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FE二次小説 偽りのアルタイル ~デネブ編~ その2 [リプレイ系記事]

デネブ編その2




住人の おかのん に執筆・投下していただいた「ファイヤーエムブレム~新・暗黒竜と光の剣~」の二次創作小説の続きです。

小説の元となったリプレイは既に完結。
その話を追って、コチラではリプレイの第9章終了後(幕間~)部分を掲載させてもらってます。

(アイル編)
・序章~第6章外伝まではコチラ。
http://pomura-zatudan.blog.so-net.ne.jp/2011-10-19

・第7章~第9章まではコチラ。
http://pomura-zatudan.blog.so-net.ne.jp/2011-10-20

(ベガ編)
幕間~第12章外伝まではコチラ
http://pomura-zatudan.blog.so-net.ne.jp/2011-10-23

幕間その3~第14章その5まではコチラ
http://pomura-zatudan.blog.so-net.ne.jp/2012-03-25

第14章その6~幕間その8まではコチラ
http://pomura-zatudan.blog.so-net.ne.jp/2012-09-18-1


(カペラ編)
幕間その9~幕間その13
http://pomura-zatudan.blog.so-net.ne.jp/2012-09-18


(デネブ編)
第18章その1~幕間その19
http://pomura-zatudan.blog.so-net.ne.jp/2013-07-14

話の元になったリプレイはコチラ
・「不遇の新キャラに愛を! 役立たずだらけの40人ぶっ殺しサーガ ポロリは多分無い(大嘘!!ww)」(「ファイヤーエムブレム~新・暗黒竜と光の剣~」縛りプレイ)
http://pomura-zatudan.blog.so-net.ne.jp/2011-10-17

ファイヤーエムブレムを知ってる人も、知らない人もどうぞお楽しみください。
幕間 その20 赤い闘神


飛竜は多くいても火竜の数は少ないマケドニアにとって、その利用法は戦術兵器以外にない。
その他の発想は出てこない。

しかし、パオラは違った。

よりによって、パオラは輸送機にしたのである。

本命は、その運ばれたものだ。
同じところに傷やえぐれや穴のある材木、ずらりと並んだ車輪・・・

「・・・来たわね」

武器でも食料でもないそれは、今回の作戦の要であった。

ヒントは、皮肉にもカペラの戦法・・・『闇の魔法陣』だった。
直接被害にあおうがあうまいが、その恐ろしさを聞いたことが雛形だ。
戦場での恐ろしさ。それはそのまま『有効な戦術』である証だ。

伏兵と同じである。

何の準備もないところに、いきなり戦況をひっくり返しかねない『何か』を出現させる。
罠なども、曲解すればこれにあたると言えなくもない。

「明日までに組み立てなさい!! 初撃が肝心よ。
これが終われば相手の主力が全滅する。そうすれば後はどうとでもなるわ!!」

湖の部隊は囮で、城をこっそり強襲する少数精鋭の決死隊、別働隊が本命・・・というのは、数で劣る、もしくは攻め手でかつ兵力が拮抗している時の花型の手段と言える。
傭兵の中にはそれを好む者もいるだけに、容易く想像できて、そこから考えが離れない、可能性を無視できない。
だからこそ事実『ケトゥス』(オグマ)にやらせた。成功すればそれはそれだからだ。
失敗してもその戦法のイメージをより強くできるだろう。

実戦の雰囲気や流れをも味方につけ、なおいくつかの選択肢を残しておく。
その戦運びは、経験の全くないカペラには酷だった。
そういう流れを読んでの作戦こそ、『リュカオン』(ハーディン)『オフィウクス』(ジェイガン)がやるべきだが、彼らにそんな才があるのならそもそもオレルアンやアリティアは先の戦争でもう少し粘れたと言える。

次の日の早朝。

昨日のかがり火の多さを少しは気にしていれば、この驚愕を受けなくて済んだかもしれない。


『ノイエ残党』の本陣を埋め尽くしていたのは。

最新式シューター、『エレファント』であった。



 ・


(あれは・・・・・・!!)

認識した瞬間、叫んでいた。
悲鳴のように、命令した。

『逃げろ』

似合わないその一言を、届けるために。

「カチュアっ!!! すぐに向かうわ。出して!!」
「了解です」

カペラは誰よりもそれに戦慄した。
それは、自分が思い描いた作戦の一つだったからにほかならない。

例えば、広域殲滅魔法『シャンドラ』。

自分を中心に、一定の距離まで・・・ 球体の結界状に閉じ込めて、少しずつ範囲内の原子運動を高速化させる魔法。
イサトライヒの村で使った、最悪と呼べる残虐魔法の一つ。

今回も、もしガーネフに裏切りがばれ、魔導機器との接続を切られるなどという事態に陥っていなければ、使ったかもしれない。

自軍に犠牲を出さずに、敵の大部分を壊滅させる、戦の流れを完全にぶち壊す手段だ。


それに比べれば、これは十分に戦術だ。
だが、性格的にはカペラの反則魔法にも通じるところがある。


これから何が起こるのか、カペラには手に取るように分かった。
奇しくもアイルがカシミア大橋で、シューターの利点を最大限活かした作戦を行ったが、これとはまた違う。

なんとか近くまで来たとき。
湖の大きさが自分の広げた手に重なるくらいまで近づけたとき。
カチュアの飛ばすペガサスの背から、あらん限りの声でカペラは叫んだ。

「逃げてぇぇええええええっ!!!!」

まるでその言葉が攻撃命令であるかのように。

実際ほぼ同時に発せられた、パオラの『撃(てっ)』。

ドカカカカカカカカカカカカカカカカカヵカァッ!!!!!!!!!!

シューター『エレファント』が、火を噴く。

ずらりと並べられ、それが数列もある。
計一千台の砲弾が、一度に。
ほぼ同時に飛ぶ。

まさに、『弾幕』。


湖を背にした『狼の牙』軍に、まるで逃げようのない、『その地点』にいるもの全てをなすすべもなく殺す絶望が襲う。

ドゴドゴゴゴァゴウゥアァゴウガァッ!!!!

悲鳴さえ、響かない。


いや。


ボゴゴゴゴッゴゴゴオオォォウウッ!!


『エレファント』が投擲するのは、弩や石ではない。
爆弾だ。

爆裂し。

誘爆し。引火し。

ゴ・オ・オ・オ・オ・オ・・・・・

天まで昇ってもまだ消え切らぬような、世界の絶望そのものの具現化のような黒煙が行き場を失うように立ち上る。


ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!!!!!!


兵達が、パニックを起こす。


「あ、ああ、ああああああ・・・・・・」

これは、駄目だ。
もう駄目だ。

あの頃ならまだしも。無敵の魔導師の頃ならともかく。
今のカペラにはどうしようもなかった。

すかさず、第二撃。

「撃っ(てっ)!!」

ドカカカカカカカカカカカカカカカカカヵカァッ!!!!!!!!!!

ドゴドゴゴゴァゴウゥアァゴウガァッ!!!!

ゴ・オ・オ・オ・オ・オ・・・・・


・・・砲弾はまだまだあるはずだ。
出し惜しみもするまい。
このまま湖を取られては、篭城するしか手段がなくなる。山脈に囲まれた堅固の地といえば聞こえはいいが、こんな場所、出入り口が一つしかない場所で、目の前の平原を取られてはおしまいだ。
しかも、相手は・・・
一千台の最新式シューターを。
攻城兵器をこれだけ保有しているのだ。

「・・・負け、ですの・・・?」

まだ、何も償えていない。
他の人間に何が出来たろうとは思うが、自分の取り仕切ったこの戦いは、もう勝ち目はないだろう。
罪の上塗りをしただけに等しかった。

「う・・・」

人の命をなんとも思わない輩どもにいいようにされ。
だからこそ自分も人の命をなんとも思わずに、好き勝手に戦争を引っ掻き回して。
挙句にこんなところで、こんなふうに。
なすすべもなく負けてしまうのだろうか。

そう思うと、情けなさで泣けてきた。
そんな資格などないことを分かっていても。

「うあ・・・」



ヴァサッ!!!!!!!!!!!!


(え・・・?)

その時聞いたのは。
竜の翼のはためく音。

見上げた影は。
飛竜の勇姿。

「あ・・・」
「ミネルバ様」

カチュアがわずかに反応する。
ちらりとだけ、振り向いて。

「任せろっ!!!!」

それだけ、告げる。


続く、凶暴なまでの鬨の声。

「続けえええええええェえっ!!!!!!!」

うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


まさに、疾風。



 ・



「はははははははははははははははっ!!
あははははははははははははははははっ!!!」

デネブをそう評したこともあったが。
ガワがシーダであることを考えれば、『女神』というにはまだ早い。

『戦女神』(ヴァルキュリア)が似合うのは、かの方だろう。
・・・いや、男も女もないか。
『闘神』でも違和感はない。

「はーっはっはっはっはっはっはっはぁ!!!」

「ミ・・・ミネルバ、様・・・っ」

その姿を認めたパオラはいろんな意味で固まっていた。

届くわけもないはずのそのつぶやき。
しかし。
その瞬間、確かにミネルバはパオラを見つけた。
驚くこともなく。いやむしろ、当然いるものを見つけたように。
ニコリ、と笑った。

石にされた。

気持ちのいいと言えるほどの、笑顔。
この状況では悪辣な笑みより怖かった。

「さあ、竜騎士の力を今こそ見せてやれっ!!!
か細い鎧しか付けない雌山羊のような傭兵どもの胸板を、その槍で貫こうぞ!!
己の身も守れぬガラクタ細工の列を、積み木でも崩すように砕いてくれようぞ!!」

空を飛び。重い鎧に身を包み。剣の間合いの外から槍を振るう竜騎士に、傭兵達はなすすべもなく倒されていく。

「ち、ちくしょう・・・届かねぇ!?」
「や、やめろ、来るなぁああ!!」
「ぎゃぁっ・・・!!」「うげほっ・・・」

そして。
ミネルバの飛竜の背にいた人影が、構えを取った。

「『アウリガ』殿っ!!!!」

同時に印が、呪文が完成する。
世界への変革が、顕現する。

「加護受けし大地よ。果てしなき草原よ。礫炎となり燃え上がれッ!!!!
ヴォルッ!!!!!!!! ガノンッ!!!!!!!!!」

ゴッバアアアアアアアアッ!!!!!!!!!

ずらりと並んで密集しているだけに、効果は高かった。
揺れ動き、割れる大地から、吹き出すような炎が陣内を暴れて猛る。

・・・さすがにシューターともなると、ミネルバの持つオートクレールならともかく、普通の斧ではそうそう壊せない。
しかし、威力のある魔法ならば、むしろまとめて破壊ができた。

砕け散りながらもその熱で、乗員ごと焼き尽くす炎殺の魔法陣が、今やノイエ残党の本陣を焦がしている。

圧倒的で、一方的だった。

『空飛ぶ重戦士』とも呼ばれる竜騎士に、傭兵の粗末な剣が通るはずもなく。
目の前には攻撃できないシューターなら、魔導士のうたれ弱さも問題ではない。

「・・・・・・」

カペラは絶句していた。

湖の方の『狼の牙』軍の、初撃のショックの混乱が収まる頃には、パオラはろくに抵抗もできずに捕らえられた。
傭兵団の各隊を担っていた、剣極『ケトゥス』オグマ。
『カニス』『ウルサ』『リーオ』サジ、マジ、バーツ。
そしてラディとシーザに至るまで、あっさりと捕まった。

カペラの目論見違いと、ミシェイルと自らの野心に煽られたパオラの指揮官としての才のおかげで、『牙』側に最悪の結末となるかと思われたこの戦は。

全てを台無しにするレベルの悪運を持つミネルバの竜騎士隊が、魔帝『アウリガ』共々たまたまこの辺りにいたことで、ひっくり返って終わったのであった。



幕間 その21 夢より覚めて


「ほうほう、食事の席で毒を盛られ、解毒剤のために仕方なく?」
「・・・そうです」

檻越しに、かつての懐刀とその主人が言を交わす。

『ノイエ残党』の指揮を執っていたパオラは、ミネルバが直々に尋問した。
ミネルバは腹芸は得意ではない。
しかし、部下に対する影響力の大きさは、尋問を任せるに足るものがあった。

「・・・ふん」

それだけではない。

ミネルバはそう感じるが、口にはしない。

・・・そして大体予想はつく。

ミネルバが言う事でもないが、ミシェイルはタラシだ。しかも天然で、だ。カリスマというものを持っている。
薬の一件がきっかけかダメ押しかはあるだろうが、パオラがミシェイルに惹かれたのは間違いないとミネルバは見ている。
そして、それならばそれでもいいのだ。
兄につこうが自分につこうが、ミネルバにとっては、『マケドニアのために戦う』気があるのかどうかが、最重要の部下の判断基準である。

・・・事実は、性的な意味でも誑し込まれている上に、意外に野心があった、というおまけ付きなのだが、そこは万一知れたとしても実質問題はない。

「・・・ならば、罰はひと月の拘束としよう」
「・・・は?」
「言っておくが、ミシェイルは気に入った部下に毒を飲ませるなどということはしない。私も同じ嘘をつかれたことがあるが・・・
あいつは認めた人間には若干甘い・・・というか、粗末に扱うことは意外にしない。指揮権をそのまま渡して、好きにやるように言ったり、豊富な資金を渡したことからも伺えるだろう?」
「・・・・・・」

ミネルバ『も』、そのことを見抜いてしまった。
いや・・・
『パオラも気がつきつつも従った』ことにも、もしかしたら感づいているのかも・・・と、パオラに思わせた。

また、シューター一千台というのは、かなりの大盤振る舞いだ。ミシェイルが許可したのなら、パオラへの期待の度合いが伺える。

今回の作戦は、『竜騎士団を近くまで進軍させ、投擲後の隙をついて襲いかかる』という方法で打ち破った。

が。

パオラが『初撃で決まる』と言ったとおり、あれはパオラの勝っていた戦だった。
もし、あの一千台のシューターを見た瞬間にその攻略法を思いついていたとしても、その時点から竜騎士隊を飛ばして襲撃させるまでに、湖の駐留部隊は全滅していた。そうでなくても、正面から飛ばせば、竜騎士隊とて、シューターの餌食になっていておかしくなかった。

『あの瞬間に、山脈の終わる草原の入口となるあの地点にミネルバ達がいた』という偶然があったからこそ、『狼の牙』は勝利したのだ。

(パオラは運が悪かった、としか言えんな)

ミシェイルの思惑以上の働きをするはずであったのである。しかし勝敗は兵家の常とはいえ、一発逆転を狙ったこの戦で、大敗をしてしまったのも事実であった。

「まあ、ひと月牢で過ごしてみて、なんともなければまた私の下で働くがいい。
毒とやらが真実でそのまま死ぬなら、まあそれが双方からの罰だと思っておけ」

ミネルバはそう言って、身を翻した。
パオラは、結局この兄妹に弄ばれただけのような気分にさせられ、ふくれるしかなかった。

こうして、パオラの密やかに燃え上がった野心は、消されて・・・
それで、終わった。

その程度の事として。


 ・



「・・・煮るなり焼くなり、好きにするがいい」
「そのセリフを本当に言う人がいるとは思いませんでしたわ」

カペラは多少呆れ気味だ。
とはいえ、鉄格子の中ではそう言うしかないのかもしれない。

オグマは今回完全にいいとこなしである。まあそれを言えば、『狼の牙』軍とて、今回名を上げたと言えるのは、ミネルバと『アウリガ』(マリク)くらいのものだろう。
一度は『カノープス』を退けたのが手柄といえば手柄だが、作戦を遂行できたわけでもない。

他のメンバーは、ノーマオリ湖を守っていた者が殆どだ。つまり、パオラの『エレファント』一千台の絨毯爆撃のせいで、何も出来ぬまま部隊を壊滅寸前までにしてしまった者達ばかり。
『リーオ』(バーツ)を撃退してみせた、列弓『サディラ』(トーマス)が面目躍如をしてみせたくらいで、とても勝ち戦の雰囲気ではない。
そもそも作戦参謀を無理やり買って出たカペラなど、破滅寸前であったのだ。

「今回はお前の悪運の方が強かった。それだけのこと。そして、修羅が蠢く戦場では、所詮それが全て」

言われずとも、カペラが今回一番身にしみたことであった。
そして。

「オグマさん。貴方が主義主張を曲げてでも、ミシェイル王子の走狗になった理由・・・
何を言われたかは知りませんが、どうせシーダ姫のことなのでしょう?」

目を見開いて黙り込む。
その反応で十分だ。

・・・やれやれ、である。

「・・・彼女には悪魔がとりついていますわ・・・
元に戻る方法は、ちゃんとあります。きっと。
今回は暫く大人しくしていて下さいな。この事はシーダ様の耳には入らないようにはしますし、あなたの力を借りることもあるでしょうから」

『カニス』『ウルサ』『リーオ』とまで話すことはないだろう。
どうせあいつらは、オグマのためなら何でもやるし、どこまでもついていくだろうから。


 ・



それから、数日の後。

マリクの持っていた研究室で、いくらか足りないものを補ったカペラは、カチュアの精神を元に戻した。

「・・・申し訳、ありませんでしたわ」
「いえ、あの・・・
気にしてない、と言ったら嘘だけど、でも。
私、あなたのこと、嫌いになれません」

カチュアは、『好きになってはいけない』人を好きになる気持ちを知っていた。
だから、姉の想い人である義理の兄を好きになった彼女を他人に思えないような思いで見てしまった。
それまでの記憶もなくなったわけではない。
そうなると、カチュアは、自分を含めて受けた扱いよりも、彼女の悲しさにこそ目を向けてしまった。

「・・・ミネルバ様にも、何も言うつもりはありません」

カペラは、ミネルバやマリアに示しているほどマケドニアの味方ではない。
少なくともこれまでは。
結果的に良いように転がっていたとしても、だ。

それを、主人であるミネルバにも告げない、というのは。
カチュアは、全面的にカペラの味方となったということである。

「・・・そのあたりのことは、貴方の自由になさってくださいな」

そっけなくそう言いながらも、目をそらして少し震えているのが、嬉しくて泣きそうなのを見て取れないほどカチュアは鈍くない。
そして、それをたまらなく可愛らしいと思ってしまうのがカチュアであった。




 ・


「カチュア・・・!?」
「ご心配をおかけしました、ミネルバ様」

カチュアが元に戻ってすぐ、カペラは二人を再会させた。

ようやく主人との再会がなった。
操り人形にされていた今までは会わせるわけにもいかず、一兵士のふりをさせて兜で顔を隠していたのだが、元に戻せた今、遅らせる理由はない。
ちなみに、別任務の最中に怪我を負って、今の今まで動けなかったことになっていた。

「感動の再会のところ、申し訳ありません。
私はこの後、マケドニアに向かおうと思うのです。
ただ、事情があって、私は以前ほどの力を出せなくなってしまいました。
旅の供に、カチュア様に来て頂けないかと思っているのですが・・・」

かなり勝手な願いだが、今のカペラにはカチュアは必要だった。

「そうか、ならば私も行こう」
「・・・は?」
「私も行く。マケドニアと聞けば是も非もない。
そもそもハーディンが『狼の牙』の旅団長『リュカオン』だった時点で、第三勢力である『狼の牙』との友好を築く任務は終わっているようなものだ。
『ノイエ・ドラッヘン』に、ジェイガン殿以下アリティア騎士団が参加していると聞いた時点でとんぼ返りしても良かったが、きな臭い感じがしたので、残っていたまでだ。まあ、そのカンは当たったわけだが・・・
ともあれ、今回の戦でその憂いも解消した。解消というより叩き伏せた感じだが。
ならば、マケドニアに戻るというカペラ殿の供となって帰国、アカネイア同盟軍との合流は当然の選択であろうよ」
「はあ・・・」

それはそうであった。断る理由もなかった。

これによって、カペラは、アラン、ミネルバ、カチュア、リンダ、ビィレの六名で、マケドニアを目指すこととなった。


 ・


ミネルバを含めたカペラ一行が、マケドニアを目指し旅立ったその数日後。

「・・・・・・た、大変だっ!!!!」

その誰もいない牢屋を見て、兵士は驚愕する。

今回捕まえた、『ノイエ残党』の幹部クラス・・・

パオラを筆頭とする、オグマ、シーザ、ラディ、サジ、マジ、バーツ・・・

その全てが、脱獄した。




第20章外伝 下衆共の巣窟


その1 リーヴル再び


この時点で、時系列は前後する。

カペラが『狼の牙』と『ノイエ残党』に関わって、勝利を収め、カチュアを元に戻して、マケドニアにゆくことを決定するまで・・・

その間に、アイル達は、グルニアで残党刈りをしていた。

チキの神竜としての力は疑うべくもないが、色々な条件下での詳細を知っておきたいところであった。
そのため、残党刈りにはチキの能力検証の意味合いが強く、であるからには当然、アイル自ら残党刈りに出張ってきていた。

東方に位置する山脈の、規模の大きな洞窟にいる残党が、グルニア残党の最後にして最大の勢力と目されていた。
勿論、彼らの運命は今現在風前の灯であった。

・・・どごぉ!!!
大砲の音が響く。

「おおい、マルス王子。これくらいの角度でいいのか?」
「・・・出来ればプロのお前自身が判断して欲しいところだが・・・
洞窟の天井を吹き飛ばさないくらいとなると、そんなものかもな」

シューターのジェイクやベックも、屋内戦闘に使用できる威力や角度を検証しに来ている。
どうせ居るのはグルニアの残党どもなのだから、洞窟の奥で生き埋めになったところで捨て置けばいいだけの話であった。


他には、チキと仲良くなったマリアがついて来ていた。それについてくる形でエスト、チキに学者として興味を持ったエッツェルが、『学者としての見解や観察はいらないか?』と、自分を売り込んでいた。マリアの魔法戦の指南も少し頼んである。必要かどうかはアイルでは判断がつかないからだ。
チキとマリアが来ている以上、デネブがついてこないわけもない。さらに、このメンバーをまとめつつ実地での実験もせねばならないとあって、人手の欲しさについアイルはノルンを頼る。

「マリアちゃん、マリアちゃん!!
ここ、洞窟なのにあっついの!!」
「溶岩が流れてるから、気を付けないと危ないよ、チキちゃん」
「はは。マリア、大丈夫だ。その時は私がペガサスですくい上げてみせる。片時も目を離したりはしないわけだから、大丈夫だ!」
「ど、どうも」
「もしかしての時はよろしくね、シーダお姉ちゃん!!」
「まあ、いざという時はともかく、自分から危険なところに行かないようにしてくださいね、姫様方。
ミネルバ様他、ガトー様やマケドニアの民からお預かりしているだけに、『マルス』様のお立場にも関わります」
「うん。気をつけるね。ノルンのお姉ちゃん」
「通路、安全確認した。通れる。
グルニア兵残党、この奥。叩き潰す。
『マルス』。いいか?」
「ああ」

アテナは純粋に戦力として呼ばれた。能力の高い者たちではあるが、気まま過ぎるところを否めない連中なだけに、アテナのような聞き分けのいい戦士も欲しかったのだ。
他のメンバー、ダロスやロジャーは、混乱に乗じた野党どもの退治、人々の気持ちを落ち着かせるのに、リフやホルスの慈善事業、そしてその全体の取り仕切りを、フレイにやらせていた。

(『狼の牙』と『ノイエ・ドラッヘン』の戦いは気になるが、報告がこない今はどうにもならん。
結果次第で今後の動き方も変わるだろうが・・・)

もし『狼の牙』側が負けることになれば、大陸本土の半分はマケドニア領となる。
ここまでいくとマケドニアと対等に同盟を結ぶでもしないとまずい。

問題はミシェイルの態度である。

頭の痛い話だが、ミシェイルがドルーア連合についたのは、当時のドルーアのマムクート部隊の強さに対抗できるすべがなかったことや、彼自身の野心もあったろうが、それまでに積もり積もった『アカネイアへの不満』も、小さくなかったと考えられる。
つまり、同盟を結ぼうにも、相手に、同じテーブルにつく気がない場合が有り得るのである。

(まあ、負ければだが)

実際パオラのせいでギリギリではあったが、この件は結果的に杞憂であった。


 ・


落ち目の時はどうにもならないことはある。

泣きっ面に蜂、などとも言う。

「住民どもの抵抗はおさまったのか?」
「それが…あの大男があばれて手のつけようがありません」
「他の住民を人質にとればよいではないか!」
「住民どもは、すべてさらに奥の洞窟に隠れてしまい…」
「え、ええい! もうよいわ!!」

命からがら逃げ込んだ洞窟に、近隣の住民をさらって人質にしようとしたまでは・・・
そもそもそんな事態がどうしようもなくギリギリであるが、それを良しとしたとしても。
それを助けに来た謎の大男が暴れて、ただでさえ少ない残存兵に死人が多数出るという、どうしようもない状況になっていた。

一地方の城主であるラリッサが、徹底抗戦を選んだのが運の尽き。命からがらの夜逃げから、撤退戦を繰り返し、そこかしこから集まってくる逃亡兵がある程度の数になってしまったことが、諦めきれない原因になってしまった。
最終的にこんなところで追い詰められてしまうのなら、さっさと降伏したほうがマシだったかもしれない。

グルニア城が落ち、もうどうにもならぬと気づかされたのが、ついさっきの報告だった。
今更聞かされてもそれこそどうにもならなかった。

「申し上げます!! アカネイア同盟軍がこの洞窟に向かっております!!」
「・・・・・・・・・・・・

それは、いつ、どこでのの話だ・・・・・・」
「は、半刻前、第三次警戒区でのことです!!」
「・・・・・・・・・・・・」

つまり、一時間前に、第一、第二警戒区をかいくぐられ、目と鼻の先に来ていたということだ。
第三はもうどうでもよかったのだろう。知らせが行こうが行くまいが、もう逃げられないだろうから。

なんと見事な、そして人の神経を逆なでする用兵だろうか。

「・・・あの化物は捨て置け。先に一度アカネイア同盟軍を撃退する。
そのあとゆっくり料理してくれる!!」

そんな残存兵力はそもそも残っていない。ラリッサは既に捨て鉢になっていた。
名のある将のひとりでも首級を上げねばおさまらない。
グルニア王から預かった兵達をまたあたら死なせるだろうが、知ったことか。返すはずの祖国はもうない。

それならば首級を奉じる王もいないが、考えたくもなかった。


 ・


その男は、多少の怪我をしてはいたが、その威圧感は凄まじいものがあった。番人としては十分すぎるほどに。
村の者と比べれば、1.5倍もありそうな体躯と、毛むくじゃらの大男だ。オウガとあまり変わらない。
むしろ痛みを我慢して荒くなっている息や血走った目は、普段のよく見れば穏やかなその性を消し飛ばしていた。

「大丈夫かい、ユミルさん」
「痛くない。気にするな」

洞窟の奥、少し大きめの空間の中・・・
その大男がやっと通れる穴の向こうに、数十人の女子供と、老人たちがいた。

グルニアはカミュの管理の行き届いているところは、それなりに無事であったし、アカネイア同盟軍は略奪を禁止していたため、以前と大して変わらない生活が出来ていた。
だが、ラリッサが領主をしていたあたりは、ひどい有様であった。自国の領民を人質にしようとするような男が、まともな統治をするわけもなかった。

「しかし、わしらを守るために武器を持った兵士たちと…」
「みんな、こんなオラを人間としてあつかってくれただ。
だから、守るために戦っただけだ。
気にする必要はねえ」
「すまないねえ…」
「オラ、入り口に出て見張っているだ。
他の国の軍も来ているらしいだ。
でも、みんなを傷つけるヤツはオラが許さねえ」

ユミルは、蛮族の子であった。
蛮族には、許しがたい罪を犯した者の子は、追放される掟があるという。
ユミルもそうして天涯孤独となり、その強靭な体力と、それまでに付けた技術で生きてきた。

グルニアで、この村の人々と会えたのは彼にとって幸運と言えたのだろう。

どこの村に行っても、まずその容姿で怖がられて、受け入れてもらえなかった彼を、この村の人々は迎え入れたのだった。

「ユミル・・・」
「ウルスタ。大丈夫だ、なんも、何も心配はいらねえだよ」

ウルスタ。
ユミルが村に迎え入れられるきっかけを作ったのは彼女であった。
金色の長い髪を持つ、儚げな少女。
こんな村では珍しい色であったが、日に焼け、薄汚れていて、洞窟生活の過酷さが彼女にも疲れを帯びさせていた。

「うん。
ユミルが守ってくれるから、大丈夫だよね」
「ああ」

少しまだ不安そうに笑う彼女に、ユミルは精一杯の笑顔を返した。


 ・



「・・・村娘が俺に会わせろだと?」
「は、如何しましょう。追い返しますか」

アイルは正直、その娘のことはどうでもよかった。
が、残党退治中の、自国を征服した侵略軍に会いに来た事、この深い山の洞窟近くまで、村娘が何を言いに来たのか。

そこは、少し気になった。

「・・・連れて来い」
「は、はぁ・・・ 連れてまいります」

ほどなく連れてこられた、リーヴルと名乗る娘は、肩口で切りそろえた金髪で、村娘にしては垢抜けた顔立ちをしていた。
勿論、髪や肌の日焼け具合や、服のみすぼらしさから、まあただの村娘には違いないのだろうが。

「・・・まさか本当にお会いできるとは思いませんでした。ありがとうございます」
「前置きはいい。何の用かな」
「妹を、助け出したいんです」
「・・・もう少し詳しく話してくれないか。
君の妹が今どこにいてどういう状況で、そもそも君はなぜ肉親のはずの妹を探していて、『助け出す』と表現せざるを得ない状況とはどういうもので、それを助けるのに僕らが手を貸すのに値する理由があるのかないのか・・・くらいは」
「え・・・ えええええーと」

一つ一つに答えを返そうとして、そもそも覚えきれていないようで途端に混乱し始めたその娘に、

「おや、いつぞやの血まみれ娘ではないか」

デネブが口を挟む。

「なんだそれは」
「覚えていないのか?グルニア城攻略の際に、レナの祖父がいる村を山賊から取り返した時の」

・・・そもそも覚えておこうとするような立場の者ではないではないか、と思わなくもなかったが、確かにそんなことはあったし、その中に金髪の娘もいた気がする。

「・・・一言で言う。何も知らん俺がちゃんとわかるように最初から話せ」
「あ。はい。えーと・・・」

彼女の語る話はやたら長かったが、要約すると、彼女の妹は子供の生まれなかった伯母夫婦に養子に出されたが、その伯母夫婦共々妹のいた村の人々は、城主ラリッサが人質に使おうとこの洞窟に連れ去ったことがわかったらしい。

「・・・それで、『助けたい』か」
「もし、居場所がわかれば・・・ あたしを連絡員として使ったりとか出来ますよね」
(・・・ふむ、この娘)

何も考えてないわけではないらしい。

「いいだろう。こちらも、そんな境遇の村人を無視するわけにもいかんしな」

勿論、人道的な意味よりも、民衆に見せるポーズとしてだが。



その2 少女の『力』


力が欲しかった。

自分がまだ子供で、しかも体も丈夫な方ではないこと、女であること・・・

分かっている。

子供の出来ない夫婦のもとに来たからといって、歓迎し続けられるわけではない。しかし、親族である手前、悪しざまに言う事も逃げ帰ることも難しい。
挙げ句の果てには、最近義理の父の視線がいやらしいものに変わってきていて、それに気付きつつある義理の母の怒りは、自分に向いている。

苦しい。

力が必要だ。

全てをねじ伏せるような、私を自由にしてくれる力。
私の持てる、自由になる力。


力。



そしてその願いは。
叶った。


 ・



「チキ。これを持っていくんだ」
「『星のオーブ』だね」

振るう力の摩耗を防ぐ奇跡を起こすという星のオーブ。
これさえあれば、チキは神竜の力をいくらでも振るうことが出来る。

「マリア、エスト。・・・それからシーダ。
チキを頼んだよ」
「はい」
「はいです」
「うむ。チキには私以外指一本触れさせん」
「いやそれはどうなんですかシーダ姫」
「心配するな。マリア姫もそのように」
「お前が一番触れるな」

最後のツッコミはアイルである。

「中央の浮島のような場所に陣取る重騎士隊を抑えてくれればいい」
「チキの強さと愛らしさを後でお前に自慢すれば良いのだな?」
「愛らしさはお前の中に秘めておけ。というか見習え。そして自慢するんじゃなく報告書を書け」

夫婦漫才になりつつある。
そこへ複雑そうなノルンが来る。

「西側への部隊、準備できました」
「ああ。シューターの屋内想定実験部隊だったな。出発してくれ」

ノルンとシューター中隊2部隊、要はベックとジェイクは、西側の制圧にあたる。

「では」

入れ替わりに、アテナが口を開く。

「『マルス』、アテナ、どうする?」
「アテナは僕と一緒に北側の制圧だ」
「わかった。行く」

戦力としてはこちらが負ける理由がなかった。

(それだけに、人質は面倒だな)

その人質をなんとかする手段も、向こうからやってきていた。
その村に養子にもらわれていった妹がいるという少女。

「きみは・・・リーヴルだったか。
中央と西のルートには、大勢の人を閉じ込めるスペースがなさそうだ。
中央の浮島に一旦合流するまで、北側についてきてもらう」
「はい!」

何らかの事情ではぐれた者という名目で敵側に合流させれば、人質に加える形で、例えば作戦の伝言などが可能になる可能性はある。
これこれの合図をしたらいっせいに逃げろ、などという、『人質との連携』を成立させるのに使えるのだ。

・・・しかし、実際にはもっと面倒な話になっていた。


 ・



「なんだ、おめえは?
オラ、ここにいる村のみんなを守っているだ。
ジャマすんならおめえも許さねえぞ!」

常人と比べれば、1.5倍もありそうな体躯と、毛むくじゃらのオウガと間違えそうな大男が、奥の通路への道を守っていた。

「ここに・・・ここにウルスタは居るの!?」
(許可無しでしゃべるな村娘・・・!!!)

まあ、民間人に言っても仕方あるまい。

「・・・なんだ、おめえ、ウルスタを知ってるだか?」
「伯母さんにもらわれていった、妹なの!!」
(個人に食いついた・・・? 任せてみるか)

アイルは、一歩前に出て制した。

「僕らは君らをどうこうするつもりはない。
僕らの敵であるグルニア軍残党の退治のついでに、ここに妹がいるといって探しに来ていた女の子を送ってきただけだ。
ここにさらわれた村人達がいるというならちょうどいい。彼女一人を通してあげることは何でもないだろう?」
「・・・それは、構わねえだ。この娘っ子一人だけなら」
「何か疑うなら、そのウルスタという子に逢わせてくれれば、彼女の身のあかしは立てられるだろう。
そして僕らは今から、君たちをさらって閉じ込めようとした奴らを退治しよう。
それまで、中に入れろとは言わない。
君の守っている場所をさらに取り囲む形で奴らから守ろう」
「・・・・・・おめえ、なんでそこまでするだ」
「国の王とはその裁量で多くのことが己の判断でできる。『僕のしたいこと』が、そうだというだけだ。
・・・それで、ここに閉じこもって何日目なんだ。
水や食料は十分あるんだろうな?」
「・・・そろそろどうにかしねえと、やばいだ」
「・・・待っていろ。こちらの物資を少し回す。大体の人数を言ってくれ」

・・・この大男、純朴すぎる。
交渉術や虚言等々、策を弄する必要はなさそうだ。


 ・


「ウルスタ!! ・・・よかった。無事で・・・!」
「お姉ちゃん・・・? リーヴルお姉ちゃんなの!?」

いわゆる感動の再会だった。
この場合、アカネイア同盟軍をそのまま『助け』と取るかは本来疑問であるのだが、ラリッサよりひどいということはないだろう。村人たちも贈られた物資を目に、一安心していた。

皆の注意が物資の方に行っている間に、二人はこれからをも交えた話をはじめる。

「私も心配していたわ・・・ アカネイア同盟軍の侵略を受けたと聞いてたし。
それでも、私はお姉ちゃんみたいに、直接会いにいくなんてことは出来なかったのだけど」
「同盟軍の後続補給部隊に納入する人について行かせてもらって、後は補給部隊の人に拝み倒して・・・
タダで働けば、大抵の希望は通るものね。
でも本当に、会えてよかった」
「うん」
「城主にさらわれたなんて、意味がわからなかったけど・・・
同盟軍が来てくれたからには、すぐに帰れるわ。
城主の軍が降伏すれば、入口を守っている人も納得してくれるだろうし。
・・・そういえば、あの大きな人は誰なの?
村の人じゃないよね・・・??」

その時。
ウルスタの瞳に闇が宿る。
金色の長い髪をした、気弱そうな、儚い精霊か何かのような・・・
でもどこかリーヴルに似た、そんな彼女の瞳に、闇が。

「『あれ』は、私の『力』なの」
「力・・・?」
「お姉ちゃんにもあげない。あれは、私の。
『ここ』から逃げ出すために、手に入れたばかりなんだから・・・!!」

リーヴルは何も返せなかった。
しかし、ウルスタ自身が語りたかったのだろう。
入口の大男、ユミルについて語り始めた・・・

「『ユミル』は、私が山菜つみに行っている時に見つけたの。その時は毒キノコを食べて苦しんでた」
「うわあ・・・」

かなり間の抜けた話だ。

「ああいうのの対処法は知ってたわ。とりあえず吐かせて、薬湯を飲ませた・・・」

そして落ち着くまで、ウルスタは大男のそばにいたのだという。

 ・


「・・・助かっただ、ありがとうよ。けど・・・
おめえ、オラが怖くねえだか」

怖くないわけがなかった。
自分の三倍の丈、体積で言えば十倍以上もありそうなけむくじゃらの大男だ。
少し機嫌を損ねれば、喉を潰されて終わるだろう。それでも・・・

ウルスタは、ユミルが欲しかった。

嘘は上手いつもりだ。そんなものしか今まで自分を守るものはなかったのだから。
身を守るためなら自分さえ騙して飾った。

「・・・何も感じてないわけじゃないわ。でも、私は弱かったり、自分を抑えているだけなのに、従順だと思われたり、不満を持たないと思われたりするから・・・

だから、思うの。

あなたが人より大きかったり、力がありそうだったりするだけで、怖いと決めつけるのは違うって。

ねえ、聞かせて。

あなたはどうしてここにいて、これからどうするつもりなの?」

その言葉が、ユミルにどれだけ信頼を与えたかをウルスタは分かっていない。
この時のユミルにしてみれば、ウルスタは光そのものだった。
親の罪のせいで村を追い出され、どうしたらいいかも分からずさまよい、それでも腹が減れば食欲のまま獣を殺して喰らって・・・

生きる意味もなく、しかし死にも意味を持てずに。

どこに行ってもその蛮族でございという姿に驚愕され、追い立てられたのだ。

人として扱ってくれる、精霊のような儚げな美しさの少女。それは・・・


魂を捧げるものとして、不足などなかった。
少なくとも、ユミルにとっては。


「私の村に来ない? いま、若い男はみな兵隊に取られて、力仕事のできるものが少ないの。きっと受け入れてもらえるわ。ううん、私が頼んでそうさせるから」

それが本当は、ユミルを自分の力として欲した彼女の打算だとしても。
ユミルの魂に震えるほどの歓喜を与えたことは純然たる事実だ。


 ・


村に戻れば、当然大騒ぎになった。
しかし、肩に乗っかるウルスタが当然取り持つ。
彼女は村長に、懇願という名の脅迫を始めた。

「この・・・ 大男を、村の者として受け入れろというのか」
「いいでしょう? 村長。
・・・そうだ、ユミル。あなたが役に立つって、見せてあげようよ」
「わかっただ」

鉄の板を拳にぐるぐると巻いて、邪魔になっていた大岩に向き合うと・・・

「どぉぉぉおおおうりゃあああ!!!」

ガゴオガゴオガゴオガゴオガゴオガゴオ!!


瞬く間に大岩がただの石ころの山になった。
ユミルは言葉通り邪魔なものを片付けやすくし、『役に立つ』とアピールしたつもりだった。
だが、村のものが抱いた感想と、ウルスタの狙いは。

『逆らえばこうなる』だ。

「・・・もし、どうしてもダメなら、私も一緒に荷物をまとめて出て行くから」

その言葉も文字通りにはとらえられない。
嫌ならこの村を滅ぼして、全部頂いていくとしか聞こえない。

「・・・それから、彼が食べるものは先に私が毒見をするから。
彼、毒キノコで食中毒を起こしたから・・・
でも、あたしが先に食べれば、安心すると思うの」

毒殺は不可能だと暗に提示した。
ウルスタが死ねばこの大男がどんな行動に出るかわからない。それくらいはみんな察するだろう。
ウルスタは命をかけることで、安全を手にする。それさえも力あってのことだ。

こうして、村はウルスタに支配された。
ウルスタは、『ここにいるのは善人ばかりだ』とユミルに見せかけるために、あくまで支配者然とした姿を隠した。

そして・・・

ある日、狼の群れを退治するため、ユミルが単身山に向かったことがあった。
ユミルがここを帰るべき場所と認知し、ウルスタと心を通わせている時点で、ウルスタの身は安全なはずだった。

そんな事情を全く知らない、領主ラリッサ率いるグルニア残党が、村ごと人質にしようとこの洞窟に連れ込む騒ぎはこの日に起きた。
村に戻って人っ子一人いないことに気がついたユミルは、ウルスタの匂いをたどって洞窟を探し出し、中で暴れて村人と立てこもった。
しかし、さすがにユミル一人で軍隊と戦えるはずもなく、グルニア残党の方も、アカネイア同盟軍が迫っているというのに、ただでさえ少ない兵力を消耗できない事情を抱えていた。

「・・・そして」
「今に至る・・・ってことなのね」
「うん」

リーヴルは呆然としそうであったが、なんとか平静を保っていた。
そして、安心もした。ウルスタは形はどうあれ、力を手に入れ、戦えている。あの時、シーダ姫があの山賊の首を吹き飛ばすまで、何もできなかった自分とは違うのだ。

「このままなら、グルニア残党は駆逐されて、私達はアカネイア同盟軍に保護されるわよね?」
「多分、そうね」

意を得たり、とばかりに、ウルスタは笑む。

「リーヴルお姉ちゃん、私とユミルをマルス王子に紹介してよ。
私はユミルを手に入れた。あんな村、元から未練はないわ。
私は・・・ユミルを使って、のし上がってやる」

ふふ。ふふふふふふふふふふふ。

リーヴルがゾッとするような笑いだった。

今まで語っていた野心を耳にしていなければ、その微笑みも鳥のさえずりのような声も、ただただ可愛らしかったろう。
それだけに、余計おぞましい。

ウルスタは、酔っている。
持つことのできるはずのなかった、『力』を得たから。




その3 失われたもの


当然のことだが。

カミュさえひとひねりにしたアカネイア同盟軍だ。三流領主の率いる申し訳程度の残党など、相手にもならない。いや、実験部隊や新兵器(言うまでもないがチキである)の調整のついでにされている時点で、路傍の石程度の扱いでしかない。

「中央の部隊が全滅だと!?」
「はっ!! ドルーアのマムクート部隊共々連絡取れません!」
「何たること・・・・・・!!!!!」

その後もラリッサの下に寄せられる戦況報告は、ただただ追い詰められてゆく状況を数分遅れで伝えるだけのものだ。起死回生の策を練ろうにも、考えて整えて命令して伝わった時点で当の部隊がとっくに壊滅しているなどざらである。そしてついでにその策もろくなものではなかったが。
大体が、自国の村人を人質に立てこもろうなどという最下の下というか意味不明の策を持ち出した上で既にそれが破綻している現状だ。

「くそお・・・くそおくそおくそおくそお!!
なぜこんなことに・・・」

虎の子のマムクートとも連絡が取れないのでは、脱出さえままならない。

(ならば)

・・・降伏しかない。

(口八丁手八丁で、目こぼしを・・・
いや、とにかくここから出るのだ。このままでは・・・)

そう、このままでは。
問答無用で全滅させられてもおかしくない。

そして。ラリッサは忘れていた。戦況は、自分が方策を思いついた時には、すでに手遅れになっている流れだったことに。


ひるるるるるる・・・・・・

その風切り音が何を意味するかもわからないほどの
馬鹿でもないラリッサだったが、そうであろうともなかろうともあまり意味はなかった。

どごぉぉぉぉぉおおおおん!!!!!

「うぎゃああああああ・・・」
「う、ウォームを使って警戒、迎撃に当たられていた司祭様達が、全員戦死されました!!」
「ええい見ればわかるわ!!!
白旗だ、白旗を上げろ!!我らは降ふ・・・」

そのセリフを食い気味に。

ひるるるるるる・・・・・・

どごぉぉぉぉぉおおおおん!!!!!

「ぎゃぁぁあああああああああ!!!」

そしてそれを合図か何かのように。


キャオオオオオオオオオオオオオオオン!!


火竜よりは少し高めの、しかしどう聞いても竜の雄叫びが聞こえ。

真珠を霧に変えたような吐息が、その辺り一帯を文字通りに『消し飛ばした』。

ラリッサは、アカネイア大陸における最大の戦い『暗黒戦争』において、歴史書の片隅どころか、当時の人々の噂話のついでの話題に上ることもなく、ここでその降伏の意さえ無視されて、ただ惨めに死んだ。
『戦死』とするのさえはばかる死に様であった。


 ・


「お兄ちゃん、マルスのお兄ちゃん!!
チキ、言われた通りに出来たよ!!」
「ああ、よくやってくれた。チキは偉いな。
マリアもご苦労さま」
「いえ、私はついていっただけで・・・」

初めてのお使いをこなして、大好きな兄に褒められているかのような微笑ましい絵ヅラだが。
洞窟最奥はまさに地獄絵図だった。
動くものは何一つない中、霧に触れて体の一部を消し去られた者たちが、流れるべき管を失って撒き散らされることとなった血飛沫に染まり、己の血で出来た沼に伏せる。やたら暑い洞窟であることもあって、血は既に乾き始め、その死肉は腐臭を放ち始めている。

「チキ、ついでだから、お掃除も頼めるかい?」
「うん!!」

チキは嬉々として竜になり、霧を吐き、死体その他を消し飛ばす。
神竜石の目減りさえも星のオーブのおかげで気にせずとも良いとなると、アイルは調子に乗り始めてもいた。
霧と共に目の前がまっさらになっていくのは、確かに心地いいのだろうが。

「マルス王子、敵が持ち出した宝物の類や、隠れていた輩の掃討が終わったぞ」
「ああ、エッツェル。ご苦労だった。
マリアの方はどうだった?」
「今までも実戦を経験しているから特に教えることもなかったな。強大にすぎる力を持つ前が、か弱いシスターであったこともあるだろうが、警戒を怠る様子も見られなかった」

マリアも特に心配はないようだ。

と。

後処理をしているアイルに、リーヴルとウルスタ、ユミルが近づいてきた。

「ああ、今そちらに行こうとしていた。
ラリッサ以下グルニア残党は掃討した。これで君らは村に戻っても大丈夫だろう」
「・・・疑って悪かっただ。王子はオラ達を本当に助けてくれただな」
「一度似たような組織に裏切られたのなら、警戒しない方がおかしいさ。謝罪するほどのことでもない。

・・・他に何か?
帰るのに道案内をつけたほうがいいか? それとも、村を立て直すのに人手がいるというのなら待ってくれ。捕虜の扱いと並行して強制労働の段取りがしばらく掛かる・・・」

ユミルが一歩詰め寄る。

「ウルスタと相談して決めただ。オラとウルスタを、どうめいぐんに入れて欲しいだよ」
「・・・は?」
「私達を兵として使って欲しいのです。
ユミルの怪力はきっと役に立つわ」

ウルスタという少女の様子は、ユミルに付き従うというより、むしろユミルを制していた。

(・・・なるほど)

前回はわからなかったが、このウルスタという少女とユミルでは、どうやらウルスタの方が手綱を握っているようだ。
そして、細かい事情はともかく、ユミルは小さな村では良くも悪くも立場が浮くのだろう。
ウルスタが世話役として割を食っているのか、逆にユミルを利用しているのかは知らないが、ユミルの力は軍の中での方が使いでがあるのは確かだろう。

ウルスタはユミルを売り込みたいわけだ。

これはアイルにとっても悪い話ではない。
欲のある人間というのには、自らを高めることを厭わないタイプがいる。そしてユミルは欲はなさそうだが、ウルスタの言うことは聞くようだし、ウルスタ自身は見た目より欲深だとアイルは感じた。

「いいだろう。ウルスタ、君と共に行動すると思っていいな?
君自身は補給部隊に回ってもいいし、彼と周りを取り持つ役目に徹してくれてもいい。
どちらにしても君の分もユミルとは別に払おう」
「!  ・・・ありがとうございます。でも、何故?」
「何故も何も。
怪力の彼が周りとうまくやれるかどうかで僕が得る力の意味も違ってくるからさ。部隊長として使えるかもしれないなら尚更だ。

ダロス!!」
「へい、兄貴!!」
「・・・マルス様か王子と呼んでくれよ。
まあいいさ。新入りのテストをしてやってくれ。
ここで相撲でもとってくれればいい」
「わかりやした!!」

いきなりの展開に、ユミルが戸惑った様子を見せる。

「ど、どういうことだあよ?」
「入隊試験だと言ったろう」
「ユミル。あなたがどれくらい役に立つのか、あの人と戦うことで見てくれるって。
うまくいけば、最初から家来をつけてくれるかもよ。
武器とかを持たずに、あの人を横倒しにするの」
「ウルスタ。おらも相撲のやり方くらいはわかるだ」

どうやら『テスト』という言葉を知らなかっただけらしい。
しかしこの会話で見えてくることもある。
ウルスタはユミルにわかるように説明することに十分慣れているし、的確でもあるということだ。

ちなみに。

ダロスとの相撲で、ユミルはほぼ互角の戦いを見せた。
同盟軍一の怪力で、単体で攻城兵器の役割を担うダロスと互角なら、どこからも文句は出まい。

(いくらでも使いようはある)

村の者達も二人を残し村に戻り、ユミルとウルスタは晴れて同盟軍に参加、小隊長を訓練期間として、そのまま中隊長になる予定である。


 ・



ダロスとの相撲で試験が終わり、隊の後方からついていくように指示を出したところで、ユミルが鼻をヒクつかせた。

「・・・嫌な臭いがするだ。
腐ってるわけでもないのに、死んでるような、嫌な臭いだ・・・!」

「な」
「に」

『腐ってはいないが死んでいる』ような、という感じに、アイルもデネブも心当たりがあった。

アイルはとっさに命令を出す。

「小隊規模で組んで周囲と荷物の点検を始めろ!!」

すぐさま荷物が改められ、

「ぎゃああああああっ!!」
「!!!」

後方で悲鳴が上がった。

「・・・盗賊!?」

牛車の上を飛び跳ねて逃げていくその影は確かに盗賊だった。しかし目の色が血走ってでもいるような赤さで、尋常な人間ではない。

「ん? あれは・・・」

何か言い出しそうなデネブを無視し、

「捕えろっ!!!」

アイルがそう命じる。

間髪入れずに呪文が唱えられる。

「よりてよりて爆ぜよ。劔となりて切り刻め。
風の聖剣、エクスカリバーっ!!!」

エッツェルが放った風の刃は前方すべてを切り刻む。
さすがに全て避けるとはいかなかったようだが、それでもその盗賊は致命傷は負わなかったようだ。

しかし顔を隠していたターバンはちりぢりになり、その容貌が見える。
と。

・・・どこかで見たような。

「・・・やはり!! 貴様、リカードだな!?」

・・・・・・

どこかで見たような気がしていたアイルでさえその名にピンと来なかった。
他のメンバーなど誰なのかさっぱり分からずにいた。

その間がいけなかった。
隙と見て、その男・・・ 小柄な少年のような盗賊は、うまく逃げ仰せてしまった。

「・・・あ! 何をしている!! 追えっ!!」

もう遅かった。

「ちっ」

そうなると、唯一アレが誰なのか分かっているデネブの話が聞きたかった。

「・・・あれは誰だ」
「いや・・・ だから、リカードだ。ほら・・・
オレルアン城内に捕まっていた、ジュリアンの弟分だよ」

そこまで言われればアイルも思い出した。

「・・・ああああああああ!!!
そうか、あの後すぐにカペラの『闇の魔法陣』に吸い込まれた・・・!!」

この戦争の初期も初期の話の上に、数時間も一緒にいなかったためか、全く思い出せなかった。
ついでに人相も違いすぎる。子リスのような愛嬌のある顔立ちで、目も青かった。少年暗殺者のようなやぶにらみの赤く血走った目では、重ならないのも仕方あるまい。
むしろよくデネブはわかったものだ。

「・・・そういえばカペラは今、そのオレルアンで『狼の牙』共と、マケドニア傭兵『ノイエ残党』相手に防衛戦だったな。その時、連れていたのは、その前から一緒にいたリンダやカチュア、アラン・・・
カインがグルニアにいた事から考えれば、やつの手駒のはずの、まだ出てきていない『拉致組』は、マケドニアなどに売られた後だったり、調整中のままガーネフに奪われたのかもしれんのだよな」
「・・・多分それで正解だろう。ユミルの言った『腐ってもいないのに死んでる臭い』というのはおそらく瘴気・・・ ならば、リカードは十中八九ガーネフの手駒だ・・・!!!」

さてそうだとすると。
一体何をしに来たのか。

「・・・・・・

あ!!!!!!
無くなっているものがないか探せっ!!!!
特に、第三隊の持って来ていた物を!!!」

そして。
予想通りのものがなくなっていた。

「アレだけが見当たりません!!」
「ぐぅっ・・・!!!!」


大失態であった。


 ・


数分後。

冥王法である、闇の魔法陣による瞬間移動で、リカードはガーネフの下に帰ってきていた。

「くくく、盗ってきたようだな」
「・・・・・・」

直接は触らず、風呂敷のようなもので包んで下げている。
そのまま指示された宝箱に入れて閉じ、鍵を溶かして溶接してしまう。

「くくく」

リカードを下がらせ、ねぎらいの言葉もなく、そのまま『レギオン計画』の調整を続ける。

「・・・これが我が手に有り、奴らが手に入れられない限り、儂のマフーを破る魔道書、スターライト・エクスプロージョンは作り出せぬ。
つまり、ファルシオンも手に入らぬ。
儂とメディウスが滅びることは、ない・・・!」

メディウスの復活。魔導機器からの無限の魔力、そして、レギオン計画の完成。

「ぐぶはははははははは!!! 儂の、儂だけで行う世界征服が、目の前にある!!!
ぐぶはははははははははは!!!!!!!!
ぶはーっはっはっはっはっはっはぁ!!!!!!」


言うまでもないことかもしれないが。
アイルが奪われ、今ガーネフの手元にあるものとは。
マフーを破る唯一の魔法、スターライトの材料である・・・
『光のオーブ』である。



 ・



グルニアの残党狩りが終わる頃。
オレルアンにおける、パオラ率いる『ノイエ残党』による『狼の牙』掃討作戦・・・ その結果の詳細が、アイルの耳に入るとほぼ同時に、マケドニアのミシェイルにも届くこととなる。

パオラの作戦はオレルアン征服寸前まで行ったといってもいい。しかし・・・
結果はノイエ残党全滅による大敗であるという結果も、動かしようがなかった。
しかもその大逆転劇の立役者は、袂を分かった妹、ミネルバであり、『狼の牙』を主に率いていたのは、つい数ヶ月前まではこちら側で軍備増強の一部を手伝わせていたカペラだというのだから、もうすでに腸が煮えくり返るなどという段階は過ぎている。

当り散らすなどということはしないにしても、機嫌が悪いことは手に取るようにわかる。
撒き散らしている殺伐とした空気は、精神の瘴気といっても過言ではないほどだった。

苛立つ。

こんな日には、いつだってアレを思い出してしまう。


覆いかぶさる、人影。
荒い息。
自分の体が、何一ついうことを聞かない恐怖。
あの人。

『その形』にするために使われただけの自分。
確信はなくとも『おそらくもうなくなってしまったもの』を手に入れようとした、醜い欲望。

それに快感と共に屈した自分への憤怒。



ギリッ・・・



父を殺したあの日。
あの女も一緒に殺してやった。
だから。
あの事はもう誰も知らないはずなのだ。

・・・しかし。


『では、一つだけお答えくださいな。参考に致しますので。
死地にある身内。恋人と、妹と、『娘』。助けられるのが一人だとすれば、誰になさいます?』

あの質問。

『私最近、旅のシスターを介抱したのですけど今日、ミシェイル王子と会うと話したら、『姫君はお元気です』とお伝えください・・・・・・といっておられましたよ?』

その話をするという意味。レナにばれている事をほのめかすその言葉。

「カペラぁっ・・・!!」


それでも奴がこちら側だと思ったからこそ、ゆすりはされてもばらされることはないと思っていた。
バラすメリットは向こう側に行ってもないのだろうからとは思うが、それならデメリットもない。


それがバレたところでどうということはない。
スキャンダルではあるだろうが、覇王となってしまえば大したことでもない。

だが、彼女が。
『娘』が知れば。

傷つくのかもしれない。それが何より怖かった。



・・・オレルアンを取り損ねたことで、この時点で世界の半分を手にしているはずの青写真が夢と消え、それどころか完全に追い詰められた連合の一国に成り下がっている。
オレルアンの殆どを版図に含めていたはずのマケドニアが、今や戦乱以前の、いわゆる『本国』を残すのみとなってしまっている。
もう一、二週間もしないうちに、本土決戦の形になってしまう。

『ノイエ・ドラッヘン』は、残党まで全滅した。
そして、グルニアにさえ援軍を送らなかったドルーアが、マケドニアに送るわけもない。


コッ、コッ。
ノックがある。

「・・・用意が整いました」
「入れ」


入ってきたのは、赤毛の女であった。
真っ白ではあるが、スリットが大きくて布地の薄い衣装であった。
少しレナに似た、肩まである波打った髪。
ミネルバを連想する、少し大柄で豊満な体躯。
マリアを思わせる、年に似合わぬ童顔。

・・・父の側室の一人だ。

義理の母になったかもしれない女だが、歳はそう変わらない。下に、だ。

気持ちの優しい女で、どこかぽぅっとしていて、いつか世界が善意で満たされるのだと理由もなく信じているような・・・

愚かであり。
満たされた世でなら、幸せになれそうな女とも言えた。

「ヘカテー、注げ」
「は、はい」
「お前も、飲め」
「いただきます」

ヘカテーは、お預けを解かれた犬のように、遠慮なく飲み干す。
こちらの顔色も窺わずに、自分で二杯目を注ぎ出す。

好きなワインを持って来い、と言うと、ミシェイルの好みが取りあえずは赤であるのを知っていながら、本当に自分の好きな甘ったるい白を持ってくるような女だ。
だが、この、気を使うことができないくせにどこかおどおどとし、そのくせ変に自分を出してくるこの鈍い女を、ミシェイルはどうしても嫌いになれなかった。
別に好みでもなんでもない。しかし、突き放す気になれないのだ。

こんなふうに苛立った日には、この女を抱くことにしていた。呼びつけただけで小水でも漏らしたかのように濡らし、嬌声を上げるでもなく、ただただ受け入れる緩い穴が何故かミシェイルを落ち着かせるのだった。

「・・・ミシェイル様」
「なんだ」

しばし沈黙し。
この世の全ての幸福を受けているかのような笑顔で頬を赤く染める。

「・・・お呼びしてみただけです」

ままごとでもしているような気分になり、とたんに萎えた。縮みきらないものを緩い穴に差し込んだままに、動くのをやめる。それに不満そうな素振りも見せず、ヘカテーはミシェイルの肩の奥を愛撫する。
髪の束を見つけると、それを意味もなくいじり始める。

・・・本当に意味がない。


ヘカテーの穴に、先走りが漏れる。
そのことが心底どうでもいいのが心地いい。



幕間 その22 十年前 (前編)


グルニアの問題や、オレルアンの代理戦争がかたがつき、マケドニアを攻める準備をする中で。

アイルは、ふとカペラのことを思い出した。

今回の代理戦争でオレルアン側にて尽力し、ミネルバ以下手勢を連れてマケドニアに向かったという。

今は形的には味方ということになるのだろうし、エッツェルのことがある以上、敵になることも考え難いが、こちらの言うことを聞かないだろう点では、こちらで行動を読まねばならない。
それが必要か必要でないか思考することも込みで。

どういうルートを取るかは分からないが、ミネルバの飛竜があることから、先回りされることは疑う余地がない。ならば・・・

どう来るか。

思えば、かなり複雑な立場であり過去を持っている。

エッツェルの義理の妹であり、二年前にイサトライヒでガーネフの人狩りにあっている。

そして、その頃霊体としてガーネフに捕まったデネブの助けを借りて、十年前に一度脱出しようとして失敗、以後ガーネフの実験体として生き、ここ最近はガーネフに従うふりをして、ドルーア連合の一勢力と言える位置にほぼ個人で君臨していた・・・



・・・・・・


「!?」

二年前にさらわれて。

十年前に脱出に失敗・・・?


「待て、待て待て待て」
「どうした、流行りの健康茶か」
「それはマテ茶だ。しかも流行ってるのか?あれ。
違う、カペラに関して、矛盾に気づいた」

ここはグルニアの執務室だ。
大抵の城にあるが、雰囲気も似たり寄ったり。手元に欲しい本が揃っていることが多く、アイルはよくここにいる。
デネブは身体が『シーダ』である以上、恋人であるマルス(事実上であり、公的ではない)のそばになるべくいる。
義務でというわけではなく、デネブ本人もそのゆったりとした時間を楽しんでいる。気が向けば手伝うし、意外と有能でもある。また、菓子作りが趣味のアイルが応接用に置いておく菓子は、シケらぬうちに平らげに来るし、街で遊び歩いて見つけた面白い焼き菓子を持ってきて、アイルに覚えさせるのもいつものことだ。

「カペラの何が矛盾だ」
「エッツェルととの話だと二年前に攫われたんだろう。なのになぜ十年前に、お前とガーネフの実験施設から逃げようとしていたんだ」
「あ」

早育ちのクローンに、ガーネフが記憶を植え付けたとか?
ガーネフか本人かが何らかの嘘をついていて、別人であるとかか?
しかし、あんな立場の人間を偽装させる意味はない。エッツェルとの会話にも破綻がなかった。

「うむ、わからん」

考えても仕方のないことに見切りを付ける速さは、さすがにデネブである。

「・・・・・・

誰かある!!」

程なくして、伝令が入ってくる。

「はっ」
「エッツェルを呼んで来い」
「・・・面白そうな話だ」

そうデネブが呟いて、程なくエッツェルが来る。
イサトライヒの過去の証言が欲しいという理由で、事件の詳細を聞き出す。

聞き出した話は、耳を疑うものだった。


 ・



飛竜には、6名の姿があった。
飛竜の背にはミネルバ、首に吊るされた二つの籠には、男女が別れて入っている。

ビィレはアランの騎士心得を飽きもせず聞いている。時折景色の中から、変わったものを見つけたりして質問をしたり、そのそれぞれの土地の利用法、歴史、人々の性、その地を利用した戦略を話し合ったりなど、男二人の空の旅に退屈はなさそうだ。

女の方の籠はといえば・・・

なんとも言えない空気が流れていた。

険悪なわけではない。むしろ逆だ。
カチュアにとってもリンダにとっても、カペラは、一度は自由を奪った相手でありながら、恩人でもあったり、弱い部分を見せられた相手であったりと、態度を決めかねながらも、既にある程度深い関係である。
彼女そのものに無視できないところがあるのに、今は力を失い消沈している。しかし己の罪から目をそらそうとはしないし、その割に何かと怯えているところがある。

一歩間違えば鬱陶しい女なのだが。

気の強そうな外見をしているだけに、今にも泣き出しそうな表情が保護欲をそそるし、狭い籠の中、顔を赤くして俯き加減なのは少々危険だ。

自分が上位でないスキンシップに慣れていない分、カペラに自覚がないのも問題だった。


さすがに6人も抱えての旅だと、飛竜の疲労も大きいので、徒歩より全然早いとは言え、そのペースはひとっ飛びとはいかない。
内海とは言え、海越えにも諸島ルートを通らねばならないだろう。


(先は長いことですし・・・)

・・・やはり何か喋ってなければ間がもたない。こんな色づいた空気のまま次の休憩にもつれ込めば、抑えが効かなくなるかもしれない。
しかし、アランとビィレとは違い、外の景色やこれまでの経験談は、彼らほど話に広がりはなく、どうしても互いの話になった。リンダもカチュアも既にパジャマパーティーでもしているノリで、あらかた喋ってしまっていたので、もうカペラを弄るしかなくなっている。

・・・その空気を読んで、カペラは口を開く。

(他人に喋る話ではないのですけど)

ここまで付き合わせているのだから、他人とも言えない。むしろ知っておいてもらうほうが、フォローにまわってくれることもあるかもしれない・・・
そう思って。

「私、本当は今年で22歳になりますの」

・・・そんなところから切り出した。


 ・



今日も姉に手紙が届く。
差出人の名を見て、知っている名と分かると、カペラは中も見ずに破り捨てる。

(・・・鬱陶しい)

姉のアーシェラは大好きな自慢の姉だ。同時にカペラにとって、目障りでもある。
アーシェラは物静かで、妙な色気のある女性だ。笑顔がとても心地よい。他人の笑顔を見るのも好きな女なので、細やかで、なのに押し付けがましくない気遣いが板についている。生きてきた時間全てを、好きでそのために使ってきたのだから、なんの気負いもなくそうしていて、自然であった。

そんな女に惚れない男はいなかった。

道を歩いても通りすがりに求婚されて面倒くさいことになるので、外出もあまりしない。評判を聞きつけて家を覗く輩は、やっと最近諦め始めたものが出てきた。恋文の断りの返事はもうすでに日課だ。その文面もあまりに傷つけないよう心を砕くせいで、『あなたの本当の心が僕を愛しているのはわかっています』などと、断りの返事に返事が、それもかなり頓珍漢な言葉が返ってくることが少なくなかった。

そんな女の妹をするのは大変だ。いや、ひねくれない方がおかしい。

カペラの家庭教師が、お茶を運んできたアーシェラに惚れるパターンは十人来て十人だ。しかもカペラは、教えを請う人間は自分で決めたいと思っている。つまり、少なからず好意を持った男性を選んでくるのだ。そうやって連れてきた相手が片っ端から姉に入れ込んでいくのが、面白かろうはずもない。

カペラ自身は、少しつり目気味ではあるが、絶世の美少女と言っていい容姿である。なまじ自分に自信がある分、なおのこと面白くない。


とある日、いつものように父が教授を務める大学院についてきていた。懲りずに自分の家庭教師を探しに来ていたのだ。
顔見知りもいれば、自分を知らない者もいる。とはいえ目立つのと、教授の娘というのもあって、院内ではそれなりに顔を知られている。


今日は朝早く来たので、時間に余裕がある。少し奥の方まで探検よろしく足を向けた先で、小さな植物園を見つけた。

そこは屋根のない部分とある部分があった。実験施設なら、より多くの実験をするために、ギュウギュウ詰めになっていることが多いのだが、そこはかなりの余裕が取ってあるようで、まるで庭園のようであった。

立札や柵もない。カペラは好奇心に駆られて中に入った。

(わあ・・・)

中はもっと素晴らしかった。
それぞれの木々が、草花が、生き生きとしている。
手入れはされているのだろうが、剪定されている様子がない。それぞれが無理のない距離をとって生きているという感じだ。
別段珍しい植物があるようには見えないが、このあり方が珍しい。人の手は入っているのに、人の思惑・・・欲望に倣わされた感じが見えにくい。
実験施設のような印象がない。むしろ誰かをもてなすような空間だ。

何かに近いと思ったら、姉の作る庭に似ているのだ。

カペラはそこを気に入ってしまい、木陰に腰を下ろして、持ってきていたモーンプルンダー、バトネと紅茶で一休みした。ベリー系のパイが一番好きだが、体を動かすときには、ナッツ系で甘味の強いパンが好みだ。ケシの実のペーストの独特な舌触りは、滋養の高さを感じられる。

(なんだか、とてもいい気分ですわ)

そして。

園内ではしゃいだせいか、カペラはそこでそのまま寝てしまった。


 ・



目を覚ました時。

胸元には、一抱えもある蹴鞠のような毛玉があった。

「・・・?」
「やあ、起きたか」
「!」

かけられていた毛布が肩からずり落ちる。
青年は優しそうな笑みを浮かべ続けた。

「あ、あの・・・」
「君の顔は遠目になら知っているよ。教授の授業は欠かさずとってはいるしね」
「・・・ごめんなさい。ついウトウトと・・・」
「心地良い空間であるように勤めていた身としては、冥利に尽きるさ。ただし、ゴミは持ち帰ってくれよ。多少不便ではあるが、そういうものを溜め込んでおく場所をここに作りたくなくてな。屑入れを置いていない」

妙なこだわりだ。
しかし、もぐり込んだ身としては是非もない。

「遵守しますわ。でも・・・
不思議な場所ですね。この木々達や草花は、何かを試されているように見えないのですけど」

その言葉に、彼はさらに嬉しそうに語りだす。

「そこに気がつくとは君は面白いな。ああ、ここは実験体置き場じゃない。『それ』専用のサロンみたいなものだ」

そう言って、カペラの抱える毛玉を指差した。

「??」

戸惑ったカペラだが、すぐに意味はわかった。
毛玉が身を震わせ、翼と頭がもこりと出てくる。

それは、真っ白な竜だった。
カペラが一抱えできるほどの、蹴鞠と間違えるほど小さな、竜だった。


 ・


それからカペラは、院に来ると、そこに行くようになった。

カペラの何を気に入ったのか知らないが、その竜はカペラによく懐いた。
神の末裔であるという説もある、いや、一説には神そのものともいわれる竜に『懐いた』もないが、カペラも竜は気に入ったし、畏敬すべき生き物であるという意識はあったので、下にはおかぬ振る舞いをした。

竜だというのに、味覚は人に近いのだろうか。

ブリオッシュやクイニーアマンなど、喜んでかじる。惣菜パンも食べるし、完全に雑食だ。
植物園は確かに竜のサロン(専用応接室)で、最初は青年の実験施設そのものだったのだが、ある日竜がここに来るようになってから、なんとなく作り替えていったそうだ。

エッツェル。

ある日尋ねると、『あれ、まだ言ってなかったか?』青年はそう言って、その名を告げた。

転機は、カペラが父に語った話から。
竜のことは秘密にした(なんとなくそうした)が、父はエッツェルのことを知っていた。

『ほう、あいつはそんな面白いやつだったか』

そう言って、家に招いた。

正直、カペラは嫌だった。
また彼も、姉に惚れると思ったからだ。
仲良くなったのに、それを頼まなかったのは、もう嫌だったからだ。そしてカペラは幼いながらも、エッツェルに本気だった。

だから。

姉が紅茶を差し出しながら笑いかけた時に、

「ああ、どうも」

とだけ返し、そこにいくらの感情もこもっていなかったことも、父の『娘の家庭教師をしてみんかね?』と言う言葉に、父に媚びる様子も、逆に困惑も見せずに・・・

「それは楽しそうだ」

と、カペラを見ていたずらっぽく笑ったことも、嬉しくてたまらなかった。


 ・



誤算は、ふた月後に起こる。


カペラは、『エッツェルが姉のアーシェラに』一目惚れしなかったことで、その今までになかった成り行きに安心してしまっていた。

『姉のアーシェラがエッツェルに』恋心を抱く可能性を考えていなかった。思いもしなかった。


幕間 その23 十年前 (後編)


それは、衝撃であり、悲劇であり、滑稽だった。


「お姉さまと!?」
「ああ。付き合うことになった」


最悪だった。

エッツェルは確かに、最初、カペラの姉アーシェラに特に興味を持っていなかった。
しかし、そのことがカペラにとって初めてであったのと同じように、アーシェラにとっても初めてであったのだ。

自分を困らせない、迫ってこない男。
自分から欲さねば、手に入らない男。
『愛したい、尽くしたい』と思っているのに、誰も彼もが愛を囁いてくるアーシェラにとって、エッツェルは初めての『追いかけることの出来る』男だった。

エッツェル自身は、割と大柄で、優男である。
真面目ではあるが、そんなにマメな男でもない。
美丈夫であるが、それなりにだらしのないところもある。

何より、アーシェラに興味がなかった。


アーシェラがするのは、カペラが気がつかないほど、たどたどしいアプローチであった。
直接的な言葉を用いない恋文を、持ち物に忍ばせたりするのが精一杯。
他人にだったら考えもせずに出来る笑顔が出ずに、顔を赤くして俯くような有様だった。


しかし、カペラが『初めて姉に言い寄らない』ことを、そのまま『自分が手に入れた』ように感じているうちに、さらりとさらっていってしまった。

エッツェルは、他の男たちほど熱狂的にアーシェラを求めない。それは、結ばれる時さえそうだったようだ。

それでも。

絆(ほだ)されるという事は、あるのだった。


そして、カペラにとって、それは本当に最悪だった。
もし姉を嫌っていたなら、なんとしてでも取り返すという選択ができた。
どんなに己を傷つけても、安売りしてでも、エッツェルを罠にはめてでも。

けれど。


カペラは知っていた。アーシェラが抱いている苦悩に。

愛されるよりも、愛したい人なのだ。なのに、誰からも先に好かれ、そして受け入れることができずにいた。
彼女にしてみても、エッツェルとの事は、やっと掴んだ幸せで。
カペラは、自分にも優しかった姉を、好きだったのだ。

「・・・そう、ですか」

カペラは、ちゃんと笑顔を向けた。

「お姉さまを、幸せにしてあげてくださいね」

ちゃんと、そう言えた。声を震わせもせずに。



 ・



・・・そして、ある日、カペラとアーシェラの父親が亡くなった。
魔導実験中の事故である。
姉妹の母親は、随分昔に亡くなっていたし、エッツェルはそもそも天涯孤独だった。

身寄りのなくなってしまった三人は、財産を処分して、一緒に旅を始めることにした。

院でしたいことはエッツェルにはもうなかったし、二人にとっては、思い出の多すぎるこの地は、しばらく離れたいところであった。
アーシェラは貴族であることに執着はなかったし、カペラも魔導の才を持っていることもあって、貴族なら貴族なりの、持たざる者ならそれなりのやり方があると思っていた。


旅に出る3日前。
植物園で竜とお別れをした。

「さよなら、ですわね」

そう呟いたカペラの手のひらに竜は、どこから取り出したのか、二つの指輪をくれた。

なぜ二つなのか。

竜は視線だけで答える。
その先にいたのはエッツェルだ。

「ふむ。友好の証しということかもな」

そしてそのまま、飛び去ってしまった。


・・・揃いの指輪。

見透かされているような気がしたが、それならそれで、開き直った。せっかくだからと、着けてみる。

エッツェルは左中指に。カペラは左親指に。

三人の旅が始まった。



 ・


そして。

イサトライヒでの悲劇が起こる。


 ・



「・・・一服盛られたと気づいて、その時には後の祭りでしたわ。
私は縛り上げられて、そして・・・」

その先のことは、話すまでもなく、二人は察した。

「でも、今から思えばおかしなこともありました。
私が『いきなり現れた』と言うのです。

その時にはそんなことを気にしている場合でもなかったです。ガーネフが私を実験体として研究室に連れ去り、その結果私は成長しなくなってしまい・・・

そしてその後、私が『十年前』・・・今から十二年前でしょうか。それだけの時間を遡っていたことを知ったのです」


・・・・・・


二人は今度は絶句した。

「・・・信じられないのは無理もありません。でも、私はその事に気がついたのです。酷かったのは、それが皮肉にも二年前くらいの話なのです。

・・・私は過去を変える機会に遭遇しながら、それまでの十年と比べるまでもないほど最悪の十年で浪費してしまいました。

今にして思えば、ガーネフに義兄様のことを聞いても知っているはずはなかったんです。再会した義兄様の口ぶりから、時を越えたのは多分私だけ。
それでも何度も問い詰める私が面倒になって、『貴様の兄は死んだ、殺した』と、適当に言ったのですわ。

でも。

私はその言葉で決心してしまった」

いかなる手段を使ってでも、この世界そのものを破滅させてやると。

義兄と姉のいなくなったこの世界が、紙くずのように感じられて。
ガーネフが欲するこの世界を、鼻でもかむように捨ててやりたかった。

ちぐはぐだけど、それでも大好きだったあの二人が、こんなにも簡単にいなくなる世界なら。
この世界の全てが、そんな風に消えてなくなることもあり得なければ嘘だ、と。



・・・リンダとカチュアは、共に、『好きになってはならない相手』に惹かれている。
だからこそ、その思いの深さと、それを奪われた時の怒りがわかる。

人ごととは思えなかった。

そしてもし、それでもあの人が幸せになるならと諦めたのに、その二人が全くの理不尽でこの世から消えるようなことがあれば。


そう思うと、カペラに共感こそすれ、責める気持ちなど欠片も湧かない。


カチュアとリンダは、カペラをそっと抱きしめた。



 ・



「・・・では、その後のカペラを全く知らないのか・・・?」
「ああ、指輪が重なる時に発した光で消え去ったあとは、俺は何も覚えていないんだ」

イサトライヒで一服盛られて、昏倒する前に、たまたま近くに倒れたカペラに手を伸ばしたところ、カペラが跡形もなく消えたという。

「・・・ご苦労だった。下がれ」
「お前が仕切るな。『シーダ』」

エッツェルは『以前のシーダ』を知らないので、デネブに取り繕う気がない。
エッツェルが退室した後、デネブは口を開いた。

「『龍がよこした』指輪となると、何が起きてもおかしくはない。『時渡りの指輪』だろう」
「『時渡り』?」
「対になっているのは、『空間』を司る指輪と、『時間』を司る指輪が別々になっているからだ。
今、エッツェルが片割れを持っていないということは、一回使えば砕け散るタイプなのだろう」

対ということは、二つが合わさって効果を発揮するということか。

「今の奴の話からすると、奴にしろカペラにしろ、時間移動を『扱えて』いない。つまり・・・?」
「『重なる時に光を放った』と、エッツェルが言っていたろう? それが発動条件。その時に思い描いていた時と場所に行くことになる。
そして多分、カペラが『時』を、エッツェルが『場所』を持っていたのだ。
カペラは、その時『自分のこれまでをやり直したい』というような思いがあったのかもしれん。それが、あいつを過去に戻させた。しかし、エッツェルの方は、アーシェラとやらを置いてどこかに行くという発想はなかった。むしろこの場所から離れてはならないという思いがあったのだろう」
「・・・カペラだけ過去に戻ったのは?」
「そこまではわからん。推測だが・・・その場で、その指輪の叶える『願い』の範疇にあって、何らかの『望み』を持っていたのが、カペラだけだったのかもしれん。聞く限り、姉夫婦は新婚で、あてのない旅の途中とはいえ、楽しいさかりであろうしな」
「・・・成る程」

『時』にまつわる願いは、カペラとエッツェルで折り合いがつかず、『場所』は特に出てこなかった。
指輪は、カペラのみカペラの願った『過去』・・・『十年前』に送った。

「しかし、場所はそのまま・・・
イサトライヒのままだった故に、結局カペラは捉えられている。『一人だけ過去に送られた』ことも知らないカペラは、時間逆行を知っても、『一緒に過去に来て、そこで殺された』と思ってたんだろうか、な。
いずれにしろ、今回エッツェルと再会したことで矛盾に気づき、
・・・いや、時間逆行に気がつかないというのも不自然だろう。しかしせっかくした時間逆行を生かした行動は出来なかったのだろうな。それが『世界の意志』だった・・・ などというといささか話が大きすぎるが・・・」
「くだらん。戯言にしか聞こえないな」

アイルは運命論に興味は無い。
この魔女も戯言は承知の上だろう。遊んでいるだけだ。

「そして、話としてもあまり面白くなかったな。
面倒くさいお嬢が、八つ当たりする理由を手に入れてから無くしたまでの説明がされただけ、か」
「くふ。確かにそうだが、その滑稽さは笑えたと思うがな?」

笑えるものか。

アイルは、デネブに心を奪われている。
この、最悪の魔女に魅入ってしまっている。

しかも、この女こそが、この戦いに身を投じた理由、マルスの行方不明の元凶だと分かっているのに。

その体は、シーダの・・・ 親友の恋人のもので。
その意味で、限りなくプラトニックで、恐ろしく爛れている。

良い得て妙な『共犯者』・・・

自分ほど滑稽な恋があるだろうか。ならば、どうしてカペラを笑えるものか。

「は」

だから、鼻で笑って切り捨てたふりでもするしかなかった。


 ・



マケドニアとの決戦が近付く。

いくつもの運命が、交わってゆく。

魔王や暗黒竜との戦いの前に・・・

人と人との戦いが、始まる。


続く

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ぽ村

案の定文字数制限にひっかかったのでデネブ編その2をうpった

アルタイル編その2もうp作業中♪
by ぽ村 (2014-01-09 14:58) 

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