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FE二次小説 偽りのアルタイル ~デネブ編~その1 [リプレイ系記事]

デネブ編



住人の おかのん に執筆・投下していただいた「ファイヤーエムブレム~新・暗黒竜と光の剣~」の二次創作小説の続きです。

小説の元となったリプレイは既に完結。
その話を追って、コチラではリプレイの第9章終了後(幕間~)部分を掲載させてもらってます。

(アイル編)
・序章~第6章外伝まではコチラ。
http://pomura-zatudan.blog.so-net.ne.jp/2011-10-19

・第7章~第9章まではコチラ。
http://pomura-zatudan.blog.so-net.ne.jp/2011-10-20

(ベガ編)
幕間~第12章外伝まではコチラ
http://pomura-zatudan.blog.so-net.ne.jp/2011-10-23

幕間その3~第14章その5まではコチラ
http://pomura-zatudan.blog.so-net.ne.jp/2012-03-25

第14章その6~幕間その8まではコチラ
http://pomura-zatudan.blog.so-net.ne.jp/2012-09-18-1


(カペラ編)
幕間その9~幕間その13
http://pomura-zatudan.blog.so-net.ne.jp/2012-09-18



話の元になったリプレイはコチラ
・「不遇の新キャラに愛を! 役立たずだらけの40人ぶっ殺しサーガ ポロリは多分無い(大嘘!!ww)」(「ファイヤーエムブレム~新・暗黒竜と光の剣~」縛りプレイ)
http://pomura-zatudan.blog.so-net.ne.jp/2011-10-17

ファイヤーエムブレムを知ってる人も、知らない人もどうぞお楽しみください。
第18章 愚劣なる黒騎士達


その1 中央島とオルベルンの町


カシミア大橋。

最西端に位置するグルニア王国と大陸を結ぶ、大陸最大の石橋である。

ドルーア帝国、マケドニア王国にはどの道海路で行かねばならないし、アリティアからでも距離に違いはない。むしろ遠い。
しかし、ラーマン神殿にあるという光と星のオーブを手に入れるためには、グルニアに行くしかなく、ドルーア連合にグルニアが属している以上、侵略という形をとるしかなかった。
そのためには、このカシミア大橋は、海路による費用を使わずにグルニアに行ける唯一の道。そこに待ち伏せされれば一戦は避けられず、しかも被害も必然。
それでもここを抑えずにグルニアを攻めるという事は考え辛かった。


勿論そんなことはグルニア側も百も承知。
アカネイア同盟軍が到着した時には、勇猛をもってなるグルニア黒騎士団の連隊がカシミア大橋の袂に展開していた。

カシミア海峡にかかる一筋の橋を巡り。
壮絶な戦いが始まろうとしていた。


 ・



「・・・定石過ぎる」

つまらなさそうにアイルはつぶやいた。

眼前にはカシミア大橋、手には遠眼鏡。少し小高い丘にある砦から、グルニア側の全体の布陣をある程度俯瞰する。

橋を戦場とするなら、定石は基本的に「守り」である。
軍隊同士をぶつける場合、その力をいかに纏めるか、一度にぶつけるか、多方向から攻められるかなどが問われるわけだが、敵が橋を渡りきった地点での待ち伏せというのは、一番簡単にそれが成立する。
しかも今回アカネイア同盟は侵略側だ。
となれば、グルニア側が取る対処は、橋を渡りきったところでの待ち伏せ・・・これが当然である。
当然なのだが・・・

定石というのは確かに破りにくい。理にかなっていて無駄も少ない。だがだからこそ・・・
それを破った前例というのにも事欠かないのだ。

それこそ力技から搦手から、それの対処法とそのさらに先の罠も含めて。

「・・・ま、幸運としておこうか」

ノルンも隣にいるが、反応はない。
多分、同じような感想なのだろう。

「・・・マルス王子」
「これは・・・ニーナ様」

最近のニーナは戦場に少しでも近いところに行きたがるが、こちらが諌めれば引く。節度を持っているのでありがたい。

何か躊躇いがちなその態度は、言い出したいことがあるように見えた。

「て、敵の大部隊が待ち伏せていたと聞きましたが…」
「はい。どうやらグルニア黒騎士団のようです。
それが、なにか?」
「い、いえ。なんでもないのです。
なんでも……

て、敵将は
どのような者なのでしょうね?」

成る程。
カミュの事が気になって仕方がないというわけか。

「おそらく『彼』ではないでしょう。
かの大将軍は、ドルーアの意にそわぬ行動をとり、その監視下にあると聞きます。
母国が攻撃されれば別でしょうが、この地まで遠征してくることはないでしょう。

何よりこの布陣が物語っている。
定石ではあるが定石すぎる、こちらに油断もさせぬ、不安も掻き立てさせぬ布陣。

この軍を預かっているのは十中八九、凡庸なる将です」

「そう、ですか・・・」

ホッとしたような、残念なようなため息をついて、ニーナは戻っていった。

(カミュか・・・
実質一人でグルニアを支えているという男。どういう形で戦うことになるか、どう始末をつけるか・・・
ニーナとの事もある。今ヘタな手は打てないが、ふん、どうしたものか)

とりあえず敵が定石で来るのなら、それを崩さない範囲で地ならしをするだけだ。

「・・・獲物が罠にかかるのを待っているだけの猟師なぞ、狐にも相手にされんぞ」

ニタリと笑うアイル。

それ自体が罠である可能性も視野に入れつつも、アイルは外堀を埋めにかかった。


 ・



その頃、シーダ・・・いや、デネブは、アイルの用意した焼き菓子をいくらか持って、空を飛んでいた。

デネブは、シーダの体に戻ってからというもの、連日遊び歩いている。
夜の誘いもしてくるが、アイルがノってこないのでつまらないらしく、ご無沙汰である。以前は半分脅していたのに、それはしなくなった。
かと言って手当たり次第に手をつける気もないらしい。街をめぐって名物を食べ歩いたり、山に入っては果物をもいだりしている。そしてデネブが寝てしまうと、シーダの方が訓練などして必死に減量をしている様子だった。

「この女にエサを与えないで」

自分を指して不機嫌極まりない顔をしながらそういうシーダは滑稽に過ぎたが、笑ったら殺されそうだった。

それはともかく。


「・・・お」

オルベルン城はグルニアの王城ではないが、王城下が一番栄えるとは限らない。港が近いことから交通の要所であり、豊富な海産資源があることなどから、オルベルン城下は賑わいを見せていた。
その栄え方を見て、派手好きのデネブが興味をもたない訳はなかった。さすがに目立つペガサスで乗り付けたりはしないが、敵国であることなど全く意識から外して遊び始めていた。

大道芸人や踊り子、吟遊詩人や似顔絵描き。海藻の汁と牛乳を混ぜて作る菓子や、星型の切り口の細長い揚げパンなど、目の付くままに買ったものを食べながら遊び歩いた。

楽しい。

・・・楽しいのだけれど。

「・・・アイルと、来たかった・・・な」

それは、初めての感覚だった。

意志を持ってから、軽く人が死ぬくらいは生きているが、その殆どは『自分』としてなど生きていない。アルティの心に潜み、物思いにふけることがほとんどだった。

なんのことはない。生まれたばかりのベガをどうこう言えるほど、デネブも『経験』があるわけではないのである。

『心を許した相手がそばにいないのが寂しい』『楽しみを共有する誰かが欲しい』・・・
そんなことをふと思う事さえ、アイルといるようになってから知ったのである。

「・・・うむ。グルニアを落とした後に、連れ出すか」

とても、素敵なことに思えた。
楽しい場所をたくさん調べておいて、アイルを連れて回るのだ。知り尽くしたような顔で、案内して見せるのだ。

「くふ」

そんなことを考えながら、玉ねぎとミンチをたっぷり混ぜ込んだケチャップを、揚げたマカロニでたっぷりすくってほおばる。
手についた塩や胡椒を舐めとる仕草は行儀の悪いことこの上ないが、デネブがやると官能的ですらあった。


 ・


戦端を開く前に、アイルは各隊の隊長に、部隊の鼓舞を頼んでいた。どんな内容かは、それぞれ違った。
だが、一貫していることがある。これが『侵略』であるということについてだ。

騎士達には、『これは人と竜との戦争だ。叩き潰すまで終わるまい。どちらにしても休戦はこちらから言い出すことではない』という話を。

傭兵あがりや一般兵には、『俺たちの国を荒らした奴らを追い出してめでたしで終わらせてたまるか。殴られた分は殴り返してやらねえとな』という具合だ。

「・・・ドルーアを倒す理由はどちらにしろあるわけだものね」

ノルンとしても、ドルーア帝国をこのままにしておく気はないが、アイル達は選択の余地がない。
マルスを返してもらうには、魂のオーブを満たす魂が足りない。人の魂を効率よく集めるために、戦は続けねばならないのだ。

「・・・ここまでとは勝手が違う。だが・・・
カペラが敵とは呼べなくなったのは大きい。今後どう出るかはわからないが、前回の話が確かなら、エッツェルがこちらにいる限り、気にする必要がない。
この機会に畳み掛ける。
その為には、なんとしてもガトーに会わねばな」

アイルの懸念は、今までに比べれば随分払拭されていた。
そしてデネブも手元にいる今、心なしか気分も軽い。
ベガのこともあるが、其の辺はアランの連絡待ちになる。焦ろうにも手はないのだ。

「くく、くくくくくくくく」

今まで、押さえつけられたり、出てこれなかったりと、思い通りにならない戦が続いていたが、ようやくまともに戦ができる。その事にアイルは心なしか高揚していた。

カペラや地龍など、戦略どうこうでない者たちとの戦いでさえ何とかしてきたのだ。
かの黒騎士団相手だというのに、やっと戦らしい戦になると、落ち着きさえ感じる。

「・・・ここからは、全て俺の侵略だ」

アイルは、暗くギラギラとした笑いを浮かべた。
そんな笑顔は、確かに久しぶりであった。


 ・

カシミア大橋を含めた戦場は、北を上として俯瞰するとちょうど『E』の形をしていると言える。勿論、橋の部分が縦軸に当たるわけである。
大陸とグルニア本島を結ぶ橋は、中間に中島を経由している。当然、この中島にもグルニア黒騎士団は駐留している。

橋の南端にいる本体、及びこの中島にいる分隊は、北端からのアカネイア同盟軍の進軍と同時に突っ込んで、二方向からの突撃で出鼻を挫き押し返すことになる。また、弓騎馬も要していることから、足止めされた後方部隊を狙い撃ちする構えである。

「うむ、完璧である。非の打ち所がない」

スターロンは・・・ この師団を預かる将軍は、満足げに頷いた。
彼は基本に忠実で、自らを磨くに寸暇を惜しまない。グルニア貴族において、優秀であると言えた。
手足のように軍を率いるという点では、カミュにこそ劣っても、黒騎士団内では定評があった。
その優秀さゆえに、気弱なグルニア王は手元に置いての守りの任に付かせたがったため、戦をあまり経験していないという不遇の将である。

やっと戦が出来る。
自らの持つ力を存分に発揮できる。
彼はそう信じて疑わず、彼らアカネイア同盟軍が橋の北端から進軍してくるのを手ぐすね引いて待っていた。

そして。


その瞬間が始まった。


「アカネイア軍、進撃を始めました!!」
「全軍! とぉぉぉぉおおおおつげきっ!!!」

待ちきれなかったようにその手を下ろす。
カシミア大橋の中心、橋をつなぐ島の先をめがけて、南端よりの本隊と、しまに駐留する部隊が殺到する。
始まってしまえば全てがグルニアの優位で圧倒的に終わる。勝つべくして勝つ。それがスターロンの美学の当然の帰結。

だったが。


がごぉぉぉぉぉぉおおおおおおっ・・・

じゅしゃあっ!!!!


それは。
『何か』が、引きずられていく音と。
それが終わる音。

その音のした方には。

『大量の石』や『大量の槍』が降る、むしろ・・・

『グルニアがアカネイアに見せてきた地獄』が、鏡写しで存在した。

「シュ・・・『シューター』!!
『ストーンヘンジ』と『ファイヤーガン』ですっ!!」
「ばっ・・・ 馬鹿なぁぁあああああっ!?」

その声を聞いたわけではないだろうが、アイルはまたニヤリと笑った。

グルニアの誇る『木馬隊』。そのお株を奪う強襲。

「『これまで』を覆す、超長距離攻撃!!
しかも改良に改良を重ねて、精度は並ではないぞっ!!」

どどどどどどどどどどどどどどどどっ!!!!!


突き刺さる槍と打ち付けられる岩。
それは神速を尊ぶ突撃の勢いを抉くのに十分すぎた。
島に駐留していた部隊の足は完全に止まってしまい、もうどう見ても間に合わない。

しかも。

どかかかかかかかかかかっ!!!


カシミア大橋に入ってきたのは、シーダが率いるはずだったパラディン部隊である。
南側の橋と中央の島をつなぐ場所をいかに早く取るかが肝心であったのに、そこを白銀の鎧をまとった騎馬に防がれてはそれ以上攻めようがなかった。

しかもしばらくもすれば入れ替わるように、ホルスのジェネラル級重騎士部隊がそこへ陣取る。
勢いの行き場をなくしたグルニア軍が引くも進むも出来なくなったところで、海上からのノルンのスナイパー部隊、弓兵が全滅したのを見計らってのフレイの竜騎士部隊が強襲する。

「な・・・ な、なな、な・・・
これは・・・」

圧倒的だった。
目にも止まらぬ大敗北。
これが真実であるということを、スターロンは認識できない。考えもしなかった末路なのだ。

優秀であると言われ、そう賞賛されるだけの結果も出してきた。何より驕らずに研鑽を重ねてきたつもりであった。
なのに。
教えられた通りの戦略、戦術は紙のように破られ、瞬く間に中央の島と南側の要を取られた。しかも進むだけ進んで伸びきった橋の上で、自軍は袋叩きにあっている。
・・・遠からず、全滅する。ほうけている場合ではない。
それでも。

全てを打ち砕かれたスターロンに、『退却』の一言は発せなかった。


・・・結局。

カシミア大橋が完全に奪われるまで、スターロンは何も出来なかった。終盤に周りを固めて、渡りきってしまうことは阻止したが、それはこの大失態を埋めるものではありえなかった。


 ・


その後4日間。
スターロンはラーマン神殿の守護に専念、そしてカシミア大橋を渡りきらせないための布陣をしいた。
ただこれはアイルの想定の中のうちであり、敵が橋の踏破阻止に汲々としている間に、中央島には完全に基盤を作ってしまった。
挟まれているならまだしも、北側の橋は完全にアカネイア同盟支配下である。中央島が簡易的にでも要塞と化してしまえば、大勢は決まってしまうのだ。

それでも、スターロンは何も出来なかった。
常に不利な状況をなんとかしようと策を打ち出し続け、それでも次の戦いのために次善策を打っていくアイルと、今回初めて逆境に立たされたスターロンでは話にならなかった。
しかもアイルは、『もしこういう形で追い詰められたら自分がどうするか』『スターロンがこうこうこういう人物だとしたら、何を思いつき、実行するとしたらどれか』まで考えている。

踏み潰すのは簡単だった。
それでもアイルが動けなかったのは・・・


 ・


「・・・あれだけ目を離すなと、言っておいただろうがッ!!!!!」
「も、申し訳ありませんッ!!!!」

デネブが、行方不明になった。
おかげで、それどころではなくなったのだ。
その報告がもたらされたのは、カシミア大橋をもう少しで踏破するというところだった。

『マルス』の恋人である『シーダ』の体を好き勝手に使っている、『アイル』の懸想相手である『デネブ』の失踪。

アイルが心穏やかでいられるわけはなかった。

「・・・どうせ、遊び歩いているだけなんだろうが、な!」

半分本気でそう思っていても、最後の一線で心配で、中央島の要塞化を進めながらも、何も手につかなくなっていた。

そもそも、中央島の要塞化という時点で、アイルにしては下策に陥っているのだ。
本土決戦を迫られている黒騎士カミュに、一時たりとも時間を与えてはならない。

そんなことはわかっているはずなのに、だ・・・


その2 オルベルン根刮ぎ大作戦


少し話は巻き戻る。

カシミア大橋での一戦が、まさに火蓋をきられようとしていたその時。
オルベルン城下では、デネブが遊び歩いていた時である。

センスの良い銀細工を見つけ、少し身をかがめて、買うかどうかを迷っていた時・・・

「ひゃうっ!!?」
「? どうしたい、お嬢ちゃん」
「い、いや、なんでも・・・」

後ろには、フードで顔を隠した、小柄な女。
腕を引かれる前に、尻を触られたのだ。

(この女・・・)

隙があるよ、という忠告だったのだろう。実際あの気配の消し方で、財布の方をやられてもおかしくはなかった。

その上で呼ぶのなら、何か用があるのか。

引かれるままに、つないだ手に従った。


街の外れのなんの変哲もない、しかし安宿の一室。
そこに通され、その女はベッドに座る。

「・・・何の用だ?」
「んふふ。可愛い声なのに口調はキッついね。上司に似ててポイント+2だあ」
「質問に答えろ」
「まあまあ、とにかく話を聞いてよ。持ちかけたからには説明はするよん」

見かけと喋り方ほど常識知らずではないらしい。

「・・・話せ」
「まずアナタ。ペガサス乗りだっしょ」

たしかにそうである。

「・・・そうだが」
「おおう? ここで『なぜ分かった!?』とか言わないのはすごいね。大抵ここであたし自身に引き込まれちゃうんだけどなあ。
じゃあもう教えちゃおう。見破った理由・・・一つは貴方が可愛いから。

実はこれは大事な要素なのよ。ペガサスは魂の清らかな乙女しかその背に乗せないって話があるの。でもあたしはこれには異を唱えてるのよね。経験上、あいつらはただの面食いよ。きゃはは」

それはデネブとて知っているし、異論もない。
畜生風情の基準がどこかは知らないが、『清らかな乙女』が条件ならば、この女や自分が乗れるとは思えない。

「そして、お尻。
空を駆けるペガサスに乗る乙女達のお尻は、普通の馬に乗る女騎士とも違う、独特の丸みと柔らかさを持つんだよねえ」

そっちが本命だろう。
さっき尻を触ったのはそれゆえもあってか。
ともあれ、この女もそうなのは話しぶりから間違いない。

「・・・実はね、ちょっとしたお仕事をしなきゃならないんだ。でも、実はその・・・ いわゆる『泥棒』なんだよねー。誰かに手伝ってもらおうにも、ギルドとかに話を持ってくわけにはいかない。しかもここは私にとって敵地だからね。仕方なく、一人でやろうとしてたんだけど・・・

貴方を偶然見つけちゃって。

グルニアはね、ペガサスの繁殖地をその領内に持たないんだ。まあ、持ってるとこの方が少ないけど・・・ 少なくともグルニアにはない。
マケドニアともドルーアとも、連合でありながらも仲良くはない。だからこの時期ここにいるペガサスナイトは、間違いなくアカネイア同盟の所属。
・・・そうでしょ?」
「・・・うむ」

つまり、こいつは・・・

「でね、私はお使えしている王女様と合流したいんだけど、せっかくだから、グルニアの機密文書とかそういうのを持ってきちゃったりしたいわけ。
いいと思わない?

貴方がアカネイア同盟の騎士なら、どっちにしろプラスになる話だし、その時にお城の財宝をくすねてきちゃおう?
私は主に機密文書とかでいいよ。持ち出した財宝の2割もくれれば、残りは貴方の取り分で、どお?」

いたずらっぽい笑顔を浮かべる彼女。

『泥棒』というのは面白い。戦とはまた違ったスリルがある。
持ち帰るものは多いほうがいいというなら、人数が多いのはありだ。加えて、持ち帰ったものによっては、アイルは大いに喜ぶだろう。

「分かった。乗ってやるよ、エスト」
「・・・ほえ!?」
「分からいでか。ペガサスナイトの数はそもそも少なく、その上で直接の上司が王女、アカネイア同盟に合流の予定があり・・・
そのいかにも末っ子な奔放さ。ピンと来ないほうがおかしい」
「・・・やるねえ。シーダ様。
一本取られたよ」
「ふん」

そこにも驚いてなどやらない。
シーダの名や特徴は、この戦争の間に広まってしまっているからだ。
片田舎の純朴な、しかしどんどんと垢抜けていく姫と、悲しき運命を背負った、勇者の血脈を継ぐ亡国の王子のラブロマンス。巷でここまでの話題も他にない。


 ・


オルベルン城の警備は、はっきり言ってザルであった。
仕方ないことではある。
グルニアが侵略されようという事態というのに、前線に出ずにいるわけにも行くまい。
王城やその周辺ならともかく、侵略ルートから外れた街だ。ドルーアやマケドニアの方が距離的に近く、兵をさく意味はあまりない。

「・・・つまらん」
「は?」
「予告状でも出しておけばよかった。スリルも何もないぞ。こんな堂々と入り込んで持ち出すだけだなんて」
「いやいやいや。何言ってんの。
ちなみに私ツッコミキャラじゃないよ? 完全にボケだよ? 逆にすごいお姫様ねえ。初めて会った時から噂のあてにならなさに吃驚したけどさ」

潜入する前に夜まで暇だと言ってしこたま飲み食いした後、潜入したらしたで厨房から入って作りおきのシチューや生ハム、ソーセージを食べ尽くし、ヴィンテージ物のワイン3本とウィスキーをラッパで飲み、途中で遭遇した庭師と兵士2人を八つ裂きにし、メイドサーバントの娘を二人押し倒している。

「やりたい放題じゃん」

しかも『つまらん』と言い放った。

「という訳で作戦変更だ。王族の寝室にゆくぞ」
「いやいやいやいや」

聞く耳持たない。

寝室で仲睦まじく寝ている城主夫婦の顔を覗き、そして・・・

呪文を唱える。
軽い爆発音と共に、デネブとエストは煙に包まれ・・・

「えええええええ・・・・・・!?」

デネブとエストは、城主夫婦に変身した。
ちなみにデネブが城主の方である。

「な・・・ナニコレ。どういう魔法!?」

変身しているからには変身魔法なのだが、そんな魔法は竜族にしか使えない。普通はそんなものの存在から知らない。

「お前はニコニコしていろ」

説明さえしない。作戦の内容さえ言わない。

警備の隊長らしい兵士に声をかけ、

「今、密命があった。この城にある軍備、財宝をあるだけの馬車に積め。明日の明け方には出発する。
カシミア大橋で大規模な作戦があり、そのために必要なのだ。
事は急を要する。迅速にやれ」
「は、ははっ!!」

エストは空いた口がふさがらなかった。


 ・


4日もさんざん心配させた挙句、戻ってきたデネブ。
船いっぱいのオルベルン城の財宝と、エストを連れてのご帰還であった。

何かをこらえるようにしていたアイルであったが、彼女がもたらしたものは決して小さくなかった。

「物見に、これの写しを配れ」

グルニアの暗号のほぼ全てがそこにあった。
咎め立てをしようにも出来ないアイルに、デネブは満足気であった。

「ところで、褒美をよこせ」

独断でやらかしておいて何を、と言いたいが、そもそもこれも『ごっこ』にすぎない。
マルスを人質に取られている以上、何を要求されても文句は言えない。無理であれば道理を説くか、同情を誘うしかないのだ。

「なんだ」
「久しぶりに『誘え』と言っている」
「・・・・・・」

複雑な表情を浮かべると、少し残念そうに、

「言ってみただけだ」

そう言って、去ろうとする。
その背中に、

「・・・あまり、心配させるな」

アイルはそう告げた。

言わずにはおれなかったその言葉は、デネブにとって望むものであった。
しかし、あまりに的確であったが故に、デネブはそれを信じられなかった。見抜いた上での、おためごかしと思い込んだ。

思い合う二人は、知りすぎているだけに。
何一つ、伝わらない。


追記。

「やほー。姫様元気ー?」
「うん、マリアは元気だよ。エストお姉ちゃん」

エストは当然のようにマリアのお付きになった。
カチュアが行方知れず、ミネルバとパオラが使者として『狼の牙』『ノイエ・ドラッヘン』に赴いている今、当然の流れでもあった。
頭が回る割に、どこか遠慮がちな性格のマリアにしてみれば、マリアのことを考えつつ、先天的に図々しいエストのような女はちょうど良かった。

「あの王子様いい人だねー。お菓子くれたよ」
「それがいい人の基準になるエストお姉ちゃんにちょっと不安を感じるけど、マルス様はとってもいい人だよ」


そして。


次の日、メリクルソードと呼ばれる、アカネイア三種の神器の一つが、アイルに下賜された。
オルベルン城からデネブらが持ち出した財宝に紛れ込んでいたのである。



その3 カシミア、落ちる

カシミア大橋は膠着状況に陥っていた。
デネブのせいで4日ほどふいにしたからである。
それを補って余りある収穫を持ってきてはいるのだが、戦局を一気に決めるチャンスを逃したのは変わりなかった。

ちなみにデネブ、誘いを断ったためか、ふてて寝ている。今回は戦力に数えられそうもない。
この程度の戦場ならいなくても大丈夫だろうが。

「どうするの?」
「・・・まあ、手なんぞいくらでもあるんだがな」
「じゃあさ、私にやらせてくれないかな」

雑談のように持ちかけられた話だったが、悪くなかった。何より、

「実はダロスさんやロジャーさんには先に準備してもらってて」

デネブの搜索でどう転ぶかわからないためになんの準備もしてないアイルのために、ノルンは自分なりに作戦を立てて準備をしていたのだった。
方法としてもそれなりにアイルのやり方に沿ったもので、やらせて問題はなさそうだった。

(ノルンも使えるようになってきた、ということか)

もともと消化試合。経験になるなら僥倖だ。

(ならばいい。先の手を打っておくまでか)

「誰かあるっ!!」
「はっ!」
「シュテルン商会に連絡を取れ」

片腕の詐欺師にやらせている、今や押しも押されぬ大商会。
その首根っこは、未だにアイルが握っていた。


 ・


次の日。

Eの字をしたカシミア大橋の地形で、二本目の
横棒にあたる川中の島。その島の南側・・・
つまりグルニアに向いた岸に。

「な、なっ・・・ なぁぁぁあああっ!?」

二横列の船団がひしめいていた。


橋のたもとをきっちりと守られているならば。
橋なんぞ無視して攻め込んでしまえばいい。

占領したあとに橋が使えればいいのなら、攻め方にこだわる必要もないのだ。


思いついてみればなんということのない当然の戦略なのだが、スターロンはいつも『こういう状況での戦闘』というものから思考が始まる。
有利不利など望むところだが、それはチェスで『駒落ち』を持ちかけられたのとは違う。
チェス盤の上に勝手にもう一軍分駒を並べられたようなものだ。

橋のたもとをがっちりと守っているだけでよかったから、防衛側の有利と合わせて互角だったのだ。
川岸の全てを戦場とされて、勝てるわけがない。


「・・・さあノルン。好きな時に腕を下ろせ」

つぃっ・・・

ゆっくりと、白魚のような指を立てたまま腕を振り下ろす。
それを合図に、鬨の声が響き旗がはためいて、船が一斉に動く。
橋の方にも騎馬部隊が疾風のように駆け出す。

うおおおおおおおおおおおっ・・・・・・!!!!

おおおおおおおおおっ・・・・・・!!!!


ゾクッ・・・


ノルンの背筋に走るものがあった。
自分の意志の下、自分と同じだけの価値を持つはずの『人』がこれだけの数、動く。
かけがえのない、それらが。

(あたしの、おもちゃ)

魂そのものをかけて、命そのものをかけて。

命に貴賎など本来はないのだという、神の言葉とやらとはうらはらに。
駒でしかない命と、要となる自分の意思。

「・・・アイルは、ずるい」

こんな楽しいことで、遊んでるんだ。

「ん?」
「なぁんでも、ない」

その横顔は。
デネブがアイルをいたぶるときの顔と大した違いはなかった。

にもかかわらず、アイルはそれに嫌悪や恐怖を感じなかった。

いや・・・

それは多分、誰であろうと同じだろう。

その笑顔を浮かべる側か、見せ付けられる側か。
それは、兵家の常であることを、アイルはよく承知していた。

 ・


スターロンは、必死に守った。
しかし、橋のたもとに全力を注げば良い今までと違って、今回は岸全てが戦場だ。

(あの船がどれかでもこちらの岸についたら、終わり)

橋だけを守っている場合ではない。しかし、今までそれで『互角』だったのだ。なんとか守りきっていた形だったのだ。
岸を守る分の戦力を割いてしまえば、橋を渡りきられてしまう。

(しかし、しかしっ・・・)

このまま船が岸についてしまっても負けだ。

「岸に油をまけ! 火矢を放て!!」
「あ、油の用意がありません!!」
「後でもってくればいい! 火矢の雨をふらせろ!! 急げぇっ!!!!!」

準備をしていたのならともかく。
今からで間に合うわけもない。

「第5、第6部隊は岸に向かえッ!!
上陸を許すなぁぁああああっ!!!」

ーいいのか?
ー足りるか?

グルニア兵達全てが、その想いにかられた。

ー自分たちも行かなくてもいいのか?

後方にいる部隊の殆どは、

『その準備』を、心に抱いてしまった。


一丸となって全力を注いで、互角だった橋のたもとで、だ。


さらに。


しゅがああああああああッ・・・・・・

ひゅがっ!!!


岩が。
炎のついた槍が。

雨のように降ってくる。

「しゅ・・・ シューター・・・・・・っ」

どごぉっ!! がっ!! ごっ!!

ごばあぁっ!!


火炎瓶のついた槍が爆ぜる。岩に直撃した兵が昏倒する。
とてもでは・・・ない。

船からも矢の雨。薄く展開しただけ、並んだだけの『沿岸防御』部隊は、瞬く間に全滅。

あそこには立ちたくない。立てば死ぬ。
しかももしその攻撃で死ななくても、本番はその船から降りてくる兵たちだ。
多分、血に飢えた傭兵部隊。
集団でいるからこそ力を発揮する正規軍が、薄く伸びきった形で防御せねばならない状況で、各個撃破のエキスパートたちを相手に。

でも。

あそこに誰かが立たねば、グルニアに攻め込まれる。

今のアカネイア同盟は、アリティアの王子が総指揮官を勤めている。
つい先ごろまで、グルニアが統治していた・・・

好き放題していた国。


その国の正当な王が、自国を取り返して。
占領されていた国に、今度は攻め上がって。


この国はどうなる。
母は、妻は、子は。
友は、街は、森は・・・

「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

橋も、岸も、守らねば。
後ろに詰めている間に、あの岸に乗り上げられてはいけない。
自国を愛するがゆえに、皆、命令を無視して岸を守ろうとして飛び出した。

それが、きっかけになった。

少しでも後方にいる部隊は、岸の方に駆け出してしまった。
それを待っていたかのように、橋の騎馬隊の勢いが上がった。
後ろで何もしていなかったわけではないのだ。その騎馬の突進力を押しとどめていたのは、正にその後方にひしめいていた部隊だった。

「う、うおおおおおおっ!!」

橋の守りは、瓦解した。

その後は、絵に描いたような総崩れで、地獄絵図。

シューターや船からの矢に倒れ、橋から溢れて膨らんでゆくアカネイア軍が隊列を整えてゆき・・・

カシミア大橋は、アカネイア同盟に占領された。

数万を超えるグルニア兵の犠牲者が出た。


そして・・・
その戦いのさなか、どす黒く蠢く闇を目にできたのはほんのわずかだが、それは確かにあった。

死のオーブ、魂のオーブの、『封殺』だ。

死のオーブが死にかけている人間を完全に殺し、抜け出た魂を、魂のオーブが吸い取る。
それは、まるで悪魔が人の魂を取り立てる光景のようだ。

だが、やっているのは・・・

ただの人間である、アイルだ。

前回の衝突の時にやってからであるから、4日ぶりではある。しかし・・・

「アイル・・・大丈夫なの?」
「ああ・・・」

目の下に浮かぶくま。
背筋を伸ばそうとすると、よろめいてしまう足。
死と魂のオーブは、相変わらず使用する者の精気をも奪っている。

ノルンにああ、などと答えたものの、額面通りに受け入れてもらえるわけもなかった。

「それより、この勝利はノルンのおかげだ。
何か欲しいものはあるか? 褒美だ。大抵のものは送るぜ」

何もいらなかった。

「・・・今晩からと、明日一日・・・
あたしとデート、してくれるかな」
「・・・・・・ああ」

アイルの憔悴した顔に、戦の指揮をした快楽など吹っ飛んでしまった。

ただアイルのことが、心配でしょうがなかった。

ノルンはその日のアイルの食事を、消化のよく、しかし滋養のつくもので手作りした。『これもデートのうち』と言い張って。
同衾する際も、母親が子にするように、添い寝をした。『今日はそういう気分だから』と言って。
次の一日も、アイルを癒すことに費やした。
『そうしたい』というのは、嘘ではない。
『アイルのために』なることは、ノルンの喜びであるのだから。

その間に、兵士達の休養と、戦後処理をある程度済ませ・・・

アカネイア同盟軍は、精鋭による『ラーマン神殿への潜入』を、さらに3日後、決行する。


メリクルは、アテナが下賜された。幾多の竜に立ち向かっている姿は、称えられるべきものだ。

鬼に金棒、剣聖に神器。
遊撃隊、特攻部隊の充実がなされた。

並びに、長い間持ち主を決めぬままだったパルティアは、ノルンに下賜された。

これまでの功績と、先日の手柄に報いるものとしては十分だったろう。


幕間 その14 狂う運命

「デネブ」
「ん? ノルンか」

いろいろ複雑だが、二人の関係を一言で表すなら『恋敵』である。
ただ、ノルンにしろデネブにしろ、アイルの節操のなさを非難しない。友でもあり奴隷のようにも扱うデネブと、部下であり姉のように振舞うノルン。
憎み合うわけでも友人同士というわけでもなく、かと言って互いに無視できるわけでもない。

「何か用か?」
「ん・・・ ちょっとね。
イヤミを聴かせるつもりじゃないけど・・・
昨日は、アイルを取っちゃって、ごめんね」

声のトーンは申し訳なさそうではない。
しかしなんの話をしたいのかは伝わった。

「でもさ。アイルが気にしてるのはやっぱり、『マルス王子』と『シーダ姫』のことなんだよ。
貴方を嫌いになったわけじゃない。
ううん、むしろ・・・ あなたに『本気』になりつつあるから、いい加減な事が出来ない気持ちになるのよ。
知らないところで『デネブ』が誰かに抱かれていたら、自分がどんな気持ちか考えちゃったことがあるから、だと思う。

あたし、昨日は『お姉さん』ぶったよ。
一緒に寝たけど、『して』ないんだ。

・・・あなた、可愛いところ見せないし、アイルのこと雑に扱ってるでしょ? あたしは、それがあなたの『表現』だって、わからないわけじゃないけど・・・

きっと、アイルにはちゃんと伝わってない。
アイルはいつも、ビクビクしながら、でもあなたが好きなんだ。
・・・それでもアイルがあなたを『好き』なのはムカつくけど、こればっかりはしょうがないもんね」
「・・・今日はまた一段とうっとおしい年長者ヅラだな」
「自覚はあるわよ。でもあなたは言わないとわかんないと思って」

言葉の端々に『気を使って』いるのは伝わる。
『アイルが好きなのはデネブだ』と、端々に含ませて、またはっきりと言ってもいる。

「『可愛い女の子』をしてみれば?
似合わないのはわかってるんだろうけど・・・

彼は天然でタラシな分、『自分が本気になった子』に対して慎重すぎるのよ。演じるのをすっかり忘れて、素の自分の状態でまごまごしてる。
あなたにしてみれば、他の子にはちゃんとすることを自分にしてくれないんだからイライラするわよね。
だから、『私、こうして欲しい』って言っちゃえばいいのよ。彼に出来る範囲で。

あなたのわがままは、難題で可愛くないし、付き合ってて疲れちゃう」
「ふん」

デネブは、ひとりごちた。
わがままを言った時の、イラついたような顔を思い出す。

アイルのあの顔が、実は、好きだ。
無視するでもなく、呆れて見下すでもなく・・・
『僕が困るのわかってて、なんで?』とでも言いたそうな。
『逃れられない』感じ。
まるでそんなことを考えもしないほどに『囚われてる』彼。

(そうか)

「くふ」

試すまでもなく。

あいつは、『そう』なのか。

すべてを信じる気はない。いつだってアイルは嘘だらけだし、自分もそうなのは否定しない。
ならば、ノルンがそうしない理由もないのだから。

けれど。

「・・・わかった。あまり体に触る困らせ方は控えることにしよう」
「え・・・」

あっさりと聞き入れたことに面食らうノルン。

しかし、言ったとおりそれからは、ふてる事も、アイルに『抱け』とも言わなくなった。
またあのフルーツケーキが食べたいとか、そんな程度。


そして、機嫌も何故か直ったようだった。


  ・


マーモトードの砂漠の奥深く。
ガーネフはまだここに留まっていた。


テーベが半壊。

罠まで張って殺そうと待っていたカペラにはまんまと逃げられた。

はっきりと散々であったし、面白くないことこの上なかった。

しかし・・・

ガーネフの気持ちを少しだけ落ち着けるものがあった。
『レギオン計画』である。

カペラが残していったものであるが、これはガーネフにとって、天啓に近かった。

そもそもガーネフがマフーによって『無敵』であり、軍隊とも一人で戦えるにもかかわらず、メディウスを復活させたり、グルニア、マケドニアを味方に引き入れたのは、一人で『支配』などできないからだ。
しかし、支配をするには、部下を『信用』することが必要なのだ。
そして、ガーネフにとって、『他人を信じること』ほど難しいことはなかった。

が・・・

『レギオン計画』は、それを可能にするポテンシャルを持つ計画だ。

自分ひとりで世界征服ができる。
それこそ、ガーネフが求めたこと。

カペラがガーネフと相愛ならば、その限りではなかったかもしれないが。
今や『レギオン計画』は、ガーネフの野望とイコールであった。

そして。

「これならば、何もいらぬ。
グルニア、マケドニアなどはもとより、ドルーアやメディウスさえも不要!!
ならば、もういい。
何もいらぬ!!
『狼の牙』?
『ノイエ・ドラッヘン』?
何ほどのものか!!」

とはいえ、『レギオン計画』はまだ完成していない。研究が完成するまでの時間を稼ぐために、いろいろ手を打っておく必要があった。

まず、グルニアと同盟軍の戦いを長引かせる必要があった。

「・・・そうだ」

ラーマン神殿には、『あれ』があった。

今となっては、始末に困るものだ。
ぶつけるにはちょうど良かった。

「くくく。狂え狂え。その運命ごとな」

闇の魔法陣が閃き、消える。
ガーネフ諸共に。


 ・


ラーマン神殿。
その最奥に、髪を結わえた、小さな少女がいる。
まるで玉座のような立派な椅子に、年端も行かぬ、しかし・・・
妖精か何かのように美しい少女。
焦点の合わぬ、しかしあどけない瞳が、目の前の闇司祭をぼんやりと映す。


「チキよ……
はるか昔滅び去った、偉大なる神竜族の王女よ。

わしの言っていることが聞こえるか?」

……コクリ

「この神聖なるラーマンを侵そうとする者がおる。
そやつらをお前の力で焼きつくすのだ。
わかるな?」

「…ラーマンを…おかすもの…やきつくす……」

「バヌトゥからはぐれたそなたをメディウスより救い出してやった恩…

決して忘れるでないぞ」

そう言って、ガーネフは・・・
引いた。

「・・・や」

き ・ つ ・ く ・ ス

その体が光に包まれて。
次の瞬間にそこにいたのは。


ールギャァァアオオオオオオオオオッ!!!!


真っ白な。

竜であった。


蛇やトカゲというより、獣に近い・・・しかしその長い首や、三つ鍵爪は、紛れもなく竜。


ールギャァァアオオオオオオオオオッ!!!!


それは神竜。

神の、竜。


「ここで、秘宝ごと潰えるがいい。
『証拠』であるお前自身もろともにな」


チキは、バヌトゥとはぐれた後、メディウスによって見つけ出され、幽閉されていた。
しかしガーネフは、メディウスを利用しつつも、いざという時に対抗する手段として、チキをこっそりとさらったのであった。

しかし、『レギオン計画』があと少しで完成するところでガーネフの手に渡った今、チキは『メディウスに対抗するもの』をこっそり持っていたという証拠でしかない。
ならば。

「この古びた神殿と、秘宝ごと・・・」


ここには、『光の秘宝』なるものがあると言われている。

『マフー』が、闇のオーブの力を使って作られるように。
失われた命を呼び戻す混沌の杖、『オーム』が、大地と命のオーブをかけ合わせて作られるように。

マフーを破る唯一の魔法、『スターライト・エクスプロージョン』の元となる、星のオーブと光のオーブがあると言われている。

もちろんガーネフは探した。それこそくまなく。自分の存在を脅かす魔法の素など砕ききってしまおうとしていた。

が、ついに見つからなかった。


(ならば、ここそのものを潰してしまえばいい)


アカネイア同盟軍と、チキと、二つのオーブ。

すべてを、瓦礫に変えてしまおう。


ールギャァァアオオオオオオオオオッ!!!!


神の竜の咆哮は。


ただ虚しく神殿の奥で響いた。



第19章 エインシャント・プリンセス


その1 ラーマン神殿


カシミア大橋一帯は、アカネイア同盟軍のものとなった。
陸続きの補給路を手に入れたことで、かなり攻めやすくなったと言えるだろう。


そして、グルニア侵略はもちろん続けねばならないが、本題は、マフーに対抗する手段、『スターライト』の魔道書を手に入れるために、その素となる『星』と『光』のオーブを手に入れること。

これから行くラーマン神殿は、興味深い場所ではあった。 伝説にある神王ナーガのゆかりの地。
そして同時に、『守護者』と呼ばれる番人がいると言われる、恐ろしい所とも言われていた。

『守護者』がいるというだけで面倒な話ではある。これからやるのは、どう取り繕っても『盗掘』なのだ。番人が邪魔なのは言うまでもない。


 ・


元シスターであったマリアだが、魔道士としての力に目覚め、今回敵将スターロンの所持していた『聖なる勲章』の力で、賢者としての資格を得た。

祝いの式典はささやかにも開かれたが、ミネルバも、パオラも、カチュアもいない。エストがいてくれるとはいえ、マリアは少し寂しかった。

「姫様、お似合いっす」
「ありがとう」

賢者らしい落ち着いた衣装。アイルからの贈り物としてもらった。マメな男である。

「マケドニア王族は、本当に散ってしまったわ。姉様は『狼の牙』の支配地であるオレルアンで軟禁されているみたいだし・・・

でも、ドルーア連合とアカネイア同盟が戦っているこの構図だと、もしかすると姉様が良い場所にいるともとれるのよね・・・」
「・・・どこでもそれなりに心配事はありますよ」
「うん、それは分かっているのだけど・・・」

マリアは、同盟軍におけるマケドニア代表なのだ。
傍らに立つエストの存在は、本当にありがたかった。


 ・


シーダの部屋に、デネブを迎えにゆく。
以前の強さそのままのデネブは、少数精鋭となるとどうしても欲しかった。

「デネブ。入るぞ」
「うむ」

中では。
禍々しい槍が、黒い稲妻を纏っていた。

「っ!?」

放電が徐々に落ち着いて、それでも消え切らずにいる。
その槍をデネブが掴む。

「ふう」
「・・・なんだその槍は」
「これか。これは・・・ そうだな。『魔槍ネメシス』とでもしておくか」
「今命名したのか」
「グラディウスに対抗するために作ったものだからな。ほかにも考えてある。なにせカミュ将軍は、その指揮の妙もさることながら、大陸で五指に入る武人。それが宝槍グラディウスなるものを伴ってくるのだ。私が出張る以外なかろうよ」
「・・・・・・」

その通りであった。
アテナあたりでも戦えはするだろうし、バカ正直に一対一で戦うこともないが、『互角以上に戦える者』といえば、やはりデネブに出てもらうしかない。

(まあ、本人が楽しみにしているようなら、気にすることもないか)

「さあ行くか。今度は神殿で宝探しときたものだ」

オルベルンから戻った時に誘いを断った。
シーダの体であることが理由だったが、その後暫くデネブはふてていた。

今は機嫌が良いようで何よりだが、アイルはそのこととは別に・・・

ラーマン神殿そのものに、何かを感じていた。


 ・


ラーマン神殿は、かなり大きな神殿ではあるが、カシミア大橋周辺の制圧、布陣などもある。潜入するメンバーは最低限とした。

アイルとデネブ、アテナとノルン、そしてエッツェルとバヌトゥだ。
魔導、古代遺跡に詳しそうだという理由も含めてのメンバーである。
各人、手持ちの精鋭を引き連れ、調査にも当たらせている。

小部屋がいくつもあり、そこには古代魔法に縛られている生物兵器が番人として潜んでいることも多かったが、集団でかかれば何ほどのこともなかった。

「バヌトゥ殿、ガトー様の言っていた、光と星のオーブはどこにあるか、わかりませんか?」
「うむ・・・ ここはガトー様が直々に作られた『認識を操る魔法』がかけてあるはずなのじゃ。
ここは神殿の最奥に石碑がある。そこに何らかの仕掛けがあるやも・・・」
「最奥ですか」

エッツェルやノルンも戻ってくる。

「・・・貴重な宝物は多かったが、例のオーブとやららしきものは見かけなかったな」
「右に同じです」

巫女であるアテナや、魔導に明るいデネブも連れてきたが、

「強い気配、ある。でもそれ以上分からない」
「さっさと奥に行ったほうが早いんじゃないか?」
「・・・まあ、そうかもな」

深く、深く階段を降り・・・

いくらかさまよった後、開けた場所に至った。

「ほう・・・」

天然の洞窟に意匠を凝らしたものだろう。渡りやすいように足場は作ってあるが、自然のままに溜池をいくつか残してある。

石碑を背に佇む、竜の像があった。
剥製か何かかと思われるほど精緻な、美しい竜。

「・・・・・・っ!!
神!!!!」

アテナが驚愕した。

「神?」

そして。

「おお、おおおおお・・・ な、なぜこんなところに・・・」

バヌトゥが慄いていた。

「ま、『マルス王子』っ!! あれ・・・」
「っ!!!??」

彫像では、ない。

その、獣のような、白銀の毛並みの竜は。
そのもたげた頭をゆっくりとこちらに向け。



ーーールギャアァァアアアアアオオオオッ!!


咆吼した。

神殿全体がその響きに答え震える。


クォォォオオオオオオオオッ!!!!!

その吐息は、天井を『消し飛ばした』。

その質は、熱いのか冷たいのかもわかりにくいが、プラチナの嵐のようなそれを受けた岩は、まるでそうあるべきだったように抉れて消えた。
ガーネフのマフーが、全てを風化させ腐らせて灰にしてしまうのなら、その吐息はすべてを浄化してしまうようだった。白銀の派動を受けた物はなんであれ、よきものとなって天に迎えられるような。

しかし、過程がどうあろうと、触れたら問答無用で死に至るであろうという点で、結果が変わらない。


クォォォオオオオオオオオッ!!!!!


天井のいくらかと柱が消し飛ぶ。
どういうことかはわからないが、つっ立っているわけには行かない。

「『マルス』っ!!」
「距離を取れ!! ブレスの届く距離は矢ほどでもない。 バヌトゥ殿、下がってください!!」

その言葉に正気に戻ったバヌトゥは、まくし立てるようにアイルにとりすがる。

「マルス殿っ!! あれは・・・ 神竜じゃ。そして神竜であるということは、間違いない。あの竜はチキじゃ!!」
「は!?」

チキ。

そういえば、そもそもバヌトゥは、レフカンディの山間の村で出会った。
その時に、『チキという緑髪の少女を探している。彼女は神竜族・・・ナーガ一族の生き残りだ』と確かに言っていた。

「神竜はもう、あの子しか・・・少なくとも、神竜石を使える者はチキしか生き残ってはおらぬ。
・・・頼む!! 殺さんでくれ!!
あの子は・・・かわいそうな子なのじゃ。雪に閉ざされた氷室のような神殿で、誰とも関わることなく恐ろしい夢を見続けるだけの日々を送ってきた。
人の世を乱すことを防ぐ意味では仕方のないことかもしれぬ。しかし、罪を犯すかもしれぬ者さえ、世で生きることを謳歌するはず。神の子に生まれついたというだけで、人とともに生きる喜びを知らぬまま、心を削って老いてゆくなど、あまりに、あまりに・・・」

どんなにかわいそうな生き方をしてこようが、それでこちらが命を賭ける道理はない。
よっぽどそう言いたかったが・・・


クォォォオオオオオオオオッ!!!!!


「『マルス』!! 指示寄こせ!! 戦う、逃げる、どっち!?」

アテナが催促する。

「・・・バヌトゥ殿、そもそも彼女は何故猛っている? 何故我々に襲いかかってくるのです?」
「!! ・・・おお、ちょっと待っておれ」

幾ばくかの呪文の後、バヌトゥが魔法陣をチキにかぶせるように通す。
多分、分析系の古代魔法なのだろう。

「・・・強めの催眠術をかけられておるようじゃ。闇の魔法を混ぜ合わせてある・・・
近づく者全てを敵だと思わされておるようじゃな。
チキは怯えておる。自分の方がか弱きもので、必死に抵抗せねば、殺されてしまうと・・・」

冗談ではない。
が、倒すことが出来るかどうかも置いておいて、殺してしまっては寝覚めが悪いのも確か。

「・・・各自、戦闘に入れ! どの程度まで応戦できるか、通じない攻撃は何か、捕獲は可能か、検証しつつ戦え!!
・・・バヌトゥ殿、その催眠術とやらは、貴方に解除可能な代物なんですか?」
「・・・うむ、人の姿の時にかけた術というのは、竜と化した時に効果が薄れる。逆もまたしかりじゃが・・・
ともかく、ある程度落ち着いて解呪の法をかけれるのならば、十分可能なはずじゃ」

古代神殿の最奥で、猛る神の竜との戦い。


「くふふふふふふふ。まあ・・・

久しぶりにこの体で肩慣らしをするには、十分な相手かな」
「・・・・・・」

シーダの体で、魔槍ネメシスの穂先をつぃっ・・・と舐める。
神を相手取っての戦いだというのに、デネブが頼もしすぎた。



その2 神竜の解放


怖い・・・

怖い・・・!!


目が見えない。
いや、ぼやっとした赤と黒だけの世界なのだ。

何かが迫り来るのはわかる。しかしそれはすべて恐怖に変わる。たとえ子犬がじゃれてきているのだとしても、ぶよぶよと動く赤黒いモノが迫り来るように見えるだろう。可愛らしい黒瑪瑙のような目も、何かをねだるような媚びた表情も、きっと等しく気味の悪いうねりにしか見えない。

音はするのに、声が聞き取れない。何か言ってるのはわかる。でも、それだけ。歪んだようなざわめきが、ひび割れたような叫びが、羽虫が耳元で飛ぶような不快な雑音が不安を掻き立てるだけ。

胸の鼓動が、止まらない。息切れも、ちっとも収まらない。

何かを思おうとすると、頭が痛くてぐらぐらする。

声が出ない。

助けて。


助けて・・・!!

怖い、怖い、怖い怖い・・・怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!!
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いきゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!

いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!


いつまでなの。いつ終わるの!?
教えて、誰かぁっ!!!!

誰かぁぁああああああああああああああっ!!!


  ・



ーールギャァァォォォォオオオオオオオオ!!!!!!!


それは咆哮というより、叫び。
悲痛を感じるほどに絞り出すような絶叫。

獣を思わせつつもどこか可愛らしく美しい、白銀の毛並みの竜。
だがその口から出る吐息は、触れたものを問答無用で消し飛ばす。
消える岩や柱は、まるで役目を終えて満たされて消えたように、吐息と同じ白銀の粉になって舞い、立ち上ってゆく。
それがいかに美しく映ろうとも、自分の手や足が触れた瞬間消えるかと思うと怖気が走る。

そんな竜を前に、デネブは自前の槍、『魔槍ネメシス』を担いで不敵な笑みを浮かべていた。

「ーーで、アイル。どうする気だ。
叩き伏せてもいいというならそうしてやるぞ」
「最終的にはそうなるかもしれんが・・・」
「むうう、わしが火竜に成れれば、多少は押さえつけることができたやも・・・」

バヌトゥはそう言うが、無理だろう。
この竜の戦闘力は、今まで見てきた竜達と比べても目に見えて高い。
火竜に変化しただけの老人など、いい的になって一撃だ。

「天よりいでて跪け、大気の精よ刃となれっ!!
風の聖剣・・・ エクスカリバーッ!!!」

ギィンッ!!!!

エッツェルの放った、第五術式・・・伝説級の風魔法は、あっさりと跳ね返された。

「マルス王子、やはり駄目だ。嘘かまことかはともかく、魔法は神の御技の真似事という。
神といえば竜、その中でもさらに神の名を冠する神竜。通じぬは自明の理なのやもしれん」

納得できる理屈とは言い難かったが、手持ちの最強魔法が通じないなら見切ったほうがいい。
ノルンの矢も当たればむずがるようにするが突き刺さりはしないようだし、アテナのドラゴンソードは逆に切れすぎるようで、殺してしまいかねないようだった。
先日下賜された、メリクルでも同様だ。
ならば、パルティアでも似たようなものだろう。

「手加減すると、殺される。
手加減しないと、殺してしまう」

・・・そうだ。


「ノルン、『鋼線』を持っているか?」
「え? ええ・・・長さで200程なら」

アイルにとって数少ない信頼できる手駒として、暗殺もするやもということで、ノルンはその系統のものを常備していた。

(いけるかもな)

アイルの口の端が引き上がる。

「柱に鋼線をくくりつけて、神竜の行動範囲を狭めろ。
神竜の力だ、切ろうと思えば切れてしまうだろうが、めり込めば痛かろうし、動きが鈍るだろう」
「・・・成る程!!」

柱はこの空間を囲むように建てられている。
いくつかを結べば、動く範囲をかなり狭くできるだろう。


そういえば。
矢はダメだがドラゴンソードはちゃんと『刺さる』。

「アテナ! 動きが鈍ったら、奴の背に剣を突き立てろ!!
エッツェル!! 魔法が効かんのは、多分あの白銀の毛が中和するからだ。
突き立てた剣をめがけて、トロンをぶち落とせっ!!」
「! 分かった!!」
「・・・そんな考え方をするとは・・・
マルス王子、伊達に常勝の同盟軍の司令官ではないな」

触れれば怪我をする糸がどんどんと張り巡らされる中、ましらのごとくにチキの背に乗ったアテナが、神竜の急所を外しつつも、剣を差し込む。

「エッツェル!!」
「雷蛇の顎(あぎと)よ。乱れて狂え。
紫電滅殺!!!! トロンッ!!!!!!!!!」

そこに、雷蛇のような電撃が集中する!!!


ーーールギャァァォォオオオ・オ・オ・オ・オ・・・・・・・


猛りだけで惑っていたさっきまでとは違い、神竜はあからさまに体の自由が効かない形でふらふらとしていた。


「ふむ、やればやれるものだな。
デネ・・・ じゃない、シーダ。適当に気絶させろ」
「・・・暴れられると思ったのに。
ふらふらの子供竜を殴るだけとは、つまらんな」
「あのな・・・」

埋め合わせに、という目で、

「今度、ホールのケーキみたいな焼プディングを作れ。楓の蜜の、とびきりのヤツだ」

と言ってきた。

色事でいい顔をしないなら今度は食い気か、と思ったが、それくらいならしてやれる。
アイルも、カラメルソースには自信があった。

「分かった。良い卵を見繕ってやる」

それを聞いて嬉しそうに目を細めると、魔槍ネメシスを持って、神竜の頭上まで跳躍する。

上の方の吹き飛んだ柱に立って、手を大きく広げた。

「まあ、とりあえず・・・ 眠れ」


何かケレン味のあることでも言いたかったのかもしれないが、その気だるいような突き放し方が、むしろ似合っていた。

振りかざした瞬間。

ヴアアアアアアアアアアアアアアアッ!!

魔槍ネメシスが、『増え』た。

「っ!?」

間さえおかずに。

どどどどどどどどどどどどどどどどっ!!!

幾百もある槍が、殺到する。

フラフラとしていた神竜は、まるで標本・・・ それも加減を知らない馬鹿なガキが針を刺しすぎたカマキリか何かのような姿にされ、身動きが取れなくなり・・・

「とうっ」

頭の上に飛び乗られて。


ー ゴキンッ!!

肘打ち。

ずぅ・・・ん

声もなくのびた。

「こんなものか」
「・・・・・・」

ノルンやエッツェルの過程が必要だったのか疑問にすら感じる無双っぷりだった。

筋肉をほぐすように腕と腰をひねる仕草さえも、シーダの体でデネブがやると、妖艶にしか映らなかった。

アイル以外は呆然としていたが、バヌトゥはすぐに正気に戻り、神竜にかかっているだろう術をとき始めた。

ちなみに、術が解けてからエッツェルの杖で回復魔法もかけたが、背中にあった、小刀を差し込んだような傷や、腕や足に残っていた切り傷はともかく、頭は本当に小さくコブが出来ていただけであった。

神竜石をその手から話して、人としての姿になった時にそこにいたのは、マリアよりも幼く見える、本当にただの・・・ しかし美しい幼子の寝姿だった。



その3 魔女の真実と神竜の姫君


目を覚ますと。

そこには湖の絵があった。

擬人化された動物たちが、昼下がりのピクニックにでも来た様子が描かれており、なんとも可愛らしい。
小さな子供が起き抜けに目にする物としては、なかなかのものと言えるだろう。

良い香りがする。甘い果物の香り。柑橘系のものと、梅か桃のような清涼感のある甘さ。


静かだ。

遠くで小鳥の声。もっと遠くに海猫の声。
そんなものがはっきりと聞き取れるほどに、心地よい静かさがある。


んごっ・・・

豚の鳴き声のような、不快な音がした。
何かと思って目を向けると、

「・・・・・・!!
おじいちゃん!!」
「ん・・・ おお!! チキ、気がついたか!!」

いびきだった。
そこにいたのは、遠い遠い北の氷室のような神殿で、何十年ものあいだ、自分を遠巻きに見ていた老人。
つい数年前に、自分を伴って、人の世界に連れて行ってくれた人であった。

「バヌトゥのおじいちゃん・・・ ここ、どこ?」
「うむ、ここは『グルニア』という国でな・・・」

バヌトゥは、チキにこれまでのことを語り始めた。
しかし、チキに実感がわく部分は、自分はバヌトゥとはぐれてしまった時、地龍の王メディウスに連なるものに発見され、幽閉されたこと。
そしてどうやら、そこにいた闇の魔導師ガーネフの、暗黒魔法と混ざった催眠術のせいで、操り人形にされていたということぐらいだった。


 ・



「マリア、お茶のおかわりはどうだ?」
「あ・・・ はい。いただきます」

張り付いた笑顔で相手をするマリアとはうらはらに、デネブの頬は緩みきっている。


事の起こりは昨日。

ラーマン神殿でのオーブ探索が終わった。

ガーネフが見つけられなかった『光と星のオーブ』は、存外あっさり見つかった。ファイアーエムブレムによって開けられたことといい、単なる隠し扉だったことといい、ガトーの幻術があっただけだろう。アイルの妨げになる仕掛けではないわけだ。

大地のオーブや、聖なる紋章なども手に入った。
大地のオーブは、局地的大地震を起こせる魔法具であるというし、うまく使えば切り札になる。聖なる紋章があれば、将の能力を飛躍的に上げられる。・・・とはいえ、もう昇格の先延ばしになっていた将はロジャーとダロスくらいで、劇的な増強にはなりそうになかったが。
実際、斧に慣れているダロスはウォーリア、バーサーカーあたりでどうかと思ったが、弓の扱いがお粗末すぎるのと、バーサーカーの大鎧では鈍重に過ぎて攻撃が当たりそうにないので、『勇者』になってもらうことにした。これくらい軽装ならなんとか戦力になる。
ロジャーは変に色気づいてダイエットをしたらしく、こちらもフルプレートをつけるだけの体格ではなくなっていた。意外と小器用になっていたので、馬に乗せて弓も持たせた。重騎士→傭兵→弓騎兵などという変遷は聞いたことがない。
という訳で二人とも、そこそこにはやれそうで、代わりに光るもののない部隊長となってしまった。

そんな探索の後片付けの中、デネブの様子がおかしかった。

チキの人としての姿を見た後、デネブはなんだかそわそわとしていた。砦に戻ってチキを寝かせてからも、数分おきに見舞いに行っていたし、バヌトゥに、チキが目を覚ましたらすぐに知らせて欲しいと念を押していた。

そんな初めて見るデネブが、黄昏る前の頃、執務室に飛び込んできた。
ノックは諦めているが、勢い込み方が尋常ではなかった。



「あの美少女はどこの誰だァーっ!!」
「は?」
「真紅の髪と物憂げな瞳を持った、本を持つその所作の恐ろしく似合う、十にもならんような美少女が、木蓮の白い花の下で・・・!!!」

ほかの表現はともかく、真紅の髪を持つ、しかも十にもならない美少女というと、一人しかいないだろう。

「マケドニアのマリア姫だな。そういえばお前は初めてだったか。ちょうど入れ違いだな、確かに。
ほら、お前の連れてきたエストという天馬騎士。あれの上司の妹君だ」
「そ、そうか。ならばエストに紹介しろといえば・・・」
「阿呆。
お前は初めてかもしれんが、『シーダ』とは顔見知りなんだよ。
お互いに敬意は払って接していたが、特に仲のいいわけでもない。そのテンションで会おうとしたら、怪しまれるぞ」

デネブ帰還の際にあの場にいたのは、カペラとシーダ、後から来たアイルとノルンだった。
不幸中の幸いというべきか、全員が互いの事情を知るメンツだったのでよかったが、デネブがまた『シーダ』の体に寄生した以上、違和感は出まくっているのだ。

そもそも、ペラティを制したあたりから、シーダは本来のシーダとなったため、とても真面目であった。
だがデネブが寄生してからというもの、要の一隊であるパラディン部隊の長が、連日遊び歩いているのである。まさに『人が変わったよう』なのだ。勿論言ったところで自重してくれるはずもない。

これでマリアと対面などしたら、全てバレかねなかった。
しかし、このテンションで来るのに『会うな』といっても聞く気はないだろう。
ならば会うなり『初めまして! デネブという者だ!!』などというセリフを吐くのだけはやめて欲しかった。

明日茶会でも開いてやると言って、なんとかギリギリバレないように訓練する羽目になった。

(このクソ忙しい時に・・・!!!)

グルニアが体制を整える前に、グルニア城を攻めたかったが、とてもではなさそうだった。
ノルンやフレイに骨子は伝えてあるので、滞ることはないとは思うが・・・


しかしまあここに来て、ものすごくどうでもいい事実が判明した。

デネブは、女でありながら極度のロリコンであるということだ。
単に子供好きであるのかもしれないが、このテンションはどっちにしろ異常である。


思い返せば、カペラに対する態度さえ、『好きな子に意地悪する』心理に思えないこともなかった。



かくて中庭で茶会が開かれているわけである。

メンバーは、マリアとデネブ(シーダ)、アイル(マルス)と、なんとニーナまでいた。
ニーナに関しては、期せずして王族どうしで集まることとなってしまったのに、声をかけないのも礼を欠くかもしれない。一応だけ・・・ のつもりで声をかけたら、

「楽しそうですね。是非」

・・・のこのこと出張ってきたのである。

心労で倒れそうな気がしたアイルは、せめて給仕の一人をノルンにやらせた。
元が少し垢抜けた村娘というだけに、メイド姿は思いのほか似合い、アイルを癒した。

思えば。
常日頃心休まらぬ上に、想い人の仕える国を侵略中というので焦燥しているニーナである。そして、こういう社交の場というのは、彼女にしてみれば手馴れたものの上に、そこそこ気心の知れたものや、可愛らしい姫を囲んでの茶会というのは、むしろ気を紛らわすのにちょうど良かったのかもしれない。

そしてニーナは、この場の空気を全く読まぬままに、かおり高い紅茶と、アイルの用意したマフィンに蕩けていた。


結局念押しのかいもなく、デネブのテンションは異常であった。
アイルはともかくニーナまで無視して、マリアに擦り寄っている。
勿論一番困惑しているのがマリアであった。ニーナの覚えを良くしておくチャンスであるし、いずれアカネイア聖王国的にも、この戦争の覇者としても重要な『マルス』。その妻となる可能性の高い『シーダ』と関係を深められるのは願ってもないことなのだが、なぜ今になって急に、とは誰だって思うだろう。
当然、『実は人格が変わって、そいつの趣味に自分がストライクだから』などという正解は導き出せるわけがない。アイルはアイルで、そのせいで痛くもない腹を探られるかもというのは業腹であった。

アイルは内心ピリピリとし、マリアは大いに困惑し、デネブはマリアに夢中で、ニーナはこの表面だけは上質で優雅な久しぶりの茶会を堪能していた。


そこに、別のメイドが駆け込んできた。

「どうした」
「申し上げます!! チキ嬢が目を覚まされたとのことです!!」

茶会をお開きにするのに異論は出なかった。
ここに居る全員が気にかけてはいたことだったからである。


 ・



「失礼する」
「うむ」

茶会にいた者は、全員チキのいる寝室に入ってきた。バヌトゥがいるからいいようなものの、チキはびくりとした。

(ま、無理もないだろう)

魔法の掛かり方から、多分メディウスやガーネフの支配下にあっただろうと思われた。
どんな目にあったのかは知らないが、初めての相手には当然警戒するだろう。

まずはそれを解かねばならない。


アイルは穏やかな笑みを浮かべながら、バヌトゥよりは近づかないように膝をおる。
目線をベッドに座るチキよりも下にして、ともすれば縋る様な位置で口を開く。

「初めましてだね。君のことはバヌトゥおじいちゃんから聞いているよ。
僕は、『マルス』。アリティアという国の王子で、アンリの・・・弟の子供の子供が、僕のおとうさんくらいかな。
あの方はニーナ王女。僕達人間の世界の、一番偉い人だ。
そのとなりがマケドニアという国のお姫様で、マリア姫。
そのまたとなりがシーダ。この人も、タリスという国のお姫様。
ついでに奥にいるメイドさんは、ノルンだ」

胸の前で重ねていた手を、チキは自然に下ろす。

「私は・・・チキ。
私もおじいちゃんにお話しを聞いていたの。
おじいちゃんと一緒に、私を・・・
私を探すのを手伝ってくれていた、マルス・・・

マルスの、お兄ちゃん」
「お、お兄ちゃん?」
「チキもね、お姫様なんだって。召使いもいないし、お城もないけど、おじいちゃんは、私はかみのりゅうのいちぞくのひめぎみ、だって言うの。
だから、マルスのお兄ちゃんとチキは、おんなじだよね?
じゃあ、お兄ちゃんでしょう?」

彼女にとっては、バヌトゥから聞かされた『姫』というのは、身分の上下というよりも、『区別するものの一つ』位の認識なのだろう。まあ間違ってはいない。
しかし、神竜族の姫というのは、この大陸の歴史的には『神』そのものだ。そんな存在に『お兄ちゃん』と呼ばれるのは、普通の神経なら恐れ多すぎるし、傍から見れば無礼千万である。

とはいえ、本人・・・ チキ自身は、見た目通りの少女である。まだ親や、その他の家族の庇護下にいて当然の女の子だ。『神である』という事は、すなわち『完全である』という事。それを緩やかに強いるということは、彼女を孤独にすることと同義だ。

「そうだね。ニーナ様もシーダもマリア姫も、みんなお姫様だし、チキと一緒だ」

また柔らかく微笑み、あえて呼び捨てる。そうでなければ『お兄ちゃん』っぽくない。
自分の希望が肯定されたことで、チキは嬉しさを隠さない。

「うん。よろしくね。マルスのお兄ちゃん!!」

そこへ、先程から混ざりたくて仕方のなかったデネブがついに我慢しきれなくなった。

「私も、よろしくだ。チキ!!」
「う、うん。よろしくね。シーダのお姉ちゃん!」

その勢いに戸惑い気味であったが、嬉しいのは本当らしく、チキがとられた手を重ねて握る。それにもうたまらなくなったデネブは、ハグをし始めた。
かろうじて横向きになったとはいえ、その豊かな胸にチキの顔が埋まる。

「チキちゃん、私も。仲良くしようね」
「願い事があったら、言ってくださいね」

マリアもそつがない。ニーナは右から左に頼みなおすだけだろうが、チキの事を広めるのは慎重に行ったほうがいいかもしれない。ならば頼みごとはアイルやニーナを通す形にしたほうがいいだろう。

昨日今日の時点で、それなりに指示は出してある。各隊ごとにまとめるのは、それぞれの隊長と、フレイやノルンに任せても問題ないだろう。

(こいつがもう目を覚ましたと言うなら、話は違ってくる。
最優先事項は変更だ。

少なくとも数日は、チキの世話に費やすとしよう)

もちろん、ロリ気味なのが判明したデネブのためでも、いたいけな少女の事を慮って・・・ でも、ない。


ー『神竜』

魔法も武器も、跳ね返したあの白銀の毛並み。
触れた物を消し飛ばすあの吐息。

(戦略兵器として、これほどのものはない)

あの吐息があれば、おそらく攻城兵器はいらない。門の前まで行ってもらい、吐息一つで門は消し飛ぶ。
あの勢いで暴れれば、ガーネフやデネブよろしく、単騎で一軍相手にできる。しかもデネブと違って、結果的にでも『従わせられる』可能性がある。ワープで敵陣中枢に放り込み、混乱に陥らせたあとなら、どんな屈強な騎士団とて木偶人形と変わらない。

(このガキを手懐ければ、我が同盟軍の戦略が劇的に変わる!!!!)

催眠術などで無理矢理に従わせるから、余計な気遣いや封印が必要になるのだ。
せいぜい理想の『お兄ちゃん』になってやろう。それこそ・・・

(俺なしでは生きていけないと勘違いするくらいに)

チキは、三人の姫君に囲まれて、幸せそうに微笑んでいた。



幕間 その15 覇王と黒騎士と神竜の決意


アカネイア同盟軍によるグルニア侵略は、順調であった。

そもそも、メディウスは、『己が復活できさえすれば、大陸制覇は成る』と考えている。つまり、今の戦局に興味がない。
今までこの戦を主導で進めてきたのはガーネフであった。しかし、そのガーネフが、現在『レギオン計画』に夢中になっていた。

そうするとそもそも二人にとって、グルニアもマケドニアもいずれ潰す国。または王族を潰すつもりの国。
となれば、今回の危機、グルニアには一兵たりともドルーア連合からの援軍は送られなかった。

「ふん。まあこんなものだろうよ」

ミシェイルのとなりにはカミュが座っていた。

ここはグルニア王城、グルニア城。
ミシェイルは上物のワインを持って押しかけ、勝手に酒を酌み交わし始めた。

カミュはそれを咎めることもしないが、歓迎してもいないようだった。
いや、ワインに口をつけたところを見ると、ちょうど飲みたい気分だったのかもしれなかった。

「貴様はそれだけの才を持ちながら、野心というものを持たぬのだな。何故だ?」
「・・・私を見い出してくれたのは、グルニア王その人だ。
あのお方がいなければ、今の私はない」
「・・・しかし、今お前が苦境に立たされているのは、あの男の無能だろう。
俺の父も、『あれ』ほどではないが無能だった。あの時期にドルーアと戦うのは無理だった。そして勝てたとしても、それはまたアカネイアの奴隷に戻るだけだった。

グルニア王は恐怖に負け、ドルーアに加担した。
俺はアカネイアを潰すため、そうしたのだ。この差は・・・小さくない」
「・・・・・・」

ミシェイルとは、理念の部分で食い違う。心情でも食い違う。しかし・・・
かつての戦略は、共感できる。
グルニア、マケドニアにとって、アカネイアは憎むべきとも言える相手であることは間違いなかった。属国として扱われ、献上せねばならない貢物の額で、どれだけ国政にまわせたかを考えると・・・
そして何をするにも、派遣されてきたアカネイア貴族に『付け届け』をせねばならなかった。

まず、アカネイアを潰す。

600年近い支配、ここ百年の独立と、その間に起こった政治腐敗。完全独立を切に願う中で、対抗勢力が出てきた・・・『ドルーア帝国』の成立は渡りに船であったのだ。

もちろんドルーア帝国の政策である、『竜人族の支配、人間の隷属化』に、首を縦に降ることは出来ない。
しかし、『大陸の支配に協力を申し出た国家は共存する』というのを、グルニア王は文字通りに信じ、飛びついた。ミシェイルは、飛びついたふりをして、マムクートの驚異的な戦闘力を利用してアカネイアを潰すことを考え、その間にマムクートの弱点を見つけ、グルニアと協力して今度はドルーアを潰すつもりでいた。

カミュも、それは可能だと思っていた。
力あるものは、約定の反故をいとも簡単に行える。そして、事実ドルーアはそうするつもりだったろう。
ならば、グルニアが『より良く』国家を存続させる道はそれしかなかったのだ。

マムクートは、竜石がなければただの老人だ。絶対数も限られている。

しかし、計画は崩れた。


・・・途中まではうまくいっていた。

一番厄介だと思われた、アリティアのコーネリアス王を、グラによる騙し討ちでグルニアが潰してからは、アカネイアの凋落はまさに転げ落ちる岩のごとくであった。

アカネイア王都、パレスの落城。

そして。
その場に彼女がいたことが、カミュの運命を変えた。


追い詰めたアカネイア騎士団の抵抗に会い、一隊潰されたと聞いて、カミュは自ら出向いた。
そこには、唇を引き結んで、ボロボロにされた騎士たちの前で手を広げて、こちらを睨みつける乙女がいた。

「ニーナ姫、か」

彼女は答えない。
雛を守る母鳥のように、騎士達の盾になろうとしている。

この気持ちを、何と呼ぶのだろう。

郷愁? 再会・・・ 感謝。

既に失われたそれを懐かしみ、愛おしく思うその気持ちを。

ああ。


ああそうか、あの子だ。

遠い昔カミュが、その才を見出され、グルニア王の身の回りの世話をするために、パレスについてきたとき。

アカネイア王と共にいた娘。

凛とした、美しい少女だった。
彼女の隣にいた、アカネイア王よりも引き寄せられる何かがあった。

今。

自らの盾たろうとした者達を守るために、戦っている。

自分の力が布切れほどにも盾にはならないことくらいわかるはずだ。
それでも、そうしているというのなら。


とたんに、惜しくなった。

『アカネイアという国』が。

王というのは、まず全てを守ろうとするものでなければいけない。
その上で、自らの力のみでは何一つ守れぬことを自覚し、必要であれば小を捨てて大を守ることも選び、その上で苦悩しながらも・・・

凛として立つものでなければならない。

グルニア王には、感謝はしていても、『それ』を望むことはできなかった。
アカネイア王は論外だ。保身どころか機を見る目さえなかった。あの年で。

が。

この方ならば、あるいは、と思った。
少なくとも、目に映るものを『守る』という意志だけでも、アカネイア貴族にはないものだった。

「親が親なら子も子であるな。貴方が盾になってなんになる?
この騎士たちの願いを無とする気か」
「な・・・」
「降伏しろ、アカネイアの最後の姫」

にじり寄るカミュに、ニーナは後ずさりもしなかった。

「ちかよらないで!! 貴方達に捕まって恥ずかしめを受けるくらいなら、この場で自害します!!」

・・・まだ、早い。しかし、その短絡加減に少しいらつく。

「・・・勝手にするがいい。我らからすれば恨み骨髄の敵国の姫だ。せいぜい惨めに死んでくれ。
だが、どちらにしろ恥ずかしめは受けてもらう。死体に鞭打って城門に晒す。貴様に連なる他の屑共と同じようにな」
「な・・・!!」

ニーナは、怒りで気が狂れそうだった。

「私たちが、アカネイアが、一体貴方達に何をしたと・・・!!」
「『そんなことをされるだけのことをしてきた』のだよ。世間知らずのお姫様。
せめてそれを知ろうとしてみろ。

まあ、わかるまい。

例えばお前は今、自害するといったな。成る程女の身なれば姫ともなれば、恥ずかしめは受けたくなかろう。しかし・・・
己の命まで投げ出す覚悟で戦った、その騎士達は本当に無駄死にだな。
いったい彼らは誰を生かすために、日々鍛錬し技を磨き、恐怖を押し殺し、この場で勝てぬ敵に立ち向かったのだ?」

今度はニーナは、雷に打たれたようになった。考えもしなかったのか。しかし、そこでショックを受けるようならまだこの女はまともだ。

「降伏しろ。
生きて、その騎士達の心意気に応えろ。せめてアカネイアが今まで何をしてきたかくらい認識してから死んでくれ。
貴様が蝶よ花よとただ居た場所が、どれだけの血肉によって築かれていたくらいはな」

まるで、それこそが復讐だというように語りつつ。
逆しまに、ただ生きて欲しいと思う自分が確実にいた。
説明のつかない、不条理な思いであった。

「・・・その女を拘束し次第、騎士達の治療をしてやれ。治癒の見込みができ次第、牢に放り込むのを忘れるな」

騎士の、治療。
その言葉を聞いて、ニーナの両手が下がる。

「・・・降伏します。 
どこへなりと連れて行ってください」


うって変わってしおらしくなった。『騎士を治療する』といったのはやはり効果があった。

そして、嬉しくなってしまった。

自分が仕えるべき理想の王は、このような時こうあって欲しいと思うそのままのことをするのだ、彼女は。

「・・・あなたの言うとおり、私は知ることにしましょう。父や周りの者が私に見せようとしなかったものを。
私を生かそうとしてくれたもののために、生き続けましょう。
けれど・・・
貴方は、必ず後悔するでしょう。私を生かしたことを。

私はいつの日か、自らが旗印となる軍を率いて、パレスを取り戻します・・・!」
「・・・せいぜい、足掻くといい」


その捨て台詞も。
カミュにはたまらないものだった。


・・・この後、メディウスは、アカネイア残党共に対する人質とするため、ニーナの身柄を要求した。
それらからカミュはニーナを必死に庇った。二年間もの間・・・である。


その間の蜜月を思うと、今でも胸が熱くなる。



炙った肉をつまんで、ワインをあおった。

「・・・いい飲みっぷりだ」

ミシェイルが嬉しそうに言うが、すぐにグルニアの現状を思い出す。
この状況を間接的に生み出したのが自分であるだけに、飲まねばやっていられなかった。

そして、この男とは決別せねばならなかった。

「ミシェイル殿。私はグルニアの将軍だ。
『己こそが国家である』あなたとは違い、私は『グルニア王の所有物』なのだ。
私の想い、その全てさえも」

その言葉に、ミシェイルの目の色が引いてゆく。
まるでくだらない物を見るように、瞳の光が消え、ガラス玉のようになる。

「・・・そうか。貴様は俺の友となる資格は無い様な男だったというわけか。
ならば仕方ない。貴様は俺の奴隷となってもらおう」
「・・・っ!?」
「貴様の全てがグルニア王の物だといったな。
ならば・・・俺がそのグルニアの王になってやる。
そうなれば、お前は魂ごと俺のものだ。そうだな?」

カミュは直感した。
この男は本気だ。

いま、この時期に。
マケドニアまで相手になど出来ない・・・!!

「ふん。まあ、考える時間をやろう。
お前がグルニア王を説得し、マケドニアに恭順するというなら、この・・・ グルニアが滅びかけているタイミングで、マケドニア全軍をアカネイア同盟軍にぶつけてもいい」

願ってもない申し出であった。
しかし・・・

カミュも、この滅亡していく様を見せ付けられる中で、手をこまねいていたわけではなかった。彼なりの・・・ ブラックナイツ・カミュと呼ばれた彼の作戦というものが進んでいたのだ。

だから彼は、突っぱねた。


首を、横に振る。


拒まれても、ミシェイルは癇癪を起こさなかった。
ときには逆らうこと、それは同等である証だから。

笑をうかべながら、去っていった。

「くく」


・・・・・・


この時。


情報は錯綜していた。

カミュはカミュで、ミシェイルはミシェイルで、アイルはアイルで、独自の作戦をやろうとしていたのだ。
しかも。
この作戦には、とある魔女がいやがおうにも関わっていた。そのことが、すべてを台無しにすることになる。


『ノイエ・ドラッヘン』の密約。
グルニアとマケドニアの間で交わされた同盟。
これを証に、アカネイア同盟を滅ぼした後、ともにドルーアをも滅ぼし、天下を二分する。
実はこれは、グルニア側はカミュの独断で結んだ盟約であった。
そのため、グルニア王が首を縦にふらないという事態に陥ったとき、カミュは身うごきが取れなくなってしまった。

カミュには、敬愛する王も、素直な臣下も、心から愛する女もいた。
しかし、惰弱であったり、無能であったり、敵国の姫であったりと、誰ひとりカミュを支えてくれるものではあり得なかった。

グルニアを一人で背負う英雄は、今まさにそれゆえに潰れようとしていた。





 ・


そんなことがあったとは露知らず。
またしばらくの時が経っていた。

オルベルン城までコマを進めるアイルたちは、控えめに言って『遊び惚けて』いた。
要所々々は目を通しつつも、ほぼアテナやフレイに任せっきりである。
シュテルン商会を通しての次の一手も、現状待つしかない。

そんな時。

カダインで、ちょっとした騒ぎがあった。



「・・・レナさん!!」

竜石も失った状態で、ガーネフの前に立ってマフーを受けたレナが、目を覚ましたのである。

「ジュリ・・・アン?」
「ああ、そうだよ。わかるんだな、よかった・・・」

カダインで昏睡し、療養していたレナ。
ジュリアンはずっと付き添っていた。

「・・・私は、どれくらい眠っていたの?」
「・・・どれくらい・・・だろう。もう俺も時間の感覚がない。それでもひと月以上かな。その間に、マルス王子はアリティアを取り戻したってさ。
レナさんが、ガーネフに立ち向かったおかげだ」

少しだけ、レナは微笑んだ。

「・・・ジュリアン、お願いがあるの」
「何だい、レナさん」
「『マルス王子』に、話さなきゃいけないことがあるの・・・
兄さんにも話しておいたから、伝わってるのかもしれないけど、私は、あの時・・・ 直接話せていないの・・・」

彼女が言っているのは、今までカペラにさらわれた仲間も、マチスと同じように生きているかもということだ。
実際マチスはちゃんと・・・でもないが、アイルがその流れを思いつく誘導は出来ていたし、結果的に伝わった。
しかもその後は、その仲間たちが第三勢力になったりしたのだ。
さらにその後、この時点ではジュリアンも知らないが、カペラが敵とは呼べなくなるという、レナにとっても重要な状況の動きがあった。

ともかくジュリアンはレナの希望通り、カダインの者達に頼んで、グルニアにいるアカネイア同盟軍と合流することとなる。


 ・


合流するなり、レナは二人きりでアイルと会う。
アイルにとっては、ほぼ知っている話だった。

「心配はいらない。その情報は検証した。
で、だ。こちらの状況だが・・・」

今までのことをざっと話す。
特に、カペラの事はレナには衝撃だったようであった。

「・・・じゃあ、あたしの赤ちゃんは・・・!?」

カペラに渡したままの胎児は、あのあとどうなったのか。

「・・・カペラの立ち位置自体まだ、完全に味方、というわけでもないし、はっきりしたことも言えん。
ここから去った後の事はつかめていない・・・」
「そ、う・・・」

こうなると、チェイニーを使って、ガーネフに本当のことを教えたというのは完全に裏目だ。
ガーネフの罠にかけられ死んでいるやも、実験室にあるものも、奪われるか壊されているか・・・

チェイニーを使ったことは黙っておく。
これで赤ん坊が死んでいたら、逆恨みされそうだ。


「ともかく、ご苦労だった。シスターの生まれ故郷を侵略している最中に、なんと言っていいかわからんが・・・
希望があったら言ってくれ」
「ええ・・・ 暫くはジュリアンと一緒に休ませてもらうわ・・・」

彼女の状況は、あまり良くなるとも思えない。
今はただのシスターだ。病み上がりの。


(すまないな)

言葉に出しても、皮肉にしかなりそうもない。

胸中で詫びるしかなかった。


 ・ 


主力の将の半数は遊んでいた。

今、グルニアの侵略を主にまかなっているのは、ダロスやロジャー、ホルスなどの、どちらかといえば二軍連中である。

カミュへの誘いの意味もあるし、カシミアさえ抑えてしまえば、陣さえ確実に敷けば侵略は進む。
二軍連中とはいえ、能無しというわけではない。
ちなみにグルニア側は能無しも多い。


勿論遊んでいるのにも意味がある。
チキの懐柔だ。

ここひと月ほど、アイルはグルニアの各地を行軍するときに、チキに負担にならないようにした。
風光明媚な場所に連れ出しつつ、行軍がある程度進んだら、エストのペガサスで連れてくる。
料理もおやつも、チキの好みに合うように、時には自ずから手作りなどもした。
ラーマンの後詰調査と称して、段階的にバヌトゥとは引き離した。会いたいとどちらかが言えば即座に会わせるようにしたので、引き離されていることにはどちらも気がつかなかったろう。
しかし、常にそばにいなければ、『いない』ことに慣れてしまう。その間に不満を持つことも寂しく思うこともなければ、当たり前になってしまう。
だんだんとチキは、バヌトゥがいなくても平気になり、バヌトゥも、久しぶりに会ってもチキの様子が変わらない、むしろ楽しそうにしているため、アイルを信用しきってしまい、ことさらにチキを心配しなくなった。
ひと月をかけて。

たった、ひと月で。

(・・・頃合か)


いつものように。
豪奢な天幕の近くで、マリアやデネブと一緒に花冠を作って、チキが遊んでいる。アイルはそれを見守りながら、待っていた。

フレイを。

「王子!!」

来た。

本来なら、ここに来る必要もないし、そんな大声を張る必要もない。
演出、だ。

「グルニア城下占領のための部隊の準備が整いました!!」
「ご苦労だった。明後日、戦端を開く。英気を養うよう、皆に伝えろ」
「御意!!」

大の男が、声を張り上げる。何事かと思うそれを、チキの前でやる。それが、第一段階だ。

今まで穏やかな、楽しい事のみをひと月させられてきた少女は、当然疑問を持つ。不安にさえかられる。

「マルスのおにいちゃん。何が始まるの?」

悲しそうな、仕方のなさそうな顔をしてみせる。

「戦争、だよ。チキ」
「せんそう・・・?」

聞いたことくらいはあるのだろう。街の人々のつぶやきの中で。
『戦争は嫌だねえ』『戦のせいで商売があがったりだ』『わしの息子は二人も戦争に取られた・・・』
なにか悲しいことがあるのだ。
なにか大変なことなのだ。

「仲良くできないとお互いに思った人達同士が、お互いを殺し合うこと、だよ」
「・・・!!」

チキにとって、想像以上にひどいことだった。
バヌトゥが言っていた。命というのは、その人にとってひとつしかない。その一つが無くなったら、その人はもう『なくなってしまう』・・・と。

しかも、アイルは今、『殺し合う』といった。
たった一つしかない、その人そのものを、奪い合う・・・いや、失い合うというのだ。
一体、何のために。

そんなふうにチキが思ったことを、アイルは見抜いた。いや、そう思うだろうことを予測していた。

「彼らグルニア王国は、3年前、僕たちの国アリティアを襲った。その時、父が殺された。大切だった、街の人たちや、国を守るために頑張っていた騎士たちも。
その後も、僕らが食べる分を奪ったり、大事にしていたものを持って行ってしまったりした。
だから僕たちは、それを取り戻すんだ」

ひどいことをされたのだ。
そして、もう戻ってこないものもいっぱいあるのだ。
取り戻さずにはいられないのだ。
そのことはチキにも、わからなくはなかった。

「そして、僕たちにそんなことをしたグルニアとは、もう仲良くはできないし、またいつか同じように僕たちを襲うかもしれない。そうでないとしても、『いつ襲われるかわからない』と思いながらでは生きていけない。だから、今、グルニアという国を無くしてしまいたい」

それもわかった。
ガーネフやメディウスに連れ去られて、チキはたくさん怖い思いをした。
もうあんな怖い目に会いたくない。
あんな怖い思いをさせようとする人は嫌いだ。

きらいだ。

いなくなってしまえばいいのに。

そうしたら、シーダおねえちゃんや、マリアちゃんと一緒に、美味しいものを食べて、いっぱい遊んで・・・
明日もきっと楽しいんだと、本当にそう思って寝られるのに。

「その為に、戦争はしなくてはいけない。
たとえその結果、騎士たちや・・・ 僕らがいなくなってしまうかもしれなくても」

それは、チキにとって今、とても怖いことだった。
あかねいあどうめいぐんの偉い人、マルスのお兄ちゃんや、ニーナおうじょ。シーダお姉ちゃん。マリアちゃん。
みんながチキを好きでいてくれて、ここにいてくれて、守ってくれるから、チキはこうやって楽しく遊べて、何もしなくても美味しいものが食べられるのだ。
いなくなっては、困る。

「いや、みんながいなくなるかもなんて、嫌・・・」
「・・・でも、戦争も、『みんながいなくなる原因』を無くすためにするんだ」
「うん・・・」

チキは考えた。戦争はしてもしなくても、『いなくなるかも』は変わらない。そして偉い人は『する』のは決めてしまっているのだ。
ならば。

「チキも、お手伝いする!!
チキ、竜さんになれるよ。嫌いな人たち、追い払えるよ!!
そうしたら、いなくなる人はなくせるよね!?」

アイルは、心中でほくそ笑んだ。

・・・ガキはいい。
よく言えば純粋。悪く言えばむき出しの欲そのものだ。
『無くしたくないモノ』を与えて、その後取り上げようとするだけで、意のままにできる。

(まあ、バヌトゥは反対するだろう。しかしそれもどうとでも出来る事だ。ガキが『やりたい』と言いだしたのだ。納得させられるかな?)

そして、させようとするより、するなと行ったほうが興味を持つ。自分で選んだと思わせれば尚更に頑なに望む。

「・・・でも、チキ。
人の命を奪うという事は、君にとっても辛いことになるよ」
「でも、マルスのお兄ちゃんやシーダのおねえちゃんがいなくなる方が悲しいもの」

そうだ。その通りだ。
人の命は、等しく尊い。
しかし、誰にとって尊いかは、人によって違う。

少なくとも、ふれあい、愛し合った誰かと、その人や自分を殺しに来る人間とが、等価値なわけがない。


チキは、グルニア城攻略戦に参加することが決定した。
明後日、バヌトゥが合流すると同時に、進軍が始まる。

グルニアとの、決戦である。


幕間 その16 ニーナのわがまま


明日にはグルニア城攻略というその日の黄昏時、ニーナは『大切な話がある』と、アイルを呼び出した。
小さな湖のほとり。
そこに、ニーナと二人きりだ。

「・・・お話というのは?」

そう言いながら、アイルは見当がついていた。

奴のことだろう。


「マルス・・・
グルニアのカミュ将軍のことは、知っていますね?」

やはりか。

「・・・この大陸でも1、2を争う武人で策略家、大陸屈指の兵力を持つグルニア黒騎士団の総司令、事実上グルニアを一人で支えている男、ブラックナイツ・カミュ。
今回の攻略戦で最大の敵ですね。
彼の持つ宝槍グラディウスは、いっせいに放たれた矢さえ弾き、龍の喉笛さえも突き刺すとか」

わざとそんな風に『立ち塞がる大いなる敵』であることを脚色する。

「・・・彼は、私にとって・・・
父の仇でもあり、私の恩人でもあるのです。

パレス落城の際、私はアカネイア騎士団の面々と逃亡する予定でした。しかし、失敗し捕らえられた。
しかし・・・

恥ずかしめを受けるくらいなら自害すると言った私を止めたのは、彼の言葉でした。
そして、メディウスの『人質として』寄越せという命令を、1年もの間断り続け、最後には、脱走兵と共に将軍自ら、オレルアンまで送り届けてくれたのです」

アイルは、口を挟まなかった。
吐き出させたほうがいいだろうと思ったアイルは聞き役になった。

聞き終えた時に。

カミュという男の、どうしようもない矛盾にむしろ辟易した。

(・・・どうしようもない男だな)

まるで、俺のようだ。


 ・


1年の間。
ニーナは『アカネイアが何をしてきたのか』を知れと言われ、その通りにした。
カミュはそんなニーナに、生きた民の声を聞けと、度々、街や復興支援につきあわせた。

勿論、アカネイアの悪政は所々で聞かれた。
しかし、人を人とも思わぬドルーアの更なる悪政の前では、懐かしむ声の方が多く、ニーナを勇気づけた。
それでも、マケドニアやグルニアなどでは、恨みに思われてもおかしくない話を色々と聞いた。
自分で手に入れなければ、何一つ手に入らない民たちの生活、その辛さと共に、そこにしかない楽しさも感じた。
一人一人が、自分と同じ『人』であり、国はそれを守っている象徴であることを実感した。

何より、その場にいるカミュという存在に惹かれていった。
父のように、自分が愛したいように愛するのではなく、ニーナ自身が王としてあるためにどういう存在であってほしいと考えているかが透けて見えた。
それに応えたいと思う自分が確かにいた。

そして。それは唐突に終わりを告げた。


「ドルーアのブルザーク将軍が、パレスにニーナを受け取りに来る。
さすがに直属の将が来たとなると、引き渡さなければならなくなる。

だが・・・

私にはそんなことは出来ない。彼らはアカネイアの残党刈りの際の人質としてニーナを使うだろう。扱いも『生きていさえすればいい』というものになるだろう。
だから、ニーナ、逃げるのだ。
いつか言ったように、パレスを取り戻すために戻ってこい。
オレルアンへいけ。今の状況では、そもそも反ドルーア兵力と呼べるものを持っているのはあそこだけだ」
「カミュ・・・ あなたも来て」
「それは出来ない。我が国のユベロ王子、ユミナ王女は既にドルーアの人質としてメディウスの手中にある。アカネイアがいかに非道い振る舞いをしてきたのかをお前に実感させるためと言って、匿ってきたのでギリギリだった。
この上、ニーナと共にオレルアンに行くとなれば、その時点でグルニアごと潰される」

それでも。

ニーナは、離れ難かった。

「ああ、カミュ、カミュ・・・」
「さあ、行こう。せめて、生きてくれ・・・」


替え玉を使って、パレスにいることにし、カミュ自らと、私兵数騎でオレルアンに送り届けた。
オレルアン国境まで、二人は共にいた。

お互いの気持ちは、確認するまでもなかったけれど。

亡国の姫と、敵国の将。

結ばれるなどあり得なかったのである。



その後、表向きの形としては、カミュに不満を持つ脱走兵が手引きしたということで、ニーナは亡命を果たす。
しかしそうなると当然、カミュの監督不行届によって、この戦争は継続したという形になる。
それによるペナルティとして、灼熱砂漠マーモトードや、アンリの道活火山帯の意味のない防衛任務・・・竜を至上とするドルーア体制の中で、知性をなくして襲ってくる飛竜や火竜相手に『反撃を許されない』などという過酷な任務に回され、連合会議などの出席のほかは常に地獄のような環境下にいた。

そのことは、ニーナは知る由もない。


 ・


「・・・その後、ハーディンのもとに身を寄せました。後は知っての通りです。マルス、あなたが挙兵したのも、わたしが亡命したことを知ってのことでしょう?」
「・・・はい」

実は知らなかった。まあ、すぐ後には聞いたのだが。
どのみち、オレルアンまで潰されたあとでは話にならなかったのだ。カミュの見立ての通りでもあり、アイルからすれば、マルスがさらわれた時点で、状況が逼迫していた。


カミュの行動は、本当に矛盾だらけだ。

グルニア王ルイが、グルニアという国家が大切なら、ニーナは救うべきではないし、匿うことも害悪だ。結果としてニーナが旗印となって起こるアカネイア同盟は、彼女が捉えられた時に吐いた捨て台詞の通りになっている。

『貴方は、必ず後悔するでしょう。私を生かしたことを。

私はいつの日か、自らが旗印となる軍を率いて、パレスを取り戻します・・・!』

ニーナを大切に思うなら、国も王も全て捨てて、同盟の力になればよかった。アイルにこれだけのことが出来たのだ、カミュが何も出来なかった訳はない。


すべてを救おうともがいて。

何一つ救えていない。


ニーナはニーナで、断ち切れぬ思いの中苦しみ、同盟軍の足かせとなるようなことを平気で言う。


まあそれはいい。他人の人生だといえばそれまで。
問題はここからだ。

「・・・カミュ殿とニーナ様の間にあったことはわかりました。
その上で、僕に何をしろというのですか?」

ニーナは複雑な表情を浮かべる。
それはそうだろう。どこまで行ってもこの話は、ニーナの『わがまま』なのだ。

「はじめは、彼を憎んでいました。
ですが、今は・・・愛してしまっているのです。

できれば彼とは戦ってほしくない。

そして、もし許されるのなら・・・彼にもう1度会いたいのです・・・・・・」

敵は殺す。当然のことだ。

しかし・・・ 

アイルも人ごとではなかった。
デネブとの事など、全くニーナを笑えない。

(だからといって、俺にも出来ることと出来んことがある。
まあ・・・ この話にデネブがどれだけ興味を持つか、だな)

となると、こう言うしかなかった。


「お約束はできません。
ただ、できる限りのことはします。

カミュ将軍と戦わずにすむように。
そして、ニーナ様と再び相見えられるように。

これが、アカネイア同盟軍をあずかる私ができる、精一杯の答えです」

「ありがとう・・・」


つまり。

できぬのならできない。のだ。


二人は、天幕に戻った。



 ・



夜も更けて。

アイルは久しぶりに一人でいた。

(カミュ・・・か)

さすがにこの状況で、ただ滅びを眺めているだけの男ではあるまい。しかし、グルニア国内には目立った動きはない。
勿論簡単にしっぽを掴ませるような策略家がいるわけもないが、網に引っかからないのなら動きようもない。

こちらもシュテルン商会に連絡を取っているが、報告が遅い。この時期までにと言っておいたはずだが・・・

(油断をしているつもりはないが・・・
どう来る?

俺なら、この追い詰められた状況でどうする?

グルニア城は籠城の構えだ。黒騎士団の師団は、これまでに何度も叩き潰している。カシミア大橋の時のものが、第一師団を除けば最大のもののはず。

ワーレンの時は実質二個師団あったはずだし・・・

籠城。
これは追い詰められた時に仕方なく取る手段だ。

するにしても、下策中の下策であり、あのブラックナイツ・カミュが取る手段とも思えない。
援軍が来る見込みがあって初めて戦略足りうる。

ならば、くるアテがあるということだ。しかし・・・
そんなもの、どこから来る・・・)

ひとつ、気にかかる事を思い出した。
準備が出来次第、早急に連絡を入れるように言っておいた、シュテルン商会のカシムやルタルハから、今になっても報告が来ない。

(・・・・・・!!!!!!!)

まさか。


シュテルン商会との連絡が、『途絶えている』のだとすれば・・・?

『そういうこと』なのか!?


「・・・まずい。実際にそうならば・・・拙すぎるっ!!!!!」

そう思わず叫んだ瞬間。

ノルンが駆け込んできた。

「アイルっ!! シュテルンのカシムから連絡が・・・!!!
大変なことになってる!!!!!」

アイルは、悪い考えが現実のものとなった、と思った。
シュテルン商会に連絡したのは、船を都合するためだった。
ドルーア帝国、マケドニア王国には、橋がかかるような場所がない。船で行くしかないのだ。
ならば、と、それに合わせて、軍事物資、武器防具、志願兵など満載して、こちらによこしてもらう予定だったのだ。

それをカミュに嗅ぎつけられ、別働隊に襲われてでもいたら。

全滅していたとしてもそれはただ損害として計上するだけでいい。もしもそっくり奪われてでもいたら!!

・・・が。

だが。



「・・・・・・・・・・・・・なんだとっ!!!!!!!????!???」


受けた報告は、その最悪の想像の斜め上を行っていた。



幕間 その17


時は少し遡る。

カシミア大橋がアカネイア同盟軍の物となり、カミュのもとにミシェイルが訪れてから・・・
二日後である。


カペラはいまだにワーレンにいた。

『ノイエ・ドラッヘン』の中枢を握る、アリティア宮廷騎士団の息のかかった宿。
カペラが一部屋、カチュア、リンダで一部屋。そしてアランとビィレで、三部屋を借りている。

事ここに至って、カペラが身を寄せられる場所は少ない。何より移動がしにくい。カチュアがいるので足はあるが、どうしても目立つ。今までのように、『思いついたら瞬間移動』というわけにはいかないのだ。

(動くにも慎重でなければ・・・
一旦移動してしまえば、使ってしまった時間は取り戻せませんわ。
勿論、ここでうだうだと考え続けているのだって時間の浪費。何か始めないと・・・)

とはいえ、情報が入らないことには動きようはない。その情報の真偽も見極めなければ、危険すぎる。

なんてまどろっこしく、怖いのだろう。

(アイル様は、ずっとこんな恐怖の中に身を置いてたのでしょうかね・・・)

力がないということは、もどかしい。
しかしアイルは、その上でカペラやガーネフと渡り合ってきたのである。


この都市で情報を集めようとすれば、商人のネットワークを使わざるを得ないだろう。が、デネブはそれがない。信用は・・・特に商人との信用というのは、一朝一夕でできるものではない。
商人という生き物は『うまい話には裏がある』と、慎重に慎重を重ねてくる上に、こちらが困窮しているとわかれば、とたんに足元を見てくるだろう。
金くらいはまだ多少はなんとかなるだろうが、それでも無限とはいかない。


だが。

意外な事に、接触は向こうから、であった。
動かざるを得なくもなった。

そこは、酒場であった。

主人である女がまだ若いが、少し剣呑な雰囲気のある子供が好きらしく、カペラを気に入り、好きな料理を作ってくれる、便利な女だ。
それもあって、夜食をいつもここでとっていた。もちろん半分は情報収集である。

そこである日。


「ここ、構いませんか?」
「・・・どうぞ」

別に満席というわけでもないのに、そうきたということは、カペラに用があるのだろう。
揚げた棒状のスイートポテトに蜜をからめた菓子をかじりつつも、警戒はしておく。

隻腕だ。


人の良さそうな、しかし幸薄そうなタレ目の男である。
何もしていないのに同情を誘いそうなその顔は、邪険にしにくい。

「商人か・・・ 交渉人ですかしらね」

相手がびっくりした。

(あ、つい)

思わず口に出してしまったが、言うつもりはなかった。

相手は、すぐに張り付いた笑顔を取り戻した。

「いやあ、ご慧眼ですね。ある人に腕を切り落とされる目に遭わされるまでは、詐欺師の真似事であぶく銭をせびっていたんですが・・・
その人に脅されて商売を始めて、今じゃなんとか店も持てました。
クズのような生き方を捨てるきっかけになったのなら、腕一本は安い・・・ 今なら、心から言えますよ」
「それはそれは」

注文を取りに来た娘に、男はクイニーアマンとシュリンプ・サラダ、そしてメープル・ハイボールを二つオーダーする。

「失礼ですが、見た目通りの歳とも思えません。飲めるのでしょう? ワーレン近くの名物のカエデを使っているので、酒もクイニーアマンも絶品ですよ。
主人のセンスもいいので、サラダの飾りつけも彩りがよく見ていて楽しい」
「ご相伴に預かれる・・・と、とってよろしいのかしら」
「代わりに、話を聞いていただきたい」
「聞くだけなら」
「『ノイエ・ドラッヘン』の中枢の方にお目通りを願いたいのです。
『シュテルン』の名で大丈夫とは思いますが、どうもピリピリとしているのでね、出来れば緩衝材が欲しい」

(成る程)

「・・・で、なんの御用ですの」

実は話しているカペラ自身が、中枢そのものでもあるのだが。

「こんなところでは、火急の用、としか言えませんね」

背中合わせの席にいたアランを立たせ、迎えをやった。
クイニーアマンを堪能しきる頃には、話は通るだろう。


 ・


「お前・・・ カシムか!!」

その場ではオグマくらいしか知らないようだったが、顔見知りなのは間違いないらしい。

酒場で話していた事は本当のようで、しかもどうやら、腕を切り落とすきっかけになったのはアイルの所業のようだった。

まあその辺はどうでもいい。
顔見知りのオグマが話をつなぐ。

「シュテルン商会も調子がいいようだな。ただまあ、アカネイア同盟と懇意なのは周知の事実なのもあり、今や第三、第四の勢力である『ノイエ・ドラッヘン』の本拠地であるワーレンでは、流石にその名を聞かないが・・・」
「ええ、ですから、此処では取引を分けて、『モント商会』としてやっています」

一同が一瞬絶句する。

海産物やこのあたりの名物以外は、なかなかの量を取引している新参者だ。
卸し方や売り方に少し口を出すが、上納する金を出させる代わりに、かなりの低金利で落ち目の時にも金を貸すという約束がされていて、保険がわりに商会に加わるものが増えているという。

質ごとに売る相手も値も変えるので、それぞれに評判だ。
基本ではあるが、納得する値段というのを提示して見せるのはなかなか難しい。

「それで、本題ですが・・・
今、アカネイア同盟は、船を集めています。
グルニア侵略の方は、アイルさんはひと月もすれば落とすと言っています。それまでにということでした。
まあ、僕の見たてではもう少しかかるんですが・・・」

アイルの次の策というのは、なんのことはない、シュテルン商会に、船を用意させることだった。
アイルは既にグルニアの後・・・つまり、マケドニア、その先のドルーアとの決戦を睨んでいた。大兵力を輸送するだけの船団がどうしても必要なのだ。
グルニア海軍にある船団を使えばいいのだが、それだとグルニア攻略時に、船を焼き払う選択ができなくなる。
徴発はアイルのポリシーではないから、民間のものをどうこうはしにくいだろう。
それもあって、シュテルン商会に頼む運びとなったのだ。

が。

「それより。

その船の手配でいろいろ駆けずり回っているうちに、とんでもない話を聞きまして。
『ノイエ・ドラッヘン』が・・・ 少なくとも幹部がアリティアやタリスの人たちなのは掴んでいました。オグマさん、言っても聞きやしないのはわかりますが、『カニス』さんや『ウルサ』さん、『リーオ』さんの手綱は握っておかないと」

マジ、サジ、バーツのことである。
酒でもおごって聞き出せばそれでおしまいなのは想像がついた。
ましてやカシムは同郷だ。いつからお互いを知っていたのやら、だ。

「で、ですね・・・」

カシムが開示したその情報に。
再び一同は、絶句せざるを得なかった。


 ・


次の日の夜。

そこかしこの酒場では、兵たちによる宴の準備がされていた。

マケドニアとグルニアの共有領ということで、アカネイアとドルーアを打倒した暁には、ともにやってゆく兄弟。今から親睦を深めておくのも良いだろうと、まずはグルニア側が宴を催したという次第。

ワーレンで扱うものとはいえ、グルニア独特の調理法で作られた山海の珍味が所狭しと並べられ、冷えた酒とともに、こちらは湯気を立てている。


「おお、このシチューは食ったことあるぜ。甘みが強いのにピリピリと辛くて、けどクセになるんだ」
「この鳥!! 羽がないでかい鳥だろう!?
天国みたいな場所で、死んだことにも気がつかないような早技でしめないと、まずくなっちまうっていう繊細な鳥なんだ。
わざわざ出すからにゃ、さぞかし腕のある料理人が作ったはずだ!!!」


はしゃぐマケドニアの将校や兵達。
各々好きな酒や料理の前で、今か今かと乾杯を待っている。

それを見て、グルニアの将は、ほくそ笑む。
友好の場が成功しつつある朗らかな笑みとは、また違う、どこか・・・
怖気を覚えるような。

そんなことに気づいた様子もないマケドニアの面々は、彼の掲げた盃に注目している。
その場を取り仕切る役のグルニアの将校の、誰も聞いていないような友好を願う文句のあと。

「乾杯!!!」

そう、彼が言った・・・直後。


乾杯の音頭を取ったグルニアの将校の視界が、真っ二つに割れた。

その網膜が最後に映したのは、血の宴だった。

乾杯の音頭と共に割れたのは、グルニアの者達の脳天や腹や首と胴体。
マケドニアの者たちの笑顔は一層高揚し、掲げた酒は全てとくとくとグルニアの兵達に注がれる。

じゅばあああああああ・・・・・・

「ぐぎゃあああああああああっ!!!」

異臭とともに煙が上がり、皮膚がただれて落ちる。
マケドニアの猿どもの腹を焼くはずの毒酒は、残らずグルニア兵がひっかぶった。

「ぎゃああああああっ!!」「や、やめろ、やめてくれえっ!!!」「うげっ、うげあああああっ!」
「ひぎゃああああああっ!!」

阿鼻叫喚、酒池肉林。
因果応報、地獄絵図。

料理は何も細工していないのを知っているのか、マケドニアの兵達は、大笑いをしながら食い散らかす。
自前の酒をラッパ飲みし始め、宴は更に盛り上がる。

「ぎゃははははははははっ!!!!
ぶわーーーーーーーか!!!
グルニアの濡れ犬共が考えそうなことなんぞ、お見通しよ!!」
「まあ、俺らもミシェイル王子に、近々裏切る準備をしておけと言われなけりゃ、お前らをわざわざ探ることもなかったろうがな・・・」

ミシェイルは、ギリギリまでカミュを引き込む気ではあった。
しかし、その瞬間まで隙を見せぬように・・・ いや、付け込む隙を見せつつも油断をせぬように言い含めてあった。

すなわち、悪巧みをしろと。

戦に関わる者達にとって、、特に傭兵共にとって、手玉にとって好き放題することこそが楽しみだ。
そのためなら、どんなことでも真剣に、一切の隙なくやってのける。どれだけ待つことも、愛想笑いも、面倒な気遣いも。

命令ならいやいやでも、悪巧みなら楽しい。

こちらを罠にかけるつもりの阿呆を斬り殺し、呆然とした顔に靴の裏を舐めさせる。
こんな愉快なことがあるか。


有力者の屋敷で。

気のあったものの集まる部屋で。

ともに笑いあったいつもの安酒場で。

同じような光景が、ほぼ同時に起こっていた。


 ・


『ノイエ・ドラッヘン』の、中枢を担う者たちは、共有領を治めるのに、どちらかの国のものでは不満が出るだろうということで、カペラの提案で、カペラの紹介した将を派遣、カミュもミシェイルも互いに納得した。

だが、裏切るとなれば、どちらにとっても無用の馬の骨だ。刺客が差し向けられていた。

彼らもプロである。街でのどんちゃん騒ぎに加われないことを悔やむものなどいない。
命じられたことをこなす。それこそが彼らの矜持だ。

ここに居るのは魔道士の娘と、元天馬騎士という女。
ゆっくりと眠り粉を充満させ、そして・・・

枕に立つ。

(悪く思


・・・そこでその男の思考は途切れた。

「片付いた?」
「排除しました」

顔を斜めに覆う仮面に沿って、頭がずれる。
ぐらりと倒れた男は、脳漿をベッドにぶちまけた。
まだ動いている心臓が、胸元の動脈からぴゅるっ、ぴゅるっと鮮血を垂れ流す。

「ズイィレ、ダルァーケン・・・ ナタルスティロヴ」

キシンッ!!!

となりの二つの部屋で音がした。
三つの点を結ぶ三角が、すべてを断つ刃と化す魔法、『アドラメレク』。

この魔法の有用なところは、竜石を砕いた欠片に魔力を込めて後から発動させられること。
『魔導機器』から切り離された、並以上程度の魔道士に成り下がったカペラが使える『同時発動』『重複起動』の魔法の一形態となることだ。

天井や側面の壁にも埋め込まれ、『繋げられるすべての三点』が刃になった部屋で、人間がどうなるか・・・

赤い宝石が天井と床に散乱し、鈍く光っている部屋では、その宝石同士を結んだ線が作る面に、蛍ののような淡い光の三角形が無数に重なっている。

血が流れ出すと、いくつもの三角の斜面をなぞるように、肉片がぼとぼとと落ちる。

乱切りの魚か何かのようになってしまった刺客達は、自分が死んだということさえも、まともに知ることはできなかった。


「さ、行きますわ。
長居する意味もないですし」
「御意」

カシムやアリティア宮廷騎士団の半数、アランやリンダ、ビィレなども既に逃げ出している。
ジェイガンやオグマも、酒盛りの許可や庶務などのポーズをとっておいて、宴の時間近くになれば脱出した。
カチュアとカペラはしんがりだ。すぐにペガサスで飛ぶ。

カシムの持ってきた情報は、ご覧の通りのものだった。

グルニアは、籠城の構えをとっていた。
そして挟撃をする援軍は、『ノイエ・ドラッヘン』からまかなうつもりだったのだ。

『ノイエ・ドラッヘン』には、マケドニア系とグルニア系、そして実は大多数が『傭兵』なのだ。
金さえきっちり払うのならば味方になる。マケドニア系の将校と、カペラの息のかかった中枢を始末すれば、遊んでいる兵力がこちらのものになる。

約二万。
これは小さくない。

カミュは、これまで幾多の戦場に同時に顔を出し、勝利してきた。
もちろんこれは、彼に協力するカペラが、その移動を行っていたからだ。

これがまずかった。

カペラのおかげで、どの戦場にもリアルタイムで作戦を授けていたため、『カミュ将軍がいないのだから、自分で何とかせねば』という自立心のある将が育たなかったのだ。
しかもマクロニソスの城の一件で、カペラと突如連絡が取れなくなり、カミュの采配に頼りきっていたグルニアの防衛戦線はアカネイア同盟との決戦を前に完全に混乱していた。


もうマケドニアとの密約も気にしている場合ではなかった。
共有領の話も反故にして、苦肉の策での裏切り。


またこれが最悪のタイミングと言えた。


ミシェイルがカミュに見切りをつけ、この時期に全く同じことをやらかした。
裏切ったのだ。
しかも、裏切りに関してはミシェイルの方がうわてで、逆に乗っ取られる形になってしまったわけである。

しかもその中枢を担うアリティアテンプルナイツの面々は、カシムの前情報によって、全員無事に逃げ出した。

「・・・ここに来てグルニアは坂を落ちる岩のようですわね」

自分の改心がその一旦というのも皮肉な話だ。
これでグルニア王ルイの病状もひどくなること請け合いだろう。


カチュアはなんの感慨も移さぬ瞳で聞く。

「どこへ行かれますか?」
「『狼の牙』と合流するしかありませんわ。
・・・マケドニア軍そのものと化した二万の無法者ですが、ミシェイル王子の尖兵でもあります。
『狼の牙』は、オレルアンとアカネイア騎士団の連合です。つまり・・・
アカネイア領に手を出せば、まず間違いなく救援に来る。
ならば先にこちらを、と、考えるでしょうね」

これも皮肉な話だ。


『狼の牙』
『ノイエ・ドラッヘン』

どちらも元々はカペラの私兵とするつもりであった軍である。
それがカペラの手を離れてしまった上に、潰し合おうというのだ。
しかも当のカペラがその争いに巻き込まれる形となっている。

「まあ、これも自業自得、因果応報というやつなのでしょうね」

カペラの自嘲はともかく。



グルニアの援軍は、消滅した。

国内の防衛をしていた八万の軍勢のうち、カシミア大橋で三万、各地で二万を失ったグルニア。

アカネイア同盟軍とグルニア城防衛部隊、第一師団との兵力差は・・・

たった、数千である。


 ・


「・・・無茶苦茶だ、な」


が・・・
アイルの側からすれば、船がこなさそうなのは痛いが、つまりこれはドルーア連合内の代理内乱だ。
そして、このタイミングで、今現在戦ってる相手の希望は勝手に断たれたことになる。

(ツキに見放されたわけではない、か)

しかも、向かう先はオレルアンのようだ。こちらには直接関係ない。助けに行かねばならないほどの義理もない。あっても公式には『第三勢力』である以上、無視できる。


完全に予想の斜め上の結果である。
策略家がそれぞれ好き放題やっていると、どこでどんなことが起こるか想像もつかない。

しかしこうも考えられる。カシムからの書状にあるとおり、ジェイガンらやカペラ達が『狼の牙』に向かったということは、この事件は『狼の牙』の知るところとなったということだ。つまり、オレルアン側が奇襲を受けることはない。

(ならば、ハーディンとミネルバのいるあの軍が、そう簡単に負けることはあるまい)

こちらはグルニア攻略に専念してもいいだろう。


後方の憂いは、無い。



 ・



ひとつ、誤算があった。
ノイエ・ドラッヘンを抜けた、アリティア・タリス勢だが・・・

オレルアンに着く前に、報告が入った。

「ルタルハが、捕まった!?」

カシムは、青ざめた。
それは同時に、あることを示した。

「カシム、という事は・・・」
「・・・はい」

彼が助けて連れ出すはずだった、パオラも。
マケドニア傭兵部隊と化した『ノイエ・ドラッヘン』に、捕まったということだ。
ミネルバに合わせる顔がない。

しかも。

「オグマさん達が、合流していないだとっ・・・!!?」

それは取りもなおさず、実戦経験という意味では『ノイエ・ドラッヘン』で1、2を争う将が・・・
捕らえられたか、戦死したかということであった。

カシムの『夜逃げ』作戦は、やらないよりも随分良かったとはいえ、半分は失敗したに等しい結果となった。

そして、『狼の牙』と『ノイエ・ドラッヘン』の正面衝突は、もはや避けられなかった。




第20章 ミゼラブルナイツ・カミュ


その1 サンダーボルト


(どうしてこうなった・・・!!)

カミュのところに情報が降りてきた時には、取り返しのつかない状況になっていた。
今やグルニア軍と呼べるのは、グルニア城とその周辺の砦に待機する、3万ほどだ。

15万とも20万とも言われた、大陸最大の騎士師団が、だ。


思えば、カミュは甘えすぎたのだ。カペラに。


情報とは、伝達されるのに時間がかかる。戦況しかり、予兆しかり。
平時、戦中、戦場、それら全て真偽も含めて。
即断がいる場合も、熟考が必要な時も。

カペラはそれを無くしてくれた。

瞬間移動で現場に行って確認してくるのだし、カミュ本人と直接話すだけに真偽は確認がいらない。実際どれだけの助けになってくれたかしれない。
だからこそ。
この本土決戦の、しかも直前という時期に消えられたのは、むしろ害悪であった。さすが魔女と言えなくもない。

むしろもっと前に手を切っていれば、以前のような情報処理の仕方に慣らし直せたかもしれない。保険のような手をいくつも打ち、多く集められる情報から取捨選択し、全体を俯瞰で見ながら相手の思考や時勢、民の心理まで掴んで。


こうなっては、ここで死力を尽くすことと。
ドルーアに送った、再度の援軍要請が通ることを祈るのみ。
・・・背水の陣で挑むグルニアと向き合っている同盟軍を背後から襲う。それはグルニアを救うなどということよりも、のちのちの連合の利となる・・・
と書いておいた。が・・・
カミュ自身、既にドルーア連合に期待をしてはいなかった。


「平原に、アカネイア同盟軍が現れましたっ!!」

駆け込んできた伝令は、その場で膝をおる。

グラディウスを手に、カミュは優雅に立ち上がった。


 ・



「布陣を見てきましたー」
「報告してくれ」

フレイの竜騎士隊でもいいが、教育を受けた天馬騎士から見た報告は精度が違う。正直エストが協力してくれるのは有難かった。

「音に聞こえた木馬隊をようしていただけあって、シューターも結構いますね。
平原南方の村も何か要所でしょうか。
それから、すぐ西にある跳ね橋は多分伏兵アリです。この地図だと・・・この辺。
中央にある山脈は、騎馬でも通れる道が整備されてます。ここにも。
んー・・・ 各地砦もカラなのはないんじゃないですかね」
「ふむ」

十分だ。
ただ事実だけではなく、相手が使ってくるだろう・・・とりあえず常識的な範囲での『戦略』に使えそうな地形や場所への注目。これは誰にでもは出来ない。逆に言えばこれが出来てこそ『目』となれる。

「ご苦労。下がれ」
「ほいほーい」

はい、ですらない。が、まあいい。

(まずは・・・ 出鼻をくじくか)

戦局は、読みつつも、変わる状況に対処しなければならない。
雛形は出来ている。しかしいざとなれば固執せず。

(ブラックナイツ・カミュとの読み合い・・・か)

武勇も知略も聞き及んでいる。
過去の戦の記録を見て、天才だと思ったのは疑いがない。

しかし。


このような状況で戦わされるのは、カミュとて初めてであろう。
しかも、ここ数年・・・ 自軍と敵軍の数がほぼ互角というのもなかったはず。

油断はできようもないが、勝機はあると思えた。
しかも・・・

向こうにない手駒も、ある。


 ・



ひるるるるるるるっ・・・・・・


「・・・なんだ?」

山裾で、射程に敵が入るのを待っていたグルニア木馬は、奇妙な音を聞いた。
シューターの音に非常によく似ているが、どこか違う。

そう思った瞬間。


「っ!!!!?」


ギャシュバァアアアアアッ!!!!

「げびゅ・・・」


広がるでもなく、落ちるでもなく。
限定された空間に暴れ狂う、雷撃。

大陸の戦略を塗り替えたとも言われる『シューター』が、まるで紙くずのように、稲妻のうねりに飲み込まれて粉々になる。

わずか数分。

対竜騎士用機動弓『クインクレイン』部隊は、瓦礫と血だまりを、えぐられた大地の上に晒すだけの存在となり果てた。


 ・


「ふ。くはははは。
ここまで隠した甲斐があったというものだ」

『サンダーボルト』。
対シューター用のシューターである。
ベックの持ち込んできたタナボタ兵器であるが、極秘のうちにさらに磨きをかけさせ、シューターの本場であるグルニアとの最終決戦で使う。
これがアイルのやり方であった。

「警戒してしすぎることのない相手との戦いで、是非欲しかった一手だよ。
よくやった。ベック」
「恐悦至極です」

(さあ、追い詰められればすることは限られてくる。遊びのない盤面ほど読みやすいものはないぞ。俺の読んだ512の戦略のうち、これで使えそうなのはもう38通りまで絞られた。
それを超えるものを出してこれるか? 自分を見失っただけの愚にもつかぬ奇策なんぞに走って、俺をがっかりさせるなよ!?)

この高慢も、ひとつの油断とも言えるだろうが。
一軍を預かるプレッシャーを楽しめるくらいでもなければ、務まらないのも事実だった。


 ・


「・・・シューターが、全滅・・・だと・・・」

音に聞こえた戦略家も、新兵器への対処は無理であった。
要所に置いたシューターは、敵の足止め、特にことグルニアに欠く『制空権』を補うものとしても使えるはずのまさに『要』であった。

(これが、『マルス王子』か)

今の今まで隠し通し、ここで使うか。
これまで我がグルニアの木馬には散々苦しめられたはずだ。
こんな新兵器があるなら、使いたかった場面はいくらでもあったはず。

この俺との戦いの時に、備えをされないように、あえて使わずに・・・!


「・・・エレファント部隊のみ、撤退が早く、若干残っています!!」

慰めにはなったが、事態を回復させるためには、攻めねばならなかった。
罠の方が先に砕かれたのだ。待っていてはこちらがやられる。

「第4、第5連隊、出陣!! 敵を平原に誘い込め!!!
アルズナ砦の第3部隊を出せっ!!『暗黒騎士』を、発動するっ!!!!」

黒騎士団は騎馬部隊。平原で機動力を活かしての突撃こそが正道。
相手もそれはわかっているだろう。その上での備え・・・『策』を巡らしているに違いない。だがだからこそ・・・

『その策さえも踏み潰す』真なる黒騎士団を知るまい。

「マルス王子・・・ 奥の手を持つのは貴様だけではないぞ!!」

・・・これで、グルニアの復興は20年遅れるだろう。
それでも、今滅びるわけには行かなかった。


 ・


確かに平原に誘い込めた。
しかし、かかったふりをして油断したところを罠にかけ返すのがアイルだった。

ラーマン神殿で手に入れた火竜石。
バヌトゥの初陣であった。


グギャォォォオオオオオオオオッ!!!!!

「おじいちゃん、がんばって・・・!!」

近くにはチキもいる。一兵たりとも近づけられない。
自分がしくじれば、次に矢面に立つのはチキなのだ。

先日、チキが戦場に立つと言い出した。
そして、説得しきれなかった。
殆どバヌトゥの我儘に近い形で、『おじいちゃんが代わりに戦う。おじいちゃんが疲れたら代わってもらうから、それまでは何もしないでおくれ』と言うのが精一杯だったのだ。


 ・

火竜の出現は、存外に効果的であった。
グルニアは、これまで火竜を利用してきた。いかに強力かを目の当たりにしてきたのだ。

突撃の足が落ちた騎馬など、むしろいい的だ。蜘蛛の子を散らすような戦であった。
そろそろ木馬隊を葬ってきた、ベックの部隊が戻ってくる。ジェイクもだ。責任者につけておいたノルンも戻れば、追撃はたやすい。

またもカミュの誤算だった。

此処では互角・・・でなくても抑えきれると思っていた。
兵の数は互角でも、練度は違う。
逆境を勝ち進んできたアカネイア同盟軍の兵は、練度という意味では桁違いであった。

さらには。

「グルニア軍だ・・・」
「グラを抱き込んだ、グルニア・・・」
「我らが先代の王、コーネリアス様の仇・・・」
「アリティアを支配した、俺たちの国でこの3年、好き放題やってきた・・・!!」
「あの中に、俺の娘を犯した奴が・・・」
「あそこに、ミリアを殺した野郎が・・・!」
「殺してやる」
「殺してやる殺してやる殺し・・・」
「地獄がここにこそあると教えてやるっ!!!!」


そこにいるのは、鬼だった。

グルニアの各地を攻めるのに、常勝不敗であったのと、チキをなるべく同行させたくなかったのはほかでもない、兵達がこの様子だからだ。

荒れ果てたアリティアの姿を見て、激昂している兵たちの凄まじさといったらなかった。
アリティアを征服した折、カミュは『自重しろ』とは言ってあったようだが、そもそもカミュの言うことを聞くものばかりでない上に、ドルーア軍も混じっている。
グルニア軍のアリティアの荒らしようは、グルニアの全てを怨嗟させるのに十分だった。

カミュも、恨まれてはいるだろうと読んではいた。しかし、ここまでとは思っていなかった。
そしてこれも、アイルの戦略だ。
事ここに至るまで、略奪、捕虜の私刑等々、狼藉は固く禁じた。徹底させた。
その上で。

この戦いでは、『解禁』する。

勿論村を襲うのはなしだが、捕虜の私刑はむしろ推奨した。
溜まりに溜まったものなのである。まさに狂戦士、まさに鬼と化しているのだ。

人の心理にも訴えるカミュの戦略だったが、それだけに、人の魂まで弄ぶようなアイルの戦略はカミュの思考の範疇を超えていた。

鬼と化した兵と、敵にまわった火竜。
平原の戦いは、同盟軍有利で進む。


 ・


「馬鹿な・・・」


カミュらしくないつぶやき。
そしてそれは、これまでのグルニアの将校が吐いてきたセリフと同じだった。
この戦いのアイルは『本気』だ。
初期の、にっちもさっちもいかない状況をひっくり返すために、どんな無茶もやった、なりふり構わないアイル。
それこそ、『この戦いのためにこそ』準備してきた物さえあるアイルは、ひと味もふた味も違った。

だが。


(・・・まあ、いい)


『暗黒騎士』が、来さえすれば。

押さえ込んでいれば、『そいつらごと』潰すつもりだったのだ。礎になってもらうつもりだった。

奴らの要は、火竜だ。


カミュは、ほくそ笑んだ。

(あれほど大きな『的』なら、ハズしはしないだろうよ)

「申し上げますっ!!
ハヌマンの村近くに、山賊が出現!!
この戦の隙をついて、略奪を行うようです!!」

・・・普段なら、一も二もなく、遊んでいる部隊を向かわせる。

が。

『マルス王子』のやりようをみて、気が変わった。

「捨て置く」
「・・・は!?」
「放っておけといった」
「し、しかし・・・」
「三度言わせるか」

その目は、恐ろしく冷たかった。

「しっ、失礼しました!!」


(・・・ふん)


・・・たとえ小さなことでも、いつもと違うことをしてみるのもいいだろう。
迷いは、判断を鈍らせる。『マルス王子』は、実はそんなこともしていると気づいてはいた。
読みきれているとは言えないが、こちらもやすやすと読まれてやらないのもひとつの手。

それに。

(あの村は、たしか・・・)


 ・


「村が襲われるだと!?」

山賊が向かっているというのだ。
しかもグルニア軍は捨て置いているという。カミュらしくない。

(人物を読み違えたか・・・?)

多くを助くには小さきを削る。戦の常は重々承知しているだろう。
しかし村となると違う。
グルニア城のお膝元で村を見捨てるなどしたら、王家の面目が立たない。侵略に来ているこちらがというならともかく。

そんなことを思っていると、走ってくる者がいた。

「王子っ!! 馬をお借りします・・・
あの村は、祖父が住んでいるのです!!」

レナだった。

アイルは止める気はなかった。彼女には借りもある。

「・・・まて、精鋭の一つも出す!!
フレイ・・・」
「私が行こう」

食い気味にそういったのは、デネブであった。

「・・・・・・ならば、俺も行く」
「やれやれ、信用がないな?」
「そういうことじゃない。ただ・・・」
「まあ、構わんよ。
この場はバヌトゥに任せても良さそうだしな」

つまり暴れたいのだろう。
そして適役ではあった。こいつの馬ならフレイが竜で行くより早いかもしれない。

「レナはジュリアンとゆっくり来い。
とりあえず山賊どもは皆殺しにしておこう!!」

ドカァッ!!!!!!

・・・駆け出す音さえ、まるで弾丸。
もう見えない。
不安も多いが、それ以上に頼もしかった。

・・・ハヌマンの村まで、それなりには距離がある。
間に合うかどうかは賭けだが、少なくともレナやジュリアンが普通の馬で行くよりも格段に早いはずであった。

それはともかく。


『暗黒騎士団』が、平原の戦場に着くまで、あと数分。
この瞬間にデネブがいないことこそ、悲劇だった。



その2 ハヌマン村のリーヴル


その村には、リーヴルという名の村娘がいた。
本当にただの村娘であった。
ドルーアの脅威に近い位置にいながらも、ときの国王ルイがドルーアに睥睨したおかげで、今の今まで彼女の住む村は戦乱とは無縁だった。

アリティアの事は、龍神様に逆らって滅びた可哀想な国だと思っていた。アンリの伝説や、神竜地竜の関係などよく知らない。どっちも強い神様としか思っていなかった。

カミュは強く、そして優しい将軍様だ。
ここは、豊かでなくとも、平和な村だ。

ここのところ、少し税は上がって、おかずがさらに寂しいことがあるが、戦争が終わればまた食卓に魚が乗る日も来るだろうと思っていた。



鬨の声・・・ではなく。

けたたましい笑い声が聞こえるまで。


「ぎゃははははははははっ!!!!
奪え、奪え!! 男は殺せ、女はさらえ!!子供もだ!!
もうこの国はおしまいだ。なら戴くものを戴いて逃げるとしようぜ!!!」

村の者たちの阿鼻叫喚に混じりつつも、異質なその声ははっきりと響く。

何故。
ここはグルニア城のお膝元。
オルベルンとグルニア城をつなぐ中継の一つとして、重要ではないまでも、目は光っている場所だ。


原因はもちろん『同盟軍との戦争』だ。
もうグルニアは半分以上アカネイア同盟軍に奪われたという。
カミュ将軍なら、なんとかして追い払ってくれると思っていた。しかし、その前に、山賊どもに襲われるとは。

「きゃあああああっ!!」「やめて、やめて下さいっ!!」「うぁーん、うわぁあああーん」

平和こそ、保つために努力せねばならぬものだ。しかし、あまりに当たり前に平穏の流れるこの村では、自警団の一つもない。

おわる。


・・・こんな、突然に。

そして、今まで生きてきた経験からは想像もつかないような非道い事が、自分の身に降りかかろうことさえ想像できない程、リーヴルは無垢で無知であった。


ほうけているリーヴルに、影が覆いかぶさる。
山賊の一人に、目をつけられたのだ。

「へへ。ここは流石にグルニア城のお膝元だな。わりと見目のいい女がいるぜ。
まだ青いが、悪くねえな」
「ひ・・・」

怖気が走った。

声をかけもしない。
果実に例えた。
『人』としてみていないのがよく分かる。

リーヴルの容姿はそれなりに整っている。日に焼けてくすんでいるが、髪は金色だ。
夜鷹をしていたという祖母からの、出処のわからない贈り物。

初めて祖母を恨みそうだった。


「いやあああああああ!!!!!」

組み伏せられ、衣服を剥ぎ取られる。
布を縫い合わせただけのもので、丈夫とは言えない上着。

骨が浮き出るほど痩せているわけでもない。
形のないほど小さな胸でもない。
まさに『青い果実』であるその躰は、山賊の性欲をいっそう滾らせるのに十二分だった。

「おほっ・・・ こりゃあ、なかなか」

彼女にとっては最悪なことに、恐怖と羞恥に歪んだ顔は、既によがっているかのようで、艶かしくさえあった。

喜悦を浮かべる顔が、乳房をすおうと近づき・・・


ゾンッ!!!!!!!!!


首が、飛んだ。



「・・・へ?」


山賊の、首が飛んだ。

切り口から噴水のように血が吹き出て、リーヴルの顔に降り注ぐが、それについては特になにも思わなかった。
彼女にとって、自分を人間扱いしない者は、人間ではない。
助かった。そう思った。

誰が、助けてくれたの?

体を起こすと、山賊の体がゆっくり倒れる。その向こうには、白馬に乗った聖騎士らしき乙女と、その背から降り立った、青い髪の青年。

「アカネイア同盟軍だっ!!
この村で、徴発を行うっ!!」

徴発。
軍事物資を臨時で取り立てることだ。略奪とは違い、一応対価は支払われる。
しかしそんな言葉はリーヴルは知らない。わかったのは、どうやらこの二人にとっても山賊は邪魔だということだ。


彼を乗せてきた乙女の方が、狂気を宿した微笑みを見せる。
整った顔立ち・・・どころか、リーヴルなど足元にも及ばないと思わせる絶世の美少女なだけに、その壮絶な笑顔の妖艶な事と言ったら。

「文句がある奴は、かかってこい」

どこの侠客物語の主人公だと言わんばかりのセリフだが、まさにそれに酔っているようだった。

そして、直後に見せたその戦いぶりは、白馬の聖騎士というより、銀狼に跨る冥界の女王だった。

「くふははははははッ!!!!!
屑野郎共を相手にするというのはいいなっ!!
どんなふうに殺してもどこからも文句が出ない!!」

実際に白馬に乗って現れた聖騎士の乙女だというのに、冥界の神になぞらえたのは、その膂力が人間離れしているからだ。

乙女の武器は馬鹿でかい剣だった。

剣には剣の、槍には槍の、適した長さというものがある。槍の穂先があの大きさなのは、鉄の塊が棒の先についていて、振り回したり突いたりするのにはあのサイズでないと重いのだ、重すぎるのだ。
剣をそのまま大きくしたような比率では、振り回せたものではない。

のに。

振り上げた斧もククリも頭骨も、一緒くたに切り刻みぶち割る、その超重剣。
まるで馬ごと騎馬騎士を真っ二つにするためにでも作られたような。
家さえ数分もあれば解体しそうなその剣で、山賊どもは木偶人形のように死体を晒していく。

その秘密が、魔力を膂力に転化できる魔法のせいだとは、リーヴルに知る由もない。


群がるものは叩き潰しえぐりつくし。
逃げ出すものは追いすがり、隠れるものもいぶしだして。

80余名もいた山賊は、残らず広場に打ち捨てられた。


・・・頭目らしき男を見つけ。
『これで全員かどうか』を、確認させて。


大輪の花が自らの醜さにしおれ落ちそうなほどの、極上の笑顔を浮かべてその乙女が告げる。

「舌を切り落とすのと目をえぐるのと鼻を焼くのと耳のなかをかき回すのと皮を全部はぐのと棒っきれを切り落とすのと、二つまでは選ばせてやるがどれがいい?
残ったのから村人にもう一つ希望を聞いて、その後は貴様を的に石当てゲームをしようじゃないか。

おう、村長は誰だ? 地酒があれば持って来い。
そこの血まみれ娘。顔は洗わんでいいから酌をしろ」

ぺしん。
食い気味に、ついてきた青年が頭をはたく。


「あいた」
「自重しろ。縛り上げておけばいい。
そこの君はいいから顔を洗ってこい。徴発は明日改めて行う」

レナとジュリアンが到着したのは、それから程なくのことであった。

この二人がアカネイア同盟軍総大将、アンリの末裔にしてアリティアの王太子マルスと、そのフィアンセであるタリス王国のシーダ姫であることはほどなく噂に登る。
リーヴルはこれ以後、世界というものに目を向けることとなる。



 ・



『シーダ』の聖騎士部隊を20騎程も残して、デネブとアイルは主戦場に戻る。

レナは祖父に再会し、無事を喜んだ。

アイルがわざわざこの村を救ったのは、レナに対する償いの意味が大きかった。彼女の運命を狂わせたのは、紛れもなくベガであり、それを抑えられなかった自分であるような気分が抜けないのだ。
少なくともワーレンの『火薬の庭』作戦の引き金を彼女に引かせたのは紛れもなく自分だった。

家宝の杖を渡されたり、ジュリアンのことを聞かれたりといろいろあったが・・・
中でも、レナは無視できない話題がひとつあった。

「ミシェイル王子が・・・」
「うむ。『ノイエ・ドラッヘン』という軍は、マケドニアとグルニアの混成部隊だったらしい。
もっとも、双方が『脱走兵の野盗化』した者共の成れの果てだと、関係は否定しとる。
しかし、ならば武器防具の充実は疑問であるし、否定せねば連合が崩れるのは事実。
そして、ドルーアに攻め込むのは時期尚早、グルニアを見限ったのなら、助ける義理はないとすれば・・・
矛先は、アカネイア本国かオレルアンの『狼の牙』。アカネイア本国を襲えば横槍が入るのは間違いないとなれば、先にオレルアン・・・であろう。

いずれにしても、ミシェイル王子の覇道・・・
この時より始めようとされとるのやもな・・・」

とは、祖父の弁だが。

(違う)

レナは、ミシェイル王子を知っている。

今彼は、自分を取り巻く状況に、焦っているし、寂しがっている。そう思えた。

彼は彼なりに、マケドニアとこの大陸の未来を憂えている。

(私は・・・ 支えてあげられなかった)

一度は、彼の求婚を受けたというのに。
彼がドルーアに加担、父王を殺してまでのアカネイアとの戦いを選んだ時点で。

ただ、戦争が悲劇であり・・・それを選んだというだけで。
彼が、戦う決意をしただけで。

(・・・今ならわかる。戦わねば守れないものは山のようにある。私は、己さえ、矜持さえ守れず死ぬところだった。
力を手に入れれば入れたで、復讐しか考えなかった。
彼を責める資格もない。

今更、支えるなんておこがましいけど。
でも・・・)

今ならあなたのしたかった事がわかる。そう伝えたい。
彼は、家族にさえ見放されている。

(ミネルバ王女はともかく)

マリア姫までなんて、辛すぎる。
彼女は、ミシェイルの・・・


(会いたい)


「・・・・・・ジュリアン、お願いがあるの」
「何だい? 俺は、レナさんのためならなんでもするさ」

レナが彼に頼んだのは、彼にとってもっとも残酷なことだったかもしれない。


 ・



デネブがハヌマンの村に到着して、暴れ始める少し前。
バヌトゥの火竜は、平原を焼き尽くさんばかりに暴れていた。

このままならば、この平原での戦闘は、アカネイア同盟軍の大勝利だったろう。


どどどどどどどどどどどど・・・・・・


砂煙が上がっていた。はるか西からの、山のような砂煙。
それが意味するものがなんなのか、誰もわからなかった。


わかった時には、遅かった。

どどどどどどどどどどどどどど!!!!!!!!

「なあっ!!?」
(なんじゃあ、あれは!?)

馬も、鎧も、真っ黒に染めた、まさに黒騎士。
いや、はからずもその名のとおり、暗黒騎士の名が相応しかった。

武器を構えるでもなく。
盾を掲げるでもなく。

「あ、あああ、うああああああああっ!!」

その砂煙は、随分と遠くに、遅れて起こっていた。
今豆粒のように見えていたはずのそれは、既に眼前にいた。

僅かな者が、気がついた。
その騎士達が。

まるでガーネフのマフーのような、瘴気をまとっていることに。




その3 暗黒騎士団


それは。

罪人たちであった。

到底償いきれぬ長さの刑期を持つ、一生を牢獄で過ごす筈の者たち。
知る限りの永遠の中で、持ちかけられた話があった。

『徹底した管理下で訓練を行い、騎士として戦場に一度だけ立ち、生還すればその罪を免除する』

というもの。

牢獄にいてもこのまま朽ちるだけ。
ならば自由のために多少の訓練と危険など。

僅かな希望を持って志願したものは、今ここにいる。


彼らは、マフーと同じ瘴気を纏わされている。
それで生きて帰れるはずもない。

まさに鉄砲玉。

カミュと、かつてのカペラによって、精神を操られ瘴気を纏わされ、すべてを消し去る瘴気の突撃兵器にされた罪人達。


グルニアの最終兵器、『暗黒騎士団』であった。


人の限界を軽く超えた突撃、瘴気をまとって突撃するため、防御の出来ない、二重の意味での死の弾丸。
触れたものは腐れて消し飛ぶ。残り香を嗅いだものさえ肺をやられかねない。


(こんなものと、チキを戦わせてはならぬ・・・!!)


バヌトゥは、彼らを消し去るつもりで、炎のブレスを吐く。

が。


瘴気を纏う彼らには、通じない。

なにより、炎の中からまろび出た彼らの狙いは、この戦いで平原の中央に君臨し、グルニア軍を蹴散らしているバヌトゥ、まさにその人であった。

死の風を纏った体当たり。50騎。

どごどごどごどごどごどごどごぉっ!!!!!!


グギャアアアアアアアアアッーーー!!

「おじいちゃーーーーん!!!」

チキの悲痛な叫び。

火竜は腕や足を吹き飛ばされ、倒れ伏す。

元の姿に戻ると同時に竜石の力が瞬時に発動、体の主だった部分を再生。

「リライブ!!」

リフのリライブが体力だけは回復させるが、流石にこれ以上の戦闘は無理だった。


近しい人の、死。

バヌトゥはまだ生きているが、死んでしまったかもしれないと『思わされ』た。

幼いチキには、とてもとても怖く。

「よく・・・も・・・」

心がぐちゃぐちゃになったような怒りが、脳を支配した。

「よくもぉぉぉおおおおおッ!!!!!」


ガカァァアアッ!!!!!

渦巻く魔力の風。響く大地。
鳴動する、世界。

神竜石の、発動。

「な、なんだっ!?」
「竜・・・でも、火竜じゃない!?」


キャォォオオオオオオオオン!!!!!


『暗黒騎士団』によって、一気に変わるかと思われた戦局は。

『神竜』によって、一瞬でひっくり返った。

マフーの魔力で純化されて『いない』、カペラの扱った瘴気など、神竜のブレスで掻き消える。

ある意味で、それは救いだった。
自我さえ失い、使い潰されるしかない『暗黒騎士団』達に、死以外の末路などなかったのだから。


 ・


カミュのもとに届いたのは、またも予想外の凶報。

「・・・『未確認の竜』だと!?」
「あ・・・『暗黒騎士団』は全滅!
纏う瘴気ごと、消し去られたとのことです・・・!!」

バヌトゥを殺されかけたことで逆上したチキは、霧のブレスで暗黒騎士団を文字通り消し去ってしまったのである。

すべてを抉り消し突撃を繰り返す暗黒騎士団は、アカネイア同盟軍を破滅に追いやるはずであった。
その覚悟で打った、外道とさえ言える一手が、大した効果も上げず・・・いや、火竜を葬るという役目は果たしたと言えるが、結局更なる驚異を呼び起こしただけ。しかも、アカネイア同盟軍はそれで終わってはくれず、まだ健在であるという。

「ぐうぅぅうっ!!」

一年前。ニーナの脱走を手引きしたことが、こんな結果を生むとは思わなかった。

ニーナがけなげにまとめ上げたレジスタンスをからかっていれば、そのうち適当な男と人並みの幸せでも手に入れて、表舞台から降りるだろう・・・などと思っていた頃が懐かしいほどだった。


いくらカミュでも、流石にもう打つ手がなかった。
これで平原のイニシアチブは取り戻すことができないだろう。

グルニア城に至る山岳側の道と跳ね橋と森を突っ切る道、そして西側の渓流に沿った道・・・

どれにも兵は伏せてあるが、意味がない。平原であれだけ見事に負けては、たてなおす分の戦力が残っていない。

(くそっ・・・)

対シューター用のシューター、ドルーア連合の十八番であるはずの火竜の運用と、さらに未知の・・・『暗黒騎士団』さえ塵と消した竜。

(ここまで・・・『高く見積もられていた』とはな)

これは、アイルだからこそであった。
カミュが今まで勝ち続けてきたのは、類まれなる知略あってこそ。それは、決して有能とは言えない貴族たちを導く戦略あっての事だった。
しかし、なまじカミュ自身も強いために、そちらにも目を向けられ、その戦術はそれほど高くは評価されていない。
いや、違う。
『その戦術を高く評価できる』程、戦術に長けたものはアカネイア大陸には少ないのだ。

その意味で。

アイルはカミュの本当の恐ろしさを知っていた、いや、過大評価しているといっていいほどに恐れた。
だからこそ、決戦の時までに、『カミュの戦略をも軽々とひっくり返せる』ほどの力や、『カミュが思いつきもしないような戦術とは何か』を、じっくりと考えてきたのである。

一方のカミュは、アイルのような人間を今まで知らなかった。
どんな人間でも、有利な時は油断する。不利な時は臆病になるか諦める。
だったのに。

(なぜ、『マルス王子』は・・・
どれだけ有利でも隙を見せない。不利に陥っても諦めようとしない・・・!!)

実際は、言う程アイルも完璧ではない。平原をバヌトゥに任せて来たのは結果的に失策だし、暗黒騎士団の対抗策はなかったも同然だ。

カミュは知るまい。
『絶対に勝てない』相手にも勝たなければならない、アイルの生きてきた世界。
なまじ強かったからこそ、そんなものを知る機会はなかったのだ。


何より。



ご都合主義的かもしれないが・・・

将に必要なものはいろいろあるだろう。
武力、カリスマ、知力、人柄・・・
だが。

『運』がないものは、いかな能力があっても、最後まで生き残るということはできないのだ。


その意味では。
『主』にも『部下』にも『友』にも『女』にも恵まれているとは言えないカミュの『運』。
期待できるはずもなかった。

もうすでにグルニア城は、攻め込まれて落ちるだけの城だった。

『ミゼラブル』(Miserable/悲惨、哀れ)

そんな言葉が、よく似合う状況だった。




 ・


平原の戦場に舞い戻ったアイルは、フレイに状況を聞いた。

「バヌトゥ殿が・・・ そうか。命に別状はないか。
レナの祖父がいる村を徴発した。そこで治療を行え」


ほどなく、バヌトゥは、ハヌマンの村に運び込まれる。

「おじいちゃん、大丈夫・・・?」
「うむ、チキよ、心配はいらぬ・・・」

本人はそう言うが、安静にせねばならなかった。

「マルスのお兄ちゃん。チキ、竜さんになる。
それで、チキやチキのお友達に非道い事する人は、みんな追い払うの」

涙を瞳いっぱいに溜めて、改めてチキがそう言ってきた。

(ま、同じ竜でも老いさらばえたジジイより、このガキの方が使いでがあるのは事実)

さてそうなると、実戦もそれなりにこなさせないと、いざという時に使えまい。

「・・・この前の話を聞いても・・・
『本当は仲良くなれるかもしれない人でも、今、敵であるなら命を奪う』事をしなきゃならないとしても、戦いたいと言うなら・・・・・・
僕もやめろとは言わない」
「・・・うん」
「その代わり、僕の言うことはちゃんと守ってもらうよ」
「うん!!」

しかし、竜石というものは、限りがあるとも聞いている。
バヌトゥの火竜石のように、敵から奪えばいいものならともかく、神竜石はたぶん換えのきくものではないだろう。

(使えるようになってもらわねばならないが、使い潰せる駒でもない・・・か)

どう使っていくか。
そんなことをアイルが考えていると、バヌトゥが声をかけてきた。

「・・・マルス殿、すまぬ・・・これを、お借りしていた」
「は・・・?」

バヌトゥの手にあったのは、星のオーブであった。

「?? 何故これがここに」
「黙って拝借していたのじゃ。竜石の残りが心もとなかったのじゃよ。平原で戦が長引けば、いつ竜石が尽きるかわからんかった」
「? ・・・はあ。それで何故このオーブを持ち出したのです??」
「・・・実は、星のオーブには、持つ者の能力を引き出し、振るう力の摩耗を防ぐ力があるのじゃよ。これを持って戦うのなら、どんな武器もすり減ることはない。
杖魔法は武器でないゆえ対象にならぬが、竜石は有効なのじゃ」


・・・・・・!!!!!


「で、では、メリクルやパルティアなども!!」
「このオーブを持ちさえすれば、いつ折れるかと案じる事はない」

ならば。
神竜石も。

(・・・ 竜石・・・ 『神竜石』??
まて。 まて・・・)

・・・マムクート絡みの話が続いたことで、ふと思い至ることがあった。

「・・・バヌトゥ殿、確か伝説では、神王ナーガは、暗黒竜から人類をお守りくださった。
神王ナーガとは・・・
『神竜』では?」
「・・・いかにも。
人の世には神としか伝わってはおらぬが、ナーガ様もまた竜でありマムクート」
「初めてお会いした時、チキのことを『ナーガ一族の生き残り』とおっしゃっていませんでしたか。そして、今まで当然のように『神竜』と呼ばれていたのでそう言っていましたが・・・」
「うむ。
チキは竜の王であり神の子である。
神竜王を継ぐ者。

実は、氷竜神殿にてガトー様に封印されていたこの子を、わしの勝手な判断で・・・」
「そのあたりのお話は後日。
つまり、チキは・・・
『メディウスを封印した一族の子』?」
「そういう言い方もできるのう」
「つまり、彼女の牙や霧のブレスは・・・

『暗黒竜を倒しうる』!?」
「当然じゃ。彼女の母なるお方が神竜王。神竜族は、最強の竜族なのじゃからして」

それは。

アイルの懸念が。

『ファルシオンを継いでもいない自分が、どうやって暗黒竜メディウスを倒せばいいのか』という命題に、答えが示された瞬間だった。
しかも、星のオーブがあれば、『神竜石』が尽きることもないというのだ!!!

『ファルシオン』は。

なくても構わない・・・!!!


チキさえ、手に入れれば!!!!


「・・・マルスのお兄ちゃん?」

顔をなおせ。
今の笑いをこのガキに見せてはいけない。
歪むように笑ったこの醜い顔を。

「・・・なんでもないよ。チキ・・・

チキには、少し頑張ってもらわないといけなくなりそうだ。
チキにしか出来ないことが、あるみたいなんだ・・・」
「そうなの?
チキ、みんなのために頑張るよ!!」


妖精のようなその笑顔を見て。
新緑の森の風のような笑顔を貼り付け、アイルは思う。


『これ』は、俺のものだ。


 ・


偶然もいくつかあったが、グルニア攻略戦、ここまではほぼアカネイア同盟軍の大勝である。
ここまで来ると、余裕も出てきた。油断するわけにいかないが、より被害を少なくするために、奇策を取ることも出来た。

「ノルン」
「はい」
「これを、カミュに届けてくれ」

その手紙には。

『グルニア城西側の林にこられたし。待ち人を連れてゆく』
とあった。

(ニーナ姫。あんたの願いを叶えてやるよ。
どんな結果になるかは・・・知ったことではないが、な)


どちらにしても。

明日がグルニア滅亡の日だ。





その4 湖での一幕と決闘


平原の戦いがほぼアカネイア同盟軍の勝利となった、忙しい一日が終わって次の日。
朝方、バヌトゥを見舞うと、その話を持ちかけられた。

「・・・マルス殿、我らマムクートの怪我は、あまりに重症の場合は、マムクートの魔法や医者でなければ治せないものがあるのじゃ。
基本構造は人に変化するとはいえ、全く同じ生き物ではないゆえにな・・・

こうなると、ガトー様に診てもらうしか手はなさそうじゃ。申し訳ないが、軍を一時抜けることを許してもらえぬか。
そして・・・
守る力のないわしといてもしょうがない。チキのこと・・・頼めぬだろうか」

渡りに船と言えた。
一日様子を見てみたところ、どうもやはり重症だったらしい。

「わかりました。
実は、レナとジュリアンもマケドニアに用があるとのこと。
彼らに身の回りのことをさせてください」

正直、同盟軍的にはどうでもいい3人だ。

(勿論、監視はつけさせてもらうがな)

何より今は、カミュとニーナを引き合わせる件で調整に忙しかった。


 ・


『待ち人を連れてゆく』。
流石にこれは効いたようだった。

あの黒騎士カミュが、一人で来た。
一人で来いなどとは書いていないのにだ。
時間の指定などしていないが、ノルンによると早朝からそこにいたようである。

小さな湖のほとり。
そこでカミュが待っていた。

「・・・お初にお目にかかる。黒騎士殿。
アリティアの王太子にして、アカネイア同盟軍総大将、マルスです。
しかし、あなたの興味は私にはないでしょう。
・・・ニーナ姫、どうぞ」

「カミュ・・・!!」

「ニーナ、姫・・・」

カミュは心なしかやつれていた。
祖国と愛の板挟みにあった上、どちらも思う様にはなってくれなかった。
自分を忘れることを期待して亡命を手伝った愛する女は、かつての宣言通りに、軍を率いてグルニアを滅しにかかる。
祖国は祖国で、仕える主人を含めて無能共が極限まで足を引っ張り、今や本当に壊滅寸前である。

それでも・・・

祖国をほうりだす事も、その女を憎む事も出来ない。

「・・・お願いです。カミュ・・・
私達に力を貸してください。

グルニアを滅亡させるつもりなどありません。
共にドルーアを滅ぼしましょう。
ドルーアのしようとしている事は、人類の奴隷化です。それに加担して、どうするのです?
連合の参加国は特別扱いする? それが守られる保証など、どこにもない。
現に今、危機に陥っているグルニアに、ドルーアはなんの協力もしていない!!」

カミュは百も承知だった。

それでも。

「…かなうことならあなたの願いどおりにしたい。

だがそれは滅亡を目の前にした国を、王を、見捨てることになる。
それは騎士である私の全人生を否定するのと同じことだ。

私は騎士として生き騎士として死ぬ。
それ以外に私の歩く道はない。
さらばだ、ニーナ姫。
どうか幸せになってほしい。

…短い間だったが、楽しかった。
あなたと過ごした日々は忘れない」
「カミュ・・・!!」

まるでオペラの一幕のようなそのシーンを見て・・・

アイルは白けきっていた。

カミュの言うことは、一見筋が通っている。しかし、戦国の世の大前提が抜け落ちている。

勝ったもん勝ち。


(・・・それがわからないというなら、カミュもそれまでの男か)

勝った者が正しいとはアイルも言わない。しかし、歴史は、『勝った者が正しくなる』。そう動いてしまう。
ならば、どんな志があろうと、勝てないのならそんな物は犬の糞以下だ。


今や世界の半分を手にしているアカネイア同盟軍の盟主であるところのニーナに思われて、それを拒む意味などない。祖国や王を抱えているならなおさらだった。

「カミュ、お願い・・・!!」
「ニーナ姫。私は貴方を愛したことを後悔してはいない。だが・・・」
「『デネブ』」

その名を呼んだ瞬間。
雷鳴のように槍が突き刺さった。二人を引き裂くように。

「失礼」

その槍を引き抜いたデネブがかまえると同時に、

ドッ!!

ノルンの手刀がニーナを気絶させた。
そのままニーナ共々ここから離脱する。

「『貴方を殺しておかなかった自分に、呆れ果ててはいる』か?
悪いが、この女にはまだ死んでもらっては困る」

愛を悔やまぬカミュの甘いセリフの続きをなぞる。
アイルの言葉に、『短剣をかまえた』まま固まっていたカミュが歯噛みする。
ニーナをどうするつもりだったのか、よくわかる。

どちらにしろ、この男はちぐはぐすぎた。
才は大陸一と言えるほどにあるのだろう。しかし、それを扱う魂が、歪すぎる。
アイルも大概ではあるが、敵には容赦なく、身内には甘い。他人はすべて駒・・・そこは一貫している。
単に、アイル自身がその認識をコロコロ変えてしまうところがあるため、多少周りが混乱しがちなだけだ。

カミュも、ニーナを殺す覚悟くらいはしてきたのだろうが、アイルもそれに対しての備えをしてこないような人間ではない。

アイルは、口元を歪めて吐き捨てる。

「この女の泣き落としが効かないというのなら、叩き潰すまでだ」
「・・・一騎打ちか。望むところだ」

そう言ってかまえるカミュを、鼻で笑う。

「はっ。馬鹿か。
神の槍と言われるグラディウスを持つ、大陸でも指折りの英雄を相手に、まともに戦う気などさらさらないぞ」
「・・・なんだと!?」
「お相手はその女がするさ」

目の前には、シーダ姫・・・ 『デネブ』がいた。

「『戦乙女(ヴァルキュリア)』シーダ、か・・・」

単騎で木馬隊中隊を一つ潰した報告は、カミュも記憶に新しい。
草の報告だと、かなり好き勝手をしている印象だったが・・・

「カミュ。俺はあんたを買いかぶっていたようだ。
あんたのやり方は結局、王家も民も救えていない」
「・・・ここでニーナ姫もマルス王子も殺せば、まだ勝機はある。
貴様がいなければ、同盟軍など烏合の衆だ」
「は。
烏合の衆でない軍などあるか。
そして、ここで俺たちを殺すだと?
そのつもりなら、何故兵を伏せていない。

分かるぞ。

ニーナとの事を知られたくなかったのだろう?
それで一人でのこのこやってきた。

・・・貴様はグラディウスを過信しすぎだ。

確かにグラディウスは、投げても主のもとに一瞬で戻り、さらには醸し出す光で疲労や怪我さえなかったことにする、まさに神の槍だろう。

だがな、その一人で一個大隊を相手に出来る槍も、破る方法はある」

「・・・何?」

「『それ以上の強さを持つ相手』をぶつければいいだけのこと!!」

「!?」


シーダ姫が、突っ込んできた。

(・・・速い!!)

躱せぬような速さではないが、女人のものとは思えない鮮烈な突き。思わず距離を取り、グラディウスを振るう。
離れても攻撃ができる槍であることがグラディウスの強み。カミュはシーダめがけてグラディウスを投げる。

「はぁっ!!」

ガインッ!!

篭手の背を使って弾かれる。すぐに手元に戻す。
グラディウスが主の手元に飛んで戻ってくる。

「いいのか? 『距離をとって』」

そう、シーダが笑った。

「『魔槍ネメシス』」

ギカァッ!!!

振り上げられた、いびつな形の、手槍らしき武具。
それが。

『十六に分かれた』。


「なっ・・・!!?」
「くふふふふふふ。『どれが本物か』などと考えるなよ? 『どれも本物』だ。
闇の波動で作った複製とはいえ、『刺さる』のなら本物と変わるまい。
さあさあどうする!?」

(こういうことか・・・!)

良質な騎士を育てるよりも、戦略次第で活きる大兵団を。
良い剣を磨くより、安価な槍を大量に。
苦肉の策とはいえ、常識を覆すことで新しい戦の形を作ったカミュ。

・・・を、嘲るようなそれ。

戦局をたった一人でひっくり返しかねない、超兵器とも言える武器と、それを自在に操る将の存在。

おもえば、『マルス王子』は、時代を先取りしたカミュの戦略を、別の方面からさらに変えてきた。

(経済活動の必要悪である戦の側面を、逆に経済を握ることで、戦そのものをただの取引事の一つにさえ置き換えるやり方・・・
シューターの独自開発など、新しく強力なものを真っ先に揃える方法・・・)

これも、そのひとつ。

(『魔法と組み合わせる』武器・・・!
サンダーソードなど、まだ一部でしか成功例のないそれを、パルティアなどを参考に組み上げたか・・・!!)


・・・実際は、デネブが勝手に作っただけだ。カミュこそアイルを買いかぶっていた。
しかしどの道、一騎打ちであるこの戦いでのカミュの『絶対優位』は、完全に揺らいだ。
膂力も互角以上だというのに、武器までグラディウスと比べて遜色のない性能と特異性があるのだ。

離れれば、ジリ貧だ。

「・・・ならば!!」

カミュは突進する。
ひづめの音が響き、十六の闇の槍を操るシーダに肉迫する。
思う通りに操れる複数の槍を相手に離れては駄目だ。意識をほかに割けない近距離の、一瞬の隙も許されぬ戦いでしか勝機はない。
幸い、カミュは武人である。その身のすべてを一本の槍と同化させるその戦いは、最も得意とするものだ。

「うおおおおおおおおおおおっ!!」

ガィン! シュガッ!!!

逸れたグラディウスを一旦引き、間をおかずにもう一突き。
だが。

(かわしたっ!?)

シーダは、こともなげにその二段突きを躱してみせた。
それどころか、笑みさえ浮かべている。
ヴァルキュリア・シーダに対して油断していたなどということはない。しかし、『魔槍ネメシス』などと呼んだ、複数に分かれる闇の槍などというものを手にしていながら、慢心がないなどと。
一瞬の隙を付いたはずの、さらに必殺の二段突きを躱すなどと!!!

その動揺。
むしろカミュの方が隙を晒していた。

「くふ。ならば次は打ち合おうかぁ!!!」

黒騎士カミュを相手に嬉々として槍を振るう輩など、カミュにとっては初めてだ。いや、襲い来るものはいたが、次の瞬間には馬から落ちているか逃げ出すのが常だ。

ガィン!! キィイン!!

「今度はこいつで行こうか!!
名付けて邪槍『ヘルファント』!!」

(槍を変えてきただと!?)

たまらず防御にまわったカミュ。突きの軌跡をわずかにそらす。
が。

ドスッ・・・

「な・・・」

逸らしたはずの穂先が、カミュの腕に突き刺さっている。
いや、そらした槍そのものは、グラディウスによって今この瞬間もそれたままそこにある。
ネメシスと同じように、闇の魔導で複製された槍先が、カミュの腕に、腹に、突き刺さっている!!

「・・・受けた瞬間に、複数の分身が生まれて突き刺さる槍だと・・・!?」

「くくふふ。その意味では、邪槍ヘルファントは槍ですらない。
『そういう魔導器』なのだよ!!」

剣術とは面の取り合い、槍術とは線の取り合いだ。
それを激的に優位にするのが、盾であり、二刀流。
しかしその煩雑さ、槍に至ってはその長さと片手での取り回しの難しさ、片手では本来の威力を出せない構造などから、実現していない。

であるからこそ。

受けられた瞬間に別の攻め手を模倣する突きが自動的にくる魔術付きの槍など、反則もいいところである。

しかし。

ここは『戦場』だ。

どんな悲惨なことも起こりうる。どんな理不尽もまかり通る。
『そんな武器はずるい、卑怯だ』などという戯言が聞き入れられるはずもない。

「せいぜい無念を叫ぶがいいっ!!」

ガィン!!

ドスドスッ。

ガイン!!

ドスドスッ、ズブッ。

攻撃を受け止めるたびに、そこから派生する闇の槍がカミュの肺腑を抉る。

「うぐ・・・ ぉおっ・・・」

アカネイア大陸にその人ありと恐れられた名将『黒騎士カミュ』は、たった一人の女に槍衾のように刺し貫かれ続け、傷からごぼごぼと血を吹き出す。朦朧とした意識の中・・・

「無、念ッ・・・!!」

そう呟いて、ゆっくりと愛馬のたてがみに顔をふせった。

それを見て、『シーダ』・・・ デネブ、は。

「ホントに無念って叫んだぞコイツ!!
あははははははははははっ!!!!!
くふははははははははははははははは!!!!!」

指をさして大笑いした。

ひとしきり笑った後、アイルに咎められる。

「やかましい。さっさと殺せ。グラディウスは使えるし、こいつの首を持っていけば、グルニアも全面降伏するだろう」
「くく。ああ、わかったわかった」

グラディウスを奪い取り、その首を落とそうと馬から引き擦り落とそうとした瞬間。

ヒュガッ!!!!!!!!!

「何!? 痛ッ・・・」

デネブの手のひらに手槍が突き刺さる。

ドドドドドッ!!!!!

間をおかずに突っ込んできたのは、一騎のパラディン。

「・・・何者だ、貴様!?」


その者は答えなかった。


カミュを背に乗せたままの馬の尻を、剣の背で叩いて、

「行け」

それだけ言うと、その馬を守るように銀の剣を構えた。

「貴様っ・・・!」

その騎士がカミュ以上の使い手であるはずはない。
しかし、その気迫の凄まじさから、デネブはカミュを追う事が出来なかった。




その5 グルニア城の落城


その騎士の頭にあるのは『命令』だけであった。

主であるカミュに言われたのは、『ロレンス将軍の命令を遵守せよ』だ。
そのロレンス将軍に命ぜられたのは、『グルニアの唯一の槍たるカミュを死なせるな』であった。

今朝、グルニア城を隠れるように出て行った黒騎士にされた命令は、その事実を知った『グルニアの唯一の盾』により、そう上書きされた。

命令に『制限』はない。

ならば、彼は己の十全を持ってその命令を貫かねばならない。


・・・そう、たとえ己の全てが削れるような戦い方をしてでも、カミュを生存させねばならない。

そして幸運にも、それだけが。


命のすべてを燃やし尽くすような戦い方こそが、この魔女を相手にして渡り合える唯一の可能性であった。


「「うおおおおおおおおおっ!!!!」」


猛牛のような雄叫びと、戦乙女の戦歌が響きあう。

邪槍ヘルファントの能力、インパクトの瞬間に『あるはずであった別の攻撃』が顕現する力は、さすがデネブが思いつきで作っただけの槍という事もあって、間の抜けた盲点があった。

守りに入らせられると、能力自体に意味がない。

『槍の交差した瞬間』という事は、攻め手の時には反則的な追撃を発生させるが、守りの時には、交差した瞬間とは『既に守りきった後』なのだ。別の守りの一手とは、間違いを犯した、守りきれなかった時の手を撒き散らすだけで、意味がない。

つまり。

邪槍ヘルファントと互角に戦う方法とは、消して恐れず踏み込み、相手に攻撃をさせない事。これが一番有効だ。

その意味でその騎士は、カミュの逃げる時間を稼ぐために、万が一にも追わせるものかと、全力でデネブを殺しにかかった。
肉体の限界・・・いや、体が無意識にかけている『これ以上は体がもたない』と、痛みや疲労で本来ならかかるはずの枷。それを完全に外すことで、結果的にデネブを圧倒し、本来なら嬲り殺されるだけの戦いを五分にしている。
まさに期せずして『死中に活路を見出し』ていた。

そして。


「ちぇぇぇぃあああああ!!!!!」

ズブッ・・・!!

「ぐぅっ!?」
「デネブ!?」

銀の剣がデネブの脇腹をかすめる。
もうアイルも黙ってはいられなかった。
デネブは既にカミュとの戦いでそれなりに消耗している。止めを刺そうとした隙をつかれて手も怪我している。阿呆なことに、無意味に派手に戦った分、魔力もそうは残っていないはずだ。

「いかんデネブ、引けっ!!!!!」

こんな所でデネブを失うほど馬鹿なことはない。
シーダの体を死なせたら、マルスに合わせる顔がない。

「ちぃっ・・・!!」

一旦引くしか手はなかった。

(まさか、こんなことになるとはな・・・!!)

幸い、引くことに徹すればデネブは早い。
ノルンの援護もあって、難なく逃げ切った。


その後は、つまらぬ幕切れとなった。

その騎士を遠巻きにしながら別の場所に誘い込み、ノルンに射掛けさせて捕らえた。
そもそも騎馬の利点はその突進力。それを半減させる森での戦いなど、意味がないのだ。付き合うデネブもデネブであったのだ。

その騎士、肉体的限界を無視して戦っていただけに、力尽きたときはまさにくず折れた。

その兜を剥ぐと、そこにはかつての仲間、カインの顔があった。


「かつての仲間がまた一人、か」
「やかましい」

痛い目に遭わされたのはデネブであったが、イラつかされたのはアイルだった。


 ・


「・・・申し訳ありません、ニーナ様。
命を遂行すること、かないませんでした」

実際には殺すつもりであったが、言わなければばれることもない。
敵として向かってくる相手を殺さぬようになどというのが無茶な話なことくらい、この姫もわかっていよう。

「いえ、わがままを言いました。
彼の生死ははっきりしてはいないと聞いています。
それに、あくまで敵としてくると言うなら、この国を制することが、彼の心に別の意味での区切りを付けるでしょう。その時に彼が抱く答えに期待するとします」

あの後、捜索するにはしたが、デネブとカインの一騎打ちの時間が長すぎた。
デネブが危なかっただけに、ノルンはそのフォローにまわる役目があったので、カミュを追えなかったのだ。ニーナの私情に関する話である前提があったため、ノルン以外に伏せておいた人員がいなかったことも禍いした。

(まあいい。数十箇所の刺し傷を受けて、もつとも思えん。一命を取り留めたとしても、数ヶ月は動けまい。
それだけあればマケドニアまでは落とせる。順調に進めれば、ドルーアも)

「本当はね…マルス……
きっと、こうなるだろうと思っていたのです。

あなたに炎の紋章を託したときから、こうなるだろうと……

…『アルテミスのさだめ』という伝説を知っていますか?」
「いえ……」
「ファイアーエムブレムによって王家がよみがえるとき、その代償として、王家の者は最も愛する者を失う……

かつてメディウスが現れたとき、アルテミス姫は、あなたの祖先アンリ1世と深く愛し合いながら、ついに、結ばれることはありませんでした。
そして、私の時は……」
「ニーナ様……」

正直、アイルには他人事だった。
ただ、気持ちがわからないかと言われればそうでもなかった。

己を御することも、誰かに愛されようとすることも。
思うようになど、なかなかならないものだ。



 ・


「グルニアとは王家のみを指すのですか?
違うというのなら、貴方のしていることはグルニアのためになるのですか?」

『国は王のためにあるのではない。そこに生きる民のためにある』
父の口ぐせです・・・

そんな風に始まった『シーダ』による説得は、グルニア城にいる残党たちに、どうやら効果があったようだった。

カミュを失ったグルニア城は、ロレンス将軍がいながらも、その戦意は消えていた。
ロレンス自身が降る事を考え始めたのなら、後は坂を転がる石のようなものだ。

「・・・降伏しよう。
好きにされるがいい。マルス王子」

ロレンス将軍は膝を折り、全面降伏を宣言した。
ロレンス自身を惜しむ声に答えねばならぬのと、アカネイア同盟軍のけして悪くない評判。カミュのいない今、国をまとめる補佐としての役目を引き継がねばならなかったこともあるのだろう。
ユベロ王子成人のおりに、再興の機会がないとは限らない。その時に有力な者がいなければ話にならない。

「・・・我々の目的は、人類の奴隷化を企む暗黒竜の討伐とドルーアの滅亡。それを邪魔する気はないというなら、特に何を求めもしません。
マケドニア、ドルーアに攻め込むための後ろ盾として働いてもらうことにはなるでしょうが」

グルニアをどうこうするつもりはない。それはアイルのすることではない。マルスのすることだ。
出来る限り、マルスのやりたい事ができるような状態で保っておき、マルスに渡してしまうのが最上なのだ。

(出来れば叩き潰しておきたいのが本音だが、それもそれで民草の方に恨みを残すだろう)

兵は結局、誰かの親であり子であり、兄弟親友であるのだろうから。

ロレンスとの話を打ち切り、アイルはデネブと執務室にこもる。

「ロレンスはお咎めなしか。お優しいことだ」
「カミュのいない今、人望だけはあるロレンスを使うのは手だ。
こっちも面倒な事はかなわん」


ここまで兵は徹底的に叩いてきたし、戦で疲弊していた村々に施しも十分与えてきた。
貴族レベルではまだしも、民衆レベルでの反感は少ないはずである。
戦とは民にとっても理不尽の連続だ。その混乱を抑えさえすれば、後顧の憂いは最小限にできる。

(さてと。ノイエ・ドラッヘンと狼の牙の方は、と・・・)

報告書は上がってはいる。しかし情報は流石に今現在のものとは言い難い。
そしてあれからひと月は経っている。

(オレルアン領内に攻め込まれたところまでは耳に入っている。その後負けたとは聞かないが・・・
攻めるより守る方が容易なのもある。逆に、勢い付かせてはよくない場面もあるだろう。さて、どんな手を使ったのやら)

アランからの連絡も入っている。
カペラがこちらよりの動きをしていることと、ガーネフとの縁が切れたことで、以前ほどの力がないことも。
つまり今までアイルをさんざん苦しめた、反則的な魔術はノイエ側に使えない。

「・・・デネブ。お前はどちらと見る?」
「一も二もなく『牙』の勝ちだ。秀でた将の数が違いすぎる・・・と言いたいところだが。

にもかかわらず、かまえていたはずの『牙』が、オレルアン領内にまで攻め込まれているとはな。
勢いのあるということが関係するのかもしれんが・・・
しかし他にも何かあるというなら、私が考えるほど簡単な話ではないのかもしれん」
「ふむ・・・」

旅団長を名乗る『リュカオン』、ハーディン。
副団長『ベテルグ』、ウルフ。
参謀『ヘーゼ』、ロシェ。
猛将『ベラトリック』、ザガロ。
閃破『リーゲイル』、ビラク。

分団長『カノープス』、アストリア。
女帝『カーラ』、ミディア。
列弓『サディラ』、トーマス。
軍神『ガスト』『ボルグス』。ミシェラン、トムス

客将という扱いで出るつもりなら、ミネルバももう戦えよう。

『ノイエ・ドラッヘン』と、袂を分かった・・・

賢将『オフィウクス』ジェイガン。
魔帝『アウリガ』ことマリク。
連閃『サギッタ』ゴードン。

これだけの将がいながら、やすやすと攻め込まれたというのは確かに、勢い以外に何かあるのかもと思わなくもない。
しかも、ノイエの面々とともに、カペラとその一行・・・
アラン、カチュア、リンダもいるのだ。


対して、ノイエ側にいるのは、傭兵のシーザとラディくらいのはず。勿論マケドニアから、いくらか派遣されているかもしれないが、本土での決戦が考えられている状況で、あまり優れたものをこちらに割くとも考えにくい。

となると、よけいに不自然ではある。

しかし、遠く離れた、互いに大陸の端の話。
情報を待つしかなかった。


 ・


「ところでレナさんや。わしは癒え切らぬ怪我をどうにかしてもらいに行くわけじゃが・・・
レナさんはマケドニアに何用なのかね?」

バヌトゥがそう問いかける。

旅が始まって数時間。最初の休憩とした昼食の時間である。

「ミシェイル王子に・・・会いに行きたいのです。彼は本当は、優しい人なんです。今は世間的にも、非道の・・・ 親殺しの覇王、なんて呼ばれているけど・・・
彼なりに、やらなければならないと思ったことの、結果なんだと思います」
「ほう・・・」

ジュリアンにはもう少し、突っ込んだ話をしている。
求婚されたことがある、と。

「・・・マルス王子のしようとされていることや、ミシェイル王子の考え方を、すり合わせることはできるんじゃないかと思うんです。
無駄な血なんて、少ないほうがいいに決まっているもの。私は、今はシスターだけど、マケドニア貴族でもあったから、やり方によっては、会ってくださると思うから・・・」
「なるほどのう」

元恋人であるということを聞いているジュリアンにとっては、なんとも言い難い話である。
だが、レナにはジュリアンにも言っていない、真意があった。

苦境に立たされていると知った時。
レナは、どうしようもなく、『あの頃』を思い出したのである。

心を通わせただけであるとはいえ。
ともに愛した、あの日々を。



 ・


少し時間は巻き戻る。
カインとデネブが刃を交えている頃。

カミュは、馬の背の揺れの中で、朦朧としていた。
兵の嗜みとして、所持していた幾ばくかの薬をなんとか塗りつけ血を止めるが、今すぐどうこうなるものでもない。

(・・・)

思考さえもまとまらない。
とにかく、休まねば。

森の中をうろついていてはいずれ見つかる。せめて身を隠さねばならない。

と。

小さな砂浜と、何か積んだ小舟が一艘あった。
近くに住む漁師のものだろう。

(ありがたい)

体を引きずって、舟のもとに行く。荷物をいくらかかずらして、入り込んだ。


実はこれは良くはなかった。砂浜なのだから、足跡や引きずった跡は残るし、かえって目立つ。

しかし・・・

幸か不幸か、この日はすぐに少し高めの潮が満ち、この小舟は見つかる前に沖に流されてしまった。

そしてこの時血を流しすぎたせいで、カミュは記憶をも失うことになる。


ともあれカミュは、『暗黒戦争』と呼ばれるこの舞台から、ここで降りることとなるのであった。





幕間 その18 新生ノイエの総大将

時は少し遡る。

ひと月近くはかかったグルニア平定の間、オレルアンでは『狼の牙』と『ノイエ残党』による戦いがあったわけだが・・・

現在、ノイエ内部のマケドニアの傭兵達がグルニアの誅殺作戦を逆手にとって反乱を起こしたところだ。
アリティアテンプルナイツやカペラ勢が追い立てられてオレルアンに逃げ込むことになったのだが・・・

カペラは、愕然とした。
オレルアン城に入った時に、一行は『歓待』を受けたのだ。

ハーディンは両手を広げてその意を示した。

「おお、おお。よくぞ参られた。『狼の牙』は貴君らを歓迎する。
ささやかだが宴の用意もした。今日のところはゆっくりと旅の疲れを癒すがよかろう」

報告は明日ゆっくり聞こうと言わんばかりだ。しかも城には『慌ただしい様子』が全くない。

『血に飢えた傭兵軍団が迫り来る』この状況で。


(どうしようもない唐変木どもですわねっ!!!)

・・・声に出して言ってやりたかったが、この公の場で、身を寄せる組織の長たるものを魔導士風情が罵るのはいただけない。

「・・・お心遣い、感謝の言葉もありませんわ」

ありませんから言いませんけど。
とは言わずに、宴が始まって数分、ウルフやミディア、マリクとともに、ハーディンの許しを得て、カペラは退出する。
旅の疲れが出た、と言えばそう不自然でもない。

場所を移したカペラは、辛抱強く話す。

「・・・ことは一刻を争います。傭兵どもが一々村々を襲って宴でも開きながらの行軍だというのならともかく、少しでも兵法を知る者なら、『兵法は拙速を尊ぶ』の大原則を怠るはずはありません。
そんな学に明るいものが敵にいるものかと思うかもしれませんが・・・
万が一いたら、私達はその時点で全滅です」

どうしてその怖さが伝わらないのか・・・

戦が日常になっているものは、なまじ経験がある分、『もしも今回だけいつもと違ったら』ということの怖さが薄いのかもしれなかった。

そうでなくても、ノイエ残党が到着するまでに、こちらの迎え撃つ準備が整う保証などどこにもない。
間に合えば余裕ができるが、間に合わなかったらこれも兵の死に、民の死に直結するのだとどうして思い至らないのか。

先んじて危機を知らせた早馬が全くの無駄である。
手鏡が使えなくなった分の情報のタイムロスを悔やんだ懸念はいったいなんだったのか。

とりあえずここに呼んだメンツは、多少そのことが分かっているだろうとアタリをつけた者達だ。

「ノーマオリ湖あたりは、大軍を要するのに適した場所です。問題は・・・
そこに展開したところで、バカ正直に正面衝突してくるような軍ではないだろうということです。
傭兵は基本的にヒット&アウェイ。奇襲強襲、夜討ち朝駆け当たり前。自分たちが生き残ることに貪欲です。だからこそ・・・
最小限の働きで、最大限の効果を手にしようとします。
『そこをどう逆手に取るか』ということになりますが・・・」

逃亡の途中に、ジェイガンやマリクとは散々した議論から出た骨組みから肉付けをしていく。

「ノイエ残党側には、シーザとラディがいることは確実です。彼らも用心棒上がりとはいえ、基本は傭兵。無能とは思わないほうがいい。
この作戦で行くとして、 ・・・相手がこちらを無能と思ってくれるかどうかが鍵です。こういってはなんですが、事実そういう輩もいるようなので、探られた腹からそこに行き着いてくれることを願うばかり・・・」

敵を謀るには敵の知能の度を計るをもって先とす。
虚なる時は実とし 実なる時は虚とするならば・・・

その先にある『敵の知能』がどうなのかは、知っておかねばならない。

「・・・あの二人のことを、もっと知っておくべきでしたわね・・・」

シーザとラディはあまり気にかけていなかった、カペラの懸念は最もであったが。

彼女はもっと別に懸念するべきことがあった。


もっとも・・・

『ああなる』事を予想できなかった事を、攻める筋合いはないかもしれない。
しかし、彼女の言葉を借りるなら・・・

策の組み立てというのは、万が一どこかに綻びがあれば、その時点ですべてがひっくり返り、それで全てが終わってしまう。
そして、終わってしまえば、取り返しなど付かないのだ。


人は裏切る。
立場、立ち位置、誘惑、懐柔・・・
全てを踏みつけにしても己をかけることがある。
それまでを投げ捨ててでも守るためにそうすることもあろう。

自分もそうであったというのに、カペラはその事に考えを巡らすのを忘れていたのだ。



 ・



そこは、王族や貴族用の部屋だった。
捕虜として捕らえられていたパオラは、いきなりそこに通された。
拘束は解かれ、ユリを象ったドレスを着せられ、目の前には部屋にふさわしい、贅の限りを尽くした料理が並べられている。

「・・・」
「久しいな。パオラ」
「ゴキゲンウルワシュウ。デンカ」

虜囚の身という恥の中、一番出会いたくない相手と言えたかもしれない。
殿下は殿下である。・・・いや、

「そろそろ陛下と呼んで欲しいものだがな」
「・・・・・・」

ミシェイル王子である。今や国王であるわけだから、陛下だ。
アカネイアを頂において属国とすれば殿下で構わないのだが、もちろんのこと嫌がるだろう。パオラもそのつもりで言っている。

「・・・まあ、食え。
保証はしてやるが、なんなら毒味もしようか?」
「・・・それには及びませんが」

する意味はないだろう。

三種のチーズをあしらった、トマトソースの白身魚だ。冷めてしまってはもったいなかった。
楚々と切り分け口にする。テーブルマナーくらいはわかる。

(・・・美味しい)

ここ数日牢屋暮らしだっただけに、さっき浴びさせてもらったシャワーも、この料理も身にしみた。

「で、なんのお話ですか?」

まさかただ同席させて夕餉を取ろうというだけではあるまい。

「率直に言う。パオラ。俺につけ」

・・・まあ、そうだろう。

「ミネルバ様を裏切れ、と?」
「正当な王のもとに戻れと言っている」

理屈は合わないこともない。
あとは心情の問題だ。

「貴方が父王を殺した事を、ミネルバ様は許していませんよ」
「ならばあの時、俺がああしたことを。お前は間違っているというのか?」
「・・・・・・」

結論から言うと、思っていない。
あの当時、マケドニアの存続という観点から、そんなに悪い手ではなかったのだ。
ドルーアにつく、ということは。

アカネイアの支配から逃れるには、あの選択は必要だった。その後人間の尊厳をかけての改めてのドルーアとの戦いを、マケドニアが握れば・・・

破綻は、ニーナ姫が逃げ出したこと。滅びたはずのアリティアのマルスの、この一年の八面六臂の活躍。グルニアのルイ王の思った以上の臆病さとカミュの野心のなさ・・・

パオラもわかってはいた。
『ミシェイル王子のやり方は間違っているとは言えない』という事。
むしろ先代の王が義理を大事にしすぎていたようにさえ思う。
今ではアカネイア側が忘れているような義理を。

「今のような戦乱の時期、歴史の転換点というのは何度も訪れる。
ニーナのこと、マルスのこと、ミネルバやハーディンも意味は軽くない。そして・・・

アカネイア同盟軍が、グルニアまで駒を進める中で、もうひとつの転換点となり得るのが、今だ。
『狼の牙』と、今や大規模傭兵団の皮をかぶった俺様の私兵団・・・『ノイエ・ドラッヘン』。
この二つの勢力の戦いの結果如何で、アカネイア同盟軍と・・・ マケドニアの行く末が変わる」

そこは間違いなかった。

グルニアはもう長くは持たないと、パオラも思う。『ノイエ・ドラッヘン』からの援護がない今、今のアカネイア同盟と戦うには地の力が足りないだろう。
カミュは三本の指に入るだろう武人で策士と言われているが、マルス王子は楽に倒せる相手ではあるまい。武人としてはともかくも、策士としては大きくは違うまい。
策士、策に溺れるという言葉もある。条件次第で、マルス王子がカミュに勝つ目はあるのだ。

ならば、この広大なアカネイア東部とワーレンを中心とした自治区、オレルアン一帯の支配者を占うことになる今回の戦いは重要だ。
もしこの戦いに勝利すれば、実に大陸の半分を実質マケドニア領と出来る。そうなれば、マケドニアはその瞬間から、ドルーアが勝とうがアカネイアが勝とうが、その後の世界で残ったどちらかを潰せばいい。


「パオラ。お前は『ノイエ・ドラッヘン』を率いろ」
「っ!? ・・・な、ん、ですって・・・」
「『ノイエ』をお前に預ける。オレルアンを見事奪い取ってみせろと言っている」

フォークを取り落としそうになった。

幸い、もうコースは終わっている。ワインもヴィンテージなものではないが、酒でありながらとても自然に喉を潤す、上質のものだった。

その話だけを聞けば、取り立てられたのであり、認められたのだろう。
パオラも一介の参謀である。ミネルバの懐刀の自負がある。だからこそ、野心もなくはない。
しかし、何よりミネルバに対する忠誠を己の基としている。ノイエを率いる、並ぶに『狼の牙』を叩くということは、今そこに身を寄せるミネルバに弓を引くことに相違ない。

「・・・出来ません」
「そうか。
・・・ならば、そうするしかなくさせてやる」
「!?」

胸ぐらを掴まれ、そのまま持ち上げられたパオラは、寝室に連れて行かれた。

小さな砦とはいえ、将のための大部屋があるような場所だ。隣の寝室とはつながっている。

ベッドに投げ出され、入口を塞がれた。

・・・逃げ場がない。

「何を・・・!!」
「己をミネルバのものだと自ら縛っているから、そう頑なのだろう?
ならば俺が直々にお前を『書き換えて』やろう。
・・・俺のものになってしまえ、パオラ。
そうすればお前は思うままに己を出せる」

そう告げるミシェイル。


とくん。とくん。とくん・・・

己が国の王子に空恐ろしさを抱きながらも、パオラはどこか高揚していた。

ミシェイル殿下。

彼は、パオラの生きていた国の王子だ。
『彼女の生きていた国で最高の男』なのだ。

母譲りの美しさと父譲りのカリスマと、どちらにも似ていないその野心と。
愛されずとも、弄ばれれば本望、せめて一度抱かれたい・・・とさえ国中の女が思う男が。

騎士として私を望み。
私を縛るために、これから・・・


これから・・・


「・・・パオラよ。その目は、これから犯される女の瞳の色ではないな」



何気ない一言だったかもしれない。カチュアあたりなら事ここに至っても、ピンと来ない可能性はあった。
しかし、パオラはそうではないだろう。

最悪なことに、パオラはその時思わず、すごい勢いで目をそらしてしまった。
顔を真っ赤にして。

それは、馬鹿でもわかる仕草だ。

「ほぉう」

悟られた。

それ以上は何も言わずに、ミシェイルは覆いかぶさってきた。押し倒す、よりもいくらか優雅に、しかし、押さえ込むその手首を掴む両手は、とこうにも解けない。
力を込められているわけではない。しかし振りほどけない。

ビィイッ!!

「・・・!!」

お仕着せられたドレスなど、どうなろうとパオラの知ったことではない。けれど。

異性としての魅力を感じていない、もしくは嫌悪さえ向けた相手に犯されるというのなら、自分に力のないこと、隙があった事を恥じても、矜持は残る。

これは私の望んだことではないと、己を偽ることなく言える。

だが。

決して知られてはならないと考えていた想いを見透かされて、矜持を引き裂かれながらも、己自身が悦んでいるのを見せ付けられるというのは。
心は通うことなく、ただ暴かれたままに弄ばれる、隠しようもない真実を認めねばならないというのは。

(嫌・・・・・・!!!)

それも偽りではない。
しかし、まさに夢にまで見たことでもあるのだ。
ここまで不快な嬉しさがあるだろうか。

思いは届いてなどいないのに。
隠すことも、違うと言い張ることも出来ない、意味がない。


ミシェイルは、上手かった。

女を抱き慣れていた。

決して逃がそうとせず、その場を支配しつつ。
一方では、執事のようにソツのない奉仕をする。

パオラの豊かな胸に、頬をすり寄せるように甘えたかと思えば。
擦りつけるうちにひとつに溶けてしまうのではないかと思うほどの、激しい腰使い。

「あ、あ、あ」

実際はされるがままになっているだけなのに、無理矢理に犯されているだけだというのに、いつしかその苦しむような喘ぎは悦楽しか表さなくなり、

「・・・っ!! ひっ・・・ あぅ・・・!!」

特に、余計なことなど一切言わずに、ただそのパオラの艶姿を見つめる瞳。
パオラは彼を直視など出来ないというのに、ミシェイルは全く目をそらさない。

なすすべなく犯される自分。己を無理矢理に手篭めにするその相手を好いていた自分。一生明かすまいとした思いを見透かされた自分。それらを含め今この時に幸福を感じてしまう自分。そんな自分を心底軽蔑する自分。

そんなパオラの全てから目を逸らさず、むしろ目を離さず、吸うような優しい口づけを交わし続け、ともに溶け合ってしまいそうなほどに腰を打ち付けるミシェイル。

「出すぞ」
「・・・!! ちょ・・・」

ぐちゅる。

じゅ。


・・・にちゃっ、にちゃっ、ぶじゅ・・・

(ひぅっ・・・!!)

無遠慮で自分勝手な終焉・・・のようで。
軽く、落ちた。落とされた。
色んな意味で。

どころか。


・・・にちゃっ、にちゃっ、ぶじゅ・・・
ぐちゅっ、くちゅっ、ぐちゅっ、ちゅっ・・・

ちゅっちゅっちゅっちゅっちゅかちゅかちゅかちゅかちゅかちゅかちゅか・・・

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ」

ミシェイルは『それ』を抜かぬままに、かすかに痙攣するパオラを間をおかずに責め立てた。
それは、『絶頂を連続で感じさせる』という、女を悦ばすためだけの技術であり奉仕。

「重ねて言おう。『俺のものになれ』」

答えさえ欲しない。命ずるだけだった。


ーーーっ!!



・・・・・・


何度も。

何度も何度も何度も何度も昇らされて。

萎える様子のないままの『それ』が引き抜かれると。

こぽ。

泡のはじける音がひとつ。

泡立った白いゼリーのような物が、パオラの中から吐き出され、シーツを汚す。


体を引き寄せ、尻を撫で回しながら、ミシェイルは言う。

「・・・お前の分の料理には、混ぜ物がしてあった。定期的にある薬を口にせねば、死に至る・・・な。
どのみちお前に選択肢はない。こんな事は余興のようなものだ」

嘘だ。

パオラはいとも容易く見抜いた。


『言う事を聞かねば死ぬ』という『言い訳』をつけさせるために、こんなことを言っている。
バレバレであった。

『落とされた』から・・・などという理由で寝返るなど、騎士としてありえない。しかし、パオラは既に『落ち』ていた。
だからこそ、『そうするしかなかった』理由を・・・『逃げ道』を用意してきたのだ。

そして。

そのことにパオラが気がつくのもわかっていて。
それでもそこにしがみつくしかないのを読まれている。

「オレルアンを落としたら、また抱いてやろう。力を示すがいい」
「はい」

部屋を出ていくと思ったら、パオラの髪の香りが気に入ったと言って、そのままここで寝てしまった。

(・・・この人、本っ当に天然のタラシだわ・・・)

頬を染めたまま、やりきれない怒りを顔に浮かべつつ、それでも殺意が欠片も湧かなかった。

『女としての自分』を全肯定された上で。
『今まで考えもしなかった逢瀬』を示されてしまった。
その上でこの男を否定できるわけもない。


 ・


『新生ノイエ・ドラッヘン』とも言うべきその軍は、(新生ノイエが『記憶のメモリー』くらいに変な言葉であることは置いておいて)『狼の牙』内では、前述のように『ノイエ残党』あるいは単に『ノイエ』と呼ばれ始めていた。

その軍のオレルアンへの到着は。

カペラの予想よりも2日。

ハーディンの予想より3日。

ほかの将校たちの予想よりも大体5日早かった。


グルニアからは遠く離れたこの地で。

もうひとつの『戦争』が始まる。




幕間 その19 傭兵ケトゥス


オレルアンは、草原の国である。
とはいえどこまでも草原というわけではなく、広い草原が特徴であるというだけで、普通に山も川も湖もある。
実際のところ、オレルアン城は、山脈にぐるりと囲まれた要害だ。東側のみが開けているが、そこには流れの速い川がある。守るに易く、攻めるに難がある城だ。
もっともその流れの速い川に別の名がついて広がっていき、緩やかになる頃には、その川を中心に雄大な草原が広がる。
ノーマオリ湖をほぼ草原の中心としているだけに攻める方法は限られてくる。渡河のための戦いを繰り返して、中継地点として湖を手に入れ、後に城攻めを行うのが流れだ。

勿論、防衛側は逆に、湖を取られないように渡河されぬように防衛線を張り、湖を取られてしまった場合は、それを取り返すか、オレルアン城の堅固さを使って消耗戦を挑むかになる。
これまで、オレルアンは『草原の狼』ハーディンをようする『狼騎士団』が戦力の主体であった。故に、その強さは騎馬の能力が最も活かされる『草原の戦い』に重きを置いたものであった。つまり、湖を取られれば、取り返すことに全力を尽くしたのだった。

「・・・で、半年ほど前には、敵の挑発に乗って湖まで出て行った間に、別働隊にほぼ空の城を落とされ、後は雌伏に耐えてのゲリラ戦・・・という流れだったのでしたっけ?」

ハーディンは苦い顔をする。
結果論とも言えるが実際に失策だ。
言い訳がないこともない。草原での戦いは本陣にまで攻め入っていたのだから、もう少しで状況は逆転していたのだ。しかしこれも勿論結果は敗北している以上言い訳だ。

「言葉が過ぎるぞ!! 魔導士風情がッ!!」
「やめよ『ベテルグ』っ!!」
「し、しかし・・・」
「『奴らがすぐそばまで来ている場合を考えておかねば』と言われたにもかかわらず、我らは十分に用意ができたとは言えぬ。この状況で、非礼を咎めている場合ではない。
お前の忠誠は疑いはしないが、その力向けるのはここではない。オレルアンを守るためや、奴らを迎え撃つために使うのだ」
「は、ははっ」

『ノイエ残党』が、草原に現れたのは、カペラの予想さえ2日上回った。この拙速さは無視できなかった。いや、侮れないどころか一瞬の気の緩みも許されないレベルの相手と思っていい。

『余裕を持って』進めておいたはずの、草原に大急ぎで配置をしたウルフやミディアの部隊が間に合わなかったら、ノーマオリ湖は既に敵の手にわたっていたかもしれないのだ。
その場合、こちらの士気はダダ下がりになるだろう。マケドニアにいとも易く本城を取られた半年前の悪夢をいやがおうにも思い出させるからだ。それで『勢いのついた傭兵』の相手が出来るものではない。

「・・・続けますわよ。
とりあえず、湖をむざむざ取られるなどということは防げましたわ。
おっつけ第二陣は送るとしても、副団長『ベテルグ』女帝『カーラ』様(ウルフ、ミディア)率いる第一陣は、湖の死守をお願いしています。
第二陣は、一陣とともに出発している、軍神『ガスト』『ボルグス』(ミシェラン、トムス)様率いる重騎士団。そして猛将『ベラトリック』(ザガロ)閃破『リーゲイル』(ビラク)様の騎馬軍団となります。
もとより要となるあの場所の死守です。兵をけちる意味はありません。

副団長の『ベテルグ』様がおられるのですから、十分とは思いますが、賢将『オフィウクス』(ジェイガン)様あたり、相談役に向かってもらってもいいかもしれません。
参謀『ヘーゼ』(ロシェ)様、ここまでで何か?」
「・・・いえ、特には。
今呼ばれないメンバーもいましたが、あなたが遊ばせておくわけもない。待機にしても、これから指示を出されるのでしょう?」
「当然ですわね。
では、続けさせていただきますけど・・・」

『狼の牙』の面々が、結局はこの『暗黒戦争』にろくに参加出来ていなかったことと、『ノイエ残党』の意外な結束力は、カペラの予言めいた慎重さを肯定する形となり、カペラの思い通りの軍議の運びを促した。
また、ほぼ無敵であったカペラがその力を失ったことで、カペラ自身が思慮深さを備え始めていた。

結果的にいろいろなことが、良いように作用したとも言えるが・・・
終わってみなければ、それが本当に良かったことなのかもわからないのが戦というものである。

「・・・作戦は以上ですわ。
各自、持ち場に着いてください」


まずはスタンダードとも言える一戦。

『草原の戦い』の始まりである。


  ・


「突撃ーっ!!!!」

・・・おおおおおおおおおっ!!

鬨の声を響かせて、両軍がぶつかり合う。
血に飢えたマケドニアの傭兵団たちは流石に勢いに乗っているが、オレルアン側も負けてはいない。そもそもオレルアンはマケドニアに一度征服されている。マルス王子のアリティア・タリス連合軍やハーディンの狼騎士団残党による決死のゲリラ戦でこの地を取り返してもらったという苦い経験がある。
今度こそ守りきるのだ・・・そんな思いもあったのだろう。弓騎馬隊の矢尻の閃きは、鋭いものがあった。

対して、マケドニア側は、まるで自分の国を手に入れたような騒ぎのままここに来ている傭兵たち。
その士気は士気とあらわすのもどうなのかというくらいの昂揚加減で、命が惜しくないのか、いや、命が失われることさえも、その心を高ぶらせる要因でしかないのかという勢いだ。

喉を、目を、心の臟を貫く矢尻や剣。
真緑の草原は瞬く間に真っ赤に染まる。

「取り囲め!! 押しつつめぇっ!!!」
「片っ端から切り捨ててやるぜっ!! 次はどいつだぁッ!!?」

鳴りすぎていて、どこから鳴っているのかもわからなくなっている剣戟。
まさに雨のように降り注いでいる矢。
互いに全く引く気配を見せず、ただただ命が失われていく。

刻一刻と、ただただ。

ただただ。


 ・


不毛な一日目が終わる。
戦線は膠着状態。いたずらに兵を失っただけだ。

「被害は?」
「我が軍、敵軍、ともに2500から3000程度かと・・・
負傷者という意味ではその倍。これは我が軍の方が若干多いようです」

カペラは眉をひそめる。
思ったよりひどい。許容範囲ではあるとしても。

「『ベテルグ』『カーラ』の采配とも思えませんわね・・・ 敵がそこまでの技量を持っているとでも?」
「・・・そう理解せざるを得んだろうな。
もっとも、あるのは技量というより勢いだろう。もちろんそれをうまく操る『技量』があるのが脅威なんだろうが」

口を挟んだのは、『カノープス』(アストリア)であった。『カーラ』(ミディア)の指揮力は誰よりも知っているだけに、その敵の評価は身びいきだけでもあるまい。

「敵を翻弄し、取り囲むことに関しては他の追随を許さぬ『ベラトリック』(ザガロ)や、その速さで敵陣をかき乱した『リーゲイル』(ビラク)が間に合った後半戦でさえ、あっという間に立て直された・・・
見事というしかなかろうよ」
「・・・そうですわね」

戦力の随時投入というのは愚策の極みだが、間に合わないものはしょうがない。
軍神『ガスト』『ボルグス』(ミシェラン、トムス)の重騎士部隊が今夜到着するはずであるから、それである程度はもつはずである。

(おっつけこちらの部隊は充実してくる。それに合わせてとってくるであろう一手・・・
そこを潰せば、さすがにこの勢いは削がれるはず・・・)

『狼の牙』が総数3万。
『ノイエ残党』はいくらかの変化の結果、2万5千。
防衛側でこの数、名のある将の数からいけばこちらが有利だが・・・

(あまり気休めになりませんしね)

5000程度の戦力差は、指揮者の技量でやすやすとひっくり返る。
そうさせないためにも、読みあいに勝たねばならなかった。


 ・


列弓『サディラ』(トーマス)、連閃『サギッタ』(ゴードン)、そして『カノープス』(アストリア)は、それぞれオレルアン城を取り囲む山中に潜んだ。

「彼らは傭兵。騎馬が主である私達に草原で挑むのは、合理主義的な彼ららしくありません。
・・・あれは囮です。
『同じことをやられた』のですから記憶に新しいでしょう?
敵の挑発に乗って湖まで出て行った間に、別働隊にほぼ空の城を落とされた・・・あれです」

それぞれがカペラの言を思い出す。

しかし妙ではあった。
さすがにこちらも気がつくはずなのだ。あれは囮であると。そしてそれに気づくことに、敵も気がつくはずだ。
しかし、昨日の戦いは偽装には完璧すぎる。
『本気すぎる』のだ。

(湖側が本命・・・というのもありえる)

アストリアは、腹の探り合いは得意なほうではない。だが気になるものは気になる。

読み違えれば、どこから崩されるかわからない。しかし戦力分散は愚策である。

「ともかく、『決死隊に撹乱されて内部から攻略された』などという事態は防いでいただきますわ」

そう言われて、三人の部隊は散らばっていたが・・・
ほぼ同時刻、遭遇することになる。カペラの予想通りの『決死隊』に。

囲まれた。

「っ!!!・・・き、君達は・・・っ!!!」

そう言えたのは、『サギッタ』くらいだった。

彼らは、『カニス』『ウルサ』であった。すなわち、サジとマジ。

他の組は、互いを知らずに戦いを始めた。

『リーオ』(バーツ)と、列弓『サディラ』。

剣極『ケトゥス』オグマと、『カノープス』。

「その弓、へし折らせてもらうぜ」
「いいぜ、どうせ支給品だ。あんたが矢ぶすまになった後で、叩きつけてやるよ」

「今は『ケトゥス』と名乗っている」
「『カノープス』。いざ参る!!!」


カペラの予想は、十二分に当たったと言えたが、オグマが捕まっているのではなく、寝返っているのには思い至らなかった。


だが、考えてしかるべきでもあった。


オグマは捕らえられた牢獄の檻越しに、無視できぬ話を聞いた。

(お前が忠誠を誓う麗しの姫は・・・シーダとやらはもうこの世にはいないぞ。
ならば貴様が守りたいものとは何だ?

俺の言葉がまるで信に置けぬというなら、構わんがな)

ミシェイルのその言葉を一笑に付すことが出来なかった時点で、オグマは『提案』を受けた。

マルスだけではなく。

シーダもだとしたら。


(パオラと共にオレルアンを潰せ。
働き如何では、本土決戦で使ってやろう。その時にシーダを尋問する権利を与えてやる)

「・・・俺には、確かめねばならんことがある。俺の、生きる意味に関わることで!!!」

実際にはシーダは『乗っ取られている』のであっても死んではいない。しかし早々に同盟軍を離脱したオグマは、元に戻った時のシーダを見ていない。
さらに言えば、『乗っ取られている』などというのは、オグマにとって非現実的に過ぎた。

それで結果シーダの敵に回っているというのは不憫に過ぎたが、彼に真実を告げられる者はここにはいない。

対して恋人と共に戦う勇者に迷いはなかった。

「私も、守らねばならない者達がいるさ!!」

剣戟は、しばらく止まず、戦いは続いた。


一方草原では、重騎士部隊を交えての戦闘が激化していた。
守りに徹する陣形に、重騎士を加えた布陣は当然のように効果が高かった。
攻めあぐねたお互いの軍は、双方あまり変化はなく、二日目の戦闘を終えた。


 ・


「・・・読まれていた、ということね」
「悪いが、撤退せざるを得なかった」

『ノイエ残党』側の両面作戦の一つであった、少数精鋭でのオレルアン城奇襲の方は失敗に終わった。

実際、『ケトゥス』オグマと、『カノープス』アストリアの剣技は互角だった。


『カニス』と『ウルサ』組は、『サギッタ』を撃退している。
『リーオ』は逆に、経験の差か、『サディラ』に翻弄されて終わっている。引き際は心得てはいたようで、無事逃げてはきたが・・・

「どちらにしろ、預けられた精鋭を失う羽目になった」
「まあでも、それは向こうも同じこと。それに・・・
ここまで的確に読んできた。なればこそ、『メギドの炎』を読めないでしょう」

パオラは、微笑む。

「どうせ、采配はカペラさんあたりなんでしょうけど・・・ね」


搦手をきっちり読んでくるとなればそうだろう。

しかし、読めないものはあるはずだ。


 ・



その頃。

ミネルバは遊撃隊として、全体を見渡していた。
一日に二度、草に連絡を取らせつつ、臨機応変に動いてもらう・・・というわけだ。

敵がマケドニア軍傭兵団とわかっている以上、マケドニアのお姫様がオレルアン城をうろつくというのは双方都合が悪い。
こちらの状況を洩らされるのではないかという不安、いざと言う時人質に使えないかという思想。それはどうしても考えに浮かんでしまう。
それならば城からは離れてもらったほうがいい。そのまま裏切るならそれはそれである。
何より、マリアが同盟軍の行軍に付き合っている以上、本来は裏切りの心配はないのだ。
その上で手柄を立ててくれれば双方にありがたいし、その意味では指揮下に入るというのはやりにくかろう。

「カペラ殿には、気を使わせているな」

ならばせめて借りを返しておきたいところだ。
が、懐刀のパオラがいない今、考えなしに突っ込むわけには行かなかった。
今、戦闘に参加していないというのは大きなアドバンテージだ。これを最大限に生かすところで参加したいものだ。

「で、ミネルバ殿。これからどうされるのです?」
「うむ・・・ どうするべきだと思う? 魔帝『アウリガ』殿」

貴重な魔導戦力である『アウリガ』(マリク)だったが、伏兵としてならともかく、軍団単位で見たときに貧弱すぎる魔道士は、今回特にすることがない。そのため『アウリガ』は、ミネルバの監視兼お付を買って出ていた。

とりあえず、今のところは山脈をウロウロとするだけだ。見つからないように気を使ってもいる。

さて、どうするか。


 ・


オレルアン城。

『カノープス』と『サギッタ』を失ったのは痛かった。
剣技は互角とはいえ、『ケトゥス』の剣には毒が塗ってあったらしく、『カノープス』はしばらく使えない。『サギッタ』に至っては、斧で叩き折られた腕が戻るかどうかもわからない。今回の戦にはもう使えないだろう。

『サディラ』部隊も、いざという時の守りにまわしたい、貴重な弓部隊となってしまった。


「読んではいたというのに・・・痛手ですわ」

ここまで強力な部隊を送ってくる事、とりわけ『ケトゥス』(オグマ)が裏切っていたというのが厄介だった。この時点で知ることができたのがまだ救いか。盲点を突かれて入り込まれ、城内で暴れられた時に、それが剣極『ケトゥス』であったらと思うと確かにゾッとする。

もう三日目だ。両軍とも疲れは出てくるだろうし、徒らに兵を失うだけの衝突ばかりではつまらない。
かと言って、防衛側のカペラとしては、湖の守りをあまり割きたくない。

(定石は補給線を断つこと、夜襲・・・
でも、敵はそんなことには備えてる・・・)

これは調べた。
補給線は磐石であったし、夜の警備は隙がなかった。
それでもやるなら割く部隊の人員を増やすのが必須だが、カペラはここにきて慎重が過ぎた。
今まで反則的な力で好き放題やっていた分、思うままにやって『失敗する』のが怖かった。

このことが。

相手に時間を与えることとなる。


・・・その日。



『ノイエ残党』に、『それ』が届いた。



続く

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ぽ村

~偽りのアルタイル~

第18章 愚劣なる黒騎士達

その1 中央島とオルベルンの町


カシミア大橋。

最西端に位置するグルニア王国と大陸を結ぶ、大陸最大の石橋である。

ドルーア帝国、マケドニア王国にはどの道海路で行かねばならないし、アリティアからでも距離に違いはない。むしろ遠い。
しかし、ラーマン神殿にあるという光と星のオーブを手に入れるためには、グルニアに行くしかなく、ドルーア連合にグルニアが属している以上、侵略という形をとるしかなかった。
そのためには、このカシミア大橋は、海路による費用を使わずにグルニアに行ける唯一の道。そこに待ち伏せされれば一戦は避けられず、しかも被害も必然。
それでもここを抑えずにグルニアを攻めるという事は考え辛かった。


勿論そんなことはグルニア側も百も承知。
アカネイア同盟軍が到着した時には、勇猛をもってなるグルニア黒騎士団の連隊がカシミア大橋の袂に展開していた。

カシミア海峡にかかる一筋の橋を巡り。
壮絶な戦いが始まろうとしていた。


 ・



「・・・定石過ぎる」

つまらなさそうにアイルはつぶやいた。

眼前にはカシミア大橋、手には遠眼鏡。少し小高い丘にある砦から、グルニア側の全体の布陣をある程度俯瞰する。

橋を戦場とするなら、定石は基本的に「守り」である。
軍隊同士をぶつける場合、その力をいかに纏めるか、一度にぶつけるか、多方向から攻められるかなどが問われるわけだが、敵が橋を渡りきった地点での待ち伏せというのは、一番簡単にそれが成立する。
しかも今回アカネイア同盟は侵略側だ。
となれば、グルニア側が取る対処は、橋を渡りきったところでの待ち伏せ・・・これが当然である。
当然なのだが・・・

定石というのは確かに破りにくい。理にかなっていて無駄も少ない。だがだからこそ・・・
それを破った前例というのにも事欠かないのだ。

それこそ力技から搦手から、それの対処法とそのさらに先の罠も含めて。

「・・・ま、幸運としておこうか」

ノルンも隣にいるが、反応はない。
多分、同じような感想なのだろう。

「・・・マルス王子」
「これは・・・ニーナ様」

最近のニーナは戦場に少しでも近いところに行きたがるが、こちらが諌めれば引く。節度を持っているのでありがたい。

何か躊躇いがちなその態度は、言い出したいことがあるように見えた。

「て、敵の大部隊が待ち伏せていたと聞きましたが…」
「はい。どうやらグルニア黒騎士団のようです。
それが、なにか?」
「い、いえ。なんでもないのです。
なんでも……

て、敵将は
どのような者なのでしょうね?」

成る程。
カミュの事が気になって仕方がないというわけか。

「おそらく『彼』ではないでしょう。
かの大将軍は、ドルーアの意にそわぬ行動をとり、その監視下にあると聞きます。
母国が攻撃されれば別でしょうが、この地まで遠征してくることはないでしょう。

何よりこの布陣が物語っている。
定石ではあるが定石すぎる、こちらに油断もさせぬ、不安も掻き立てさせぬ布陣。

この軍を預かっているのは十中八九、凡庸なる将です」

「そう、ですか・・・」

ホッとしたような、残念なようなため息をついて、ニーナは戻っていった。

(カミュか・・・
実質一人でグルニアを支えているという男。どういう形で戦うことになるか、どう始末をつけるか・・・
ニーナとの事もある。今ヘタな手は打てないが、ふん、どうしたものか)

とりあえず敵が定石で来るのなら、それを崩さない範囲で地ならしをするだけだ。

「・・・獲物が罠にかかるのを待っているだけの猟師なぞ、狐にも相手にされんぞ」

ニタリと笑うアイル。

それ自体が罠である可能性も視野に入れつつも、アイルは外堀を埋めにかかった。


 ・



その頃、シーダ・・・いや、デネブは、アイルの用意した焼き菓子をいくらか持って、空を飛んでいた。

デネブは、シーダの体に戻ってからというもの、連日遊び歩いている。
夜の誘いもしてくるが、アイルがノってこないのでつまらないらしく、ご無沙汰である。以前は半分脅していたのに、それはしなくなった。
かと言って手当たり次第に手をつける気もないらしい。街をめぐって名物を食べ歩いたり、山に入っては果物をもいだりしている。そしてデネブが寝てしまうと、シーダの方が訓練などして必死に減量をしている様子だった。

「この女にエサを与えないで」

自分を指して不機嫌極まりない顔をしながらそういうシーダは滑稽に過ぎたが、笑ったら殺されそうだった。

それはともかく。


「・・・お」

オルベルン城はグルニアの王城ではないが、王城下が一番栄えるとは限らない。港が近いことから交通の要所であり、豊富な海産資源があることなどから、オルベルン城下は賑わいを見せていた。
その栄え方を見て、派手好きのデネブが興味をもたない訳はなかった。さすがに目立つペガサスで乗り付けたりはしないが、敵国であることなど全く意識から外して遊び始めていた。

大道芸人や踊り子、吟遊詩人や似顔絵描き。海藻の汁と牛乳を混ぜて作る菓子や、星型の切り口の細長い揚げパンなど、目の付くままに買ったものを食べながら遊び歩いた。

楽しい。

・・・楽しいのだけれど。

「・・・アイルと、来たかった・・・な」

それは、初めての感覚だった。

意志を持ってから、軽く人が死ぬくらいは生きているが、その殆どは『自分』としてなど生きていない。アルティの心に潜み、物思いにふけることがほとんどだった。

なんのことはない。生まれたばかりのベガをどうこう言えるほど、デネブも『経験』があるわけではないのである。

『心を許した相手がそばにいないのが寂しい』『楽しみを共有する誰かが欲しい』・・・
そんなことをふと思う事さえ、アイルといるようになってから知ったのである。

「・・・うむ。グルニアを落とした後に、連れ出すか」

とても、素敵なことに思えた。
楽しい場所をたくさん調べておいて、アイルを連れて回るのだ。知り尽くしたような顔で、案内して見せるのだ。

「くふ」

そんなことを考えながら、玉ねぎとミンチをたっぷり混ぜ込んだケチャップを、揚げたマカロニでたっぷりすくってほおばる。
手についた塩や胡椒を舐めとる仕草は行儀の悪いことこの上ないが、デネブがやると官能的ですらあった。


 ・


戦端を開く前に、アイルは各隊の隊長に、部隊の鼓舞を頼んでいた。どんな内容かは、それぞれ違った。
だが、一貫していることがある。これが『侵略』であるということについてだ。

騎士達には、『これは人と竜との戦争だ。叩き潰すまで終わるまい。どちらにしても休戦はこちらから言い出すことではない』という話を。

傭兵あがりや一般兵には、『俺たちの国を荒らした奴らを追い出してめでたしで終わらせてたまるか。殴られた分は殴り返してやらねえとな』という具合だ。

「・・・ドルーアを倒す理由はどちらにしろあるわけだものね」

ノルンとしても、ドルーア帝国をこのままにしておく気はないが、アイル達は選択の余地がない。
マルスを返してもらうには、魂のオーブを満たす魂が足りない。人の魂を効率よく集めるために、戦は続けねばならないのだ。

「・・・ここまでとは勝手が違う。だが・・・
カペラが敵とは呼べなくなったのは大きい。今後どう出るかはわからないが、前回の話が確かなら、エッツェルがこちらにいる限り、気にする必要がない。
この機会に畳み掛ける。
その為には、なんとしてもガトーに会わねばな」

アイルの懸念は、今までに比べれば随分払拭されていた。
そしてデネブも手元にいる今、心なしか気分も軽い。
ベガのこともあるが、其の辺はアランの連絡待ちになる。焦ろうにも手はないのだ。

「くく、くくくくくくくく」

今まで、押さえつけられたり、出てこれなかったりと、思い通りにならない戦が続いていたが、ようやくまともに戦ができる。その事にアイルは心なしか高揚していた。

カペラや地龍など、戦略どうこうでない者たちとの戦いでさえ何とかしてきたのだ。
かの黒騎士団相手だというのに、やっと戦らしい戦になると、落ち着きさえ感じる。

「・・・ここからは、全て俺の侵略だ」

アイルは、暗くギラギラとした笑いを浮かべた。
そんな笑顔は、確かに久しぶりであった。


 ・

カシミア大橋を含めた戦場は、北を上として俯瞰するとちょうど『E』の形をしていると言える。勿論、橋の部分が縦軸に当たるわけである。
大陸とグルニア本島を結ぶ橋は、中間に中島を経由している。当然、この中島にもグルニア黒騎士団は駐留している。

橋の南端にいる本体、及びこの中島にいる分隊は、北端からのアカネイア同盟軍の進軍と同時に突っ込んで、二方向からの突撃で出鼻を挫き押し返すことになる。また、弓騎馬も要していることから、足止めされた後方部隊を狙い撃ちする構えである。

「うむ、完璧である。非の打ち所がない」

スターロンは・・・ この師団を預かる将軍は、満足げに頷いた。
彼は基本に忠実で、自らを磨くに寸暇を惜しまない。グルニア貴族において、優秀であると言えた。
手足のように軍を率いるという点では、カミュにこそ劣っても、黒騎士団内では定評があった。
その優秀さゆえに、気弱なグルニア王は手元に置いての守りの任に付かせたがったため、戦をあまり経験していないという不遇の将である。

やっと戦が出来る。
自らの持つ力を存分に発揮できる。
彼はそう信じて疑わず、彼らアカネイア同盟軍が橋の北端から進軍してくるのを手ぐすね引いて待っていた。

そして。


その瞬間が始まった。


「アカネイア軍、進撃を始めました!!」
「全軍! とぉぉぉぉおおおおつげきっ!!!」

待ちきれなかったようにその手を下ろす。
カシミア大橋の中心、橋をつなぐ島の先をめがけて、南端よりの本隊と、しまに駐留する部隊が殺到する。
始まってしまえば全てがグルニアの優位で圧倒的に終わる。勝つべくして勝つ。それがスターロンの美学の当然の帰結。

だったが。


がごぉぉぉぉぉぉおおおおおおっ・・・

じゅしゃあっ!!!!


それは。
『何か』が、引きずられていく音と。
それが終わる音。

その音のした方には。

『大量の石』や『大量の槍』が降る、むしろ・・・

『グルニアがアカネイアに見せてきた地獄』が、鏡写しで存在した。

「シュ・・・『シューター』!!
『ストーンヘンジ』と『ファイヤーガン』ですっ!!」
「ばっ・・・ 馬鹿なぁぁあああああっ!?」

その声を聞いたわけではないだろうが、アイルはまたニヤリと笑った。

グルニアの誇る『木馬隊』。そのお株を奪う強襲。

「『これまで』を覆す、超長距離攻撃!!
しかも改良に改良を重ねて、精度は並ではないぞっ!!」

どどどどどどどどどどどどどどどどっ!!!!!


突き刺さる槍と打ち付けられる岩。
それは神速を尊ぶ突撃の勢いを抉くのに十分すぎた。
島に駐留していた部隊の足は完全に止まってしまい、もうどう見ても間に合わない。

しかも。

どかかかかかかかかかかっ!!!


カシミア大橋に入ってきたのは、シーダが率いるはずだったパラディン部隊である。
南側の橋と中央の島をつなぐ場所をいかに早く取るかが肝心であったのに、そこを白銀の鎧をまとった騎馬に防がれてはそれ以上攻めようがなかった。

しかもしばらくもすれば入れ替わるように、ホルスのジェネラル級重騎士部隊がそこへ陣取る。
勢いの行き場をなくしたグルニア軍が引くも進むも出来なくなったところで、海上からのノルンのスナイパー部隊、弓兵が全滅したのを見計らってのフレイの竜騎士部隊が強襲する。

「な・・・ な、なな、な・・・
これは・・・」

圧倒的だった。
目にも止まらぬ大敗北。
これが真実であるということを、スターロンは認識できない。考えもしなかった末路なのだ。

優秀であると言われ、そう賞賛されるだけの結果も出してきた。何より驕らずに研鑽を重ねてきたつもりであった。
なのに。
教えられた通りの戦略、戦術は紙のように破られ、瞬く間に中央の島と南側の要を取られた。しかも進むだけ進んで伸びきった橋の上で、自軍は袋叩きにあっている。
・・・遠からず、全滅する。ほうけている場合ではない。
それでも。

全てを打ち砕かれたスターロンに、『退却』の一言は発せなかった。


・・・結局。

カシミア大橋が完全に奪われるまで、スターロンは何も出来なかった。終盤に周りを固めて、渡りきってしまうことは阻止したが、それはこの大失態を埋めるものではありえなかった。


 ・


その後4日間。
スターロンはラーマン神殿の守護に専念、そしてカシミア大橋を渡りきらせないための布陣をしいた。
ただこれはアイルの想定の中のうちであり、敵が橋の踏破阻止に汲々としている間に、中央島には完全に基盤を作ってしまった。
挟まれているならまだしも、北側の橋は完全にアカネイア同盟支配下である。中央島が簡易的にでも要塞と化してしまえば、大勢は決まってしまうのだ。

それでも、スターロンは何も出来なかった。
常に不利な状況をなんとかしようと策を打ち出し続け、それでも次の戦いのために次善策を打っていくアイルと、今回初めて逆境に立たされたスターロンでは話にならなかった。
しかもアイルは、『もしこういう形で追い詰められたら自分がどうするか』『スターロンがこうこうこういう人物だとしたら、何を思いつき、実行するとしたらどれか』まで考えている。

踏み潰すのは簡単だった。
それでもアイルが動けなかったのは・・・


 ・


「・・・あれだけ目を離すなと、言っておいただろうがッ!!!!!」
「も、申し訳ありませんッ!!!!」

デネブが、行方不明になった。
おかげで、それどころではなくなったのだ。
その報告がもたらされたのは、カシミア大橋をもう少しで踏破するというところだった。

『マルス』の恋人である『シーダ』の体を好き勝手に使っている、『アイル』の懸想相手である『デネブ』の失踪。

アイルが心穏やかでいられるわけはなかった。

「・・・どうせ、遊び歩いているだけなんだろうが、な!」

半分本気でそう思っていても、最後の一線で心配で、中央島の要塞化を進めながらも、何も手につかなくなっていた。

そもそも、中央島の要塞化という時点で、アイルにしては下策に陥っているのだ。
本土決戦を迫られている黒騎士カミュに、一時たりとも時間を与えてはならない。

そんなことはわかっているはずなのに、だ・・・

続く



by おかのん
by ぽ村 (2013-07-14 16:55) 

ぽ村

第18章 愚劣なる黒騎士達

その2 オルベルン根刮ぎ大作戦


少し話は巻き戻る。

カシミア大橋での一戦が、まさに火蓋をきられようとしていたその時。
オルベルン城下では、デネブが遊び歩いていた時である。

センスの良い銀細工を見つけ、少し身をかがめて、買うかどうかを迷っていた時・・・

「ひゃうっ!!?」
「? どうしたい、お嬢ちゃん」
「い、いや、なんでも・・・」

後ろには、フードで顔を隠した、小柄な女。
腕を引かれる前に、尻を触られたのだ。

(この女・・・)

隙があるよ、という忠告だったのだろう。実際あの気配の消し方で、財布の方をやられてもおかしくはなかった。

その上で呼ぶのなら、何か用があるのか。

引かれるままに、つないだ手に従った。


街の外れのなんの変哲もない、しかし安宿の一室。
そこに通され、その女はベッドに座る。

「・・・何の用だ?」
「んふふ。可愛い声なのに口調はキッついね。上司に似ててポイント+2だあ」
「質問に答えろ」
「まあまあ、とにかく話を聞いてよ。持ちかけたからには説明はするよん」

見かけと喋り方ほど常識知らずではないらしい。

「・・・話せ」
「まずアナタ。ペガサス乗りだっしょ」

たしかにそうである。

「・・・そうだが」
「おおう? ここで『なぜ分かった!?』とか言わないのはすごいね。大抵ここであたし自身に引き込まれちゃうんだけどなあ。
じゃあもう教えちゃおう。見破った理由・・・一つは貴方が可愛いから。

実はこれは大事な要素なのよ。ペガサスは魂の清らかな乙女しかその背に乗せないって話があるの。でもあたしはこれには異を唱えてるのよね。経験上、あいつらはただの面食いよ。きゃはは」

それはデネブとて知っているし、異論もない。
畜生風情の基準がどこかは知らないが、『清らかな乙女』が条件ならば、この女や自分が乗れるとは思えない。

「そして、お尻。
空を駆けるペガサスに乗る乙女達のお尻は、普通の馬に乗る女騎士とも違う、独特の丸みと柔らかさを持つんだよねえ」

そっちが本命だろう。
さっき尻を触ったのはそれゆえもあってか。
ともあれ、この女もそうなのは話しぶりから間違いない。

「・・・実はね、ちょっとしたお仕事をしなきゃならないんだ。でも、実はその・・・ いわゆる『泥棒』なんだよねー。誰かに手伝ってもらおうにも、ギルドとかに話を持ってくわけにはいかない。しかもここは私にとって敵地だからね。仕方なく、一人でやろうとしてたんだけど・・・

貴方を偶然見つけちゃって。

グルニアはね、ペガサスの繁殖地をその領内に持たないんだ。まあ、持ってるとこの方が少ないけど・・・ 少なくともグルニアにはない。
マケドニアともドルーアとも、連合でありながらも仲良くはない。だからこの時期ここにいるペガサスナイトは、間違いなくアカネイア同盟の所属。
・・・そうでしょ?」
「・・・うむ」

つまり、こいつは・・・

「でね、私はお使えしている王女様と合流したいんだけど、せっかくだから、グルニアの機密文書とかそういうのを持ってきちゃったりしたいわけ。
いいと思わない?

貴方がアカネイア同盟の騎士なら、どっちにしろプラスになる話だし、その時にお城の財宝をくすねてきちゃおう?
私は主に機密文書とかでいいよ。持ち出した財宝の2割もくれれば、残りは貴方の取り分で、どお?」

いたずらっぽい笑顔を浮かべる彼女。

『泥棒』というのは面白い。戦とはまた違ったスリルがある。
持ち帰るものは多いほうがいいというなら、人数が多いのはありだ。加えて、持ち帰ったものによっては、アイルは大いに喜ぶだろう。

「分かった。乗ってやるよ、エスト」
「・・・ほえ!?」
「分からいでか。ペガサスナイトの数はそもそも少なく、その上で直接の上司が王女、アカネイア同盟に合流の予定があり・・・
そのいかにも末っ子な奔放さ。ピンと来ないほうがおかしい」
「・・・やるねえ。シーダ様。
一本取られたよ」
「ふん」

そこにも驚いてなどやらない。
シーダの名や特徴は、この戦争の間に広まってしまっているからだ。
片田舎の純朴な、しかしどんどんと垢抜けていく姫と、悲しき運命を背負った、勇者の血脈を継ぐ亡国の王子のラブロマンス。巷でここまでの話題も他にない。


 ・


オルベルン城の警備は、はっきり言ってザルであった。
仕方ないことではある。
グルニアが侵略されようという事態というのに、前線に出ずにいるわけにも行くまい。
王城やその周辺ならともかく、侵略ルートから外れた街だ。ドルーアやマケドニアの方が距離的に近く、兵をさく意味はあまりない。

「・・・つまらん」
「は?」
「予告状でも出しておけばよかった。スリルも何もないぞ。こんな堂々と入り込んで持ち出すだけだなんて」
「いやいやいや。何言ってんの。
ちなみに私ツッコミキャラじゃないよ? 完全にボケだよ? 逆にすごいお姫様ねえ。初めて会った時から噂のあてにならなさに吃驚したけどさ」

潜入する前に夜まで暇だと言ってしこたま飲み食いした後、潜入したらしたで厨房から入って作りおきのシチューや生ハム、ソーセージを食べ尽くし、ヴィンテージ物のワイン3本とウィスキーをラッパで飲み、途中で遭遇した庭師と兵士2人を八つ裂きにし、メイドサーバントの娘を二人押し倒している。

「やりたい放題じゃん」

しかも『つまらん』と言い放った。

「という訳で作戦変更だ。王族の寝室にゆくぞ」
「いやいやいやいや」

聞く耳持たない。

寝室で仲睦まじく寝ている城主夫婦の顔を覗き、そして・・・

呪文を唱える。
軽い爆発音と共に、デネブとエストは煙に包まれ・・・

「えええええええ・・・・・・!?」

デネブとエストは、城主夫婦に変身した。
ちなみにデネブが城主の方である。

「な・・・ナニコレ。どういう魔法!?」

変身しているからには変身魔法なのだが、そんな魔法は竜族にしか使えない。普通はそんなものの存在から知らない。

「お前はニコニコしていろ」

説明さえしない。作戦の内容さえ言わない。

警備の隊長らしい兵士に声をかけ、

「今、密命があった。この城にある軍備、財宝をあるだけの馬車に積め。明日の明け方には出発する。
カシミア大橋で大規模な作戦があり、そのために必要なのだ。
事は急を要する。迅速にやれ」
「は、ははっ!!」

エストは空いた口がふさがらなかった。


 ・


4日もさんざん心配させた挙句、戻ってきたデネブ。
船いっぱいのオルベルン城の財宝と、エストを連れてのご帰還であった。

何かをこらえるようにしていたアイルであったが、彼女がもたらしたものは決して小さくなかった。

「物見に、これの写しを配れ」

グルニアの暗号のほぼ全てがそこにあった。
咎め立てをしようにも出来ないアイルに、デネブは満足気であった。

「ところで、褒美をよこせ」

独断でやらかしておいて何を、と言いたいが、そもそもこれも『ごっこ』にすぎない。
マルスを人質に取られている以上、何を要求されても文句は言えない。無理であれば道理を説くか、同情を誘うしかないのだ。

「なんだ」
「久しぶりに『誘え』と言っている」
「・・・・・・」

複雑な表情を浮かべると、少し残念そうに、

「言ってみただけだ」

そう言って、去ろうとする。
その背中に、

「・・・あまり、心配させるな」

アイルはそう告げた。

言わずにはおれなかったその言葉は、デネブにとって望むものであった。
しかし、あまりに的確であったが故に、デネブはそれを信じられなかった。見抜いた上での、おためごかしと思い込んだ。

思い合う二人は、知りすぎているだけに。
何一つ、伝わらない。


追記。

「やほー。姫様元気ー?」
「うん、マリアは元気だよ。エストお姉ちゃん」

エストは当然のようにマリアのお付きになった。
カチュアが行方知れず、ミネルバとパオラが使者として『狼の牙』『ノイエ・ドラッヘン』に赴いている今、当然の流れでもあった。
頭が回る割に、どこか遠慮がちな性格のマリアにしてみれば、マリアのことを考えつつ、先天的に図々しいエストのような女はちょうど良かった。

「あの王子様いい人だねー。お菓子くれたよ」
「それがいい人の基準になるエストお姉ちゃんにちょっと不安を感じるけど、マルス様はとってもいい人だよ」


そして。


次の日、メリクルソードと呼ばれる、アカネイア三種の神器の一つが、アイルに下賜された。
オルベルン城からデネブらが持ち出した財宝に紛れ込んでいたのである。


続く
by おかのん
by ぽ村 (2013-07-14 16:55) 

ぽ村

と言うわけで遅ればせながらうp完了。

修正希望や指摘などがあったらお願いしまっせw
by ぽ村 (2013-07-14 16:58) 

おかのん

>指摘その他
特にはないです~。ありがとうございました。

そして早速うp。

~偽りのアルタイル~

第18章 愚劣なる黒騎士達

その3 カシミア、落ちる

カシミア大橋は膠着状況に陥っていた。
デネブのせいで4日ほどふいにしたからである。
それを補って余りある収穫を持ってきてはいるのだが、戦局を一気に決めるチャンスを逃したのは変わりなかった。

ちなみにデネブ、誘いを断ったためか、ふてて寝ている。今回は戦力に数えられそうもない。
この程度の戦場ならいなくても大丈夫だろうが。

「どうするの?」
「・・・まあ、手なんぞいくらでもあるんだがな」
「じゃあさ、私にやらせてくれないかな」

雑談のように持ちかけられた話だったが、悪くなかった。何より、

「実はダロスさんやロジャーさんには先に準備してもらってて」

デネブの搜索でどう転ぶかわからないためになんの準備もしてないアイルのために、ノルンは自分なりに作戦を立てて準備をしていたのだった。
方法としてもそれなりにアイルのやり方に沿ったもので、やらせて問題はなさそうだった。

(ノルンも使えるようになってきた、ということか)

もともと消化試合。経験になるなら僥倖だ。

(ならばいい。先の手を打っておくまでか)

「誰かあるっ!!」
「はっ!」
「シュテルン商会に連絡を取れ」

片腕の詐欺師にやらせている、今や押しも押されぬ大商会。
その首根っこは、未だにアイルが握っていた。


 ・


次の日。

Eの字をしたカシミア大橋の地形で、二本目の
横棒にあたる川中の島。その島の南側・・・
つまりグルニアに向いた岸に。

「な、なっ・・・ なぁぁぁあああっ!?」

二横列の船団がひしめいていた。


橋のたもとをきっちりと守られているならば。
橋なんぞ無視して攻め込んでしまえばいい。

占領したあとに橋が使えればいいのなら、攻め方にこだわる必要もないのだ。


思いついてみればなんということのない当然の戦略なのだが、スターロンはいつも『こういう状況での戦闘』というものから思考が始まる。
有利不利など望むところだが、それはチェスで『駒落ち』を持ちかけられたのとは違う。
チェス盤の上に勝手にもう一軍分駒を並べられたようなものだ。

橋のたもとをがっちりと守っているだけでよかったから、防衛側の有利と合わせて互角だったのだ。
川岸の全てを戦場とされて、勝てるわけがない。


「・・・さあノルン。好きな時に腕を下ろせ」

つぃっ・・・

ゆっくりと、白魚のような指を立てたまま腕を振り下ろす。
それを合図に、鬨の声が響き旗がはためいて、船が一斉に動く。
橋の方にも騎馬部隊が疾風のように駆け出す。

うおおおおおおおおおおおっ・・・・・・!!!!

おおおおおおおおおっ・・・・・・!!!!


ゾクッ・・・


ノルンの背筋に走るものがあった。
自分の意志の下、自分と同じだけの価値を持つはずの『人』がこれだけの数、動く。
かけがえのない、それらが。

(あたしの、おもちゃ)

魂そのものをかけて、命そのものをかけて。

命に貴賎など本来はないのだという、神の言葉とやらとはうらはらに。
駒でしかない命と、要となる自分の意思。

「・・・アイルは、ずるい」

こんな楽しいことで、遊んでるんだ。

「ん?」
「なぁんでも、ない」

その横顔は。
デネブがアイルをいたぶるときの顔と大した違いはなかった。

にもかかわらず、アイルはそれに嫌悪や恐怖を感じなかった。

いや・・・

それは多分、誰であろうと同じだろう。

その笑顔を浮かべる側か、見せ付けられる側か。
それは、兵家の常であることを、アイルはよく承知していた。

 ・


スターロンは、必死に守った。
しかし、橋のたもとに全力を注げば良い今までと違って、今回は岸全てが戦場だ。

(あの船がどれかでもこちらの岸についたら、終わり)

橋だけを守っている場合ではない。しかし、今までそれで『互角』だったのだ。なんとか守りきっていた形だったのだ。
岸を守る分の戦力を割いてしまえば、橋を渡りきられてしまう。

(しかし、しかしっ・・・)

このまま船が岸についてしまっても負けだ。

「岸に油をまけ! 火矢を放て!!」
「あ、油の用意がありません!!」
「後でもってくればいい! 火矢の雨をふらせろ!! 急げぇっ!!!!!」

準備をしていたのならともかく。
今からで間に合うわけもない。

「第5、第6部隊は岸に向かえッ!!
上陸を許すなぁぁああああっ!!!」

ーいいのか?
ー足りるか?

グルニア兵達全てが、その想いにかられた。

ー自分たちも行かなくてもいいのか?

後方にいる部隊の殆どは、

『その準備』を、心に抱いてしまった。


一丸となって全力を注いで、互角だった橋のたもとで、だ。


さらに。


しゅがああああああああッ・・・・・・

ひゅがっ!!!


岩が。
炎のついた槍が。

雨のように降ってくる。

「しゅ・・・ シューター・・・・・・っ」

どごぉっ!! がっ!! ごっ!!

ごばあぁっ!!


火炎瓶のついた槍が爆ぜる。岩に直撃した兵が昏倒する。
とてもでは・・・ない。

船からも矢の雨。薄く展開しただけ、並んだだけの『沿岸防御』部隊は、瞬く間に全滅。

あそこには立ちたくない。立てば死ぬ。
しかももしその攻撃で死ななくても、本番はその船から降りてくる兵たちだ。
多分、血に飢えた傭兵部隊。
集団でいるからこそ力を発揮する正規軍が、薄く伸びきった形で防御せねばならない状況で、各個撃破のエキスパートたちを相手に。

でも。

あそこに誰かが立たねば、グルニアに攻め込まれる。

今のアカネイア同盟は、アリティアの王子が総指揮官を勤めている。
つい先ごろまで、グルニアが統治していた・・・

好き放題していた国。


その国の正当な王が、自国を取り返して。
占領されていた国に、今度は攻め上がって。


この国はどうなる。
母は、妻は、子は。
友は、街は、森は・・・

「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

橋も、岸も、守らねば。
後ろに詰めている間に、あの岸に乗り上げられてはいけない。
自国を愛するがゆえに、皆、命令を無視して岸を守ろうとして飛び出した。

それが、きっかけになった。

少しでも後方にいる部隊は、岸の方に駆け出してしまった。
それを待っていたかのように、橋の騎馬隊の勢いが上がった。
後ろで何もしていなかったわけではないのだ。その騎馬の突進力を押しとどめていたのは、正にその後方にひしめいていた部隊だった。

「う、うおおおおおおっ!!」

橋の守りは、瓦解した。

その後は、絵に描いたような総崩れで、地獄絵図。

シューターや船からの矢に倒れ、橋から溢れて膨らんでゆくアカネイア軍が隊列を整えてゆき・・・

カシミア大橋は、アカネイア同盟に占領された。

数万を超えるグルニア兵の犠牲者が出た。


そして・・・
その戦いのさなか、どす黒く蠢く闇を目にできたのはほんのわずかだが、それは確かにあった。

死のオーブ、魂のオーブの、『封殺』だ。

死のオーブが死にかけている人間を完全に殺し、抜け出た魂を、魂のオーブが吸い取る。
それは、まるで悪魔が人の魂を取り立てる光景のようだ。

だが、やっているのは・・・

ただの人間である、アイルだ。

前回の衝突の時にやってからであるから、4日ぶりではある。しかし・・・

「アイル・・・大丈夫なの?」
「ああ・・・」

目の下に浮かぶくま。
背筋を伸ばそうとすると、よろめいてしまう足。
死と魂のオーブは、相変わらず使用する者の精気をも奪っている。

ノルンにああ、などと答えたものの、額面通りに受け入れてもらえるわけもなかった。

「それより、この勝利はノルンのおかげだ。
何か欲しいものはあるか? 褒美だ。大抵のものは送るぜ」

何もいらなかった。

「・・・今晩からと、明日一日・・・
あたしとデート、してくれるかな」
「・・・・・・ああ」

アイルの憔悴した顔に、戦の指揮をした快楽など吹っ飛んでしまった。

ただアイルのことが、心配でしょうがなかった。

ノルンはその日のアイルの食事を、消化のよく、しかし滋養のつくもので手作りした。『これもデートのうち』と言い張って。
同衾する際も、母親が子にするように、添い寝をした。『今日はそういう気分だから』と言って。
次の一日も、アイルを癒すことに費やした。
『そうしたい』というのは、嘘ではない。
『アイルのために』なることは、ノルンの喜びであるのだから。

その間に、兵士達の休養と、戦後処理をある程度済ませ・・・

アカネイア同盟軍は、精鋭による『ラーマン神殿への潜入』を、さらに3日後、決行する。


メリクルは、アテナが下賜された。幾多の竜に立ち向かっている姿は、称えられるべきものだ。

鬼に金棒、剣聖に神器。
遊撃隊、特攻部隊の充実がなされた。

並びに、長い間持ち主を決めぬままだったパルティアは、ノルンに下賜された。

これまでの功績と、先日の手柄に報いるものとしては十分だったろう。


続く
by おかのん (2013-07-15 10:17) 

ぽ村

>>おかのん
おkおk

投下と同時に記事うpは前にNGって事になったっけか?

今回はやはり敵将に同情してしまうな
歳だからかな;


パルティア下賜は「王族以外に国宝をだなんて!」って抵抗勢力が出てきそうだな

と言うか
ふと闇のオーブの本当の使われ方がなんだか予想できてきたぞをい

by ぽ村 (2013-07-16 11:32) 

おかのん

>投下と同時に記事うp
んーなんか記事部分が中途半端な長さになるかなーと思わないでもないですが、気にするほどのことでは。

>パルティア下賜
メリクルもね・・・
しかし他に使う人いないよというw
ゲーム中でも問題なく使えるんですが、其の辺どうなんでしょ。
騎士までならおk?
これまでの戦果やクラスチェンジの経緯から、扱いは既にそれくらいなんですけどね。

>闇のオーブの使われ方
???
ええと、死と魂のオーブの話かな?
憔悴してますねアイル君。さてさて。

>敵将に同情
視点が一部そっちですし、彼自身は悪い人じゃないですからね。演習では有能でした。
本番でアイルほどの発想と経験がなかっただけで。
しかし騎士が戦場で勝てないならそれは結局無能と言われても仕方ない。厳しいものです。

もう少し早い段階で近隣の勢力をまとめて逆のことをやれば多少勝ち目はあったんです。同盟軍側は4日フイにしていますし。
by おかのん (2013-07-16 14:14) 

ぽ村

>>おかのん

個人的には一個のコメント投下+記事部分うpで文字量が二倍、記事が重くなることを危惧してるのさ…;

>死と魂のオーブ
そう、それw
(∀`*ゞ)テヘッ

by ぽ村 (2013-07-16 19:54) 

おかのん

幕間 その14 狂う運命

「デネブ」
「ん? ノルンか」

いろいろ複雑だが、二人の関係を一言で表すなら『恋敵』である。
ただ、ノルンにしろデネブにしろ、アイルの節操のなさを非難しない。友でもあり奴隷のようにも扱うデネブと、部下であり姉のように振舞うノルン。
憎み合うわけでも友人同士というわけでもなく、かと言って互いに無視できるわけでもない。

「何か用か?」
「ん・・・ ちょっとね。
イヤミを聴かせるつもりじゃないけど・・・
昨日は、アイルを取っちゃって、ごめんね」

声のトーンは申し訳なさそうではない。
しかしなんの話をしたいのかは伝わった。

「でもさ。アイルが気にしてるのはやっぱり、『マルス王子』と『シーダ姫』のことなんだよ。
貴方を嫌いになったわけじゃない。
ううん、むしろ・・・ あなたに『本気』になりつつあるから、いい加減な事が出来ない気持ちになるのよ。
知らないところで『デネブ』が誰かに抱かれていたら、自分がどんな気持ちか考えちゃったことがあるから、だと思う。

あたし、昨日は『お姉さん』ぶったよ。
一緒に寝たけど、『して』ないんだ。

・・・あなた、可愛いところ見せないし、アイルのこと雑に扱ってるでしょ? あたしは、それがあなたの『表現』だって、わからないわけじゃないけど・・・

きっと、アイルにはちゃんと伝わってない。
アイルはいつも、ビクビクしながら、でもあなたが好きなんだ。
・・・それでもアイルがあなたを『好き』なのはムカつくけど、こればっかりはしょうがないもんね」
「・・・今日はまた一段とうっとおしい年長者ヅラだな」
「自覚はあるわよ。でもあなたは言わないとわかんないと思って」

言葉の端々に『気を使って』いるのは伝わる。
『アイルが好きなのはデネブだ』と、端々に含ませて、またはっきりと言ってもいる。

「『可愛い女の子』をしてみれば?
似合わないのはわかってるんだろうけど・・・

彼は天然でタラシな分、『自分が本気になった子』に対して慎重すぎるのよ。演じるのをすっかり忘れて、素の自分の状態でまごまごしてる。
あなたにしてみれば、他の子にはちゃんとすることを自分にしてくれないんだからイライラするわよね。
だから、『私、こうして欲しい』って言っちゃえばいいのよ。彼に出来る範囲で。

あなたのわがままは、難題で可愛くないし、付き合ってて疲れちゃう」
「ふん」

デネブは、ひとりごちた。
わがままを言った時の、イラついたような顔を思い出す。

アイルのあの顔が、実は、好きだ。
無視するでもなく、呆れて見下すでもなく・・・
『僕が困るのわかってて、なんで?』とでも言いたそうな。
『逃れられない』感じ。
まるでそんなことを考えもしないほどに『囚われてる』彼。

(そうか)

「くふ」

試すまでもなく。

あいつは、『そう』なのか。

すべてを信じる気はない。いつだってアイルは嘘だらけだし、自分もそうなのは否定しない。
ならば、ノルンがそうしない理由もないのだから。

けれど。

「・・・わかった。あまり体に触る困らせ方は控えることにしよう」
「え・・・」

あっさりと聞き入れたことに面食らうノルン。

しかし、言ったとおりそれからは、ふてる事も、アイルに『抱け』とも言わなくなった。
またあのフルーツケーキが食べたいとか、そんな程度。


そして、機嫌も何故か直ったようだった。


  ・


マーモトードの砂漠の奥深く。
ガーネフはまだここに留まっていた。


テーベが半壊。

罠まで張って殺そうと待っていたカペラにはまんまと逃げられた。

はっきりと散々であったし、面白くないことこの上なかった。

しかし・・・

ガーネフの気持ちを少しだけ落ち着けるものがあった。
『レギオン計画』である。

カペラが残していったものであるが、これはガーネフにとって、天啓に近かった。

そもそもガーネフがマフーによって『無敵』であり、軍隊とも一人で戦えるにもかかわらず、メディウスを復活させたり、グルニア、マケドニアを味方に引き入れたのは、一人で『支配』などできないからだ。
しかし、支配をするには、部下を『信用』することが必要なのだ。
そして、ガーネフにとって、『他人を信じること』ほど難しいことはなかった。

が・・・

『レギオン計画』は、それを可能にするポテンシャルを持つ計画だ。

自分ひとりで世界征服ができる。
それこそ、ガーネフが求めたこと。

カペラがガーネフと相愛ならば、その限りではなかったかもしれないが。
今や『レギオン計画』は、ガーネフの野望とイコールであった。

そして。

「これならば、何もいらぬ。
グルニア、マケドニアなどはもとより、ドルーアやメディウスさえも不要!!
ならば、もういい。
何もいらぬ!!
『狼の牙』?
『ノイエ・ドラッヘン』?
何ほどのものか!!」

とはいえ、『レギオン計画』はまだ完成していない。研究が完成するまでの時間を稼ぐために、いろいろ手を打っておく必要があった。

まず、グルニアと同盟軍の戦いを長引かせる必要があった。

「・・・そうだ」

ラーマン神殿には、『あれ』があった。

今となっては、始末に困るものだ。
ぶつけるにはちょうど良かった。

「くくく。狂え狂え。その運命ごとな」

闇の魔法陣が閃き、消える。
ガーネフ諸共に。


 ・


ラーマン神殿。
その最奥に、髪を結わえた、小さな少女がいる。
まるで玉座のような立派な椅子に、年端も行かぬ、しかし・・・
妖精か何かのように美しい少女。
焦点の合わぬ、しかしあどけない瞳が、目の前の闇司祭をぼんやりと映す。


「チキよ……
はるか昔滅び去った、偉大なる神竜族の王女よ。

わしの言っていることが聞こえるか?」

……コクリ

「この神聖なるラーマンを侵そうとする者がおる。
そやつらをお前の力で焼きつくすのだ。
わかるな?」

「…ラーマンを…おかすもの…やきつくす……」

「バヌトゥからはぐれたそなたをメディウスより救い出してやった恩…

決して忘れるでないぞ」

そう言って、ガーネフは・・・
引いた。

「・・・や」

き ・ つ ・ く ・ ス

その体が光に包まれて。
次の瞬間にそこにいたのは。


ールギャァァアオオオオオオオオオッ!!!!


真っ白な。

竜であった。


蛇やトカゲというより、獣に近い・・・しかしその長い首や、三つ鍵爪は、紛れもなく竜。


ールギャァァアオオオオオオオオオッ!!!!


それは神竜。

神の、竜。


「ここで、秘宝ごと潰えるがいい。
『証拠』であるお前自身もろともにな」


チキは、バヌトゥとはぐれた後、メディウスによって見つけ出され、幽閉されていた。
しかしガーネフは、メディウスを利用しつつも、いざという時に対抗する手段として、チキをこっそりとさらったのであった。

しかし、『レギオン計画』があと少しで完成するところでガーネフの手に渡った今、チキは『メディウスに対抗するもの』をこっそり持っていたという証拠でしかない。
ならば。

「この古びた神殿と、秘宝ごと・・・」


ここには、『光の秘宝』なるものがあると言われている。

『マフー』が、闇のオーブの力を使って作られるように。
失われた命を呼び戻す混沌の杖、『オーム』が、大地と命のオーブをかけ合わせて作られるように。

マフーを破る唯一の魔法、『スターライト・エクスプロージョン』の元となる、星のオーブと光のオーブがあると言われている。

もちろんガーネフは探した。それこそくまなく。自分の存在を脅かす魔法の素など砕ききってしまおうとしていた。

が、ついに見つからなかった。


(ならば、ここそのものを潰してしまえばいい)


アカネイア同盟軍と、チキと、二つのオーブ。

すべてを、瓦礫に変えてしまおう。


ールギャァァアオオオオオオオオオッ!!!!


神の竜の咆哮は。


ただ虚しく神殿の奥で響いた。



続く
by おかのん (2013-07-22 17:54) 

ぽ村

>>おかのん
投下乙★

チミが愛してやまぬチキたん来ましたねチキたんw
今後も魂こもっていきそうな気がするぜ。。。


そして英雄に囲われる(?)女同士の駆け引きも
・・・というか、もっと早い段階でそういのがあったかもと思うと広がる妄想

by ぽ村 (2013-07-22 23:38) 

おかのん

>女同士の駆け引き
一旦デネブが二重の意味で戦線離脱してる上にアテナもそっち方面では空気ですしね。ベガいないし。
その意味ではノルンだけぶれずにけなげに寄り添ってるけど、立ち位置が微妙。

ミネルバのお腹の子も流れてしまいましたし。

>チキたん
・・・久遠のプレイ日記では戦略兵器扱いですしね・・・そのへん含めてどうしていくか。
魂は込めていきますよ勿論。

では続きをば。


~偽りのアルタイル~

第19章 エインシャント・プリンセス

その1 ラーマン神殿


カシミア大橋一帯は、アカネイア同盟軍のものとなった。
陸続きの補給路を手に入れたことで、かなり攻めやすくなったと言えるだろう。


そして、グルニア侵略はもちろん続けねばならないが、本題は、マフーに対抗する手段、『スターライト』の魔道書を手に入れるために、その素となる『星』と『光』のオーブを手に入れること。

これから行くラーマン神殿は、興味深い場所ではあった。 伝説にある神王ナーガのゆかりの地。
そして同時に、『守護者』と呼ばれる番人がいると言われる、恐ろしい所とも言われていた。

『守護者』がいるというだけで面倒な話ではある。これからやるのは、どう取り繕っても『盗掘』なのだ。番人が邪魔なのは言うまでもない。


 ・


元シスターであったマリアだが、魔道士としての力に目覚め、今回敵将スターロンの所持していた『聖なる勲章』の力で、賢者としての資格を得た。

祝いの式典はささやかにも開かれたが、ミネルバも、パオラも、カチュアもいない。エストがいてくれるとはいえ、マリアは少し寂しかった。

「姫様、お似合いっす」
「ありがとう」

賢者らしい落ち着いた衣装。アイルからの贈り物としてもらった。マメな男である。

「マケドニア王族は、本当に散ってしまったわ。姉様は『狼の牙』の支配地であるオレルアンで軟禁されているみたいだし・・・

でも、ドルーア連合とアカネイア同盟が戦っているこの構図だと、もしかすると姉様が良い場所にいるともとれるのよね・・・」
「・・・どこでもそれなりに心配事はありますよ」
「うん、それは分かっているのだけど・・・」

マリアは、同盟軍におけるマケドニア代表なのだ。
傍らに立つエストの存在は、本当にありがたかった。


 ・


シーダの部屋に、デネブを迎えにゆく。
以前の強さそのままのデネブは、少数精鋭となるとどうしても欲しかった。

「デネブ。入るぞ」
「うむ」

中では。
禍々しい槍が、黒い稲妻を纏っていた。

「っ!?」

放電が徐々に落ち着いて、それでも消え切らずにいる。
その槍をデネブが掴む。

「ふう」
「・・・なんだその槍は」
「これか。これは・・・ そうだな。『魔槍ネメシス』とでもしておくか」
「今命名したのか」
「グラディウスに対抗するために作ったものだからな。ほかにも考えてある。なにせカミュ将軍は、その指揮の妙もさることながら、大陸で五指に入る武人。それが宝槍グラディウスなるものを伴ってくるのだ。私が出張る以外なかろうよ」
「・・・・・・」

その通りであった。
アテナあたりでも戦えはするだろうし、バカ正直に一対一で戦うこともないが、『互角以上に戦える者』といえば、やはりデネブに出てもらうしかない。

(まあ、本人が楽しみにしているようなら、気にすることもないか)

「さあ行くか。今度は神殿で宝探しときたものだ」

オルベルンから戻った時に誘いを断った。
シーダの体であることが理由だったが、その後暫くデネブはふてていた。

今は機嫌が良いようで何よりだが、アイルはそのこととは別に・・・

ラーマン神殿そのものに、何かを感じていた。


 ・


ラーマン神殿は、かなり大きな神殿ではあるが、カシミア大橋周辺の制圧、布陣などもある。潜入するメンバーは最低限とした。

アイルとデネブ、アテナとノルン、そしてエッツェルとバヌトゥだ。
魔導、古代遺跡に詳しそうだという理由も含めてのメンバーである。
各人、手持ちの精鋭を引き連れ、調査にも当たらせている。

小部屋がいくつもあり、そこには古代魔法に縛られている生物兵器が番人として潜んでいることも多かったが、集団でかかれば何ほどのこともなかった。

「バヌトゥ殿、ガトー様の言っていた、光と星のオーブはどこにあるか、わかりませんか?」
「うむ・・・ ここはガトー様が直々に作られた『認識を操る魔法』がかけてあるはずなのじゃ。
ここは神殿の最奥に石碑がある。そこに何らかの仕掛けがあるやも・・・」
「最奥ですか」

エッツェルやノルンも戻ってくる。

「・・・貴重な宝物は多かったが、例のオーブとやららしきものは見かけなかったな」
「右に同じです」

巫女であるアテナや、魔導に明るいデネブも連れてきたが、

「強い気配、ある。でもそれ以上分からない」
「さっさと奥に行ったほうが早いんじゃないか?」
「・・・まあ、そうかもな」

深く、深く階段を降り・・・

いくらかさまよった後、開けた場所に至った。

「ほう・・・」

天然の洞窟に意匠を凝らしたものだろう。渡りやすいように足場は作ってあるが、自然のままに溜池をいくつか残してある。

石碑を背に佇む、竜の像があった。
剥製か何かかと思われるほど精緻な、美しい竜。

「・・・・・・っ!!
神!!!!」

アテナが驚愕した。

「神?」

そして。

「おお、おおおおお・・・ な、なぜこんなところに・・・」

バヌトゥが慄いていた。

「ま、『マルス王子』っ!! あれ・・・」
「っ!!!??」

彫像では、ない。

その、獣のような、白銀の毛並みの竜は。
そのもたげた頭をゆっくりとこちらに向け。



ーーールギャアァァアアアアアオオオオッ!!


咆吼した。

神殿全体がその響きに答え震える。


クォォォオオオオオオオオッ!!!!!

その吐息は、天井を『消し飛ばした』。

その質は、熱いのか冷たいのかもわかりにくいが、プラチナの嵐のようなそれを受けた岩は、まるでそうあるべきだったように抉れて消えた。
ガーネフのマフーが、全てを風化させ腐らせて灰にしてしまうのなら、その吐息はすべてを浄化してしまうようだった。白銀の派動を受けた物はなんであれ、よきものとなって天に迎えられるような。

しかし、過程がどうあろうと、触れたら問答無用で死に至るであろうという点で、結果が変わらない。


クォォォオオオオオオオオッ!!!!!


天井のいくらかと柱が消し飛ぶ。
どういうことかはわからないが、つっ立っているわけには行かない。

「『マルス』っ!!」
「距離を取れ!! ブレスの届く距離は矢ほどでもない。 バヌトゥ殿、下がってください!!」

その言葉に正気に戻ったバヌトゥは、まくし立てるようにアイルにとりすがる。

「マルス殿っ!! あれは・・・ 神竜じゃ。そして神竜であるということは、間違いない。あの竜はチキじゃ!!」
「は!?」

チキ。

そういえば、そもそもバヌトゥは、レフカンディの山間の村で出会った。
その時に、『チキという緑髪の少女を探している。彼女は神竜族・・・ナーガ一族の生き残りだ』と確かに言っていた。

「神竜はもう、あの子しか・・・少なくとも、神竜石を使える者はチキしか生き残ってはおらぬ。
・・・頼む!! 殺さんでくれ!!
あの子は・・・かわいそうな子なのじゃ。雪に閉ざされた氷室のような神殿で、誰とも関わることなく恐ろしい夢を見続けるだけの日々を送ってきた。
人の世を乱すことを防ぐ意味では仕方のないことかもしれぬ。しかし、罪を犯すかもしれぬ者さえ、世で生きることを謳歌するはず。神の子に生まれついたというだけで、人とともに生きる喜びを知らぬまま、心を削って老いてゆくなど、あまりに、あまりに・・・」

どんなにかわいそうな生き方をしてこようが、それでこちらが命を賭ける道理はない。
よっぽどそう言いたかったが・・・


クォォォオオオオオオオオッ!!!!!


「『マルス』!! 指示寄こせ!! 戦う、逃げる、どっち!?」

アテナが催促する。

「・・・バヌトゥ殿、そもそも彼女は何故猛っている? 何故我々に襲いかかってくるのです?」
「!! ・・・おお、ちょっと待っておれ」

幾ばくかの呪文の後、バヌトゥが魔法陣をチキにかぶせるように通す。
多分、分析系の古代魔法なのだろう。

「・・・強めの催眠術をかけられておるようじゃ。闇の魔法を混ぜ合わせてある・・・
近づく者全てを敵だと思わされておるようじゃな。
チキは怯えておる。自分の方がか弱きもので、必死に抵抗せねば、殺されてしまうと・・・」

冗談ではない。
が、倒すことが出来るかどうかも置いておいて、殺してしまっては寝覚めが悪いのも確か。

「・・・各自、戦闘に入れ! どの程度まで応戦できるか、通じない攻撃は何か、捕獲は可能か、検証しつつ戦え!!
・・・バヌトゥ殿、その催眠術とやらは、貴方に解除可能な代物なんですか?」
「・・・うむ、人の姿の時にかけた術というのは、竜と化した時に効果が薄れる。逆もまたしかりじゃが・・・
ともかく、ある程度落ち着いて解呪の法をかけれるのならば、十分可能なはずじゃ」

古代神殿の最奥で、猛る神の竜との戦い。


「くふふふふふふふ。まあ・・・

久しぶりにこの体で肩慣らしをするには、十分な相手かな」
「・・・・・・」

シーダの体で、魔槍ネメシスの穂先をつぃっ・・・と舐める。
神を相手取っての戦いだというのに、デネブが頼もしすぎた。


続く

by おかのん (2013-08-01 09:28) 

ぽ村

>>おかのん
投下乙

アテナのアイルスルーっぷりは異常よなw

個人的にはノルンが安定価値で一番良いような気がするが、一人を選ばなければならん立場でも無いので悩まずに済むか

・・・スターライトの話題で思い出したが、ファルシオンはどうなるのかのう・・・


>「姫様、お似合いっす」
エストの発言かえ?
脳内で今は亡きリカードの声に変換されたww
by ぽ村 (2013-08-03 13:03) 

おかのん

>リカードの声
確かに。ブログでは変えるかな・・・

>ファルシオンはどうなる
かつてのプレイ日記見ればほぼネタバレなんですが、考えてはあります。まあおいおい。

さて、戦闘シーンなのもあって一気に書いたので、続きが早いです。


~偽りのアルタイル~

第19章 エインシャント・プリンセス

その2 神竜の解放


怖い・・・

怖い・・・!!


目が見えない。
いや、ぼやっとした赤と黒だけの世界なのだ。

何かが迫り来るのはわかる。しかしそれはすべて恐怖に変わる。たとえ子犬がじゃれてきているのだとしても、ぶよぶよと動く赤黒いモノが迫り来るように見えるだろう。可愛らしい黒瑪瑙のような目も、何かをねだるような媚びた表情も、きっと等しく気味の悪いうねりにしか見えない。

音はするのに、声が聞き取れない。何か言ってるのはわかる。でも、それだけ。歪んだようなざわめきが、ひび割れたような叫びが、羽虫が耳元で飛ぶような不快な雑音が不安を掻き立てるだけ。

胸の鼓動が、止まらない。息切れも、ちっとも収まらない。

何かを思おうとすると、頭が痛くてぐらぐらする。

声が出ない。

助けて。


助けて・・・!!

怖い、怖い、怖い怖い・・・怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!!
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いきゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!

いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!


いつまでなの。いつ終わるの!?
教えて、誰かぁっ!!!!

誰かぁぁああああああああああああああっ!!!


  ・



ーールギャァァォォォォオオオオオオオオ!!!!!!!


それは咆哮というより、叫び。
悲痛を感じるほどに絞り出すような絶叫。

獣を思わせつつもどこか可愛らしく美しい、白銀の毛並みの竜。
だがその口から出る吐息は、触れたものを問答無用で消し飛ばす。
消える岩や柱は、まるで役目を終えて満たされて消えたように、吐息と同じ白銀の粉になって舞い、立ち上ってゆく。
それがいかに美しく映ろうとも、自分の手や足が触れた瞬間消えるかと思うと怖気が走る。

そんな竜を前に、デネブは自前の槍、『魔槍ネメシス』を担いで不敵な笑みを浮かべていた。

「ーーで、アイル。どうする気だ。
叩き伏せてもいいというならそうしてやるぞ」
「最終的にはそうなるかもしれんが・・・」
「むうう、わしが火竜に成れれば、多少は押さえつけることができたやも・・・」

バヌトゥはそう言うが、無理だろう。
この竜の戦闘力は、今まで見てきた竜達と比べても目に見えて高い。
火竜に変化しただけの老人など、いい的になって一撃だ。

「天よりいでて跪け、大気の精よ刃となれっ!!
風の聖剣・・・ エクスカリバーッ!!!」

ギィンッ!!!!

エッツェルの放った、第五術式・・・伝説級の風魔法は、あっさりと跳ね返された。

「マルス王子、やはり駄目だ。嘘かまことかはともかく、魔法は神の御技の真似事という。
神といえば竜、その中でもさらに神の名を冠する神竜。通じぬは自明の理なのやもしれん」

納得できる理屈とは言い難かったが、手持ちの最強魔法が通じないなら見切ったほうがいい。
ノルンの矢も当たればむずがるようにするが突き刺さりはしないようだし、アテナのドラゴンソードは逆に切れすぎるようで、殺してしまいかねないようだった。
先日下賜された、メリクルでも同様だ。
ならば、パルティアでも似たようなものだろう。

「手加減すると、殺される。
手加減しないと、殺してしまう」

・・・そうだ。


「ノルン、『鋼線』を持っているか?」
「え? ええ・・・長さで200程なら」

アイルにとって数少ない信頼できる手駒として、暗殺もするやもということで、ノルンはその系統のものを常備していた。

(いけるかもな)

アイルの口の端が引き上がる。

「柱に鋼線をくくりつけて、神竜の行動範囲を狭めろ。
神竜の力だ、切ろうと思えば切れてしまうだろうが、めり込めば痛かろうし、動きが鈍るだろう」
「・・・成る程!!」

柱はこの空間を囲むように建てられている。
いくつかを結べば、動く範囲をかなり狭くできるだろう。


そういえば。
矢はダメだがドラゴンソードはちゃんと『刺さる』。

「アテナ! 動きが鈍ったら、奴の背に剣を突き立てろ!!
エッツェル!! 魔法が効かんのは、多分あの白銀の毛が中和するからだ。
突き立てた剣をめがけて、トロンをぶち落とせっ!!」
「! 分かった!!」
「・・・そんな考え方をするとは・・・
マルス王子、伊達に常勝の同盟軍の司令官ではないな」

触れれば怪我をする糸がどんどんと張り巡らされる中、ましらのごとくにチキの背に乗ったアテナが、神竜の急所を外しつつも、剣を差し込む。

「エッツェル!!」
「雷蛇の顎(あぎと)よ。乱れて狂え。
紫電滅殺!!!! トロンッ!!!!!!!!!」

そこに、雷蛇のような電撃が集中する!!!


ーーールギャァァォォオオオ・オ・オ・オ・オ・・・・・・・


猛りだけで惑っていたさっきまでとは違い、神竜はあからさまに体の自由が効かない形でふらふらとしていた。


「ふむ、やればやれるものだな。
デネ・・・ じゃない、シーダ。適当に気絶させろ」
「・・・暴れられると思ったのに。
ふらふらの子供竜を殴るだけとは、つまらんな」
「あのな・・・」

埋め合わせに、という目で、

「今度、ホールのケーキみたいな焼プディングを作れ。楓の蜜の、とびきりのヤツだ」

と言ってきた。

色事でいい顔をしないなら今度は食い気か、と思ったが、それくらいならしてやれる。
アイルも、カラメルソースには自信があった。

「分かった。良い卵を見繕ってやる」

それを聞いて嬉しそうに目を細めると、魔槍ネメシスを持って、神竜の頭上まで跳躍する。

上の方の吹き飛んだ柱に立って、手を大きく広げた。

「まあ、とりあえず・・・ 眠れ」


何かケレン味のあることでも言いたかったのかもしれないが、その気だるいような突き放し方が、むしろ似合っていた。

振りかざした瞬間。

ヴアアアアアアアアアアアアアアアッ!!

魔槍ネメシスが、『増え』た。

「っ!?」

間さえおかずに。

どどどどどどどどどどどどどどどどっ!!!

幾百もある槍が、殺到する。

フラフラとしていた神竜は、まるで標本・・・ それも加減を知らない馬鹿なガキが針を刺しすぎたカマキリか何かのような姿にされ、身動きが取れなくなり・・・

「とうっ」

頭の上に飛び乗られて。


ー ゴキンッ!!

肘打ち。

ずぅ・・・ん

声もなくのびた。

「こんなものか」
「・・・・・・」

ノルンやエッツェルの過程が必要だったのか疑問にすら感じる無双っぷりだった。

筋肉をほぐすように腕と腰をひねる仕草さえも、シーダの体でデネブがやると、妖艶にしか映らなかった。

アイル以外は呆然としていたが、バヌトゥはすぐに正気に戻り、神竜にかかっているだろう術をとき始めた。

ちなみに、術が解けてからエッツェルの杖で回復魔法もかけたが、背中にあった、小刀を差し込んだような傷や、腕や足に残っていた切り傷はともかく、頭は本当に小さくコブが出来ていただけであった。

神竜石をその手から話して、人としての姿になった時にそこにいたのは、マリアよりも幼く見える、本当にただの・・・ しかし美しい幼子の寝姿だった。


続く
by おかのん (2013-08-06 21:39) 

ぽ村

>>おかのん
投下乙♪
考えてみたら攻略本無しだとバヌトゥなんぞ連れてかないよなこのマップw;

・・・・と言うか、ソコまで無双だったっけ?

エクスカリバーだとヘタすりゃ一撃(と言うか二回攻撃)で終了のような・・・
し、神竜補正と言うことで★

しかしココまで登場人物が増えると、一連のリストラ策は正解に思えてくるな
by ぽ村 (2013-08-08 05:11) 

おかのん

>そこまで無双だった?
いやー・・・
この後鍛えると一人で一連隊屠る強さになるんですけど、にもかかわらず『この時点では弱い』というのも神だけに逆に不自然な気がして・・・
こんな運びとなりました。
そしてバヌトゥは、この時点で使い物にならないのは結構普通のはず。前情報ないと確かに連れてかない・・・

>一連のリストラ正解
フツーにプレイしててもそうなりますしね・・・
むしろまんべんなく育ててたりすると、LV足りなくて詰んだりするw;
by おかのん (2013-08-08 06:21) 

ぽ村

>>おかのん

昔友人がバヌトゥを頑張って育ててのを思い出した(なお挫折した模様)

>リストラ
死んだり離脱したことにせずに役柄的に飼い殺しってパターンが多い気がするのよ。
この手のゲーム小説他作品は

なんか飼い殺しの方が不憫じゃ(´;ω;`)ウッ…
by ぽ村 (2013-08-09 09:05) 

おかのん

>飼い殺し
『アルタイル』では、一応そっちにも見せ場は用意する予定ですが・・・ それでも番外的なもの以上は無理でしょうし。
あんまりやると本編がおろそかになるし蛇足だし。
群像劇では仕方ないのかもです。かの横山御大の三国志でも、キャラ覚えるのはきつかったしなあ。

by おかのん (2013-08-09 09:54) 

ぽ村

>>おかのん
>三国志
もう一度読み直してみると
その後蜀を支える夏候覇が赤壁前に張飛に殺されかかっていたりと、新たな発見があるんだよねw

ヲレも三国志武将ファイルを副読本に読んでたわ~
by ぽ村 (2013-08-09 17:09) 

ぽ村

>CMnice!

あーこりゃどうもw
by ぽ村 (2013-08-10 11:23) 

おかのん

~偽りのアルタイル~

第19章 エインシャント・プリンセス

その3 魔女の真実と神竜の姫君


目を覚ますと。

そこには湖の絵があった。

擬人化された動物たちが、昼下がりのピクニックにでも来た様子が描かれており、なんとも可愛らしい。
小さな子供が起き抜けに目にする物としては、なかなかのものと言えるだろう。

良い香りがする。甘い果物の香り。柑橘系のものと、梅か桃のような清涼感のある甘さ。


静かだ。

遠くで小鳥の声。もっと遠くに海猫の声。
そんなものがはっきりと聞き取れるほどに、心地よい静かさがある。


んごっ・・・

豚の鳴き声のような、不快な音がした。
何かと思って目を向けると、

「・・・・・・!!
おじいちゃん!!」
「ん・・・ おお!! チキ、気がついたか!!」

いびきだった。
そこにいたのは、遠い遠い北の氷室のような神殿で、何十年ものあいだ、自分を遠巻きに見ていた老人。
つい数年前に、自分を伴って、人の世界に連れて行ってくれた人であった。

「バヌトゥのおじいちゃん・・・ ここ、どこ?」
「うむ、ここは『グルニア』という国でな・・・」

バヌトゥは、チキにこれまでのことを語り始めた。
しかし、チキに実感がわく部分は、自分はバヌトゥとはぐれてしまった時、地龍の王メディウスに連なるものに発見され、幽閉されたこと。
そしてどうやら、そこにいた闇の魔導師ガーネフの、暗黒魔法と混ざった催眠術のせいで、操り人形にされていたということぐらいだった。


 ・



「マリア、お茶のおかわりはどうだ?」
「あ・・・ はい。いただきます」

張り付いた笑顔で相手をするマリアとはうらはらに、デネブの頬は緩みきっている。


事の起こりは昨日。

ラーマン神殿でのオーブ探索が終わった。

ガーネフが見つけられなかった『光と星のオーブ』は、存外あっさり見つかった。ファイアーエムブレムによって開けられたことといい、単なる隠し扉だったことといい、ガトーの幻術があっただけだろう。アイルの妨げになる仕掛けではないわけだ。

大地のオーブや、聖なる紋章なども手に入った。
大地のオーブは、局地的大地震を起こせる魔法具であるというし、うまく使えば切り札になる。聖なる紋章があれば、将の能力を飛躍的に上げられる。・・・とはいえ、もう昇格の先延ばしになっていた将はロジャーとダロスくらいで、劇的な増強にはなりそうになかったが。
実際、斧に慣れているダロスはウォーリア、バーサーカーあたりでどうかと思ったが、弓の扱いがお粗末すぎるのと、バーサーカーの大鎧では鈍重に過ぎて攻撃が当たりそうにないので、『勇者』になってもらうことにした。これくらい軽装ならなんとか戦力になる。
ロジャーは変に色気づいてダイエットをしたらしく、こちらもフルプレートをつけるだけの体格ではなくなっていた。意外と小器用になっていたので、馬に乗せて弓も持たせた。重騎士→傭兵→弓騎兵などという変遷は聞いたことがない。
という訳で二人とも、そこそこにはやれそうで、代わりに光るもののない部隊長となってしまった。

そんな探索の後片付けの中、デネブの様子がおかしかった。

チキの人としての姿を見た後、デネブはなんだかそわそわとしていた。砦に戻ってチキを寝かせてからも、数分おきに見舞いに行っていたし、バヌトゥに、チキが目を覚ましたらすぐに知らせて欲しいと念を押していた。

そんな初めて見るデネブが、黄昏る前の頃、執務室に飛び込んできた。
ノックは諦めているが、勢い込み方が尋常ではなかった。



「あの美少女はどこの誰だァーっ!!」
「は?」
「真紅の髪と物憂げな瞳を持った、本を持つその所作の恐ろしく似合う、十にもならんような美少女が、木蓮の白い花の下で・・・!!!」

ほかの表現はともかく、真紅の髪を持つ、しかも十にもならない美少女というと、一人しかいないだろう。

「マケドニアのマリア姫だな。そういえばお前は初めてだったか。ちょうど入れ違いだな、確かに。
ほら、お前の連れてきたエストという天馬騎士。あれの上司の妹君だ」
「そ、そうか。ならばエストに紹介しろといえば・・・」
「阿呆。
お前は初めてかもしれんが、『シーダ』とは顔見知りなんだよ。
お互いに敬意は払って接していたが、特に仲のいいわけでもない。そのテンションで会おうとしたら、怪しまれるぞ」

デネブ帰還の際にあの場にいたのは、カペラとシーダ、後から来たアイルとノルンだった。
不幸中の幸いというべきか、全員が互いの事情を知るメンツだったのでよかったが、デネブがまた『シーダ』の体に寄生した以上、違和感は出まくっているのだ。

そもそも、ペラティを制したあたりから、シーダは本来のシーダとなったため、とても真面目であった。
だがデネブが寄生してからというもの、要の一隊であるパラディン部隊の長が、連日遊び歩いているのである。まさに『人が変わったよう』なのだ。勿論言ったところで自重してくれるはずもない。

これでマリアと対面などしたら、全てバレかねなかった。
しかし、このテンションで来るのに『会うな』といっても聞く気はないだろう。
ならば会うなり『初めまして! デネブという者だ!!』などというセリフを吐くのだけはやめて欲しかった。

明日茶会でも開いてやると言って、なんとかギリギリバレないように訓練する羽目になった。

(このクソ忙しい時に・・・!!!)

グルニアが体制を整える前に、グルニア城を攻めたかったが、とてもではなさそうだった。
ノルンやフレイに骨子は伝えてあるので、滞ることはないとは思うが・・・


しかしまあここに来て、ものすごくどうでもいい事実が判明した。

デネブは、女でありながら極度のロリコンであるということだ。
単に子供好きであるのかもしれないが、このテンションはどっちにしろ異常である。


思い返せば、カペラに対する態度さえ、『好きな子に意地悪する』心理に思えないこともなかった。



かくて中庭で茶会が開かれているわけである。

メンバーは、マリアとデネブ(シーダ)、アイル(マルス)と、なんとニーナまでいた。
ニーナに関しては、期せずして王族どうしで集まることとなってしまったのに、声をかけないのも礼を欠くかもしれない。一応だけ・・・ のつもりで声をかけたら、

「楽しそうですね。是非」

・・・のこのこと出張ってきたのである。

心労で倒れそうな気がしたアイルは、せめて給仕の一人をノルンにやらせた。
元が少し垢抜けた村娘というだけに、メイド姿は思いのほか似合い、アイルを癒した。

思えば。
常日頃心休まらぬ上に、想い人の仕える国を侵略中というので焦燥しているニーナである。そして、こういう社交の場というのは、彼女にしてみれば手馴れたものの上に、そこそこ気心の知れたものや、可愛らしい姫を囲んでの茶会というのは、むしろ気を紛らわすのにちょうど良かったのかもしれない。

そしてニーナは、この場の空気を全く読まぬままに、かおり高い紅茶と、アイルの用意したマフィンに蕩けていた。


結局念押しのかいもなく、デネブのテンションは異常であった。
アイルはともかくニーナまで無視して、マリアに擦り寄っている。
勿論一番困惑しているのがマリアであった。ニーナの覚えを良くしておくチャンスであるし、いずれアカネイア聖王国的にも、この戦争の覇者としても重要な『マルス』。その妻となる可能性の高い『シーダ』と関係を深められるのは願ってもないことなのだが、なぜ今になって急に、とは誰だって思うだろう。
当然、『実は人格が変わって、そいつの趣味に自分がストライクだから』などという正解は導き出せるわけがない。アイルはアイルで、そのせいで痛くもない腹を探られるかもというのは業腹であった。

アイルは内心ピリピリとし、マリアは大いに困惑し、デネブはマリアに夢中で、ニーナはこの表面だけは上質で優雅な久しぶりの茶会を堪能していた。


そこに、別のメイドが駆け込んできた。

「どうした」
「申し上げます!! チキ嬢が目を覚まされたとのことです!!」

茶会をお開きにするのに異論は出なかった。
ここに居る全員が気にかけてはいたことだったからである。


 ・



「失礼する」
「うむ」

茶会にいた者は、全員チキのいる寝室に入ってきた。バヌトゥがいるからいいようなものの、チキはびくりとした。

(ま、無理もないだろう)

魔法の掛かり方から、多分メディウスやガーネフの支配下にあっただろうと思われた。
どんな目にあったのかは知らないが、初めての相手には当然警戒するだろう。

まずはそれを解かねばならない。


アイルは穏やかな笑みを浮かべながら、バヌトゥよりは近づかないように膝をおる。
目線をベッドに座るチキよりも下にして、ともすれば縋る様な位置で口を開く。

「初めましてだね。君のことはバヌトゥおじいちゃんから聞いているよ。
僕は、『マルス』。アリティアという国の王子で、アンリの・・・弟の子供の子供が、僕のおとうさんくらいかな。
あの方はニーナ王女。僕達人間の世界の、一番偉い人だ。
そのとなりがマケドニアという国のお姫様で、マリア姫。
そのまたとなりがシーダ。この人も、タリスという国のお姫様。
ついでに奥にいるメイドさんは、ノルンだ」

胸の前で重ねていた手を、チキは自然に下ろす。

「私は・・・チキ。
私もおじいちゃんにお話しを聞いていたの。
おじいちゃんと一緒に、私を・・・
私を探すのを手伝ってくれていた、マルス・・・

マルスの、お兄ちゃん」
「お、お兄ちゃん?」
「チキもね、お姫様なんだって。召使いもいないし、お城もないけど、おじいちゃんは、私はかみのりゅうのいちぞくのひめぎみ、だって言うの。
だから、マルスのお兄ちゃんとチキは、おんなじだよね?
じゃあ、お兄ちゃんでしょう?」

彼女にとっては、バヌトゥから聞かされた『姫』というのは、身分の上下というよりも、『区別するものの一つ』位の認識なのだろう。まあ間違ってはいない。
しかし、神竜族の姫というのは、この大陸の歴史的には『神』そのものだ。そんな存在に『お兄ちゃん』と呼ばれるのは、普通の神経なら恐れ多すぎるし、傍から見れば無礼千万である。

とはいえ、本人・・・ チキ自身は、見た目通りの少女である。まだ親や、その他の家族の庇護下にいて当然の女の子だ。『神である』という事は、すなわち『完全である』という事。それを緩やかに強いるということは、彼女を孤独にすることと同義だ。

「そうだね。ニーナ様もシーダもマリア姫も、みんなお姫様だし、チキと一緒だ」

また柔らかく微笑み、あえて呼び捨てる。そうでなければ『お兄ちゃん』っぽくない。
自分の希望が肯定されたことで、チキは嬉しさを隠さない。

「うん。よろしくね。マルスのお兄ちゃん!!」

そこへ、先程から混ざりたくて仕方のなかったデネブがついに我慢しきれなくなった。

「私も、よろしくだ。チキ!!」
「う、うん。よろしくね。シーダのお姉ちゃん!」

その勢いに戸惑い気味であったが、嬉しいのは本当らしく、チキがとられた手を重ねて握る。それにもうたまらなくなったデネブは、ハグをし始めた。
かろうじて横向きになったとはいえ、その豊かな胸にチキの顔が埋まる。

「チキちゃん、私も。仲良くしようね」
「願い事があったら、言ってくださいね」

マリアもそつがない。ニーナは右から左に頼みなおすだけだろうが、チキの事を広めるのは慎重に行ったほうがいいかもしれない。ならば頼みごとはアイルやニーナを通す形にしたほうがいいだろう。

昨日今日の時点で、それなりに指示は出してある。各隊ごとにまとめるのは、それぞれの隊長と、フレイやノルンに任せても問題ないだろう。

(こいつがもう目を覚ましたと言うなら、話は違ってくる。
最優先事項は変更だ。

少なくとも数日は、チキの世話に費やすとしよう)

もちろん、ロリ気味なのが判明したデネブのためでも、いたいけな少女の事を慮って・・・ でも、ない。


ー『神竜』

魔法も武器も、跳ね返したあの白銀の毛並み。
触れた物を消し飛ばすあの吐息。

(戦略兵器として、これほどのものはない)

あの吐息があれば、おそらく攻城兵器はいらない。門の前まで行ってもらい、吐息一つで門は消し飛ぶ。
あの勢いで暴れれば、ガーネフやデネブよろしく、単騎で一軍相手にできる。しかもデネブと違って、結果的にでも『従わせられる』可能性がある。ワープで敵陣中枢に放り込み、混乱に陥らせたあとなら、どんな屈強な騎士団とて木偶人形と変わらない。

(このガキを手懐ければ、我が同盟軍の戦略が劇的に変わる!!!!)

催眠術などで無理矢理に従わせるから、余計な気遣いや封印が必要になるのだ。
せいぜい理想の『お兄ちゃん』になってやろう。それこそ・・・

(俺なしでは生きていけないと勘違いするくらいに)

チキは、三人の姫君に囲まれて、幸せそうに微笑んでいた。


続く

by おかのん (2013-08-15 23:18) 

ぽ村

>>おかのん
投下乙

ロリコン大杉w
落ち着けおまいら状態w

ミネルバとかいたら(・д・)チッとか思ってるんだろうなぁ・・・

で、一番大変なのはノルンと思うんじゃー
軍務に自分の鍛錬に愛人に給仕とは

アイル「給仕させるために軍務外すわwww」
部下「なんじゃそりゃー!!!」
とかあったのかなぁとニヤニヤしてもうた

幼女とはいえGODをたぶらかすとはいやぁ怖いね
そのうち神罰が下りそうでドキドキするわ
by ぽ村 (2013-08-18 12:59) 

おかのん

>ロリコン多すぎ
いや・・・デネブがそれ『気味』なだけで、厳密にはいないですよ?
アイルに至っては『騙す』気でいるんだから、むしろ情の欠片もない。
うわもうマジ天罰来そう。
幼女だけにむしろ怒ったら手なんかつけられません。

>ミネルバとかいたら
いや、あの人もシスコンです。・・・どういう反応なんだろう。マリアの遊び相手として歓迎するのか、普通に愛玩するか、『うちのマリアの方が愛らしいぞ!!』とか言い出すのか・・・

>ノルン大変
ですねえ・・・
まあ今回は待機の合間をぬって、補助というか監督的な役目としてなので、そこまででも。
軍務もどちらかというと補助。実務的な部分はほぼフレイに任せてます。本職だし。
愛人も、アイル自身はたまに癒してほしいだけで、毎晩呼びつけてちゅっちゅしてるわけではないので。

by おかのん (2013-08-18 16:19) 

ぽ村

>>おかのん
そうかミネルバさんかわいいなw

>ノルン
「軍務の無い王子の親衛隊」なら色々はかどりそうだと思った。
by ぽ村 (2013-08-19 13:34) 

おかのん

~偽りのアルタイル~

幕間 その15 覇王と黒騎士と神竜の決意


アカネイア同盟軍によるグルニア侵略は、順調であった。

そもそも、メディウスは、『己が復活できさえすれば、大陸制覇は成る』と考えている。つまり、今の戦局に興味がない。
今までこの戦を主導で進めてきたのはガーネフであった。しかし、そのガーネフが、現在『レギオン計画』に夢中になっていた。

そうするとそもそも二人にとって、グルニアもマケドニアもいずれ潰す国。または王族を潰すつもりの国。
となれば、今回の危機、グルニアには一兵たりともドルーア連合からの援軍は送られなかった。

「ふん。まあこんなものだろうよ」

ミシェイルのとなりにはカミュが座っていた。

ここはグルニア王城、グルニア城。
ミシェイルは上物のワインを持って押しかけ、勝手に酒を酌み交わし始めた。

カミュはそれを咎めることもしないが、歓迎してもいないようだった。
いや、ワインに口をつけたところを見ると、ちょうど飲みたい気分だったのかもしれなかった。

「貴様はそれだけの才を持ちながら、野心というものを持たぬのだな。何故だ?」
「・・・私を見い出してくれたのは、グルニア王その人だ。
あのお方がいなければ、今の私はない」
「・・・しかし、今お前が苦境に立たされているのは、あの男の無能だろう。
俺の父も、『あれ』ほどではないが無能だった。あの時期にドルーアと戦うのは無理だった。そして勝てたとしても、それはまたアカネイアの奴隷に戻るだけだった。

グルニア王は恐怖に負け、ドルーアに加担した。
俺はアカネイアを潰すため、そうしたのだ。この差は・・・小さくない」
「・・・・・・」

ミシェイルとは、理念の部分で食い違う。心情でも食い違う。しかし・・・
かつての戦略は、共感できる。
グルニア、マケドニアにとって、アカネイアは憎むべきとも言える相手であることは間違いなかった。属国として扱われ、献上せねばならない貢物の額で、どれだけ国政にまわせたかを考えると・・・
そして何をするにも、派遣されてきたアカネイア貴族に『付け届け』をせねばならなかった。

まず、アカネイアを潰す。

600年近い支配、ここ百年の独立と、その間に起こった政治腐敗。完全独立を切に願う中で、対抗勢力が出てきた・・・『ドルーア帝国』の成立は渡りに船であったのだ。

もちろんドルーア帝国の政策である、『竜人族の支配、人間の隷属化』に、首を縦に降ることは出来ない。
しかし、『大陸の支配に協力を申し出た国家は共存する』というのを、グルニア王は文字通りに信じ、飛びついた。ミシェイルは、飛びついたふりをして、マムクートの驚異的な戦闘力を利用してアカネイアを潰すことを考え、その間にマムクートの弱点を見つけ、グルニアと協力して今度はドルーアを潰すつもりでいた。

カミュも、それは可能だと思っていた。
力あるものは、約定の反故をいとも簡単に行える。そして、事実ドルーアはそうするつもりだったろう。
ならば、グルニアが『より良く』国家を存続させる道はそれしかなかったのだ。

マムクートは、竜石がなければただの老人だ。絶対数も限られている。

しかし、計画は崩れた。


・・・途中まではうまくいっていた。

一番厄介だと思われた、アリティアのコーネリアス王を、グラによる騙し討ちでグルニアが潰してからは、アカネイアの凋落はまさに転げ落ちる岩のごとくであった。

アカネイア王都、パレスの落城。

そして。
その場に彼女がいたことが、カミュの運命を変えた。


追い詰めたアカネイア騎士団の抵抗に会い、一隊潰されたと聞いて、カミュは自ら出向いた。
そこには、唇を引き結んで、ボロボロにされた騎士たちの前で手を広げて、こちらを睨みつける乙女がいた。

「ニーナ姫、か」

彼女は答えない。
雛を守る母鳥のように、騎士達の盾になろうとしている。

この気持ちを、何と呼ぶのだろう。

郷愁? 再会・・・ 感謝。

既に失われたそれを懐かしみ、愛おしく思うその気持ちを。

ああ。


ああそうか、あの子だ。

遠い昔カミュが、その才を見出され、グルニア王の身の回りの世話をするために、パレスについてきたとき。

アカネイア王と共にいた娘。

凛とした、美しい少女だった。
彼女の隣にいた、アカネイア王よりも引き寄せられる何かがあった。

今。

自らの盾たろうとした者達を守るために、戦っている。

自分の力が布切れほどにも盾にはならないことくらいわかるはずだ。
それでも、そうしているというのなら。


とたんに、惜しくなった。

『アカネイアという国』が。

王というのは、まず全てを守ろうとするものでなければいけない。
その上で、自らの力のみでは何一つ守れぬことを自覚し、必要であれば小を捨てて大を守ることも選び、その上で苦悩しながらも・・・

凛として立つものでなければならない。

グルニア王には、感謝はしていても、『それ』を望むことはできなかった。
アカネイア王は論外だ。保身どころか機を見る目さえなかった。あの年で。

が。

この方ならば、あるいは、と思った。
少なくとも、目に映るものを『守る』という意志だけでも、アカネイア貴族にはないものだった。

「親が親なら子も子であるな。貴方が盾になってなんになる?
この騎士たちの願いを無とする気か」
「な・・・」
「降伏しろ、アカネイアの最後の姫」

にじり寄るカミュに、ニーナは後ずさりもしなかった。

「ちかよらないで!! 貴方達に捕まって恥ずかしめを受けるくらいなら、この場で自害します!!」

・・・まだ、早い。しかし、その短絡加減に少しいらつく。

「・・・勝手にするがいい。我らからすれば恨み骨髄の敵国の姫だ。せいぜい惨めに死んでくれ。
だが、どちらにしろ恥ずかしめは受けてもらう。死体に鞭打って城門に晒す。貴様に連なる他の屑共と同じようにな」
「な・・・!!」

ニーナは、怒りで気が狂れそうだった。

「私たちが、アカネイアが、一体貴方達に何をしたと・・・!!」
「『そんなことをされるだけのことをしてきた』のだよ。世間知らずのお姫様。
せめてそれを知ろうとしてみろ。

まあ、わかるまい。

例えばお前は今、自害するといったな。成る程女の身なれば姫ともなれば、恥ずかしめは受けたくなかろう。しかし・・・
己の命まで投げ出す覚悟で戦った、その騎士達は本当に無駄死にだな。
いったい彼らは誰を生かすために、日々鍛錬し技を磨き、恐怖を押し殺し、この場で勝てぬ敵に立ち向かったのだ?」

今度はニーナは、雷に打たれたようになった。考えもしなかったのか。しかし、そこでショックを受けるようならまだこの女はまともだ。

「降伏しろ。
生きて、その騎士達の心意気に応えろ。せめてアカネイアが今まで何をしてきたかくらい認識してから死んでくれ。
貴様が蝶よ花よとただ居た場所が、どれだけの血肉によって築かれていたくらいはな」

まるで、それこそが復讐だというように語りつつ。
逆しまに、ただ生きて欲しいと思う自分が確実にいた。
説明のつかない、不条理な思いであった。

「・・・その女を拘束し次第、騎士達の治療をしてやれ。治癒の見込みができ次第、牢に放り込むのを忘れるな」

騎士の、治療。
その言葉を聞いて、ニーナの両手が下がる。

「・・・降伏します。 
どこへなりと連れて行ってください」


うって変わってしおらしくなった。『騎士を治療する』といったのはやはり効果があった。

そして、嬉しくなってしまった。

自分が仕えるべき理想の王は、このような時こうあって欲しいと思うそのままのことをするのだ、彼女は。

「・・・あなたの言うとおり、私は知ることにしましょう。父や周りの者が私に見せようとしなかったものを。
私を生かそうとしてくれたもののために、生き続けましょう。
けれど・・・
貴方は、必ず後悔するでしょう。私を生かしたことを。

私はいつの日か、自らが旗印となる軍を率いて、パレスを取り戻します・・・!」
「・・・せいぜい、足掻くといい」


その捨て台詞も。
カミュにはたまらないものだった。


・・・この後、メディウスは、アカネイア残党共に対する人質とするため、ニーナの身柄を要求した。
それらからカミュはニーナを必死に庇った。二年間もの間・・・である。


その間の蜜月を思うと、今でも胸が熱くなる。



炙った肉をつまんで、ワインをあおった。

「・・・いい飲みっぷりだ」

ミシェイルが嬉しそうに言うが、すぐにグルニアの現状を思い出す。
この状況を間接的に生み出したのが自分であるだけに、飲まねばやっていられなかった。

そして、この男とは決別せねばならなかった。

「ミシェイル殿。私はグルニアの将軍だ。
『己こそが国家である』あなたとは違い、私は『グルニア王の所有物』なのだ。
私の想い、その全てさえも」

その言葉に、ミシェイルの目の色が引いてゆく。
まるでくだらない物を見るように、瞳の光が消え、ガラス玉のようになる。

「・・・そうか。貴様は俺の友となる資格は無い様な男だったというわけか。
ならば仕方ない。貴様は俺の奴隷となってもらおう」
「・・・っ!?」
「貴様の全てがグルニア王の物だといったな。
ならば・・・俺がそのグルニアの王になってやる。
そうなれば、お前は魂ごと俺のものだ。そうだな?」

カミュは直感した。
この男は本気だ。

いま、この時期に。
マケドニアまで相手になど出来ない・・・!!

「ふん。まあ、考える時間をやろう。
お前がグルニア王を説得し、マケドニアに恭順するというなら、この・・・ グルニアが滅びかけているタイミングで、マケドニア全軍をアカネイア同盟軍にぶつけてもいい」

願ってもない申し出であった。
しかし・・・

カミュも、この滅亡していく様を見せ付けられる中で、手をこまねいていたわけではなかった。彼なりの・・・ ブラックナイツ・カミュと呼ばれた彼の作戦というものが進んでいたのだ。

だから彼は、突っぱねた。


首を、横に振る。


拒まれても、ミシェイルは癇癪を起こさなかった。
ときには逆らうこと、それは同等である証だから。

笑をうかべながら、去っていった。

「くく」


・・・・・・


この時。


情報は錯綜していた。

カミュはカミュで、ミシェイルはミシェイルで、アイルはアイルで、独自の作戦をやろうとしていたのだ。
しかも。
この作戦には、とある魔女がいやがおうにも関わっていた。そのことが、すべてを台無しにすることになる。


『ノイエ・ドラッヘン』の密約。
グルニアとマケドニアの間で交わされた同盟。
これを証に、アカネイア同盟を滅ぼした後、ともにドルーアをも滅ぼし、天下を二分する。
実はこれは、グルニア側はカミュの独断で結んだ盟約であった。
そのため、グルニア王が首を縦にふらないという事態に陥ったとき、カミュは身うごきが取れなくなってしまった。

カミュには、敬愛する王も、素直な臣下も、心から愛する女もいた。
しかし、惰弱であったり、無能であったり、敵国の姫であったりと、誰ひとりカミュを支えてくれるものではあり得なかった。

グルニアを一人で背負う英雄は、今まさにそれゆえに潰れようとしていた。





 ・


そんなことがあったとは露知らず。
またしばらくの時が経っていた。

オルベルン城までコマを進めるアイルたちは、控えめに言って『遊び惚けて』いた。
要所々々は目を通しつつも、ほぼアテナやフレイに任せっきりである。
シュテルン商会を通しての次の一手も、現状待つしかない。

そんな時。

カダインで、ちょっとした騒ぎがあった。



「・・・レナさん!!」

竜石も失った状態で、ガーネフの前に立ってマフーを受けたレナが、目を覚ましたのである。

「ジュリ・・・アン?」
「ああ、そうだよ。わかるんだな、よかった・・・」

カダインで昏睡し、療養していたレナ。
ジュリアンはずっと付き添っていた。

「・・・私は、どれくらい眠っていたの?」
「・・・どれくらい・・・だろう。もう俺も時間の感覚がない。それでもひと月以上かな。その間に、マルス王子はアリティアを取り戻したってさ。
レナさんが、ガーネフに立ち向かったおかげだ」

少しだけ、レナは微笑んだ。

「・・・ジュリアン、お願いがあるの」
「何だい、レナさん」
「『マルス王子』に、話さなきゃいけないことがあるの・・・
兄さんにも話しておいたから、伝わってるのかもしれないけど、私は、あの時・・・ 直接話せていないの・・・」

彼女が言っているのは、今までカペラにさらわれた仲間も、マチスと同じように生きているかもということだ。
実際マチスはちゃんと・・・でもないが、アイルがその流れを思いつく誘導は出来ていたし、結果的に伝わった。
しかもその後は、その仲間たちが第三勢力になったりしたのだ。
さらにその後、この時点ではジュリアンも知らないが、カペラが敵とは呼べなくなるという、レナにとっても重要な状況の動きがあった。

ともかくジュリアンはレナの希望通り、カダインの者達に頼んで、グルニアにいるアカネイア同盟軍と合流することとなる。


 ・


合流するなり、レナは二人きりでアイルと会う。
アイルにとっては、ほぼ知っている話だった。

「心配はいらない。その情報は検証した。
で、だ。こちらの状況だが・・・」

今までのことをざっと話す。
特に、カペラの事はレナには衝撃だったようであった。

「・・・じゃあ、あたしの赤ちゃんは・・・!?」

カペラに渡したままの胎児は、あのあとどうなったのか。

「・・・カペラの立ち位置自体まだ、完全に味方、というわけでもないし、はっきりしたことも言えん。
ここから去った後の事はつかめていない・・・」
「そ、う・・・」

こうなると、チェイニーを使って、ガーネフに本当のことを教えたというのは完全に裏目だ。
ガーネフの罠にかけられ死んでいるやも、実験室にあるものも、奪われるか壊されているか・・・

チェイニーを使ったことは黙っておく。
これで赤ん坊が死んでいたら、逆恨みされそうだ。


「ともかく、ご苦労だった。シスターの生まれ故郷を侵略している最中に、なんと言っていいかわからんが・・・
希望があったら言ってくれ」
「ええ・・・ 暫くはジュリアンと一緒に休ませてもらうわ・・・」

彼女の状況は、あまり良くなるとも思えない。
今はただのシスターだ。病み上がりの。


(すまないな)

言葉に出しても、皮肉にしかなりそうもない。

胸中で詫びるしかなかった。


 ・ 


主力の将の半数は遊んでいた。

今、グルニアの侵略を主にまかなっているのは、ダロスやロジャー、ホルスなどの、どちらかといえば二軍連中である。

カミュへの誘いの意味もあるし、カシミアさえ抑えてしまえば、陣さえ確実に敷けば侵略は進む。
二軍連中とはいえ、能無しというわけではない。
ちなみにグルニア側は能無しも多い。


勿論遊んでいるのにも意味がある。
チキの懐柔だ。

ここひと月ほど、アイルはグルニアの各地を行軍するときに、チキに負担にならないようにした。
風光明媚な場所に連れ出しつつ、行軍がある程度進んだら、エストのペガサスで連れてくる。
料理もおやつも、チキの好みに合うように、時には自ずから手作りなどもした。
ラーマンの後詰調査と称して、段階的にバヌトゥとは引き離した。会いたいとどちらかが言えば即座に会わせるようにしたので、引き離されていることにはどちらも気がつかなかったろう。
しかし、常にそばにいなければ、『いない』ことに慣れてしまう。その間に不満を持つことも寂しく思うこともなければ、当たり前になってしまう。
だんだんとチキは、バヌトゥがいなくても平気になり、バヌトゥも、久しぶりに会ってもチキの様子が変わらない、むしろ楽しそうにしているため、アイルを信用しきってしまい、ことさらにチキを心配しなくなった。
ひと月をかけて。

たった、ひと月で。

(・・・頃合か)


いつものように。
豪奢な天幕の近くで、マリアやデネブと一緒に花冠を作って、チキが遊んでいる。アイルはそれを見守りながら、待っていた。

フレイを。

「王子!!」

来た。

本来なら、ここに来る必要もないし、そんな大声を張る必要もない。
演出、だ。

「グルニア城下占領のための部隊の準備が整いました!!」
「ご苦労だった。明後日、戦端を開く。英気を養うよう、皆に伝えろ」
「御意!!」

大の男が、声を張り上げる。何事かと思うそれを、チキの前でやる。それが、第一段階だ。

今まで穏やかな、楽しい事のみをひと月させられてきた少女は、当然疑問を持つ。不安にさえかられる。

「マルスのおにいちゃん。何が始まるの?」

悲しそうな、仕方のなさそうな顔をしてみせる。

「戦争、だよ。チキ」
「せんそう・・・?」

聞いたことくらいはあるのだろう。街の人々のつぶやきの中で。
『戦争は嫌だねえ』『戦のせいで商売があがったりだ』『わしの息子は二人も戦争に取られた・・・』
なにか悲しいことがあるのだ。
なにか大変なことなのだ。

「仲良くできないとお互いに思った人達同士が、お互いを殺し合うこと、だよ」
「・・・!!」

チキにとって、想像以上にひどいことだった。
バヌトゥが言っていた。命というのは、その人にとってひとつしかない。その一つが無くなったら、その人はもう『なくなってしまう』・・・と。

しかも、アイルは今、『殺し合う』といった。
たった一つしかない、その人そのものを、奪い合う・・・いや、失い合うというのだ。
一体、何のために。

そんなふうにチキが思ったことを、アイルは見抜いた。いや、そう思うだろうことを予測していた。

「彼らグルニア王国は、3年前、僕たちの国アリティアを襲った。その時、父が殺された。大切だった、街の人たちや、国を守るために頑張っていた騎士たちも。
その後も、僕らが食べる分を奪ったり、大事にしていたものを持って行ってしまったりした。
だから僕たちは、それを取り戻すんだ」

ひどいことをされたのだ。
そして、もう戻ってこないものもいっぱいあるのだ。
取り戻さずにはいられないのだ。
そのことはチキにも、わからなくはなかった。

「そして、僕たちにそんなことをしたグルニアとは、もう仲良くはできないし、またいつか同じように僕たちを襲うかもしれない。そうでないとしても、『いつ襲われるかわからない』と思いながらでは生きていけない。だから、今、グルニアという国を無くしてしまいたい」

それもわかった。
ガーネフやメディウスに連れ去られて、チキはたくさん怖い思いをした。
もうあんな怖い目に会いたくない。
あんな怖い思いをさせようとする人は嫌いだ。

きらいだ。

いなくなってしまえばいいのに。

そうしたら、シーダおねえちゃんや、マリアちゃんと一緒に、美味しいものを食べて、いっぱい遊んで・・・
明日もきっと楽しいんだと、本当にそう思って寝られるのに。

「その為に、戦争はしなくてはいけない。
たとえその結果、騎士たちや・・・ 僕らがいなくなってしまうかもしれなくても」

それは、チキにとって今、とても怖いことだった。
あかねいあどうめいぐんの偉い人、マルスのお兄ちゃんや、ニーナおうじょ。シーダお姉ちゃん。マリアちゃん。
みんながチキを好きでいてくれて、ここにいてくれて、守ってくれるから、チキはこうやって楽しく遊べて、何もしなくても美味しいものが食べられるのだ。
いなくなっては、困る。

「いや、みんながいなくなるかもなんて、嫌・・・」
「・・・でも、戦争も、『みんながいなくなる原因』を無くすためにするんだ」
「うん・・・」

チキは考えた。戦争はしてもしなくても、『いなくなるかも』は変わらない。そして偉い人は『する』のは決めてしまっているのだ。
ならば。

「チキも、お手伝いする!!
チキ、竜さんになれるよ。嫌いな人たち、追い払えるよ!!
そうしたら、いなくなる人はなくせるよね!?」

アイルは、心中でほくそ笑んだ。

・・・ガキはいい。
よく言えば純粋。悪く言えばむき出しの欲そのものだ。
『無くしたくないモノ』を与えて、その後取り上げようとするだけで、意のままにできる。

(まあ、バヌトゥは反対するだろう。しかしそれもどうとでも出来る事だ。ガキが『やりたい』と言いだしたのだ。納得させられるかな?)

そして、させようとするより、するなと行ったほうが興味を持つ。自分で選んだと思わせれば尚更に頑なに望む。

「・・・でも、チキ。
人の命を奪うという事は、君にとっても辛いことになるよ」
「でも、マルスのお兄ちゃんやシーダのおねえちゃんがいなくなる方が悲しいもの」

そうだ。その通りだ。
人の命は、等しく尊い。
しかし、誰にとって尊いかは、人によって違う。

少なくとも、ふれあい、愛し合った誰かと、その人や自分を殺しに来る人間とが、等価値なわけがない。


チキは、グルニア城攻略戦に参加することが決定した。
明後日、バヌトゥが合流すると同時に、進軍が始まる。

グルニアとの、決戦である。


続く

by おかのん (2013-08-19 20:28) 

ぽ村

>>おかのん

とうか(゚д゚ )乙 これは乙じゃなくてポニーテールなんたらかんたら

最初の文で「ををなるほど」とか思ってしまったw
どんな不利でも時間さえ稼げれば勝利だったワケね・・・

なら人知れずひっそり力の回復を待てば・・・
って神竜とかが察知するからダメなのか

カミュとの下りはファンの間で随分熱っぽく語られてるんだなぁと感じた
by ぽ村 (2013-08-22 00:19) 

おかのん

>とうか(゚д゚ )乙

・・・久遠が見てる、設定は面白いのに結果的にオタクを馬鹿にしてるように取れる残念なアニメのヒロインが『十香』という、ポニーテールで・・・

そんなこたともかく。

>どんな不利でも時間さえ稼げれば勝利
しかしゲームの都合上、どんなに無駄なターンを費やしても復活はドルーア滅亡寸前&ファルシオン入手後w

>カミュとのくだり
『サテラビュー』だったかな??
1990年代にあった任天堂の配信ゲームに、『アカネイア戦記』というものがあってですね・・・
『ニーナが捕まる時にはこんなドラマが!』『ゲリラ戦を繰り返していたハーディンと侵略者ミネルバが、野党殲滅のために互いに名を隠して共闘!?』『身分を偽り、部下たちも合意の上巻き込んでニーナを逃がす黒騎士とのロマンス!』『ナバール、レナも盗人!? 飢えた村を救うためと称して、お城に忍び込むリカード盗賊団!! 詐欺師の矢尻が光る・・・』などなど、番外編FEが配信されていたのですよ。
つまり半分公式です。このエピソードも。

しかし・・・

自分で書いててなんですが、相変わらずアイルは最低だ・・・ Or2

by おかのん (2013-08-22 08:44) 

ぽ村

>>おかのん

>半分公式
そういえばサテラビューなんてありましたねぇ・・・

今考えれば任天堂も未来を走ってたんだな

>アイル最低
遺伝子的には自分の子供だしなぁw
by ぽ村 (2013-08-24 00:21) 

おかのん

~偽りのアルタイル~

幕間 その16 ニーナのわがまま


明日にはグルニア城攻略というその日の黄昏時、ニーナは『大切な話がある』と、アイルを呼び出した。
小さな湖のほとり。
そこに、ニーナと二人きりだ。

「・・・お話というのは?」

そう言いながら、アイルは見当がついていた。

奴のことだろう。


「マルス・・・
グルニアのカミュ将軍のことは、知っていますね?」

やはりか。

「・・・この大陸でも1、2を争う武人で策略家、大陸屈指の兵力を持つグルニア黒騎士団の総司令、事実上グルニアを一人で支えている男、ブラックナイツ・カミュ。
今回の攻略戦で最大の敵ですね。
彼の持つ宝槍グラディウスは、いっせいに放たれた矢さえ弾き、龍の喉笛さえも突き刺すとか」

わざとそんな風に『立ち塞がる大いなる敵』であることを脚色する。

「・・・彼は、私にとって・・・
父の仇でもあり、私の恩人でもあるのです。

パレス落城の際、私はアカネイア騎士団の面々と逃亡する予定でした。しかし、失敗し捕らえられた。
しかし・・・

恥ずかしめを受けるくらいなら自害すると言った私を止めたのは、彼の言葉でした。
そして、メディウスの『人質として』寄越せという命令を、1年もの間断り続け、最後には、脱走兵と共に将軍自ら、オレルアンまで送り届けてくれたのです」

アイルは、口を挟まなかった。
吐き出させたほうがいいだろうと思ったアイルは聞き役になった。

聞き終えた時に。

カミュという男の、どうしようもない矛盾にむしろ辟易した。

(・・・どうしようもない男だな)

まるで、俺のようだ。


 ・


1年の間。
ニーナは『アカネイアが何をしてきたのか』を知れと言われ、その通りにした。
カミュはそんなニーナに、生きた民の声を聞けと、度々、街や復興支援につきあわせた。

勿論、アカネイアの悪政は所々で聞かれた。
しかし、人を人とも思わぬドルーアの更なる悪政の前では、懐かしむ声の方が多く、ニーナを勇気づけた。
それでも、マケドニアやグルニアなどでは、恨みに思われてもおかしくない話を色々と聞いた。
自分で手に入れなければ、何一つ手に入らない民たちの生活、その辛さと共に、そこにしかない楽しさも感じた。
一人一人が、自分と同じ『人』であり、国はそれを守っている象徴であることを実感した。

何より、その場にいるカミュという存在に惹かれていった。
父のように、自分が愛したいように愛するのではなく、ニーナ自身が王としてあるためにどういう存在であってほしいと考えているかが透けて見えた。
それに応えたいと思う自分が確かにいた。

そして。それは唐突に終わりを告げた。


「ドルーアのブルザーク将軍が、パレスにニーナを受け取りに来る。
さすがに直属の将が来たとなると、引き渡さなければならなくなる。

だが・・・

私にはそんなことは出来ない。彼らはアカネイアの残党刈りの際の人質としてニーナを使うだろう。扱いも『生きていさえすればいい』というものになるだろう。
だから、ニーナ、逃げるのだ。
いつか言ったように、パレスを取り戻すために戻ってこい。
オレルアンへいけ。今の状況では、そもそも反ドルーア兵力と呼べるものを持っているのはあそこだけだ」
「カミュ・・・ あなたも来て」
「それは出来ない。我が国のユベロ王子、ユミナ王女は既にドルーアの人質としてメディウスの手中にある。アカネイアがいかに非道い振る舞いをしてきたのかをお前に実感させるためと言って、匿ってきたのでギリギリだった。
この上、ニーナと共にオレルアンに行くとなれば、その時点でグルニアごと潰される」

それでも。

ニーナは、離れ難かった。

「ああ、カミュ、カミュ・・・」
「さあ、行こう。せめて、生きてくれ・・・」


替え玉を使って、パレスにいることにし、カミュ自らと、私兵数騎でオレルアンに送り届けた。
オレルアン国境まで、二人は共にいた。

お互いの気持ちは、確認するまでもなかったけれど。

亡国の姫と、敵国の将。

結ばれるなどあり得なかったのである。



その後、表向きの形としては、カミュに不満を持つ脱走兵が手引きしたということで、ニーナは亡命を果たす。
しかしそうなると当然、カミュの監督不行届によって、この戦争は継続したという形になる。
それによるペナルティとして、灼熱砂漠マーモトードや、アンリの道活火山帯の意味のない防衛任務・・・竜を至上とするドルーア体制の中で、知性をなくして襲ってくる飛竜や火竜相手に『反撃を許されない』などという過酷な任務に回され、連合会議などの出席のほかは常に地獄のような環境下にいた。

そのことは、ニーナは知る由もない。


 ・


「・・・その後、ハーディンのもとに身を寄せました。後は知っての通りです。マルス、あなたが挙兵したのも、わたしが亡命したことを知ってのことでしょう?」
「・・・はい」

実は知らなかった。まあ、すぐ後には聞いたのだが。
どのみち、オレルアンまで潰されたあとでは話にならなかったのだ。カミュの見立ての通りでもあり、アイルからすれば、マルスがさらわれた時点で、状況が逼迫していた。


カミュの行動は、本当に矛盾だらけだ。

グルニア王ルイが、グルニアという国家が大切なら、ニーナは救うべきではないし、匿うことも害悪だ。結果としてニーナが旗印となって起こるアカネイア同盟は、彼女が捉えられた時に吐いた捨て台詞の通りになっている。

『貴方は、必ず後悔するでしょう。私を生かしたことを。

私はいつの日か、自らが旗印となる軍を率いて、パレスを取り戻します・・・!』

ニーナを大切に思うなら、国も王も全て捨てて、同盟の力になればよかった。アイルにこれだけのことが出来たのだ、カミュが何も出来なかった訳はない。


すべてを救おうともがいて。

何一つ救えていない。


ニーナはニーナで、断ち切れぬ思いの中苦しみ、同盟軍の足かせとなるようなことを平気で言う。


まあそれはいい。他人の人生だといえばそれまで。
問題はここからだ。

「・・・カミュ殿とニーナ様の間にあったことはわかりました。
その上で、僕に何をしろというのですか?」

ニーナは複雑な表情を浮かべる。
それはそうだろう。どこまで行ってもこの話は、ニーナの『わがまま』なのだ。

「はじめは、彼を憎んでいました。
ですが、今は・・・愛してしまっているのです。

できれば彼とは戦ってほしくない。

そして、もし許されるのなら・・・彼にもう1度会いたいのです・・・・・・」

敵は殺す。当然のことだ。

しかし・・・ 

アイルも人ごとではなかった。
デネブとの事など、全くニーナを笑えない。

(だからといって、俺にも出来ることと出来んことがある。
まあ・・・ この話にデネブがどれだけ興味を持つか、だな)

となると、こう言うしかなかった。


「お約束はできません。
ただ、できる限りのことはします。

カミュ将軍と戦わずにすむように。
そして、ニーナ様と再び相見えられるように。

これが、アカネイア同盟軍をあずかる私ができる、精一杯の答えです」

「ありがとう・・・」


つまり。

できぬのならできない。のだ。


二人は、天幕に戻った。



 ・



夜も更けて。

アイルは久しぶりに一人でいた。

(カミュ・・・か)

さすがにこの状況で、ただ滅びを眺めているだけの男ではあるまい。しかし、グルニア国内には目立った動きはない。
勿論簡単にしっぽを掴ませるような策略家がいるわけもないが、網に引っかからないのなら動きようもない。

こちらもシュテルン商会に連絡を取っているが、報告が遅い。この時期までにと言っておいたはずだが・・・

(油断をしているつもりはないが・・・
どう来る?

俺なら、この追い詰められた状況でどうする?

グルニア城は籠城の構えだ。黒騎士団の師団は、これまでに何度も叩き潰している。カシミア大橋の時のものが、第一師団を除けば最大のもののはず。

ワーレンの時は実質二個師団あったはずだし・・・

籠城。
これは追い詰められた時に仕方なく取る手段だ。

するにしても、下策中の下策であり、あのブラックナイツ・カミュが取る手段とも思えない。
援軍が来る見込みがあって初めて戦略足りうる。

ならば、くるアテがあるということだ。しかし・・・
そんなもの、どこから来る・・・)

ひとつ、気にかかる事を思い出した。
準備が出来次第、早急に連絡を入れるように言っておいた、シュテルン商会のカシムやルタルハから、今になっても報告が来ない。

(・・・・・・!!!!!!!)

まさか。


シュテルン商会との連絡が、『途絶えている』のだとすれば・・・?

『そういうこと』なのか!?


「・・・まずい。実際にそうならば・・・拙すぎるっ!!!!!」

そう思わず叫んだ瞬間。

ノルンが駆け込んできた。

「アイルっ!! シュテルンのカシムから連絡が・・・!!!
大変なことになってる!!!!!」

アイルは、悪い考えが現実のものとなった、と思った。
シュテルン商会に連絡したのは、船を都合するためだった。
ドルーア帝国、マケドニア王国には、橋がかかるような場所がない。船で行くしかないのだ。
ならば、と、それに合わせて、軍事物資、武器防具、志願兵など満載して、こちらによこしてもらう予定だったのだ。

それをカミュに嗅ぎつけられ、別働隊に襲われてでもいたら。

全滅していたとしてもそれはただ損害として計上するだけでいい。もしもそっくり奪われてでもいたら!!

・・・が。

だが。



「・・・・・・・・・・・・・なんだとっ!!!!!!!????!???」


受けた報告は、その最悪の想像の斜め上を行っていた。


続く
by おかのん (2013-08-24 06:30) 

ぽ村

>>おかのん

投下乙♪

タイトルだけで「またかこの女・・・」と思ったのは他の記事のせいだろうか
いやそんなこと無いよな?!
そして内容も案の定w

SFC版だけど
あの戦闘は割ときつかった思い出
作品の展開だと、その状況に持っていくことになるのか


by ぽ村 (2013-08-26 06:16) 

おかのん

>タイトルだけで「またかこの女
まあこれはお約束なんで。
英雄戦争の引き金もこの人。

>割ときつかった
流石に音に聞こえた英雄です。私もSFCでは苦労させられました。
誘い出すタイミング間違えるとボコボコにされます。
しかしそれも昔の話。デネブ(シーダ)に正面からやりあってあっさりやられました。DS版ぬるい~。

さて、次回はグルニア城攻略戦・・・の前に。
カシムたちに何があったのか、です。

by おかのん (2013-08-26 17:24) 

ぽ村

>>おかのん

SFC版当時は「SFCデビューwwwヌルゲーマーwwww」とFCからのファンは笑ったんだぜ・・・・

>カシム
まさかまたスポットが当たる日が来ようとはw
by ぽ村 (2013-08-27 21:21) 

ぽ村

>>おかのん

投下乙♪
本当に早いのぅ・・・

カシムが随分ワイルド系に読めたのはヲレだけだろうか
そしてヒドイ宴じゃ・・・・

狼の牙をそこまで信用できるアイルもスゴイが、
いやいやいやいや・・・先読み脳が活動するとこだったわい


久々の誤字かもしんない(違ったらゴメン)

>「・・・で、なんの御様ですの」
御用?
by ぽ村 (2013-08-30 00:09) 

おかのん

>御様
うぎゃあああああその通りですうううう
直してくださいm(_ _)m

>カシムわいるど系
隻腕ですしね。いつもニコニコしてる割にどこかすごみのあるインテリ系ヤクザみたいになってるかも。
・・・正に商人の顔だ。

>酷い宴
グルニアの援軍が全滅する流れなのでね・・・・
カミュの作戦がこれでおじゃんです。篭城するしかないのに援軍こねえー。

>狼の牙をそこまで信用
先の大戦ではいいとこなしとはいえ、ハーディンはゲリラ戦まで含めれば、一年間ドルーア連合、マケドニアと戦い続けた猛者ではありますし、ミネルバも『将としては優れている』と、アイルが認めている節もあるので。
(レフカンディでは実際痛い目に遭わされてますし)

オレルアンに残してきていた防衛用の兵力もそっくり使えますし、英雄は綺羅星のごとくいますからね。
『ノイエ』の将達やカペラ達もそっちに行くわけですし・・・

>先読み脳
・・・とはいえ、裏で手を引いているのはミシェイルです。
何も考えずに傭兵の寄せ集めを使うだけではありませんよ勿論。(ΦωΦ)フフフ…
by おかのん (2013-08-30 09:46) 

ぽ村

~偽りのアルタイル~

幕間 その17


時は少し遡る。

カシミア大橋がアカネイア同盟軍の物となり、カミュのもとにミシェイルが訪れてから・・・
二日後である。


カペラはいまだにワーレンにいた。

『ノイエ・ドラッヘン』の中枢を握る、アリティア宮廷騎士団の息のかかった宿。
カペラが一部屋、カチュア、リンダで一部屋。そしてアランとビィレで、三部屋を借りている。

事ここに至って、カペラが身を寄せられる場所は少ない。何より移動がしにくい。カチュアがいるので足はあるが、どうしても目立つ。今までのように、『思いついたら瞬間移動』というわけにはいかないのだ。

(動くにも慎重でなければ・・・
一旦移動してしまえば、使ってしまった時間は取り戻せませんわ。
勿論、ここでうだうだと考え続けているのだって時間の浪費。何か始めないと・・・)

とはいえ、情報が入らないことには動きようはない。その情報の真偽も見極めなければ、危険すぎる。

なんてまどろっこしく、怖いのだろう。

(アイル様は、ずっとこんな恐怖の中に身を置いてたのでしょうかね・・・)

力がないということは、もどかしい。
しかしアイルは、その上でカペラやガーネフと渡り合ってきたのである。


この都市で情報を集めようとすれば、商人のネットワークを使わざるを得ないだろう。が、デネブはそれがない。信用は・・・特に商人との信用というのは、一朝一夕でできるものではない。
商人という生き物は『うまい話には裏がある』と、慎重に慎重を重ねてくる上に、こちらが困窮しているとわかれば、とたんに足元を見てくるだろう。
金くらいはまだ多少はなんとかなるだろうが、それでも無限とはいかない。


だが。

意外な事に、接触は向こうから、であった。
動かざるを得なくもなった。

そこは、酒場であった。

主人である女がまだ若いが、少し剣呑な雰囲気のある子供が好きらしく、カペラを気に入り、好きな料理を作ってくれる、便利な女だ。
それもあって、夜食をいつもここでとっていた。もちろん半分は情報収集である。

そこである日。


「ここ、構いませんか?」
「・・・どうぞ」

別に満席というわけでもないのに、そうきたということは、カペラに用があるのだろう。
揚げた棒状のスイートポテトに蜜をからめた菓子をかじりつつも、警戒はしておく。

隻腕だ。


人の良さそうな、しかし幸薄そうなタレ目の男である。
何もしていないのに同情を誘いそうなその顔は、邪険にしにくい。

「商人か・・・ 交渉人ですかしらね」

相手がびっくりした。

(あ、つい)

思わず口に出してしまったが、言うつもりはなかった。

相手は、すぐに張り付いた笑顔を取り戻した。

「いやあ、ご慧眼ですね。ある人に腕を切り落とされる目に遭わされるまでは、詐欺師の真似事であぶく銭をせびっていたんですが・・・
その人に脅されて商売を始めて、今じゃなんとか店も持てました。
クズのような生き方を捨てるきっかけになったのなら、腕一本は安い・・・ 今なら、心から言えますよ」
「それはそれは」

注文を取りに来た娘に、男はクイニーアマンとシュリンプ・サラダ、そしてメープル・ハイボールを二つオーダーする。

「失礼ですが、見た目通りの歳とも思えません。飲めるのでしょう? ワーレン近くの名物のカエデを使っているので、酒もクイニーアマンも絶品ですよ。
主人のセンスもいいので、サラダの飾りつけも彩りがよく見ていて楽しい」
「ご相伴に預かれる・・・と、とってよろしいのかしら」
「代わりに、話を聞いていただきたい」
「聞くだけなら」
「『ノイエ・ドラッヘン』の中枢の方にお目通りを願いたいのです。
『シュテルン』の名で大丈夫とは思いますが、どうもピリピリとしているのでね、出来れば緩衝材が欲しい」

(成る程)

「・・・で、なんの御用ですの」

実は話しているカペラ自身が、中枢そのものでもあるのだが。

「こんなところでは、火急の用、としか言えませんね」

背中合わせの席にいたアランを立たせ、迎えをやった。
クイニーアマンを堪能しきる頃には、話は通るだろう。


 ・


「お前・・・ カシムか!!」

その場ではオグマくらいしか知らないようだったが、顔見知りなのは間違いないらしい。

酒場で話していた事は本当のようで、しかもどうやら、腕を切り落とすきっかけになったのはアイルの所業のようだった。

まあその辺はどうでもいい。
顔見知りのオグマが話をつなぐ。

「シュテルン商会も調子がいいようだな。ただまあ、アカネイア同盟と懇意なのは周知の事実なのもあり、今や第三、第四の勢力である『ノイエ・ドラッヘン』の本拠地であるワーレンでは、流石にその名を聞かないが・・・」
「ええ、ですから、此処では取引を分けて、『モント商会』としてやっています」

一同が一瞬絶句する。

海産物やこのあたりの名物以外は、なかなかの量を取引している新参者だ。
卸し方や売り方に少し口を出すが、上納する金を出させる代わりに、かなりの低金利で落ち目の時にも金を貸すという約束がされていて、保険がわりに商会に加わるものが増えているという。

質ごとに売る相手も値も変えるので、それぞれに評判だ。
基本ではあるが、納得する値段というのを提示して見せるのはなかなか難しい。

「それで、本題ですが・・・
今、アカネイア同盟は、船を集めています。
グルニア侵略の方は、アイルさんはひと月もすれば落とすと言っています。それまでにということでした。
まあ、僕の見たてではもう少しかかるんですが・・・」

アイルの次の策というのは、なんのことはない、シュテルン商会に、船を用意させることだった。
アイルは既にグルニアの後・・・つまり、マケドニア、その先のドルーアとの決戦を睨んでいた。大兵力を輸送するだけの船団がどうしても必要なのだ。
グルニア海軍にある船団を使えばいいのだが、それだとグルニア攻略時に、船を焼き払う選択ができなくなる。
徴発はアイルのポリシーではないから、民間のものをどうこうはしにくいだろう。
それもあって、シュテルン商会に頼む運びとなったのだ。

が。

「それより。

その船の手配でいろいろ駆けずり回っているうちに、とんでもない話を聞きまして。
『ノイエ・ドラッヘン』が・・・ 少なくとも幹部がアリティアやタリスの人たちなのは掴んでいました。オグマさん、言っても聞きやしないのはわかりますが、『カニス』さんや『ウルサ』さん、『リーオ』さんの手綱は握っておかないと」

マジ、サジ、バーツのことである。
酒でもおごって聞き出せばそれでおしまいなのは想像がついた。
ましてやカシムは同郷だ。いつからお互いを知っていたのやら、だ。

「で、ですね・・・」

カシムが開示したその情報に。
再び一同は、絶句せざるを得なかった。


 ・


次の日の夜。

そこかしこの酒場では、兵たちによる宴の準備がされていた。

マケドニアとグルニアの共有領ということで、アカネイアとドルーアを打倒した暁には、ともにやってゆく兄弟。今から親睦を深めておくのも良いだろうと、まずはグルニア側が宴を催したという次第。

ワーレンで扱うものとはいえ、グルニア独特の調理法で作られた山海の珍味が所狭しと並べられ、冷えた酒とともに、こちらは湯気を立てている。


「おお、このシチューは食ったことあるぜ。甘みが強いのにピリピリと辛くて、けどクセになるんだ」
「この鳥!! 羽がないでかい鳥だろう!?
天国みたいな場所で、死んだことにも気がつかないような早技でしめないと、まずくなっちまうっていう繊細な鳥なんだ。
わざわざ出すからにゃ、さぞかし腕のある料理人が作ったはずだ!!!」


はしゃぐマケドニアの将校や兵達。
各々好きな酒や料理の前で、今か今かと乾杯を待っている。

それを見て、グルニアの将は、ほくそ笑む。
友好の場が成功しつつある朗らかな笑みとは、また違う、どこか・・・
怖気を覚えるような。

そんなことに気づいた様子もないマケドニアの面々は、彼の掲げた盃に注目している。
その場を取り仕切る役のグルニアの将校の、誰も聞いていないような友好を願う文句のあと。

「乾杯!!!」

そう、彼が言った・・・直後。


乾杯の音頭を取ったグルニアの将校の視界が、真っ二つに割れた。

その網膜が最後に映したのは、血の宴だった。

乾杯の音頭と共に割れたのは、グルニアの者達の脳天や腹や首と胴体。
マケドニアの者たちの笑顔は一層高揚し、掲げた酒は全てとくとくとグルニアの兵達に注がれる。

じゅばあああああああ・・・・・・

「ぐぎゃあああああああああっ!!!」

異臭とともに煙が上がり、皮膚がただれて落ちる。
マケドニアの猿どもの腹を焼くはずの毒酒は、残らずグルニア兵がひっかぶった。

「ぎゃああああああっ!!」「や、やめろ、やめてくれえっ!!!」「うげっ、うげあああああっ!」
「ひぎゃああああああっ!!」

阿鼻叫喚、酒池肉林。
因果応報、地獄絵図。

料理は何も細工していないのを知っているのか、マケドニアの兵達は、大笑いをしながら食い散らかす。
自前の酒をラッパ飲みし始め、宴は更に盛り上がる。

「ぎゃははははははははっ!!!!
ぶわーーーーーーーか!!!
グルニアの濡れ犬共が考えそうなことなんぞ、お見通しよ!!」
「まあ、俺らもミシェイル王子に、近々裏切る準備をしておけと言われなけりゃ、お前らをわざわざ探ることもなかったろうがな・・・」

ミシェイルは、ギリギリまでカミュを引き込む気ではあった。
しかし、その瞬間まで隙を見せぬように・・・ いや、付け込む隙を見せつつも油断をせぬように言い含めてあった。

すなわち、悪巧みをしろと。

戦に関わる者達にとって、、特に傭兵共にとって、手玉にとって好き放題することこそが楽しみだ。
そのためなら、どんなことでも真剣に、一切の隙なくやってのける。どれだけ待つことも、愛想笑いも、面倒な気遣いも。

命令ならいやいやでも、悪巧みなら楽しい。

こちらを罠にかけるつもりの阿呆を斬り殺し、呆然とした顔に靴の裏を舐めさせる。
こんな愉快なことがあるか。


有力者の屋敷で。

気のあったものの集まる部屋で。

ともに笑いあったいつもの安酒場で。

同じような光景が、ほぼ同時に起こっていた。


 ・


『ノイエ・ドラッヘン』の、中枢を担う者たちは、共有領を治めるのに、どちらかの国のものでは不満が出るだろうということで、カペラの提案で、カペラの紹介した将を派遣、カミュもミシェイルも互いに納得した。

だが、裏切るとなれば、どちらにとっても無用の馬の骨だ。刺客が差し向けられていた。

彼らもプロである。街でのどんちゃん騒ぎに加われないことを悔やむものなどいない。
命じられたことをこなす。それこそが彼らの矜持だ。

ここに居るのは魔道士の娘と、元天馬騎士という女。
ゆっくりと眠り粉を充満させ、そして・・・

枕に立つ。

(悪く思


・・・そこでその男の思考は途切れた。

「片付いた?」
「排除しました」

顔を斜めに覆う仮面に沿って、頭がずれる。
ぐらりと倒れた男は、脳漿をベッドにぶちまけた。
まだ動いている心臓が、胸元の動脈からぴゅるっ、ぴゅるっと鮮血を垂れ流す。

「ズイィレ、ダルァーケン・・・ ナタルスティロヴ」

キシンッ!!!

となりの二つの部屋で音がした。
三つの点を結ぶ三角が、すべてを断つ刃と化す魔法、『アドラメレク』。

この魔法の有用なところは、竜石を砕いた欠片に魔力を込めて後から発動させられること。
『魔導機器』から切り離された、並以上程度の魔道士に成り下がったカペラが使える『同時発動』『重複起動』の魔法の一形態となることだ。

天井や側面の壁にも埋め込まれ、『繋げられるすべての三点』が刃になった部屋で、人間がどうなるか・・・

赤い宝石が天井と床に散乱し、鈍く光っている部屋では、その宝石同士を結んだ線が作る面に、蛍ののような淡い光の三角形が無数に重なっている。

血が流れ出すと、いくつもの三角の斜面をなぞるように、肉片がぼとぼとと落ちる。

乱切りの魚か何かのようになってしまった刺客達は、自分が死んだということさえも、まともに知ることはできなかった。


「さ、行きますわ。
長居する意味もないですし」
「御意」

カシムやアリティア宮廷騎士団の半数、アランやリンダ、ビィレなども既に逃げ出している。
ジェイガンやオグマも、酒盛りの許可や庶務などのポーズをとっておいて、宴の時間近くになれば脱出した。
カチュアとカペラはしんがりだ。すぐにペガサスで飛ぶ。

カシムの持ってきた情報は、ご覧の通りのものだった。

グルニアは、籠城の構えをとっていた。
そして挟撃をする援軍は、『ノイエ・ドラッヘン』からまかなうつもりだったのだ。

『ノイエ・ドラッヘン』には、マケドニア系とグルニア系、そして実は大多数が『傭兵』なのだ。
金さえきっちり払うのならば味方になる。マケドニア系の将校と、カペラの息のかかった中枢を始末すれば、遊んでいる兵力がこちらのものになる。

約二万。
これは小さくない。

カミュは、これまで幾多の戦場に同時に顔を出し、勝利してきた。
もちろんこれは、彼に協力するカペラが、その移動を行っていたからだ。

これがまずかった。

カペラのおかげで、どの戦場にもリアルタイムで作戦を授けていたため、『カミュ将軍がいないのだから、自分で何とかせねば』という自立心のある将が育たなかったのだ。
しかもマクロニソスの城の一件で、カペラと突如連絡が取れなくなり、カミュの采配に頼りきっていたグルニアの防衛戦線はアカネイア同盟との決戦を前に完全に混乱していた。


もうマケドニアとの密約も気にしている場合ではなかった。
共有領の話も反故にして、苦肉の策での裏切り。


またこれが最悪のタイミングと言えた。


ミシェイルがカミュに見切りをつけ、この時期に全く同じことをやらかした。
裏切ったのだ。
しかも、裏切りに関してはミシェイルの方がうわてで、逆に乗っ取られる形になってしまったわけである。

しかもその中枢を担うアリティアテンプルナイツの面々は、カシムの前情報によって、全員無事に逃げ出した。

「・・・ここに来てグルニアは坂を落ちる岩のようですわね」

自分の改心がその一旦というのも皮肉な話だ。
これでグルニア王ルイの病状もひどくなること請け合いだろう。


カチュアはなんの感慨も移さぬ瞳で聞く。

「どこへ行かれますか?」
「『狼の牙』と合流するしかありませんわ。
・・・マケドニア軍そのものと化した二万の無法者ですが、ミシェイル王子の尖兵でもあります。
『狼の牙』は、オレルアンとアカネイア騎士団の連合です。つまり・・・
アカネイア領に手を出せば、まず間違いなく救援に来る。
ならば先にこちらを、と、考えるでしょうね」

これも皮肉な話だ。


『狼の牙』
『ノイエ・ドラッヘン』

どちらも元々はカペラの私兵とするつもりであった軍である。
それがカペラの手を離れてしまった上に、潰し合おうというのだ。
しかも当のカペラがその争いに巻き込まれる形となっている。

「まあ、これも自業自得、因果応報というやつなのでしょうね」

カペラの自嘲はともかく。



グルニアの援軍は、消滅した。

国内の防衛をしていた八万の軍勢のうち、カシミア大橋で三万、各地で二万を失ったグルニア。

アカネイア同盟軍とグルニア城防衛部隊、第一師団との兵力差は・・・

たった、数千である。


 ・


「・・・無茶苦茶だ、な」


が・・・
アイルの側からすれば、船がこなさそうなのは痛いが、つまりこれはドルーア連合内の代理内乱だ。
そして、このタイミングで、今現在戦ってる相手の希望は勝手に断たれたことになる。

(ツキに見放されたわけではない、か)

しかも、向かう先はオレルアンのようだ。こちらには直接関係ない。助けに行かねばならないほどの義理もない。あっても公式には『第三勢力』である以上、無視できる。


完全に予想の斜め上の結果である。
策略家がそれぞれ好き放題やっていると、どこでどんなことが起こるか想像もつかない。

しかしこうも考えられる。カシムからの書状にあるとおり、ジェイガンらやカペラ達が『狼の牙』に向かったということは、この事件は『狼の牙』の知るところとなったということだ。つまり、オレルアン側が奇襲を受けることはない。

(ならば、ハーディンとミネルバのいるあの軍が、そう簡単に負けることはあるまい)

こちらはグルニア攻略に専念してもいいだろう。


後方の憂いは、無い。



 ・



ひとつ、誤算があった。
ノイエ・ドラッヘンを抜けた、アリティア・タリス勢だが・・・

オレルアンに着く前に、報告が入った。

「ルタルハが、捕まった!?」

カシムは、青ざめた。
それは同時に、あることを示した。

「カシム、という事は・・・」
「・・・はい」

彼が助けて連れ出すはずだった、パオラも。
マケドニア傭兵部隊と化した『ノイエ・ドラッヘン』に、捕まったということだ。
ミネルバに合わせる顔がない。

しかも。

「オグマさん達が、合流していないだとっ・・・!!?」

それは取りもなおさず、実戦経験という意味では『ノイエ・ドラッヘン』で1、2を争う将が・・・
捕らえられたか、戦死したかということであった。

カシムの『夜逃げ』作戦は、やらないよりも随分良かったとはいえ、半分は失敗したに等しい結果となった。

そして、『狼の牙』と『ノイエ・ドラッヘン』の正面衝突は、もはや避けられなかった。


続く

by おかのん
by ぽ村 (2013-08-30 11:53) 

ぽ村

>>おかのん
一文字だけだったので早速直して消したよん♪
なんかこういのも久々じゃのう・・・

ミシェイルも頃される運命のはずなので、そこらへんが楽しみな猟奇脳はそのままに行きたいと思いますw


というか、他所の話題でスマン
翌日の早い勤務は大丈夫だっただろうか?
by ぽ村 (2013-08-30 11:57) 

おかのん

さんくすー♪

>頃される
・・・・・・
そおですね。げんさくではそのほうこうせいっぽくなってはいますね。

>翌日の勤務
なんだか全然大丈夫でした。なんでだろう。
お銚子4本ビール中ジョッキワイン一杯カシスソーダ一杯・・・て私的にありえない量なんだけど。思ってたより強いのか??
by おかのん (2013-08-31 14:43) 

ぽ村

>>おかのん

記憶外のところでリバースして吸収しなかったほうに一票w

>そおですね
なにそのひらがなぼうよみw
by ぽ村 (2013-08-31 23:08) 

おかのん

~偽りのアルタイル~

第20章 ミゼラブルナイツ・カミュ

その1 サンダーボルト


(どうしてこうなった・・・!!)

カミュのところに情報が降りてきた時には、取り返しのつかない状況になっていた。
今やグルニア軍と呼べるのは、グルニア城とその周辺の砦に待機する、3万ほどだ。

15万とも20万とも言われた、大陸最大の騎士師団が、だ。


思えば、カミュは甘えすぎたのだ。カペラに。


情報とは、伝達されるのに時間がかかる。戦況しかり、予兆しかり。
平時、戦中、戦場、それら全て真偽も含めて。
即断がいる場合も、熟考が必要な時も。

カペラはそれを無くしてくれた。

瞬間移動で現場に行って確認してくるのだし、カミュ本人と直接話すだけに真偽は確認がいらない。実際どれだけの助けになってくれたかしれない。
だからこそ。
この本土決戦の、しかも直前という時期に消えられたのは、むしろ害悪であった。さすが魔女と言えなくもない。

むしろもっと前に手を切っていれば、以前のような情報処理の仕方に慣らし直せたかもしれない。保険のような手をいくつも打ち、多く集められる情報から取捨選択し、全体を俯瞰で見ながら相手の思考や時勢、民の心理まで掴んで。


こうなっては、ここで死力を尽くすことと。
ドルーアに送った、再度の援軍要請が通ることを祈るのみ。
・・・背水の陣で挑むグルニアと向き合っている同盟軍を背後から襲う。それはグルニアを救うなどということよりも、のちのちの連合の利となる・・・
と書いておいた。が・・・
カミュ自身、既にドルーア連合に期待をしてはいなかった。


「平原に、アカネイア同盟軍が現れましたっ!!」

駆け込んできた伝令は、その場で膝をおる。

グラディウスを手に、カミュは優雅に立ち上がった。


 ・



「布陣を見てきましたー」
「報告してくれ」

フレイの竜騎士隊でもいいが、教育を受けた天馬騎士から見た報告は精度が違う。正直エストが協力してくれるのは有難かった。

「音に聞こえた木馬隊をようしていただけあって、シューターも結構いますね。
平原南方の村も何か要所でしょうか。
それから、すぐ西にある跳ね橋は多分伏兵アリです。この地図だと・・・この辺。
中央にある山脈は、騎馬でも通れる道が整備されてます。ここにも。
んー・・・ 各地砦もカラなのはないんじゃないですかね」
「ふむ」

十分だ。
ただ事実だけではなく、相手が使ってくるだろう・・・とりあえず常識的な範囲での『戦略』に使えそうな地形や場所への注目。これは誰にでもは出来ない。逆に言えばこれが出来てこそ『目』となれる。

「ご苦労。下がれ」
「ほいほーい」

はい、ですらない。が、まあいい。

(まずは・・・ 出鼻をくじくか)

戦局は、読みつつも、変わる状況に対処しなければならない。
雛形は出来ている。しかしいざとなれば固執せず。

(ブラックナイツ・カミュとの読み合い・・・か)

武勇も知略も聞き及んでいる。
過去の戦の記録を見て、天才だと思ったのは疑いがない。

しかし。


このような状況で戦わされるのは、カミュとて初めてであろう。
しかも、ここ数年・・・ 自軍と敵軍の数がほぼ互角というのもなかったはず。

油断はできようもないが、勝機はあると思えた。
しかも・・・

向こうにない手駒も、ある。


 ・



ひるるるるるるるっ・・・・・・


「・・・なんだ?」

山裾で、射程に敵が入るのを待っていたグルニア木馬は、奇妙な音を聞いた。
シューターの音に非常によく似ているが、どこか違う。

そう思った瞬間。


「っ!!!!?」


ギャシュバァアアアアアッ!!!!

「げびゅ・・・」


広がるでもなく、落ちるでもなく。
限定された空間に暴れ狂う、雷撃。

大陸の戦略を塗り替えたとも言われる『シューター』が、まるで紙くずのように、稲妻のうねりに飲み込まれて粉々になる。

わずか数分。

対竜騎士用機動弓『クインクレイン』部隊は、瓦礫と血だまりを、えぐられた大地の上に晒すだけの存在となり果てた。


 ・


「ふ。くはははは。
ここまで隠した甲斐があったというものだ」

『サンダーボルト』。
対シューター用のシューターである。
ベックの持ち込んできたタナボタ兵器であるが、極秘のうちにさらに磨きをかけさせ、シューターの本場であるグルニアとの最終決戦で使う。
これがアイルのやり方であった。

「警戒してしすぎることのない相手との戦いで、是非欲しかった一手だよ。
よくやった。ベック」
「恐悦至極です」

(さあ、追い詰められればすることは限られてくる。遊びのない盤面ほど読みやすいものはないぞ。俺の読んだ512の戦略のうち、これで使えそうなのはもう38通りまで絞られた。
それを超えるものを出してこれるか? 自分を見失っただけの愚にもつかぬ奇策なんぞに走って、俺をがっかりさせるなよ!?)

この高慢も、ひとつの油断とも言えるだろうが。
一軍を預かるプレッシャーを楽しめるくらいでもなければ、務まらないのも事実だった。


 ・


「・・・シューターが、全滅・・・だと・・・」

音に聞こえた戦略家も、新兵器への対処は無理であった。
要所に置いたシューターは、敵の足止め、特にことグルニアに欠く『制空権』を補うものとしても使えるはずのまさに『要』であった。

(これが、『マルス王子』か)

今の今まで隠し通し、ここで使うか。
これまで我がグルニアの木馬には散々苦しめられたはずだ。
こんな新兵器があるなら、使いたかった場面はいくらでもあったはず。

この俺との戦いの時に、備えをされないように、あえて使わずに・・・!


「・・・エレファント部隊のみ、撤退が早く、若干残っています!!」

慰めにはなったが、事態を回復させるためには、攻めねばならなかった。
罠の方が先に砕かれたのだ。待っていてはこちらがやられる。

「第4、第5連隊、出陣!! 敵を平原に誘い込め!!!
アルズナ砦の第3部隊を出せっ!!『暗黒騎士』を、発動するっ!!!!」

黒騎士団は騎馬部隊。平原で機動力を活かしての突撃こそが正道。
相手もそれはわかっているだろう。その上での備え・・・『策』を巡らしているに違いない。だがだからこそ・・・

『その策さえも踏み潰す』真なる黒騎士団を知るまい。

「マルス王子・・・ 奥の手を持つのは貴様だけではないぞ!!」

・・・これで、グルニアの復興は20年遅れるだろう。
それでも、今滅びるわけには行かなかった。


 ・


確かに平原に誘い込めた。
しかし、かかったふりをして油断したところを罠にかけ返すのがアイルだった。

ラーマン神殿で手に入れた火竜石。
バヌトゥの初陣であった。


グギャォォォオオオオオオオオッ!!!!!

「おじいちゃん、がんばって・・・!!」

近くにはチキもいる。一兵たりとも近づけられない。
自分がしくじれば、次に矢面に立つのはチキなのだ。

先日、チキが戦場に立つと言い出した。
そして、説得しきれなかった。
殆どバヌトゥの我儘に近い形で、『おじいちゃんが代わりに戦う。おじいちゃんが疲れたら代わってもらうから、それまでは何もしないでおくれ』と言うのが精一杯だったのだ。


 ・

火竜の出現は、存外に効果的であった。
グルニアは、これまで火竜を利用してきた。いかに強力かを目の当たりにしてきたのだ。

突撃の足が落ちた騎馬など、むしろいい的だ。蜘蛛の子を散らすような戦であった。
そろそろ木馬隊を葬ってきた、ベックの部隊が戻ってくる。ジェイクもだ。責任者につけておいたノルンも戻れば、追撃はたやすい。

またもカミュの誤算だった。

此処では互角・・・でなくても抑えきれると思っていた。
兵の数は互角でも、練度は違う。
逆境を勝ち進んできたアカネイア同盟軍の兵は、練度という意味では桁違いであった。

さらには。

「グルニア軍だ・・・」
「グラを抱き込んだ、グルニア・・・」
「我らが先代の王、コーネリアス様の仇・・・」
「アリティアを支配した、俺たちの国でこの3年、好き放題やってきた・・・!!」
「あの中に、俺の娘を犯した奴が・・・」
「あそこに、ミリアを殺した野郎が・・・!」
「殺してやる」
「殺してやる殺してやる殺し・・・」
「地獄がここにこそあると教えてやるっ!!!!」


そこにいるのは、鬼だった。

グルニアの各地を攻めるのに、常勝不敗であったのと、チキをなるべく同行させたくなかったのはほかでもない、兵達がこの様子だからだ。

荒れ果てたアリティアの姿を見て、激昂している兵たちの凄まじさといったらなかった。
アリティアを征服した折、カミュは『自重しろ』とは言ってあったようだが、そもそもカミュの言うことを聞くものばかりでない上に、ドルーア軍も混じっている。
グルニア軍のアリティアの荒らしようは、グルニアの全てを怨嗟させるのに十分だった。

カミュも、恨まれてはいるだろうと読んではいた。しかし、ここまでとは思っていなかった。
そしてこれも、アイルの戦略だ。
事ここに至るまで、略奪、捕虜の私刑等々、狼藉は固く禁じた。徹底させた。
その上で。

この戦いでは、『解禁』する。

勿論村を襲うのはなしだが、捕虜の私刑はむしろ推奨した。
溜まりに溜まったものなのである。まさに狂戦士、まさに鬼と化しているのだ。

人の心理にも訴えるカミュの戦略だったが、それだけに、人の魂まで弄ぶようなアイルの戦略はカミュの思考の範疇を超えていた。

鬼と化した兵と、敵にまわった火竜。
平原の戦いは、同盟軍有利で進む。


 ・


「馬鹿な・・・」


カミュらしくないつぶやき。
そしてそれは、これまでのグルニアの将校が吐いてきたセリフと同じだった。
この戦いのアイルは『本気』だ。
初期の、にっちもさっちもいかない状況をひっくり返すために、どんな無茶もやった、なりふり構わないアイル。
それこそ、『この戦いのためにこそ』準備してきた物さえあるアイルは、ひと味もふた味も違った。

だが。


(・・・まあ、いい)


『暗黒騎士』が、来さえすれば。

押さえ込んでいれば、『そいつらごと』潰すつもりだったのだ。礎になってもらうつもりだった。

奴らの要は、火竜だ。


カミュは、ほくそ笑んだ。

(あれほど大きな『的』なら、ハズしはしないだろうよ)

「申し上げますっ!!
ハヌマンの村近くに、山賊が出現!!
この戦の隙をついて、略奪を行うようです!!」

・・・普段なら、一も二もなく、遊んでいる部隊を向かわせる。

が。

『マルス王子』のやりようをみて、気が変わった。

「捨て置く」
「・・・は!?」
「放っておけといった」
「し、しかし・・・」
「三度言わせるか」

その目は、恐ろしく冷たかった。

「しっ、失礼しました!!」


(・・・ふん)


・・・たとえ小さなことでも、いつもと違うことをしてみるのもいいだろう。
迷いは、判断を鈍らせる。『マルス王子』は、実はそんなこともしていると気づいてはいた。
読みきれているとは言えないが、こちらもやすやすと読まれてやらないのもひとつの手。

それに。

(あの村は、たしか・・・)


 ・


「村が襲われるだと!?」

山賊が向かっているというのだ。
しかもグルニア軍は捨て置いているという。カミュらしくない。

(人物を読み違えたか・・・?)

多くを助くには小さきを削る。戦の常は重々承知しているだろう。
しかし村となると違う。
グルニア城のお膝元で村を見捨てるなどしたら、王家の面目が立たない。侵略に来ているこちらがというならともかく。

そんなことを思っていると、走ってくる者がいた。

「王子っ!! 馬をお借りします・・・
あの村は、祖父が住んでいるのです!!」

レナだった。

アイルは止める気はなかった。彼女には借りもある。

「・・・まて、精鋭の一つも出す!!
フレイ・・・」
「私が行こう」

食い気味にそういったのは、デネブであった。

「・・・・・・ならば、俺も行く」
「やれやれ、信用がないな?」
「そういうことじゃない。ただ・・・」
「まあ、構わんよ。
この場はバヌトゥに任せても良さそうだしな」

つまり暴れたいのだろう。
そして適役ではあった。こいつの馬ならフレイが竜で行くより早いかもしれない。

「レナはジュリアンとゆっくり来い。
とりあえず山賊どもは皆殺しにしておこう!!」

ドカァッ!!!!!!

・・・駆け出す音さえ、まるで弾丸。
もう見えない。
不安も多いが、それ以上に頼もしかった。

・・・ハヌマンの村まで、それなりには距離がある。
間に合うかどうかは賭けだが、少なくともレナやジュリアンが普通の馬で行くよりも格段に早いはずであった。

それはともかく。


『暗黒騎士団』が、平原の戦場に着くまで、あと数分。
この瞬間にデネブがいないことこそ、悲劇だった。

続く
by おかのん (2013-09-02 22:24) 

ぽ村

>>おかのん
投下サンクス♪

・・・いたなぁそういやレナの祖父・・・
をれのプレイの時は申し訳なかったわw

古今東西、復讐戦は戦闘も戦後も苛烈を極めるもんじゃ
アイルの采配が気になるな

・・・って原作読めばある程度わかる?!
by ぽ村 (2013-09-03 10:51) 

おかのん

>原作読めば

・・・・・・
「何が起こるか」がぶつ切りにはわかるでしょうが、展開や采配までわかるような簡素な文にはしないつもりですにょー。

章題で『ミゼラブルナイツ』などとしたように、今回はカミュが『悲惨』です。
by おかのん (2013-09-03 13:07) 

ぽ村

>>おかのん
原作は「おら死ねw」程度で済ましていたからなぁ

その一言を表現するに一話丸々使ってしまいそうな空気がちょっと読み手的に不憫

自重するんじゃ 久遠 www(今更)
by ぽ村 (2013-09-04 08:45) 

おかのん

~偽りのアルタイル~

第20章 ミゼラブルナイツ・カミュ

その2 ハヌマン村のリーヴル


その村には、リーヴルという名の村娘がいた。
本当にただの村娘であった。
ドルーアの脅威に近い位置にいながらも、ときの国王ルイがドルーアに睥睨したおかげで、今の今まで彼女の住む村は戦乱とは無縁だった。

アリティアの事は、龍神様に逆らって滅びた可哀想な国だと思っていた。アンリの伝説や、神竜地竜の関係などよく知らない。どっちも強い神様としか思っていなかった。

カミュは強く、そして優しい将軍様だ。
ここは、豊かでなくとも、平和な村だ。

ここのところ、少し税は上がって、おかずがさらに寂しいことがあるが、戦争が終わればまた食卓に魚が乗る日も来るだろうと思っていた。



鬨の声・・・ではなく。

けたたましい笑い声が聞こえるまで。


「ぎゃははははははははっ!!!!
奪え、奪え!! 男は殺せ、女はさらえ!!子供もだ!!
もうこの国はおしまいだ。なら戴くものを戴いて逃げるとしようぜ!!!」

村の者たちの阿鼻叫喚に混じりつつも、異質なその声ははっきりと響く。

何故。
ここはグルニア城のお膝元。
オルベルンとグルニア城をつなぐ中継の一つとして、重要ではないまでも、目は光っている場所だ。


原因はもちろん『同盟軍との戦争』だ。
もうグルニアは半分以上アカネイア同盟軍に奪われたという。
カミュ将軍なら、なんとかして追い払ってくれると思っていた。しかし、その前に、山賊どもに襲われるとは。

「きゃあああああっ!!」「やめて、やめて下さいっ!!」「うぁーん、うわぁあああーん」

平和こそ、保つために努力せねばならぬものだ。しかし、あまりに当たり前に平穏の流れるこの村では、自警団の一つもない。

おわる。


・・・こんな、突然に。

そして、今まで生きてきた経験からは想像もつかないような非道い事が、自分の身に降りかかろうことさえ想像できない程、リーヴルは無垢で無知であった。


ほうけているリーヴルに、影が覆いかぶさる。
山賊の一人に、目をつけられたのだ。

「へへ。ここは流石にグルニア城のお膝元だな。わりと見目のいい女がいるぜ。
まだ青いが、悪くねえな」
「ひ・・・」

怖気が走った。

声をかけもしない。
果実に例えた。
『人』としてみていないのがよく分かる。

リーヴルの容姿はそれなりに整っている。日に焼けてくすんでいるが、髪は金色だ。
夜鷹をしていたという祖母からの、出処のわからない贈り物。

初めて祖母を恨みそうだった。


「いやあああああああ!!!!!」

組み伏せられ、衣服を剥ぎ取られる。
布を縫い合わせただけのもので、丈夫とは言えない上着。

骨が浮き出るほど痩せているわけでもない。
形のないほど小さな胸でもない。
まさに『青い果実』であるその躰は、山賊の性欲をいっそう滾らせるのに十二分だった。

「おほっ・・・ こりゃあ、なかなか」

彼女にとっては最悪なことに、恐怖と羞恥に歪んだ顔は、既によがっているかのようで、艶かしくさえあった。

喜悦を浮かべる顔が、乳房をすおうと近づき・・・


ゾンッ!!!!!!!!!


首が、飛んだ。



「・・・へ?」


山賊の、首が飛んだ。

切り口から噴水のように血が吹き出て、リーヴルの顔に降り注ぐが、それについては特になにも思わなかった。
彼女にとって、自分を人間扱いしない者は、人間ではない。
助かった。そう思った。

誰が、助けてくれたの?

体を起こすと、山賊の体がゆっくり倒れる。その向こうには、白馬に乗った聖騎士らしき乙女と、その背から降り立った、青い髪の青年。

「アカネイア同盟軍だっ!!
この村で、徴発を行うっ!!」

徴発。
軍事物資を臨時で取り立てることだ。略奪とは違い、一応対価は支払われる。
しかしそんな言葉はリーヴルは知らない。わかったのは、どうやらこの二人にとっても山賊は邪魔だということだ。


彼を乗せてきた乙女の方が、狂気を宿した微笑みを見せる。
整った顔立ち・・・どころか、リーヴルなど足元にも及ばないと思わせる絶世の美少女なだけに、その壮絶な笑顔の妖艶な事と言ったら。

「文句がある奴は、かかってこい」

どこの侠客物語の主人公だと言わんばかりのセリフだが、まさにそれに酔っているようだった。

そして、直後に見せたその戦いぶりは、白馬の聖騎士というより、銀狼に跨る冥界の女王だった。

「くふははははははッ!!!!!
屑野郎共を相手にするというのはいいなっ!!
どんなふうに殺してもどこからも文句が出ない!!」

実際に白馬に乗って現れた聖騎士の乙女だというのに、冥界の神になぞらえたのは、その膂力が人間離れしているからだ。

乙女の武器は馬鹿でかい剣だった。

剣には剣の、槍には槍の、適した長さというものがある。槍の穂先があの大きさなのは、鉄の塊が棒の先についていて、振り回したり突いたりするのにはあのサイズでないと重いのだ、重すぎるのだ。
剣をそのまま大きくしたような比率では、振り回せたものではない。

のに。

振り上げた斧もククリも頭骨も、一緒くたに切り刻みぶち割る、その超重剣。
まるで馬ごと騎馬騎士を真っ二つにするためにでも作られたような。
家さえ数分もあれば解体しそうなその剣で、山賊どもは木偶人形のように死体を晒していく。

その秘密が、魔力を膂力に転化できる魔法のせいだとは、リーヴルに知る由もない。


群がるものは叩き潰しえぐりつくし。
逃げ出すものは追いすがり、隠れるものもいぶしだして。

80余名もいた山賊は、残らず広場に打ち捨てられた。


・・・頭目らしき男を見つけ。
『これで全員かどうか』を、確認させて。


大輪の花が自らの醜さにしおれ落ちそうなほどの、極上の笑顔を浮かべてその乙女が告げる。

「舌を切り落とすのと目をえぐるのと鼻を焼くのと耳のなかをかき回すのと皮を全部はぐのと棒っきれを切り落とすのと、二つまでは選ばせてやるがどれがいい?
残ったのから村人にもう一つ希望を聞いて、その後は貴様を的に石当てゲームをしようじゃないか。

おう、村長は誰だ? 地酒があれば持って来い。
そこの血まみれ娘。顔は洗わんでいいから酌をしろ」

ぺしん。
食い気味に、ついてきた青年が頭をはたく。


「あいた」
「自重しろ。縛り上げておけばいい。
そこの君はいいから顔を洗ってこい。徴発は明日改めて行う」

レナとジュリアンが到着したのは、それから程なくのことであった。

この二人がアカネイア同盟軍総大将、アンリの末裔にしてアリティアの王太子マルスと、そのフィアンセであるタリス王国のシーダ姫であることはほどなく噂に登る。
リーヴルはこれ以後、世界というものに目を向けることとなる。



 ・



『シーダ』の聖騎士部隊を20騎程も残して、デネブとアイルは主戦場に戻る。

レナは祖父に再会し、無事を喜んだ。

アイルがわざわざこの村を救ったのは、レナに対する償いの意味が大きかった。彼女の運命を狂わせたのは、紛れもなくベガであり、それを抑えられなかった自分であるような気分が抜けないのだ。
少なくともワーレンの『火薬の庭』作戦の引き金を彼女に引かせたのは紛れもなく自分だった。

家宝の杖を渡されたり、ジュリアンのことを聞かれたりといろいろあったが・・・
中でも、レナは無視できない話題がひとつあった。

「ミシェイル王子が・・・」
「うむ。『ノイエ・ドラッヘン』という軍は、マケドニアとグルニアの混成部隊だったらしい。
もっとも、双方が『脱走兵の野盗化』した者共の成れの果てだと、関係は否定しとる。
しかし、ならば武器防具の充実は疑問であるし、否定せねば連合が崩れるのは事実。
そして、ドルーアに攻め込むのは時期尚早、グルニアを見限ったのなら、助ける義理はないとすれば・・・
矛先は、アカネイア本国かオレルアンの『狼の牙』。アカネイア本国を襲えば横槍が入るのは間違いないとなれば、先にオレルアン・・・であろう。

いずれにしても、ミシェイル王子の覇道・・・
この時より始めようとされとるのやもな・・・」

とは、祖父の弁だが。

(違う)

レナは、ミシェイル王子を知っている。

今彼は、自分を取り巻く状況に、焦っているし、寂しがっている。そう思えた。

彼は彼なりに、マケドニアとこの大陸の未来を憂えている。

(私は・・・ 支えてあげられなかった)

一度は、彼の求婚を受けたというのに。
彼がドルーアに加担、父王を殺してまでのアカネイアとの戦いを選んだ時点で。

ただ、戦争が悲劇であり・・・それを選んだというだけで。
彼が、戦う決意をしただけで。

(・・・今ならわかる。戦わねば守れないものは山のようにある。私は、己さえ、矜持さえ守れず死ぬところだった。
力を手に入れれば入れたで、復讐しか考えなかった。
彼を責める資格もない。

今更、支えるなんておこがましいけど。
でも・・・)

今ならあなたのしたかった事がわかる。そう伝えたい。
彼は、家族にさえ見放されている。

(ミネルバ王女はともかく)

マリア姫までなんて、辛すぎる。
彼女は、ミシェイルの・・・


(会いたい)


「・・・・・・ジュリアン、お願いがあるの」
「何だい? 俺は、レナさんのためならなんでもするさ」

レナが彼に頼んだのは、彼にとってもっとも残酷なことだったかもしれない。


 ・



デネブがハヌマンの村に到着して、暴れ始める少し前。
バヌトゥの火竜は、平原を焼き尽くさんばかりに暴れていた。

このままならば、この平原での戦闘は、アカネイア同盟軍の大勝利だったろう。


どどどどどどどどどどどど・・・・・・


砂煙が上がっていた。はるか西からの、山のような砂煙。
それが意味するものがなんなのか、誰もわからなかった。


わかった時には、遅かった。

どどどどどどどどどどどどどど!!!!!!!!

「なあっ!!?」
(なんじゃあ、あれは!?)

馬も、鎧も、真っ黒に染めた、まさに黒騎士。
いや、はからずもその名のとおり、暗黒騎士の名が相応しかった。

武器を構えるでもなく。
盾を掲げるでもなく。

「あ、あああ、うああああああああっ!!」

その砂煙は、随分と遠くに、遅れて起こっていた。
今豆粒のように見えていたはずのそれは、既に眼前にいた。

僅かな者が、気がついた。
その騎士達が。

まるでガーネフのマフーのような、瘴気をまとっていることに。


 続く
by おかのん (2013-09-06 08:16) 

ぽ村

>>おかのん
投下サンクス♪


れいーぷはねー
まず抵抗したり舌噛み切ったりしないように顔を問答無用で凹って、おびえさせて屈服させてから行為に及ぶのが一番効率良いとネット世界の強姦魔が
ああ糞ね。


そしてレナ

ヲレがジュリアンだったら刺し殺すんじゃないかなぁ・・・
っつかニーナといいなんでFEの女キャラはこうクソなのが多いんだろう?
制作者の趣味か?!

ってレナの方は若干スピンオフ?
by ぽ村 (2013-09-07 10:41) 

おかのん

>FEの女キャラはこうクソなのが
いやその・・・
ニーナ様も自分に素直なだけで、別にハーディンに色目使ったわけじゃないし・・・
レナは完全に二次設定入ってますし・・・
(ミシェイルに求婚されたまでは公式。好きだったかどうかは二次)
うううごめんなさい話の流れ上というか作品の雰囲気的にというか本当にどなた様も申し訳ないOr2

by おかのん (2013-09-07 11:12) 

ぽ村

>>おかのん
以前、そちらが投下した鎮魂歌が公式に近い形なのかしら?
ミシェイルがレナに告ってお断りされただけの話な印象だな

だとしたら失恋の腹いせに父王を殺し(以下原作レイプ発言なので割愛)
by ぽ村 (2013-09-08 18:57) 

おかのん

>鎮魂詩が公式に近い?
近くない近くない。
というかDS版ではその話自体出てこないという、生きてるのか死んでるのかわかんない設定です。
でも私はそういう話大好きなので使ってます。
というか鎮魂詩では膨らませすぎた感さえあります。故郷で孤児院のシスターしてたとか、戦争始めちゃったから婚約破棄とか、二次もいいとこです。

しかしこの出しっぱなしの設定も、想像力の旺盛なファンの深読み材料なわけでして。

by おかのん (2013-09-08 21:35) 

ぽ村

>>おかのん
そうなのか・・・てっきり設定を基にした、というか肉付けで嗚呼かったのものかとw

にわかな質問でブツ切れスマンのー;
by ぽ村 (2013-09-09 11:04) 

おかのん

いえいえ。そりでは続きを。

~偽りのアルタイル~

第20章 ミゼラブルナイツ・カミュ

その3 暗黒騎士団


それは。

罪人たちであった。

到底償いきれぬ長さの刑期を持つ、一生を牢獄で過ごす筈の者たち。
知る限りの永遠の中で、持ちかけられた話があった。

『徹底した管理下で訓練を行い、騎士として戦場に一度だけ立ち、生還すればその罪を免除する』

というもの。

牢獄にいてもこのまま朽ちるだけ。
ならば自由のために多少の訓練と危険など。

僅かな希望を持って志願したものは、今ここにいる。


彼らは、マフーと同じ瘴気を纏わされている。
それで生きて帰れるはずもない。

まさに鉄砲玉。

カミュと、かつてのカペラによって、精神を操られ瘴気を纏わされ、すべてを消し去る瘴気の突撃兵器にされた罪人達。


グルニアの最終兵器、『暗黒騎士団』であった。


人の限界を軽く超えた突撃、瘴気をまとって突撃するため、防御の出来ない、二重の意味での死の弾丸。
触れたものは腐れて消し飛ぶ。残り香を嗅いだものさえ肺をやられかねない。


(こんなものと、チキを戦わせてはならぬ・・・!!)


バヌトゥは、彼らを消し去るつもりで、炎のブレスを吐く。

が。


瘴気を纏う彼らには、通じない。

なにより、炎の中からまろび出た彼らの狙いは、この戦いで平原の中央に君臨し、グルニア軍を蹴散らしているバヌトゥ、まさにその人であった。

死の風を纏った体当たり。50騎。

どごどごどごどごどごどごどごぉっ!!!!!!


グギャアアアアアアアアアッーーー!!

「おじいちゃーーーーん!!!」

チキの悲痛な叫び。

火竜は腕や足を吹き飛ばされ、倒れ伏す。

元の姿に戻ると同時に竜石の力が瞬時に発動、体の主だった部分を再生。

「リライブ!!」

リフのリライブが体力だけは回復させるが、流石にこれ以上の戦闘は無理だった。


近しい人の、死。

バヌトゥはまだ生きているが、死んでしまったかもしれないと『思わされ』た。

幼いチキには、とてもとても怖く。

「よく・・・も・・・」

心がぐちゃぐちゃになったような怒りが、脳を支配した。

「よくもぉぉぉおおおおおッ!!!!!」


ガカァァアアッ!!!!!

渦巻く魔力の風。響く大地。
鳴動する、世界。

神竜石の、発動。

「な、なんだっ!?」
「竜・・・でも、火竜じゃない!?」


キャォォオオオオオオオオン!!!!!


『暗黒騎士団』によって、一気に変わるかと思われた戦局は。

『神竜』によって、一瞬でひっくり返った。

マフーの魔力で純化されて『いない』、カペラの扱った瘴気など、神竜のブレスで掻き消える。

ある意味で、それは救いだった。
自我さえ失い、使い潰されるしかない『暗黒騎士団』達に、死以外の末路などなかったのだから。


 ・


カミュのもとに届いたのは、またも予想外の凶報。

「・・・『未確認の竜』だと!?」
「あ・・・『暗黒騎士団』は全滅!
纏う瘴気ごと、消し去られたとのことです・・・!!」

バヌトゥを殺されかけたことで逆上したチキは、霧のブレスで暗黒騎士団を文字通り消し去ってしまったのである。

すべてを抉り消し突撃を繰り返す暗黒騎士団は、アカネイア同盟軍を破滅に追いやるはずであった。
その覚悟で打った、外道とさえ言える一手が、大した効果も上げず・・・いや、火竜を葬るという役目は果たしたと言えるが、結局更なる驚異を呼び起こしただけ。しかも、アカネイア同盟軍はそれで終わってはくれず、まだ健在であるという。

「ぐうぅぅうっ!!」

一年前。ニーナの脱走を手引きしたことが、こんな結果を生むとは思わなかった。

ニーナがけなげにまとめ上げたレジスタンスをからかっていれば、そのうち適当な男と人並みの幸せでも手に入れて、表舞台から降りるだろう・・・などと思っていた頃が懐かしいほどだった。


いくらカミュでも、流石にもう打つ手がなかった。
これで平原のイニシアチブは取り戻すことができないだろう。

グルニア城に至る山岳側の道と跳ね橋と森を突っ切る道、そして西側の渓流に沿った道・・・

どれにも兵は伏せてあるが、意味がない。平原であれだけ見事に負けては、たてなおす分の戦力が残っていない。

(くそっ・・・)

対シューター用のシューター、ドルーア連合の十八番であるはずの火竜の運用と、さらに未知の・・・『暗黒騎士団』さえ塵と消した竜。

(ここまで・・・『高く見積もられていた』とはな)

これは、アイルだからこそであった。
カミュが今まで勝ち続けてきたのは、類まれなる知略あってこそ。それは、決して有能とは言えない貴族たちを導く戦略あっての事だった。
しかし、なまじカミュ自身も強いために、そちらにも目を向けられ、その戦術はそれほど高くは評価されていない。
いや、違う。
『その戦術を高く評価できる』程、戦術に長けたものはアカネイア大陸には少ないのだ。

その意味で。

アイルはカミュの本当の恐ろしさを知っていた、いや、過大評価しているといっていいほどに恐れた。
だからこそ、決戦の時までに、『カミュの戦略をも軽々とひっくり返せる』ほどの力や、『カミュが思いつきもしないような戦術とは何か』を、じっくりと考えてきたのである。

一方のカミュは、アイルのような人間を今まで知らなかった。
どんな人間でも、有利な時は油断する。不利な時は臆病になるか諦める。
だったのに。

(なぜ、『マルス王子』は・・・
どれだけ有利でも隙を見せない。不利に陥っても諦めようとしない・・・!!)

実際は、言う程アイルも完璧ではない。平原をバヌトゥに任せて来たのは結果的に失策だし、暗黒騎士団の対抗策はなかったも同然だ。

カミュは知るまい。
『絶対に勝てない』相手にも勝たなければならない、アイルの生きてきた世界。
なまじ強かったからこそ、そんなものを知る機会はなかったのだ。


何より。



ご都合主義的かもしれないが・・・

将に必要なものはいろいろあるだろう。
武力、カリスマ、知力、人柄・・・
だが。

『運』がないものは、いかな能力があっても、最後まで生き残るということはできないのだ。


その意味では。
『主』にも『部下』にも『友』にも『女』にも恵まれているとは言えないカミュの『運』。
期待できるはずもなかった。

もうすでにグルニア城は、攻め込まれて落ちるだけの城だった。

『ミゼラブル』(Miserable/悲惨、哀れ)

そんな言葉が、よく似合う状況だった。




 ・


平原の戦場に舞い戻ったアイルは、フレイに状況を聞いた。

「バヌトゥ殿が・・・ そうか。命に別状はないか。
レナの祖父がいる村を徴発した。そこで治療を行え」


ほどなく、バヌトゥは、ハヌマンの村に運び込まれる。

「おじいちゃん、大丈夫・・・?」
「うむ、チキよ、心配はいらぬ・・・」

本人はそう言うが、安静にせねばならなかった。

「マルスのお兄ちゃん。チキ、竜さんになる。
それで、チキやチキのお友達に非道い事する人は、みんな追い払うの」

涙を瞳いっぱいに溜めて、改めてチキがそう言ってきた。

(ま、同じ竜でも老いさらばえたジジイより、このガキの方が使いでがあるのは事実)

さてそうなると、実戦もそれなりにこなさせないと、いざという時に使えまい。

「・・・この前の話を聞いても・・・
『本当は仲良くなれるかもしれない人でも、今、敵であるなら命を奪う』事をしなきゃならないとしても、戦いたいと言うなら・・・・・・
僕もやめろとは言わない」
「・・・うん」
「その代わり、僕の言うことはちゃんと守ってもらうよ」
「うん!!」

しかし、竜石というものは、限りがあるとも聞いている。
バヌトゥの火竜石のように、敵から奪えばいいものならともかく、神竜石はたぶん換えのきくものではないだろう。

(使えるようになってもらわねばならないが、使い潰せる駒でもない・・・か)

どう使っていくか。
そんなことをアイルが考えていると、バヌトゥが声をかけてきた。

「・・・マルス殿、すまぬ・・・これを、お借りしていた」
「は・・・?」

バヌトゥの手にあったのは、星のオーブであった。

「?? 何故これがここに」
「黙って拝借していたのじゃ。竜石の残りが心もとなかったのじゃよ。平原で戦が長引けば、いつ竜石が尽きるかわからんかった」
「? ・・・はあ。それで何故このオーブを持ち出したのです??」
「・・・実は、星のオーブには、持つ者の能力を引き出し、振るう力の摩耗を防ぐ力があるのじゃよ。これを持って戦うのなら、どんな武器もすり減ることはない。
杖魔法は武器でないゆえ対象にならぬが、竜石は有効なのじゃ」


・・・・・・!!!!!


「で、では、メリクルやパルティアなども!!」
「このオーブを持ちさえすれば、いつ折れるかと案じる事はない」

ならば。
神竜石も。

(・・・ 竜石・・・ 『神竜石』??
まて。 まて・・・)

・・・マムクート絡みの話が続いたことで、ふと思い至ることがあった。

「・・・バヌトゥ殿、確か伝説では、神王ナーガは、暗黒竜から人類をお守りくださった。
神王ナーガとは・・・
『神竜』では?」
「・・・いかにも。
人の世には神としか伝わってはおらぬが、ナーガ様もまた竜でありマムクート」
「初めてお会いした時、チキのことを『ナーガ一族の生き残り』とおっしゃっていませんでしたか。そして、今まで当然のように『神竜』と呼ばれていたのでそう言っていましたが・・・」
「うむ。
チキは竜の王であり神の子である。
神竜王を継ぐ者。

実は、氷竜神殿にてガトー様に封印されていたこの子を、わしの勝手な判断で・・・」
「そのあたりのお話は後日。
つまり、チキは・・・
『メディウスを封印した一族の子』?」
「そういう言い方もできるのう」
「つまり、彼女の牙や霧のブレスは・・・

『暗黒竜を倒しうる』!?」
「当然じゃ。彼女の母なるお方が神竜王。神竜族は、最強の竜族なのじゃからして」

それは。

アイルの懸念が。

『ファルシオンを継いでもいない自分が、どうやって暗黒竜メディウスを倒せばいいのか』という命題に、答えが示された瞬間だった。
しかも、星のオーブがあれば、『神竜石』が尽きることもないというのだ!!!

『ファルシオン』は。

なくても構わない・・・!!!


チキさえ、手に入れれば!!!!


「・・・マルスのお兄ちゃん?」

顔をなおせ。
今の笑いをこのガキに見せてはいけない。
歪むように笑ったこの醜い顔を。

「・・・なんでもないよ。チキ・・・

チキには、少し頑張ってもらわないといけなくなりそうだ。
チキにしか出来ないことが、あるみたいなんだ・・・」
「そうなの?
チキ、みんなのために頑張るよ!!」


妖精のようなその笑顔を見て。
新緑の森の風のような笑顔を貼り付け、アイルは思う。


『これ』は、俺のものだ。


 ・


偶然もいくつかあったが、グルニア攻略戦、ここまではほぼアカネイア同盟軍の大勝である。
ここまで来ると、余裕も出てきた。油断するわけにいかないが、より被害を少なくするために、奇策を取ることも出来た。

「ノルン」
「はい」
「これを、カミュに届けてくれ」

その手紙には。

『グルニア城西側の林にこられたし。待ち人を連れてゆく』
とあった。

(ニーナ姫。あんたの願いを叶えてやるよ。
どんな結果になるかは・・・知ったことではないが、な)


どちらにしても。

明日がグルニア滅亡の日だ。



続く
by おかのん (2013-09-09 20:11) 

ぽ村

>>おかのん

投下乙
星のオーブは遊びながらチートだよなと思った

そして後々の禍根を残さないよう根絶やしにしとくのは正解だよな・・・
と納得する好例だと思った。

カミュ本人はゲーム上では次回作でも生存してるわけだが。。。。
by ぽ村 (2013-09-10 12:41) 

おかのん

>星のオーブはチート
しかも成長率が軒並み30%上がる追加効果まで。
DS版ではさすがに『所持時ステータスUP』に変更される結果に。

>カミュはゲームでは生存
・・・・・・・・・・・
えーとですね。
まあ、見てください。

~偽りのアルタイル~

第20章 ミゼラブルナイツ・カミュ

その4 湖での一幕と決闘


平原の戦いがほぼアカネイア同盟軍の勝利となった、忙しい一日が終わって次の日。
朝方、バヌトゥを見舞うと、その話を持ちかけられた。

「・・・マルス殿、我らマムクートの怪我は、あまりに重症の場合は、マムクートの魔法や医者でなければ治せないものがあるのじゃ。
基本構造は人に変化するとはいえ、全く同じ生き物ではないゆえにな・・・

こうなると、ガトー様に診てもらうしか手はなさそうじゃ。申し訳ないが、軍を一時抜けることを許してもらえぬか。
そして・・・
守る力のないわしといてもしょうがない。チキのこと・・・頼めぬだろうか」

渡りに船と言えた。
一日様子を見てみたところ、どうもやはり重症だったらしい。

「わかりました。
実は、レナとジュリアンもマケドニアに用があるとのこと。
彼らに身の回りのことをさせてください」

正直、同盟軍的にはどうでもいい3人だ。

(勿論、監視はつけさせてもらうがな)

何より今は、カミュとニーナを引き合わせる件で調整に忙しかった。


 ・


『待ち人を連れてゆく』。
流石にこれは効いたようだった。

あの黒騎士カミュが、一人で来た。
一人で来いなどとは書いていないのにだ。
時間の指定などしていないが、ノルンによると早朝からそこにいたようである。

小さな湖のほとり。
そこでカミュが待っていた。

「・・・お初にお目にかかる。黒騎士殿。
アリティアの王太子にして、アカネイア同盟軍総大将、マルスです。
しかし、あなたの興味は私にはないでしょう。
・・・ニーナ姫、どうぞ」

「カミュ・・・!!」

「ニーナ、姫・・・」

カミュは心なしかやつれていた。
祖国と愛の板挟みにあった上、どちらも思う様にはなってくれなかった。
自分を忘れることを期待して亡命を手伝った愛する女は、かつての宣言通りに、軍を率いてグルニアを滅しにかかる。
祖国は祖国で、仕える主人を含めて無能共が極限まで足を引っ張り、今や本当に壊滅寸前である。

それでも・・・

祖国をほうりだす事も、その女を憎む事も出来ない。

「・・・お願いです。カミュ・・・
私達に力を貸してください。

グルニアを滅亡させるつもりなどありません。
共にドルーアを滅ぼしましょう。
ドルーアのしようとしている事は、人類の奴隷化です。それに加担して、どうするのです?
連合の参加国は特別扱いする? それが守られる保証など、どこにもない。
現に今、危機に陥っているグルニアに、ドルーアはなんの協力もしていない!!」

カミュは百も承知だった。

それでも。

「…かなうことならあなたの願いどおりにしたい。

だがそれは滅亡を目の前にした国を、王を、見捨てることになる。
それは騎士である私の全人生を否定するのと同じことだ。

私は騎士として生き騎士として死ぬ。
それ以外に私の歩く道はない。
さらばだ、ニーナ姫。
どうか幸せになってほしい。

…短い間だったが、楽しかった。
あなたと過ごした日々は忘れない」
「カミュ・・・!!」

まるでオペラの一幕のようなそのシーンを見て・・・

アイルは白けきっていた。

カミュの言うことは、一見筋が通っている。しかし、戦国の世の大前提が抜け落ちている。

勝ったもん勝ち。


(・・・それがわからないというなら、カミュもそれまでの男か)

勝った者が正しいとはアイルも言わない。しかし、歴史は、『勝った者が正しくなる』。そう動いてしまう。
ならば、どんな志があろうと、勝てないのならそんな物は犬の糞以下だ。


今や世界の半分を手にしているアカネイア同盟軍の盟主であるところのニーナに思われて、それを拒む意味などない。祖国や王を抱えているならなおさらだった。

「カミュ、お願い・・・!!」
「ニーナ姫。私は貴方を愛したことを後悔してはいない。だが・・・」
「『デネブ』」

その名を呼んだ瞬間。
雷鳴のように槍が突き刺さった。二人を引き裂くように。

「失礼」

その槍を引き抜いたデネブがかまえると同時に、

ドッ!!

ノルンの手刀がニーナを気絶させた。
そのままニーナ共々ここから離脱する。

「『貴方を殺しておかなかった自分に、呆れ果ててはいる』か?
悪いが、この女にはまだ死んでもらっては困る」

愛を悔やまぬカミュの甘いセリフの続きをなぞる。
アイルの言葉に、『短剣をかまえた』まま固まっていたカミュが歯噛みする。
ニーナをどうするつもりだったのか、よくわかる。

どちらにしろ、この男はちぐはぐすぎた。
才は大陸一と言えるほどにあるのだろう。しかし、それを扱う魂が、歪すぎる。
アイルも大概ではあるが、敵には容赦なく、身内には甘い。他人はすべて駒・・・そこは一貫している。
単に、アイル自身がその認識をコロコロ変えてしまうところがあるため、多少周りが混乱しがちなだけだ。

カミュも、ニーナを殺す覚悟くらいはしてきたのだろうが、アイルもそれに対しての備えをしてこないような人間ではない。

アイルは、口元を歪めて吐き捨てる。

「この女の泣き落としが効かないというのなら、叩き潰すまでだ」
「・・・一騎打ちか。望むところだ」

そう言ってかまえるカミュを、鼻で笑う。

「はっ。馬鹿か。
神の槍と言われるグラディウスを持つ、大陸でも指折りの英雄を相手に、まともに戦う気などさらさらないぞ」
「・・・なんだと!?」
「お相手はその女がするさ」

目の前には、シーダ姫・・・ 『デネブ』がいた。

「『戦乙女(ヴァルキュリア)』シーダ、か・・・」

単騎で木馬隊中隊を一つ潰した報告は、カミュも記憶に新しい。
草の報告だと、かなり好き勝手をしている印象だったが・・・

「カミュ。俺はあんたを買いかぶっていたようだ。
あんたのやり方は結局、王家も民も救えていない」
「・・・ここでニーナ姫もマルス王子も殺せば、まだ勝機はある。
貴様がいなければ、同盟軍など烏合の衆だ」
「は。
烏合の衆でない軍などあるか。
そして、ここで俺たちを殺すだと?
そのつもりなら、何故兵を伏せていない。

分かるぞ。

ニーナとの事を知られたくなかったのだろう?
それで一人でのこのこやってきた。

・・・貴様はグラディウスを過信しすぎだ。

確かにグラディウスは、投げても主のもとに一瞬で戻り、さらには醸し出す光で疲労や怪我さえなかったことにする、まさに神の槍だろう。

だがな、その一人で一個大隊を相手に出来る槍も、破る方法はある」

「・・・何?」

「『それ以上の強さを持つ相手』をぶつければいいだけのこと!!」

「!?」


シーダ姫が、突っ込んできた。

(・・・速い!!)

躱せぬような速さではないが、女人のものとは思えない鮮烈な突き。思わず距離を取り、グラディウスを振るう。
離れても攻撃ができる槍であることがグラディウスの強み。カミュはシーダめがけてグラディウスを投げる。

「はぁっ!!」

ガインッ!!

篭手の背を使って弾かれる。すぐに手元に戻す。
グラディウスが主の手元に飛んで戻ってくる。

「いいのか? 『距離をとって』」

そう、シーダが笑った。

「『魔槍ネメシス』」

ギカァッ!!!

振り上げられた、いびつな形の、手槍らしき武具。
それが。

『十六に分かれた』。


「なっ・・・!!?」
「くふふふふふふ。『どれが本物か』などと考えるなよ? 『どれも本物』だ。
闇の波動で作った複製とはいえ、『刺さる』のなら本物と変わるまい。
さあさあどうする!?」

(こういうことか・・・!)

良質な騎士を育てるよりも、戦略次第で活きる大兵団を。
良い剣を磨くより、安価な槍を大量に。
苦肉の策とはいえ、常識を覆すことで新しい戦の形を作ったカミュ。

・・・を、嘲るようなそれ。

戦局をたった一人でひっくり返しかねない、超兵器とも言える武器と、それを自在に操る将の存在。

おもえば、『マルス王子』は、時代を先取りしたカミュの戦略を、別の方面からさらに変えてきた。

(経済活動の必要悪である戦の側面を、逆に経済を握ることで、戦そのものをただの取引事の一つにさえ置き換えるやり方・・・
シューターの独自開発など、新しく強力なものを真っ先に揃える方法・・・)

これも、そのひとつ。

(『魔法と組み合わせる』武器・・・!
サンダーソードなど、まだ一部でしか成功例のないそれを、パルティアなどを参考に組み上げたか・・・!!)


・・・実際は、デネブが勝手に作っただけだ。カミュこそアイルを買いかぶっていた。
しかしどの道、一騎打ちであるこの戦いでのカミュの『絶対優位』は、完全に揺らいだ。
膂力も互角以上だというのに、武器までグラディウスと比べて遜色のない性能と特異性があるのだ。

離れれば、ジリ貧だ。

「・・・ならば!!」

カミュは突進する。
ひづめの音が響き、十六の闇の槍を操るシーダに肉迫する。
思う通りに操れる複数の槍を相手に離れては駄目だ。意識をほかに割けない近距離の、一瞬の隙も許されぬ戦いでしか勝機はない。
幸い、カミュは武人である。その身のすべてを一本の槍と同化させるその戦いは、最も得意とするものだ。

「うおおおおおおおおおおおっ!!」

ガィン! シュガッ!!!

逸れたグラディウスを一旦引き、間をおかずにもう一突き。
だが。

(かわしたっ!?)

シーダは、こともなげにその二段突きを躱してみせた。
それどころか、笑みさえ浮かべている。
ヴァルキュリア・シーダに対して油断していたなどということはない。しかし、『魔槍ネメシス』などと呼んだ、複数に分かれる闇の槍などというものを手にしていながら、慢心がないなどと。
一瞬の隙を付いたはずの、さらに必殺の二段突きを躱すなどと!!!

その動揺。
むしろカミュの方が隙を晒していた。

「くふ。ならば次は打ち合おうかぁ!!!」

黒騎士カミュを相手に嬉々として槍を振るう輩など、カミュにとっては初めてだ。いや、襲い来るものはいたが、次の瞬間には馬から落ちているか逃げ出すのが常だ。

ガィン!! キィイン!!

「今度はこいつで行こうか!!
名付けて邪槍『ヘルファント』!!」

(槍を変えてきただと!?)

たまらず防御にまわったカミュ。突きの軌跡をわずかにそらす。
が。

ドスッ・・・

「な・・・」

逸らしたはずの穂先が、カミュの腕に突き刺さっている。
いや、そらした槍そのものは、グラディウスによって今この瞬間もそれたままそこにある。
ネメシスと同じように、闇の魔導で複製された槍先が、カミュの腕に、腹に、突き刺さっている!!

「・・・受けた瞬間に、複数の分身が生まれて突き刺さる槍だと・・・!?」

「くくふふ。その意味では、邪槍ヘルファントは槍ですらない。
『そういう魔導器』なのだよ!!」

剣術とは面の取り合い、槍術とは線の取り合いだ。
それを激的に優位にするのが、盾であり、二刀流。
しかしその煩雑さ、槍に至ってはその長さと片手での取り回しの難しさ、片手では本来の威力を出せない構造などから、実現していない。

であるからこそ。

受けられた瞬間に別の攻め手を模倣する突きが自動的にくる魔術付きの槍など、反則もいいところである。

しかし。

ここは『戦場』だ。

どんな悲惨なことも起こりうる。どんな理不尽もまかり通る。
『そんな武器はずるい、卑怯だ』などという戯言が聞き入れられるはずもない。

「せいぜい無念を叫ぶがいいっ!!」

ガィン!!

ドスドスッ。

ガイン!!

ドスドスッ、ズブッ。

攻撃を受け止めるたびに、そこから派生する闇の槍がカミュの肺腑を抉る。

「うぐ・・・ ぉおっ・・・」

アカネイア大陸にその人ありと恐れられた名将『黒騎士カミュ』は、たった一人の女に槍衾のように刺し貫かれ続け、傷からごぼごぼと血を吹き出す。朦朧とした意識の中・・・

「無、念ッ・・・!!」

そう呟いて、ゆっくりと愛馬のたてがみに顔をふせった。

それを見て、『シーダ』・・・ デネブ、は。

「ホントに無念って叫んだぞコイツ!!
あははははははははははっ!!!!!
くふははははははははははははははは!!!!!」

指をさして大笑いした。

ひとしきり笑った後、アイルに咎められる。

「やかましい。さっさと殺せ。グラディウスは使えるし、こいつの首を持っていけば、グルニアも全面降伏するだろう」
「くく。ああ、わかったわかった」

グラディウスを奪い取り、その首を落とそうと馬から引き擦り落とそうとした瞬間。

ヒュガッ!!!!!!!!!

「何!? 痛ッ・・・」

デネブの手のひらに手槍が突き刺さる。

ドドドドドッ!!!!!

間をおかずに突っ込んできたのは、一騎のパラディン。

「・・・何者だ、貴様!?」


その者は答えなかった。


カミュを背に乗せたままの馬の尻を、剣の背で叩いて、

「行け」

それだけ言うと、その馬を守るように銀の剣を構えた。

「貴様っ・・・!」

その騎士がカミュ以上の使い手であるはずはない。
しかし、その気迫の凄まじさから、デネブはカミュを追う事が出来なかった。


続く

by おかのん (2013-09-13 23:34) 

ぽ村

>>おかのん
とうか乙

設定知らないヲレが思うに
カミュって平民出身のスピード出世な将軍だったんじゃなかろーか

これほど内部に抵抗勢力が居るのも、各所で援軍やら遅れなかったり、地方軍人がワンマンプレーしてるのも、コネなりが形成できずに円滑にいかず、本国的に「おめーわ1戦場に出れば良いんだ。全体の軍事のことは口出すな( ゚Д゚)ヴォケ!!」って感じの


同盟国と敵にしか評価されないってちょっと可愛そうよな、と
にわかがぼやくのであった。
(しかも設定知らないままw)
by ぽ村 (2013-09-14 09:59) 

おかのん

>平民出身??
ええとですね。
特にそれに関する記述、設定はないんです。だからそうかもしれない。
しかし、貴族もピンキリですから、地方の村を領地に持つ貧乏貴族の次男とか、旗本みたいのからの・・・とか、そういうのからでも、やっかみはある気もしますね。
どっちにしろコネはなかったんだろうなあ。で、王様自身は可愛がってるつもりだったんでしょうね。

不憫なお人や(゜´Д`゜)多少歪んだりちぐはぐだったりしても無理はないのかも。

by おかのん (2013-09-14 17:37) 

ぽ村

>>おかのん
意外にも設定が無いのね

その後も生存してたけど、国に戻らず仮面つけてフラフラしてたのは「どーせオレ戻っても鼻つまみ者だし・・・」ってのが理由かも知れん

勝手に妄想を膨らませてゆく ぽ村 であった
by ぽ村 (2013-09-15 19:42) 

おかのん

~偽りのアルタイル~

第20章 ミゼラブルナイツ・カミュ

その5 グルニア城の落城


その騎士の頭にあるのは『命令』だけであった。

主であるカミュに言われたのは、『ロレンス将軍の命令を遵守せよ』だ。
そのロレンス将軍に命ぜられたのは、『グルニアの唯一の槍たるカミュを死なせるな』であった。

今朝、グルニア城を隠れるように出て行った黒騎士にされた命令は、その事実を知った『グルニアの唯一の盾』により、そう上書きされた。

命令に『制限』はない。

ならば、彼は己の十全を持ってその命令を貫かねばならない。


・・・そう、たとえ己の全てが削れるような戦い方をしてでも、カミュを生存させねばならない。

そして幸運にも、それだけが。


命のすべてを燃やし尽くすような戦い方こそが、この魔女を相手にして渡り合える唯一の可能性であった。


「「うおおおおおおおおおっ!!!!」」


猛牛のような雄叫びと、戦乙女の戦歌が響きあう。

邪槍ヘルファントの能力、インパクトの瞬間に『あるはずであった別の攻撃』が顕現する力は、さすがデネブが思いつきで作っただけの槍という事もあって、間の抜けた盲点があった。

守りに入らせられると、能力自体に意味がない。

『槍の交差した瞬間』という事は、攻め手の時には反則的な追撃を発生させるが、守りの時には、交差した瞬間とは『既に守りきった後』なのだ。別の守りの一手とは、間違いを犯した、守りきれなかった時の手を撒き散らすだけで、意味がない。

つまり。

邪槍ヘルファントと互角に戦う方法とは、消して恐れず踏み込み、相手に攻撃をさせない事。これが一番有効だ。

その意味でその騎士は、カミュの逃げる時間を稼ぐために、万が一にも追わせるものかと、全力でデネブを殺しにかかった。
肉体の限界・・・いや、体が無意識にかけている『これ以上は体がもたない』と、痛みや疲労で本来ならかかるはずの枷。それを完全に外すことで、結果的にデネブを圧倒し、本来なら嬲り殺されるだけの戦いを五分にしている。
まさに期せずして『死中に活路を見出し』ていた。

そして。


「ちぇぇぇぃあああああ!!!!!」

ズブッ・・・!!

「ぐぅっ!?」
「デネブ!?」

銀の剣がデネブの脇腹をかすめる。
もうアイルも黙ってはいられなかった。
デネブは既にカミュとの戦いでそれなりに消耗している。止めを刺そうとした隙をつかれて手も怪我している。阿呆なことに、無意味に派手に戦った分、魔力もそうは残っていないはずだ。

「いかんデネブ、引けっ!!!!!」

こんな所でデネブを失うほど馬鹿なことはない。
シーダの体を死なせたら、マルスに合わせる顔がない。

「ちぃっ・・・!!」

一旦引くしか手はなかった。

(まさか、こんなことになるとはな・・・!!)

幸い、引くことに徹すればデネブは早い。
ノルンの援護もあって、難なく逃げ切った。


その後は、つまらぬ幕切れとなった。

その騎士を遠巻きにしながら別の場所に誘い込み、ノルンに射掛けさせて捕らえた。
そもそも騎馬の利点はその突進力。それを半減させる森での戦いなど、意味がないのだ。付き合うデネブもデネブであったのだ。

その騎士、肉体的限界を無視して戦っていただけに、力尽きたときはまさにくず折れた。

その兜を剥ぐと、そこにはかつての仲間、カインの顔があった。


「かつての仲間がまた一人、か」
「やかましい」

痛い目に遭わされたのはデネブであったが、イラつかされたのはアイルだった。


 ・


「・・・申し訳ありません、ニーナ様。
命を遂行すること、かないませんでした」

実際には殺すつもりであったが、言わなければばれることもない。
敵として向かってくる相手を殺さぬようになどというのが無茶な話なことくらい、この姫もわかっていよう。

「いえ、わがままを言いました。
彼の生死ははっきりしてはいないと聞いています。
それに、あくまで敵としてくると言うなら、この国を制することが、彼の心に別の意味での区切りを付けるでしょう。その時に彼が抱く答えに期待するとします」

あの後、捜索するにはしたが、デネブとカインの一騎打ちの時間が長すぎた。
デネブが危なかっただけに、ノルンはそのフォローにまわる役目があったので、カミュを追えなかったのだ。ニーナの私情に関する話である前提があったため、ノルン以外に伏せておいた人員がいなかったことも禍いした。

(まあいい。数十箇所の刺し傷を受けて、もつとも思えん。一命を取り留めたとしても、数ヶ月は動けまい。
それだけあればマケドニアまでは落とせる。順調に進めれば、ドルーアも)

「本当はね…マルス……
きっと、こうなるだろうと思っていたのです。

あなたに炎の紋章を託したときから、こうなるだろうと……

…『アルテミスのさだめ』という伝説を知っていますか?」
「いえ……」
「ファイアーエムブレムによって王家がよみがえるとき、その代償として、王家の者は最も愛する者を失う……

かつてメディウスが現れたとき、アルテミス姫は、あなたの祖先アンリ1世と深く愛し合いながら、ついに、結ばれることはありませんでした。
そして、私の時は……」
「ニーナ様……」

正直、アイルには他人事だった。
ただ、気持ちがわからないかと言われればそうでもなかった。

己を御することも、誰かに愛されようとすることも。
思うようになど、なかなかならないものだ。



 ・


「グルニアとは王家のみを指すのですか?
違うというのなら、貴方のしていることはグルニアのためになるのですか?」

『国は王のためにあるのではない。そこに生きる民のためにある』
父の口ぐせです・・・

そんな風に始まった『シーダ』による説得は、グルニア城にいる残党たちに、どうやら効果があったようだった。

カミュを失ったグルニア城は、ロレンス将軍がいながらも、その戦意は消えていた。
ロレンス自身が降る事を考え始めたのなら、後は坂を転がる石のようなものだ。

「・・・降伏しよう。
好きにされるがいい。マルス王子」

ロレンス将軍は膝を折り、全面降伏を宣言した。
ロレンス自身を惜しむ声に答えねばならぬのと、アカネイア同盟軍のけして悪くない評判。カミュのいない今、国をまとめる補佐としての役目を引き継がねばならなかったこともあるのだろう。
ユベロ王子成人のおりに、再興の機会がないとは限らない。その時に有力な者がいなければ話にならない。

「・・・我々の目的は、人類の奴隷化を企む暗黒竜の討伐とドルーアの滅亡。それを邪魔する気はないというなら、特に何を求めもしません。
マケドニア、ドルーアに攻め込むための後ろ盾として働いてもらうことにはなるでしょうが」

グルニアをどうこうするつもりはない。それはアイルのすることではない。マルスのすることだ。
出来る限り、マルスのやりたい事ができるような状態で保っておき、マルスに渡してしまうのが最上なのだ。

(出来れば叩き潰しておきたいのが本音だが、それもそれで民草の方に恨みを残すだろう)

兵は結局、誰かの親であり子であり、兄弟親友であるのだろうから。

ロレンスとの話を打ち切り、アイルはデネブと執務室にこもる。

「ロレンスはお咎めなしか。お優しいことだ」
「カミュのいない今、人望だけはあるロレンスを使うのは手だ。
こっちも面倒な事はかなわん」


ここまで兵は徹底的に叩いてきたし、戦で疲弊していた村々に施しも十分与えてきた。
貴族レベルではまだしも、民衆レベルでの反感は少ないはずである。
戦とは民にとっても理不尽の連続だ。その混乱を抑えさえすれば、後顧の憂いは最小限にできる。

(さてと。ノイエ・ドラッヘンと狼の牙の方は、と・・・)

報告書は上がってはいる。しかし情報は流石に今現在のものとは言い難い。
そしてあれからひと月は経っている。

(オレルアン領内に攻め込まれたところまでは耳に入っている。その後負けたとは聞かないが・・・
攻めるより守る方が容易なのもある。逆に、勢い付かせてはよくない場面もあるだろう。さて、どんな手を使ったのやら)

アランからの連絡も入っている。
カペラがこちらよりの動きをしていることと、ガーネフとの縁が切れたことで、以前ほどの力がないことも。
つまり今までアイルをさんざん苦しめた、反則的な魔術はノイエ側に使えない。

「・・・デネブ。お前はどちらと見る?」
「一も二もなく『牙』の勝ちだ。秀でた将の数が違いすぎる・・・と言いたいところだが。

にもかかわらず、かまえていたはずの『牙』が、オレルアン領内にまで攻め込まれているとはな。
勢いのあるということが関係するのかもしれんが・・・
しかし他にも何かあるというなら、私が考えるほど簡単な話ではないのかもしれん」
「ふむ・・・」

旅団長を名乗る『リュカオン』、ハーディン。
副団長『ベテルグ』、ウルフ。
参謀『ヘーゼ』、ロシェ。
猛将『ベラトリック』、ザガロ。
閃破『リーゲイル』、ビラク。

分団長『カノープス』、アストリア。
女帝『カーラ』、ミディア。
列弓『サディラ』、トーマス。
軍神『ガスト』『ボルグス』。ミシェラン、トムス

客将という扱いで出るつもりなら、ミネルバももう戦えよう。

『ノイエ・ドラッヘン』と、袂を分かった・・・

賢将『オフィウクス』ジェイガン。
魔帝『アウリガ』ことマリク。
連閃『サギッタ』ゴードン。

これだけの将がいながら、やすやすと攻め込まれたというのは確かに、勢い以外に何かあるのかもと思わなくもない。
しかも、ノイエの面々とともに、カペラとその一行・・・
アラン、カチュア、リンダもいるのだ。


対して、ノイエ側にいるのは、傭兵のシーザとラディくらいのはず。勿論マケドニアから、いくらか派遣されているかもしれないが、本土での決戦が考えられている状況で、あまり優れたものをこちらに割くとも考えにくい。

となると、よけいに不自然ではある。

しかし、遠く離れた、互いに大陸の端の話。
情報を待つしかなかった。


 ・


「ところでレナさんや。わしは癒え切らぬ怪我をどうにかしてもらいに行くわけじゃが・・・
レナさんはマケドニアに何用なのかね?」

バヌトゥがそう問いかける。

旅が始まって数時間。最初の休憩とした昼食の時間である。

「ミシェイル王子に・・・会いに行きたいのです。彼は本当は、優しい人なんです。今は世間的にも、非道の・・・ 親殺しの覇王、なんて呼ばれているけど・・・
彼なりに、やらなければならないと思ったことの、結果なんだと思います」
「ほう・・・」

ジュリアンにはもう少し、突っ込んだ話をしている。
求婚されたことがある、と。

「・・・マルス王子のしようとされていることや、ミシェイル王子の考え方を、すり合わせることはできるんじゃないかと思うんです。
無駄な血なんて、少ないほうがいいに決まっているもの。私は、今はシスターだけど、マケドニア貴族でもあったから、やり方によっては、会ってくださると思うから・・・」
「なるほどのう」

元恋人であるということを聞いているジュリアンにとっては、なんとも言い難い話である。
だが、レナにはジュリアンにも言っていない、真意があった。

苦境に立たされていると知った時。
レナは、どうしようもなく、『あの頃』を思い出したのである。

心を通わせただけであるとはいえ。
ともに愛した、あの日々を。



 ・


少し時間は巻き戻る。
カインとデネブが刃を交えている頃。

カミュは、馬の背の揺れの中で、朦朧としていた。
兵の嗜みとして、所持していた幾ばくかの薬をなんとか塗りつけ血を止めるが、今すぐどうこうなるものでもない。

(・・・)

思考さえもまとまらない。
とにかく、休まねば。

森の中をうろついていてはいずれ見つかる。せめて身を隠さねばならない。

と。

小さな砂浜と、何か積んだ小舟が一艘あった。
近くに住む漁師のものだろう。

(ありがたい)

体を引きずって、舟のもとに行く。荷物をいくらかかずらして、入り込んだ。


実はこれは良くはなかった。砂浜なのだから、足跡や引きずった跡は残るし、かえって目立つ。

しかし・・・

幸か不幸か、この日はすぐに少し高めの潮が満ち、この小舟は見つかる前に沖に流されてしまった。

そしてこの時血を流しすぎたせいで、カミュは記憶をも失うことになる。


ともあれカミュは、『暗黒戦争』と呼ばれるこの舞台から、ここで降りることとなるのであった。


続く

by おかのん (2013-09-19 23:06) 

おかのん

>その後も生存してたけど
・・・実は、この後カミュは記憶をなくした上でバレンシアと呼ばれる別の大陸に渡り、ジークという名で武勇を馳せます。
その戦いのさなか記憶を取り戻し、帰ってくるわけですね。
そしてそっちで世話してくれた女性と懇ろになり、英雄戦争ではニーナをハーディンから救おうとしながらも、ニーナを振ってバレンシアに戻っていきます。

・・・おい。
ニーナ様、いくらなんでも可愛そうな気がするぞ・・・

by おかのん (2013-09-19 23:12) 

ぽ村

>>おかのん

ここでカミュ退場か
なんともあっけないような
その後も影ながら出番はありそうな気がするけど

>記憶
なんじゃよソレ・・・
「ニーナは王族の器じゃなかった」
ってだけの結末じゃあ;

っつか、やはり人気者だったのねカミュ
by ぽ村 (2013-09-20 23:57) 

おかのん

さて。


長い間グルニア滅亡編だったので忘れてるかもしれませんが。
オレルアンではほぼ同時に別の戦いがあったのです。



~偽りのアルタイル~

幕間 その18 新生ノイエの総大将

時は少し遡る。

ひと月近くはかかったグルニア平定の間、オレルアンでは『狼の牙』と『ノイエ残党』による戦いがあったわけだが・・・

現在、ノイエ内部のマケドニアの傭兵達がグルニアの誅殺作戦を逆手にとって反乱を起こしたところだ。
アリティアテンプルナイツやカペラ勢が追い立てられてオレルアンに逃げ込むことになったのだが・・・

カペラは、愕然とした。
オレルアン城に入った時に、一行は『歓待』を受けたのだ。

ハーディンは両手を広げてその意を示した。

「おお、おお。よくぞ参られた。『狼の牙』は貴君らを歓迎する。
ささやかだが宴の用意もした。今日のところはゆっくりと旅の疲れを癒すがよかろう」

報告は明日ゆっくり聞こうと言わんばかりだ。しかも城には『慌ただしい様子』が全くない。

『血に飢えた傭兵軍団が迫り来る』この状況で。


(どうしようもない唐変木どもですわねっ!!!)

・・・声に出して言ってやりたかったが、この公の場で、身を寄せる組織の長たるものを魔導士風情が罵るのはいただけない。

「・・・お心遣い、感謝の言葉もありませんわ」

ありませんから言いませんけど。
とは言わずに、宴が始まって数分、ウルフやミディア、マリクとともに、ハーディンの許しを得て、カペラは退出する。
旅の疲れが出た、と言えばそう不自然でもない。

場所を移したカペラは、辛抱強く話す。

「・・・ことは一刻を争います。傭兵どもが一々村々を襲って宴でも開きながらの行軍だというのならともかく、少しでも兵法を知る者なら、『兵法は拙速を尊ぶ』の大原則を怠るはずはありません。
そんな学に明るいものが敵にいるものかと思うかもしれませんが・・・
万が一いたら、私達はその時点で全滅です」

どうしてその怖さが伝わらないのか・・・

戦が日常になっているものは、なまじ経験がある分、『もしも今回だけいつもと違ったら』ということの怖さが薄いのかもしれなかった。

そうでなくても、ノイエ残党が到着するまでに、こちらの迎え撃つ準備が整う保証などどこにもない。
間に合えば余裕ができるが、間に合わなかったらこれも兵の死に、民の死に直結するのだとどうして思い至らないのか。

先んじて危機を知らせた早馬が全くの無駄である。
手鏡が使えなくなった分の情報のタイムロスを悔やんだ懸念はいったいなんだったのか。

とりあえずここに呼んだメンツは、多少そのことが分かっているだろうとアタリをつけた者達だ。

「ノーマオリ湖あたりは、大軍を要するのに適した場所です。問題は・・・
そこに展開したところで、バカ正直に正面衝突してくるような軍ではないだろうということです。
傭兵は基本的にヒット&アウェイ。奇襲強襲、夜討ち朝駆け当たり前。自分たちが生き残ることに貪欲です。だからこそ・・・
最小限の働きで、最大限の効果を手にしようとします。
『そこをどう逆手に取るか』ということになりますが・・・」

逃亡の途中に、ジェイガンやマリクとは散々した議論から出た骨組みから肉付けをしていく。

「ノイエ残党側には、シーザとラディがいることは確実です。彼らも用心棒上がりとはいえ、基本は傭兵。無能とは思わないほうがいい。
この作戦で行くとして、 ・・・相手がこちらを無能と思ってくれるかどうかが鍵です。こういってはなんですが、事実そういう輩もいるようなので、探られた腹からそこに行き着いてくれることを願うばかり・・・」

敵を謀るには敵の知能の度を計るをもって先とす。
虚なる時は実とし 実なる時は虚とするならば・・・

その先にある『敵の知能』がどうなのかは、知っておかねばならない。

「・・・あの二人のことを、もっと知っておくべきでしたわね・・・」

シーザとラディはあまり気にかけていなかった、カペラの懸念は最もであったが。

彼女はもっと別に懸念するべきことがあった。


もっとも・・・

『ああなる』事を予想できなかった事を、攻める筋合いはないかもしれない。
しかし、彼女の言葉を借りるなら・・・

策の組み立てというのは、万が一どこかに綻びがあれば、その時点ですべてがひっくり返り、それで全てが終わってしまう。
そして、終わってしまえば、取り返しなど付かないのだ。


人は裏切る。
立場、立ち位置、誘惑、懐柔・・・
全てを踏みつけにしても己をかけることがある。
それまでを投げ捨ててでも守るためにそうすることもあろう。

自分もそうであったというのに、カペラはその事に考えを巡らすのを忘れていたのだ。



 ・



そこは、王族や貴族用の部屋だった。
捕虜として捕らえられていたパオラは、いきなりそこに通された。
拘束は解かれ、ユリを象ったドレスを着せられ、目の前には部屋にふさわしい、贅の限りを尽くした料理が並べられている。

「・・・」
「久しいな。パオラ」
「ゴキゲンウルワシュウ。デンカ」

虜囚の身という恥の中、一番出会いたくない相手と言えたかもしれない。
殿下は殿下である。・・・いや、

「そろそろ陛下と呼んで欲しいものだがな」
「・・・・・・」

ミシェイル王子である。今や国王であるわけだから、陛下だ。
アカネイアを頂において属国とすれば殿下で構わないのだが、もちろんのこと嫌がるだろう。パオラもそのつもりで言っている。

「・・・まあ、食え。
保証はしてやるが、なんなら毒味もしようか?」
「・・・それには及びませんが」

する意味はないだろう。

三種のチーズをあしらった、トマトソースの白身魚だ。冷めてしまってはもったいなかった。
楚々と切り分け口にする。テーブルマナーくらいはわかる。

(・・・美味しい)

ここ数日牢屋暮らしだっただけに、さっき浴びさせてもらったシャワーも、この料理も身にしみた。

「で、なんのお話ですか?」

まさかただ同席させて夕餉を取ろうというだけではあるまい。

「率直に言う。パオラ。俺につけ」

・・・まあ、そうだろう。

「ミネルバ様を裏切れ、と?」
「正当な王のもとに戻れと言っている」

理屈は合わないこともない。
あとは心情の問題だ。

「貴方が父王を殺した事を、ミネルバ様は許していませんよ」
「ならばあの時、俺がああしたことを。お前は間違っているというのか?」
「・・・・・・」

結論から言うと、思っていない。
あの当時、マケドニアの存続という観点から、そんなに悪い手ではなかったのだ。
ドルーアにつく、ということは。

アカネイアの支配から逃れるには、あの選択は必要だった。その後人間の尊厳をかけての改めてのドルーアとの戦いを、マケドニアが握れば・・・

破綻は、ニーナ姫が逃げ出したこと。滅びたはずのアリティアのマルスの、この一年の八面六臂の活躍。グルニアのルイ王の思った以上の臆病さとカミュの野心のなさ・・・

パオラもわかってはいた。
『ミシェイル王子のやり方は間違っているとは言えない』という事。
むしろ先代の王が義理を大事にしすぎていたようにさえ思う。
今ではアカネイア側が忘れているような義理を。

「今のような戦乱の時期、歴史の転換点というのは何度も訪れる。
ニーナのこと、マルスのこと、ミネルバやハーディンも意味は軽くない。そして・・・

アカネイア同盟軍が、グルニアまで駒を進める中で、もうひとつの転換点となり得るのが、今だ。
『狼の牙』と、今や大規模傭兵団の皮をかぶった俺様の私兵団・・・『ノイエ・ドラッヘン』。
この二つの勢力の戦いの結果如何で、アカネイア同盟軍と・・・ マケドニアの行く末が変わる」

そこは間違いなかった。

グルニアはもう長くは持たないと、パオラも思う。『ノイエ・ドラッヘン』からの援護がない今、今のアカネイア同盟と戦うには地の力が足りないだろう。
カミュは三本の指に入るだろう武人で策士と言われているが、マルス王子は楽に倒せる相手ではあるまい。武人としてはともかくも、策士としては大きくは違うまい。
策士、策に溺れるという言葉もある。条件次第で、マルス王子がカミュに勝つ目はあるのだ。

ならば、この広大なアカネイア東部とワーレンを中心とした自治区、オレルアン一帯の支配者を占うことになる今回の戦いは重要だ。
もしこの戦いに勝利すれば、実に大陸の半分を実質マケドニア領と出来る。そうなれば、マケドニアはその瞬間から、ドルーアが勝とうがアカネイアが勝とうが、その後の世界で残ったどちらかを潰せばいい。


「パオラ。お前は『ノイエ・ドラッヘン』を率いろ」
「っ!? ・・・な、ん、ですって・・・」
「『ノイエ』をお前に預ける。オレルアンを見事奪い取ってみせろと言っている」

フォークを取り落としそうになった。

幸い、もうコースは終わっている。ワインもヴィンテージなものではないが、酒でありながらとても自然に喉を潤す、上質のものだった。

その話だけを聞けば、取り立てられたのであり、認められたのだろう。
パオラも一介の参謀である。ミネルバの懐刀の自負がある。だからこそ、野心もなくはない。
しかし、何よりミネルバに対する忠誠を己の基としている。ノイエを率いる、並ぶに『狼の牙』を叩くということは、今そこに身を寄せるミネルバに弓を引くことに相違ない。

「・・・出来ません」
「そうか。
・・・ならば、そうするしかなくさせてやる」
「!?」

胸ぐらを掴まれ、そのまま持ち上げられたパオラは、寝室に連れて行かれた。

小さな砦とはいえ、将のための大部屋があるような場所だ。隣の寝室とはつながっている。

ベッドに投げ出され、入口を塞がれた。

・・・逃げ場がない。

「何を・・・!!」
「己をミネルバのものだと自ら縛っているから、そう頑なのだろう?
ならば俺が直々にお前を『書き換えて』やろう。
・・・俺のものになってしまえ、パオラ。
そうすればお前は思うままに己を出せる」

そう告げるミシェイル。


とくん。とくん。とくん・・・

己が国の王子に空恐ろしさを抱きながらも、パオラはどこか高揚していた。

ミシェイル殿下。

彼は、パオラの生きていた国の王子だ。
『彼女の生きていた国で最高の男』なのだ。

母譲りの美しさと父譲りのカリスマと、どちらにも似ていないその野心と。
愛されずとも、弄ばれれば本望、せめて一度抱かれたい・・・とさえ国中の女が思う男が。

騎士として私を望み。
私を縛るために、これから・・・


これから・・・


「・・・パオラよ。その目は、これから犯される女の瞳の色ではないな」



何気ない一言だったかもしれない。カチュアあたりなら事ここに至っても、ピンと来ない可能性はあった。
しかし、パオラはそうではないだろう。

最悪なことに、パオラはその時思わず、すごい勢いで目をそらしてしまった。
顔を真っ赤にして。

それは、馬鹿でもわかる仕草だ。

「ほぉう」

悟られた。

それ以上は何も言わずに、ミシェイルは覆いかぶさってきた。押し倒す、よりもいくらか優雅に、しかし、押さえ込むその手首を掴む両手は、とこうにも解けない。
力を込められているわけではない。しかし振りほどけない。

ビィイッ!!

「・・・!!」

お仕着せられたドレスなど、どうなろうとパオラの知ったことではない。けれど。

異性としての魅力を感じていない、もしくは嫌悪さえ向けた相手に犯されるというのなら、自分に力のないこと、隙があった事を恥じても、矜持は残る。

これは私の望んだことではないと、己を偽ることなく言える。

だが。

決して知られてはならないと考えていた想いを見透かされて、矜持を引き裂かれながらも、己自身が悦んでいるのを見せ付けられるというのは。
心は通うことなく、ただ暴かれたままに弄ばれる、隠しようもない真実を認めねばならないというのは。

(嫌・・・・・・!!!)

それも偽りではない。
しかし、まさに夢にまで見たことでもあるのだ。
ここまで不快な嬉しさがあるだろうか。

思いは届いてなどいないのに。
隠すことも、違うと言い張ることも出来ない、意味がない。


ミシェイルは、上手かった。

女を抱き慣れていた。

決して逃がそうとせず、その場を支配しつつ。
一方では、執事のようにソツのない奉仕をする。

パオラの豊かな胸に、頬をすり寄せるように甘えたかと思えば。
擦りつけるうちにひとつに溶けてしまうのではないかと思うほどの、激しい腰使い。

「あ、あ、あ」

実際はされるがままになっているだけなのに、無理矢理に犯されているだけだというのに、いつしかその苦しむような喘ぎは悦楽しか表さなくなり、

「・・・っ!! ひっ・・・ あぅ・・・!!」

特に、余計なことなど一切言わずに、ただそのパオラの艶姿を見つめる瞳。
パオラは彼を直視など出来ないというのに、ミシェイルは全く目をそらさない。

なすすべなく犯される自分。己を無理矢理に手篭めにするその相手を好いていた自分。一生明かすまいとした思いを見透かされた自分。それらを含め今この時に幸福を感じてしまう自分。そんな自分を心底軽蔑する自分。

そんなパオラの全てから目を逸らさず、むしろ目を離さず、吸うような優しい口づけを交わし続け、ともに溶け合ってしまいそうなほどに腰を打ち付けるミシェイル。

「出すぞ」
「・・・!! ちょ・・・」

ぐちゅる。

じゅ。


・・・にちゃっ、にちゃっ、ぶじゅ・・・

(ひぅっ・・・!!)

無遠慮で自分勝手な終焉・・・のようで。
軽く、落ちた。落とされた。
色んな意味で。

どころか。


・・・にちゃっ、にちゃっ、ぶじゅ・・・
ぐちゅっ、くちゅっ、ぐちゅっ、ちゅっ・・・

ちゅっちゅっちゅっちゅっちゅかちゅかちゅかちゅかちゅかちゅかちゅか・・・

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ」

ミシェイルは『それ』を抜かぬままに、かすかに痙攣するパオラを間をおかずに責め立てた。
それは、『絶頂を連続で感じさせる』という、女を悦ばすためだけの技術であり奉仕。

「重ねて言おう。『俺のものになれ』」

答えさえ欲しない。命ずるだけだった。


ーーーっ!!



・・・・・・


何度も。

何度も何度も何度も何度も昇らされて。

萎える様子のないままの『それ』が引き抜かれると。

こぽ。

泡のはじける音がひとつ。

泡立った白いゼリーのような物が、パオラの中から吐き出され、シーツを汚す。


体を引き寄せ、尻を撫で回しながら、ミシェイルは言う。

「・・・お前の分の料理には、混ぜ物がしてあった。定期的にある薬を口にせねば、死に至る・・・な。
どのみちお前に選択肢はない。こんな事は余興のようなものだ」

嘘だ。

パオラはいとも容易く見抜いた。


『言う事を聞かねば死ぬ』という『言い訳』をつけさせるために、こんなことを言っている。
バレバレであった。

『落とされた』から・・・などという理由で寝返るなど、騎士としてありえない。しかし、パオラは既に『落ち』ていた。
だからこそ、『そうするしかなかった』理由を・・・『逃げ道』を用意してきたのだ。

そして。

そのことにパオラが気がつくのもわかっていて。
それでもそこにしがみつくしかないのを読まれている。

「オレルアンを落としたら、また抱いてやろう。力を示すがいい」
「はい」

部屋を出ていくと思ったら、パオラの髪の香りが気に入ったと言って、そのままここで寝てしまった。

(・・・この人、本っ当に天然のタラシだわ・・・)

頬を染めたまま、やりきれない怒りを顔に浮かべつつ、それでも殺意が欠片も湧かなかった。

『女としての自分』を全肯定された上で。
『今まで考えもしなかった逢瀬』を示されてしまった。
その上でこの男を否定できるわけもない。


 ・


『新生ノイエ・ドラッヘン』とも言うべきその軍は、(新生ノイエが『記憶のメモリー』くらいに変な言葉であることは置いておいて)『狼の牙』内では、前述のように『ノイエ残党』あるいは単に『ノイエ』と呼ばれ始めていた。

その軍のオレルアンへの到着は。

カペラの予想よりも2日。

ハーディンの予想より3日。

ほかの将校たちの予想よりも大体5日早かった。


グルニアからは遠く離れたこの地で。

もうひとつの『戦争』が始まる。


続く

by おかのん (2013-09-25 17:56) 

ぽ村

>>おかのん
投下(・ω・`)乙  これは乙じゃなくてポニーテールなんだからね!

部外の話と思っていたら、ミシェイルの寝取り話でもあったでござる;
せっかくソレっぽい話もあるので、薬漬けかなと思ってたんだけど・・・なかなか原始的な手法でw

と、書きながら両方組み合わせると一番興奮するなと自分のヘンタイさに気付いてしまった(爆)


オルレアン組の余裕は何だ;
グルニアの重臣たちもこんな感じだったんだろうか
by ぽ村 (2013-09-27 09:01) 

おかのん

>オレルアン組の腑抜け具合
なにしろかなり初期に退場させられたメンツが多いんでね・・・
前線がかなり遠い(というか大陸の反対側)なことと、『ノイエ残党』の進軍速度が異常だったことが重なったわけです。
盛り上がりすぎて、いざ実戦の時に緊張が切れてると良くないので、だんだん上がり調子にしていこうとしてたら『え、もう来たの!?』って感じでしょうか。
カペラは逆にそこのところがわかってなかったのと、危機感が強すぎたのがむしろうまくはまったわけで。

ともあれ続きです~。


~偽りのアルタイル~

幕間 その19 傭兵ケトゥス


オレルアンは、草原の国である。
とはいえどこまでも草原というわけではなく、広い草原が特徴であるというだけで、普通に山も川も湖もある。
実際のところ、オレルアン城は、山脈にぐるりと囲まれた要害だ。東側のみが開けているが、そこには流れの速い川がある。守るに易く、攻めるに難がある城だ。
もっともその流れの速い川に別の名がついて広がっていき、緩やかになる頃には、その川を中心に雄大な草原が広がる。
ノーマオリ湖をほぼ草原の中心としているだけに攻める方法は限られてくる。渡河のための戦いを繰り返して、中継地点として湖を手に入れ、後に城攻めを行うのが流れだ。

勿論、防衛側は逆に、湖を取られないように渡河されぬように防衛線を張り、湖を取られてしまった場合は、それを取り返すか、オレルアン城の堅固さを使って消耗戦を挑むかになる。
これまで、オレルアンは『草原の狼』ハーディンをようする『狼騎士団』が戦力の主体であった。故に、その強さは騎馬の能力が最も活かされる『草原の戦い』に重きを置いたものであった。つまり、湖を取られれば、取り返すことに全力を尽くしたのだった。

「・・・で、半年ほど前には、敵の挑発に乗って湖まで出て行った間に、別働隊にほぼ空の城を落とされ、後は雌伏に耐えてのゲリラ戦・・・という流れだったのでしたっけ?」

ハーディンは苦い顔をする。
結果論とも言えるが実際に失策だ。
言い訳がないこともない。草原での戦いは本陣にまで攻め入っていたのだから、もう少しで状況は逆転していたのだ。しかしこれも勿論結果は敗北している以上言い訳だ。

「言葉が過ぎるぞ!! 魔導士風情がッ!!」
「やめよ『ベテルグ』っ!!」
「し、しかし・・・」
「『奴らがすぐそばまで来ている場合を考えておかねば』と言われたにもかかわらず、我らは十分に用意ができたとは言えぬ。この状況で、非礼を咎めている場合ではない。
お前の忠誠は疑いはしないが、その力向けるのはここではない。オレルアンを守るためや、奴らを迎え撃つために使うのだ」
「は、ははっ」

『ノイエ残党』が、草原に現れたのは、カペラの予想さえ2日上回った。この拙速さは無視できなかった。いや、侮れないどころか一瞬の気の緩みも許されないレベルの相手と思っていい。

『余裕を持って』進めておいたはずの、草原に大急ぎで配置をしたウルフやミディアの部隊が間に合わなかったら、ノーマオリ湖は既に敵の手にわたっていたかもしれないのだ。
その場合、こちらの士気はダダ下がりになるだろう。マケドニアにいとも易く本城を取られた半年前の悪夢をいやがおうにも思い出させるからだ。それで『勢いのついた傭兵』の相手が出来るものではない。

「・・・続けますわよ。
とりあえず、湖をむざむざ取られるなどということは防げましたわ。
おっつけ第二陣は送るとしても、副団長『ベテルグ』女帝『カーラ』様(ウルフ、ミディア)率いる第一陣は、湖の死守をお願いしています。
第二陣は、一陣とともに出発している、軍神『ガスト』『ボルグス』(ミシェラン、トムス)様率いる重騎士団。そして猛将『ベラトリック』(ザガロ)閃破『リーゲイル』(ビラク)様の騎馬軍団となります。
もとより要となるあの場所の死守です。兵をけちる意味はありません。

副団長の『ベテルグ』様がおられるのですから、十分とは思いますが、賢将『オフィウクス』(ジェイガン)様あたり、相談役に向かってもらってもいいかもしれません。
参謀『ヘーゼ』(ロシェ)様、ここまでで何か?」
「・・・いえ、特には。
今呼ばれないメンバーもいましたが、あなたが遊ばせておくわけもない。待機にしても、これから指示を出されるのでしょう?」
「当然ですわね。
では、続けさせていただきますけど・・・」

『狼の牙』の面々が、結局はこの『暗黒戦争』にろくに参加出来ていなかったことと、『ノイエ残党』の意外な結束力は、カペラの予言めいた慎重さを肯定する形となり、カペラの思い通りの軍議の運びを促した。
また、ほぼ無敵であったカペラがその力を失ったことで、カペラ自身が思慮深さを備え始めていた。

結果的にいろいろなことが、良いように作用したとも言えるが・・・
終わってみなければ、それが本当に良かったことなのかもわからないのが戦というものである。

「・・・作戦は以上ですわ。
各自、持ち場に着いてください」


まずはスタンダードとも言える一戦。

『草原の戦い』の始まりである。


  ・


「突撃ーっ!!!!」

・・・おおおおおおおおおっ!!

鬨の声を響かせて、両軍がぶつかり合う。
血に飢えたマケドニアの傭兵団たちは流石に勢いに乗っているが、オレルアン側も負けてはいない。そもそもオレルアンはマケドニアに一度征服されている。マルス王子のアリティア・タリス連合軍やハーディンの狼騎士団残党による決死のゲリラ戦でこの地を取り返してもらったという苦い経験がある。
今度こそ守りきるのだ・・・そんな思いもあったのだろう。弓騎馬隊の矢尻の閃きは、鋭いものがあった。

対して、マケドニア側は、まるで自分の国を手に入れたような騒ぎのままここに来ている傭兵たち。
その士気は士気とあらわすのもどうなのかというくらいの昂揚加減で、命が惜しくないのか、いや、命が失われることさえも、その心を高ぶらせる要因でしかないのかという勢いだ。

喉を、目を、心の臟を貫く矢尻や剣。
真緑の草原は瞬く間に真っ赤に染まる。

「取り囲め!! 押しつつめぇっ!!!」
「片っ端から切り捨ててやるぜっ!! 次はどいつだぁッ!!?」

鳴りすぎていて、どこから鳴っているのかもわからなくなっている剣戟。
まさに雨のように降り注いでいる矢。
互いに全く引く気配を見せず、ただただ命が失われていく。

刻一刻と、ただただ。

ただただ。


 ・


不毛な一日目が終わる。
戦線は膠着状態。いたずらに兵を失っただけだ。

「被害は?」
「我が軍、敵軍、ともに2500から3000程度かと・・・
負傷者という意味ではその倍。これは我が軍の方が若干多いようです」

カペラは眉をひそめる。
思ったよりひどい。許容範囲ではあるとしても。

「『ベテルグ』『カーラ』の采配とも思えませんわね・・・ 敵がそこまでの技量を持っているとでも?」
「・・・そう理解せざるを得んだろうな。
もっとも、あるのは技量というより勢いだろう。もちろんそれをうまく操る『技量』があるのが脅威なんだろうが」

口を挟んだのは、『カノープス』(アストリア)であった。『カーラ』(ミディア)の指揮力は誰よりも知っているだけに、その敵の評価は身びいきだけでもあるまい。

「敵を翻弄し、取り囲むことに関しては他の追随を許さぬ『ベラトリック』(ザガロ)や、その速さで敵陣をかき乱した『リーゲイル』(ビラク)が間に合った後半戦でさえ、あっという間に立て直された・・・
見事というしかなかろうよ」
「・・・そうですわね」

戦力の随時投入というのは愚策の極みだが、間に合わないものはしょうがない。
軍神『ガスト』『ボルグス』(ミシェラン、トムス)の重騎士部隊が今夜到着するはずであるから、それである程度はもつはずである。

(おっつけこちらの部隊は充実してくる。それに合わせてとってくるであろう一手・・・
そこを潰せば、さすがにこの勢いは削がれるはず・・・)

『狼の牙』が総数3万。
『ノイエ残党』はいくらかの変化の結果、2万5千。
防衛側でこの数、名のある将の数からいけばこちらが有利だが・・・

(あまり気休めになりませんしね)

5000程度の戦力差は、指揮者の技量でやすやすとひっくり返る。
そうさせないためにも、読みあいに勝たねばならなかった。


 ・


列弓『サディラ』(トーマス)、連閃『サギッタ』(ゴードン)、そして『カノープス』(アストリア)は、それぞれオレルアン城を取り囲む山中に潜んだ。

「彼らは傭兵。騎馬が主である私達に草原で挑むのは、合理主義的な彼ららしくありません。
・・・あれは囮です。
『同じことをやられた』のですから記憶に新しいでしょう?
敵の挑発に乗って湖まで出て行った間に、別働隊にほぼ空の城を落とされた・・・あれです」

それぞれがカペラの言を思い出す。

しかし妙ではあった。
さすがにこちらも気がつくはずなのだ。あれは囮であると。そしてそれに気づくことに、敵も気がつくはずだ。
しかし、昨日の戦いは偽装には完璧すぎる。
『本気すぎる』のだ。

(湖側が本命・・・というのもありえる)

アストリアは、腹の探り合いは得意なほうではない。だが気になるものは気になる。

読み違えれば、どこから崩されるかわからない。しかし戦力分散は愚策である。

「ともかく、『決死隊に撹乱されて内部から攻略された』などという事態は防いでいただきますわ」

そう言われて、三人の部隊は散らばっていたが・・・
ほぼ同時刻、遭遇することになる。カペラの予想通りの『決死隊』に。

囲まれた。

「っ!!!・・・き、君達は・・・っ!!!」

そう言えたのは、『サギッタ』くらいだった。

彼らは、『カニス』『ウルサ』であった。すなわち、サジとマジ。

他の組は、互いを知らずに戦いを始めた。

『リーオ』(バーツ)と、列弓『サディラ』。

剣極『ケトゥス』オグマと、『カノープス』。

「その弓、へし折らせてもらうぜ」
「いいぜ、どうせ支給品だ。あんたが矢ぶすまになった後で、叩きつけてやるよ」

「今は『ケトゥス』と名乗っている」
「『カノープス』。いざ参る!!!」


カペラの予想は、十二分に当たったと言えたが、オグマが捕まっているのではなく、寝返っているのには思い至らなかった。


だが、考えてしかるべきでもあった。


オグマは捕らえられた牢獄の檻越しに、無視できぬ話を聞いた。

(お前が忠誠を誓う麗しの姫は・・・シーダとやらはもうこの世にはいないぞ。
ならば貴様が守りたいものとは何だ?

俺の言葉がまるで信に置けぬというなら、構わんがな)

ミシェイルのその言葉を一笑に付すことが出来なかった時点で、オグマは『提案』を受けた。

マルスだけではなく。

シーダもだとしたら。


(パオラと共にオレルアンを潰せ。
働き如何では、本土決戦で使ってやろう。その時にシーダを尋問する権利を与えてやる)

「・・・俺には、確かめねばならんことがある。俺の、生きる意味に関わることで!!!」

実際にはシーダは『乗っ取られている』のであっても死んではいない。しかし早々に同盟軍を離脱したオグマは、元に戻った時のシーダを見ていない。
さらに言えば、『乗っ取られている』などというのは、オグマにとって非現実的に過ぎた。

それで結果シーダの敵に回っているというのは不憫に過ぎたが、彼に真実を告げられる者はここにはいない。

対して恋人と共に戦う勇者に迷いはなかった。

「私も、守らねばならない者達がいるさ!!」

剣戟は、しばらく止まず、戦いは続いた。


一方草原では、重騎士部隊を交えての戦闘が激化していた。
守りに徹する陣形に、重騎士を加えた布陣は当然のように効果が高かった。
攻めあぐねたお互いの軍は、双方あまり変化はなく、二日目の戦闘を終えた。


 ・


「・・・読まれていた、ということね」
「悪いが、撤退せざるを得なかった」

『ノイエ残党』側の両面作戦の一つであった、少数精鋭でのオレルアン城奇襲の方は失敗に終わった。

実際、『ケトゥス』オグマと、『カノープス』アストリアの剣技は互角だった。


『カニス』と『ウルサ』組は、『サギッタ』を撃退している。
『リーオ』は逆に、経験の差か、『サディラ』に翻弄されて終わっている。引き際は心得てはいたようで、無事逃げてはきたが・・・

「どちらにしろ、預けられた精鋭を失う羽目になった」
「まあでも、それは向こうも同じこと。それに・・・
ここまで的確に読んできた。なればこそ、『メギドの炎』を読めないでしょう」

パオラは、微笑む。

「どうせ、采配はカペラさんあたりなんでしょうけど・・・ね」


搦手をきっちり読んでくるとなればそうだろう。

しかし、読めないものはあるはずだ。


 ・



その頃。

ミネルバは遊撃隊として、全体を見渡していた。
一日に二度、草に連絡を取らせつつ、臨機応変に動いてもらう・・・というわけだ。

敵がマケドニア軍傭兵団とわかっている以上、マケドニアのお姫様がオレルアン城をうろつくというのは双方都合が悪い。
こちらの状況を洩らされるのではないかという不安、いざと言う時人質に使えないかという思想。それはどうしても考えに浮かんでしまう。
それならば城からは離れてもらったほうがいい。そのまま裏切るならそれはそれである。
何より、マリアが同盟軍の行軍に付き合っている以上、本来は裏切りの心配はないのだ。
その上で手柄を立ててくれれば双方にありがたいし、その意味では指揮下に入るというのはやりにくかろう。

「カペラ殿には、気を使わせているな」

ならばせめて借りを返しておきたいところだ。
が、懐刀のパオラがいない今、考えなしに突っ込むわけには行かなかった。
今、戦闘に参加していないというのは大きなアドバンテージだ。これを最大限に生かすところで参加したいものだ。

「で、ミネルバ殿。これからどうされるのです?」
「うむ・・・ どうするべきだと思う? 魔帝『アウリガ』殿」

貴重な魔導戦力である『アウリガ』(マリク)だったが、伏兵としてならともかく、軍団単位で見たときに貧弱すぎる魔道士は、今回特にすることがない。そのため『アウリガ』は、ミネルバの監視兼お付を買って出ていた。

とりあえず、今のところは山脈をウロウロとするだけだ。見つからないように気を使ってもいる。

さて、どうするか。


 ・


オレルアン城。

『カノープス』と『サギッタ』を失ったのは痛かった。
剣技は互角とはいえ、『ケトゥス』の剣には毒が塗ってあったらしく、『カノープス』はしばらく使えない。『サギッタ』に至っては、斧で叩き折られた腕が戻るかどうかもわからない。今回の戦にはもう使えないだろう。

『サディラ』部隊も、いざという時の守りにまわしたい、貴重な弓部隊となってしまった。


「読んではいたというのに・・・痛手ですわ」

ここまで強力な部隊を送ってくる事、とりわけ『ケトゥス』(オグマ)が裏切っていたというのが厄介だった。この時点で知ることができたのがまだ救いか。盲点を突かれて入り込まれ、城内で暴れられた時に、それが剣極『ケトゥス』であったらと思うと確かにゾッとする。

もう三日目だ。両軍とも疲れは出てくるだろうし、徒らに兵を失うだけの衝突ばかりではつまらない。
かと言って、防衛側のカペラとしては、湖の守りをあまり割きたくない。

(定石は補給線を断つこと、夜襲・・・
でも、敵はそんなことには備えてる・・・)

これは調べた。
補給線は磐石であったし、夜の警備は隙がなかった。
それでもやるなら割く部隊の人員を増やすのが必須だが、カペラはここにきて慎重が過ぎた。
今まで反則的な力で好き放題やっていた分、思うままにやって『失敗する』のが怖かった。

このことが。

相手に時間を与えることとなる。


・・・その日。



『ノイエ残党』に、『それ』が届いた。


続く
by おかのん (2013-09-30 20:43) 

ぽ村

>>おかのん

投下乙★

今回は基本動き無し(戦闘中なのにw)だけど、二つ名を考えるのが大変そうだな;

間抜けなヤツが仲間を呼ぶときは二つ名を言い損なって本名で呼んでしまっても良いような気がするw
っつかヲレが登場人物でも言ってしまいそうだ;


ところで、ミシェイルは他所でもエスト食ってたし
あとはカチュア一人で三姉妹コンプリート!?

カチュア「Σ(゚Д゚;)ギクッ」
by ぽ村 (2013-10-01 10:34) 

おかのん

>動きなし
それなりに策士同士だと、手の内を読み合いつつ、どう裏をかこうか・・・となりますからね。カペラもパオラも『こうすると見せかけてこうする・・・振りはしてくる。こっちもそこまでは読んだ。さて、ここからどう来る?』・・・みたいな思考をしております。
次回パオラは豊富な資金を効果的に使って、仕掛けてくるですよ。対してカペラは人材はあるはずなのに、今までの悪行がたたったり、武将同士の関係が複雑だったりして、上手く使いきれていない様子。ケトゥス(オグマ)が敵側なのも誤算だったみたいですが・・・はてさて。

>言い損ない
実は私が一番やりそうでしかも面倒臭いw;

>ミシェイル食い過ぎ
容姿端麗で高慢でSでジゴロで野心家で絶倫で好みはうるさい割に守備範囲内なら手当たり次第で実は寂しがり屋でわがままで甘えん坊でテク持ちで変なところで優しく母性をくすぐるというめちゃくちゃに濃いキャラになってますな・・・
さらにこの上妹LOVE娘LOVEなとこもある・・・
この後レナも来るぞおいどうするんだ・・・

(主に私がどうするつもりなんだ)

あ、カチュアは設定上マルスLOVEな上に、今後接点がないはずなのでコンプリの可能性はなかですたい(  ̄▽ ̄)

by おかのん (2013-10-01 16:06) 

ぽ村

>>おかのん

>ミシェイル
エストと同じく別の世界でってことでw
ほれ、コイツは相手の意思とかあんま関係無いっぽいし(何というw)

一年に2・3度くらいの頻度で
FEに限らず、SRPGで飛兵を弓兵でガンガン落としたくなるんだ・・・・
by ぽ村 (2013-10-02 09:50) 

おかのん

>意志とか関係ない
でも上手。(余計に始末に負えない)

>飛兵を弓兵で
今回全くぎゃ(ry おっとっと。ネタバレするとこだ。

さて。

代理戦争のかたがつきます。


~偽りのアルタイル~

幕間 その20 赤い闘神


飛竜は多くいても火竜の数は少ないマケドニアにとって、その利用法は戦術兵器以外にない。
その他の発想は出てこない。

しかし、パオラは違った。

よりによって、パオラは輸送機にしたのである。

本命は、その運ばれたものだ。
同じところに傷やえぐれや穴のある材木、ずらりと並んだ車輪・・・

「・・・来たわね」

武器でも食料でもないそれは、今回の作戦の要であった。

ヒントは、皮肉にもカペラの戦法・・・『闇の魔法陣』だった。
直接被害にあおうがあうまいが、その恐ろしさを聞いたことが雛形だ。
戦場での恐ろしさ。それはそのまま『有効な戦術』である証だ。

伏兵と同じである。

何の準備もないところに、いきなり戦況をひっくり返しかねない『何か』を出現させる。
罠なども、曲解すればこれにあたると言えなくもない。

「明日までに組み立てなさい!! 初撃が肝心よ。
これが終われば相手の主力が全滅する。そうすれば後はどうとでもなるわ!!」

湖の部隊は囮で、城をこっそり強襲する少数精鋭の決死隊、別働隊が本命・・・というのは、数で劣る、もしくは攻め手でかつ兵力が拮抗している時の花型の手段と言える。
傭兵の中にはそれを好む者もいるだけに、容易く想像できて、そこから考えが離れない、可能性を無視できない。
だからこそ事実『ケトゥス』(オグマ)にやらせた。成功すればそれはそれだからだ。
失敗してもその戦法のイメージをより強くできるだろう。

実戦の雰囲気や流れをも味方につけ、なおいくつかの選択肢を残しておく。
その戦運びは、経験の全くないカペラには酷だった。
そういう流れを読んでの作戦こそ、『リュカオン』(ハーディン)『オフィウクス』(ジェイガン)がやるべきだが、彼らにそんな才があるのならそもそもオレルアンやアリティアは先の戦争でもう少し粘れたと言える。

次の日の早朝。

昨日のかがり火の多さを少しは気にしていれば、この驚愕を受けなくて済んだかもしれない。


『ノイエ残党』の本陣を埋め尽くしていたのは。

最新式シューター、『エレファント』であった。



 ・


(あれは・・・・・・!!)

認識した瞬間、叫んでいた。
悲鳴のように、命令した。

『逃げろ』

似合わないその一言を、届けるために。

「カチュアっ!!! すぐに向かうわ。出して!!」
「了解です」

カペラは誰よりもそれに戦慄した。
それは、自分が思い描いた作戦の一つだったからにほかならない。

例えば、広域殲滅魔法『シャンドラ』。

自分を中心に、一定の距離まで・・・ 球体の結界状に閉じ込めて、少しずつ範囲内の原子運動を高速化させる魔法。
イサトライヒの村で使った、最悪と呼べる残虐魔法の一つ。

今回も、もしガーネフに裏切りがばれ、魔導機器との接続を切られるなどという事態に陥っていなければ、使ったかもしれない。

自軍に犠牲を出さずに、敵の大部分を壊滅させる、戦の流れを完全にぶち壊す手段だ。


それに比べれば、これは十分に戦術だ。
だが、性格的にはカペラの反則魔法にも通じるところがある。


これから何が起こるのか、カペラには手に取るように分かった。
奇しくもアイルがカシミア大橋で、シューターの利点を最大限活かした作戦を行ったが、これとはまた違う。

なんとか近くまで来たとき。
湖の大きさが自分の広げた手に重なるくらいまで近づけたとき。
カチュアの飛ばすペガサスの背から、あらん限りの声でカペラは叫んだ。

「逃げてぇぇええええええっ!!!!」

まるでその言葉が攻撃命令であるかのように。

実際ほぼ同時に発せられた、パオラの『撃(てっ)』。

ドカカカカカカカカカカカカカカカカカヵカァッ!!!!!!!!!!

シューター『エレファント』が、火を噴く。

ずらりと並べられ、それが数列もある。
計一千台の砲弾が、一度に。
ほぼ同時に飛ぶ。

まさに、『弾幕』。


湖を背にした『狼の牙』軍に、まるで逃げようのない、『その地点』にいるもの全てをなすすべもなく殺す絶望が襲う。

ドゴドゴゴゴァゴウゥアァゴウガァッ!!!!

悲鳴さえ、響かない。


いや。


ボゴゴゴゴッゴゴゴオオォォウウッ!!


『エレファント』が投擲するのは、弩や石ではない。
爆弾だ。

爆裂し。

誘爆し。引火し。

ゴ・オ・オ・オ・オ・オ・・・・・

天まで昇ってもまだ消え切らぬような、世界の絶望そのものの具現化のような黒煙が行き場を失うように立ち上る。


ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!!!!!!


兵達が、パニックを起こす。


「あ、ああ、ああああああ・・・・・・」

これは、駄目だ。
もう駄目だ。

あの頃ならまだしも。無敵の魔導師の頃ならともかく。
今のカペラにはどうしようもなかった。

すかさず、第二撃。

「撃っ(てっ)!!」

ドカカカカカカカカカカカカカカカカカヵカァッ!!!!!!!!!!

ドゴドゴゴゴァゴウゥアァゴウガァッ!!!!

ゴ・オ・オ・オ・オ・オ・・・・・


・・・砲弾はまだまだあるはずだ。
出し惜しみもするまい。
このまま湖を取られては、篭城するしか手段がなくなる。山脈に囲まれた堅固の地といえば聞こえはいいが、こんな場所、出入り口が一つしかない場所で、目の前の平原を取られてはおしまいだ。
しかも、相手は・・・
一千台の最新式シューターを。
攻城兵器をこれだけ保有しているのだ。

「・・・負け、ですの・・・?」

まだ、何も償えていない。
他の人間に何が出来たろうとは思うが、自分の取り仕切ったこの戦いは、もう勝ち目はないだろう。
罪の上塗りをしただけに等しかった。

「う・・・」

人の命をなんとも思わない輩どもにいいようにされ。
だからこそ自分も人の命をなんとも思わずに、好き勝手に戦争を引っ掻き回して。
挙句にこんなところで、こんなふうに。
なすすべもなく負けてしまうのだろうか。

そう思うと、情けなさで泣けてきた。
そんな資格などないことを分かっていても。

「うあ・・・」



ヴァサッ!!!!!!!!!!!!


(え・・・?)

その時聞いたのは。
竜の翼のはためく音。

見上げた影は。
飛竜の勇姿。

「あ・・・」
「ミネルバ様」

カチュアがわずかに反応する。
ちらりとだけ、振り向いて。

「任せろっ!!!!」

それだけ、告げる。


続く、凶暴なまでの鬨の声。

「続けえええええええェえっ!!!!!!!」

うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


まさに、疾風。



 ・



「はははははははははははははははっ!!
あははははははははははははははははっ!!!」

デネブをそう評したこともあったが。
ガワがシーダであることを考えれば、『女神』というにはまだ早い。

『戦女神』(ヴァルキュリア)が似合うのは、かの方だろう。
・・・いや、男も女もないか。
『闘神』でも違和感はない。

「はーっはっはっはっはっはっはっはぁ!!!」

「ミ・・・ミネルバ、様・・・っ」

その姿を認めたパオラはいろんな意味で固まっていた。

届くわけもないはずのそのつぶやき。
しかし。
その瞬間、確かにミネルバはパオラを見つけた。
驚くこともなく。いやむしろ、当然いるものを見つけたように。
ニコリ、と笑った。

石にされた。

気持ちのいいと言えるほどの、笑顔。
この状況では悪辣な笑みより怖かった。

「さあ、竜騎士の力を今こそ見せてやれっ!!!
か細い鎧しか付けない雌山羊のような傭兵どもの胸板を、その槍で貫こうぞ!!
己の身も守れぬガラクタ細工の列を、積み木でも崩すように砕いてくれようぞ!!」

空を飛び。重い鎧に身を包み。剣の間合いの外から槍を振るう竜騎士に、傭兵達はなすすべもなく倒されていく。

「ち、ちくしょう・・・届かねぇ!?」
「や、やめろ、来るなぁああ!!」
「ぎゃぁっ・・・!!」「うげほっ・・・」

そして。
ミネルバの飛竜の背にいた人影が、構えを取った。

「『アウリガ』殿っ!!!!」

同時に印が、呪文が完成する。
世界への変革が、顕現する。

「加護受けし大地よ。果てしなき草原よ。礫炎となり燃え上がれッ!!!!
ヴォルッ!!!!!!!! ガノンッ!!!!!!!!!」

ゴッバアアアアアアアアッ!!!!!!!!!

ずらりと並んで密集しているだけに、効果は高かった。
揺れ動き、割れる大地から、吹き出すような炎が陣内を暴れて猛る。

・・・さすがにシューターともなると、ミネルバの持つオートクレールならともかく、普通の斧ではそうそう壊せない。
しかし、威力のある魔法ならば、むしろまとめて破壊ができた。

砕け散りながらもその熱で、乗員ごと焼き尽くす炎殺の魔法陣が、今やノイエ残党の本陣を焦がしている。

圧倒的で、一方的だった。

『空飛ぶ重戦士』とも呼ばれる竜騎士に、傭兵の粗末な剣が通るはずもなく。
目の前には攻撃できないシューターなら、魔導士のうたれ弱さも問題ではない。

「・・・・・・」

カペラは絶句していた。

湖の方の『狼の牙』軍の、初撃のショックの混乱が収まる頃には、パオラはろくに抵抗もできずに捕らえられた。
傭兵団の各隊を担っていた、剣極『ケトゥス』オグマ。
『カニス』『ウルサ』『リーオ』サジ、マジ、バーツ。
そしてラディとシーザに至るまで、あっさりと捕まった。

カペラの目論見違いと、ミシェイルと自らの野心に煽られたパオラの指揮官としての才のおかげで、『牙』側に最悪の結末となるかと思われたこの戦は。

全てを台無しにするレベルの悪運を持つミネルバの竜騎士隊が、魔帝『アウリガ』共々たまたまこの辺りにいたことで、ひっくり返って終わったのであった。


続く
by おかのん (2013-10-05 13:47) 

ぽ村

>>おかのん
投下乙♪

そーよねー
戦争ってアウトレンジから一方的に叩くのが強いに決まってるよねーw

しかしこうも火薬が大々的に使われると、この世界もその後の戦争の形が変わっていきそうな・・・

飛竜や天馬騎士達も「皇国の守護者」みたく活躍の場が残る戦場になるといいなぁ・・・

というか、とりあえずカペラのその後が心配

漫画とかで時々居る
敵の頃は強かったのに
味方(っぽいの?)になったら弱くなっちゃうヤツのパターンになっちゃうのかしら・・・
by ぽ村 (2013-10-07 19:22) 

おかのん

>アウトレンジから一方的
ですねえ。
被害は少なく。敵は根こそぎ。(おい)

こうも火薬を大々的に使えたのは、ワーレンという自由貿易港がバックにあったからです。シューターの大量導入も然り。
・・・その上でこういう負け方するパオラの運の悪さ・・・
パラメーターでもかなり『幸運』が低かったりします。
(゜´Д`゜)

>飛兵の活躍の場が残る戦場
ええ。そう思ってこういう結果になりました。(。・ ω<)ゞてへぺろ♡

>敵の頃は強かったのに
ええまあ・・・ そうならざるを得んでしょうね。
アイルが元々のカペラを使い始めたら、世界征服が一週間で終わりそうです。
そもそも『なっちゃう』もなにも、ガーネフの『無限の魔力を供給する魔導器』との接続を切られちゃってる状態だから、巨大魔法陣や、地竜召喚『ミッドガルド』や、広域殲滅『シャンドラ』どころか、単体瞬間移動も出来ないありさまです。
ダブルタスクも出来ないですな。(魔法の重複起動のこと。風系と炎系でファイアーストームとか、マジックバリア張りながらの魔法戦とかが出来る)
今の彼女はちょっと熟練値の高い魔導師くらいの力しかないですなー・・・

さて、後始末が一本はいるでしょうが、その後もグルニアの後始末(外伝)になるでしょうね・・・ マケドニア編、いつになるやら・・・
そして、長らく捨て置いていた、カペラの抱える『物理的な矛盾』にもいい加減そろそろ言及せねば。

・・・絶対今年中なんて無理だ。

by おかのん (2013-10-07 20:35) 

ぽ村

>>おかのん

>年内
うm、無理だろうとおもっちょッた!
書くペースはすんごい早いので、そこで随分進行したと思うけど★
by ぽ村 (2013-10-08 11:38) 

おかのん

~偽りのアルタイル~

幕間 その21 夢より覚めて


「ほうほう、食事の席で毒を盛られ、解毒剤のために仕方なく?」
「・・・そうです」

檻越しに、かつての懐刀とその主人が言を交わす。

『ノイエ残党』の指揮を執っていたパオラは、ミネルバが直々に尋問した。
ミネルバは腹芸は得意ではない。
しかし、部下に対する影響力の大きさは、尋問を任せるに足るものがあった。

「・・・ふん」

それだけではない。

ミネルバはそう感じるが、口にはしない。

・・・そして大体予想はつく。

ミネルバが言う事でもないが、ミシェイルはタラシだ。しかも天然で、だ。カリスマというものを持っている。
薬の一件がきっかけかダメ押しかはあるだろうが、パオラがミシェイルに惹かれたのは間違いないとミネルバは見ている。
そして、それならばそれでもいいのだ。
兄につこうが自分につこうが、ミネルバにとっては、『マケドニアのために戦う』気があるのかどうかが、最重要の部下の判断基準である。

・・・事実は、性的な意味でも誑し込まれている上に、意外に野心があった、というおまけ付きなのだが、そこは万一知れたとしても実質問題はない。

「・・・ならば、罰はひと月の拘束としよう」
「・・・は?」
「言っておくが、ミシェイルは気に入った部下に毒を飲ませるなどということはしない。私も同じ嘘をつかれたことがあるが・・・
あいつは認めた人間には若干甘い・・・というか、粗末に扱うことは意外にしない。指揮権をそのまま渡して、好きにやるように言ったり、豊富な資金を渡したことからも伺えるだろう?」
「・・・・・・」

ミネルバ『も』、そのことを見抜いてしまった。
いや・・・
『パオラも気がつきつつも従った』ことにも、もしかしたら感づいているのかも・・・と、パオラに思わせた。

また、シューター一千台というのは、かなりの大盤振る舞いだ。ミシェイルが許可したのなら、パオラへの期待の度合いが伺える。

今回の作戦は、『竜騎士団を近くまで進軍させ、投擲後の隙をついて襲いかかる』という方法で打ち破った。

が。

パオラが『初撃で決まる』と言ったとおり、あれはパオラの勝っていた戦だった。
もし、あの一千台のシューターを見た瞬間にその攻略法を思いついていたとしても、その時点から竜騎士隊を飛ばして襲撃させるまでに、湖の駐留部隊は全滅していた。そうでなくても、正面から飛ばせば、竜騎士隊とて、シューターの餌食になっていておかしくなかった。

『あの瞬間に、山脈の終わる草原の入口となるあの地点にミネルバ達がいた』という偶然があったからこそ、『狼の牙』は勝利したのだ。

(パオラは運が悪かった、としか言えんな)

ミシェイルの思惑以上の働きをするはずであったのである。しかし勝敗は兵家の常とはいえ、一発逆転を狙ったこの戦で、大敗をしてしまったのも事実であった。

「まあ、ひと月牢で過ごしてみて、なんともなければまた私の下で働くがいい。
毒とやらが真実でそのまま死ぬなら、まあそれが双方からの罰だと思っておけ」

ミネルバはそう言って、身を翻した。
パオラは、結局この兄妹に弄ばれただけのような気分にさせられ、ふくれるしかなかった。

こうして、パオラの密やかに燃え上がった野心は、消されて・・・
それで、終わった。

その程度の事として。


 ・



「・・・煮るなり焼くなり、好きにするがいい」
「そのセリフを本当に言う人がいるとは思いませんでしたわ」

カペラは多少呆れ気味だ。
とはいえ、鉄格子の中ではそう言うしかないのかもしれない。

オグマは今回完全にいいとこなしである。まあそれを言えば、『狼の牙』軍とて、今回名を上げたと言えるのは、ミネルバと『アウリガ』(マリク)くらいのものだろう。
一度は『カノープス』を退けたのが手柄といえば手柄だが、作戦を遂行できたわけでもない。

他のメンバーは、ノーマオリ湖を守っていた者が殆どだ。つまり、パオラの『エレファント』一千台の絨毯爆撃のせいで、何も出来ぬまま部隊を壊滅寸前までにしてしまった者達ばかり。
『リーオ』(バーツ)を撃退してみせた、列弓『サディラ』(トーマス)が面目躍如をしてみせたくらいで、とても勝ち戦の雰囲気ではない。
そもそも作戦参謀を無理やり買って出たカペラなど、破滅寸前であったのだ。

「今回はお前の悪運の方が強かった。それだけのこと。そして、修羅が蠢く戦場では、所詮それが全て」

言われずとも、カペラが今回一番身にしみたことであった。
そして。

「オグマさん。貴方が主義主張を曲げてでも、ミシェイル王子の走狗になった理由・・・
何を言われたかは知りませんが、どうせシーダ姫のことなのでしょう?」

目を見開いて黙り込む。
その反応で十分だ。

・・・やれやれ、である。

「・・・彼女には悪魔がとりついていますわ・・・
元に戻る方法は、ちゃんとあります。きっと。
今回は暫く大人しくしていて下さいな。この事はシーダ様の耳には入らないようにはしますし、あなたの力を借りることもあるでしょうから」

『カニス』『ウルサ』『リーオ』とまで話すことはないだろう。
どうせあいつらは、オグマのためなら何でもやるし、どこまでもついていくだろうから。


 ・



それから、数日の後。

マリクの持っていた研究室で、いくらか足りないものを補ったカペラは、カチュアの精神を元に戻した。

「・・・申し訳、ありませんでしたわ」
「いえ、あの・・・
気にしてない、と言ったら嘘だけど、でも。
私、あなたのこと、嫌いになれません」

カチュアは、『好きになってはいけない』人を好きになる気持ちを知っていた。
だから、姉の想い人である義理の兄を好きになった彼女を他人に思えないような思いで見てしまった。
それまでの記憶もなくなったわけではない。
そうなると、カチュアは、自分を含めて受けた扱いよりも、彼女の悲しさにこそ目を向けてしまった。

「・・・ミネルバ様にも、何も言うつもりはありません」

カペラは、ミネルバやマリアに示しているほどマケドニアの味方ではない。
少なくともこれまでは。
結果的に良いように転がっていたとしても、だ。

それを、主人であるミネルバにも告げない、というのは。
カチュアは、全面的にカペラの味方となったということである。

「・・・そのあたりのことは、貴方の自由になさってくださいな」

そっけなくそう言いながらも、目をそらして少し震えているのが、嬉しくて泣きそうなのを見て取れないほどカチュアは鈍くない。
そして、それをたまらなく可愛らしいと思ってしまうのがカチュアであった。




 ・


「カチュア・・・!?」
「ご心配をおかけしました、ミネルバ様」

カチュアが元に戻ってすぐ、カペラは二人を再会させた。

ようやく主人との再会がなった。
操り人形にされていた今までは会わせるわけにもいかず、一兵士のふりをさせて兜で顔を隠していたのだが、元に戻せた今、遅らせる理由はない。
ちなみに、別任務の最中に怪我を負って、今の今まで動けなかったことになっていた。

「感動の再会のところ、申し訳ありません。
私はこの後、マケドニアに向かおうと思うのです。
ただ、事情があって、私は以前ほどの力を出せなくなってしまいました。
旅の供に、カチュア様に来て頂けないかと思っているのですが・・・」

かなり勝手な願いだが、今のカペラにはカチュアは必要だった。

「そうか、ならば私も行こう」
「・・・は?」
「私も行く。マケドニアと聞けば是も非もない。
そもそもハーディンが『狼の牙』の旅団長『リュカオン』だった時点で、第三勢力である『狼の牙』との友好を築く任務は終わっているようなものだ。
『ノイエ・ドラッヘン』に、ジェイガン殿以下アリティア騎士団が参加していると聞いた時点でとんぼ返りしても良かったが、きな臭い感じがしたので、残っていたまでだ。まあ、そのカンは当たったわけだが・・・
ともあれ、今回の戦でその憂いも解消した。解消というより叩き伏せた感じだが。
ならば、マケドニアに戻るというカペラ殿の供となって帰国、アカネイア同盟軍との合流は当然の選択であろうよ」
「はあ・・・」

それはそうであった。断る理由もなかった。

これによって、カペラは、アラン、ミネルバ、カチュア、リンダ、ビィレの六名で、マケドニアを目指すこととなった。


 ・


ミネルバを含めたカペラ一行が、マケドニアを目指し旅立ったその数日後。

「・・・・・・た、大変だっ!!!!」

その誰もいない牢屋を見て、兵士は驚愕する。

今回捕まえた、『ノイエ残党』の幹部クラス・・・

パオラを筆頭とする、オグマ、シーザ、ラディ、サジ、マジ、バーツ・・・

その全てが、脱獄した。


続く

by おかのん (2013-10-12 08:48) 

ぽ村

>>おかのん
投下乙っしゅ♪(古いなコレ;)

まさかミネルバ様も兄様の毒牙に?!
とか一瞬思ったヲレ。
いや処女散らしたのはアイルだけどさー


まじさじ「「マッサージでーす!」」
サジ「誰?今『誰コイツ等』とか思った人?会場に2・3人いるでしょ?」
マジ「ヴァカ、わきまえろ。会場全員が『誰コイツ等』にきまっとるやんw;」
サジ「そか、俺らが活躍した時代を知らん・・・そんな世代の集まりか…」
マジ「そんな時代もありま・・・せんでしたけどwwww」

サジ「でっもさぁ!来ましたよー我々もハイ!、投獄されたときはもーどないしよ思いましたけど」
マジ「来ましたねー・・・・というか来るかもわかりませんねー我々の時代ッ!脱獄した我々ッ!」
サジ「長い間苦楽を共にしたさかい。わい、どこまでもついてく。」
マジ「おうそうか。まかしとけ」
サジ「オグマはんに」
マジ「ちょっwwwww」
サジ「いやおまはんについていっても死ぬだけだし」
マジ「ちゃうわwwwwオグマはんについて行くんはワシじゃwwwwww」
サジ「いーやわしじゃ!」
まじさじ「「オグマはーん!!!!」」


バーツ「オグマさん、後ろがうるさいっすねー」
オグマ「ゴメン。こっち向かないで。イメージ悪くなるから;」
by ぽ村 (2013-10-12 19:49) 

おかのん

>マッサージ
そういえば・・・
『アルタイル』ではこの二人喋ったことないんじゃないかなー・・・?

まあいいや(ひでえ・゜・(ノД`)・゜・)

続きです。

・・・ユミル・・・
どう考えてもいらない子だ・・・

~偽りのアルタイル~

第20章外伝 下衆共の巣窟

その1 リーヴル再び


この時点で、時系列は前後する。

カペラが『狼の牙』と『ノイエ残党』に関わって、勝利を収め、カチュアを元に戻して、マケドニアにゆくことを決定するまで・・・

その間に、アイル達は、グルニアで残党刈りをしていた。

チキの神竜としての力は疑うべくもないが、色々な条件下での詳細を知っておきたいところであった。
そのため、残党刈りにはチキの能力検証の意味合いが強く、であるからには当然、アイル自ら残党刈りに出張ってきていた。

東方に位置する山脈の、規模の大きな洞窟にいる残党が、グルニア残党の最後にして最大の勢力と目されていた。
勿論、彼らの運命は今現在風前の灯であった。

・・・どごぉ!!!
大砲の音が響く。

「おおい、マルス王子。これくらいの角度でいいのか?」
「・・・出来ればプロのお前自身が判断して欲しいところだが・・・
洞窟の天井を吹き飛ばさないくらいとなると、そんなものかもな」

シューターのジェイクやベックも、屋内戦闘に使用できる威力や角度を検証しに来ている。
どうせ居るのはグルニアの残党どもなのだから、洞窟の奥で生き埋めになったところで捨て置けばいいだけの話であった。


他には、チキと仲良くなったマリアがついて来ていた。それについてくる形でエスト、チキに学者として興味を持ったエッツェルが、『学者としての見解や観察はいらないか?』と、自分を売り込んでいた。マリアの魔法戦の指南も少し頼んである。必要かどうかはアイルでは判断がつかないからだ。
チキとマリアが来ている以上、デネブがついてこないわけもない。さらに、このメンバーをまとめつつ実地での実験もせねばならないとあって、人手の欲しさについアイルはノルンを頼る。

「マリアちゃん、マリアちゃん!!
ここ、洞窟なのにあっついの!!」
「溶岩が流れてるから、気を付けないと危ないよ、チキちゃん」
「はは。マリア、大丈夫だ。その時は私がペガサスですくい上げてみせる。片時も目を離したりはしないわけだから、大丈夫だ!」
「ど、どうも」
「もしかしての時はよろしくね、シーダお姉ちゃん!!」
「まあ、いざという時はともかく、自分から危険なところに行かないようにしてくださいね、姫様方。
ミネルバ様他、ガトー様やマケドニアの民からお預かりしているだけに、『マルス』様のお立場にも関わります」
「うん。気をつけるね。ノルンのお姉ちゃん」
「通路、安全確認した。通れる。
グルニア兵残党、この奥。叩き潰す。
『マルス』。いいか?」
「ああ」

アテナは純粋に戦力として呼ばれた。能力の高い者たちではあるが、気まま過ぎるところを否めない連中なだけに、アテナのような聞き分けのいい戦士も欲しかったのだ。
他のメンバー、ダロスやロジャーは、混乱に乗じた野党どもの退治、人々の気持ちを落ち着かせるのに、リフやホルスの慈善事業、そしてその全体の取り仕切りを、フレイにやらせていた。

(『狼の牙』と『ノイエ・ドラッヘン』の戦いは気になるが、報告がこない今はどうにもならん。
結果次第で今後の動き方も変わるだろうが・・・)

もし『狼の牙』側が負けることになれば、大陸本土の半分はマケドニア領となる。
ここまでいくとマケドニアと対等に同盟を結ぶでもしないとまずい。

問題はミシェイルの態度である。

頭の痛い話だが、ミシェイルがドルーア連合についたのは、当時のドルーアのマムクート部隊の強さに対抗できるすべがなかったことや、彼自身の野心もあったろうが、それまでに積もり積もった『アカネイアへの不満』も、小さくなかったと考えられる。
つまり、同盟を結ぼうにも、相手に、同じテーブルにつく気がない場合が有り得るのである。

(まあ、負ければだが)

実際パオラのせいでギリギリではあったが、この件は結果的に杞憂であった。


 ・


落ち目の時はどうにもならないことはある。

泣きっ面に蜂、などとも言う。

「住民どもの抵抗はおさまったのか?」
「それが…あの大男があばれて手のつけようがありません」
「他の住民を人質にとればよいではないか!」
「住民どもは、すべてさらに奥の洞窟に隠れてしまい…」
「え、ええい! もうよいわ!!」

命からがら逃げ込んだ洞窟に、近隣の住民をさらって人質にしようとしたまでは・・・
そもそもそんな事態がどうしようもなくギリギリであるが、それを良しとしたとしても。
それを助けに来た謎の大男が暴れて、ただでさえ少ない残存兵に死人が多数出るという、どうしようもない状況になっていた。

一地方の城主であるラリッサが、徹底抗戦を選んだのが運の尽き。命からがらの夜逃げから、撤退戦を繰り返し、そこかしこから集まってくる逃亡兵がある程度の数になってしまったことが、諦めきれない原因になってしまった。
最終的にこんなところで追い詰められてしまうのなら、さっさと降伏したほうがマシだったかもしれない。

グルニア城が落ち、もうどうにもならぬと気づかされたのが、ついさっきの報告だった。
今更聞かされてもそれこそどうにもならなかった。

「申し上げます!! アカネイア同盟軍がこの洞窟に向かっております!!」
「・・・・・・・・・・・・

それは、いつ、どこでのの話だ・・・・・・」
「は、半刻前、第三次警戒区でのことです!!」
「・・・・・・・・・・・・」

つまり、一時間前に、第一、第二警戒区をかいくぐられ、目と鼻の先に来ていたということだ。
第三はもうどうでもよかったのだろう。知らせが行こうが行くまいが、もう逃げられないだろうから。

なんと見事な、そして人の神経を逆なでする用兵だろうか。

「・・・あの化物は捨て置け。先に一度アカネイア同盟軍を撃退する。
そのあとゆっくり料理してくれる!!」

そんな残存兵力はそもそも残っていない。ラリッサは既に捨て鉢になっていた。
名のある将のひとりでも首級を上げねばおさまらない。
グルニア王から預かった兵達をまたあたら死なせるだろうが、知ったことか。返すはずの祖国はもうない。

それならば首級を奉じる王もいないが、考えたくもなかった。


 ・


その男は、多少の怪我をしてはいたが、その威圧感は凄まじいものがあった。番人としては十分すぎるほどに。
村の者と比べれば、1.5倍もありそうな体躯と、毛むくじゃらの大男だ。オウガとあまり変わらない。
むしろ痛みを我慢して荒くなっている息や血走った目は、普段のよく見れば穏やかなその性を消し飛ばしていた。

「大丈夫かい、ユミルさん」
「痛くない。気にするな」

洞窟の奥、少し大きめの空間の中・・・
その大男がやっと通れる穴の向こうに、数十人の女子供と、老人たちがいた。

グルニアはカミュの管理の行き届いているところは、それなりに無事であったし、アカネイア同盟軍は略奪を禁止していたため、以前と大して変わらない生活が出来ていた。
だが、ラリッサが領主をしていたあたりは、ひどい有様であった。自国の領民を人質にしようとするような男が、まともな統治をするわけもなかった。

「しかし、わしらを守るために武器を持った兵士たちと…」
「みんな、こんなオラを人間としてあつかってくれただ。
だから、守るために戦っただけだ。
気にする必要はねえ」
「すまないねえ…」
「オラ、入り口に出て見張っているだ。
他の国の軍も来ているらしいだ。
でも、みんなを傷つけるヤツはオラが許さねえ」

ユミルは、蛮族の子であった。
蛮族には、許しがたい罪を犯した者の子は、追放される掟があるという。
ユミルもそうして天涯孤独となり、その強靭な体力と、それまでに付けた技術で生きてきた。

グルニアで、この村の人々と会えたのは彼にとって幸運と言えたのだろう。

どこの村に行っても、まずその容姿で怖がられて、受け入れてもらえなかった彼を、この村の人々は迎え入れたのだった。

「ユミル・・・」
「ウルスタ。大丈夫だ、なんも、何も心配はいらねえだよ」

ウルスタ。
ユミルが村に迎え入れられるきっかけを作ったのは彼女であった。
金色の長い髪を持つ、儚げな少女。
こんな村では珍しい色であったが、日に焼け、薄汚れていて、洞窟生活の過酷さが彼女にも疲れを帯びさせていた。

「うん。
ユミルが守ってくれるから、大丈夫だよね」
「ああ」

少しまだ不安そうに笑う彼女に、ユミルは精一杯の笑顔を返した。


 ・



「・・・村娘が俺に会わせろだと?」
「は、如何しましょう。追い返しますか」

アイルは正直、その娘のことはどうでもよかった。
が、残党退治中の、自国を征服した侵略軍に会いに来た事、この深い山の洞窟近くまで、村娘が何を言いに来たのか。

そこは、少し気になった。

「・・・連れて来い」
「は、はぁ・・・ 連れてまいります」

ほどなく連れてこられた、リーヴルと名乗る娘は、肩口で切りそろえた金髪で、村娘にしては垢抜けた顔立ちをしていた。
勿論、髪や肌の日焼け具合や、服のみすぼらしさから、まあただの村娘には違いないのだろうが。

「・・・まさか本当にお会いできるとは思いませんでした。ありがとうございます」
「前置きはいい。何の用かな」
「妹を、助け出したいんです」
「・・・もう少し詳しく話してくれないか。
君の妹が今どこにいてどういう状況で、そもそも君はなぜ肉親のはずの妹を探していて、『助け出す』と表現せざるを得ない状況とはどういうもので、それを助けるのに僕らが手を貸すのに値する理由があるのかないのか・・・くらいは」
「え・・・ えええええーと」

一つ一つに答えを返そうとして、そもそも覚えきれていないようで途端に混乱し始めたその娘に、

「おや、いつぞやの血まみれ娘ではないか」

デネブが口を挟む。

「なんだそれは」
「覚えていないのか?グルニア城攻略の際に、レナの祖父がいる村を山賊から取り返した時の」

・・・そもそも覚えておこうとするような立場の者ではないではないか、と思わなくもなかったが、確かにそんなことはあったし、その中に金髪の娘もいた気がする。

「・・・一言で言う。何も知らん俺がちゃんとわかるように最初から話せ」
「あ。はい。えーと・・・」

彼女の語る話はやたら長かったが、要約すると、彼女の妹は子供の生まれなかった伯母夫婦に養子に出されたが、その伯母夫婦共々妹のいた村の人々は、城主ラリッサが人質に使おうとこの洞窟に連れ去ったことがわかったらしい。

「・・・それで、『助けたい』か」
「もし、居場所がわかれば・・・ あたしを連絡員として使ったりとか出来ますよね」
(・・・ふむ、この娘)

何も考えてないわけではないらしい。

「いいだろう。こちらも、そんな境遇の村人を無視するわけにもいかんしな」

勿論、人道的な意味よりも、民衆に見せるポーズとしてだが。

続く

by おかのん (2013-10-22 23:19) 

ぽ村

>>おかのん

投下乙♪
最近感想遅いのはPCの前に居れる時間が少なくてのう・・・(´Д⊂グスン
イベントの多い秋なんて嫌いだ

いらないと言われた直後のユミルが活躍しててωαγοτα...φ(^Д^ )ギャハ

スポットライト浴びないヤツも、そんで紋章の謎しか出てこない連中もチョイ役でも出てくると面白いのう

確かに村娘一人の願いなんてポーズっぽいな。
そうでなくても
「行きがけの駄賃として出来ることならやりまっせ♪」
くらいのことは募集してでもやりそうだw


・・・マッサージはアレだろ。
あっても悲鳴くらいしか台詞無いだろ・・・
by ぽ村 (2013-10-23 13:01) 

おかのん

~偽りのアルタイル~

第20章外伝 下衆共の巣窟

その2 少女の『力』


力が欲しかった。

自分がまだ子供で、しかも体も丈夫な方ではないこと、女であること・・・

分かっている。

子供の出来ない夫婦のもとに来たからといって、歓迎し続けられるわけではない。しかし、親族である手前、悪しざまに言う事も逃げ帰ることも難しい。
挙げ句の果てには、最近義理の父の視線がいやらしいものに変わってきていて、それに気付きつつある義理の母の怒りは、自分に向いている。

苦しい。

力が必要だ。

全てをねじ伏せるような、私を自由にしてくれる力。
私の持てる、自由になる力。


力。



そしてその願いは。
叶った。


 ・



「チキ。これを持っていくんだ」
「『星のオーブ』だね」

振るう力の摩耗を防ぐ奇跡を起こすという星のオーブ。
これさえあれば、チキは神竜の力をいくらでも振るうことが出来る。

「マリア、エスト。・・・それからシーダ。
チキを頼んだよ」
「はい」
「はいです」
「うむ。チキには私以外指一本触れさせん」
「いやそれはどうなんですかシーダ姫」
「心配するな。マリア姫もそのように」
「お前が一番触れるな」

最後のツッコミはアイルである。

「中央の浮島のような場所に陣取る重騎士隊を抑えてくれればいい」
「チキの強さと愛らしさを後でお前に自慢すれば良いのだな?」
「愛らしさはお前の中に秘めておけ。というか見習え。そして自慢するんじゃなく報告書を書け」

夫婦漫才になりつつある。
そこへ複雑そうなノルンが来る。

「西側への部隊、準備できました」
「ああ。シューターの屋内想定実験部隊だったな。出発してくれ」

ノルンとシューター中隊2部隊、要はベックとジェイクは、西側の制圧にあたる。

「では」

入れ替わりに、アテナが口を開く。

「『マルス』、アテナ、どうする?」
「アテナは僕と一緒に北側の制圧だ」
「わかった。行く」

戦力としてはこちらが負ける理由がなかった。

(それだけに、人質は面倒だな)

その人質をなんとかする手段も、向こうからやってきていた。
その村に養子にもらわれていった妹がいるという少女。

「きみは・・・リーヴルだったか。
中央と西のルートには、大勢の人を閉じ込めるスペースがなさそうだ。
中央の浮島に一旦合流するまで、北側についてきてもらう」
「はい!」

何らかの事情ではぐれた者という名目で敵側に合流させれば、人質に加える形で、例えば作戦の伝言などが可能になる可能性はある。
これこれの合図をしたらいっせいに逃げろ、などという、『人質との連携』を成立させるのに使えるのだ。

・・・しかし、実際にはもっと面倒な話になっていた。


 ・



「なんだ、おめえは?
オラ、ここにいる村のみんなを守っているだ。
ジャマすんならおめえも許さねえぞ!」

常人と比べれば、1.5倍もありそうな体躯と、毛むくじゃらのオウガと間違えそうな大男が、奥の通路への道を守っていた。

「ここに・・・ここにウルスタは居るの!?」
(許可無しでしゃべるな村娘・・・!!!)

まあ、民間人に言っても仕方あるまい。

「・・・なんだ、おめえ、ウルスタを知ってるだか?」
「伯母さんにもらわれていった、妹なの!!」
(個人に食いついた・・・? 任せてみるか)

アイルは、一歩前に出て制した。

「僕らは君らをどうこうするつもりはない。
僕らの敵であるグルニア軍残党の退治のついでに、ここに妹がいるといって探しに来ていた女の子を送ってきただけだ。
ここにさらわれた村人達がいるというならちょうどいい。彼女一人を通してあげることは何でもないだろう?」
「・・・それは、構わねえだ。この娘っ子一人だけなら」
「何か疑うなら、そのウルスタという子に逢わせてくれれば、彼女の身のあかしは立てられるだろう。
そして僕らは今から、君たちをさらって閉じ込めようとした奴らを退治しよう。
それまで、中に入れろとは言わない。
君の守っている場所をさらに取り囲む形で奴らから守ろう」
「・・・・・・おめえ、なんでそこまでするだ」
「国の王とはその裁量で多くのことが己の判断でできる。『僕のしたいこと』が、そうだというだけだ。
・・・それで、ここに閉じこもって何日目なんだ。
水や食料は十分あるんだろうな?」
「・・・そろそろどうにかしねえと、やばいだ」
「・・・待っていろ。こちらの物資を少し回す。大体の人数を言ってくれ」

・・・この大男、純朴すぎる。
交渉術や虚言等々、策を弄する必要はなさそうだ。


 ・


「ウルスタ!! ・・・よかった。無事で・・・!」
「お姉ちゃん・・・? リーヴルお姉ちゃんなの!?」

いわゆる感動の再会だった。
この場合、アカネイア同盟軍をそのまま『助け』と取るかは本来疑問であるのだが、ラリッサよりひどいということはないだろう。村人たちも贈られた物資を目に、一安心していた。

皆の注意が物資の方に行っている間に、二人はこれからをも交えた話をはじめる。

「私も心配していたわ・・・ アカネイア同盟軍の侵略を受けたと聞いてたし。
それでも、私はお姉ちゃんみたいに、直接会いにいくなんてことは出来なかったのだけど」
「同盟軍の後続補給部隊に納入する人について行かせてもらって、後は補給部隊の人に拝み倒して・・・
タダで働けば、大抵の希望は通るものね。
でも本当に、会えてよかった」
「うん」
「城主にさらわれたなんて、意味がわからなかったけど・・・
同盟軍が来てくれたからには、すぐに帰れるわ。
城主の軍が降伏すれば、入口を守っている人も納得してくれるだろうし。
・・・そういえば、あの大きな人は誰なの?
村の人じゃないよね・・・??」

その時。
ウルスタの瞳に闇が宿る。
金色の長い髪をした、気弱そうな、儚い精霊か何かのような・・・
でもどこかリーヴルに似た、そんな彼女の瞳に、闇が。

「『あれ』は、私の『力』なの」
「力・・・?」
「お姉ちゃんにもあげない。あれは、私の。
『ここ』から逃げ出すために、手に入れたばかりなんだから・・・!!」

リーヴルは何も返せなかった。
しかし、ウルスタ自身が語りたかったのだろう。
入口の大男、ユミルについて語り始めた・・・

「『ユミル』は、私が山菜つみに行っている時に見つけたの。その時は毒キノコを食べて苦しんでた」
「うわあ・・・」

かなり間の抜けた話だ。

「ああいうのの対処法は知ってたわ。とりあえず吐かせて、薬湯を飲ませた・・・」

そして落ち着くまで、ウルスタは大男のそばにいたのだという。

 ・


「・・・助かっただ、ありがとうよ。けど・・・
おめえ、オラが怖くねえだか」

怖くないわけがなかった。
自分の三倍の丈、体積で言えば十倍以上もありそうなけむくじゃらの大男だ。
少し機嫌を損ねれば、喉を潰されて終わるだろう。それでも・・・

ウルスタは、ユミルが欲しかった。

嘘は上手いつもりだ。そんなものしか今まで自分を守るものはなかったのだから。
身を守るためなら自分さえ騙して飾った。

「・・・何も感じてないわけじゃないわ。でも、私は弱かったり、自分を抑えているだけなのに、従順だと思われたり、不満を持たないと思われたりするから・・・

だから、思うの。

あなたが人より大きかったり、力がありそうだったりするだけで、怖いと決めつけるのは違うって。

ねえ、聞かせて。

あなたはどうしてここにいて、これからどうするつもりなの?」

その言葉が、ユミルにどれだけ信頼を与えたかをウルスタは分かっていない。
この時のユミルにしてみれば、ウルスタは光そのものだった。
親の罪のせいで村を追い出され、どうしたらいいかも分からずさまよい、それでも腹が減れば食欲のまま獣を殺して喰らって・・・

生きる意味もなく、しかし死にも意味を持てずに。

どこに行ってもその蛮族でございという姿に驚愕され、追い立てられたのだ。

人として扱ってくれる、精霊のような儚げな美しさの少女。それは・・・


魂を捧げるものとして、不足などなかった。
少なくとも、ユミルにとっては。


「私の村に来ない? いま、若い男はみな兵隊に取られて、力仕事のできるものが少ないの。きっと受け入れてもらえるわ。ううん、私が頼んでそうさせるから」

それが本当は、ユミルを自分の力として欲した彼女の打算だとしても。
ユミルの魂に震えるほどの歓喜を与えたことは純然たる事実だ。


 ・


村に戻れば、当然大騒ぎになった。
しかし、肩に乗っかるウルスタが当然取り持つ。
彼女は村長に、懇願という名の脅迫を始めた。

「この・・・ 大男を、村の者として受け入れろというのか」
「いいでしょう? 村長。
・・・そうだ、ユミル。あなたが役に立つって、見せてあげようよ」
「わかっただ」

鉄の板を拳にぐるぐると巻いて、邪魔になっていた大岩に向き合うと・・・

「どぉぉぉおおおうりゃあああ!!!」

ガゴオガゴオガゴオガゴオガゴオガゴオ!!


瞬く間に大岩がただの石ころの山になった。
ユミルは言葉通り邪魔なものを片付けやすくし、『役に立つ』とアピールしたつもりだった。
だが、村のものが抱いた感想と、ウルスタの狙いは。

『逆らえばこうなる』だ。

「・・・もし、どうしてもダメなら、私も一緒に荷物をまとめて出て行くから」

その言葉も文字通りにはとらえられない。
嫌ならこの村を滅ぼして、全部頂いていくとしか聞こえない。

「・・・それから、彼が食べるものは先に私が毒見をするから。
彼、毒キノコで食中毒を起こしたから・・・
でも、あたしが先に食べれば、安心すると思うの」

毒殺は不可能だと暗に提示した。
ウルスタが死ねばこの大男がどんな行動に出るかわからない。それくらいはみんな察するだろう。
ウルスタは命をかけることで、安全を手にする。それさえも力あってのことだ。

こうして、村はウルスタに支配された。
ウルスタは、『ここにいるのは善人ばかりだ』とユミルに見せかけるために、あくまで支配者然とした姿を隠した。

そして・・・

ある日、狼の群れを退治するため、ユミルが単身山に向かったことがあった。
ユミルがここを帰るべき場所と認知し、ウルスタと心を通わせている時点で、ウルスタの身は安全なはずだった。

そんな事情を全く知らない、領主ラリッサ率いるグルニア残党が、村ごと人質にしようとこの洞窟に連れ込む騒ぎはこの日に起きた。
村に戻って人っ子一人いないことに気がついたユミルは、ウルスタの匂いをたどって洞窟を探し出し、中で暴れて村人と立てこもった。
しかし、さすがにユミル一人で軍隊と戦えるはずもなく、グルニア残党の方も、アカネイア同盟軍が迫っているというのに、ただでさえ少ない兵力を消耗できない事情を抱えていた。

「・・・そして」
「今に至る・・・ってことなのね」
「うん」

リーヴルは呆然としそうであったが、なんとか平静を保っていた。
そして、安心もした。ウルスタは形はどうあれ、力を手に入れ、戦えている。あの時、シーダ姫があの山賊の首を吹き飛ばすまで、何もできなかった自分とは違うのだ。

「このままなら、グルニア残党は駆逐されて、私達はアカネイア同盟軍に保護されるわよね?」
「多分、そうね」

意を得たり、とばかりに、ウルスタは笑む。

「リーヴルお姉ちゃん、私とユミルをマルス王子に紹介してよ。
私はユミルを手に入れた。あんな村、元から未練はないわ。
私は・・・ユミルを使って、のし上がってやる」

ふふ。ふふふふふふふふふふふ。

リーヴルがゾッとするような笑いだった。

今まで語っていた野心を耳にしていなければ、その微笑みも鳥のさえずりのような声も、ただただ可愛らしかったろう。
それだけに、余計おぞましい。

ウルスタは、酔っている。
持つことのできるはずのなかった、『力』を得たから。


続く

by おかのん (2013-11-01 21:34) 

ぽ村

>>おかのん
投下乙

ウルスタこえーよ!
っつかエロゲーなら陵辱フラグだよ!

ユミル口調のせいでヲレの中ではジェロニモだよ!

先を知るのは怖いが
その先の破滅には大変興味あるw
(外道w)
by ぽ村 (2013-11-02 14:08) 

おかのん

~偽りのアルタイル~

第20章外伝 下衆共の巣窟

その3 失われたもの


当然のことだが。

カミュさえひとひねりにしたアカネイア同盟軍だ。三流領主の率いる申し訳程度の残党など、相手にもならない。いや、実験部隊や新兵器(言うまでもないがチキである)の調整のついでにされている時点で、路傍の石程度の扱いでしかない。

「中央の部隊が全滅だと!?」
「はっ!! ドルーアのマムクート部隊共々連絡取れません!」
「何たること・・・・・・!!!!!」

その後もラリッサの下に寄せられる戦況報告は、ただただ追い詰められてゆく状況を数分遅れで伝えるだけのものだ。起死回生の策を練ろうにも、考えて整えて命令して伝わった時点で当の部隊がとっくに壊滅しているなどざらである。そしてついでにその策もろくなものではなかったが。
大体が、自国の村人を人質に立てこもろうなどという最下の下というか意味不明の策を持ち出した上で既にそれが破綻している現状だ。

「くそお・・・くそおくそおくそおくそお!!
なぜこんなことに・・・」

虎の子のマムクートとも連絡が取れないのでは、脱出さえままならない。

(ならば)

・・・降伏しかない。

(口八丁手八丁で、目こぼしを・・・
いや、とにかくここから出るのだ。このままでは・・・)

そう、このままでは。
問答無用で全滅させられてもおかしくない。

そして。ラリッサは忘れていた。戦況は、自分が方策を思いついた時には、すでに手遅れになっている流れだったことに。


ひるるるるるる・・・・・・

その風切り音が何を意味するかもわからないほどの
馬鹿でもないラリッサだったが、そうであろうともなかろうともあまり意味はなかった。

どごぉぉぉぉぉおおおおん!!!!!

「うぎゃああああああ・・・」
「う、ウォームを使って警戒、迎撃に当たられていた司祭様達が、全員戦死されました!!」
「ええい見ればわかるわ!!!
白旗だ、白旗を上げろ!!我らは降ふ・・・」

そのセリフを食い気味に。

ひるるるるるる・・・・・・

どごぉぉぉぉぉおおおおん!!!!!

「ぎゃぁぁあああああああああ!!!」

そしてそれを合図か何かのように。


キャオオオオオオオオオオオオオオオン!!


火竜よりは少し高めの、しかしどう聞いても竜の雄叫びが聞こえ。

真珠を霧に変えたような吐息が、その辺り一帯を文字通りに『消し飛ばした』。

ラリッサは、アカネイア大陸における最大の戦い『暗黒戦争』において、歴史書の片隅どころか、当時の人々の噂話のついでの話題に上ることもなく、ここでその降伏の意さえ無視されて、ただ惨めに死んだ。
『戦死』とするのさえはばかる死に様であった。


 ・


「お兄ちゃん、マルスのお兄ちゃん!!
チキ、言われた通りに出来たよ!!」
「ああ、よくやってくれた。チキは偉いな。
マリアもご苦労さま」
「いえ、私はついていっただけで・・・」

初めてのお使いをこなして、大好きな兄に褒められているかのような微笑ましい絵ヅラだが。
洞窟最奥はまさに地獄絵図だった。
動くものは何一つない中、霧に触れて体の一部を消し去られた者たちが、流れるべき管を失って撒き散らされることとなった血飛沫に染まり、己の血で出来た沼に伏せる。やたら暑い洞窟であることもあって、血は既に乾き始め、その死肉は腐臭を放ち始めている。

「チキ、ついでだから、お掃除も頼めるかい?」
「うん!!」

チキは嬉々として竜になり、霧を吐き、死体その他を消し飛ばす。
神竜石の目減りさえも星のオーブのおかげで気にせずとも良いとなると、アイルは調子に乗り始めてもいた。
霧と共に目の前がまっさらになっていくのは、確かに心地いいのだろうが。

「マルス王子、敵が持ち出した宝物の類や、隠れていた輩の掃討が終わったぞ」
「ああ、エッツェル。ご苦労だった。
マリアの方はどうだった?」
「今までも実戦を経験しているから特に教えることもなかったな。強大にすぎる力を持つ前が、か弱いシスターであったこともあるだろうが、警戒を怠る様子も見られなかった」

マリアも特に心配はないようだ。

と。

後処理をしているアイルに、リーヴルとウルスタ、ユミルが近づいてきた。

「ああ、今そちらに行こうとしていた。
ラリッサ以下グルニア残党は掃討した。これで君らは村に戻っても大丈夫だろう」
「・・・疑って悪かっただ。王子はオラ達を本当に助けてくれただな」
「一度似たような組織に裏切られたのなら、警戒しない方がおかしいさ。謝罪するほどのことでもない。

・・・他に何か?
帰るのに道案内をつけたほうがいいか? それとも、村を立て直すのに人手がいるというのなら待ってくれ。捕虜の扱いと並行して強制労働の段取りがしばらく掛かる・・・」

ユミルが一歩詰め寄る。

「ウルスタと相談して決めただ。オラとウルスタを、どうめいぐんに入れて欲しいだよ」
「・・・は?」
「私達を兵として使って欲しいのです。
ユミルの怪力はきっと役に立つわ」

ウルスタという少女の様子は、ユミルに付き従うというより、むしろユミルを制していた。

(・・・なるほど)

前回はわからなかったが、このウルスタという少女とユミルでは、どうやらウルスタの方が手綱を握っているようだ。
そして、細かい事情はともかく、ユミルは小さな村では良くも悪くも立場が浮くのだろう。
ウルスタが世話役として割を食っているのか、逆にユミルを利用しているのかは知らないが、ユミルの力は軍の中での方が使いでがあるのは確かだろう。

ウルスタはユミルを売り込みたいわけだ。

これはアイルにとっても悪い話ではない。
欲のある人間というのには、自らを高めることを厭わないタイプがいる。そしてユミルは欲はなさそうだが、ウルスタの言うことは聞くようだし、ウルスタ自身は見た目より欲深だとアイルは感じた。

「いいだろう。ウルスタ、君と共に行動すると思っていいな?
君自身は補給部隊に回ってもいいし、彼と周りを取り持つ役目に徹してくれてもいい。
どちらにしても君の分もユミルとは別に払おう」
「!  ・・・ありがとうございます。でも、何故?」
「何故も何も。
怪力の彼が周りとうまくやれるかどうかで僕が得る力の意味も違ってくるからさ。部隊長として使えるかもしれないなら尚更だ。

ダロス!!」
「へい、兄貴!!」
「・・・マルス様か王子と呼んでくれよ。
まあいいさ。新入りのテストをしてやってくれ。
ここで相撲でもとってくれればいい」
「わかりやした!!」

いきなりの展開に、ユミルが戸惑った様子を見せる。

「ど、どういうことだあよ?」
「入隊試験だと言ったろう」
「ユミル。あなたがどれくらい役に立つのか、あの人と戦うことで見てくれるって。
うまくいけば、最初から家来をつけてくれるかもよ。
武器とかを持たずに、あの人を横倒しにするの」
「ウルスタ。おらも相撲のやり方くらいはわかるだ」

どうやら『テスト』という言葉を知らなかっただけらしい。
しかしこの会話で見えてくることもある。
ウルスタはユミルにわかるように説明することに十分慣れているし、的確でもあるということだ。

ちなみに。

ダロスとの相撲で、ユミルはほぼ互角の戦いを見せた。
同盟軍一の怪力で、単体で攻城兵器の役割を担うダロスと互角なら、どこからも文句は出まい。

(いくらでも使いようはある)

村の者達も二人を残し村に戻り、ユミルとウルスタは晴れて同盟軍に参加、小隊長を訓練期間として、そのまま中隊長になる予定である。


 ・



ダロスとの相撲で試験が終わり、隊の後方からついていくように指示を出したところで、ユミルが鼻をヒクつかせた。

「・・・嫌な臭いがするだ。
腐ってるわけでもないのに、死んでるような、嫌な臭いだ・・・!」

「な」
「に」

『腐ってはいないが死んでいる』ような、という感じに、アイルもデネブも心当たりがあった。

アイルはとっさに命令を出す。

「小隊規模で組んで周囲と荷物の点検を始めろ!!」

すぐさま荷物が改められ、

「ぎゃああああああっ!!」
「!!!」

後方で悲鳴が上がった。

「・・・盗賊!?」

牛車の上を飛び跳ねて逃げていくその影は確かに盗賊だった。しかし目の色が血走ってでもいるような赤さで、尋常な人間ではない。

「ん? あれは・・・」

何か言い出しそうなデネブを無視し、

「捕えろっ!!!」

アイルがそう命じる。

間髪入れずに呪文が唱えられる。

「よりてよりて爆ぜよ。劔となりて切り刻め。
風の聖剣、エクスカリバーっ!!!」

エッツェルが放った風の刃は前方すべてを切り刻む。
さすがに全て避けるとはいかなかったようだが、それでもその盗賊は致命傷は負わなかったようだ。

しかし顔を隠していたターバンはちりぢりになり、その容貌が見える。
と。

・・・どこかで見たような。

「・・・やはり!! 貴様、リカードだな!?」

・・・・・・

どこかで見たような気がしていたアイルでさえその名にピンと来なかった。
他のメンバーなど誰なのかさっぱり分からずにいた。

その間がいけなかった。
隙と見て、その男・・・ 小柄な少年のような盗賊は、うまく逃げ仰せてしまった。

「・・・あ! 何をしている!! 追えっ!!」

もう遅かった。

「ちっ」

そうなると、唯一アレが誰なのか分かっているデネブの話が聞きたかった。

「・・・あれは誰だ」
「いや・・・ だから、リカードだ。ほら・・・
オレルアン城内に捕まっていた、ジュリアンの弟分だよ」

そこまで言われればアイルも思い出した。

「・・・ああああああああ!!!
そうか、あの後すぐにカペラの『闇の魔法陣』に吸い込まれた・・・!!」

この戦争の初期も初期の話の上に、数時間も一緒にいなかったためか、全く思い出せなかった。
ついでに人相も違いすぎる。子リスのような愛嬌のある顔立ちで、目も青かった。少年暗殺者のようなやぶにらみの赤く血走った目では、重ならないのも仕方あるまい。
むしろよくデネブはわかったものだ。

「・・・そういえばカペラは今、そのオレルアンで『狼の牙』共と、マケドニア傭兵『ノイエ残党』相手に防衛戦だったな。その時、連れていたのは、その前から一緒にいたリンダやカチュア、アラン・・・
カインがグルニアにいた事から考えれば、やつの手駒のはずの、まだ出てきていない『拉致組』は、マケドニアなどに売られた後だったり、調整中のままガーネフに奪われたのかもしれんのだよな」
「・・・多分それで正解だろう。ユミルの言った『腐ってもいないのに死んでる臭い』というのはおそらく瘴気・・・ ならば、リカードは十中八九ガーネフの手駒だ・・・!!!」

さてそうだとすると。
一体何をしに来たのか。

「・・・・・・

あ!!!!!!
無くなっているものがないか探せっ!!!!
特に、第三隊の持って来ていた物を!!!」

そして。
予想通りのものがなくなっていた。

「アレだけが見当たりません!!」
「ぐぅっ・・・!!!!」


大失態であった。


 ・


数分後。

冥王法である、闇の魔法陣による瞬間移動で、リカードはガーネフの下に帰ってきていた。

「くくく、盗ってきたようだな」
「・・・・・・」

直接は触らず、風呂敷のようなもので包んで下げている。
そのまま指示された宝箱に入れて閉じ、鍵を溶かして溶接してしまう。

「くくく」

リカードを下がらせ、ねぎらいの言葉もなく、そのまま『レギオン計画』の調整を続ける。

「・・・これが我が手に有り、奴らが手に入れられない限り、儂のマフーを破る魔道書、スターライト・エクスプロージョンは作り出せぬ。
つまり、ファルシオンも手に入らぬ。
儂とメディウスが滅びることは、ない・・・!」

メディウスの復活。魔導機器からの無限の魔力、そして、レギオン計画の完成。

「ぐぶはははははははは!!! 儂の、儂だけで行う世界征服が、目の前にある!!!
ぐぶはははははははははは!!!!!!!!
ぶはーっはっはっはっはっはっはぁ!!!!!!」


言うまでもないことかもしれないが。
アイルが奪われ、今ガーネフの手元にあるものとは。
マフーを破る唯一の魔法、スターライトの材料である・・・
『光のオーブ』である。



 ・



グルニアの残党狩りが終わる頃。
オレルアンにおける、パオラ率いる『ノイエ残党』による『狼の牙』掃討作戦・・・ その結果の詳細が、アイルの耳に入るとほぼ同時に、マケドニアのミシェイルにも届くこととなる。

パオラの作戦はオレルアン征服寸前まで行ったといってもいい。しかし・・・
結果はノイエ残党全滅による大敗であるという結果も、動かしようがなかった。
しかもその大逆転劇の立役者は、袂を分かった妹、ミネルバであり、『狼の牙』を主に率いていたのは、つい数ヶ月前まではこちら側で軍備増強の一部を手伝わせていたカペラだというのだから、もうすでに腸が煮えくり返るなどという段階は過ぎている。

当り散らすなどということはしないにしても、機嫌が悪いことは手に取るようにわかる。
撒き散らしている殺伐とした空気は、精神の瘴気といっても過言ではないほどだった。

苛立つ。

こんな日には、いつだってアレを思い出してしまう。


覆いかぶさる、人影。
荒い息。
自分の体が、何一ついうことを聞かない恐怖。
あの人。

『その形』にするために使われただけの自分。
確信はなくとも『おそらくもうなくなってしまったもの』を手に入れようとした、醜い欲望。

それに快感と共に屈した自分への憤怒。



ギリッ・・・



父を殺したあの日。
あの女も一緒に殺してやった。
だから。
あの事はもう誰も知らないはずなのだ。

・・・しかし。


『では、一つだけお答えくださいな。参考に致しますので。
死地にある身内。恋人と、妹と、『娘』。助けられるのが一人だとすれば、誰になさいます?』

あの質問。

『私最近、旅のシスターを介抱したのですけど今日、ミシェイル王子と会うと話したら、『姫君はお元気です』とお伝えください・・・・・・といっておられましたよ?』

その話をするという意味。レナにばれている事をほのめかすその言葉。

「カペラぁっ・・・!!」


それでも奴がこちら側だと思ったからこそ、ゆすりはされてもばらされることはないと思っていた。
バラすメリットは向こう側に行ってもないのだろうからとは思うが、それならデメリットもない。


それがバレたところでどうということはない。
スキャンダルではあるだろうが、覇王となってしまえば大したことでもない。

だが、彼女が。
『娘』が知れば。

傷つくのかもしれない。それが何より怖かった。



・・・オレルアンを取り損ねたことで、この時点で世界の半分を手にしているはずの青写真が夢と消え、それどころか完全に追い詰められた連合の一国に成り下がっている。
オレルアンの殆どを版図に含めていたはずのマケドニアが、今や戦乱以前の、いわゆる『本国』を残すのみとなってしまっている。
もう一、二週間もしないうちに、本土決戦の形になってしまう。

『ノイエ・ドラッヘン』は、残党まで全滅した。
そして、グルニアにさえ援軍を送らなかったドルーアが、マケドニアに送るわけもない。


コッ、コッ。
ノックがある。

「・・・用意が整いました」
「入れ」


入ってきたのは、赤毛の女であった。
真っ白ではあるが、スリットが大きくて布地の薄い衣装であった。
少しレナに似た、肩まである波打った髪。
ミネルバを連想する、少し大柄で豊満な体躯。
マリアを思わせる、年に似合わぬ童顔。

・・・父の側室の一人だ。

義理の母になったかもしれない女だが、歳はそう変わらない。下に、だ。

気持ちの優しい女で、どこかぽぅっとしていて、いつか世界が善意で満たされるのだと理由もなく信じているような・・・

愚かであり。
満たされた世でなら、幸せになれそうな女とも言えた。

「ヘカテー、注げ」
「は、はい」
「お前も、飲め」
「いただきます」

ヘカテーは、お預けを解かれた犬のように、遠慮なく飲み干す。
こちらの顔色も窺わずに、自分で二杯目を注ぎ出す。

好きなワインを持って来い、と言うと、ミシェイルの好みが取りあえずは赤であるのを知っていながら、本当に自分の好きな甘ったるい白を持ってくるような女だ。
だが、この、気を使うことができないくせにどこかおどおどとし、そのくせ変に自分を出してくるこの鈍い女を、ミシェイルはどうしても嫌いになれなかった。
別に好みでもなんでもない。しかし、突き放す気になれないのだ。

こんなふうに苛立った日には、この女を抱くことにしていた。呼びつけただけで小水でも漏らしたかのように濡らし、嬌声を上げるでもなく、ただただ受け入れる緩い穴が何故かミシェイルを落ち着かせるのだった。

「・・・ミシェイル様」
「なんだ」

しばし沈黙し。
この世の全ての幸福を受けているかのような笑顔で頬を赤く染める。

「・・・お呼びしてみただけです」

ままごとでもしているような気分になり、とたんに萎えた。縮みきらないものを緩い穴に差し込んだままに、動くのをやめる。それに不満そうな素振りも見せず、ヘカテーはミシェイルの肩の奥を愛撫する。
髪の束を見つけると、それを意味もなくいじり始める。

・・・本当に意味がない。


ヘカテーの穴に、先走りが漏れる。
そのことが心底どうでもいいのが心地いい。


続く

by おかのん (2013-11-11 20:44) 

ぽ村

>>おかのん
投下乙~♪

そしてリカードキタ――(゚∀゚)――!!
さらには大金星wwwww

何故かあのmob盗賊、ヲレのプレイとチミの作品で大活躍ねw

父親の妾を「財産」としておおっぴらに息子がげtするのは現実だと中央アジアあたりの遊牧民だ
広いハズのFEの大陸で文化の違いがゲーム中に見られなかったのでそこはちょっと妄想ひろがりんぐ♪


・・・今回のチキ見てると中性子爆弾を思い出した;
by ぽ村 (2013-11-13 10:31) 

おかのん

>リカード
盗賊のスキルとあまり本編に関わってこない立ち位置が使いやすくて・・・
いろいろ考えた末脱線しないように、話には関わらないとこはそのままに、ちょっと重要なとこをやってもろたです。

>へかてー
文化の違い見られませんねえ・・・
オレルアンが草原の国とかマケドニアが飛竜の国とか、特色はあるんですけど、あんま明確には出てきてないなあ。
後々の作品だと東洋風剣士とか遊牧民まんまのホースメンとか、結構出てくるんですけど。
ペガサスナイトはロシアか北欧っぽいか?
雪国の設定や、色白美人が多いです。

>中性子爆弾
・・・・・・そうですか?
むしろサーモバリック(俗称燃料気化爆弾)のイメージ。
しかも霧のブレスだから、どっちかというと液体窒素入りの衝撃波?
どっちにしろ怖すぎる:(;゙゚'ω゚'):
by おかのん (2013-11-13 20:05) 

ぽ村

>>おかのん
>爆弾
それをロリっ子に笑顔でさせちゃうんだからもうほんと鬼畜の所業っすなぁ・・・・
by ぽ村 (2013-11-14 21:43) 

おかのん

~偽りのアルタイル~

幕間 その22 十年前 (前編)


グルニアの問題や、オレルアンの代理戦争がかたがつき、マケドニアを攻める準備をする中で。

アイルは、ふとカペラのことを思い出した。

今回の代理戦争でオレルアン側にて尽力し、ミネルバ以下手勢を連れてマケドニアに向かったという。

今は形的には味方ということになるのだろうし、エッツェルのことがある以上、敵になることも考え難いが、こちらの言うことを聞かないだろう点では、こちらで行動を読まねばならない。
それが必要か必要でないか思考することも込みで。

どういうルートを取るかは分からないが、ミネルバの飛竜があることから、先回りされることは疑う余地がない。ならば・・・

どう来るか。

思えば、かなり複雑な立場であり過去を持っている。

エッツェルの義理の妹であり、二年前にイサトライヒでガーネフの人狩りにあっている。

そして、その頃霊体としてガーネフに捕まったデネブの助けを借りて、十年前に一度脱出しようとして失敗、以後ガーネフの実験体として生き、ここ最近はガーネフに従うふりをして、ドルーア連合の一勢力と言える位置にほぼ個人で君臨していた・・・



・・・・・・


「!?」

二年前にさらわれて。

十年前に脱出に失敗・・・?


「待て、待て待て待て」
「どうした、流行りの健康茶か」
「それはマテ茶だ。しかも流行ってるのか?あれ。
違う、カペラに関して、矛盾に気づいた」

ここはグルニアの執務室だ。
大抵の城にあるが、雰囲気も似たり寄ったり。手元に欲しい本が揃っていることが多く、アイルはよくここにいる。
デネブは身体が『シーダ』である以上、恋人であるマルス(事実上であり、公的ではない)のそばになるべくいる。
義務でというわけではなく、デネブ本人もそのゆったりとした時間を楽しんでいる。気が向けば手伝うし、意外と有能でもある。また、菓子作りが趣味のアイルが応接用に置いておく菓子は、シケらぬうちに平らげに来るし、街で遊び歩いて見つけた面白い焼き菓子を持ってきて、アイルに覚えさせるのもいつものことだ。

「カペラの何が矛盾だ」
「エッツェルととの話だと二年前に攫われたんだろう。なのになぜ十年前に、お前とガーネフの実験施設から逃げようとしていたんだ」
「あ」

早育ちのクローンに、ガーネフが記憶を植え付けたとか?
ガーネフか本人かが何らかの嘘をついていて、別人であるとかか?
しかし、あんな立場の人間を偽装させる意味はない。エッツェルとの会話にも破綻がなかった。

「うむ、わからん」

考えても仕方のないことに見切りを付ける速さは、さすがにデネブである。

「・・・・・・

誰かある!!」

程なくして、伝令が入ってくる。

「はっ」
「エッツェルを呼んで来い」
「・・・面白そうな話だ」

そうデネブが呟いて、程なくエッツェルが来る。
イサトライヒの過去の証言が欲しいという理由で、事件の詳細を聞き出す。

聞き出した話は、耳を疑うものだった。


 ・



飛竜には、6名の姿があった。
飛竜の背にはミネルバ、首に吊るされた二つの籠には、男女が別れて入っている。

ビィレはアランの騎士心得を飽きもせず聞いている。時折景色の中から、変わったものを見つけたりして質問をしたり、そのそれぞれの土地の利用法、歴史、人々の性、その地を利用した戦略を話し合ったりなど、男二人の空の旅に退屈はなさそうだ。

女の方の籠はといえば・・・

なんとも言えない空気が流れていた。

険悪なわけではない。むしろ逆だ。
カチュアにとってもリンダにとっても、カペラは、一度は自由を奪った相手でありながら、恩人でもあったり、弱い部分を見せられた相手であったりと、態度を決めかねながらも、既にある程度深い関係である。
彼女そのものに無視できないところがあるのに、今は力を失い消沈している。しかし己の罪から目をそらそうとはしないし、その割に何かと怯えているところがある。

一歩間違えば鬱陶しい女なのだが。

気の強そうな外見をしているだけに、今にも泣き出しそうな表情が保護欲をそそるし、狭い籠の中、顔を赤くして俯き加減なのは少々危険だ。

自分が上位でないスキンシップに慣れていない分、カペラに自覚がないのも問題だった。


さすがに6人も抱えての旅だと、飛竜の疲労も大きいので、徒歩より全然早いとは言え、そのペースはひとっ飛びとはいかない。
内海とは言え、海越えにも諸島ルートを通らねばならないだろう。


(先は長いことですし・・・)

・・・やはり何か喋ってなければ間がもたない。こんな色づいた空気のまま次の休憩にもつれ込めば、抑えが効かなくなるかもしれない。
しかし、アランとビィレとは違い、外の景色やこれまでの経験談は、彼らほど話に広がりはなく、どうしても互いの話になった。リンダもカチュアも既にパジャマパーティーでもしているノリで、あらかた喋ってしまっていたので、もうカペラを弄るしかなくなっている。

・・・その空気を読んで、カペラは口を開く。

(他人に喋る話ではないのですけど)

ここまで付き合わせているのだから、他人とも言えない。むしろ知っておいてもらうほうが、フォローにまわってくれることもあるかもしれない・・・
そう思って。

「私、本当は今年で22歳になりますの」

・・・そんなところから切り出した。


 ・



今日も姉に手紙が届く。
差出人の名を見て、知っている名と分かると、カペラは中も見ずに破り捨てる。

(・・・鬱陶しい)

姉のアーシェラは大好きな自慢の姉だ。同時にカペラにとって、目障りでもある。
アーシェラは物静かで、妙な色気のある女性だ。笑顔がとても心地よい。他人の笑顔を見るのも好きな女なので、細やかで、なのに押し付けがましくない気遣いが板についている。生きてきた時間全てを、好きでそのために使ってきたのだから、なんの気負いもなくそうしていて、自然であった。

そんな女に惚れない男はいなかった。

道を歩いても通りすがりに求婚されて面倒くさいことになるので、外出もあまりしない。評判を聞きつけて家を覗く輩は、やっと最近諦め始めたものが出てきた。恋文の断りの返事はもうすでに日課だ。その文面もあまりに傷つけないよう心を砕くせいで、『あなたの本当の心が僕を愛しているのはわかっています』などと、断りの返事に返事が、それもかなり頓珍漢な言葉が返ってくることが少なくなかった。

そんな女の妹をするのは大変だ。いや、ひねくれない方がおかしい。

カペラの家庭教師が、お茶を運んできたアーシェラに惚れるパターンは十人来て十人だ。しかもカペラは、教えを請う人間は自分で決めたいと思っている。つまり、少なからず好意を持った男性を選んでくるのだ。そうやって連れてきた相手が片っ端から姉に入れ込んでいくのが、面白かろうはずもない。

カペラ自身は、少しつり目気味ではあるが、絶世の美少女と言っていい容姿である。なまじ自分に自信がある分、なおのこと面白くない。


とある日、いつものように父が教授を務める大学院についてきていた。懲りずに自分の家庭教師を探しに来ていたのだ。
顔見知りもいれば、自分を知らない者もいる。とはいえ目立つのと、教授の娘というのもあって、院内ではそれなりに顔を知られている。


今日は朝早く来たので、時間に余裕がある。少し奥の方まで探検よろしく足を向けた先で、小さな植物園を見つけた。

そこは屋根のない部分とある部分があった。実験施設なら、より多くの実験をするために、ギュウギュウ詰めになっていることが多いのだが、そこはかなりの余裕が取ってあるようで、まるで庭園のようであった。

立札や柵もない。カペラは好奇心に駆られて中に入った。

(わあ・・・)

中はもっと素晴らしかった。
それぞれの木々が、草花が、生き生きとしている。
手入れはされているのだろうが、剪定されている様子がない。それぞれが無理のない距離をとって生きているという感じだ。
別段珍しい植物があるようには見えないが、このあり方が珍しい。人の手は入っているのに、人の思惑・・・欲望に倣わされた感じが見えにくい。
実験施設のような印象がない。むしろ誰かをもてなすような空間だ。

何かに近いと思ったら、姉の作る庭に似ているのだ。

カペラはそこを気に入ってしまい、木陰に腰を下ろして、持ってきていたモーンプルンダー、バトネと紅茶で一休みした。ベリー系のパイが一番好きだが、体を動かすときには、ナッツ系で甘味の強いパンが好みだ。ケシの実のペーストの独特な舌触りは、滋養の高さを感じられる。

(なんだか、とてもいい気分ですわ)

そして。

園内ではしゃいだせいか、カペラはそこでそのまま寝てしまった。


 ・



目を覚ました時。

胸元には、一抱えもある蹴鞠のような毛玉があった。

「・・・?」
「やあ、起きたか」
「!」

かけられていた毛布が肩からずり落ちる。
青年は優しそうな笑みを浮かべ続けた。

「あ、あの・・・」
「君の顔は遠目になら知っているよ。教授の授業は欠かさずとってはいるしね」
「・・・ごめんなさい。ついウトウトと・・・」
「心地良い空間であるように勤めていた身としては、冥利に尽きるさ。ただし、ゴミは持ち帰ってくれよ。多少不便ではあるが、そういうものを溜め込んでおく場所をここに作りたくなくてな。屑入れを置いていない」

妙なこだわりだ。
しかし、もぐり込んだ身としては是非もない。

「遵守しますわ。でも・・・
不思議な場所ですね。この木々達や草花は、何かを試されているように見えないのですけど」

その言葉に、彼はさらに嬉しそうに語りだす。

「そこに気がつくとは君は面白いな。ああ、ここは実験体置き場じゃない。『それ』専用のサロンみたいなものだ」

そう言って、カペラの抱える毛玉を指差した。

「??」

戸惑ったカペラだが、すぐに意味はわかった。
毛玉が身を震わせ、翼と頭がもこりと出てくる。

それは、真っ白な竜だった。
カペラが一抱えできるほどの、蹴鞠と間違えるほど小さな、竜だった。


 ・


それからカペラは、院に来ると、そこに行くようになった。

カペラの何を気に入ったのか知らないが、その竜はカペラによく懐いた。
神の末裔であるという説もある、いや、一説には神そのものともいわれる竜に『懐いた』もないが、カペラも竜は気に入ったし、畏敬すべき生き物であるという意識はあったので、下にはおかぬ振る舞いをした。

竜だというのに、味覚は人に近いのだろうか。

ブリオッシュやクイニーアマンなど、喜んでかじる。惣菜パンも食べるし、完全に雑食だ。
植物園は確かに竜のサロン(専用応接室)で、最初は青年の実験施設そのものだったのだが、ある日竜がここに来るようになってから、なんとなく作り替えていったそうだ。

エッツェル。

ある日尋ねると、『あれ、まだ言ってなかったか?』青年はそう言って、その名を告げた。

転機は、カペラが父に語った話から。
竜のことは秘密にした(なんとなくそうした)が、父はエッツェルのことを知っていた。

『ほう、あいつはそんな面白いやつだったか』

そう言って、家に招いた。

正直、カペラは嫌だった。
また彼も、姉に惚れると思ったからだ。
仲良くなったのに、それを頼まなかったのは、もう嫌だったからだ。そしてカペラは幼いながらも、エッツェルに本気だった。

だから。

姉が紅茶を差し出しながら笑いかけた時に、

「ああ、どうも」

とだけ返し、そこにいくらの感情もこもっていなかったことも、父の『娘の家庭教師をしてみんかね?』と言う言葉に、父に媚びる様子も、逆に困惑も見せずに・・・

「それは楽しそうだ」

と、カペラを見ていたずらっぽく笑ったことも、嬉しくてたまらなかった。


 ・



誤算は、ふた月後に起こる。


カペラは、『エッツェルが姉のアーシェラに』一目惚れしなかったことで、その今までになかった成り行きに安心してしまっていた。

『姉のアーシェラがエッツェルに』恋心を抱く可能性を考えていなかった。思いもしなかった。

続く
by おかのん (2013-11-27 10:35) 

ぽ村

>>おかのん
飛竜で人員輸送とは・・・
強風で揺れて怖そうw
二線級の飛竜とかは輸送部隊に組み込まれたりするのかなぁ・・・それだと輸送・戦略革命が(ry
と妄想を繰り広げるヲレ;


10年前の話か
優しそうな美女とキツそうな美女。
そらー前者のほうがと言いたいが
おねーさんの手紙は現実世界でもある「振って悪者になりたくないから、空気読んで諦めろks」っていう常套手段だな(経験者は語る)
そして追いかけられるより、追いかける方が好きなハンター気質だったかも知れないw
by ぽ村 (2013-11-27 12:56) 

おかのん

>二線級の飛竜
ドラゴンナイトの倍率自体が狭き門だろうし、どうかなあ・・・
特定の目的で、重要な物を迅速に運べるとすれば検討の価値は十分にあるですがね。特別任務従事者への物資、連絡の迅速化・・・
使い方はいくらでもあるんでしょうが、運用には竜の特性も関わってきますし。

>ハンター気質
まあそうだったんでしょうね。
攻めの姿勢の人の方が自分を磨くもんなんだろうなあ。
・・・とは一概に言えないかもしれませんが。

by おかのん (2013-11-28 19:15) 

ぽ村

>>おかのん
そのうち、品種改良で「戦闘に不向きだけど人間に従順な大型飛竜」とか出てきたりしてw

それに怒った神竜組織との抗争が起こりそうだけど;
by ぽ村 (2013-11-29 11:58) 

おかのん

竜は組織はもう持ってませんね。
隠れ里に住んでる、迫害されて人間恨んでるマムクートを配下にしたのがメディウスで、ガトーは迫害を受けた時点で人間見切っちゃって、眠りについたナーガのそばで引き篭もりましたし。

飛竜は・・・どうしてるんでしょうね。
駆ってはいるけど、繁殖法とか確立してんのかな。火竜は基本マムクートなんですよね・・・
by おかのん (2013-11-29 21:04) 

ぽ村

>>おかのん
そう考えると希少種の竜達をさらに駆逐してることになるな…
ワシントン条約的ななn

あ。
いい加減脱線が酷いなw;
(m´・ω・`)m ゴメン…
by ぽ村 (2013-11-30 10:10) 

おかのん

~偽りのアルタイル~

幕間 その23 十年前 (後編)


それは、衝撃であり、悲劇であり、滑稽だった。


「お姉さまと!?」
「ああ。付き合うことになった」


最悪だった。

エッツェルは確かに、最初、カペラの姉アーシェラに特に興味を持っていなかった。
しかし、そのことがカペラにとって初めてであったのと同じように、アーシェラにとっても初めてであったのだ。

自分を困らせない、迫ってこない男。
自分から欲さねば、手に入らない男。
『愛したい、尽くしたい』と思っているのに、誰も彼もが愛を囁いてくるアーシェラにとって、エッツェルは初めての『追いかけることの出来る』男だった。

エッツェル自身は、割と大柄で、優男である。
真面目ではあるが、そんなにマメな男でもない。
美丈夫であるが、それなりにだらしのないところもある。

何より、アーシェラに興味がなかった。


アーシェラがするのは、カペラが気がつかないほど、たどたどしいアプローチであった。
直接的な言葉を用いない恋文を、持ち物に忍ばせたりするのが精一杯。
他人にだったら考えもせずに出来る笑顔が出ずに、顔を赤くして俯くような有様だった。


しかし、カペラが『初めて姉に言い寄らない』ことを、そのまま『自分が手に入れた』ように感じているうちに、さらりとさらっていってしまった。

エッツェルは、他の男たちほど熱狂的にアーシェラを求めない。それは、結ばれる時さえそうだったようだ。

それでも。

絆(ほだ)されるという事は、あるのだった。


そして、カペラにとって、それは本当に最悪だった。
もし姉を嫌っていたなら、なんとしてでも取り返すという選択ができた。
どんなに己を傷つけても、安売りしてでも、エッツェルを罠にはめてでも。

けれど。


カペラは知っていた。アーシェラが抱いている苦悩に。

愛されるよりも、愛したい人なのだ。なのに、誰からも先に好かれ、そして受け入れることができずにいた。
彼女にしてみても、エッツェルとの事は、やっと掴んだ幸せで。
カペラは、自分にも優しかった姉を、好きだったのだ。

「・・・そう、ですか」

カペラは、ちゃんと笑顔を向けた。

「お姉さまを、幸せにしてあげてくださいね」

ちゃんと、そう言えた。声を震わせもせずに。



 ・



・・・そして、ある日、カペラとアーシェラの父親が亡くなった。
魔導実験中の事故である。
姉妹の母親は、随分昔に亡くなっていたし、エッツェルはそもそも天涯孤独だった。

身寄りのなくなってしまった三人は、財産を処分して、一緒に旅を始めることにした。

院でしたいことはエッツェルにはもうなかったし、二人にとっては、思い出の多すぎるこの地は、しばらく離れたいところであった。
アーシェラは貴族であることに執着はなかったし、カペラも魔導の才を持っていることもあって、貴族なら貴族なりの、持たざる者ならそれなりのやり方があると思っていた。


旅に出る3日前。
植物園で竜とお別れをした。

「さよなら、ですわね」

そう呟いたカペラの手のひらに竜は、どこから取り出したのか、二つの指輪をくれた。

なぜ二つなのか。

竜は視線だけで答える。
その先にいたのはエッツェルだ。

「ふむ。友好の証しということかもな」

そしてそのまま、飛び去ってしまった。


・・・揃いの指輪。

見透かされているような気がしたが、それならそれで、開き直った。せっかくだからと、着けてみる。

エッツェルは左中指に。カペラは左親指に。

三人の旅が始まった。



 ・


そして。

イサトライヒでの悲劇が起こる。


 ・



「・・・一服盛られたと気づいて、その時には後の祭りでしたわ。
私は縛り上げられて、そして・・・」

その先のことは、話すまでもなく、二人は察した。

「でも、今から思えばおかしなこともありました。
私が『いきなり現れた』と言うのです。

その時にはそんなことを気にしている場合でもなかったです。ガーネフが私を実験体として研究室に連れ去り、その結果私は成長しなくなってしまい・・・

そしてその後、私が『十年前』・・・今から十二年前でしょうか。それだけの時間を遡っていたことを知ったのです」


・・・・・・


二人は今度は絶句した。

「・・・信じられないのは無理もありません。でも、私はその事に気がついたのです。酷かったのは、それが皮肉にも二年前くらいの話なのです。

・・・私は過去を変える機会に遭遇しながら、それまでの十年と比べるまでもないほど最悪の十年で浪費してしまいました。

今にして思えば、ガーネフに義兄様のことを聞いても知っているはずはなかったんです。再会した義兄様の口ぶりから、時を越えたのは多分私だけ。
それでも何度も問い詰める私が面倒になって、『貴様の兄は死んだ、殺した』と、適当に言ったのですわ。

でも。

私はその言葉で決心してしまった」

いかなる手段を使ってでも、この世界そのものを破滅させてやると。

義兄と姉のいなくなったこの世界が、紙くずのように感じられて。
ガーネフが欲するこの世界を、鼻でもかむように捨ててやりたかった。

ちぐはぐだけど、それでも大好きだったあの二人が、こんなにも簡単にいなくなる世界なら。
この世界の全てが、そんな風に消えてなくなることもあり得なければ嘘だ、と。



・・・リンダとカチュアは、共に、『好きになってはならない相手』に惹かれている。
だからこそ、その思いの深さと、それを奪われた時の怒りがわかる。

人ごととは思えなかった。

そしてもし、それでもあの人が幸せになるならと諦めたのに、その二人が全くの理不尽でこの世から消えるようなことがあれば。


そう思うと、カペラに共感こそすれ、責める気持ちなど欠片も湧かない。


カチュアとリンダは、カペラをそっと抱きしめた。



 ・



「・・・では、その後のカペラを全く知らないのか・・・?」
「ああ、指輪が重なる時に発した光で消え去ったあとは、俺は何も覚えていないんだ」

イサトライヒで一服盛られて、昏倒する前に、たまたま近くに倒れたカペラに手を伸ばしたところ、カペラが跡形もなく消えたという。

「・・・ご苦労だった。下がれ」
「お前が仕切るな。『シーダ』」

エッツェルは『以前のシーダ』を知らないので、デネブに取り繕う気がない。
エッツェルが退室した後、デネブは口を開いた。

「『龍がよこした』指輪となると、何が起きてもおかしくはない。『時渡りの指輪』だろう」
「『時渡り』?」
「対になっているのは、『空間』を司る指輪と、『時間』を司る指輪が別々になっているからだ。
今、エッツェルが片割れを持っていないということは、一回使えば砕け散るタイプなのだろう」

対ということは、二つが合わさって効果を発揮するということか。

「今の奴の話からすると、奴にしろカペラにしろ、時間移動を『扱えて』いない。つまり・・・?」
「『重なる時に光を放った』と、エッツェルが言っていたろう? それが発動条件。その時に思い描いていた時と場所に行くことになる。
そして多分、カペラが『時』を、エッツェルが『場所』を持っていたのだ。
カペラは、その時『自分のこれまでをやり直したい』というような思いがあったのかもしれん。それが、あいつを過去に戻させた。しかし、エッツェルの方は、アーシェラとやらを置いてどこかに行くという発想はなかった。むしろこの場所から離れてはならないという思いがあったのだろう」
「・・・カペラだけ過去に戻ったのは?」
「そこまではわからん。推測だが・・・その場で、その指輪の叶える『願い』の範疇にあって、何らかの『望み』を持っていたのが、カペラだけだったのかもしれん。聞く限り、姉夫婦は新婚で、あてのない旅の途中とはいえ、楽しいさかりであろうしな」
「・・・成る程」

『時』にまつわる願いは、カペラとエッツェルで折り合いがつかず、『場所』は特に出てこなかった。
指輪は、カペラのみカペラの願った『過去』・・・『十年前』に送った。

「しかし、場所はそのまま・・・
イサトライヒのままだった故に、結局カペラは捉えられている。『一人だけ過去に送られた』ことも知らないカペラは、時間逆行を知っても、『一緒に過去に来て、そこで殺された』と思ってたんだろうか、な。
いずれにしろ、今回エッツェルと再会したことで矛盾に気づき、
・・・いや、時間逆行に気がつかないというのも不自然だろう。しかしせっかくした時間逆行を生かした行動は出来なかったのだろうな。それが『世界の意志』だった・・・ などというといささか話が大きすぎるが・・・」
「くだらん。戯言にしか聞こえないな」

アイルは運命論に興味は無い。
この魔女も戯言は承知の上だろう。遊んでいるだけだ。

「そして、話としてもあまり面白くなかったな。
面倒くさいお嬢が、八つ当たりする理由を手に入れてから無くしたまでの説明がされただけ、か」
「くふ。確かにそうだが、その滑稽さは笑えたと思うがな?」

笑えるものか。

アイルは、デネブに心を奪われている。
この、最悪の魔女に魅入ってしまっている。

しかも、この女こそが、この戦いに身を投じた理由、マルスの行方不明の元凶だと分かっているのに。

その体は、シーダの・・・ 親友の恋人のもので。
その意味で、限りなくプラトニックで、恐ろしく爛れている。

良い得て妙な『共犯者』・・・

自分ほど滑稽な恋があるだろうか。ならば、どうしてカペラを笑えるものか。

「は」

だから、鼻で笑って切り捨てたふりでもするしかなかった。


 ・



マケドニアとの決戦が近付く。

いくつもの運命が、交わってゆく。

魔王や暗黒竜との戦いの前に・・・

人と人との戦いが、始まる。


続く
by おかのん (2013-12-10 14:29) 

ぽ村

>>おかのん
久々の投下さんきゅ♪
師走はやはり忙しい?

>付き合うことにした
はやっw
しかし思い出話は個人的に脱線と思っているので早めに早めに切り上げるのが吉。

そして時間ネタか・・・
この時間ネタが話の根底というか、話の隠れた軸のように思えるなぁ
by ぽ村 (2013-12-11 04:48) 

おかのん

>久々
いえ、もちろん忙しいのもありますが・・・
ルオ・サーガの校正作業に思ったより手間取ってまして。
あとまあ・・・ちょっと絵を描かなきゃならなくて。

そういえば絵を描くのがここんとこ年に一回になってるなあ・・・w;

>付き合うことにした
思い込んだら一直線なアーシェラさんと、何度も姉においしいとこ持ってかれてるのに、のんびりなカペラ。
せめて告白してたら、エッツェルも姉に応えやしなかったろうに・・・

>時間ネタが根底に?
いえ全くw?
読み返してるうちにめっちゃアホな矛盾を見つけたので無理やり繋げただけです。(おい)
しかし、週刊連載とかってそういうのを無理やり辻褄合わせてたら名作が出来たってパターンもあるんですよねー。
(自分で言うか)
by おかのん (2013-12-12 17:01) 

ぽ村

>>おかのん
>絵
あらま
ルオサーガとは別の絵よね?
久々に おかのん 絵が見れるのかしらん♪

>辻褄
んまっw

・・・いや、ヲレもTRPGのシナリオとかでつじつま合わせに苦心した記憶があるわいな・・・
by ぽ村 (2013-12-13 13:13) 

おかのん

ええと、ここからアイル編2というか、群雄割拠というか、しっちゃかめっちゃか編と言うか、とにかく誰が主人公か分かんないような話なので、「アステリズム編」と命名したいと思います。

では、マケドニアでのお話。

~偽りのアルタイル~

第21章 惨戦マケドニア

その1 知将と黒豹


マケドニア城。

それはマケドニアのシンボルともいえる大山に、町に近い規模の城壁を備えた、天然と人工の見事なまでの融合を果たした要害。
飛竜の産地として名高いマケドニアが、その優位性を存分に生かした戦い方の出来るように作られた城塞は難攻不落といってよかった。

まさに、覇王の城。


陽光さすマケドニア城玉座。

そこに足を組んでどかりと座るミシェイルは、知将オーダインを呼びつけ、決戦時の方針を下知していた。

「な・・・」
「不服か?」

不敵な笑みを絶やさぬまま、ミシェイルは返す。

「い、いえ・・・ しかしそれならば、私のほかに適任のものはいる筈です。マケドニアの将はそのほとんどが勇猛果敢。私は恐れながら、策略や軍備の充実などをはかって、マケドニア将の末席を飾る者。なれば・・・」
「そう。お前は知将と言える能力を持っている。なればこそ、あの・・・
『マルス王子』にお前をぶつける意味は分かろう」

『マルス王子』は、稀代の策略家だ。戦場の詐欺師といっても過言でないだろう。装備の充実どころか、数々の新兵器や聞いた事もない策略、敵の隙を突く判断力で、滅亡寸前だったオレルアンとその身だけでアカネイアを体現していたニーナを盛り立て、アカネイア王国を復興してしまった。

彼は策略家だ。その上で、及ばぬ知将を擁して、『こんな方針』を言い渡すという事は・・・

「策のない事が、策である。と?」
「然り」

ミシェイルは満足そうに笑った。



 ・



ウルスタとユミルの初陣は、マケドニアとの決戦となりそうだった。

グルニアの洞窟での一件は、残党狩りの最終段階だった。となればそこで仲間となった二人の初戦は、対マケドニアとなるのは自明の理だった。

「ウルスタ、大丈夫だか?」
「ええ、体調はいいわ。それより・・・
マルス王子、ほんとに私達を将として使ってくれるのね・・・」

新参者だというのに、破格の厚遇である。
もっとも、将の殆どが余所者やかつての敵というアカネイア同盟軍で、とりたてて騒ぐ事でもないのかもしれない。

勿論、ここで能力を見せつけなければ、すぐに引きずり降ろされるだろう。
ウルスタはそんな風に終わる気はさらさらない。

配置についた森の中。
背中にきっちりと縛られておぶさったウルスタは、ユミルの頭脳がわりにここにいる。
逆にいえば、ユミルはウルスタの手足の代わりにここにいる。
なにより。
命に代えても守る者を文字通り背にして、ユミルの気合は十二分だった。


 ・


ユミルの件だが。

厚遇もされるが容赦なく前線に出されるのも解っているので、同等の才を持つ者でもない限り、不満を漏らすものもいない。
見ようによっては捨て石に使っているようにも取れるのだ。

その上で、戦後の褒章をどうするかはアイルは実は考えていない。

譜代をひいきするのか。
平等に見てとり立てるのか。

それはマルスにやらせればいいと考えていた。

(俺は、王になりたいわけじゃない)

マルスもそうだった。
彼は英雄の系譜なだけで、野心などなかった。

だが、アイルはマルスほどにないわけでもなかったが、逆にマルスこそふさわしいと考えていた。
あいつは、生まれついての王なのだ。
自分がやりたいのではなくても、人に任せて世が乱れるくらいなら、自分でやろうとするだろう。ならば最初からやらせた方がいい。

抱え込み、苦しむだろう。苛まれて、傷つくだろう。
それでも、『僕がやっておきさえすれば』と後悔するよりマシな筈だ。


(まあ、そんな先の事は良いとして)


マケドニア・・・
警備の手薄な海岸線を見つけ出し、上陸したものの。

「・・・やはり、待ち伏せか」

多大な犠牲を予測しながら、無理に他の場所から行くよりは、誘いに乗る形を取って、正面からの方がまし・・・
アイルはそう判断したが、ここはまさに待ち伏せのための地形だった。

東西それぞれに、南北に延びる山脈がある。
つまり、南西の海岸から上陸した同盟軍は、その山々にそって北上するしかない。
左右に森を望む道。
どう見ても迎撃用の盆地だ。

「申し上げまーす」
「ああ」

馬上のアイルの隣にペガサスが降り立つ。
エストである。

「敵将はオーダイン将軍、東西にずらりと並ぶ砦には相当数の竜騎士、以下天馬騎馬同等数集結してます。森の中の伏兵に関しては見うる限りはなさそうでーす。勿論見逃された可能性はありありですけどー・・・」

それは無かった。
ノルンに地上からも斥候を出させているが、敵兵は全く発見できなかったらしい。

「城門前にジェネラル級、聖騎士の配置。大隊がこれみよがしですー」
「・・・・・・オーダインというのは知ってる男か?」
「マケドニアには珍しい知将ですねぃ。
もっともミシェイル王子が覇王を名乗るだけに、マケドニアの戦術は突貫蹂躙っ!! あの人は使いどころがなくて、残党狩りや輸送隊などの仕事が多かった将っすよー。
兵站を自己でも管理する、こまめに随将とコミュニケートするタイプで、実は重宝されてもいい人なんですけどー、失敗しない代わりに大手柄も立てないですなー。
それは本人も分かってるみたいで、処遇に文句を言ってる話は聞きませんよぅ?
今回はまあ、大抜擢なんじゃないんですかにゃー」
「ふうむ」

そんな人物がこの待ち伏せるだけの布陣で、本当にただ正面からぶつかるだけの迎撃戦をするだろうか。
そもそもアイルは、『マルス王子』は、『策略家』のイメージを持たれている筈だ。そこにこの人選で来たのなら。

「・・・・・・」

(いや、それならば・・・)

アイルはしばし考え込む。
そして。

「エスト、ご苦労だった。今回もマリア姫のフォローにまわってくれ。
中央林道をつっきって、ジェネラル級にぶつかってもらう」
「あいさー。
今回チキちゃんはどーすんの?」
「今回は戦略兵器はマリア姫だけで足りるだろう。『シーダ』も出たがるだろうし、十分だ」
「え?」

エストは不思議に思った。
オーダインは目立った功績は無いが、しかし怠りのない戦術師だ。
何らかの策があるとするなら、兵力の出し惜しみや低く見積もった油断は致命的な間違いを犯すきっかけになりかねない。

そんな様子を見てとったのか、アイルは言う。

「心配はいらん。いざという時は、マリアだけ逃がしてもかまわんぞ。一筆書こうか?」
「あ、そんじゃあ、はい」

エストは、許可なく敵前逃亡しても咎めない、という意味の文を書いてよこす。
確認後、アイルはマルスの判をおす。

(ほんとに要求するとは思わなかったが・・・)

まあいい。

(さあて、覇王ミシェイル。これが策だというなら、程度が知れたというものだ。
アイディアは悪くないが、役者不足にも程がある)

ただ出てきたところで、叩き潰しただけだが・・・
こちらの土俵で勝負しようなどと、呆れかえる。

(ミネルバ王女やマリア姫には悪いが、あの男の存在は、後々マルスにとって邪魔だ)

アイルはミシェイルに容赦する気は無かった。
ニーナの時同様、助けるポーズだけはするにしても。


 ・


「・・・いつまでついてくる気かしら?」
「俺がどういうつもりでも、お前に拒む権利は無い」

そのとおりだった。

オレルアンでの大敗。これはそのままそっ首落とされても文句の言えない大失態だった。詳しい経緯を聞けば、敗北の原因はパオラが無能だったというのではなく、運が悪かっただけだ。
だからこそ首の皮一枚つながっている。そして・・・
罰として、パオラはこの男の物にされた。

「汚名をそそぐ機会は考えてやる。それまではそいつの物にでもなっていろ」

否も応もなかった。

そういわれたこの男の第一声は。


「・・・俺がですか」

なんとも困惑した声色だった。


その後、今行きたい場所(城内に限る)に行けというので、足を向けると、ついてきたというわけである。
フルヘルムをつけているので、顔は分からない。
向こうから話しかけてくることもない。
なので、話しかけるしかない。立場的に、聞いておきたいことは多い。すなわち、自分の処遇。

「私はどういう扱いを受けるのかしら」
「それを今判断しているところだ。俺の目があるとはいえ、『自由にしろ』と言われて、どういう行動を取るか・・・
それ如何で、どの程度俺が手綱を緩めておけるかを決める」
「・・・それを言っちゃっていいの?」
「それを聞いた上でどれだけ態度を変えるかでも決める。とりあえず好きにしていろ」
「わかったわよ」

面倒くさいなら、牢に入れて放っておいても、慰みモノとして自室に監禁しても良い筈だ。それを『どの程度自由にさせるか』を見極める為に時間を割こうというのだから、硬い態度や閉ざした外見と違って、情のある男なのかもしれない。
そう思うと、少し気が抜けた。


着いたのは、牢である。

「・・・奴らか」
「そうよ」

これからどうなるのかは知らないが、彼らはまた牢暮らしだ。

そもそも。

オレルアンの戦いが終わった後、アカネイア同盟軍に囚われの身となった、パオラを筆頭とする、オグマ、シーザ、ラディ、サジ、マジ、バーツ・・・
『ノイエ残党』の幹部クラスを脱獄させたのは、この黒い騎士であった。

「パオラ!! どうなった」

オグマが二人に気づき、問いかけた。

「・・・私は、この男のものという事になったわ。
汚名をそそぐ機会は考えてもらえるそうよ。なら、あんた達もそう悪いようにはならないでしょう」
「ああ、言っておくが、お前らまとめて俺の所有物だ」
「「「「「「「は!?」」」」」」」

寝耳に水である。

「そもそも順番が逆だ。お前らは俺がミシェイルの命令で脱獄の手引きをしたと思っているだろう。違う。俺が『まだあいつらは使えるのではないか』と言ったら、『ならお前が連れてこい』と言われたのでそうしたまでだ。
その時に『パオラだけは俺が直々に仕置きをする』と言うので別になっていたが、『無事に連れだせたなら、あいつらはお前にやろう』と言う話だった。結局、全部俺に寄越してきたがな」

パオラは、チッ、と舌打ちをする。

仕置きは昨夜、十二分に受けた。
我らが王ながら、あの女泣かせぶりは何とかならないのだろうか。
尻や太ももは真っ赤にはれてしまっているし、三つ穴すべて奥の方まで違物感が消えない。湯浴みはしたというのに、目や鼻までまだネトネトする。
それでも嫌悪感が湧かないというのだから、タチが悪すぎる。

その上であっさりと下賜された。

「・・・面倒だ。パオラ、お前にこいつらをやる。好きにしろ。
勿論、不始末でもあれば貴様の責任になるからしっかりと管理しろよ」
「・・・いいわけ?」
「汚名をそそぐ機会が欲しいのは同じだろう。牢では鍛錬も難しかろうしな。
今マケドニアは踏ん張り時だ。手はあって困る事もあるまい」

夜には俺の部屋に来いよ、と言い残して、黒い騎士は去ろうとする。

「まって」
「・・・なんだ」
「いくらなんでも緩すぎやしない? そりゃあ今更行くところもないし、逃げる気なんかないけど・・・
牢に来て少し会話して・・・それで判断したっていうの?」

パオラの感覚では少しおかしかった。
が。

「・・・オグマ殿の反応が、信を置いている風だったのでな。なら、それでいいだろうと思ったのさ」
「は?」

パオラはきょとんとした。
しかし、その言葉でオグマがピンときた。

「お前、まさか・・・!」
「はは、気が付いておられなかったか。まあ、久方ぶりですしね」

黒い鎧の騎士は兜を取った。
鎧の黒さは、カミュの代わりの片腕という意味では無く。

『黒豹』

「アベルっ・・・!!!!」

死んだと思われた者達が生きているのは、今更驚く事でもない。
そもそもここにいる殆どが、何らかの形で一度死んだと言っていい目にあっている。


アベルの部隊はこの後、特殊部隊が創設される。
それはマケドニア内部として、一つの勢力だった。

続く
by おかのん (2013-12-22 08:55) 

ぽ村

>>おかのん
投下サンクス

新記事準備するでおk?

>マケドニアには珍しい知将
ミシェイルが覇王気取りで終わってる理由がなんとなく判る台詞じゃのー・・・

一度とっつかまえた元味方の連中がまたもや敵になるのかもしれないのか
今度は台詞が出てくるところを見ると、戦場でのやりとりが期待できそうだ!(という妙な圧力w)
by ぽ村 (2013-12-23 16:40) 

おかのん

>新記事準備
お願いしますです。
三章くらいなのに長いなあデネブ編・・・ と、投稿時に思ってしまったので。

>マケドニアの知将
いやまあ、竜騎士って滅茶苦茶強いんですよね。本来。
その関係上、ミシェイルがそうなるのはしょうがない部分もあるかと。

>一度とっ捕まえた元味方
まあその辺も含めて頑張ります。

来年こそはいい加減完結させたいなあ・・・

by おかのん (2013-12-23 20:42) 

ぽ村

>>おかのん
あいりょーかいw

とりあえず年始あたりをメドに新規記事うpするので気長に待っててちょんまー

>来年
某所への投下作業もあるからより困難になった気もするがファイトぢゃ
by ぽ村 (2013-12-24 12:15) 

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