達が侵入したらどうなります?」
「・・・うまく隙をついて侵入が成功するんじゃないのか?」
「いいえ。
ガーネフは絶対に読んできます。というか、可能性を考慮に入れます。『あれは、陽動部隊で、本命の侵入部隊は他にあるのでは?』と」
「ほ、ほう」
「でも、ああやってちまちまちまちま何度も何度も出たり入ったりしてくるのでは、とても全部対処出来ません。いくつかは無視するしかない。あれに紛れ込めば、私達は何も作戦を立てなくても、『何度も何度も出たり入ったりしている雑兵』と同じようにやすやすと侵入できます」
「・・・あ」
「手頃な階層から入って、ちょっと効率良く動くだけ。流石に重要な区画に入ったら、もうガーネフも黙っていませんが・・・
その場合はそれ用の備えをしておくだけです」

結局、ガーネフの力が象徴するように、ガーネフは単体での恐ろしさがあるだけで、他は何も怖くない。
仲間もおらず、挟撃も出来ない以上、罠を山ほど詰め込んだ住処さえ、こういうやり方で攻略出来る。

(ま、ここまでは流石としましょうか。アイル様)

カペラ一行は遠慮なく、作業を続ける雑兵に紛れて侵入した。


 ・


その実、ガーネフはどうしていたかというと。
アイルの狙い通り、イラついていた。

元々、カダインで見せたように、マフーは単身敵陣に切り込む時に一番効果的だ。
逆に言えば、守りの姿勢の時には、無敵ではあるものの前述の場合ほどの効果はない。
それでもテーベの塔にて待ち構えたのには、これまでにこしらえた幾多の罠が作動するところを見たかったからだ。なのに・・・

じっくりと解除に掛かられるとは。

だが、アイルの詰めは甘かった。
自分で言っていたように、そうされるのが一番嫌だとまで解っているのならば・・・
その時にガーネフが陥る思考に、嗜好に気づいてしかるべきであった。
何より、単体の攻撃力、瘴気を操るという絶対防御込のカウンター、その無敵さ加減・・・
そんな奴がなりふり構わなくなった時の恐ろしさに気づくべきだったのだ。

いや、考慮には入れていたが、なまじ自分と似ていると感じてしまったがために・・・

意外とガーネフが短気であるところまで読めなかった。

「・・・ここでは全て纏めての破壊も出来ぬ・・・
『レギオン計画』をドルーアに移してしまった今・・・
いや、どのみちここで発動させても意味はなかったが・・・
くそ、くそうっ!!

ならば、ならば。根源に立ち返ってやる。
自らを高めるよりも、他人を蹴落すことによって生きてきた儂に立ち返ってやる。
目的のためならば手段を選ばぬのがそもそもの儂だ!!
見ておれ。見ておれよ!!

戦場に趣いて弦を緩める愚か者は、今は貴様こそがそうだったと思い知るがいい!!」

とても簡単な方法があった。

それは、神の力を持つ餓鬼を再度誑かす事。


 ・


そこは、チキのいるテントだった。

アイル以外の誰も近づけるなと言い渡してある。
番をしているのはアテナだ。

そこへ、当のアイルが姿を現した。

「アイル」
「・・・入らせてもらうぞ」
「わかった」

アイルは少し血色が悪いようだった。
態度もなんとなく、いつもより冷たい気がした。

(アイル、疲れている?)

ここのところはゆっくり休んでいるはずなのだが。

少し訝しんだが、それ以上は気にしなかった。
勿論、偽物の可能性も考えたが、闇の魔力が感じられない。ならば幻影魔法ではないだろう。
神竜の力か闇の幻影魔法しか、姿を変える魔法はない。
ガーネフや闇司祭は神竜の力は使えない。

チキはいつ使うことになるかわからないため、同行させていた。勿論機嫌を損ねないために、アイルは足繁く通っていた。
普段はデネブが入り浸りだが、今日はチキが『果物が食べたい』と言い出したので、少し遠出をして取りに行っているので、気にしたのだろう。アテナはそう思った。


 ・


「あ、マルスのお兄ちゃん!」
「・・・元気そうだな、チキ」
「えへへ、さっきまで退屈であんまり元気じゃなかったんだよ。でも、マルスのお兄ちゃんが来てくれたから元気になったの!」
「ああ、そうか」

どうでもよさそうに、しかしアイルは会話を途切れさせようとしなかった。

「みんなはよくしてくれるか?」
「? うん。ご飯も持ってきてくれるし、優しくしてくれるよ。
デネブのお姉ちゃんは大好き!! いつもチキのこと好き好きって言ってくれるの。今日はチキが食べたいって言った果物を持ってきてくれるって言ってたよ。
マルスのお兄ちゃんも一緒に・・・」
「・・・よし」
「・・・・・・?」

気がつくと、アイルはチキの座っているベッドを含む四方に、真っ黒でいびつな石を置き終えていた。天井から吊るしてある燭台に、ことりと同じような石を最後に置いた。

「・・・・・・お兄ちゃん?」
「『エルクヌ・ヴァラーグ』!!!!!!!」

ゴウフッ!!!!


その荒れ狂う風は、真っ赤に燃える石炭のように光る、さっきまで歪で黒い石だったそれの結ぶ四角錐の中だけで吹き、テントをピクリとも揺らさなかった。
その風の出した音も、四角錐の中でだけ響いた。

「あ・・・」
「死ね。今となっては邪魔だ。神竜の餓鬼」

アイルがチキの首を絞め始める。

「うがっ・・・! やめ・・・ おにいちゃ・・・」
「くくく。竜石をいかに手元から離させるかも考えてきたが、そもそも持たずに寝ていたとはな。この危機感のなさ・・・ 餓鬼というのは度し難い。まあ、楽だがな」

チキの拒絶はあまりにも弱々しく、アイルの手を止められない。
その呻きに、アイルの心は動いた様子がない。

「くくく、神そのものである一族の最後の姫が、儂の手で潰えるというのもなかなかくるものがあるわ」

(い・・・や・・・)

真っ黒な炎が揺れる、小さな四角錐の中で。
瘴気そのもののような手に、チキは殺された。


 ・


{アイルッ!!!!!!}
「!?」
{チキちゃんが!!!}
(なんだと!?)

塔攻略の指揮をとっている最中、いきなり頭の中で響いた女の声。
すぐにシルエと判断したが、そんな場合ではない。
チキ。
彼女はアイルの切り札にして最大の懸案事項だ。彼女をいつまで手元に置いておけるかで、すべての計画が変化せざるを得ないほどの。

そのチキの事ならば。

「ここは任せるッ!!」
「あ、アイ・・・ マルス様!?」

言うが早いか駆け出した。残されたノルンは呆然とするしかない。


チキのテントに向かうと、表向きには何も起こっていないようだった。
しかし。

「アイルッ!?」
「どうした!?」
「アイル、中にいる!! どういうこと!?」

つまり。

アイル以外の『アイル』が?

ならばその目的は。


ゴォウッ!!!!!!!

まるでアイルが来るのを待っていたようなタイミングで、テントが突如竜巻を起こしつつ潰れる。

転移魔法の魔法陣のゆらめきと、闇の波動の残滓、そして・・・

「チキッ!!!」

そこには、絞殺されて、見る影もなくなったチキがいた。
涙と涎と、苦悶の表情と、いくつか剥がれ落ちた爪。
乱れた髪と噛み切った唇から流れる血、腹の辺りに滴る黄みがかった白濁液。

宝石のようだった瞳はほとんど見えず、血走った眼球の白さがあるだけで。

心の蔵の止まったその体からは、容赦なく体温が消え続けていた。


続く
by ぽ村 (2014-06-01 12:17) 

久遠

おかのんの言ってる「製作者」って、メーカーの事だと思うぜ。
なにせ「メンバーが次章出撃最大ユニット数に足らない事が外伝の出現条件」なんだから。(つまり外伝やりたきゃ50近いユニットの殆どを戦死させることになる)

>この作品をどう思うか
ええと作品てFE? アルタイル?
FEはめんどくさいけど面白いと思う。
アルタイルも二次創作だけあって軸はぶれない保証があるから、完結はするだろ。
読んでて思うのは、話の筋もまあまあだけど、結構初期の頃と今とで書き方が変わってるのがおもろいw
どいつもこいつも鬼畜なのも元々俺のリプレイあってのことだけど、そこもそこそこ書けてんじゃないかな。
by 久遠 (2014-06-09 20:55) 

ぽ村

>>久遠
そういやーそんな隠しキャラにスポットを当てる=その隠しキャラを出すために数調整するっちゅー話でしたな・・・
某所に投下する際は注意書きを・・・と思ったが、無いほうがファンは動揺して面白いかも知れんw



どう思うかはアルタイルの方な
文章はこなれてきたのか変わったなぁと思う
by ぽ村 (2014-06-10 08:35) 

おかのん

~偽りのアルタイル~

第23章 絶望の魔王ガーネフ

その2 テーベ崩壊


「すまないっ・・・!!」

アテナは何度も繰り返したその言葉をまた言った。

あの後は散々な騒ぎだった。
蘇生も回復魔法も失敗で、チキの意識は戻らなかった。

デネブは戻るやいなや半狂乱になり、その分の被害も馬鹿にならない。

幸運だったのは、ガトーが来ていたことだった。
事情を聞いて天幕に。チキの佇まいを整えた後、落ち着くようにと語る。

「数多の竜もそうだが、寿命ならばともかく、殺されて死ぬということはない。竜は世界と繋がっておる。生命の理とは違う次元で生きているのだ。故に・・・」
「申し訳ないがガトー様、結論だけお願いできないだろうか」
「・・・うむ。チキは眠りについただけじゃ。かなり長い眠りになるだろうがな」

この一言はデネブをほんの少し落ち着かせた。

「かなり長い眠りというのは、どのくらい・・・」
「こうなった以上、お主らに対する態度も我らは考えねばならぬ。その上でお主らの希望を聞くと仮定して無理矢理にチキをもう一度目覚めさせたとしても・・・
一年後かのう」
「でもチキは・・・死んではいないのだな!?」
「うむ、うむ」

朗報だが最悪であった。
『邪竜共の国』ドルーアとの決戦を控えて、要となる神竜がここで使えなくなるなどと。
溺愛していたデネブの希望の表情とは逆しまに、最強の手駒を失ったアイルの落胆は大きかった。

「『マルス』様」
「ああ、マリア」
「残留魔素の系統からすると、四素・・・ 火水地風の複合系かと思えます」

つまり普通の魔法だ。

(そういうことか・・・)

闇司祭であるから、闇の波動に気をつけていればいいと思っていたアイルの失策である。
四素系統の魔法であれば、魔術に関わる者は誰であれ使える。光魔法は修道士や光司祭、闇魔法は闇魔道士や闇司祭と限られた者のみが使うことが多いが、四素魔法は魔術の基本だからだ。
その上で、『変身魔法』というのは『神竜族の秘術』である。姿を完全に別人に変えるというのはそれだけ難しい。しかし・・・

「『こちらに見える姿を変化させる』というのであれば、限定した術式の複合でも可能かと」
「ああ」

まさか、『新しく開発した魔法』で姿を変えてくるとは。

例えば、光の透過率を変化させて、より強く顕現した蜃気楼のようなものを体に纏わせる、または脳神経に届く映像を変化させる類の治癒魔法の応用・・・
もちろんそれとて並みの魔術師には不可能な話だ。若輩のマリクやエッツェルは勿論、ボアやウェンデルのような熟達した司祭などでも容易なことではなかろう。が・・・
ガーネフはなんだかんだ言っても、実力を持つ・・・ いや、天才といって差し支えない魔導師なのだ。
そして、ならばアイルがこれを予測できなかった事は、恥ではないだろう。

(しかし、責任の所在は俺だ。というかそれさえどうでもいい。問題は、チキ・・・ 神竜抜きでこの先の決戦に向かう羽目になった。この事実は覆らん。
である以上、草案の練り直しが必要だ)

そして。

(こんなことまでやってのけるガーネフを・・・
奴を、絶対に逃すわけには行かない。ここで必ず潰すっ!!!)


してやられたという他ない。

ここが盤上遊戯と本物の戦の違うところだ。
『新しい戦術』の他に『新しい駒』、『新しい有り様(ルール)』のようなものが、突如敵の手によって作られることがある。

逆に言えばアイルはそういう部分もその才の限り利用して今まで勝利してきた。
シューターの運用の仕方や渡河作戦などがそれだ。

その流れでいえば、魔導に関しては流石に本職には及ばなかった・・・ということだ。
アイル自身、魔導のこと自体は学んではいるが、やはり極の域までに至らない。実際かつての『トロンを掌にとどめて鞭のように使う』『魔法の重複起動を行う』カペラに、何度となく遅れをとっている。

新しい発想の戦術を盛り込んだ戦法に備えることは本当に難しい。

(いいだろう。認めよう。
この手番までは遅れを取った。

そして、俺の戦略は潰えてはいない。
である以上、このままでは済まさんっ!!!!!!)


その夜。
『手鏡』が光った。

『探し物』の場所が確定したのだ。

(・・・よし)

もう一日早ければと思ってしまうが、アイルは既に切り替えていた。

「・・・今夜、日没とともに計画を実行する!!」

アイルは全員にそう告げた。


 ・


黄昏。

『準備』は整っているが、『同機』させるために待つ。
予め決められた合図だけでのやり取り。

(被害は大きすぎたが、進め方は大きく変えなくても良かったのは不幸中の幸いと言えるか)

もうすぐはじめるという段になって、アテナが思いつめた顔で近づいてくる。

「アイル・・・」
「気にするなアテナ。これは俺の読みの浅さが招いたことだ。それでも何か償いたいというなら、役に立ってくれ」
「わかった」
「・・・ここにベガが捕まっているかもしれないんだ。そういう意味でもな」
「わかった!!」

さあ。
時間である。

日が沈むと同時に、アイルは懐からオーブを取り出した。


「大地のオーブよ、その力を示せ。この地のガイアとの共鳴を成し、神の怒りを顕現せよ!!」

ズズズズズズズズズズズズズズズズンッ!!!!

地鳴り、である。
大地のオーブの力、それは大地震を起こし、広範囲の『霊力』を一律に吸い取る能力だ。

「アテナ、どこだ!!」
「・・・・・・ !! すぐ、そこっ!!」
「!?」

アテナが差した、十数メートルと離れていないその丘には、何もなかった。
しかし、皆何も疑わずに、その方向に攻撃を浴びせた。
マリアのヘルフレアを始め、手斧手槍に矢の雨、エッツェルのエクスカリバーやノルンのパルティアまでぶち込んだ。

そこには。

「ぬぐおおおおおおおっ!?」

部分的に走る砂嵐が散るように人影が浮かぶ。
ガーネフが居た。

ダメージは皆無のようだったが、幻影魔法は解除されていた。
アイルの口の端が吊り上がる。
ガーネフは狼狽した。

「・・・な、何故解った・・・!!」
「大地のオーブは『ありとあらゆるもの』から霊力を徴収する。しかし、ただ一つそれが出来ないことがある。『マフー』という、瘴気を操る魔導からの徴収だ。
つまり逆に、『霊力の徴収が出来なかった場所』に、マフーの使い手がいるということだ。闇の巫女であるアテナがいれば、その場所は容易に察知出来る!!」
「ちぃっ!!!」
「逃すかぁっ!!」

身を翻すガーネフだが、取り囲む形はとっくに作ってある。

『全く攻撃が通じない』瘴気の壁を持っていても、圧倒的なまでの物量で攻め続ければ足止めは出来る。

そして。
アイルの持つ手鏡が小さく二度光る。

(来た・・・!)

アイルは間髪入れずに次の一手を見せる。
ここからは本当に、速度が物を言う。

「大地のオーブよ!!」

今度は範囲を限定して、二回目。

ズズズズズズズズズズズズズズズズンッ!!!


「な!?」

テーベの塔が、大きく揺れる。

「今だっ!!!!!!!!!!」

シューター部隊のベックとジェイクが、指定されたところに爆弾を打ち込む。
ダロスやユミルなどの怪力持ちが、支柱を破壊する。

グッ・・・シャアアアアアアアアアッ!!!

崩壊。

テーベの塔が、ガーネフの根城が、まさに『崩れ落ち』た。
一瞬の出来事だった。

「貴様らああああああああああああっ!!!!?」

悲鳴に近かった。

それはそうだろう。あそこには、テーベには。
ガーネフのこれまでの研究の成果が詰まっている。

その殆どが灰燼に帰したのだ。

まるで天空との架け橋となろうかというほどに高く高くそびえ立っていた塔は、見る影もなく粉々になった。
自重と位置エネルギーの途方もない物理力。
魔術とは関係ない、しかし通常の世界観では触れることのない破壊力。

内部にあったものは、何一つ無事ではないだろう。

そして、テーベの崩壊の意味するところはそれだけではない。


「殺してやるっ、殺してやる殺してやるっ!!
あそこには、あそこには儂のっ・・・!!」
「お互い様だ。よくもチキをやってくれたな。
貴様がどれだけのものを隠しておいたのか知らんが、俺にとって価値がない物に俺が拘泥する理由があるか」
「があああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!」

「リザーブ!!」

二度の大地のオーブによる地震のダメージは、同盟軍内にも広がっていたが、それをマリアのリザーブで回復。
そして。

「殺し・・・ぐぉっ!!?」
「・・・来たか!!」
「あ、あぐあああああああああああっ!!!」

テーベを崩壊させたもう一つの意味とは、これだ。
瘴気がみるみる萎み、ガーネフの体まで萎んでいく。

「ガーネフ・・・ 暗黒竜メディウスとさえ肩を並べるほどの意味を持つ『絶対防御』マフーを使いこなすには、『無限』である魔力が不可欠だ。そして、元々世界と繋がっている『竜』と違い、魔法によって断片的につながるだけの人間がその恩恵を得るために、貴様自身が『魔導機器』を作り上げていたことも聞いているぞ。

それが今し方崩れ去った、テーベの塔の中にあったこともな!!

厳重に保護はしていたんだろうが、それでも限界はある。保管場所ごと崩壊しては、流石に無事とはいかなかったようだな!!!」
「うぐるあああああああああああっ!!!!」

ガーネフは怒りで頭が回らなくなっていた。

マフーはもう使えない。使えば使うほどガーネフの生命力を削る諸刃の剣となり果てている。
そして、逃げ場はない。全方位からの物量攻撃は続行中なのだ。



 ・



ここで時間は遡る。
黄昏時を前にして、しかしそこはまだ明るくもあった。

大地は球体である。
それが実感出来る程の高度に身を置けば、日の完全に沈む位置は変わってくる。
『アイル側』が開始する合図を送ってくるまで、カペラ達はその場で身を伏せていた。

そして。

小さく小刻みに三度光る合図。

「・・・行きますわ!!」

リンダ、アラン、ミネルバ、カチュア、ジュリアン。
自分を含めた六人での、テーベ攻略。

戦闘力を持つジュリアン以外のメンバーが飛び出したのは、とある扉を守る闇司祭の前だ。

「『ボ・ル・ガ・ノ・ン・!!!!』」
「ちっ!!!」

欠片ほどの動揺も見せず、闇司祭は応戦してきた。
荒れ狂う火柱がカペラ達を襲う。しかし、聖騎士の神の加護と聖水のおかげで、炎系最強であるはずのボルガノンを受け止めきる。

闇司祭たちはそれすらにも動揺はない。彼らは命じられたことをこなすだけの駒だ。

「はああああああっ!!!!!」

カチュアの勇者の槍による双龍閃・・・ あまりの速さの二段突きに、二匹の龍が同時に襲ったとしか見えぬという、高速刺突術だ・・・ による攻撃で、闇司祭は完全に沈黙した。

「・・・急所は外して貰えたようですわね」
「ええ、指示通りです」

そのフードを取ると、やはり中身は見知った顔であった。アランも見覚えがあった。ミネルバも縁なきわけではなかったようだった。

「「ウェンデル司祭!!!!!!?」」
「ま、そんなとこでしょう」

アランがそっとおぶる。
一番縁が深かったのはリンダあたりだろうが、動揺を見せる暇もなく、次の作業になだれ込む。
今、ガーネフをアカネイア同盟軍が押しとどめているはずだ。その間になんとしてでもなさねばならないことがある。

バチュッ!!!!!!!

扉を探っていたリンダが、雷撃にはじかれたような音と共に頷いた。

「封印は解いたわ」
「よし、次は俺だ」

キリキリ、キ、カチャ・・・ キ・・・


カチャリ

ジュリアンはものの数秒で、鍵を解除してしまう。

ギ・ギ・ギ・ギ・ギ・ギ・ギ・ギ・ギ・ギ

軋んだ音を立てて、扉が開く。


「・・・助けに参りましたわ。エリス様」

その場所に佇んでいるのは、マルスの実の姉であり、ガーネフに攫われていたアリティアの姫君。

エリスであった。


続く

by おかのん (2014-06-13 09:51) 

ぽ村

>>おかのん

投下乙・・・って寝てるだけかい!

くびちょんぱ(グロ注意)とかしたら首から胴体が生えてくる感じなのかしら?

オタクのコレクションを破壊してから撃破とは(撃破してないけど)インドア的に残酷なw


そしてついに出て来たエリス
・・・・・・・・・バレるだろ大丈夫か?
by ぽ村 (2014-06-13 11:30) 

おかのん

>首から胴体が?
それはないにしても、『組織を構成しなおす』感じで・・・
なんというか、『竜』という『世界』を循環させる時に『死』という異常が起こった場合、『大陸』そのものの補助によって繋ぎ直す、というか・・・
『星』という『生命』に自浄作用はあっても、そう簡単に『死』は訪れない、みたいな?
・・・自分で言ってて意味わかりませんが、とにかく辿った進化のメカニズムが違うんですね。人間以下生物が突然変異体が生存する+子孫を残すことで優秀な遺伝子が残る、というサイクルをとったのに対し、子を成す形をとりながらも、自己修復による適応という進化体制なので、死が薄い概念になってしまってるわけで・・・

その結果竜族は避けえぬ病を患わざるを得なくなるのですがね。

>コレクション破壊

あー・・・

『ガーネフは酷い目に合わそう』と思って選んだ選択肢が、自分に置き換えて実感の深いものだと知らされました。
全く無意識だった。
アイルってば・・・ 恐ろしい子!!

>エリスにはさすがにバレるだろ

大丈夫っていうか・・・

まあ仕掛けを御覧じろ。
by おかのん (2014-06-15 21:00) 

ぽ村

>>おかのん
>自分もわからん
うーむ2・3度読み返したがヲレでもわからんw

ガイバーでは脳細胞の破片から全身が復元したことがあったなぁ・・・


>エリス
多分原作読めばヒントがありそうだw
まぁ楽しみにしとく
by ぽ村 (2014-06-16 20:00) 

おかのん

もう少し整理すると・・・(コメント時飲酒中だったので)
(そして今も飲酒中)
(意味ねえ!!)

『竜』というのは、『世界の一部』という存在なんです。
風や火や水のように、竜という『現象』。
しかし、『生命体』でもある。
森と共存する『エルフ』が、『妖精』という『生き物でもあり、自然の一部』であるように、『竜』も、『生き物であり、世界の一部』という意味合いが強いんです。
だから、かなりひどい状態でも、『世界と同化する』ことによって、『竜の体』に起きてしまったダメージを中和しつつ回復するということが可能で、死そのものがとても遠い種族なんですね。

まあ、非公式設定ですけどね!!!

by おかのん (2014-06-21 00:04) 

ぽ村

>>おかのん
んむ、負けじと飲酒しながら読んだらなんとなく分かった気がしたぞ!(なので返事が半日遅れたwwwwww)

ウチの女性皆殺しプレイで苦労して頃した基地ちがうチキはだからその後の話で復活を遂げてたんだな!

・・・・翌日のヲレは覚えてるかな・・・;
by ぽ村 (2014-06-22 23:34) 

おかのん

~偽りのアルタイル~


第23章 絶望の魔王ガーネフ

その3 ガーネフの最後


エリス王女。

アリティア城陥落の際、マルス王子をタリスに逃がすために、単身城に残り時間を稼いだ。
魔導の才があるにせよ、戦闘に長けるわけではない。身を呈しはしたが、何が出来た訳でもない。

王女である事。それのみが彼女の力であった。

・・・はずなのだが。


外交カードの一つ程度の存在であるにもかかわらず、しかしガーネフは彼女を害そうとはしなかった。

それは、何故か。


 ・


「あ、カペラちゃんね?」
「!?」

封じられた扉の向こうにいたエリス王女と相対するなり、名前を言い当てられた。

「どうして・・・」
「聞いてた話に出てたから。

話は後にしましょうか。
ガーネフの魔導機器を破壊するんでしょう?」

聞いた? 誰から?

わけがわからない。
どうして何も知ることの出来ないはずの人質王女が、極秘作戦の概要に沿った会話が出来るのか。
しかし確かに混乱している場合ではない。
貴方たちは誰ですだのマルス様の使いの者ですだのその証拠はだのと、余計な問答なしでこちらを信用してくれるのなら好都合なのだ。

「破壊の必要はありません。私達は逃げるだけで良いですわ」
「あら、そうなの? じゃあ行きましょう」

・・・本当に話が早い。

カペラ達6人と救い出したウェンデルとエリス。
彼女らは早々に脱出した。
ミネルバの飛竜を呼び出し、そのまま乗り込んで塔から離れる。
連絡用の手鏡を2回光らせて合図を送る。

「それは何?」
「貴方の弟君への合図ですわ」

間髪入れず。


ズズズズズズズズズズズズズズズズンッ!!!




「・・・・・・!!」

テーベの塔が、大きく揺れる。
・・・かと思ったら、一瞬で崩れ落ちた。

グッ・・・シャアアアアアアアアアッ!!!

まるで天空との架け橋となろうかというほどに高く高くそびえ立っていた塔は、見る影もなく粉々になった。
重ねに重ねた白墨を押さえつけて、耐え切れずに粉々になりながら潰れるのを、ゆっくりと見るような。

内部にあったものは、何一つ無事ではないだろう。
つまり、マフーを使い続けるための魔力を供給する魔導機器も。

その光景に、エリスはしばらくポカンとしていた。


「呆れた。あの子ったら塔ごと壊しちゃった・・・
乱暴なんだから」
「・・・・・・」

どうも彼女の言動は要領を得ない。

まるで『自分が近々救出される』事や、『カペラという個人』の事は知っているのに、『どういう作戦になるか』は全く知らなかったようだ。
どういう情報が彼女に伝わっているのか、よくわからないのである。

(特殊な情報収集能力でもあるんですの?)

ともかく、作戦は完了だ。
最重要人物を救出し、確認するまでもなく、マフーを封じることが出来た。


「このまま様子を探りつつ、アカネイア同盟軍に合流します。そこでお別れですわ、エリス様」
「ん? うんうん了解。ありがとね、助けてくれて」
「・・・・・・」

この王女様自身に聞きたいことは多々あったが、自分にはせねばならないことがあった。


 ・


『マフー』とは、単に瘴気を操る闇魔法だと言って差し支えない。
瘴気とは、『全てを朽ち果てさせる霧』であるとして間違いないだろう。
マフーとは、体の周りに(直接体に触れないよう)瘴気を纏いつつ、いくらかの瘴気を相手にぶつける、防御兼攻撃魔法だ。

魔力を消費するのは、瘴気の放出時に限る。
つまり、纏うだけなら・・・『絶対防御』のみなら、魔導器との接続が断たれた今でも可能である。
これは誤算だった。

「ちいっ・・・!」
「ぬ、ぬぐううううう・・・!!」

今もガーネフには、一秒の間もなくどこからか矢が突き刺さろうと飛んでくる。
地水火風の通常魔法で囲みの突破をしようとするが、うまくはいかない。
そもそもガーネフはカペラと違って、体力は見たままの引きこもり老人だ。取り囲むまでは意外と容易だったし、そこまではアイルの目論見通りだったが・・・

マフーの『絶対防御』が、魔力消費が少量であることと、闇魔法以外も予想以上に巧みな分、手こずっていた。

逆に、ガーネフはこの囲みから脱出する手段を見いだせず、消耗戦を強いられていて、その焦燥は今までに味わったとのないものだった。

「ぐぬおおおおおおおっ!! 貴様ら、貴様らあっ!!
ワシは魔王ガーネフだぞ!! 虫ケラどもが、クズ共がァっ!!!!」

そう喚き散らした時。

8つの光る小さな球体が、法則を持ってガーネフの周りに散開し・・・

「なぁっ!? こ、これは・・・」

隣り合う星と同じ距離で結びついた辺が面を形成し、立方体がガーネフを閉じ込める。

「なんだっ・・・!?」

アイルにもわけが分からない。

しかし、その立方体は、瘴気をまとうガーネフを完全に制御していると言えた。

「・・・すまぬな、マルス王子。
この魔王の始末は、わしに任せてはもらえまいか」

ガトーであった。

ガーネフはガトーにとってみれば、かつての弟子である。道理は通っているとも言えた。
少し逡巡するアイルであったが、ガーネフを見下ろすように鼻で笑い、

「ふん、いいでしょう、お任せしますよ。
俺にとってみれば、邪魔ではあるが、この手で殺さねば気がすまんというほど思い入れもない」

嘘である。

アイルの持ち得る、メディウスに対する唯一の切り札であるチキを使い物に出来なくされた事は、殺しても飽き足らないほどの怒りを覚えたものだ。
しかし、そんな憂さを晴らすだけの行動より、ここでガトーに貸しを作るほうが建設的だ。どうせこのまま続けても、殺せはするだろうが、いくらか犠牲は出てしまうだろう。ガトーに任せられるなら、一石二鳥なのだ。

「感謝する」

ヒュンッ・・・!


立方体の牢獄とともに、ガトーは何処かに去った。

「・・・全員、囲みを解け。戦闘は終了した」

煮え切らない感情を隠さぬ者もいたが、大半はホッとした顔をした。
部隊長がそれぞれに指示を出し、戦場の後始末にかかる。

(・・・成る程。ガトーはカペラあたりと接触があったな。おせっかいなジジイだ)


流れに気づきつつ、アイルは次のことを考えはじめていた。

そう。


ドルーアを、消す。



 ・



そこは。

出口も入口もない、遥かなる地下。
大地の魔法で削り出した、そろそろマントルの熱が感じられるほどの、土の牢獄。

「ぐ、ぐぐぐ・・・」

その場でガーネフに相対しているのは、レナ、カペラ、ガトー、リンダ・・・
レナについているジュリアンと、カペラとリンダを守るつもりか、アランもいる。

「ガーネフよ。お前も闇のオーブに魅入られているのは否めまい。おまえのしでかしたことであるとしても、その歪んだ欲望に油を注いだのは、闇のオーブの禍々しい魔力だ。
今すぐ闇のオーブを我が手に戻せ。さすれば贖罪の機会くらいは作ってやろう」
「ふざけたことをぬかすな!!!!」

若干食い気味に放たれた返答はにべもない。一瞬の逡巡さえも聞き取れなかった。

ガトーにしてみれば、最後の警告だったのだろう。

寂しそうな顔をした後、ガトーはジュリアンに合図をする。

ジュリアンの手には、アイルがチキに預けていた『星のオーブ』と、ガーネフがテーベの塔の内部に隠しておいた『光のオーブ』があった。

「なぁっ!!!!? そ、それは!!」

驚くガーネフを無視し、ガトーが二つのオーブを合わせる。

「ぬんっ・・・!」

と、そこには一冊の魔道書が出来上がった。
究極魔法、『スターライト・エクスプロージョン』である。

「ば、馬鹿な・・・ オーブを、どうやって」
「マルス王子はチキが殺された時点で、この星のオーブはどうでもよかったのかな、放置も同然だった。
テーベの光のオーブは少し苦労したけど、オレに言わせればあんたは隠し方に関しちゃ素人だ。てなわけで・・・ 不思議がるほど難しい仕事でもなかったぜ」
「ぐ・ぐ・ぐ・・・」

そして、その魔道書は、レナに手渡される。

呪文の詠唱が、ゆっくりと始まる。

「・・・幾億の星の光よ。暗黒を払う無限の時の灯火よ。
とこしえにたゆたう闇の中の、輪廻の営みよ!!
生まれる星の奇跡もて、我が掌に降りて光を示せっ!!!!!!

スターライト・エクスプロージョンッ!!!!!!!!!!!!!!」
「ぐがああああああああっ!!!!!!?」

その爆光は。

纏うだけとなって絶対防御としたマフーの『瘴気』を一瞬吹き飛ばす。
そして。

「神竜の息吹、天空より集え。束ねて注ぎ、魔を撃ち滅ぼせっ!!!!
聖光衝烈ッ!!!!!!!!!!!!!
オーーラッ!!!!!!!!!」

リンダの放つ『オーラ』が、ガーネフの四肢を引き裂く。

「雷蛇の顎(あぎと)よ、乱れて狂え。
贄殿の刃よ、散りて引き裂け!!!
紫・電・滅・殺!!!! トロニーケインッ!!」

自警団が使う警棒のような光にまとわりつく様な雷撃を鞭のようにしならせ、カペラは叩き切るようにガーネフに打ち下ろす。

「おぐおあああああっ!!
ぎゃあああああああああっ!!!?」

熱と稲妻と収束した光の中で、ガーネフは体中を焼き焦がし、血を蒸発させた。
瘴気の絶対防御を無くした時点で、ガーネフに勝ち目はなかった。

世界を混沌に陥れた元凶という意味では、メディウス以上の悪と言えるガーネフの最後であったが・・・
瘴気による絶対防御と触れるものを削ぎ喰らう闇魔法『マフー』を封じた時点で、そこにいるのは魔王ではなく、ただの魂の捻じ曲がった老魔道士でしかなかったということであろう。

闇のオーブに溶かし込んであったガーネフの意識の残滓が、捨て台詞を吐く。

(お・・・のれ・・・

だが、儂の・・・ 残した『あれ』は・・・
世界を・・・滅ぼして あまりある・・・!!

『レギオン計画』の・・・完成は・・・十分に・・・世界に意味を・・・!!! 傷跡を残すっ!!
カペラ・・・ 貴様がかつて・・・ 願ったそのままを・・・!! 顕現っ させる・・・!!)

その意味に、瞬時に気がついたのは、当のカペラだけだった。

「ガァァァアアアーネフゥゥゥゥウウッ!!!!
貴様はッ・・・!!」
(ぐはははははは・・・・・・っ!!!!

儂が死ねば、二日と待たずに!
『レギオン』は制御を失うっ!!!
わしはあれを操ることによって支配をするつもりだったが・・・
こうなれば、貴様の当初の計画通り、制御できぬ暴走が始まる!!!

悔やめ。恥入ろ!! かつての己を!!
お前はどこまで行っても、わしと同じ穴の狢だと!!痛感しながら狂って死ね!!
己が望んだそのものが、狂った神々がこの大陸を消し飛ばすのを!!! 見ているがいいっ・・・!!!!)


ふっ・・・と。

闇の残滓が。
そこで消えた。



カペラは、自分が雷に打たれたように立ちすくんだ。


「・・・カペラ、奴の言っていたのは・・・?」

父の敵を討ったと言えるリンダだったが、その気持ちに浸る暇もない。あの、魔王ガーネフが死の際に言ったことだ。世界に傷跡を残す『計画』・・・ ただの負け惜しみとも思えなかった。


「『レギオン計画』とは、なんだ?」

確信をつくガトーの問い。
・・・事ここに至って、隠すのは無理だろう。カペラは意を決して、言った。

「『死した竜の大陸単位での擬似蘇生』と・・・
『意識構成の単一化による統制及び恣意的暴走』。

・・・早い話が。

『《今まで死んだ竜》全部をゾンビ化復活して、いっぺんに暴走させて世界を滅ぼす』計画ですわ」

かつて。

世界のすべてが自分以上に不幸であることを願って。


死の大地に唾を吐くことだけを夢見た事への因果。




その途方もない闇に。

場にいた全員が感じたほんの僅かな沈黙は、どれだけ長いと形容しても表せないくらいに長かった。



続く

by おかのん (2014-06-23 00:16) 

ぽ村

>>おかのん
投下乙りろりろりんw


原作ではガーネフは倒せずとも玉座占領で勝利っつう救済策で勝ったんだっけ?
そのほうが「紋章」にも続きやすいから、良いクリアの仕方だとは思うんだよな

して・・・印象に反して快活に見えるエリス姫の今後は・・・
ああ、確かカインが告って直後に流れ矢に当たって命中すr(違います)
by ぽ村 (2014-06-23 16:16) 

おかのん

>玉座占領
そ〜ですな。どっちにしろ『紋章』では、『怨霊』として出てくるので、同盟軍はそうして勝利したあと、こっそり別働隊がとどめ・・・という流れにしようとしてました。

・・・結果は塔ごとブチ壊すという原作ガン無視w
いやあ、物語って生き物ですね!!

>印象に反して快活なエリス姫
ふふふ・・・(ΦωΦ) ジツは彼女はですね・・・


そしてついにしかしあっさり明かされたレギオン計画の全貌。
・・・最後まで大変ですね皆様(誰のせいやねん)。
by おかのん (2014-06-24 19:52) 

ぽ村

>>おかのん
え、怨霊なの?
気合・・・というか、この作品中でも触れている人造人間っぽいのが影武者だったり、人格コピーで再登場なのかと思ってたわ;

>塔ごと
野暮なことを言うと火攻めとかしないよな・・・
この場合はエリス姫がいるからと理解できるけど。
魔法で消火機能があるとしたら魔導スプリンクラーとかあるのかしら?
(余計野暮)

>エリス
この期に及んでどんでん返しとか・・・年内に終わるのか怖くなるじゃなイカw
by ぽ村 (2014-06-25 10:03) 

おかのん

さあて・・・ 最終決戦を目の前に、おさらい&伏線回収話がちょいと長く続く予定です。
エリスの正体も書かにゃなりませんが、今回の話と次が杏里の話で、その後かなあ。幕間ばっかりだ・・・

ではまあ今回の話。

アイル、エリスとの邂逅。
遠く離れた地での陰謀。
そして、アイルがガーネフを倒さなかったので、ファルシオンを手に入れるのはカペラ一行。
語られる『レギオン計画』。
そこでアランが呟いた素朴な疑問・・・というところですが。



~偽りのアルタイル~

幕間 その25 神剣ファルシオン


「・・・『マルス』!!」
「ああ、良かった。無事だったのですね姉上!!
ガーネフの根城奥深くに連れて行かれたと聞き、その身を案じておりました・・・」
「あなたこそ・・・よく頑張りましたね。
己の運命に挫けることなく、志を共にする盟友を募り・・・ここまで、数多の国を救ってきた・・・
亡き父も亡き母も、きっと喜んで・・・」
「はい・・・!!」

秘密裏に動いていた別働隊に無事救出されたとして、二人は皆の前で感動の再会を果たす。

ノルンやマリア、ミネルバなどは、『マルス』がアイルなのを知っているため、エリス王女が偽物と気づいてしまわないかと若干ハラハラしていたが・・・
その再会の様子からは、疑っている様子はなかった。

だが。

アイルはエリスに抱き寄せられ、頬をすり寄せられた時に、硬直しかけた。
耳元で、こう囁かれたからだ。

(・・・ご苦労さま。アルタイル=ドライツェン)
(・・・な!?)

どういうことだろうか。
偽物だと看破されただけなら、まだいい。マリアの時のように、事実に沿った虚言を吐けば誤魔化しはきく。
しかし、アイルのことを知られているというのは。

(カペラあたりが喋ったか・・・!?
いや、奴がバラす意味がない。しかし、ならばどうやってこの女が俺のことを知った・・・!?)

「たくさん話したいことがあるわ。私は天幕で休んでいるから、あなたも時間が出来たら、来てちょうだい」
「・・・はい」

動揺だけは見せなかったものの、完全に向こうのペースだった。

(くそ、あの女何者だ!?
エリス王女本人なのはさすがに間違いないだろうが・・・)

ここでカペラがアイルに疑いを持たれるような真似をするのは、全く意味がない。エリス王女の偽物をあてがう意味もない。ならば本人でありながら、カペラとは関係なく、この女がカードを持っているということになる。

(ええい、厄介な・・・ 今更だが本当に休まらんな)


ガトーの転移魔法で翌日にはマケドニアに戻る。その準備をしつつ、アイルは今の状況を整理し、天幕に行くときにどう対処すればいいか決めねばならなかった。


 ・


テーベの塔攻略にアイルが時間を費やしていた頃・・・

オレルアンの方でも動きがあった。

「・・・つまり貴殿の個人的な意地だというのか?」
「ええ。でも、貴方にだってあるでしょう。
・・・野心の一つや二つ。手に入れたい何かが」

玉座に肘をついているのは、オレルアン王弟ハーディンである。
膝もつかずに彼を見据えるのは、パオラであった。

「・・・確かに、ドルーアとの戦いは激しいものとなろうな。どちらが勝とうが、その戦力は互いに削りに削られているだろう。
我らはニーナ王女の要請で、ドルーアとの決戦の折に、援軍として馳せ参じる用意をし終えたところだ・・・」
「その軍を一部だけ送り、残りと・・・
オレルアンが動かせる全軍を秘密裏に動かしておき、アカネイア同盟軍とドルーア帝国軍・・・どちらが残ろうと、そのオレルアン王国軍総力でそれを潰す。
簡単でしょ?」

とても明快である。
ドルーアが残ったなら、指定された日に間に合わなかった追加の援軍で仇をとったと世に喧伝すればいい。
アカネイア同盟軍が残れば、マルス王子を騙る一味を成敗すると言えばいい。ほとんど本当のことである。どさくさにニーナだけ助け出し、残りは皆殺しで構わない。オレルアンに連なる者はほとんどいないし、他国の王族など、死んだほうが揉め事の種にならずに済む。

皇帝は、ニーナの夫は、一人いれば良いのだ。

「・・・・・・」

この女・・・パオラは、主君の・・・
マケドニアの無念を晴らすためにといった。
しかし、意地であるとも認めた。

そもそもミネルバやマリアも存命なのだから、マケドニアは如何様にもなるはずだ。
にもかかわらず、彼女らさえ巻き込みかねないこの策をハーディンに進言するあたり、確かにこれは意地なのだろう。何しろかつて『狼の牙』を相手取って『ノイエ・ドラッへン』を率いたのはパオラなのだ。本当になりふり構っていない。

しかし、この策はハーディンも考えないではなかった。

ハーディンが忠誠を誓うのは、ニーナのみ。
逆に言えば、ニーナの為になるとさえ思えば、ハーディンは、ニーナの意思に背くことさえ厭う気はなかった。
その上で自分が全てを手に入れるこの策は、確かに魅力的かつ、そうなるしかない未来を見越しての一手。

アカネイア同盟軍とドルーア帝国の決戦。
それは長く続いたこの戦乱の集大成だ。

つまり、これでニーナの名のもと、大陸が統一されれば、今後大きな戦は起こらないかもしれない。ならばハーディンは、今全てを手に入れておかねばならないのである。
王族としても、武人としても・・・

一人の男としても。


ニーナを手に入れる、最後のチャンスと言えた。


あまりに義を欠いているのでないかと思い、思い悩んでいたが・・・
パオラの進言で、ハーディンは意を決した。

「誰かあるっ!!!」


その声に、パオラは黒く笑った。
これで、あの詐欺師に一泡吹かせて・・・
いや、奴から、『マルス王子』から、全てを奪えると。


しかし、ハーディンもパオラも忘れていた。
いや、目をそらしていたか、あるいは、勝敗など兵家の常と気にもしなかったか。
パオラは、『狼の牙』との戦い・・・ 勝てるはずの戦いでも負けた。
己の無能でなく、偶然によって。
かつての主が『たまたまそこに一軍を進めていた』という理由だけで。
遠距離から身動きできない軍を袋叩きにするという策を、ミネルバ率いる竜騎士団とマリクの大魔法によって、千台のシューター部隊を壊滅させられるという大敗で終えた。

そう。
パオラの、戦場での運のなさは、最悪であるということを。


 ・


ガーネフを倒した直後。


『レギオン計画』の全容が、カペラの口から語られ、その場にいた皆は呆然としていた。

「『《今まで死んだ竜》全部をゾンビ化復活して、いっぺんに暴走させて世界を滅ぼす』計画・・・?」

リンダが震える声で繰り返す。

「マジかよ!? カペラちゃん、なんでそんなこと・・・!」

この計画はカペラが始めたとガーネフは言っていた。
ジュリアンにとってカペラは少し素直でないところはあるが、根は優しいいい子という印象だ。彼の頭の中ではどうやっても結びつかないのだろう。

しかし、この場にいるその他の者達には、彼女の絶望は既に知るところだった。
レナにそれとなく黙るようにサインを送られ、それ以上はジュリアンは口を開かなかった。

「・・・その計画、防ぐ方法はあるのかの?」

カペラが後悔しているのはもう分かりきっている。ならばまずは止めるところからだ。根掘り葉掘り聞くのはあとでもいい。

「・・・とにかく、『司令塔』となった存在を封じている場所を突き止めないことには・・・」
「司令塔?」

ここでもカペラは逡巡せざるを得なかった。
彼女が母体としたのは、『あれ』だからだ。
しかし、ためらってはいられない。自分で向き合い、非難も受け入れるしかないのだ。

「『素体』としたのは・・・ 『アレ』です」
「・・・ッ!!」

レナにだけわかるように目配せする。

「まあその・・・ 捨て子を使いました」

ベガに孕まされた子のことだと、すぐに気づいた。
喚き散らしたかったが、ジュリアンはまだ知らないのだ。
昔の男・・・ ミシェイルと先日一夜を共にしたところまでは、ジュリアンも、自分が脛に傷を持つ負い目で押さえ込むかもしれない。
しかし強姦されて産んだ子がいるというのはどうとるだろうか。それを確かめる勇気はレナにはなかった。

「・・・その魂に『ベガ』様を使っています。
本来なら、復活させて暴走させるだけなら・・・ 『司令塔』などいらないのですが・・・
竜が死んだ場所というのは、大陸に均等に広がっているわけではありませんから、効率良く破滅させるため、ある程度操れるように、作っておいたのです。
ガーネフは戦力として利用するつもりでこの計画を続けたのですから、そこはさらなる手を入れているでしょうけど・・・」

しかし、捨て台詞をそのままとるのなら、ほうっておけば暴走状態に移行するようにはしてあるのだろう。そうでなくてもカペラにしてみればほうっておくことのできない案件だ。

「ならば、『ベガの魂』を探ることができぬかどうか、後はガーネフの魔力痕などから、計画の移動先・・・ カダインあたりと、ドルーアの拠点などを調べるか。
急がねばならんな」


その時。


ガーネフのいた場所に闇の派動が蠢き、ゲートを形作り・・・

そこから。
一本の剣がまろび出て来た。

カラン・・・と、小さな音を立てたその剣は、ガトーには見覚えのあるものだった。

「ファルシオンか・・・」
「! これが・・・」

神竜の牙や爪を削り出して作った剣は、竜に必殺の威力を持つ剣となる。
ただしその力を手にするには、神竜から許しを得た者でなければならないという。そしてその資格は、血の近しいものに受け継がれてゆくとも。

「・・・マルス王子に渡さねばな」

それは当然のことだ。
しかし。

「あの・・・ガトー様。これは預かっておいてください。『マルス王子』に渡すわけにはいきませんわ」
「・・・どういう事だ?」
「・・・・・・」

・・・よく考えたら、ガトーは知らないのだ。
マルス王子がアイルという名の偽物であることを。

勝手にばらしてしまうのもどうかと思ったが、このやり取りで何か疑念を抱いたのなら、ガトーは真相をつきとめてしまうだろう。話すしかなかった。

「実は・・・マルス王子なのですが、彼は・・・」

カペラとて詳しい話を聞いたわけではない。
わかる部分だけを話した。

・・・今の『マルス』は、彼を騙る『アイル』という名の少年だと。

ある程度ぼかせば、ガトーが足りぬ部分を善意で解釈するだろうことまで見越して、だ。
アイルの所業の中には、不自然だったり、いくらか非道であったりするものもガトーの耳に入っているだろう。
が、残虐な餓鬼であったベガや、魔女デネブに首根っこを掴まれていたことまで聞かせておけば、アイルを悪くは取るまい。
なんだかんだ言っても、アイルはドルーアに対抗しアカネイア同盟軍をまとめ上げ、ここまで戦ってきた英雄だ。なおかつ、草の根的な協力者や世論の必要性から、ある程度の善政を敷こうとしていたこともあり、ガトーの目から見れば印象は良いはずである。

事実、全てを聞き終えたガトーは、若干感動さえ覚えているように見えた。

「そうか・・・ 彼は『マルス』の身代わりに、今まで戦ってきたのだな。
全て事実かどうかもわからぬとのことだったが、概ねそのとおりなのであろう。そう聞かされれば辻褄が合う部分も多い」
「いま、ここで重要な点は一つですわ」
「・・・わかっておる。アリティア王家の血を継がぬ『アイル』では、暗黒竜メディウスを倒す、この必殺の武器、『神剣ファルシオン』の力を引き出せぬということじゃな」

さすがガトーである。話が早い。

「そういうことです。ですから、これはガトー様にお預けしておいたほうがと思うのですが」
「わかった。わしが封じておこう」
「・・・少し、よろしいか?」

話がまとまりかけた時に、アランが口を挟む。

「・・・ファルシオンを扱う資格というのは、『血』であるのは相違ないのか?」
「・・・どういうことですの?」
「私は『アルテミスのさだめ』という逸話を知っている。
『ファイアーエムブレム』を行使する王は、全てを王家に捧げるという誓いを立てねばならない。それが故に、100年前の時の王妃アルテミスは、当時のファルシオンの使い手にして初代アリティア王アンリとの愛を実らすことができなかった。
それは、アンリがアリティアという片田舎の青年に過ぎないということが理由になった」
「周りの重臣が、アンリとの結婚によって王家の血が汚れることを、『王家に全てを捧げる』事の放棄につながると言い出したのですわよね」

『ファイアーエムブレムによって王家が回復できた時、その代償としてもっとも愛する者を失う』というのが、『アルテミスのさだめ』の内容である。
馬鹿な話である。
もし二人が結ばれていれば、世界を救った神剣の継承権が、アカネイア王家のものとなったのだ。
逆に、世界を統べる者と世界を救う者が別であるから、今日に至り、ドルーアに付け込まれる隙が生まれた面もあるのだ。
だが今重要なのはそこではなかった。

「その後、アンリ王は・・・ アルテミスと結ばれなかったことに落胆し、『生涯婚姻をしなかった』と聞く。
今の系譜は彼の弟であるマルセレス公のものだと。
『血』が資格ならば、なぜ『受け継がれている』?」
「!!」

言われてみればその通りである。
というか今までなぜそのことが取り沙汰されていないのか。

「・・・ああ、そのことか・・・
確かその話は、アンリを哀れに思ったナーガが、血を紡ぐことを放棄したアンリを特別に許し、弟であるマルセレスに継がせることを許した・・・という話に『なったはず』じゃな」
「・・・『なったはず』??」

聞き捨てならない言い回しである。

「・・・それ、どういう意味ですの」

ガトーは若干顔を歪めたが、話し出す。

「・・・実はそのマルセレスの子マリウス・・・ マルスの祖父にあたる者は・・・

アンリの子なのじゃよ」
「「は!?」」

それは、今更世界を揺るがすような話ではない。それ故にガトーも話したのだろう。
しかしそれは、アランがしめした希望を・・・

『血』は実は絶対条件ではないのでは・・・ 転じて、アイルももしかするとファルシオンを扱えるのでは? という考えを打ち砕くものだった。

続く

by おかのん (2014-07-01 21:07) 

ぽ村

>>おかのん
投下乙

とりあえず、タイトルや展開的にもそろそろ記事分割のターンだろうか?

戦争に勝ってる軍と、その後ろで正統性を謳い、虎視眈々と隙をうかがう軍・・・
現実の歴史では大抵勝ってる軍側が歴史を作る側になるんだけど、こっちではどうなるかしらん

リストラ組のハーディンもお元気なようで何より。
・・・・・アイルはニーナ手篭めに(っつーか略式でも婚姻)して孕ませると、「正統性」という面でかなりイニシアティブが取れるような気がするのはヲレだけか?

いや、マルセレスの子孫=ニーナがファルシオン使える血筋じゃないとしてもさ・・・・
by ぽ村 (2014-07-02 12:36) 

おかのん

>記事分割
そうですね・・・ 幕間が今回含めて三回くらい続いて、その後第24章 マムクートの慟哭 編、そして外伝(ナギ編)、終章ですから、ここいらですか。
第24章が始まったところから、オベリスク編、とでも。

>勝ってる郡皮が歴史を
・・・・・・
負けた方が歴史を綴ることはあるんでしょうか。
ないと思う。
真実や正当性が敗者側にあってもそこは揺るがないのでわ?

>ニーナ手篭めに
・・・アイルはこれだけ俺様なキャラですが、一点だけ奸雄、覇王たりえない決定的な部分があります。
行動の大元が『マルスのため』であるということ。
それ以前に帝位を巡っての戦争でなく、異種族間の『殲滅戦争』である時点で『まず勝たないと』という部分がありますし・・・
その後の地位やら王権やらはアイルは興味薄いですしね。
『マルスが戻ってきた時に、マルスにどんなものを与えてやれるか』を考えています。その上で、『マルスの幸せはアカネイア大陸を支配することではない』と知っています。
器ではないとは思っていませんが、騎士の国の王であり、雌伏の時にアカネイアに変わらぬ忠誠を抱き、シーダとタリスに大きな恩と好意を持っているマルスを見ているわけで。

>ハーディン
彼もここで最後の賭けに出ますが・・・
彼、フツーに野心はあるし、フツーに優れた将なんですけどねえ。
星の巡りがとっても悪い。

>マルセレスの子孫=ニーナがファルシオン使える血筋
??

ええと・・・
アカネイア聖王国王女ニーナが後継者にファルシオンを使わせるためにアリティア王家の血(アンリが血を継がなかったため弟マルセレスの系譜となっている)を取り入れようとすれば、マルス(アイル)との婚姻を受け入れる事にメリットがある・・・ということですかね?

こちらもやはり今必要なのはメディウスを倒せる『力』であり、そもそもそれが出来なければ人類が滅ぶわけで、『正当性』を掲げるのは、今のいっぱいいっぱいのアイルにとっては気にしてられるほどのことではないんでしょうね。
勿論さすがにその部分では明らかに先を見据えているハーディンは、その意味でもニーナを欲しているわけですけど。

by おかのん (2014-07-02 20:33) 

ぽ村

>>おかのん
ヲレの説明がアレだったらしく齟齬があったようで;

>歴史
A・B・Cと三つの組織があるとして
A「Bの敵だわ」
B「A殺すわ」
C「頑張れB。でも美味い所はオレが貰うから(正統性)」

で、リアルの歴史で多いケース
A「Bにやられたわ」
B「Aに勝ったわ」
C「お疲れ。じゃあオレが良いトコ取りで」
B「させるかお前も死ね」
C「ギャアァァァァ━━━━━━(|||゚Д゚)━━━━━━!!!!!!」

ということじゃー
この作品の場合、Aはメディウスさんち
Bはアイルさんち、Cは・・・触れないで置くけどw

>婚姻
そうそう
そのくらいやれば、ファルシオンの事どころか偽マルスの件も軽く吹っ飛ぶ
いっぱいいっぱいだからこそやるんだよ~
平和になったら抵抗勢力が面倒でしょw


アイルの正体を知っていて、今現在利権(本物のマルスが返り咲くと利権が消える恐れがある)なりアイルに強い忠誠心持っていたりする参謀係がいたらすっごく本人に要求すると思うんだよねぇ・・・


あ、いや、
話を変えろってワケじゃないので気にしないで聞き流してw
by ぽ村 (2014-07-03 13:41) 

おかのん

>歴史
なるほど。つまり正当であろうと漁夫の利を得ようとして失敗するケースは多いと。
・・・正当な上に強けりゃフツーに勝つし、弱けりゃどの道潰される・・・
結局力だなあ・・・

>婚姻
う~ん。まあアイルが『マルス個人はどうでもいいけど大義があったら楽だなあ』ってやつならそうでしょうけど・・・

アイルにとって重要なのはあくまで『マルス本人』なのでね


『マルスの望んでいるであろう』シーダと恋仲である事実を変えるわけにもいかない、という大前提があるので・・・

加えて『正体知っていてアイル自身に忠誠心を持つ参謀』となると・・・
・・・周り女の子ばっかだしなあ・・・
むしろ『王女様に取られる前に既成事実を』な人までいるし。

確かに偽物だろうがなんだろうがファルシオンが使えまいが、『ニーナの夫=アカネイア王』なわけだし、アイルもただの野心家なら一も二もなくそうしたんでしょうが。
マルスをデネブに人質に取られ、マルスを取り戻すついでに大陸の覇を競ってる状態ですからね・・・
でかいのかちーさいのか微妙ですアイル君。

・・・参謀とは言わないまでも、マリアやミネルバあたりはその位置ですね。本物マルスが出てくると、アイルと個人的に作ったコネが無駄になる。
とはいえ外様なだけに発言しにくそう。
後はノルンも甘い汁が吸いたいならアリですが、そのへんは興味なさそう。
シーダ(本物)の方は本物が戻んないと困る側だし・・・
フレイは偽物だって知らないしな・・・

そもそもマルスが『アカネイア復興、アリティア再興までが使命』な人で、後のことは考えてない奴だから、アイルもそれに引っ張られて・・・というより、それに縛られてるんですよね・・・
マルス命ながら、『きっと最後にはマルスのためになる』と、王になっちゃう・・・ なんてことは考えてませんし。

というか・・・
マルスが復活したら、影武者とかになって終わるのかアイル君? そのへんはどう考えてるのやら・・・

by おかのん (2014-07-03 22:54) 

ぽ村

>>おかのん
幸いまだ劇中だし、戦後の身の振り方や今までの所業をアイルに考えさせたり振り返らせたりするのが良いかもねー

マルスが知れば(多分知ってる?)勘弁ならんことも多いだろうし・・・
逆にココまでやって自分に罰がふりかかってはアイルも黙ってられないかもしれない

ここに来るまでに多くの繋がりや自己実現が出来たのだから、マルスへの友情が一番ではあっても
相対的に薄くなっていても仕方ない面があるかなぁと
by ぽ村 (2014-07-04 18:46) 

ぽ村

あ、何度も謂うけど、過剰な負担っぽかったり、おかのん の思い描くエンディング到達に支障がありそうなら忘れてやw
by ぽ村 (2014-07-04 18:54) 

おかのん

~偽りのアルタイル~

幕間 その26 アルテミスの運命(さだめ)

これからガトーの語る話は、エゴに満ちている。
悲恋でさえも、いや、だからこそ、か。現実の前に歪められたものが、さらに現実の前に歪められたというただの事実。
なぜそんなことができるのかと思わせる傍ら、そうせねばならなかった理由も語られた。
それは歴史とは勝者がつづった物語でしかないと思わせるに足る・・・
いや、勝者さえもそれからを見極めて動かねば、喰われて終わることを指し示すかのような話だった。


英雄王アンリ。アリティア王国の祖にして、100年前暗黒竜メディウスを倒した英雄。
彼は大陸の片田舎である、開拓島の青年であった。

100年前のドルーア戦争時、ドルーアの竜達に攻め立てられ、落ち延びてきたアカネイアの姫がいた。
彼女は既にアカネイア王家最後の一人となっていた、アルテミス姫であった。
アリティアは、この戦乱の後アンリが建国している。つまりこの時は国ではなかった。ここはただ開拓村があるだけであった。アンリはそこの指導者の息子の一人だった。

「・・・まあ、そう聞くとさだめも何も、大陸の頂点にいる姫と、開拓民の小倅がどうにかなるわけもありませんわよね」
「『アルテミスのさだめ』が、同情的、好意的に語られるのは、あくまで『プラトニック』だからだもんね」
「しかしの、アンリが氷竜神殿まで来たというのは、本当に賞賛に値することだったのじゃよ。
むしろ『メディウスを倒した』事よりも、そのこと自体が世界の運命を変えたと言ってもよいくらいにの・・・」

そして、ガトーはさらに深く話し始めた・・・


 ・


当のアイルやお主らはもうある程度気がついておるじゃろうが・・・ 神話にあるナーガ神というのは、『神竜ナーガ』様のことじゃ。
ナーガ様は別にこの大陸を含めた世界をお作りになったとか、光よあれと言われただけでこの世に概念を生んだとかそういう方ではない。
単に竜族の中で飛び抜けた力を持っていた一族が己らを『神竜族』と呼び始めただけじゃ。その中でも一番に優れた王の中の王である姫だったというだけなのじゃ。

「当時の人々にとっては、意のままにならぬ強大な『何か』であれば一緒ですわよ」

・・・まあそうじゃな。600年のさらに前辺りでは、人は猿と大差ない。落雷を三つの頭を持つ地獄の番犬に例えるなど、自然現象さえ崇めるものとしてしまうようなおおらかな知能・・・ いや、馬鹿にしとるわけではない。しかしそれならば、言葉を交わす己以上の大きさと強さを持つ生き物が神とされるのは当然だったわけじゃよ。

竜は人にとって神じゃった。
神以外の何者でもなかった。

その頃既に歴史の表舞台からは姿を消していた竜族じゃが・・・
これは長命過ぎたために、種族としての限界が来ていた竜族の、生き延びるための妥協の結果であった。

まず子供が生まれなくなった。これは皆年老いすぎた上に、長命すぎて『子孫を残そう』という危機感が薄すぎたことが関係した。
次に、その巨体ゆえに、生き続ければ大陸の命という命を食い尽くしかねなかった。そうなれば、後は自分たちを共食いして、残るのは不毛の大地のみということになりかねんかった。
さらに、いきなり狂うものが出てきた。これは脳の退化によるもので、老化と密接に関係があった。
・・・いわゆる『認知症』でな。どのみちその時点では解決策はなかった。

苦肉の策として出てきたのは、『人』となることであった。己の力を石に封印して、か弱き人の姿になることで、老化の加速を抑え、その燃費の悪い巨体をも封じたのじゃ。

ここで理解しておいて欲しいのは、要するにナーガ様もわしもチキも、メディウスや彼に従うマムクート達も・・・
かつて神と恐れられ、しかし今はこの大陸で生きようとするただの命でもあるということよ。


・・・話を元に戻そう。

ドルーア地方の片隅を選んで住みだした仲間のうちの一派・・・メディウスの奴が人を襲い始めたとき、わしら神竜族は関心を示さなんだ。
わしらは思索にふけり、氷室の中でウトウトしながら命を終えることに何の不満も持っておらんかったからの。
それにこの氷竜神殿を訪れるものなどおらんことも分かりきっておったのじゃ。

だが、その男は来た。

当時から数えて約500年前、竜人族・・・マムクート達は本当にバラバラに生きだした。
大地の加護を受けるが故にか、命そのものを愛し、人も愛した地竜族達。
暖かい地方に住みたがったが故に、人の生きる所に共生せねばならなかった火竜族達。
逆に氷竜族とその亜種である神竜族は、人から離れて生きようとした。わしらは『ここなら人間は来ぬだろう』と確信して住み始めた。にもかかわらず・・・

その男、アンリは氷竜神殿にやってきたのだ。


『ここに、龍神さまがおられると聞いてやってきました』

わしはその頃、人にあまり良い印象を持っていなかった。アカネイア建国の経緯が経緯じゃったので、若干嫌っていたと言ってよかろう。しかし、アンリのその姿・・・ それを見てとにかく助けようと思った。

満身創痍もいいところじゃったよ。それはそうじゃろう。飛竜の襲ってくる砂漠、火竜のひしめく活火山、延々と続く吹雪の森を闊歩する氷竜、それらを使役する蛮族の群れ。
しかも驚いたことに、一人でやってきたというではないか!!!

『おにいたんは、なにがしたくてここにきたお?』

幼いチキの問いに、アンリは答えた。

『僕には、好きな女の人がいるんだ。王女様なんだ。
でも、その人の国は滅びかけているんだ。悪い竜に襲われてね。
ここには竜の神様がいるって聞いた。その人に私はどうすればいいか相談に来たんだ』

わしは耳を疑ったよ。
あまりにも純粋だ。
しかも聞けば聞くほど本気なのがわかった。
ただ惚れた娘が人の世を取り戻すと思っているからと、飛竜の襲ってくる砂漠、火竜のひしめく活火山を超え、延々と続く吹雪の森を闊歩する氷竜、要所ごとに蔓延る蛮族の群れを一人で叩き伏せてここまで来たのだ。

そうじゃ、阿呆じゃ。
だが、気持ちのいいくらいの阿呆じゃった。
王女といえどただの女に違いない。にもかかわらずなぜそこまで出来る? 
アンリに言わせれば、惚れた女の願いを叶えるのは男として当然らしい。たまたま世界でこれ以上ない難題をふっかける女に惚れただけだとからから笑いおった。

そんなアンリをチキはキラキラとした目で見ておった。

それを見てわしは思った。
ここで緩やかに死を迎えようとするナーガ様やわし・・・ わしらは十分生きて、その上で世に見切りをつけてこうしていた。しかしチキは? 
チキはわしらとこの神殿より他に世界を知らぬ。それはチキのためにはならないのではないか?・・・と。

チキが世界をみてまわって、その上で人に見切りをつけ、やはりワシらの元に舞い戻ってくるというならそれでも良い。しかし、何も知らぬままここで朽ちていって良いのか?
神竜族最後の子が、すべての可能性を伏せたままここで他の命に何一つ触れ合わぬまま死ぬというのか!? 

わしは迷った。
その挙句にナーガ様にお伺いを立てた。

ナーガ様は、アンリと会うと言われた。

アンリといくらか話されたあと、・・・どうやらかなりアンリを気に入ったらしい。ナーガ様は己の牙を折って、それを剣に変えられた。

それが神剣ファルシオンじゃ。

「待ってください。つまり、『神剣ファルシオン』とは、神竜の牙そのもの?」

そのとおり。どんな剣も簡単には通らぬ竜の鱗じゃが、同じ竜の牙が通らぬ道理はない。神竜ともなればなにをかいわんやじゃ。

そしてナーガ様は、その竜の牙の剣に注ぐ理力を扱えるように、己の血を分け与えた。
血は単純に飲めば良い。
そして、その資格は第一子に受け継がれる。もし第一子の命が尽きた場合、二子に眠っていた資格が発現する。この辺は魔法が少し関係しとる。

「・・・要するに、滅びかけた人類を気にもかけていなかった神に、チャンスを与えてやろうという気まぐれを起こさせたのは、アンリの阿呆さ加減のおかげということですわね」

そのとおりじゃ。
アンリがおらねば本当に終わっておった。

「で、そうなるとアンリが『子孫を残さなかった』にもかかわらず、ファルシオンが受け継がれているという謎はさらに深まってくるわけだが・・・」

今からその話をする。

史実のとおりあの阿呆は、授けられた神剣でメディウスを本当に倒してしまいよった。
実際あいつは世界を掛け値なく救っておる。
しかし・・・

知っての通り、アンリとアルテミスは結ばれずに終わった。

「・・・・・・」

アンリが世界を救って、その褒美に望んだのはアルテミス王女だけだった。本当にそれだけであった。
しかしそれは皇帝誕生と同じ意味合いであった。
仮にアルテミスが女帝として即位し、種馬としてだけの存在に徹するとしても、アカネイアの家系図が『アンリの系譜』になっていくのは明白じゃ。

・・・それを阻んだのは、先に言うたように、『紋章の誓い』・・・ 『ファイアーエムブレムを掲げる者は、全てをアカネイア王家に捧げる』というもの。そしてカルタス伯爵を中心とする、アカネイア貴族どもじゃ。

貴族達もこの戦いで多くの犠牲を強いられ、失った財産も少なくない。しかしアンリがアルテミスと結ばれてしまえば、その殆どをアンリに掠め取られ、取り返せなくなるかもしれんと思ったのじゃな。
アルテミス王女は当時最後のアカネイア王族。彼女とその伴侶以外に王座に関われるものはおらぬ。
彼女を排してしまえば、そもそも『アカネイア王家の復興』という今回の戦の大義名分が失われる。


アンリの、世界を救った働きに応える褒美。
それは、世界を救うのと同じくらい無理難題だったわけじゃな。

・・・ここで正史では、『アルテミスはアンリの望みに応えることはしなかった。
アンリはアリティアを国として認めることを代わりに望み、アルテミスはカルタス伯と結ばれた。
アルテミスは子を一人産んですぐに亡くなられ、アンリは生涯妻を娶ることはなかった』とある。

だが・・・


障害が大きければ大きいほど、燃え上がるのが恋というもの。

実はアンリはアルテミスに会いに行っておる。

・・・ああいや、行こうとしただけじゃ。
弟マルセレスは、アンリの性格をよく知っておった。途中で引っ捕まえて連れ戻しとる。
王国建国を承認してもらっておいて王女と不義など交わせば、全て終わりじゃ。しかしアンリはもう止まらなかった。アンリは塞ぎ込んでいたなどと伝わっているが、牢に監禁されておっただけじゃ。そうするしかなかった。
・・・実はアルテミス側もそう変わらぬ。アンリは確かに田舎者の小倅じゃが、アルテミスをあれだけ純粋に愛した者はおらんかった。本当にアンリはアルテミス以外見ていなかった。それは常に彼女を神輿や傀儡としてしか見ていない、いや、愛そうともそこから切り離すことのない貴族共とはどうしても違っていた。

ただ愛に生きる。
そもそも王女の身では望むことも許されなかった。
しかしそれに触れてしまったアルテミスは、もう戻れはしなかった。

彼女は、城外に出ようと、アンリに会いに行こうとして、ラング伯爵の手の者に捕まった。
カルタス伯は彼女を軟禁し、彼女を半ば犯すようにして自分は王となった。

「・・・二人は浅はかで、周りはクズばかり・・・ということですかしら」

・・・いや、マルセレスは少し違う。
アンリを行かせてはすべてが破滅してしまうのじゃから、止めたのは常識的な行動じゃ。マルセレスはアンリをかけがえなく思ってはいたのじゃよ。

アンリを牢に入れたが、不自由をさせることはなかった。アンリも、そんなマルセレスを無視は出来なかった。
もちろん諦めはしなかったが・・・


で、その頃、アンリの下にカリピュラという娘が通い始める。

「カリピュラ? ・・・聞いたことのない名ですわね」

うむ、そうじゃろうな。
彼女はアンリのいとこの娘ということになっている。

「・・・なっている?」

そこは後ほど話そう。マルセレスは、アリティアが国となった時に、いとこの養子となった彼女をとても可愛がっておった。
そしてマルセレスはカリピュラに、兄アンリを助けたいが、アルテミスのことを諦めさせる手段は思いつかない、しかし不憫でならない・・・と、よく漏らしていた。

また、アンリがいかに素晴らしいことを成し遂げたかをよく語った。ほんの数年前、滅びかけた世界を救ったのはアンリなのだと。結ばれそうにもない、結ばれるわけには行かなくとも、しかし愛し続ける二人を情感たっぷりに語った。

・・・その結果、カリピュラはアンリに会いたがり、ダメだと言われればこっそり会いにいくようになった。
最初はカリピュラを案じて追い返したアンリも、少しずつ話し込むようになり、二人は距離を縮めていった。


・・・そして。
アルテミスが亡くなった。

アンリは半狂乱となった。愛する者が永遠に失われたのだ。それは仕方なかろう。
そばでそれを見ねばならなかったカリピュラは、一所懸命に慰めた。そばにいて、支えた。押しつぶされそうな彼を繋ぎ留める為になんでもした。
ただひとりの女の為に世界を救うことまでやってのけた男が、どうしてこんな目に遭わねばならないのか。確かにその望みは世界を変えてしまうだろう。それを成そうとするのは周りの者の都合を無視するものだろう。だからといって彼の幸せを無視するのは構わないというのは違う。絶対に違う。
カリピュラはそう思った。そう思った挙句・・・

アンリと結ばれた。

「「「「「は!?」」」」」

アンリの心の穴を埋めるために、その身を差し出したのよ。何の解決にもならぬだろうが、埋まりきる穴でもなかろうが、それでもなるべくしてそうなった。
カリピュラは合意であったし、問題はなかった。

(リンダ)「問題はありますよっ!! その・・・孕んだりせずに済んだの!?」

玉のような男児が生まれた。

(ジュリアン)「ダメじゃんかよ!!」

その子をマルセレスが自分の子として育てた。
それがマルスの祖父に当たるマリウスじゃ。

(カペラ)「あー・・・ つまり」

そう。マルスは間違いなくアンリの直系なのじゃよ。

(アラン)「しかし・・・ マルセレス殿の奥方のこともあろう。よくもまあそんな無茶が通ったな」

うむ、実を言うと・・・ カリピュラはマルセレス王とその奥方の実の娘なのじゃ。
マルセレスは前妻がいるうちに浮気をしておっての。後に後妻として迎える娘を既に孕ませておった。始末に困っていとこに養子に出していた。
のちに前妻は何も知らずに病死してしまい、後妻として浮気相手を迎えたはいいが、体裁が悪いのでカリピュラのことを明かすわけにもいかぬ。勿論後妻の方もカリピュラを気にしておって・・・

「マルス王子のお祖父さまは、マルセレス王の娘と英雄アンリの子・・・ アンリは知らずに姪に手を出した近親相姦者ということですか・・・
というかマルセレス王のどこがまともなんですの。この話の中でカルタス伯に次ぐクズじゃありませんの」

そこは反論できぬが、カルタス伯と違って、周りの皆がそれなりに不幸にならずに済んでいるのじゃよ。なんだかんだで気は使う男なのじゃ。・・・ある程度はただの偶然じゃろうが。
幸い近親による遺伝病等も発現せずに済んだ。

カリピュラをあてがわれ、時が経ち、アルテミスの死に多少は落ち着いたアンリは、それでも妻を娶るということはせなんだが、若くして隠居した。カリピュラは引き続き、使用人としてそばにおった。
アンリはあっさりと乗り換えたように聞こえるかもしれんが、アルテミス王女の死を乗り越えるのには随分かかったのじゃ。わしは決して不実とは思わぬ。

「そう言われてもな・・・その後の爛れた生活が目に見える気がする・・・
アルテミス王女が浮かばれねえなあ。
英雄アンリが若くして死んだっていうのも、姪っ子の腹の上とかだったんじゃねえの・・・?」

いや、アンリはそれ以後カリピュラとは何もなかったじゃろう。隠居後は孤児院など開いておったしな。仲睦まじくはあったじゃろうが、アンリは薄々姪だということも気づいておったやもしれぬしな。

「しかし・・・ これではっきりした。
ファルシオンを扱う資格は『血』であると。
となるとファルシオンはガトー様に預かっていてもらうよりほかないということか」

・・・ま、そうなるのかのう。


 ・


この後カペラ達は、同盟軍をドルーアへ送るガトーとは別れ、ミネルバと合流後、別ルートでドルーアに向かう。

大賢者ガトーの語る、英雄アンリとアルテミス王女の歴史に埋れた真実。
それはこの歪んだ歴史の象徴とも言えた。

そしてこの話は、この場にいないアイルやデネブ、ベガなどにとっても無関係ではないのである。


そしてアイルは、エリスの待つ天幕に足を運ぼうとしていた・・・


続く

by おかのん (2014-07-08 20:08) 

ぽ村

>>おかのん
投下乙


先に言うとかなり面白かったよ

なんつーか今回はすっごい突っ込みどころと笑いどころがあったわ・・・・

とりあえずガトー様
賢者様が人様んちをゴシップを情緒豊かに解説せんくてええ!!(でも嬉しい)

あと「認知症」言うな生々しいwww
「長き思索の果てに暗き思考に墜ちていった者」とかカッコイイワードを期待してたw

近親相姦自体はこの時代普通じゃないかなとも(今だって国にもよるが3親等からケコンおKなところもあるし)

あとジュリアン!
レナに嫌われますよ
腹上死とか言わない!!!!


はぁはぁ・・・そして最後に・・・
引っ張りやがったなぁアアアア!

ふぅ・・・

しかし「世界を救った働きに応える褒美。
それは、世界を救うのと同じくらい無理難題だった」ってところは個人的にグッときた。


ああ、面白かったよw
公式じゃないだろうケド、、 おかのん の妄想力は大したもんだなと思った。
by ぽ村 (2014-07-09 15:22) 

おかのん

>公式じゃない
ええもちろんww
ていうか正統ファンの方々に殺されそうな内容です。

>賢者様がゴシップを
・・・まあそうなんですが語り部がこの人しかいなくて。
ナギさんでもよかったんだけどタイミング的に。

>認知症
確かに生々しすぎるとは思ったんですが、遠まわしに言うと伝わりにくい気がして。
落ち着いて読み直した時にどーしても気になったら変えるかも。

>近親相姦
まあそうなんですが。位置関係をはっきりさせるためにツッコミを入れておこうかと。

>腹上死
まあ彼自身育ちは良くないし。

>引っ張った
・・・だって長いんだもの。
次はやっとエリス関連の話だけどこれも短くないことわかってるし・・・

>世界を救うのと同じくらい無理難題
まあ、結果論ですけどね。
アルテミスが最後の王族でなくて、継承権が下位なら問題なかったわけで。

by おかのん (2014-07-11 11:07) 

ぽ村

>>おかのん
とりあえず今回は笑ったw

しかしアレね

やはり真相解明的な話は面白くなるもんだね
アッチこっちで不明だった点が繋がってパズルの回答みたいになるようなもんなのかしら
by ぽ村 (2014-07-11 21:52) 

おかのん

~偽りのアルタイル~

幕間 その27 『彼女』の正体


アイルは、緊張を隠しきれないまま、エリスの待つ天幕に入った。

肘掛け椅子に腰を下ろし、足をぷらぷらとさせている。
皆の前ではそれなりに見せていたが、これが地なのだとすると、子供っぽい印象がある。

「・・・姉上」
「やっほー。久しぶり・・・ でもないか。ちょこちょこ話はしてたもんね」

(は?)

天幕に入るなり、エリス王女の態度はおかしかった。
いや、さっきの印象のとおり、これが地なのかもしれないし、マルスの前ではこういう人物なのかもしれない。

・・・となると、まずい。

『マルスが姉に対してとっていた態度』というのを、アイルは知らない。

(・・・いや、関係ないのか)

そもそも、『姉上』などと言って入ってゆく時点でアイルの狼狽ぶりがわかる。先の再会の折に、エリスは既に彼を『アイル』と呼んできた・・・ 正体のばれている相手に芝居を続ける意味はない。

なのでアイルも地に戻す。
戻すのはいいが・・・

主導権が向こうなのが気に食わなかった。
とはいえ下手は打てない。

・・・まずはさっきのセリフの意味がわからない。

(久しぶりでもないってなんだ。マルスだったら6年ぶりなんだろうが・・・)

「初対面ですけどね」
「? ああ、顔を突き合わせるのはそうかな。
どう? なかなかの美少女でしょ?」

顔を突き合わせるのは、だと?

「良い意味で『少女』と呼ぶのはためらわれますが」

本音である。
年上好きのアイルからすれば、むしゃぶりつきたくなるような女だ。
確かマルスの3つ上だから、22のはずである。
アリティアが落とされ、エリスがガーネフにさらわれて既に6年が経つ。マルスが別口でさらわれて、代わりにアイルが決起するまでに2年、それからドルーアをここまで攻めるのにはや4年。

(・・・女として一番いい時期を、ガーネフの人質で終えてしまった王女、か)

ゆったりとしたドレスをまとうエリスだが、体の線はある程度出ている。マルスを女にしたような美女だ。
軟禁生活であったはずだが、大事にはされていたのか、やつれた様子はまるでない。多少運動不足なのだろうが、むしろ肉感的でそそられる。
最低限は引き締めようとしていたのだろうそのバランスは、女性の考えるほっそりとしたものまでは届いていないのだろう。しかし実は男の求める女性像としては完璧以上だった。

思わず喉を鳴らしそうになる。

「んーん。まだある意味少女よ。『乙女』の方が座りがいいかな。
ガーネフは、私に魔術的な儀式をさせたかったらしくて、手は出してこなかったしね」

魔術の中には、純潔の乙女であることが発動条件となる
ものが存在する。これは『母』となると魔力の性質の一部が変わることに関係すると言われている。妊娠中とかそうでないとかではなく、『純潔』が条件になる理由は解明されていないらしいが、ともかくそれらの術を使用したいのなら、その条件は押さえる必要がある。

(ということは本気で処女か! この美貌とこの身体で!!)

青臭さの拭えない未熟な果実でも、いくらか虫の食った熟れ過ぎでもない。
温室の中ながらも、旨みも甘みも詰め込むだけ詰め込んで満ち満ちた、形の良い瑞々しい奇跡の一品と言っていいだろう。
腕を押しのけるようにたわわにはみ出す丸み。
自重に潰れて餅のように広がる足の付け根。
にもかかわらずそれは醜くつきすぎた駄肉でなく、筋肉がなさすぎる代わりにそこにある柔肌だ。
見た目は完璧に近い上に、抱き心地は間違いなくそれを超える。

(くそ・・・ これをお預けだというのは拷問だな)

おあずけも何も親友の姉に手をつけるわけにもいかないのだが。
なんとか平静を保ちつつ、探るように会話を続ける。

「ガーネフは貴方に何をさせようとしていたのです?」
「『オーム』の秘法・・・ 人を一人生き返らせる術ね」
「っ!!!」

そういえば。
魂のオーブを使わせられ始めたのは、デネブが『生き返らせたい人物がいる』からだった。
その際にオームの杖のことは話題に出たが・・・
ガーネフが所持していたとは。

「チキちゃんは残念だったわね。でも、オームの杖があれば彼女を蘇らせることはできる。
問題は、オームの杖があるのがドルーアの『地竜神殿』の祭壇だってこと。ドルーアの竜軍団を蹴散らして欲しくてチキちゃんをアテにしてたのに、その竜軍団をかき分けてオームの杖を手に入れるって本末転倒よね・・・
まあ、ガトー様に対する義理立てにはなるでしょうけど」
「・・・チ、チキのことまでっ・・・!?」

どうして昨日まで軟禁されていた王女が、ここまで状況を看破している!?

「え? だって・・・
あ。 ああー・・・」

しまった。
と思っても遅い。

「あたしが『誰』だか、わかってないのね?
そうでしょ」
「それはっ・・・」

睨めあげるように、しかしうすく微笑みつつのその瞳は、まるでデネブのようだった。ネズミを追い詰めた猫のような、妖艶で嗜虐心を映した笑み。

しかし、それはすぐに消え、寂しそうな照れに変わる。

「怯えなくてもいいわよ。
私はマルスのお姉ちゃんなんだから。
マルスの味方なら、それだけでお友達よ。

でも、案外鈍いのね。地を見せてあげてるのに。
少し考えればわかると思うけどなあ。あなたをこれだけ知っていて、なおかつこんなふうに接する人間は決して多くないと思うけど?」

そう言われればそのはずだ。
ならば、誰だ。

「というか、いろいろ悩み事とか聞いてあげたのになー。寂しいなー。
いっぱいチェスもしたしー。ベガ君のこともよしよししてあげたしー。マケドニア攻めの時は体調管理もしてあげたしー。チキちゃんのことだってー」

チェスの時点で得心したが、そこで一瞬放心して反応が遅れた。

そう。『彼女』は。

「シルエ嬢かっ!!?」
「あはは正解ー。シルエちゃんだよ?」

シルエ。
ペラティでデネブがカチュアに移り、シーダが元に戻った時に、マルスをさらったのがデネブの主と聞いてショックを受けて、アイルは気を失った。というより心を閉ざしかけた。
その時にたゆたう意識の中で声をかけてきた、夢の中だけで出会った女。

そうだ。

今言われた通り、ベガを失った件や、マケドニア攻めの時の衰弱状態を癒してくれた件、チキが襲われた時に、手遅れにならずに済んだのは、『シルエ』が知らせてくれたからだ。
チキの件は間に合ってはいないが、首を落とされでもしていたら、また厄介だった可能性はある。ガトーへの印象なども含めて。

なぜこれほどに手を貸してくれたか。
分かってしまえば説明不要なほどに自明の理だ。

「あの女の正体が貴方・・・ エリス王女とはな・・・!! 道理で、マルスの味方の俺に対して協力的なわけだ!!
いや、マルスが実質的にいない今、あんたの命運を握ってるのはむしろ俺だったというわけか!!」
「そっのっとっおっり~。いあいあ、期待以上の働きじゃアイルん。苦しゅうないぞよ」
「くっ・・・! きっ、恐悦至極です我が主よ!!」

ノリが良すぎると自分でも思う上に卑屈もすぎるが、他に返しようがない。
こっちにも貸しはあるが借りも恐ろしい程ある。そもそも最初に出会った時、あのショック症状は最悪だった。そのまま帰らぬ人となっていてもおかしくなかったのだ。
沈みゆく意識を掬い上げてくれたわけだが、あの時点でアレが出来たのは彼女しかいない。

(となると全く頭が上がらんぞ・・・!!)

そんな心境を知ってか知らずか、シルエは気にもしていなさそうだった。

「まあま、そこんとこは持ちつ持たれつってことで。
マルスがいない以上、あなたに代わりをやってもらうしかないわけだし、命の恩人はお互い様だしね」
「・・・まあ、そうですね」

正体云々は結果的には取り越し苦労だった。
エリスは最初からこっち側だったということなのだ。

「俺が知っておくことは他にありますか?」
「そうね・・・
シルエちゃんの真実~ どんぱふ~。

SILE(シルエ)。反対から読むとELIS(エリス)
おおなんとっ!! しんじつはすでにしめされていたっ!!!」
「・・・あんたの名の綴りはELICEでしょうが。
SILEをシルエと読むのも無理矢理だし・・・」

そしてかなりどうでもいい話だった。

「まあそれは戯れなお話としても。
ちょっと試したいことがあるのよね・・・

テーベの塔、少し掘り出してもらえるかしら?」
「・・・は?」

エリスのその思いつきは、同盟軍のただでさえ革新的な戦略を、そして・・・
『ドルーア帝国攻略戦線』を、根本から変えかねないものになる。



 ・



「『竜石術士』の事は、アイルはどれくらい理解しているの?」
「・・・カペラやかつてのレナ嬢、マリアがそうなのでしょう? 
竜石を体に埋め込むことにより、竜の膨大な力が『何らかの』形で出ていましたね」

正直、『何らかの』としか言いようがない。
カペラは額に欠片程度の大きさのものを埋め込んでいたらしいが、竜並みの膂力と魔法の重複起動を使いこなしていた。
レナの竜石は一つ丸ごとだった。しかし重複起動を見ていない。代わりに膂力・・・特に防御力は恐ろしいものがあった。一時的な硬化だろうとは思うが、腕を剣の盾にしていたのだ。そして魔法の威力も数倍になっていた。
レナのものを移植したというマリアは、膂力は全く変わっていなかった。しかし魔法の威力は数倍どころか桁が違った。そして魔法が変質していたように思う。

「まあそうね。でも、それは竜石と体が結びつき、変化するときに、本人の意識や考えの中に『どういう強さがイメージとしてあるか』が関係してるみたいなのよ。
レナちゃんはベガ君との喧嘩に勝つために、そして魔法よりも『竜の力を得る』ことを想像していたんでしょうね。そしてレナちゃんにとって竜の強さとはそのタフさにあったんだと思う。
マリアちゃんはそもそも竜石と結びつく時に気絶してたんだから、純粋に魔道士としての強さが意識にあったと思うわ。
そしてカペラちゃんは、魔法とは『技術』や『判断』だと思ってたんでしょうね。だから魔法の加工や重複起動によって戦略が広がる事が強さのイメージだったと思うの」
「・・・・・・成る程」

考えを補足する必要はない。今の話は辻褄が合う。多分それで間違いないだろう。

「・・・で、それが何か?」
「さてここに、魔竜石があります」

魔竜石。

それは、アリティアを占領していたモーゼスの持っていた竜石だった。
同じものというわけでは当然ない。別の魔竜の物だったのだろうが・・・

「・・・俺が崩壊させたテーベの塔から、掘り返してでも竜石を探せというから兵を総動員して探させましたが・・・

何に使うんです?」

それしか見つからなかった。
他に竜石はなかったのだ。いや、あったかもしれないが、崩壊の時に壊れたのだろう。

くるりとエリスは背を向け、顔を弄っていた。
そして。
左手に何かを乗せた。

「・・・っ!!!!」

目玉、だった。

「エリス王女っ!!?」
「あ、大丈夫。これ、義眼だから」

よく見れば血も付いていない。しかしよく出来ていて、本物と見分けはつかない。

(まて、ということは)

彼女の目は。

「私ね・・・ アリティア落城の時に、最初に見つけられた兵士に犯されそうになったの。その時抵抗したら、激昂されて目を潰された。

右目よ。

最初からオームの件で私を利用するつもりだったガーネフが、その場に駆けつけてその兵士を八つ裂きにしたわ。そして義眼を付けた。

・・・まあ、それだけの話」

女にはきつい話だとは思う。が、アイルが下手なことを言える話ではない。


「・・・私はね、昔ガトー様に師事していたことがあるの。だから魔導の腕はちょっとしたものよ。
そして、ガーネフにこの義眼をはめてもらった時に、私もカペラちゃんのように、魔導機器とパスを繋いだの。こっそりとね。
ガーネフはそのへんの管理は意外と杜撰だったから・・・

あなたと夢の中でシルエとして会えていたのは、ううん、私が夢を通じてたくさんの人と会えていたのは、もちろん私の『能力』なんだけど、その魔力消費の大きすぎる秘術を使えていた理由は、魔導機器の補助があったからなの。
同じくガーネフが念話で話しかけてきたりしたのも、魔導機器があったから。ガトー様はそもそも竜族だしね。

つまり、私はもう出来ない。

でも、それまでに私はいろんな人との夢での会話を通して、魔術技術の研鑽を机上だけとは言え積んだわ。
そして・・・

『私も出来るようになった』の」

何を、だろうか。


その答えは、エリス王女が振り向いた時に分かった。
彼女の目には、取り出した飾りとしてだけの義眼の代わりに。

「それは・・・っ!!」
「手駒としての『竜石術士』の数は、多いほうがいいわよね?」

魔竜石が、埋め込まれていた。


続く
by おかのん (2014-07-18 14:02) 

ぽ村

>>おかのん
投下乙
あのノリの軽さから「昏睡中に出てきた女でね?」とか思いついたが、その通りでワロタwww

それがエリスの地かまたもや別人格憑依なのかは別として、原作の幸薄い感じに比べればこっちの方が好み


そしてアイルはきっとベガにある程度侵食されてるんじゃよ・・・こんな((((;゚Д゚))))ガクガクブルブルターンでも性的な視線が上位に来るなんて・・・
既にシーダの件で断交されてもおかしくないんじゃが・・・
英雄色を好むっつーか、英雄病みたいなもんなのかしら?


そういや、件の巨大利権人な
カシムなんか利権凄そうだしアイル擁護に動いてくれそうな気がしないでも無い・・・
by ぽ村 (2014-07-19 08:03) 

おかのん

>その通りでw
でしたー。
出した時からここまで長かった・・・

先に言うと地です。
イメージとかなり違うキャラなんていっぱいいるし。

>ベガに侵食
かもしれませんねー。というか『油断ならない雰囲気』が全くないので、アイル警戒がとけてるっぽい。
まだまだですな。無害を装う人物ほど気をつけないと。
結果的に味方だったから良いようなものの。

>断交されても
シーダの件は亡命先のことですし、いまいちエリス王女には馴染みのない話題ですからな。
弟の惚れはれ事情にどこまで食いつくかは・・・ねえ。
そもそもシーダ自身身分だけで言えば、アリティア王族から見てかなり格下ですし。

>巨大利権の参謀
アイルの方が密接かもしれませんが、くみしやすさはマルスの方がちょろいかもしれませんし、どうかな・・・
アイルの方からマルスを諦めて自分が王になるとか言いだしたら、一も二もなくつくでしょうけどね。それはマケドニアのメンツもですけど。

by おかのん (2014-07-20 14:49) 

ぽ村

>>おかのん
御意のままにw


シーダと付き合ってるさぁ~
っつうたらエリスが
「きぃぃウチのかわいい弟があんな芋い田舎娘とおおおお!」
と意地悪な小姑になると面白い・・・
かも知れん

>利権
そしてぐんだむのアナハイムみたく、両者に物資を提供し、大陸の歴史を裏で操る「カシム・コンツェルン」が誕生し・・・・
あ、いや、・・・何でもないです

by ぽ村 (2014-07-20 15:28) 

おかのん

~偽りのアルタイル~

第24章 マムクートの慟哭

その1 群体竜(レギオン)概略


ガーネフの死。

それは、ドルーア連合の崩壊の象徴だった。

元々、この『暗黒戦争』は、ガーネフが起こしたと言っていい。
オーラという魔道書を継承できなかった事に拗ねて、その嫉妬からミロア大司祭を禁じられた闇魔法で殺し、それをきっかけに世界征服という野望を抱き、百年前英雄アンリに倒されたはずの暗黒竜メディウスを復活させた。

ガーネフは人望というものを欠片ほども持ち合わせていない。しかし、その脅迫観念や野心につけ込んでの交渉能力は超とつけてもいいほどの一流であった。

中でもグルニアという国を取り込んだことは大きかった。
そもそもドルーア連合の中心であるはずの、その名を連合に冠したドルーア帝国・・・
歴史的に見れば、圧倒的な力を持っていたと言い伝えられているが、その実体制が続いたのは一年弱。百年後の現在においては、『局地的な戦略兵器』として存在できる『竜』という兵力を持つとはいえ、『支配』に関しては、圧倒的に足らない国家なのだ。
『竜』の力を後ろ盾に、また『主国』となることで体制を敷いたものの、グルニア、マケドニアの兵力なくしては支配も出来ない国なのである。

グルニアはアカネイア再建国のおり、目覚しい活躍をしたオードウィンが建国した。
当時も変わらず血統社会であったアカネイア支配の世において、オードウィン卿はさして高い身分の者でもなかったが、アンリ、カルタスに次ぐ働きの褒美として、一国を与えられた。
グルニアには、そんな『実力で』地位を手にしたオードウィンを慕って、または身分が低くともここでならばと野心を持って、優秀な者達が集まった『覇気』の国だった。

そして100年。

とはいえ王政である以上、王は血統である。
当代のグルニア王は、気弱な人物であった。
そして、ガーネフは王には交渉をそこそこに、臣下の者を焚きつけた。
このまま腐ったアカネイアの青瓢箪共に上前をはねられる生涯でいいのか・・・と。
その結果、暗黒竜への恐怖ではなく、打倒アカネイアの気運の下に、グルニアはドルーア連合の傘下に入った。
つまり・・・

ドルーア連合をグルニア、マケドニアの参加によってアカネイア以上の体制におしあげたのもガーネフだったのだ。

彼の死によって、名ばかりは帝国のドルーアはすでに崩壊している。
暗黒竜の圧倒的な恐怖を除けば、もう後は退治されるのを待つ獣がうろつくだけの場所に過ぎないのだ。


だが。


明日、マケドニアに敷いた拠点に、ガトーの大魔法で帰還する予定の夜。
同盟軍の真に中心にいる、いわゆるアイルとその一派は、とんでもないことを聞かされる。


 ・


「『《今まで死んだ竜》全部をゾンビ化復活して、いっぺんに暴走させて世界を滅ぼす』計画ぅ!?」

この場にいるのは、アイル、デネブ、カペラ、ガトー、エリス・・・
そしてノルン、アテナ、レナ、ミネルバ、リンダである。

「こうして見ると・・・いかに貴様の下半身が節操がないかわかるメンツだな」
「脈絡のないことを言うな」

デネブの軽口にアイルは顔を引きつらせる。
そして、半数以上が(ベガ絡みが多いとは言え)実際に毒牙にかけた事実も否定はできないが。

それはともかく。

「・・・『レギオン計画』は、要約するとそういう計画です。
そして・・・
『群体』である竜の、横のつながりを作るというのが強みですの」
「「「「????」」」」
「「「「!!」」」」

わかった者とわからない者が半々のようだったので、カペラは少し補足した。

「ガトー様やガーネフのやっていた『念話』・・・
あれが復活した竜同士で出来ると思ってください。
実際はまた違うのですけど、そのほうがわかりやすいと思います」
「詳細に言ってみるとどうなるの?」
「・・・『魂の同一化』なのです。
復活する竜は個体として2~300体はいると思うのですけど、その竜は魂が一つなのです」
「あ、あたしその概念解る。でもそれって可能なの?」
「視点及び認識の問題をクリアするのに、中継器兼司令塔としてレナ様の赤子を使いました。その補助として魂にベガ様を同化させてます・・・」
「カペラ、それまずい。禁忌の数、多すぎ。
カペラとアテナ親友。でも庇えない」

同時復活した竜達は、魂を・・・思考を共有している。
例えばグルニアで『ドラゴンキラー』を持っていた戦士に倒された竜がいたとする。その情報はほぼ同時に、全部の竜が『理解する』。

人は、指の先を刃物で切ったら、『刃物は切れる』ことを知って、今後刃物を『体のどこかに当ててはいけない』と理解する。当たり前だ。
問題は、甲の竜がそれを理解した瞬間、乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸全てが『己の体験として』理解したのに等しいということ。

300体近くの竜を『自分の体』と認識している魂は、今後ドラゴンキラーを持つ戦士とはまともに戦わない。
逃げるか戦士だけを狙うか、はたまた数体でいっぺんに襲うか・・・
弱点を見つけそこを襲うとしても、『そこが弱点として狙われる可能性』を、同時に認識して対応を考えてくる。

(なるほど厄介だ。ネズミや犬でもその厄介さがあれば人を滅ぼしかねんというのに、よりによって素体が大陸最強の獣『竜』とはな・・・!!)

「で、ガーネフは死んだ今、もう心配ないかと思うとどうもそうではないようで。奴の捨て台詞から察するに、期日設定で発動するようにでもしてあるのか、奴の死を条件に入れてあるのか・・・予測がつきませんの。
ともかく、テーベの塔内にそれらしい施設がもうなかった以上、ドルーアのどこかくらいしか隠す場所はないと思うのですが・・・」

ドルーアのどこか。
大陸内では限定される・・・ようで、かなり広い。

「・・・そんな広範囲を指定したところで役に立つのか?」
「わかりませんが、『レギオン計画』を止めるためには、探さないわけにはいきませんわ」

そこで、すっとエリスが立ち上がった。

「さて、目の前にある危機的状況を認識してもらえたところで・・・
アイル君の意見は?」

この場の人間は『アイル』を知っているので、この呼び名だ。

(意見、ね・・・)

「・・・その前に、聞きたい。
エリス嬢。あんたは『このことを知っていた』だろう?

他人の夢に入り込む能力、他人と意識をつなげる能力・・・
それを持っていて、カペラの夢を覗いたことがないとは思えない。
その上で、あんたは落ち着きすぎている。生半可なことでは動じないこのメンバーの中でもな」

ペロリと舌を出すエリス。

子供か。

「バレてますかー」
「エリス、お主・・・」
「ごめんなさいです師匠。
でも、ガーネフに奪われた時点で対策の方も変更を余儀なくされたのと、師匠に直接伝えちゃうと、人質状態の私が暗躍してるのがバレやすくなる可能性があったもので・・・」

そのあたりのバランスは確かに難しかった。
前提がマルスの味方という、マルスそのものを演じるアイルという存在は、エリスの手駒としてはかなり使いやすかったはずだ。それでもあの中途半端なアプローチであったことを思えば、意外に彼女は慎重でもあるのだ。

「前置きは結構。

で?

このことを知った上でそれだけの暗躍が出来るのなら、手をこまねいていたわけでもないんでしょう。
『対策』とやらがあるのなら、それを生かしたほうがいいに決まっている。まずそれを聞かせてもらいたい」
「おーけー」

そう言うと、エリスは『右目』にかけてある幻惑を解く。
そこには魔竜石を加工して埋め込んだ義眼があった。
その輝きはしかし人の瞳として違和感はなく、以前のエリスを知る者は驚くだろうが、いわゆるただの『オッド・アイ』に見えた。

「鍵は、コレよ」
「『竜石瞳』・・・?」
「竜石を丸ごと埋め込んだ私の魔力容量は、以前のレナさんを想像してもらえばわかるわよね。
そして私はこれまでの、もともと抱いている『強さ』に対してのイメージに書き換えられた『竜石術士』ではなく・・・
『竜石を埋め込まれる時に認識している《強さの形》』によって、その力の現れ方が変わる』事を知った上で『竜石瞳』を得た・・・
言わば『真の竜石術士』!!!」

(痛いわ!!)

突っ込みたかったアイルだが、話の腰を折るのもなんなので黙って聞いておく。

「要するに、意識してそうした何らかの能力に特化する形で竜石を取り入れる事が出来たわけだな?」
「話の腰を折って悪いのだが質問していいか?」

ミネルバが遠慮がちなセリフでしかしがっつりと話の腰を折る。

「『竜石術士』は、今までの例を見ると、魔導士が竜石の力を得て飛躍的に能力を上げている。
かなり大きな戦力となりそうだが、量産は出来んのか」
「「「「・・・・・・」」」」

誰でも少し考えれば分かることを考えないというのは、いかにも王様なような、愚鈍なだけのような・・・
判断が難しいところではある。

これにはカペラが答えた。

「・・・まず、竜石を体に埋め込む施術が必要です。
それは物理的に体に穴を開ける段階。
そこにさらに竜石を埋め込んで、補助をしながらとはいえ、竜石がその部分を治癒しながら結合するのを待つ段階をクリアせねばなりません。
そして、実は・・・
『竜石術士の才能』というか・・・
適性というものがあるのです」
「・・・適性?」
「今まで竜石術士となられた方々には、その適性がある可能性がありました」

今まで竜石術士となった者。

(レナ、カペラ、マリア・・・)

アイルは知らないことになっているが、ミシェイル。
そして目の前にいるエリスだ。

「そもそも、適性によるふるいがなければ、ガーネフは自分にそれを施したでしょう?
『自分に適性がないことが予想できた』から、奴は断念せざるを得ず、魔導機器に頼るしかなかった」
「なるほど。
で、その適性とは?」
「ぶっちゃけ、『竜の血』ですわ。
マケドニアの王族の祖、アイオテと、それに従った後のマケドニア貴族達は、飛竜を駆って戦いましたが、火竜を従えた要因の一つに、『龍の血を受け継いでいたから』というのがきっとあったはずです。
正史には記録されていないでしょうが。
何しろ、マムクートは人型です。神と崇めた歴史、迫害の歴史、支配しつつされつつ・・・
身分違いの恋から愛玩奴隷まで、両者の間に子がなかった理由もないのです」
「・・・エリス嬢が目に竜石を入れただけであっさり竜石術士になれたのもそういうわけか」
「エリス様は神竜王ナーガの祝福、つまり神竜の生き血を飲んだアンリの直系。
しかも体を抉ることなく、目にはめ込んだとなれば、負担が少ないのも頷けるかと」

ある程度納得したのか、ミネルバは残念そうに紡ぐ。

「マケドニア王族は可能性はあるが、その意味で後は私くらい。
レナもその施術が成功するかどうかは賭けだった・・・
つまり、血が薄ければ適性は低い可能性がある。
量産というほど数が確保できる保証はない、ということか」

カペラもマケドニア貴族の系譜である。
優秀な魔道士がひとり死ぬかもしれないリスク、本人にとっては死の確率。
カペラのように欠片として埋め込むのであっても、カペラ自身がそうして手駒を増やそうとしなかった以上、やはり失敗の確率は高いのだろう。
加えて竜石の貴重さもある。
砕けば竜石としては使えなくなるだろうし、丸ごと入れるのは、それだけの穴を身体に開けるか、目玉の一つも取り出さねばなるまい。

しかし。

(今からどうこうというのは難しいが・・・
それでも何人かは気付いたはずだ。
いくつかの条件をクリアすれば、『出来る』)

まず竜石。これは竜石自体が貴重だが、それでも十数個はなんとかなる。マムクートは一人一つ持っているのだから。
さらに言えば、カペラ自身が強力な魔道士であることを差し引いても、欠片を埋め込むだけでもあれだけ能力が上がるのなら『量産』という意味合いには十分なのだ。
続いて人員の方の問題。魔道士一人を失うリスク、本人の死のリスクと聞くと大きいように聞こえるが、一兵士の死という捉え方なら、王族の視点からすると『必要な犠牲』の範疇だ。力を持たずに戦に参加して死ぬリスクと、死ぬかもしれないが戦場で別格の力を震えるかもというリターン。どちらを選ぶかを考えれば、本人のリターンも旨みはある。
そして、何より。
『竜の血』が、『竜石との適性』を大きく上げ(少なくとも、三代離れているはずのエリスの適性はそれなりに高かった。目立った拒否反応はなかったのだから)ているのならば、方法は三つ。

1:多少適性の望みのあるマケドニア貴族あたりを使う
  試してみる価値のある、潰しても構わない人材はいるはずだ。
2:『竜の血』を、取り入れてみる
  直接飲むなり輸血するなりでいいとガトーは言っている。その証人がこれまたエリスである。もちろんその時点での拒否反応は可能性があるが、前提条件をクリアしないまま体に穴を開けるよりマシだ。
3:マムクートとの間に子を作る
  マケドニア貴族王族の始まりがそこなら、今からそうしてもいい。力を持つ血族の存在はプラスだ。


これに、先に述した『埋め込む竜石は欠片でもいい』という条件なら、かなり多く試せるはずである。
20倍の力を持つ一人と、2倍の力を持つ10人。
軍隊としての、もしくは支配する上での力はむしろ後者のほうが便利なくらいだ。
欠片なら埋め込む時のリスクも軽かろう。なんならピアスのような気楽さでできる可能性もある。

(個人主義の魔導師自身にはピンと来ないところもあるのだろう。ガトーは勿論、カペラも明確にそのビジョンを浮かべられなかったはずだ。
しかし、俺は気付いた。
ならば、術士自身となってはしゃいで見せているエリス王女、納得して落胆したふりをしているミネルバ王女あたりは、思いついた可能性は高い・・・!)

「話、元に戻していいかなあ?」

エリスの呑気な声が空恐ろしい。

「私ね、一旦魔導機器から接続を切って、竜石を取り入れた時に、竜石術士の力を、『心を通わせる』ことに特化させたの。
2~300匹の竜を一つの魂で動かすなら、その竜と心を通わせてしまえば、そっくりそのまま危機を回避できるでしょう?」
「・・・!! おお、エリスよ。
ならば『レギオン計画』の脅威を、お主なら無効にできるのじゃな!」
「確実にとは言えませんけど、やってみる価値はあると思うんですよ、師匠!!」

確かにそれは理想的である。
敵でなくなればそれに越したことはないだろう。
ならば落としどころはそのあたりだ。

「・・・我々は万一のために軍をまとめておくに留まりましょう。それで終わるなら、余計な刺激は一切いらない」
「・・・ふむー。
アイル君の血も涙もない策への人間的な希望として発表して、この場の空気を持ってくはずだったのになー。
ていうかアイル君、今のは話に乗っただけじゃーん。
手抜き手抜き~」
「貴方がその『群体竜(レギオン)』を救って見せれば、この程度の話し合いの空気なんか些細なことになりますよ。
今回は俺は腰掛けで良さそうだ。ありがたいことこの上ない」
「むー。さっきは結構ぞんざいな口調で詰問してきたのに、そっちのほうがまだ本音っぽくってよかったよ。
アイルんみたいな嘘つきが丁寧に話すと、黒さがチラチラするよね~」
「これは手厳しい」

目を逸らして気だるげに構えると、怪しさは倍増である。

「・・・仲いいですわね。あんたら」
「・・・仲、いい」
「・・・アイル、浮気か。浮気なのか。私というものがありながら」
「頭が上がらんから皮肉に走ってるだけだ。何しろ数回心を読まれているんでな。隠す必要がないと、表面は気心が知れたように映るだろう。
そんでもってデネブは黙れ」

そこでぺろりと舌を出すデネブ。
実はエリスとこいつは根が似ているのかもしれないとアイルは思った。

「話が長くなってしまったのう。
一刻を争う事態とはいえ、疲労困憊では事に当たれぬ。
今日はもう休み、明日、マケドニアに戻ってからまた場を設けよう。
ドルーアに攻め込むのと同時に、ドルーア内の探索をかけ、300体の竜を纏めている魂を鎮めねばならん」
「それは、ベガの救出、意味、いっしょ」
「ああ。あいつを見つけ出すぞ」

ガーネフの置き土産と、最終決戦。
その火蓋が切られる事となる。


続く

by おかのん (2014-08-01 00:06) 

ぽ村

>>おかのん
投下乙ん

こないだ新記事にしようと作業してたらPCがフリーズしたしにたい


ガトーとの話に色々人を巻き込みたいのは解るんじゃが、いかんせん人が多いのう
誰がどの発言してるか判らず、時々止まってしまう;

突っ込み言葉が多くてギャグっぽいパートになってしまってるのも・・・
大風呂敷を小出しにする尺が無いのはわかるが、そちらのブログで投下される過去の話と見ても温度差がスゴイんじゃよー


しかしまぁエリスは良いキャラだなと思う
このキャラに感化されてる感じなんだろーか?
by ぽ村 (2014-08-01 02:32) 

おかのん

>温度差すごい
>人多すぎ
(´;Д;`)
とりあえず大陸を巻き込む大事件のプロローグなので、伝えられるだけの人員に伝えないといけないのに、エリスがノリノリな上に個性豊かなメンバー過ぎてどうしても・・・

感化されてはいるとは思います。

ちなみにこの回がオベリスク編初回になると思うです。
・・・PCはその後だいじょぶですか?

ギリギリ今年中に終わる・・・ような気がする(おい)この話。ともかく書き終えてみせるですよ。

by おかのん (2014-08-03 19:39) 

ぽ村

>>おかのん
PCはいまんとこ大丈夫・・・というか、一過性のもんだと思いたい

リカバリー必要なのはヲレの方だけどw


読み比べると某母2リプレイとノリが似てるのだよ

>今年中
終盤にかけてはどうせやりたいことが増えてくるので、多目にもって「年度内」で考えてたほ~が良いかもの♪
個人目標以外の締め切りもないし、余裕持ってじっくりいきなっせ★
by ぽ村 (2014-08-04 14:19) 

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